≪BACKMENUNEXT≫

しょにょじゅーいち。

「この世界は良いねぇ。」
 はーっと幸せそうに溜息をつく 。縁側から降り注ぐ光にあたりながら、庭を眺めつつ茶を飲む姿は何だか枯れている、と は思う。
「何が良いの?」
 あまり幸せそうなので訊いてみる。確かに戦が無くてこうして客人扱いされて持て成されている分には良いといえば良いかも知れないが、そこまでしみじみするほどでも無いだろう。
  はもう一度茶を飲み言った。
「これこれ。お茶が自由に飲めるじゃないですかさ。」
「? お茶が飲めるって……それが幸せ?」
 意外な答えに は目を丸くしたものの、次の言葉に納得した。
「だってこの時代、茶の湯は一部の人しか楽しめなかった筈だし、一般庶民の飲むのは白湯とか薬湯が主でこういう煎茶はねぇ……。異世界ならでは、だよ、うん。」
 言われてみれば確かに出されるお茶は飲み慣れた緑茶の味と変わらない。
殿たちの世界は茶は無いのでござるか?」
「ありますよ。ただこの時代に口に出来たのは煎茶では無かったと思うなー。」
 もぐもぐと団子をつまみ、食べ終わるとまたゴソゴソと横になって寝る
 倒れてから3日目。寝床の上限定とは言え、起き上がって話をするまで回復したがまだまだ本調子で無いのかすぐに床に入る。診立てどおり寝て食べての繰り返しで少しずつ体力を回復させているようだ。
 2日目は朝起きて先ず言ったのが「栄養補給。」だった。それを聞いて慌てて が何か無いかと厨を訪ねようとした途中で、粥を運ぶ政宗に会った。
 殿様が自分で膳を運んでるよ、と目を丸くする に政宗は声をかけた。
の飯ならこれだ。粥くらい食えるだろう。」
「はっ? は、はい。お粥どころか多分お握りも大丈夫だと思いますけど……。」
「けど?」
「何で政宗さんが配膳してるんですか?」
「俺が作ったからだ。…何だその顔。とっととその戸を開けろ。」
 言われて慌てて戸を開けて政宗を部屋に通す。待ちかねていたのか は起き上がって待っていたものの、出された膳を見てポツリと言った。
「鶏肉と搾菜の中華風雑炊が食べたい。」
「贅沢言うんじゃないの。白粥で充分。」
「…ザーサイとか言うのは知らねェが、雉肉なら手に入るぞ。」
「甘やかさないで下さい。ほら、さっさと食べる!」
 ぴしゃりと言われて政宗は肩を竦める。 に対してと自分達に対しては態度がかなり違う。終始穏やかで礼儀正しく とは随分性格が違うものだと思っていたが、猫を被っていたようだ。そう指摘すると、心外そうに「妹に遠慮したって仕方無いじゃないですか。」と言われた。
 2日目は政宗も忙しかった筈なのだが閑を見ては の様子を見に行っていた。どんな具合か気になったのもそうだし、いつ見に行っても寝ているので起きるかどうか不安になったからだ。政宗は仕事の合間のつもりだったが景綱に言わせれば様子を見る閑を見て仕事をしている、と言う事らしい。その件でとうとう怒られた。
「政宗様、ご心配なのは判りますが少し落ち着きなされませ。一つ仕事を終わらせては様子を見に行く、では 様も落ち着いて休めませんよ。」
「仕事はちゃんとしてるだろ。」
「往復の移動時間でもう一つ仕事が終わります。」
「お前は心配じゃねぇのか。」
「心配ですよ。ですから落ち着いてお見舞い出来る様に、仕事を終わらせましょうと言っているのです!」
 そうは言われても気になるものは気になる。なまじ前日やせ我慢していただけに、その反動なのかそれとも夜中に少し話をした事で余計気にするようになったのか。その辺は政宗も判らなかったが、度重なる説教に延元が冗談交じりで提案した。
「でしたらいっそ 様の部屋の隣で仕事をなされたらどうですか。必要なものは全て揃えますし。離れているから気になるのであって、近くなら逆に安心されて気にならないと思いますよ。」
Good……。
「却下です。」
 素気無く却下され政宗は景綱を睨む。が、景綱も負けていない。
「臣の務めは主を正す事と 様も申されました。今の政宗様は主としてあるまじき事。御自分のお務めを果たされませ。」
