≪BACKMENUNEXT≫

しょにょじゅーご。

 西国3国と甲斐・奥州2国が同盟を組んだと言う噂は瞬く間に広がった。
 何故西と北が、と言う疑問はさておき同盟国に挟まれた形になったのは中央諸国。どちらから攻められる事になるのか戦々恐々とする国も出始めた。
 そんな中、当の同盟を結んだ国の大将たち5人(+α)はとある屋敷にてこき使われていた。
 こき使っていたのは彼らの実質上の盟主の と二人過ごす為の屋敷に、自分が使う部屋、彼らが時折訪ねてきた時の為に使う部屋、そして軍議に使う部屋等を設えさせていて、それが漸く終わりかけてきた。
「はーい、ご苦労様です。おつかれー。お茶にしよう!」
  が茶菓子を持って現われた。続く女中の一団から手拭いを渡され手水で洗って身嗜みを整えると、漸く一息入れられるとホッとする。
「結構大きな屋敷だったんですねぇ。 ちゃんの話から想像してこの半分くらいと思ってましたよ 。」
「以前来なかったか?」
 しみじみと部屋の中を見回す に政宗が訊く。つい先日こっそりこの屋敷に忍び込みに来た筈なので、屋敷の大きさは知っていた筈、と言うと は首を振って答えた。
「夜中だったから屋敷の大きさまではちょっと。把握しきってませんでした。 ちゃん、何ではっきり言わなかったの?」
「私も使っている部屋以外はあまり出入りしてなかったから……別の棟が有るのは知ってたけど、余所のお屋敷かと思ってた。」
 西棟、東棟に分かれた造りの屋敷の中、 は主に東棟で過ごしていた。人質の自覚が余り無かったとは言えそれでも勝手に屋敷をうろつくのは拙いと考え、なるべく自分の部屋とその近辺以外は出歩かなかったのでそういう勘違いを起こしたようだ。 も納得する。
 だが大きい屋敷だったのは幸いだ。お陰で自分たちの部屋の他、政宗や信玄、元親等の部屋が用意出来る上軍議に使う部屋まで用意できた。幸先が良いとは正にこの事だろう、と は思う。
 流石に一国の主を蛸部屋まがいに一部屋に押し込むのもどうかと思っていたし、特に甲斐・奥州は近い事もあってかなり頻繁に本人たち以外に家臣も訪ねて来そうだ。それを思うとやはり一国の大将に二部屋は与えておきたい。一部屋は私室として使うとしてもう一部屋は家臣たちの控えの間にすれば然程問題も起きないだろうと は踏む。尤もこれ以上部屋は増やせないので、同盟国がこの先増えたらまたその時は考えなくてはならないのは判っていた。
「ま、なるようになるでしょう。」
 一人呟くと、 は茶を啜り今後の予定を漠然と考えていた。


 ぼんやりとしているようにしか見えない を気にしつつ、政宗は にそっと訊いた。
「アイツが何企んでるか、アンタ判るか?」
「企むって……人聞き悪いですよ。…判る訳無いじゃないですか、 の考える事なんて。ただまぁ……。」
『碌でも無い事を考えている。』
 語尾に勢いが無かったものの、二人とも同じ考えが頭を過る。何故 が何か思いつくと碌でもない事のような気がするのだろうか。
 先日自分の気持ちを自覚して以来、 の事が気になる政宗だったがその割りに に対する見解は容赦が無い。とにかく何をしでかすか、思いつくか判らない相手だとは思っている。どうもその辺り、好意を寄せる相手に対する評価では無いなと思うが今までが今までなだけにそれは仕方が無い、と思う。寧ろほんの一時位しか一緒に過ごしていなかった元親が、 と長く居てそれで尚且つやはり好きだと言う辺り、どういう趣味をしているんだと疑いたくなる。
 やや暫くしてから、いきなり が口を切った。
「おいさんたちって船で奥州まで来たんでしたっけ? その船は今何処に?」
「松島近くの港に停泊させて有る。我等が戻るまでは動くなと命じてある。」
 義弘の代わりに元就が答える。その答えに は頷くと、「本国に戻る時は船で戻ります?」と重ねて訊く。
「まぁその方が楽だろ。折角船が有るんだったらな。」
 海の男、元親が答える。
「とするとどうしようかな。どっちにしろ遠回りになるなら一緒かなー? 動かしてもらえば良いだけの話だし……。」
