しょにょじゅーし。
景気の良い音が聞こえたと思うと間も無く
が戻って来た。その表情を見た途端、その場に居た全員の背筋が伸びる。
いつになく真面目な表情の
は真っ直ぐ元親の所に歩いて来た。
「元親さん、後ろのソレ貸してください。」
「お、おう……?」
城門で騒ぎの元となった長槍八流を元親から受け取ると、
はいきなり天井に深く突き刺した。と同時に叫び声。
「そんな所に潜んでないで、佐助さんも参加して下さい。じゃあ元親さんありがとう、返します。」
碇槍を返す
の背後に現れた佐助が文句を言う。
「酷いよ、
サン。あとちょっとで当ってたよ?!」
「一寸でも五分でも佐助さんならかわせるでしょう。ともかくお座り下さい。元就さん、義弘公、もちょっと元親さんの方に詰めて下さい。成実さんも政宗さんの方に。信玄公と幸村さんも詰めて佐助さんが座れる様にして下さい。」
言われるまま佐助の座る場所を作り、全員が座れた所で政宗が唸った。
「
、手前ェ……。」
「先手必勝ですよ。さー、これで話し易くなった。」
澄まして言う
は呆れて見てしまった。矢継ぎ早の言葉で止める間が無かったとは言え、あっという間に全員の名を呼んで自分を有利な立場にしてしまった。未だ訳も判らずきょとんとしている人間がいる中、鮮やかとしか言いようが無い。
不安、好奇心、怒り、様々な感情がそれぞれの表情に表れているが、それでも
がこれから話そうとしている事を邪魔しようとはしていない。全員の顔を見渡すと、
はにこりと笑ってから座った。
「まっずー、先に言っときます。三国同盟の盟主になるのは構いませんが、
は天下人にはなれないし、無益な殺生も興味ないです。それは了解?」
が口を切り、その内容に疑問が挟まれる。
「無益な殺生に興味が無いのは判る。だが、それは合戦で敵兵を殺すなって事か?」
「微妙。合戦に無益も有益も無いでしょう。倒すのは構いませんが、殺すのは遠慮したい。
の立場から言うなら、勝手にこの世界の人間を殺したくないです。元々此処まで関わるつもりも無かったのに。」
「合戦は遊びじゃねぇんだぞ。綺麗事で誤魔化す気か。」
「とんでもない。遊びじゃないからこそ言うんじゃないですかさ。出来ますか? 合戦で一人の兵も殺すことなく敵兵を降伏させる事が。敵味方区別無く、一人の死者も出さずに、ですよ?」
それは無理だ、と一同が思う中、先日の一揆鎮圧の折一人の死者も出す事無く戦が終わった事を思い出す。重傷者がいたものの、命に別状は無かった。
の言う『微妙』とはそういう事だろうか、と思う伊達・武田両軍に対し元親は別の意見を述べた。
「天下人になれないってのはお前さんが無位の人間だからって言う事だろ? そんなのは天下獲った時に官位を貰えば良いんじゃねぇか。」
「無理。貰った所で三日天下ですよ。
は天下統一されたら此処から居なくなるんですから。」
の言った意味が掴めず、戸惑う元親たち三人に「詳しく言わなかったのは悪かったけど。」と前置きして
は自分が異世界の人間である事を告げた。そして元の世界に戻るのは、天下統一を誰かが成し遂げた時である事も。驚く三人に
は苦笑しつつ言う。
「だから天下人にはなれないって言ったんですよ。それに、違う世界の人間を簡単に死なす訳にもいかないでしょう。
と関わらなければ長生きしたかも知れない、逆に短命に終わるかも知れない。それは判りませんけど、合戦なんて大量の命のやり取りを
の方から進んで関わるのはちょっと勘弁。」
「…だが生死が関わらなければ合戦と言う場で勝敗を決めるのは構わぬ、と言う事か。」
「そうですね。信玄公で言うなら、上杉の総大将殿との一騎打ちを衆人環視の中で行うって事ですか? それは結構勝敗がスッキリ決まりますよね。」
幾度と無く勝敗が決まらぬ上杉謙信との事を持ち出され信玄が唸る。確かに上杉謙信との決着がつかなければ喩え兵が10万倒されようと無傷であろうと同じ事だ。次の合戦までの準備が早いか遅いかの違いだけだろう。