 キッと政宗を見据えて諭す景綱に政宗は内心舌打ちをした。
 誰が主君だと言いたくなったが、答えは決まっている。政宗だと言うだけだ。仕える先も忠義の先も政宗なのは間違い無いが、どちらの意見を重く見るかと言ったら恐らく の言う事に間違いは無いと信じている。
 癪に障るものの問答していても徒に時間が過ぎて行くだけだ。政宗は仕方なく目先の仕事をしようと腰を下ろし、丁度その時信玄が訪ねて来た。


「儂は甲斐に戻ろうと思う。」
 訪ねて来るなり信玄はそう切り出した。
「直ぐか。…此方への戻りは?」
 既に話していた事なので驚きはしないが、いつ頃また此方に戻るか確認する。
「さて、それは判らぬ。だが早い内に、とは思う。信繁に任せてあるから問題は無いが、さてもこう言う状況では……また一度話し合いをせねばならぬだろう。」
「だな。そっちも色々あるだろうから早目に問題は片付けた方が良い。…真田は連れて行くのか。」
「幸村は置いて行く。同盟の条件は今は未だ変わってはおらぬ。あれは の世話役だ。」
が世話してるの間違いだろ。…まぁ良い。早い所そっちはそっちの家臣団と話を煮詰めてくれ。こっちも早急に意見を纏めとく。」
 信玄は頷き、「ではこれで。」と退室した。 
「さぁて、武田はどう出るか。景綱、どう思う。」
「こればかりは、あちらの家臣団の思惑次第でしょう。何分、あちらは此方と違って 様共に馴染みがございません。捨て置くと見るか道具として使うか……。」
「馴染みが無いのは伊達も同様だ。だが実物がいるのと居ないのとでは印象がかなり違う。まぁ……当面動かない方が吉、とくるだろうな。」
 このまま同盟を組んでいた方が都合が良いが、 が現れた事で若干状況が変わった。周囲の状況次第で更に変わる可能性大だが、伊達と武田の同盟は今の所順調だ。西の同盟国に、尾張の魔王とその麾下武将も今は動きが無いがいつ動くか判らない中、迂闊に同盟を解消して敵国を増やす事は無い、と言うのが信玄・政宗双方の見解だ。それについては既に話し合い済みで後は其々の家臣を含めての話し合いになる。
「何にしろ が回復しない事には先の手が打てねぇな。アイツが回復したら一門集めて今後の事を話し合うか。」
様のお披露目ですか。」
「そう……What?
 延元の言葉に頷き掛けて、問い返す。
「お披露目。…ほら、この方が殿の恩人ですよー、と。」
「延元……何か別の意味で言わなかったか?」
「いいえー。別の意味って、どう言う意味ですか?」
 にこやかに答える延元に他意がありまくる気がするのは気のせいだろうか。
 こういう態度の時は何か企んでいるんだ、と政宗は思うものの「殿の勘繰り過ぎですよ。」といなされるのがせいぜいだ。
 溜息をつくと改めて目の前の仕事を片付け始めた。


 足音がした、と思う間も無く政宗が顔を出した。
はどうだ。」
 言いつつ、寝ているのを確認すると眉をしかめる。
「未だ寝てンのか。少しは良くなっているのか、コイツ。」
 文句を言っても始まらないが、言わずにはいられないらしい。 は申し訳無さそうに政宗に言った。
「先刻まで起きていたんですよ。お団子食べたら寝ちゃいましたけど。」
「食っちゃ寝か。」
 不機嫌そうに言う政宗だが、タイミングが悪いなぁ、と は思う。彼も仕事があるし仕方無いとは思うのだが、それにしてもかなり頻繁に来ている割には が起きている時間とかち合わない。
「…にしても狭ェな。」
 政宗の言葉に は苦笑した。それはそうだろう、寝ている と幸村、政宗が3畳程のスペースに固まっている。
 初めに が寝ていた部屋は、あまりにも広すぎて落ち着かない、と言う の意見で移された。庭を眺められるのは気に入っていたので、やはり庭に面した小さな部屋が用意されそれも未だ少し広い、と言う事で衝立が置かれている。
 狭すぎないか、と言った政宗だったが「人間寝て1畳、起きて半畳有ればよし、ですよ。」と言われてそれ以上は言えなかった。
「そう言えば政宗殿、 殿は政宗殿のことを何と呼んでいるのでござるか。」