「何の話だ。」
 ブツブツと呟く に政宗が訊く。
「次に仕掛ける相手を何処にするかって言う話。」
  の頭の中では次に同盟を組むにしろ麾下に収めるにしろ、折角ここに同盟国大将が勢揃いしているのだから、この機会に一戦交えるのも悪くないのでは、と思う。特に好戦的になる必要も無いが折角の機会を逃すのも莫迦らしい。どうせ天下獲りに名乗りを上げなくてはいけないのだ。やや暫く考えて、信玄と義弘に話しかける。
「お館さまは越後が良いでしょ、やっぱり? で、おいさんは……強敵の居るところ、か。」
「そうじゃな。」
「心当たりがあっと?」
 越後と言えば上杉謙信。彼と戦うのに異存は無い。立地的にも北は上杉の領地を残してほぼ掌握しているも同然なので、妥当だろう。
 それでは上杉と戦うのか、と一同が心積もりをしていると、 は「他の人、希望は無い?」と訊いてきた。
 いきなり訊かれても、とお互い顔を見合す。
「無いんだったら勝手に決めちゃうけどさ。それも詰まらないんでギョチョウモク選んでもらおう。」
「ギョチョ……?」
 聞き慣れない単語に戸惑う一同に、 が言う。
「魚・鳥・草木の中から好きなのを選んでください。お館様とおいさんは相手が居るから無しね。あ、先にジャンケンしておく?」
 言いながらそう言えばこの時代にジャンケンはあっただろうか、と思う に案の定「何だそれは。」と質問が飛ぶ。だが意外な事に軽く説明するとすぐに理解したようで、徐にジャンケンが始まる。どうやら名前と手の形が若干違うくらいで、ジャンケン自体は一般的なようだ。意外と白熱したジャンケンの勝者は政宗だった。
「独眼竜、何選ぶ?」
 何を選ぶかと訊かれても、選んだ結果が判らないのでは意味が無いのではと思いつつ政宗は一番先に頭に浮かんだ単語を言った。
「…Bird。」
OK、鳥ですか。『らしい』ね。」
 一瞬複雑な表情を見せながら は頷いた。


 鼻歌を歌いながら歩く と、物珍しそうに辺りを見回す 。憮然とついて行く元就とその後ろを何故か男ばかりぞろぞろと連なって歩く。
「なぁ、本気でこの人数で行くつもりなのか?」
 何回目かの同じ質問に、 もやはり同じ答えを返す。
「当たり前じゃないですかさ。頭数さえ揃えば良いってもんじゃ無いですよ。少数精鋭、良いじゃないですかー。腕慣らしというか顔見せと言うか、まぁ戦わないかも知れないですし。偵察と思えば。」
「私としては人物設定に無理が有る気がするんだけど……。」
  の突っ込みに「気のせい気のせい。」と は嘯く。
 人物設定と言うのは目的地に着くまでの間に各自に割り振られた役目の事だ。少数で行く為になるべく目立たないように、身形は平服でしかも徒歩で目的地へ行くと言う。
「越後の縮緬問屋の隠居が虎さんで、その孫が ちゃんで、番頭の格さんが独眼竜ね。手代の助さんは姫親さん。あとはー……。」
「ちょっと待て、なんだそりゃ。」
 役柄を割り振っていく に横槍が入る。
「え? だから目的地に着くまでの其々の役柄だけど。番頭が厭なら丁稚にしとく?」
「そういう問題じゃねぇだろ。…もう良い。」
 はぁ、と溜息をつく政宗を放置して は残りを割り振る。義弘はご隠居様の旧友で幸村は下男。
「猿ちゃんは越中富山の薬売り〜。」
「何で?」
「だって忍だもん。」
 あっさりと言う にやはりあっさり引き下がる佐助。
 忍者が何時でも忍び装束だと思うのは大間違いで普段は平民に身を窶している。諸国の偵察に行く時に一番疑われない姿が薬売り、虚無僧、芸人である。 がその事を知っている事にもはや疑問すら持たない佐助は、結構 に感化されつつあるようだ。彼女なら何を知っていてもおかしくない、と半ば考える事を放棄している。
 元就が憮然としている理由は一目瞭然だ。彼だけは何故か「一番美形だから。」と言う理由で女装させられている。確かに細身の彼が女性用の着物を身につけると、 よりも余程女性らしい。
「何故我がこのような姿にならねばならぬ。」