沈黙の中、突然義弘が笑いながら
に言った。
「よかよか! オイはそれでよかよ。好敵手が生き残るちゅう事は、真剣勝負が何度でも出来るちゅう事じゃろう。ならばよかと!」
義弘の言葉に、元親も考えてから頷く。
「だな。殺さず戦うってぇ条件が付くって事は、もっと戦が難しくなるって事じゃねぇか。それは面白そうだ。俺もそれで構わないぜ。」
「兵など捨て駒、気にする方がどうかとも思うが、我が知略を以ってすれば容易かろう。任す。」
三国の大将が賛同したのを受け、
は苦笑しつつ政宗たちを見た。
「だそうですよ。と言う訳で、
は此方の代表となった訳ですが。どうしましょうか、こっちは。」
「どうもこうも、こうなった以上アンタは敵将って事だろ。此処で討ち取ろうか……。」
ギリギリと奥歯を噛み締めつつ政宗が言うと、成実も一瞬困った顔を見せたものの政宗に同意する。信玄と幸村たちも同様で、その敵意に
を守るように傍に寄る。
が、まさか武田軍と敵対するとは思っていなかったので非難の目で
が何か呟いている。
「………我が名は
……。政宗さん、信玄公。悪いけれど討ち取られるわけにはいきません。そもそもとっくに武田・伊達軍は
に負けてる。覚えてないとは言わせませんよ。」
「冗談! 何時負けた!」
がなる政宗だが引っかかるものがあり、
の顔と信玄の顔を交互に見る。続けて幸村と佐助に目をやり、ハッとする。
「! あ、アレは違うだろ!!」
「違いませんよ。
に負けたから、話し合いの場を設ける気になった訳でしょう。」
「ぬぅっ! ふ、不覚!」
「あちゃー、そう言えば……。」
思い当たる事があり、幸村と佐助が額に手を当てる。
一揆鎮圧の時、確かに
と戦った。それはまるで子供の喧嘩のようではあったが、あの時散々翻弄されて、『勝てない。』と思った事を今更ながら思い出す。
「
には敵わないって言いましたよね? 政宗さん。」
ダメ押しのように名前を言われ、政宗は途端に胸が苦しくなる。息をするのもやっとな程の痛みに、
を睨みつけながらも「Yes。」と答えると、嘘のように息苦しさが無くなった。
「アンタ……?」
「先手必勝、言ったでしょう。力で敵わないなら
に出来る手段をとりますよ。全く、面倒くさいったら。皆さん、動かないで下さいね。『危ない』から。」
その言葉に一瞬全員の動きが止まる。その直後、部屋の中を一陣の風が吹き荒れて思わず全員が目を瞑り、それと同時に
が動いた。
一瞬の事で何が起きたのか判らなかったのは、政宗だけではない。一番近くに居た幸村も、そして
も、目を疑った。
「流石お館様。鍛えてらっしゃるから身体も柔らかくて。」
嬉しそうに言う
は、あろう事か信玄の背中に馬乗りになり、両足を背中に向けて無理矢理曲げていた。所謂逆エビ固め、と言う技であるがそんなものを見た事の無い戦国武将と、妹がそんな技を大の男にかけたのが信じられない
は、呆気に取られてしまった。
しかも気を取りなおして信玄を助けようと幸村が動きかけたが、動けなかった。少しでも動こうものなら、
と彼等の間を隔てる様に控える白い虎が威嚇してくるからだ。
先ほど風が駆けぬけた後、目を開けた時からその虎は居た。突然の事に驚いたのも束の間、信玄は眉間に強い衝撃を与えられてひっくり返った挙句に
に跨れて今のような状況になった。
女、子供と見て侮っていたか。
そう信玄が思う暇も無く身体はどんどん反らされて背骨が悲鳴を上げる。自分よりはるかに体重の軽そうな
を、どう言う訳か撥ね退けられず、信玄は痛む背骨と戦った。
「降参、してくれませんか。逃げられませんよ、信玄公。」
「ヌウッ……! こ、これしき……!」
「逃げられないと言ったでしょう、…武田晴信殿。参った、と言って下さい。お願いしますよ。」
言われた途端信玄の胸が苦しくなる。その様子を見て幸村が叫ぶ。
「卑怯であるぞ!
殿!!」
「卑怯結構、言った筈ですよ?