 突然幸村が切り出した。いきなり言われても は殆ど寝放しなので、名前を呼ばれた覚えがあまり無い。
「……昔の呼び方は止めろって言ったがなァ……その後……。今の所、独眼竜、か?」
 夜中に看ていた時、そう言われた気がする。それを聞いて幸村は何故か眉を八の字にした。
「恰好良いでござるなぁ……。う〜む、 殿は拙者の事をやはり嫌っているのであろうか。」
「どういう事だ?」
「それは無いと思いますけど、どうして嫌われたと思うんですか?」
 嫌われたと思う理由が判らず、 と政宗は尋ねると幸村は言いにくそうに説明した。
「一揆鎮圧の折、 殿に先陣をきって戦いを挑んだのはこの幸村でござる。か弱き女性に対して戦いを挑むとは不覚。それが為に嫌われたのでは無いかと思うのだが……。」
「か弱きってのは頷けねぇが、まぁあれは仕方無ェんじゃないか? あの状況じゃ妥当だろう。ただそれで嫌うってのはどうだ?」
「うーん、それは無いですね。 は結構幸村さんの事気に入っていますよ。多分親愛の情の表れじゃないですか?」
 幸村が嫌われたと思った理由に が気付きフォローする。政宗はそれを聞いて片眉を上げる。
「何でそう思うんだ? …と言うより、何で嫌われたと思ったのか理由を言え。」
 一旦 に訊こうとして改めて幸村に問い質す。すると幸村は情けない顔で答えた。
「拙者の事を 殿は『わんこ』と呼んだのでござる……何故わんこと……。」
 幸村の答えは途中で政宗の爆笑で遮られた。
「わっ、わんこ? ハッ! そりゃNiceだ。そりゃあ相〜当、嫌われたンじゃねぇか?」
「や、やはりそうなのでござろうか??」
「そんな事無いですってば。」
  のフォローも幸村には聞こえないらしい。がくりと肩を落として神妙な顔で寝ている に謝罪し始める。それが余程可笑しいのか、政宗は笑いが止まらない。
 一頻り笑いが収まると、政宗は立ち上がった。
「まっ、順調に回復してるなら問題無ェだろ。言っておくが が回復したらアンタも交えてちっと話し合いたい事がある。心しておいてくれ。」
「話し合いたいこと?」
「今後の事だ。じゃあな。」
 言うなり政宗はまた仕事だろう、去って行く。見送る と幸村は顔を見合わせた。
「話し合いって何だと思います?」
「お館様が甲斐に戻られたのも、話し合いの為でござる。恐らく……同盟の事でござろうな。」
 そう聞いて は自分がどういう立場であったのか思い出した。そう言えば、自分は武田と伊達両軍の人質だった。そういう扱いを受けていないのですっかり忘れていたが、両軍の同盟の為の道具でしかない上に本来その道具足り得ない筈。それが人質と言う名目で破格の厚遇を受けているのは、武田は信玄の懐の深さ故であるし、伊達では の姉であると言う事でしかない。
「もしかして同盟が覆っちゃうって事も有り得るんでしょうか。」
「無いとは言い切れぬでござるよ。だが同盟は双方にとって都合が良かった事。今更解消しても……もしすると言うなら、同盟の理由を無くす事が急務と考える者もいるでござろう。」
 それを聞いて は眉を顰めた。その理屈は以前も聞いた事がある。そしてその時は自分は両軍からの刺客に襲われたのだ。無事なのは偏に館で守ってくれた幸村・佐助、良直のお陰だ。
「また刺客が来るんでしょうか……。」
「それは……判らぬでござる。だが 殿の事はこの幸村、しっかり守りまする。その……お館様の命でなくとも、 殿はお守り致す。ご安心めされよ。」
 力強く言い切る幸村に も微笑み返す。と、「その話、詳しく聞かせてくれない?」と寝床から声が聞こえた。
 驚く がいきなり起き上がり、座った目つきで二人を見る。
「お、起きてたの?」
「何だか凄い笑い声が聞こえて……目が覚めた。で、その話はどういう事? 守るって何から?」
 不機嫌さ丸出しの に、二人は顔を見合せた。何となく逆らえない雰囲気がある。
 仕方なく二人は以前 が武田・伊達両軍からの刺客に襲われた事やそもそも何故 が人質扱いになっているか等を説明した。聞いている内に の目が眇められ、暫く考え込む。
