≪BACKMENUNEXT≫

しょにょじゅーさん。

「殿ー。居られるかー?」
 廊下から声をかけられ、政宗は顔を上げた。声の主は成実だ。間の抜けた声の感じから言うと、特に緊急と言う訳でも重要と言う事でも無さそうだ。
 麗らかな昼下がり、仕事をする気にもなれずただ文机の前に座っていた政宗は、これ幸いと成実に答える。
Come in! どうした、何かあったか?」
 返事と同時に障子が開き、成実が顔を覗かせた。キョロキョロと室内を見回し、一言。
様、知らない?」
「……何で俺に訊く。」
 一気に政宗の機嫌が悪くなる。それを見て成実は『しまった』と言う顔をする。
「アイツは今武田の所だ。…オッサンに気に入られてるからな。で? 何の用だったんだ。」
 先日一旦伊達領を出て甲斐に戻ると言って出て行った信玄は、途中合流した信繁達との話し合いを終えてまた伊達領に戻ってきていた。
「いや、挨拶でもと思ったんだけど……睨むの止めてよ、殿。寂しいのは判るけどさ。」
Ha! 誰が寂しいって? 居なくて清々してる所へお前が変な事訊いてくるからだろう! 俺はアイツの保護者じゃねぇ!」
 苛々と叫ぶとそのまま成実を部屋から追い出す。追い出された成実はと言えば、肩を竦めるだけで特に気にしていない様だ。
「じゃ、オレ信玄公の所へ挨拶に行ってくるから。何か伝言あったら……。」
Nothing!!
 何か投げつけられそうな勢いだったので、慌てて退散する。残された政宗は、何もする気が無くなってそのままごろりと転がって天井を眺めた。


 すやすやと寝息を立てている を発見し、成実はどうしようかと考えた。
 ここで起こすのは忍びない。だが挨拶はしておきたい。
 どうしようかと逡巡していると、ひょっこり が顔を出した。
「成実さん。 に用ですか?」
様に挨拶に来たんだけどね……。」
「ああ、寝てて出来ないって事ですね。じゃあ起こしますよ。 、起きな。成実さん来たよ。」
 いいよいいよと遠慮する成実を無視して、 の身体を軽く揺する。
「んあ……?」
 寝返りをうちつつなにか呟いたが、一向に起きる気配が無い。諦めて成実を見ると、向こうも期待していなかったのか笑われた。
「無理に起こさないでも良いよ。と言うか、オレ 様に恨まれたくないし。挨拶に来た事だけ伝えてくれる?」
「良いですよ。済みませんね、寝汚い妹で。」
 苦笑しながら言う にそんな事は無いと否定する。
 取り敢えず立ち話も何なので、と言うわけで が部屋の中から円座を持ち出して廊下に置き、並んで座る。
「成実さん何処かに行っていたんですか。そう言えばここ暫く姿が見えなかったみたいですけど。」
「うん、殿の名代でちょっとね。延元と一緒に色々。…そう言う 様が信玄公の所に行ってるって聞いたから来たんだけどさ。」
「ああ、先刻まで日向ぼっこしながら世間話をしてたんですよ。そうしたら が眠くなったとか言って突然寝ちゃったんで。信玄公と幸村さんは、ほらそこでいつもの。」
 見ると庭先で二人が殴り合いをしている。初めて見た時は驚いたが、今はすっかり慣れて気付きもしなかった。尤も伊達の武将達も若干似たり寄ったりの所があるので慣れも早かった訳だが。
 長閑な昼下がり、殴り合いをする二人を見ながら茶飲み話に花を咲かせる二人。脇ではこんこんと眠り続ける 。平和と言えばそれまでだが、この平和が長く続く筈も無い。
 バタバタと足音が響いたかと思うと、景綱が現れた。
「成実様! こちらにおいででしたか。至急城門までいらして下さい!」
「何か有ったのか。」
 景綱の焦り振りに成実が腰を上げる。 も普段温厚な彼の変わりように驚いて立ち上がった。
「何かと言われればそうですが、とにかく説明は後で。延元殿一人では政宗様を抑えきれません。」
「殿がどうかしたのか?」
 走りながら怒鳴りあう二人を見送り、 の様子を確認した。
 今の騒ぎでも起きないあたり、余程眠いと見える。信玄と幸村の様子を窺うと、二人も今の騒ぎに気がついたのか、城門へと走り始めた。