は正義の味方じゃないですからね。
の信じるものの味方です。」
はそう言い放つとそっと信玄に耳打ちした。
「典厩殿の件もありますし。不問にしたとは言え、
まだすこ〜し怒ってるんですよ。」
「…敵わぬな、お主には……。」
信繁の事を持ち出され、信玄が痛みに堪えつつそう呟くと、急に息苦しさが無くなった。と同時に
が離れる。
いきなり解放されて驚きつつも、信玄は肩で息をしながら
を見た。
「おぬし……?」
「
には勝てないなぁ、とか負けるとか敵わないとか。要は『勝てる気がしない』と思ってくだされば良いんですよ。お館様は
と勝負した事無いですからね。…で、どうでした?」
白い虎の首に腕を回しながら
が言う。いきなり態度が変わった事に一同が戸惑っていると、聞き慣れぬ声がした。
「力有る者が
に勝てる訳などあるまい。そもそもが端から勝負になっておらぬではないか。…所で我はもう用済みか?」
「あ、もうちょっと。」
が返事をするが、その相手が抱きかかえている虎だという事に今更気付く。
「なっ、と、とと虎が喋った!?」
驚いて叫んだのは幸村。その声に反応して虎は幸村を睨め付けた。
「五月蝿い童だの。虎がいかんのなら人形になろうか?」
「ソレはヤメテ。ヒトガタになんかなったら鬱陶しいし、力貰い難いし。」
「そうか、では仕方ない。」
あっさり
にされるがままになっている。
人語を解す白い虎に驚いたものの、政宗は突然それが何者であるか理解した。子供の頃に
が助力を願った相手は南天の守護者。最北端でやはり助力を願ったのは北天の守護者。姿容こそ現われなかったものの、
は確かにその名を呼んでいた。朱雀、玄武、と。そして先程の風と目の前の大きな存在。
「まさか、白虎、か?」
「Why not?」
「虎伯と此れには呼ばれている。」
喉を鳴らしながら白虎――虎伯が名乗る。
「白虎って……まさか、聖獣の? 四神?」
それじゃ『遙か』シリーズじゃないか、と突っ込みを入れたくなった
だが、敢えてそれは喉元で止めておいた。
が言わなかった事を察したらしく、苦笑しつつ言う。
「西天の守護者、ですよ。西国同盟を護るのに最適でしょ? まぁまさか姿まで見せてくれるとは思わなかったんですけどね。どうもありがとう、虎伯。」
の言葉に虎伯は喉を鳴らして応えた。気付くと、身体がひと回り小さくなっているような気がする。いや、気がするではなく実際小さくなっていた。
みるみる虎伯の身体は小さくなって、やがて仔猫ほどの大きさになって止まった。
「やれやれ、これで終いぞ。力は足りたか?」
「十二分に。感謝します。」
にっこりと笑って告げる
は、虎伯を抱えたまま立ち上がった。そしてちらりと庭を眺めて切り出した。
「有り余るほど力も貰えたんで、ひとつ芸を見せますよ。『危ない』意味もね。…あそこに有る石燈籠、壊してもOK?」
自分に訊いている、と気付いた政宗は険しい顔のまま頷いた。だが一言添える。
「燈籠一つ壊す事くらい、この場にいる奴らなら軽いだろう。何が危な……。」
「うーん、まぁちょっと見てて下さいって。」
ひらひらと手を振りながら、
は庭に下りて石燈籠に近付く。ぐるりと周囲を観察してから、室内に居る政宗たちに呼びかけた。
「この燈籠、皆さんならどうやって壊します?」
突然の質問に戸惑いつつ、それぞれ答える。固有技を使う、力任せに叩き割る、斬りつける、様々な答えが出る中、
は頷きつつ石燈籠の脇に立って言った。
「力技で壊すって事ですね。まぁそれも手ですけど、
なら、こう。」
言うなり
は右手を石燈籠に近付けて、コツンと指で弾いた。と同時にあっと言う間にそれは崩れ、ただの石の塊と化す。
全く力を入れているように見えなかったのに、固い石燈籠が崩れた事に、声も無く呆然としている一同に
が説明した。
「多分皆さん識っていると思いますが、物には『目』と呼ばれるものがありまして。所謂急所みたいなものですが、そこをつかれると弱くなるんですよ。ほら、石切り場で石を切り出すのに石の目を見たりするじゃないですか。それと一緒。」
弱い箇所に楔を打ち込むと、そこから亀裂が生じて巨大な石が切り出される。それは頭では判っている事だが、実際に見ると驚きが先に立つ。しかも
は殆ど力を入れていなかったように見えた。
「力はね、必要ないんですよ。ちょっとしたコツさえ判ればね、
の場合。信玄公が先刻
に簡単に組み敷かれたのも同じ理屈。さて、それで何が『危ない』かと言うと。」