「成る程ね。伊達は黒脛巾を使い命令したのは不明。武田は虎さんの嫡男、ね。ふ〜ん……その嫡男、今は誰の所に居るって?」
「お館様の弟、信繁殿の預かりになっておられる。それが何か?」
「いえ別に。ま、若気の至りって事にしておきましょう。」
  はそう嘯くと再び横になった。頭の中で今聞いた話を反芻し、考えをまとめる。嫡男勝頼が家臣の讒言に惑わされた云々は別に構わない。問題は勝頼を惑わした家臣の真意が何処に有るか、という事。勝頼の失脚を狙ったのか信玄を守る為か。伊達の方は絞り出すのは簡単だ。黒脛巾を動かせる人間は限られる。そして自分は此処に居る。
「まぁ は体力回復が先だから。これから本寝します。そう言う訳で、 ちゃんもわんこも猿ちゃんも退室〜。」
「え? 佐助さん?」
「佐助はお館様と甲斐に戻ったが……。」
 しっしと追い払われた形で部屋の外に出ると、佐助が苦笑しつつ立っていた。
「何で判っちゃったかねぇ?」
「佐助。お館様は如何致した。」
 驚く幸村たちに佐助は、甲斐に戻る途中で信玄を訪ねて来た信繁一行に出会い、そのまま件の屋敷に滞在する事になった、と説明した。信繁以下主だった家臣が揃っていたので、わざわざ甲斐に戻るよりも早く話し合いが出来ると判断したからだ。
 ここでも話し合いか、と は思う。話し合いの結果、自分はどうなるんだろう、と不安になるが今度は の寝ている部屋を振り帰ると、開け放たれた部屋からは微かに寝息が聞こえ、確かにそこに居るとホッとする。
 今後の事を話し合う、と政宗は言ったがそれは正に に尋ねたい事だった。元の世界に帰るまで一体どうするつもりなのか、とか、そもそも何故10年前に一度奥州に現れたのか、その後何をしていたのか。訊きたい事が山積みで、 の回復が待ち遠しかった。


「あ、あああ〜、ああー・あ。… ちゃん、どう?」
「んー、大体元通りだと思うけど……幸村さん、佐助さん、どう思います?」
 咽喉の調子を整えて声を出す は、ほぼ回復したらしい。自分の声が元通りなのか に確認する。
 耳で聞いた限りでは掠れてもいないし、 の声に近い気がする。そう幸村と佐助が答えると、「じゃ、元通りか。」と二人は顔を見合わせて笑った。
 そろそろ時間か、と思っていると延元がやって来た。
「お待たせしました。此方は一門集まりましたので、お二方ともお出で下さい。…所で、折角用意した袿はお気に召しませんでしたか。」
 延元の視線の先には畳まれたままの袿。
「召した召さないの問題じゃなく、何故着なきゃいけないのかが判らない。」
 素っ気無く が言うと、延元は残念そうに「殿がお喜びになるかも、と思ったんですけどねぇ。」と言った。
「奉行殿、貴方のそういう所は好きですけど、何か目論むなら相手を選んでください。」
「選んでるつもりなんですけれど。」
「じゃあ時と場合も。今は皆さんお待ちなんでしょう? さっさと済ませましょう。」
「畏まりました。では、此方へ。」
 延元と の会話は、傍から聞いているとちっとも判らない、と が幸村に耳打ちすると幸村も同様らしく頷いた。どうやら政宗に何か仕掛けたかったようだが、 に袿を着せて何の意味があるのか。その辺りを疑問に思いつつ、延元の後について長い廊下を渡って行く。
「お待たせ致しました。 様、真田様をお連れ致しました。」
Come in。ご苦労だったな、延元。」
 声のする方に視線を向けると部屋の最奥に政宗、その目の前両側にずらりと一門が並んでいる。
「閉めなくて良い、そのまま開けておけ。」
 政宗の指示で開け放たれた襖や障子のお陰で内部が良く見える。
 自分の時より更に胡散臭げに見られている、と は気付いているのかいないのか、さっさと部屋の中に入るとすぐに膝をついて挨拶をした。
「伊達一門の皆様、此度は伊達家主席の厚意により病が癒えるまで城に滞在させて頂き感謝しております。今此処で改めて御礼申し上げます。」
 きちんと挨拶する に並ぶ一門衆も面食らったのか、顔を見合わせる。成実など、笑いを堪えているのか真っ赤になって震えている。