の目の保養と、やっぱり一人くらいはちゃんと女性に見える人が居ないと。孫娘のお目付け役って設定で。…と言うか由美かおる。」
「ゆ……?」
  の説明に逆に戸惑う元就と、「お色気担当かいっ!」と小さく呟く
 とにかく無理の有る強引な設定ながら、国民的時代劇の配役を割り振って満足した は、一同を引き連れて半ば物見遊山のような雰囲気で目的の場所へと向かって行った。
 何処へ行くかは教えられなかったが、真っ先に思いついたのはやはり上杉軍だった。信玄との因縁の他、政宗が選んだ『鳥』に関係があると言えばやはり上杉の家紋では無いか、そう思った一同だったがやがてすぐに違う事に気がついた。
 屋敷を出て間もなく が向かったのは東海道で、越後ではない。道中歩いて辿り着いたのは駿河で、此処に到り が漸く気付いた。
「鳥って、まさか赤鳥?! 今川軍の旗印の?」
「おーいえーっす。さて、おじゃる麿殿はいらっしゃるかしら。」
 言いつつ今川義元を探す素振りをする が呆れて言う。
「お前ね、赤鳥ったってあれは『垢取り』であって鳥じゃないでしょう。それじゃ魚を選んだら何処に行くつもりだったの?」
「魚なら三つ鱗の北条、木なら三ツ葉葵で徳川と思ってた。別に上杉でも良かったんだけど、実はちょいと勢力圏を分断させたかったから、今川にしてみましたー。」
  は溜息をついた。勢力圏を分断、と言うのは恐らくキャラクター同士を合戦で失わないようにする為だろうが、それで真っ先に今川義元を相手にしようと考える辺り、ついていけない。だがよく考えてみれば、NPCの敵武将に過ぎない元親と元就が既に仲間として組み込まれているのだから、何でも有り、なのだろう。
「やっぱり居ない、か。流れが起きると相手も動くなぁ……とすると、桶狭間で勝負かな?」
 桶狭間奇襲戦は嫌いではない。が、出来れば無血降伏して欲しいと思っているので出来るだけ総大将の近くに寄れるか、がポイントになるだろう。自分ひとりなら近寄るのは簡単だが、人数が多いとそれも儘ならない。
 史実通りの展開ならば今川義元が桶狭間にいると言う事は合戦の相手は織田軍だが、バサラ界では隣接している国なら何処でもその可能性は有る。見た所何れの国も動いていないようだから、 が動いた事で今川も桶狭間に動いたと見るのが正解だろう。
「今川とやりあったって面白くねぇだろ。」
「いやいや、おじゃる麿様を莫迦にしちゃいけませんて。東海一の弓取り、侮れませんよ。」
  の言葉に「そんなもんか?」とつまらなそうに返す政宗だが、信玄は相好を崩し を褒める。
「ウム! 何人であろうと相手にとって不足なし! どのような相手とて侮ってはならぬ。判るか、幸村ぁ!」
「はい! お館様ぁ!!」
 幸村と信玄の掛合いが始まりそうになったので、慌てて佐助が止めに入る。今ここで暑苦しいやりとりをされたら気付かれないものも気付かれてしまう。
  が今川義元を侮れない、と言ったのには訳が有る。実はゲームプレイ中、今川義元に何度か煮え湯を飲まされたのだ。最初の内だけだったとは言え、今でもそのせいか鬼門のような気がする。だから侮れないと言ったのだが、そんな事は知らない他の人間は が万全の体制を期す、と見たのだろう。感心するもの納得するもの、様々だ。
 これ以上此処にいても仕方ないと は移動する事に決め、一行は桶狭間へと向かった。


 桶狭間まで来ると案の定今川軍が陣を張っていた。
「いるねー。じゃ本陣へ行こうか?」
 あっさりと告げる にこれまたあっさり頷く西国3人組と慌てる伊達・武田軍。
「ちょっと待て! いきなりか!?」
 政宗が既に歩き始めた を止める。
「奇襲、奇襲〜。何事も迅速にね。」
 気軽に言う に元親が「通行証は要らねぇのか?」と訊ねる。
「うん。今回は予定通り越後の縮緬問屋の隠居とその一行で行こうと思いますんで。まぁ何か訊かれたら適当に返事してください。余計な事は無しでね。」
 言いつつ敵陣近くに移動する を慌てて追う。以前戦いに同行した事がある元親たちは、 に代わって一応説明した。