は一拍おくと、ニヤリと笑って言った。
「これ、大きさとか材質は関係ないんです。だからね、この城も同じ様に壊せちゃうんですが。やってみせましょうか?」
「なにっ!?」
慌てて庭に飛び出る政宗。逃げ出した訳ではない。
を止めようと飛び出しただけだが、それを見て
は笑って言った。
「冗談ですよ。幾らなんでも中に沢山人が、しかもお世話になった人が居るって言うのにそんな事しませんて。ただ、そういう事も出来るってだけ。」
「笑えねぇJokeは止めろ。アンタな……。」
「うん、まぁ悪い冗談だったけどね。ただそう言うことも出来るって事を頭に入れて欲しい訳ですよ。面倒臭かろうが何だろうが、自分の身が危うければ手段は選ばず保身に走りますよ、
。」
言いながら室内に戻る
を後ろから政宗が追いかける。
敵わない、と本気で思う。
の方がどちらかと言えば下手に出ている様だが、実際は上手だ。それは政宗だけでなく、幸村も、信玄ですら感じる事だ。
特に政宗と信玄は、
に名を数回呼ばれた。その時の胸の重苦しさは半端ではなく、あのまま心臓が止まるかと思ったほどだ。
の要求する言葉を返してその重苦しさから解放された訳だが、もし
がそのまま解放する気も無く死を望んでいたとしたら、望むままだったろう。
部屋に戻り座り直した
に、成実が怪訝な顔で問いかける。
「
様……先刻から結構力を使ってる筈だけど、どうして倒れないんだ?」
もうとっくに限界の筈、と言うと
は虎伯を抱き直して言った。
「虎伯の『気』を貰えたからですよ。使う力の代わりになるものがあれば、
が倒れるほどの体力は使いませんから。その代わり、虎伯は小さくなりましたけどね。」
「別に構わん。『気』は森羅に宿る。回復は何時でも出来る。」
仔猫にしか見えなくなった聖獣が言う。
体力の回復に、睡眠・食事以外の方法が有る事を初めて聞かされ、驚いたものの確かに聖獣から力を貰えれば、『十二分に。』と言うだろう。
にはまだ隠している事があるな、と政宗は思いふと気付く。
「先刻、その虎が言ってたな。力有るものがアンタに敵う訳が無い、と。…どういう意味だ。」
「そのままですよ。…あのですね、
の力は相手の力が強ければ強いほど効き易いんですよ。要は総大将をするような人ほど、
には勝てない。逆に只の一兵卒の方が勝てるかも知れないですね。
の寝首を掻くのなら、いっそ下働きの人の方が成功しますよ。」
の説明を鵜呑みにするのならば、今この場に居る人間は全員
には敵わない事になる。辛うじて成実がいい勝負になるかと思いきや、彼も隊を率いる武将なので有る程度力は有る。と言うことは、最終的には
が勝つだろう。
「参ったな……。絶対、勝てないのか? アンタには。」
額に手を当てて諦めたように言う政宗に、
は後一押し、とばかりに答えた。
「勝てない事も無いですよ。
に絶対負けない、勝つ、という強い意志があればね。だけど既に
には勝てない、と思っちゃいましたから。結構難しいかな。」
その答えに周囲から溜息が漏れる。そんな中、成実が厳しい表情で
に言った。
「石燈籠を壊した時、材質や大きさは関係ないって言ってたけど、それは人間も、と言う事?」
「面倒臭いし後味悪いからやりませんけどね。」
遠回しな返答ながら質問を肯定し、そろそろ話が核心に近付いたな、と
は内心でほくそ笑む。
正直な所、関わるつもりの無かった物語の中に深く関わる事になるのなら、この愛すべき世界から去った後の事を考えなければならない。自分が去った後の世界でも其々が自分の物語を紡げる様に。
幸いな事に今の所
が目論む通りの展開になっている。政宗にしろ信玄にしろ、本当は
が一通りの手順を踏む前に奇襲をすれば、力を揮う間も無くに余裕で勝てる筈なのだが過去の出来事やこれまでの行いに誤魔化されて、
の言葉をほぼ鵜呑みにしている。このまま誤魔化されてくれれば良いな、と
は胸の内で呟いた。
この場に成実が居て、逆に良かった。力が余り効き過ぎる人間ばかりだと、簡単に懐柔されて後々物議を醸す事になりかねない。ある程度疑問をぶつけられる人間が居てくれれば、疑問に対する答えは用意できる。その答えが納得いくものなら善し、いかないのなら納得するまで話を続けるだけだ。納得いかないまま後で文句を言われても困る。
一同が納得しなければ天下統一に踏み出すのは難しい。一度引きうけた手前、今更撤回する気は更々無いのでこのまま上手く事が運ぶと良い、と
は願った。
「