「佐助さん、いますか?」
「なに?  ちゃん。」
 天井に向けて が問うとすかさず佐助が姿を現した。
 なに、と訊いた理由は判っている様だ。苦笑しながら続けて言う。
ちゃんも見に行く?」
「行きます。」
 物見高いと言われればそれまでだが、あそこまで騒がれれば気になるのは道理だ。佐助が何やら天井に呟くと、同意の言葉が返ってきた。
 そこで も佐助に連れられて城門へと向かった。


 政宗が転がって直ぐに、景綱が深刻な顔をして訪ねてきた。
 まさかまた を探してるんじゃないだろうな、と政宗が思っていると思いもかけない事を言われた。
「政宗様。殿を訪ねて来られた方がいらっしゃるのですが、どうなさいますか。」
Ah? 誰だか知らねぇがAppointmentも取ってない奴に会う義理は無ぇよ。追い返せ。」
 機嫌が悪いと言えばそれまでだが、客に愛想よく振舞う気にもなれないのだから仕方ない。しかし景綱は更に深刻な顔をして続ける。
「それが追い返すには大物で……と言って本人かどうか確認出来ませんので、どうしたものかと。」
「お前がそれだけ言うって事は深刻だな。仕方無い、何処に通した? 控の間か、大広間か。」
 溜息混じりに言って立ち上がる。客に会う気分でも無いが、外交を蔑ろにするのも得策ではない事を十分承知している。少し会って話を聞けば済むだろうと思い、部屋を出ると景綱が慌てて追いかけて来た。
「いえ、まだ城門です。太刀ではない物騒な武器をお持ちでしたので、それを城内に持ち込むか置いていくかで少々揉めている所です。」
OK。なら俺が行く。直接会えば文句も無ぇだろ。」
「お願いします。」
 足早に城門まで行くと、鬼庭延元が対応しているのが見えた。
 延元と景綱に任せておけば、大概の事はOKなんだがな? 等と政宗が考えていると件の来客の姿が確認出来た。そして思わず口笛を吹く。
Indeed。It is a big fish。
 延元にやんわりと武器を置いてからではないと入城出来ない、いや置いて行くわけには行かないと問答している人物が、ふと目を上げて政宗に気がついた。
 ニヤリ、と不敵に笑って呼びかける。
「お初にお目にかかる。奥州筆頭、伊達政宗とお見受けするが?」
「そう言うアンタは……四国の蝙蝠、長曾我部元親、か。」
 確認ではなく、断定。噂に聞いていた四国の鬼は、聞いていた以上に派手ないでたちで人目を引く。こんな男が城門前で問答していれば確かに目立つだろう。事実、辺りには野次馬が集まっている。
 政宗の言葉に元親は顔を顰めた。
「蝙蝠って呼び方は止めてくれよ、独眼竜。元親、で良い。」
「一体奥州くんだりまで何の用だ? 元親サンよ。観光って訳じゃぁ無いんだろ? 噂には聞いてるぜ。西は同盟を結んで以来動きが無いってな。…奥州獲りに来たか?」
「最初から喧嘩腰かよ。ったく、子供だねぇ。」
「アァン? そりゃSorry、sorry、I'm sorry。物騒なモノを持ったままの奴にいなされるとはね。」
 喧嘩腰の会話に、思わず延元と景綱が二人の間に割って入る。が、無視され二人の睨み合いが続く。
「駄目だわ、景綱。これ以上酷くなる前に、成実くんを呼んできて! 何とかそれまで抑えとくから。」
 延元が景綱に頼む。成実なら、力もあるし政宗扱いにも慣れているし打たれ強くもある。このまま政宗が長曾我部元親と目される人物と衝突する前に、何とか回避したい。
「お願いします、延元殿。」
 そのまま景綱は成実を探しに走り出す。それを見て元親が鼻で笑った。
「へっ。ガキの喧嘩じゃあるまいし、保護者が居なきゃ何も出来ないってか?」
「アンタこそ郷に入っては郷に従えって言葉を知らないのかね? Coolじゃないねぇ。」
「政宗様〜!」
 二人の言い合いに必死になって入る延元。早く景綱が帰って来ないかと祈る。
「自分の身を護る為の武器だろ。持っていて何が悪い。」
「限度があるだろう。そんなデカイ武器持って城内ちょろちょろするんじゃねぇよ、You see?