「…アンタ、何の冗談だ。普通にしてろ、フツーに。気持ち悪い。」
 政宗が呆れて言うと、 は顔を上げて笑いながら足を崩して言った。
「まぁ最初が肝心ですから。感謝しているのは本当ですよ。てな訳で、 です。I'm pleased to meet you。
「此方こそ宜しくね〜。」
 成実が言うと、次々に頭を垂れて挨拶が始まる。
様、戦場でのご活躍聞き及んでおります。」
「殿が元服前にお世話になったとか。 殿の噂色々耳にしております。」
「此度は武田との同盟の件で問題があります。色々話を伺いたい。」
 石川昭光、留守政景と次々名乗り も頭を下げて応え、同盟の件、と言う言葉に幸村がピクリと反応する。彼の同席には反対意見があったものの、話し合いに後ろ暗い事が無い事を証明する為に同席させておけ、と言う政宗の意見でこの場にいる。発言権は無い。因みに武田側で同じ様に話し合いが行われているが、それには良直が同席している。多分甲斐で話し合いが行われていたら、幸村もこの場から外されていただろう。
 一通り顔見せが終わったと判断して政宗は を手招きした。
「そんな遠い所で話も無いだろ。もう少し寄れ。」
「え〜、厭ですよ。」
 にこやかに拒絶され、政宗の動きが止まった。周りの人間も驚いた顔で を凝視する。
「近くに寄って行ったら、甥っ子可愛い叔父様ズに何されるか判りませんもん。しないって言い切れます〜?」
 ニコニコと言う も幸村も驚いて見つめる。この場でそんな失礼な事を言うもんじゃない、と が言いかけると案の定先に言われた。
「無礼な! 政宗様の恩人とは言え、その発言あまりにも無礼。我等が何をすると言うのか!」
「黒脛巾使って暗殺?」
「なっ……!」
 絶句する一同の中、 の言葉に驚く。まさか先日話した事をここで蒸し返すとは思いもしなかった。政宗の方はと言えば がその件を知っていた事に驚く。
「何時聞いた? いや、誰がやったかアンタ……判ってるのか?」
「んー、折角御一門集まってるから、訊くのは簡単とか思ってたけど、聞く前に判っちゃった。」
「誰か訊いても構わない?」
 成実が興味深そうに訊いて来た。
「今更済んだ事を聞いても仕方無いよ。別に たちに手出しをしないでって釘を刺したいだけだから。蒸し返したのは悪いけど、ダメじゃん、か弱い女の子を襲わせるなんて、ねェ?」
「私に振るなっ。」
  の返事に肩を竦める。
「か弱いかどうかは疑問だが、 を襲わせたのは確かに拙い。今更兵力の戻った武田軍と戦うにはこっちも万全の態勢を整えないとならねェ。それが判らない奴は厳重注意も当然と思うが?」
「それはそうだけど。でもそうしたらその時何の対策も講じなかった独眼竜は?」
「策は講じた。事実二度目以降は無いだろ。」
 目で に確認を求めるので、頷く。実際あの後は武田軍からの刺客が来て以降、襲われた事は無い。
様、それ程仰るならば今ここでその者の名を教えて頂きたい。」
 厳しい顔で問われ、 は暫く無言で全員の顔を見渡した。
「仕方ないなぁ……そんなに知りたい?」
「間違っていたらどうするおつもりか。」
「別に? 当たるにしろ外れるにしろ の存在を疎ましく思うだけなら問題ないですよ。とっとと此処からいなくなれば良いだけの話。逃げるのは得意ですからね。」
「御託は良い、仰いなさい。」
 厳しく言われ は溜息をつく。この人損な性分の人だなぁと思い政宗を見ると、かなり不機嫌そうだ。
「んじゃ独眼竜の機嫌も悪い事だし。言いますね。… を黒脛巾に命じて襲わせたのは……。」
「襲わせたのは?」
 一同シンとして の次の言葉を待つ。
「…襲わせた人は……。」
  は思うところ有るのか語尾を濁した。身を乗り出して の次の言葉を待ち、誰かの咽喉がゴクリと鳴って、それが合図だったのか が叫んだ。

「手を挙げてッ!」

 聞いた瞬間、何人かが乗り出していた身をそのまま前のめりに倒した。 も例外でなく聞いた瞬間力が抜ける。
……アンタふざけるのも大概に……!」