様は結局何をしたいんだ? 敵になるのか、それとも――?」
「流石ナルちゃん、いい質問。今までだったら、誰の敵にも味方にもなりませんよ、って答えだったけどね。正直に言うなら、皆さん味方に付けたいな、と。」
嬉しそうに言う
の真意が掴めず、成実が困惑した表情で再度問いかける。
「皆味方って……殿や信玄公を配下にしたいって事か?」
「No〜n、Non、non。配下になんか出来ないでしょう、これだけ力有る人たちをさ。西国同盟だって、
は盟主ではあるけれど、彼らは配下では無い。」
人差し指だけを左右に動かし、
が言う。
「
が総大将を名乗った所で誰も信じませんしね。だからそれを知るのは一部の人間だけで良い。一般兵には、この場に居る誰かが総大将だと思わせとけば良いんですよ。」
確かに
が総大将を名乗った所で、信じるものは居ないだろうし誰も従わないだろう。それは下へ行くほど顕著になる筈。そしてその信じない者たちこそが合戦で一番多く、一番動く一般兵だろう。
の話す内容に、今まで身構えていた成実が徐々に態度を緩めていく。何となくではあるが、
の言わんとしている事が見えてきたからだ。やはり
は政宗の味方だ、と成実は思った。
「もう一度訊くけど。
様はどうしたいんだ?」
微かに微笑みながら成実が言う。その表情に政宗たちが驚く中、
もやはり笑いながら答えた。
「武田・伊達両軍とも同盟を組みたい。…
と同盟を組むとお徳ですよ。もれなく天下人になれるかもしれないオマケ付き。」
一瞬聞き流してしまったが、その意味に気付いて一同が目を見開く。
「もれなく?」
「天下人とは?」
訊き返されて
はちらりと元親たち三人を見て言った。
「西国同盟の3人は天下人の器は勿論ありますけど、もーりんが大事にしたいのは家名だし、おいさんと姫親さんはどちらかと言うと地位よりも名誉、戦いに重きを置いてるじゃないですかさ。翻って此方甲斐・奥州連合は目指すものが同じでしょ? やり方は違えど、戦の無い平和な世を作ると言う目的が最後にある。
もどちらかといえば目的はソレなんで。だったら天下統一後の国はお館様か独眼竜に任せたい。以上が
のしたい事。」
きっぱり言い切る
に、信玄と政宗が顔を見合わせる。そして「それで良いのか。」と問い返す二人に、
は苦笑しながら答えた。
「どうも忘れられているようですが、
、人質を取られてるんですよ。人質がいる以上、多少の譲歩はしなくちゃねぇ。」
「え? あ、わ、私?」
今まで成り行きを見守っていた
は当たり前だ、とばかりの顔になる。そして他の人間も、今まで
の存在を失念していた事に気付く。
「力関係では
の方が強かったけど、人質を取られている以上対等の立場にならざるを得ない、でしょ?」
クスクスと笑いながら言う
。確かにその通りと言えない事も無い。が、それは建前上の事だ。実際は
を連れて逃げるのは簡単で、人質の意味を為していない。対等どころかかなりの譲歩だ。
「
から出す条件は大きく挙げて三つ。天下統一までに虎さんと独眼竜はどちらが天下人になるか決めておく事。各国大将とも平時は自国で政務を執る事。合戦になったら問答無用で呼び出しますから馳せ参じる事。以上。」
「たったそれだけで良いのか?」
「平和な国を作るんでしょ? それ以上何を望むの?」
の出した条件が少な過ぎると感じて訊いたのだが、逆に訊き返され返事に詰まる。
「勝手に決めちゃったけど構わない?」
後ろを振り返りつつ
が西国の3人に尋ねる。その意味の示す物は天下を託す人間を政宗か信玄に決めたと言う事だろう。3人とも一瞬ではあるが天下人たる夢が潰えて残念そうな表情になったものの、元々全てを
に任すと言ったのだ。構うと言える訳も無い。天下に興味が無い訳ではないが、その他の事の方に興味があることも事実。
の問いに頷く。
3人が了承したのを受け、
は再び正面を向いて言った。
「さて、どうしますか両軍大将。
は天下統一に向けて貴方たちの協力が不可欠と思っている。人質として姉が其方に居る以上、迂闊に手も出せない。だから同盟を組みたい。返答、願いましょうか。伊達政宗殿、武田信玄殿。如何に?」
シンと静まり返った部屋の中、微かに虎伯が咽喉を鳴らす音だけが暫く響く。
やがて、フゥと大きな溜息と共に信玄が先に返事をした。
「ワシはそれで構わぬ。伊達の、おぬしはどうじゃ。」
「俺は…………。」