「諭旨が何だって?」
 はっきり言って、元々機嫌の悪かった政宗は折悪く来た元親が気に入らない。元親も最初から喧嘩腰の政宗に腹が立っていた。
 だが腹は立つものの一つ気になる事がある。先程から政宗の言葉の端々にある聞きなれぬ言葉。もしかして異国語ではないだろうか。
 そう思ったら矢も盾も堪らず、元親は政宗に単刀直入に訊いた。
「お前さん異国語が判るのか。だったらこの意味判るか? ぐっばい、そーろんぐ。」
「アァ? …サヨナラ、またな。…へったくそな異国語だな。誰から聞いた?」
 いきなり話題が変わった事に戸惑うものの、元親から異国語らしき言葉が出たのに驚く。そう言えばいつぞや聞いたことがあるが、西の三国が同盟を組んだのは何とかという伴天連宣教師に対抗する為だと言うが、もしかするとこの異国語もその関係で聞いたのだろうか。
 政宗の質問は元親には聞こえていなかったようだ。「またなって事はまた会う気が有るって事か。」と呟いていた。
 双方の喧嘩腰が無くなった事で延元はホッとして政宗から離れた。
 頭が冷えた所で政宗も元親が尋ねてきた理由を聞く気になった。
「アンタわざわざ喧嘩しに来たって訳じゃねぇんだろ。何しに来た?」
 元々喧嘩をする気も無かったし、奥州くんだりまでわざわざ来た事を思い出し、元親は答えた。
「実はな、面白い噂を耳に挟んだんで確認しに来たんだ。奥州に面白い客人がいるってな。もしかして……。」
 そこまで言った所で成実と景綱が到着した。
「何だ、普通じゃん。景綱Overなんだよ。」
「そんな事は……でも収まったようで何よりです。延元殿お疲れ様です。」
「いや〜、酷くならなくて良かったですよ。」
 三人が話している間に今度は信玄と幸村も到着した。
「政宗殿! 一体どうしたのでござるか?」
「フム、客人か。」
 元親は二人に驚いた。先の三人は伊達の家臣と見当はついたが後の二人、特に年嵩の方は家臣と言う雰囲気では無い。何処かの国の大将だと気付き、風体から甲斐の虎武田信玄だと推察する。そうすると一緒にいる元気な青年は彼の懐刀真田幸村だろう。
「…甲斐の武田信玄殿か。俺は長曾我部元親。お目にかかれて何より。」
「ほう、土佐の出来人か。何をしに奥州まで参った?」
 その質問に元親は困った顔になった。
「いや……今も訊かれた所なんだが、奥州に面白い客人がいるって聞いたんでな。知り合いかと思ったんだ。…確かに奥州に甲斐の人間がいれば面白いけどな……ちっ、外れたか。」
 舌打ちする元親に一同目を丸くする。面白い客人などと言う噂が土佐まで届いているとは。誰が流した噂か知らないが、随分と早い。信玄が奥州に来たのはつい先日の事で、わざわざ土佐から来たと言うなら噂を聞いてすぐに行動に移したということか。
 長旅をしてきた人間を何時までも立たせておく訳にも行かないだろう。政宗は城の中で休むよう元親に告げようとして、彼が驚いた顔をしたのに気がついた。目線を追うと、佐助に連れられて が此方に向かっている所だった。その瞬間、政宗は厭な予感がした。
  の顔を確認した。
の姉さんか。」
  はいきなり現れた男に驚き、何処かで見た顔だと思い頭の中の攻略本を検索した。紫の着物と眼帯、銀の髪。確かこの人は長曾我部なんとか、と言う人だと思い出すと同時に彼が の名前を出した事に驚いた。
「あの、 の事知ってるんですか?」
 何だかこのパターンはいつかあった気がする。そんな事を考えつつ が尋ねると元親の方は「見つかって良かった。」と嬉しそうに をしげしげと見ながら答えた。
「知ってるも何も、あんたの事を頼まれてる。見つけたら保護しておいてくれってな。」
「ほ、保護?」
 驚く と長曾我部元親が知り合いだったとは当たり前だが誰も思わなかった。しかも彼の口ぶりからすると随分親しい気がする。
はな、あんた探して旅をしてるんだ。何処に連絡すりゃ良いか知らねぇが、ま、また来るような事言ってたし、それまで俺の所に来い。ちゃんと世話してやるから。」
「あ、いえ、あのですね……。」
「もしかするとそのうち奥州に来るかも知れねぇよなぁ。行くとしたら甲斐か越後か奥州って言ってたし。よし、そしたら此処の連中に伝言頼んで……。」
「いえ、ですからね……。」