 政宗の叫びが途中で止まる。信じ難い事に、一人手を挙げている。挙げている本人も信じられない、と言った表情をしているがそれは政宗も同様で、彼が当初予想していた人物では無かっただけに信じられない。
「まさか…?」
「くっ……不覚っ。この様な子供騙しに乗せられるとはッ……。」
「子供騙しじゃ無いですよ。」
 悔しがる様子を見て が言った。
のお願いに貴方は乗らずにはいられなかっただけ。名指ししなくても、その自覚があるからつい手を挙げた。お解りですか?」
 何時もと少し違う言い回しだったが、名乗って願えば大概は叶えられる。特に人間、突然の事に対応するのは難しい。簡単で有れば有るほどそれは顕著だ。
 ガクリと項垂れる叔父の姿に、政宗はどうしようかと考える。
 全く は何故今更この話を蒸し返したのか。最も信頼出来る叔父に裏切られた感はあるものの、処罰するのは今更過ぎる。する気が有ればとっくにしていた。黒脛巾を使える人間は限られるのだから、探そうと思えばすぐ探せたのにそれをしなかったのは を襲わせた理由に見当がついたからだ。
 恐らく叔父は武田側が を捨てると見たのだ。そして同盟は破棄されると同時に武田が攻め込むと考えたのだろう。ならばいっそ を斃して今後の憂いを断ち切った方が良いと判断し、黒脛巾に命じた、と言うのが真相では無いか。
 勝手な考えではあるものの、政宗の事を思っての判断であると言う事と実際は失敗に終わっている事を思うと、それ以上追及する気にならなかったのが当時の政宗の考えだった。今もそれは変わらず、 の考えが知りたくなった。
「そうガッカリしなくても。寧ろ秘密がばれてすっきり出来たと思えば宜しい。別に今更処罰がどうこう言うつもりも無いし。…面倒くさい。」
「アンタ、それで良いのか?」
「だって今更罰してどうするの? …まぁ ちゃんが怖い思いした事を考えれば、暫くお留守番してもらうのも良いかもしれない。」
「……だそうだ。良いか、それで?」
 言って目を向けると既に平伏していた。
「忝う御座います。 様の御慧眼、噂以上と骨身に沁みました。勝手ながら某め、 様には誠心尽くす所存と誓い申し上げます。」
「尽くす相手は独眼竜で充分。 と違ってこう言う事は慣れてないから。」
  はそう言って立ち上がると、やっと政宗に近付いた。
「言いたい事は言ったし、釘も刺せたし。話し合いましょうか? 今後の事とやらを。」
OK。


 喧々諤々の話し合いの末、 は今まで通り武田・伊達の人質として件の屋敷で過ごす事になった。そして はと言えば、その屋敷の客分扱い。どう考えても人質扱いは出来ないし下手に行動を制約したら本人が再三言っているように、同盟の事は無視して と一緒に居なくなる可能性があるので自由にさせる事にしたらしい。
 それについては としても折角今の所平和な状態が続いているのにわざわざ戦の種をまかなくても、と言う事で必ず毎日屋敷に戻る事を条件に自由行動を許された。尤も、今までも自由と言えば自由だった。屋敷内では。単に が外に出るのを躊躇っただけ、と言えなくも無い。
 何故喧々諤々になったかと言えば、政宗が最後まで拘った の扱いに因る。
「はぁ?  ちゃんが人質のままで? その伊達と武田の領地の中間の屋敷とやらに住んで?  は伊達の客分でこの城に滞在? 何それ、ふざけた話。」
「仕方無ェだろ。武田との同盟を今更覆す訳にゃいかねぇんだ。と言ってアンタが人質ってのは話が違うだろ。」
「違わなくないよ。何でわざわざ折角会えた相手と離れて過ごす?  ちゃんが人質で、その武田との話し合いで決めた屋敷に住んでるって言うなら は其処に行きますよ。そっちの方が道理じゃないですか。」
 この話し合い、 は思った。政宗の言う事は尤もらしいが道理に適ってはいない。
 元々 が探しにくる事を期待して武田軍に居たし、人質扱いになった後もそれは変わらなかった。漸く会えた妹と離れて過ごせと言うのは無理がある。
ちゃんも一緒じゃないと。だけどそれは約束を反故にするんでしょう? 何でわざわざ不利になる状況を作ろうとするのか、判らない。」
 その言葉に政宗も言葉に詰まる。