訊きたい事も言いたい事も山ほどあった筈なのだが、言葉が見つからない。結局返事は何かと訊かれれば、答えは一つしかないからだ。やや遅れて、「It doesn't matter、me too。」と答える。政宗らしからぬ答え方に
が目を眇めたが、それ以上何も言わなそうなので続きを聞くのは諦めて立ち上がった。
「それでは決定ですね。両国とも家臣団に説明をするのをお忘れなく。合戦の時にはちょっと毛色の変わった奴がうろちょろするけど気にしないように、ってね。そういう訳で、宜しく〜。」
何時の間に来ていたのか、
は最後の台詞を部屋の外に控えていた景綱と延元に向かって言っていた。恐らく二人とも部屋の様子がおかしいと、見に来たのだろう。神妙な顔をしているが
の言葉に異を唱える気は無いらしい。
廊下に出た
は虎伯に別れを告げると、空中に投げた。聖獣はそのままくるりと回転すると空気に溶けるように消え、挨拶代わりのような風を残して居なくなった。
その後幾分ギクシャクした雰囲気の中、途中だった食事が再開された。今度は景綱と延元も参加する。
ついでに
が質問があれば答えますよ、と言ったので其々疑問を
にぶつけた。
「おぬし、拠点はどうするつもりじゃ。西と東に分かれてまさか双方行き来する気ではあるまい。」
「行き来は面倒ですね。まぁそれはホラ、先日決めたじゃないですか。
ちゃんがお世話になっているお屋敷。そこでも良いんじゃ無いですかね?」
甲斐と奥州の中間地点で、そこそこ交通の便も良いし何より
がそこに住む事になっているのだから、と
は答えた。元親たちはその場所を聞いて西国から遠すぎると難色を示したが、かと言って本当に西と東の中間地点では他国の領土になってしまう。
「
ちゃんが居るところに居ますよ。で、
にとっても人質。とすると西国同盟には便が悪いけど、やっぱりコッチ寄りかな?」
「だったら俺等もコッチに移った方が良いんじゃないか? 領国は任せられる家臣もいるからな。」
「確かにその方がいざ合戦と言う段に遅参するという事もあるまい。」
元親と元就がそう言うと
は首を振る。
「合戦の時だけ来てくれれば良いですよ。ああ、後は気が向いた時に遊びに来るとか。それ以外は国で政務を確り執って、内政を強化して住み易い国を作ってください。お国一番、
は二番。」
「そうは言うがな。やっぱりそれじゃ不便だろう。…て言うか拠点がコッチならコッチの連中ばっかり呼び出すって事になりかねないだろ。拙くないか。」
「それもそうか。じゃあとにかく内政を強化した後はどっちでもって事で。自国で待機もよし、
の所でこき使われるのもよし、と。」
はあっさりと案を翻し妥協案を出す。それなら良いかと一同が納得する中、次の質問が出る。
「合戦には俺達を呼び出すって事だが、全軍揃えて行った方が良いのか?」
「全軍じゃ無くて良いですよ。総大将以下、各軍武将は3人から5人までで後はその人達に属する部隊長と一般兵で。合戦の時は自国を任せられる人を置いていきましょうね。」
の答えに各自頭の中で連れて行く人間を考える。
に耳打ちすると、やはり他に聞かれない様、
が答えた。
「プレイヤーキャラの味方武将は死なないからね。」
言われて直ぐに意味が判らなかった
だが、ゲームの内容を思い出して気がつく。確か天下統一モードでプレイしていると、一つの合戦で名前付の味方武将が倒されても、次のステージでは同じ名前付武将は何事も無かったように戦っていた。幾度繰り返されてもそれは同じだった気がする。勝ちさえすれば。
プレイヤーキャラ、つまりこの場合
の味方武将となった政宗たちは喩え大怪我をしても命を落とす事は無くなる、という事だろう。漸く
が何故わざわざ同盟を組むという名目で各々を味方につけたのか理解した。
彼等一人たりとも欠ける事が無い様に。
それが
の真の願い。
勝手に此方の都合でゲームに干渉するのなら、影響を最小限に留めておきたい。そうすれば自分たちが居なくなった後、元々のゲームの流れに修正するのは容易かろう、と考えたのだろう。
の意図に気付き、呆れると共に嬉しくなった。
が言うとおりなら。恐らくその通りになるとは思うが、
の味方で有る限り、彼等は合戦で命を落とす事は無い。そして合戦が続く以上、味方はどんどん増えるのだろう。
天下統一までに誰一人として欠ける事の無い様に戦い続けるのは難しいが、それが出来るのなら。出来ると確信しているからこそ提案したのだろうが、是非ともそうであって欲しいと
は思う。
「…難しい事にチャレンジするね、お前は。」