  が元親の提案を遮るように話しかけても元親は聞いていないようだ。彼の中で を土佐に連れて行くと言うのは決定事項らしい。しかし元親の提案は政宗に遮られた。
「生憎だな。そいつは甲斐と奥州の預かりだ。勝手に土佐まで連れて行こうとするんじゃねぇ。」
「預かり? どういう事だよ。 の姉さんは甲斐の人間でも奥州の人間でも無ぇんだろ。」
「こっちにも都合があるんだよ。大体、 ……。」
 そこまで言って政宗は口を噤んだ。元親が不思議に思う間も無く、いきなり肩に重みがかかったかと思うと、耳元に生温かい風。
「わっ!! き、気色悪ィっ……?!」
 耳元に息を吹きかけられて驚いて飛び退った元親は、元の場所に が立っているのに気がついた。
! て、手前いきなり現れるなよっ! 久々の挨拶がソレか?!」
「何だか騒がしい人がいるなぁと思ったら、姫親さんでしたか。お久し振りです、お元気そうで何よりです。」
「お、おう……。お前も元気そうで……。」
  の妙に真面目な挨拶に、元親も挨拶を返す。が、少し腰がひけている。
「そんなに警戒しなくても良いですよ。…折角の楽しいお昼寝タイムを邪魔されて少々機嫌が悪いだけですから。」
「昼寝? わ、悪ぃ……邪魔するつもりは無かったんだ、全然!」
 焦って言い訳する元親に は苦笑した。何故ここまで怯えられるのか。そんなに酷い事はしていない筈なんだけど、と思いつつまぁどうでも良いか、と機嫌を直す事にした。
「それでどうしたんですか、わざわざ奥州くんだりまで訪ねて来るなんて。独眼竜に何か用事でも?」
「あー、いや、そのー。」
 言いよどむ元親の頬が若干紅い。それに気付いた政宗は何故か苛立ち、割って入った。
「俺に用事ィ? 何だよ言ってみろ。客人云々だけじゃ無かったのか? …っとそれよりアンタ達知り合いだったのか。」
「あ、暫く一緒に居た事がありまして。」
 その言葉に から聞いた話を思い出す。確か10年前の奥州の次に居たのは南の国と言っていなかっただろうか。とするとその南の国は元親の領国、土佐だろうか。
 政宗の方は の言葉にもしや、と疑問が湧く。
「一緒に、って事は……まさか西の三国同盟に関わってるなんて言うんじゃ無ェだろうな。」
「あ、それビンゴ。」
 軽く言う だが、政宗以下他の人間はそれがどういう意味か瞬時に悟る。
「アンタが三国同盟の黒幕かっ!!」
「厭だなぁ、黒幕だなんてそんな人聞きの悪い。ちょっと手伝っただけですってば。」
「…手伝うと言うか、積極的にザビー城の攻略をしてた気がするんだが。」
 当事者の元親がツッコミを入れる。
「だって ちゃん探すのに、勝手に合戦始められるのは都合が悪かったし。だったら同盟でも組んでくれれば良いかなって。…それに姫親さん、初めて会った時にはもう瀬戸内同盟を組もうとしてたじゃないですかさ。一国増えたところでどうって事無いって。」
「いや、あるだろ。」
 呆れて言うものの、今更どうこう言っても仕方ない。政宗としては二人が妙に仲の良さげな所が気に障るが、元親の訪ねて来た理由も気になる。
「で? 元親サンよォ、何をしに来たって? …そういや先刻訊いた時、知り合いがどうのって言ってたが……。」
「あぁ、そうそう。実は奥州の客人がもしかしたら じゃ無いかと思ってな。訪ねて来た訳だ。」
 元親の答えが予想通りだった事が政宗の癇に障る。わざわざ一体何の用事か。それは ? わざわざ物好きな。何か理由でも?」と尋ねる。
「色々あるけどなぁ。その後姉さんは見つかったのかとか元気だったかとか……。」
「見つかったし元気です。ありがとう。」
 その程度の理由でわざわざ奥州まで訪ねて来るとは思えず、 は胡散臭そうに元親を見る。見られてきまりが悪いのか元親が僅かに顔を紅くし、その様子を見た成実が延元にこっそり話しかける。
「もしかして殿のRival出現?」
「…ですかねぇ?」
 二人の遣り取りに気付かず、景綱が一同に提案する。
「あの、いつまでも立ち話も何ですから、ここは一度城内に戻りませんか。部屋はすぐに設えます。政宗様宜しいですね?」
All right……。おめぇら、移動するぞ。」
 仕方無しに言うと元親から待ったがかかる。
「ちょっと待ってくれ、実は連れが居るんだ。そいつ等が後から来たらすぐ案内するよう手配してくれねぇか?」
「連れ?」