 同盟を取り消すつもりならそれも良いが、まだ当分は続けるつもりなのだから、自軍に不利な状況をわざわざ作る方がおかしい。それは判る。
 だが理屈では理解していてもどう言う訳か を手放す気になれなかった。それは未だ相手が本調子で無いと感じるからか、それとも景綱の言う様に伊達の家臣として取り込みたいからか。
 睨み合う二人を余所に、一門一同意見は一致したらしい。二人を放って にその旨を伝え、了解を取る。
「あのお二人に任せたら何時までも平行線です。いっそこっちで決めてしまいましょう。」
「延元さんに賛成です。私はそれで結構です。今まで通りと変わりませんから。」
「殿もさ、も少し素直になれば良いんだよ。もうちょっと一緒に居たいって言えば 様だってさー……。」
「コホン。それよりも先程仰られていた事は真でしょうか?」
「えっ? はい、多分……。」
  の返事に顔を見合わせる伊達一門。
 先程言った事、と言うのは は自分たちがこの世界の人間では無いと告げてある。一応、この世界に良く似た歴史を持つ異世界、と言う事にしてあるのだが元の世界に戻る条件と言うのは と再会して漸く確認が取れた。
 二人が元の世界に戻る条件は、 も予測していた通り『誰かが天下統一すること』だった。
 誰か、とは言っても誰でも良いと言う訳ではない。 たちにとってはプレイヤーキャラクター。彼等にとっては各国の大将。天下統一と聞き、遠い先の話が俄かに現実味を帯びてきた様で、一同色めき立つ。
「… 様は政宗様に手を貸して下さるでしょうか。」
「さぁ……そればかりは本人に訊いた方が。」
 訊かれても困るので、 はあっさり質問を投げ返した。返された方は困った顔で の方に目をやる。と、睨み合いが終わったのか は澄ました顔で横になって話を聞いていたらしい。
「今の所は中立です。下手に協力して ちゃんの身が危なくなったら、何の為に話し合いをしたんだか判らないじゃないですか。 ちゃん優先。…オブザーバーに徹しまーす。」
「今の所全然Observerじゃ無ェけどな。全部アンタが決めてるじゃ無ェか。」
「それはそれ、これはこれ。…ま、暫くは大人しく養生していますよ。」
 ひらひらと手を動かしながら言う は寛ぎまくっている。
 屋敷に移動出来る体力が回復するまで、 は城に滞在する事になったが、成実はそれが不満らしく少しだけ文句を言った。
「折角 様と会えたんだからさー、もう少し話とかしたいな、オレ。ひと月くらい居られない?」
「それは拙いでしょ。何の為に今話し合ったの。我侭言っちゃダメですよ、ナルちゃん。」
「な、ナルちゃん? オレの事?」
 自身の呼び方に驚くものの、「まぁ 様だからね……。」と渋々了承する。
 大人しくしていると言うが、どうだかな。
 そう思ったのは政宗だけでは無いらしい。眉を寄せた が政宗の視線に気付き、苦笑いを返して来たので、政宗は肩を竦めて見せた。
 取り敢えず暫くは無理をしない様に見張っているしか無ぇよなぁ。
 溜息を吐きながらも何となく嬉しそうな政宗と、思う所があるのかひそひそ話をする伊達一門。
 何だか変な感じだなぁ、と は思う。しかし理由を考えるのは止めた。一番教えてくれる筈の人間は恐らくいつもの調子で「ヒミツ。」と言う筈だし、その他の人間も自分と似たり寄ったりではないだろうか。
 それでも一応ちらりと を見ると、やはり何を考えているのか判らない表情で寛いでいて、 に気付くとウインクして来た。
 やっぱり判らない妹だ、と思った。


≪BACKMENUNEXT≫

張った伏線を処理する為のほぼ閑話。伏線を張りすぎるのは止めましょう。あんまり多いと、訳判らないかバレバレのどっちかにしかなりません。トホリ。

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ちょっぴり閑話休題的な本編。2回続けてパ○リ□ネタもどうかと思うが……バイブルなので。済みません。
ところで問題です。黒脛巾に命令を出したのは誰でしょう。答えは次回。