「そうかな? まぁなる様になるよ、多分ね。」
しみじみ言う
は知らぬ顔で答える。一拍後、二人で揃って顔を見合わせて笑った。
そんな二人の遣り取りに気付いたのか、政宗が訊いた。
「何笑ってるんだ。…顔色、悪ィぞ。力を貰ったんじゃねぇのか?」
政宗の視線の先には
もそれには気付いていたが、確か虎伯から力を貰ったと言っていた筈。『十二分に』と言っていた筈だが、それでも足りなかったのだろうか。
「そう? …名前呼び過ぎたかな。そうだ、独眼竜の気分は? 悪い所無い?」
政宗の心配を余所に、
は逆に訊き返した。気分の悪い所、と訊かれても政宗は
に名前を呼ばれた時の胸苦しさ位しか無い。…と思っている所へ元親が近付いていきなり
の額に手を当てた。
「熱は無いみてぇだな。…疲れたんじゃねぇのか、やっぱり。少し休んだらどうだ。」
「あー……疲れてる…のかな? 自分じゃ良く判らないんだけど。」
「判らねぇんなら他人の判断に任せろ! おい、コイツ休ませる所ってあるのか?」
いきなり訊かれて返答に詰まる政宗の代わりに、
が答える。何時も使っている部屋が有ると言うと、元親はいきなり
に言った。
「じゃ、案内しろよ! …あんま、無理すんなよ。」
「はぁ……。」
優しく言われて戸惑う
に先導させようとした矢先、政宗が止めた。
「おい、人の城で勝手な真似をするんじゃねぇ! そいつを部屋に連れて行くって言うなら、俺が連れて行く。」
言いながら
を奪い取って元親と対峙する政宗。元親が
の額に手を当てた時から、何故だか物凄く気分が悪い。怒っていると言っても良いが、何に怒っているのか自分でも判らず、更に苛つき元親と再び喧嘩腰になる。
険悪な二人を見て、城門での騒ぎを思い出した景綱と延元の腰が浮き、仲裁に入ろうとした時
が割って入る。
「二人とも睨み合ってないで。…何で気が合いそうなのに喧嘩腰になるんだか。部屋で寝てろと言うなら寝てますよ。但し、ちゃんと自分で歩いていけますから。ご心配なく。」
言って部屋の中の人間に退室の挨拶をして出て行く。慌てて
がその後を追い、目で合図された佐助が消える。
が居なくなって喧嘩の種が無くなったので、政宗と元親はお互い苦笑いしつつ微妙な距離を置いて座り直した。景綱と延元も喧嘩が再開されない事を確認し、座る。
微妙な沈黙が漂う中、信玄が中座し幸村がそれに付き添う。どうやら
と組み合った際腰を少し痛めたようで、部屋に残ったのは政宗以下伊達軍と西国同盟の三人になった。
何でこんなに苛立つんだ。
政宗は酒を呷りつつ思った。苛々しているのは今に始まった事ではない。思い返せば、先日
が政宗に妻が居ると誤解していた頃からではないだろうか。
元親の存在も気に入らない。何故あんなに親しげなのか。それを思うだけで腹立たしいのに何故そうなのかが自分でも判らず、更に苛つく。
一方で政宗の苛立ちの理由を察している景綱・成実・延元は顔を見合わせて小声で相談する。
「殿って晩熟だっけ?」
「いえ、めっぽう早いですよ。…何とも思っていない方でしたら。」
「自分で気がついていない所が問題ですねぇ。」
三人の会話が聞こえているのかいないのか、元親がやはり同じ様に酒を呷りながら政宗に問いかけた。
「独眼竜さんよぉ、お前ェ……
の何だ?」
いきなり核心を突いてくる質問に、政宗は迷った。何、と言われても答えようが無い。政宗自身にも良く判らないからだ。
恩人、師、友人、敵、味方。どれにもあてはまるような、そうでないような関係だと思う。子供の頃なら間違いなく師であり友人であったと思う。だが今はどうなのか。
暫く前から城内では、
は政宗が合戦場から攫ってきた武田側の娘だと噂されている。それは大きな間違いだ、と政宗は否定するが何故か噂は一向に収まらない。寧ろ逆に大きくなって、漸く政宗が嫁を貰う気になった、と喜ぶ老臣もいる始末だ。
その事を思い出し無口になった政宗と逆に、元親は酒が入って饒舌になったようだ。景気付けとばかりに酒を呷って言った。
「本当の事を言うと、俺が奥州に来たのは
を西国同盟の盟主にしようと思ったからだけじゃねぇんだ。もう一度会って確かめたかったから、元就と島津公も巻き込んでこんな田舎まで来ちまったんだがな。」
「何を確かめたかったのですか?」
政宗の代わりに景綱が質問すると、元親は百面相を始めた。
「いやっ、その、つまり……あー……。
が……その、な。」
「はっきり言ったらどうだ。見苦しい。」