「同盟相手の大将二人、すぐ来る事になってる……。」
「大将二人っ?!」
 元親の言葉は が確認する。
「もーりんとおいさんが一緒に来てるのっ? ちょっと、何でそれを早く言わないんですかっ!」
「も、元就は船の手入れ指示をしてから来る事になってるし、島津公は城下で杉玉見つけてそこに捉まってるがその内来るんじゃ……。」
「先に三人で来たって言ってくださいよっ! バカチカっ!! …独眼竜!」
「な、何だ?」
 元親に怒鳴った後いきなり政宗に呼びかける 。その勢いに押されて政宗も素直に返事をしてしまう。
「良い部屋と食事とお酒、手配お願いっ!  はもうちょっと身奇麗にして来るから、部屋の準備出来たら教えてプリーズ!!」
「お、おい?」
「あああっ、起き抜けで顔も洗ってないよー!」
 政宗が呼び止めるのも構わず、 は叫びながら去って行った。
 呆気に取られたものの、いつまでも外にいる訳にもいかない。後を追うように城へと戻る事にした。


 道々、 がふと漏らした言葉が政宗は気になった。
「身嗜みを整えたくなる様な人に会うって事ですね。」
 聞いた瞬間問い詰めたくなったが、客人に会うのに身嗜みを整えたくなる、と言うのは当たり前の事だと無理矢理自分を納得させる。たとえ今まで一度もそんな素振りを見せた事が無くても。
 だが何となく苛立つ。
 そんな苛立ち交じりの中、 にリクエストされた通り食事と酒を用意し終わった頃、見計らったかのように毛利・島津二人の大将が現れた。一通りの挨拶をすると二人は脇に控えていた に注目した。
「ほう……、 の姉か。成る程瓜二つだ。」
  が驚き、政宗は苛立ちを募らせる。
「我は毛利元就。名は?」
「私ですか、 です。」
「そかそか。見つかって良か。 は何処か?」
 既に を探す。
「追って来るだろ。まだ何も話しちゃ居ないんだ、そう焦るな。」
「何? あれだけ時間をかけておいて未だ何も話していないと? …愚図め。」
「仕方無いだろ、城門で足止め食らってたんだ。そんなに言うなら手前が先に来りゃ良かったんだ。」
「勝手に先に行ったのは貴様の方だ。逸りおって。」
 元親、元就の言い合いが続く中、遠くからバタバタと足音が聞こえてきた、と思った途端 が現れた。
 顔を洗ってきたらしく、前髪が少し濡れていた。髪の毛もきちんと櫛で梳かして来たのか何時もよりまともだ。だがその他は特に変わりないので、政宗は少しだけホッとする。だが来客の顔を見た途端、 が嬉しそうな顔をした事にまたムッとする。
、久しいな。息災であったか。」
 元就が珍しくにこやかに に笑いかける。端正だが怜悧な印象の顔立ちが一変し、見ていた はほほう、と感心する。
 一方 も笑いかけられ嬉しそうに元就に挨拶する。
「お久しぶりですね、もーりんも元気そうで何よりです。その後変わらず?」
「変わらぬ。我等に睨まれ其方に言われたのでは大人しくするしかあるまい。」
「それは重畳。その調子で今後とも宜しく。」
 誰が、とは言わなかったがそれだけでも には通じた様だ。それだけ言うと今度は義弘に向き直る。そして。

「おいさーーんっっ!!」

 周囲が驚く中、大きく叫ぶとそのまま駆け寄り抱き付いた。義弘も嬉しそうに受けとめるとそのまま抱き上げて の顔を確認する。
、元気そうたいな。良く顔を見せんしゃい。」
「へへへー。おいさんもお元気そうで。会いたかったですよ。」
 はしゃぐ が溜息をつきつつ「やっぱり……。」と呟いた。それを聞きとがめ政宗が小声で尋ねる。
「やっぱり? …どういうことだ?」
「アイツが身嗜みを気にするほどの相手は多分島津さんだろうなー、と思ってたらやっぱりそうだったな、と。」
「…オレ、毛利殿の方かと思った。」
 成実がひそひそ話に参加する。
「いえ、 が抱き付く相手ならやっぱり島津さんですね。毛利さんとちょ……長曾我部さん?は抱き付くよりは……。」
  に訴えた。
「お前なぁ、俺達の時と態度がえらく違うじゃねぇか。何だよ、ソレ。」
「もーりんは抱き付く前に避けるだろうし、姫親さんに抱き付いて何が楽しいんですかさ。姫親さんだったらブレンバスターとかラリアットの方が楽しいですよ。」
 けろりと言い返す に、元親は項垂れる。ああ言えばこう言う、は健在だと今更ながら思う。 が自分に対して楽しいと言ったものが何であるか見当もつかないが、禄でも無いことは想像に難くない。ふと見ると、 の姉が笑いを堪えているのが見えて、後で説明させようと決意する。
「…まぁ感動の再会はソレくらいにしとけ。遠路はるばる来たんだろう、折角膳も用意したんだ落ち着け。」
「それもそうか。…でも何でこの並び?」
  が指す先には円形に並べられた膳の数々。これではどれが上座か判らない。
「仕方無ェだろ。これだけ各国大将が揃って、誰が主賓かなんて判るか。俺が城の主として上座に居ても良いが、アンタや があいつ等のMainなんだから居なきゃ拙いし、かと言って上座も拙い、下座も変となったらコレしか無いだろう。」
「色々面倒ですわねェ。」
 ふぅ、とわざとらしく溜息をつく の左に座らせさらにその隣に信玄と幸村、自分の右側には成実を配して残る三席に客を座らせた。今回景綱と延元は加わらないらしい。
「…何かこれから談合とか作戦会議が始まるみたいだなぁ。」
 ぽつりと も頷く。政宗は呟きを聞いて片眉を上げたが黙止した。
「席移るの自由?」
「……食事が進んだらな。」
 政宗がそう言いながら指を鳴らして合図すると、用意されていた膳の他に次々と酒と料理が運ばれて来て、食事が始まった。


 話題は無難なものを選ぶらしい。
 始めの内は各国の情勢の交換、現在の状況とこれからの予定を内情を暴露しない程度に相手に披露し、それから双方気になっていたのか の話題へと移る。
 元親たちは が居なくなってからの行動を聞かされ溜息をつく。
「…アンタ本当はあちこちで余計な事してるんじゃ無ぇか? 一揆衆もそうだったがつつけばもっと有りそうだな。」
 面倒くさい事はしない、と言った だがどうも胡散臭いと政宗は訊いてみた。
「そんなに大した事はしてないですよ。一緒に花見をした相手に暫く他所に攻めこまないでね、って頼んだくらいで後は ちゃん探すのに一直線に進んだからなー。」
「花見ィ? そりゃまた優雅なこって。…相手は。」
「ヒミツ。」
 それだけ言うと後は黙々と箸を進める 。何時もながら見事な食べっぷりだと政宗が感心していると、元親が皿を出しているのに気付く。
「腸。食ってやるから寄越せ。」
「あ、良いの? それじゃ遠慮無く……。」
「甘えるんじゃないの。」
 これ幸いと避けてあったハラワタを元親の皿に移そうとすると、 が待ったをかける。
「残すよりは良いじゃん。それにしても姫親さんはハラワタ好きですねェ。」
「別に特別好きと言う訳でも……。」
 元親の呟きは には聞こえなかった様だ。だが聞こえていた政宗は途端に不機嫌になり、酒を呷る。見ていた成実は苦笑いして元親に酒を勧めて訊いた。
「長曾我部殿にしろ島津公にしろ 様と随分親しいみたいだけど。何でわざわざ探しに来たの?」
 奥州に面白い客人が居る、とそれだけの情報で かも知れないと探しに来るとは余程の理由があるのでは無いだろうか。その質問は場の雰囲気を一変させるもので、和やかだった場が途端に緊張する。
「ん……そっか。その話が未だだったな。」
 ぐいと注がれた酒を飲み干すと、元親が に向き直った。真剣な眼差しに一同自然と背筋が伸びたが、当の は呑気に食後の茶を啜り始める。

。お前、俺達西国同盟の盟主にならないか?」

 一瞬の沈黙の後、 は飲みかけの茶を盛大に噴き出して咽た。
「げほがほげほ! もっ、元…姫親さん! 冗談はげほげほ。」
「大丈夫でござるか!?」
 すかさず幸村が懐紙を差し出し、 は受け取ると口や鼻から出ている液体を拭う。気管に茶が入ったのか、咳が止まらない。その一方で懐紙を渡したのが幸村と言う事に意外性を感じ、そして多分佐助が用意したのだろうな、と勝手に納得する。実際その通りではあるのだが。
  は涙目のまま元親に尋ねる。
「どんな冗談ですかそれは。」
「冗談ではない。」
 それまで黙っていた元就が口を挟む。眉を上げて問う に、元親は説明を始めた。
「お前のお陰で西国は同盟を組んで、ザビーに対抗する力も付いた。魔王・織田軍も迂闊に手を出せない程の勢力にもなった。暫くはそれも平和で良いかと思ったんだがな。」
「が?」
「やっぱ俺戦いって奴が好きなんだよ。で、野心もあってどうせなら天下を獲ってみてぇ。だが土佐一国で天下獲りするには力が無いし俺一人の判断で勝手に三国同盟として天下獲りに名乗りを上げる訳にもいかねぇだろ?」