元就に冷たく言い放たれ、元親は一瞬彼を睨んだが覚悟を決めて言った。
「俺が
を好きなのかどうか、確かめたかったんだよ。もう一度会えば、俺の気の迷いかそうでないか判るだろうと思ったからな。結論は、どうも……やっぱり俺は
が好きらしい。」
本人がいない所でそんな告白をしても仕方ないのでは、と一同が思う中、政宗は元親の言葉に頭の中が真っ白になっていた。
何の反応も返さない政宗に、もう少し説明しなければと思ったのだろう、元親が続ける。
「
と過ごした時間は短かったし、別れるまでアイツの事は男だと思ってたから、気が付くのが遅かったんだけどな。何て言うか……事有る毎に思い出すし、一緒に居られたら面白ェだろうなとか、話したい事が山ほどあるとか、終いにゃ何で傍に居ないんだろうと思い始めたらもうダメだな、と思ってな。もう一度会いたかったんだよ……。」
「うわー、殿と同Level……ってか同じType?」
こっそり呟く成実と頷く延元。しかし政宗は外野の声が耳に入らず、元親の言葉といつか自分が言った言葉が重なり合う。飲み込んだ言葉の続きも。
If you were here ―― もしも貴方がここに居たなら。
I wish you are here ―― あなたに此処にいて欲しい。
寝ていた筈の
は「I'm here。」と答えた。それは偶然だったかも知れないが、政宗の望む答え。ずっと傍に居て欲しかった。それこそ子供の頃からずっと。
忘れていた子供の頃の願いと今の自分の気持ちを、元親が代わりに言っている様で政宗は呆然としていた。
そして今更のように自覚する。自分も元親と同じだ、と。否定しても無駄だ。
自覚した途端、政宗は叫んだ。
「アイツは俺のものだ! 10年前からずっとな! だからアンタは諦めろ。」
「何だとぉ? ごらぁ! お前さんが決める事か、そりゃぁ? あぁん?」
政宗の言葉に元親もいきり立つ。二人顔をつき合わせて睨み合うのを、景綱が何故か笑いを堪えながら止めた。
「お二人とも、お止めください。それこそ此処で争っては、
様がお逃げになります。穏便に。」
の名前は覿面に効くらしい。二人とも険悪ではあったものの、渋々ながら角突き合いを止める。それでもまだ機会は窺っている。
そんな中、義弘が笑い出した。
「よかよか、若いもんはよかね! じゃが決めるのは
たい。おんしたちじゃなかとよ。そこばよっく考えてみんしゃい。」
「おぅ……。」
「I know……。」
年長の義弘に言われては、これ以上諍うのも大人気ない。確かに決めるのは
に気持ちを伝えない内に、しかも
の気持ちも確認しない内に勝手に二人で争うというのも莫迦らしい。
「…飲むぞ、付き合え。」
「……良いぜ。言っとくが俺は強いぜぇ?」
「Tough luck、mee to。」
諦めて元親を誘うと、彼もこれ以上争っても仕方ないと思ったのだろう。あっさり了承しお互い酒を酌み交わしあう。またいつ喧嘩になるかとハラハラ見守る景綱だったが、案外気が合うのか以降大した口論も無い。
その様子を見ながら成実が言った。
「よーやく殿も自覚したね。」
「然様ですねぇ。まぁ殿はこれからが前途多難ですよ。何せお相手があの
様ですからねぇ。」
「だよねぇ。」
延元と二人、これからの事を考えると頭が痛いが、それも仕方無いと結論付ける。
政宗と元親の事もそうだし、何より同盟を組んでこれから天下統一に向けて何をするのか。全て
の考え一つで変わるのだから。
「まぁこれから忙しくなりそうだね。」
「楽しいじゃないですか。色々準備もしなくてはいけませんねぇ。あれやらこれやら、あっと言う間に天下統一、となるかも知れませんよ。」
「ま、
様の口癖じゃないけどさ。なるようになる、んじゃない?」
肩を竦めて言う成実に、延元も頷いた。
閑話の方で結構色々言われてその度に否定している政宗さんですが、よく考えると本編はそんなに言われてない……。ちょっと葛藤が唐突過ぎたかも。
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えー……説明多いです。トホホ。ラブ度も開き直って入れました。
虎伯は設定的にはオリジナルですが、役割はほぼ遙かと一緒。何故居るかと言えば、PS2の神様の計らいと言うか、和風ゲームの場合必ず存在している設定で。あ、中華風も含むか。
段々話に収拾がつかなくなってきている事は自覚しています……。
登場人物が多すぎて何が何だか(笑)