 その説明には も頷くしかない。確かに同盟を組んでいる手前勝手に他国に宣戦布告しそれに協力しろと言われてはい判りました、等と言える筈も無い。元親もその事はよく判っているからこそ、ここでそう言うのだろう。だがそれと が同盟の盟主になる事がどう関連するのか判らない。…と言うよりわざわざ今まで考えないで来た事を言われてしまった、と言った方が正しいかもしれない。
「天下獲るには元就と島津公の力も借りてぇ。で、その事を一応相談しに行ったんだが、コイツが首を縦に振らねぇんだ。」
 そう言って元就を指差すと、元就は厭そうにその指を払うと説明する。 
「元親のような単細胞に我と我が一族・兵どもを任せられると思ってか。幾ら兵など捨て駒とは言え、むざむざ犬死させる事も無い。…何より、元親が我の上に立つと言うのがどうにも我慢出来ぬ。」
「……だそうだ。」
「………じゃあもーりんが天下獲れば?」
「我が狙うものが何であるか其方は知っておろう。我は参謀の方が向いているとも言った筈。」
「そうでしたっけ?」
  はそう返したが、そう言えばそんな事も言った気もする。元就の狙いについてもあっさりと家名の存続の為に戦っていると看破したのは遠い昔のようだ。
「おいさんは?」
「オイは天下よりも強き武将と戦いたいけん、旨い酒と好敵手が居ればよかと。」
 徳利を抱えてそう言う義弘は、ちらりと信玄を見た。義弘の中で信玄も戦う相手の一人に含まれるようだ。
「島津殿なら我の上に立っても良いが、今すぐその気は無いと見た。とすれば動く必要も無いが、この馬鹿はすぐにも動きたいらしい。」
「だけど自分は上に立つ気も無いし、姫親さんの下に付く気も無い、と。」
「そこでお前ェの登場だ。」
 酒を呷りつつ を指差し続ける。
「元々俺と元就の同盟に脇から来て茶々を入れた挙句、三国同盟なんて組ませたのは 、お前だ。実質盟主みたいなもんだろう。俺も元就も島津公も、お前が盟主になるなら文句は無い。…お前が天下統一したら、どんな国になるか興味もある。どうだ、引き受けないか?」
「あのですねぇ……。」
  は頭を抱えて溜息をついた。その大げさなほどの身振りに、元親は眉を寄せる。確かに突然ではあるが、筋の通った話だと自分では思うので、何が問題か判らない。せいぜい が女であると言う事くらいだと思ったが、続く の言葉にはっとする。
「何で、今、この場所で、その話をするんですかさ? よりにもよって、甲斐・奥州連合の盟主2人が揃っている場所で?」
「…だな。まさか目の前で天下獲りの話をされるとは思わなかったぜ。」
 大げさに溜息をつく の隣で、黙って話を聞いていた政宗が低い声音でそういうと を見た。
「アンタ、引き受ける気か。だとすると俺達は敵同士、つまりアンタは敵の陣の真っ只中に居るって事になるな。」
「そうなりますねぇ、引き受ければね。」
 元親の発言のショックから立ち直り、 はのほほんと返事をする。そして政宗の隣で難しい顔をしている成実に声を掛ける。
「ナルちゃんも独眼竜と同じ考え?」
「オレは……殿が 様は殿の味方で居て欲しいけどさ。」
I see。…虎さんとわんこちゃんは?」
 振り返ってやはり此方も難しい顔をしている信玄と幸村に問うと成実と似たり寄ったりの返事が返ってきた。武田側にしてみれば天下獲りの障害となるのは宿敵上杉だけではない。織田にしろ今此処にいる三国同盟も、同盟相手の伊達ですらいつかは戦う相手となる。勿論、政宗が天下獲りを諦めて武田との同盟関係だけを続けるとなれば戦う必要も無いが、そんな事は先ず無いだろう。
  は暫く無言で考えていたが、不意に立ち上がって政宗に言った。
「ちょっと ちゃんと相談事があるんで。暫く席外させて。」
「此処で出来ねぇのか。」
「出来ない。と言う訳で、政宗さんに信玄公、隣の部屋に居ますから。すぐ戻ります。」
「……閉め切るなよ。」
「はい、はい。」
 あっさり許可を得ると隣の部屋に移る二人。ひそひそと声が漏れ聞こえるが、内容までは判らず却って苛つく結果となった。
 政宗が『閉め切るな』と言った理由を正確に察したのは成実だけだったが、それについては苦笑するだけに留めておいた。他の人間は、単に襖一枚隔てた部屋で、少し襖が開いていればそこから二人の会話が聞こえるからだろう、と思ったのだろうが正確には違う。政宗は無意識では有ったが、 が閉め切った部屋に居るのを嫌っていて、必ず何処か襖や障子を開けさせていた。それはつまり昔の別れ際の事が問題なんだろう、と成実や景綱たちは考えていた。
 政宗にとって、 が戸を開けると言うのは何処か遠い場所へ行ってしまうと言う事に他ならないのだろう。その事に本人が気付いているかは疑問だが、少なくとも成実たちは政宗の行為に協力している。なるべく城内は開け放たれて、閉め切らなければならないような場所で が立ち寄りそうな所には人が配されている。その事を は自分で戸を開けるような真似は今のところしていない。
 襖の向こうでどんな会話がされているのか、政宗は気にしない素振りをしつつ気になって、酒を呷った。


 隣の部屋に移った は部屋の真ん中に座ると声を潜めて話し始めた。
ちゃんは先刻の話どう思う?」
 徐に切り出す は正直に答えた。
「どうもこうも、お前の好きにしなさいよ。…言わせて貰えば、私は平穏無事な毎日を送りたいんだけど。どうするの、引き受けるの?」
「う〜ん、それなんだよね。こういう展開も有りなのかー、とちょっと吃驚。」
 実は はこの世界に来て先ず思ったのが、自分にとってかなり都合の良い事が起き過ぎる、と言う事だった。今まで行ったどの世界よりも居心地も良いし、融通も聞く。何よりプレイヤーキャラクターとの接触が非常に多くて嬉しい限りではあるのだが、それにしても出来すぎだ、とは思っていた。
「何かさー、関わり合うのが多いとは思ってたんだよ。しかも結構好かれてるしね。」
「あ、自覚あるんだ?」
「一目瞭然じゃん。何かみんな結構気に入ってくれるから嬉しいっちゃ嬉しいけど、何でかなー、とは思ってた。まさかこういう展開になるとは思わなかったけど。」
「展開?」
「立場と言うべきかな。… 、どうやらこの世界ではプレイヤーキャラの一人みたいだよ。」
「…は?」
  は説明を始めた。
 それによると、どうやら は政宗や信玄と同じ、総大将的な立場らしい。勿論領国は持っていないが、天下統一に名乗りを上げる一人なのはどうやら間違いないようだ。
「あれ? でもそれだとお前が天下を獲らない限り元の世界には帰れないって事?」
 ふと気づいて は首を振った。
「いや、そこまで厳密には。ただ資格があるってだけでしょう。何せ死んじゃったら元も子もないしね。多分誰が天下統一しても戻れるとは思うんだけど、 がした方がより確率は高いかな。」
「…それはもしかして、私が一緒に帰れるかどうか、って事?」
「うん。この前も言ったけど、 ちゃんが一緒に来ちゃったのはイレギュラー的な事だから。戻るのも一緒とは限らないけど、他の人が天下を獲るより が獲った方がより戻る確率が高くなるんじゃないかな、と。」
「……危ない事はしないで欲しいんだけど、そうなるとそう願うのは無理?」
「んにゃ?  も別に人殺しはしたくないし。……その辺りは交渉だなぁ。」
  はそう言うと気合を入れる為か自分の両頬を叩き、立ち上がった。
「ここで逃げるのは簡単だけど、それじゃ折角御膳立てしてくれた奴に申し訳無い。為るようにしか為らないなら成り行きに任せよう。」
「御膳立て? 奴って?」
「そりゃ勿論、 をこの世界に案内してくれた奴ですよ。」
 PS2の神様、と は言うと表情を引き締めて隣室に戻った。慌てて追う が見たものは、部屋中緊張した面持ちの一同だった。



≪BACKMENUNEXT≫

途中までは物凄くサクサク書けてたこの話、途中で躓いたのはやはり本編に組み込んだのが拙かったのだろうか。

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さー、天下統一へ向けてゴー!です。(ようやく)ご都合主義の展開ですが、まぁこんなもんです。
実はこの話、最初は閑話のつもりだったのですが本編でも全く問題なかったので本編にしちゃいました。ただお陰で書き始めは閑話1か2の頃だったのに中々発表出来ず、今に至ると言う……割と不遇。本編にしても、最初8か9くらい、と思ってたのに途中色々延びて結局13ですよ。トホホ。