  が『お願い』すれば今川本陣まで気付かれる事なく無傷で辿り着けるだろうが、今回はどうやら他に考えが有るらしい。どういう考えにしろ、 が大丈夫と言うのならそれに従った方が得策だ。
 陣近くに近寄ると直ぐに見張りの兵士に見咎められた。近寄るな、と追い払われかけた所で が言う。
「私は越後の縮緬問屋の隠居、光右衛門の孫で と申します。実は祖父と供の者達と京を目指しているのですが、此方にも京を目指している高貴なお方がいると聞きまして、ご挨拶に参りました。」
「挨拶? そんなものは……。」
「お殿様もご上洛にあたり何かと物入りと存じますので、私共の持ち物で何かお役に立てるのではないかと思うのですが?」
 スラスラと嘘八百並べる たちは呆れて見ていた。良くもまぁここまで言えるものだ。そして相手もどう言う訳か の言葉に聞き入り、あっさりと承諾する。
「義元様は寛大なお方。何やら珍しいものが用意できると言うのなら引き取ってくれるやも知れぬ。某はこの場を離れられぬが、一筆書いて進ぜるからそれを持って行けば本陣まで行けよう。尤も目通りが叶うかどうかは近侍の考え次第だが。暫し待たれよ。」
「ありがとうございます。」
 にこりと笑って礼を述べる は振り返るとニヤリと笑った。
「……有り得ねぇな。」
 呆れて言う政宗だが、多分 の口上でその気にさせられのだろうと察する。この後あの武将は何故自分たちを本陣まで通す許可を出したのか悩むに違いない。もしかすると結果次第では責任を取らされる羽目になるかも知れないが、まぁそれは仕方ないか、と割り切る事にして本陣までの案内役が来た所で と共について行く。
 本陣に入る許可は得たものの人数が多すぎると言う事で、更に少人数に分かれる事となった。義元の所までは言いだしっぺの は当然として、信玄・政宗・元親・元就が行く事となり万里と義弘・幸村が待機となった。佐助は既に別行動を取っている。この人選に幸村が難色を示したが、信玄と を守る役目を忘れたか、と言われて自分の役目を思い出し恐縮しながら承諾した。
  が言った『お役に立てる持ち物』は実際各自が荷物として持っている反物や装飾品の事だ。桶狭間に来るまでに、買い物をしてかなり良い品を買って用意してきたので強ち嘘ではない。ただその荷物の中に其々の武器が隠されているだけだ。
 政宗は最近手に入れた6振りの刀を荷物に忍ばせている。最北端での戦いの後献上されたものなのだが、変わった形をしていてどう言う訳か雷の性質を刀身に帯びていた。その刀を手に入れた事を知った が、出立前に絶対持っていくように、と指示したのだが未だ使った事が無いため使い心地に不安が残る。ただかなり出来の良い刀で有ることは確かなので、然程問題は無いかも知れない。
「……雨か。」
 ポツリポツリと雨が降り出し、桶狭間は俄かに慌しくなった。


「これ、麿が直々に見分して遣わすでおじゃ。よう見せい。」
「はい。ではこれが縮緬、辻が花……。」
  が次々と反物を出すと、義元は身を乗り出して見入る。
 かなり簡単に本陣に着いた上あっさりと目通りまで叶ってしまい、今川義元を目の前にするとどう感想を言っていいやら、と一同は考えた。
 顔面白塗りで公家言葉の今川義元は噂では知っていたものの、いざ目の当たりにすると に『侮るな』と言われても侮りたくなるほど小者に思えて仕方ない。
 熱心に反物や装飾品を見る義元の背後では、急に降り始めた雨の対処に追われて兵士や武将が右往左往しているが、本人は屋根の有る場所で優雅に用もない物を見ている。
 それだけで苛立つんだがなぁ、等と政宗が考えていると に肘でつつかれる。次の品物を出せ、と言っている様で慌てて新しく反物を渡す。
「ほほ。其方たち成る程なかなか良い品を持っているようでおじゃ。今見たものは勿論麿に献上するものであろうな?」
「売るに決まって……ぅぐっ。」
 政宗が言いかけた所で が肘鉄を食らわせて黙らせる。
「勿論そのつもりでお見せ致しました。ただ……一つ二つお願いが。」
「ああ判っておる。どうせ京に上った折に、麿に便宜を図れと言うのでおじゃ? ほほほ、商人とは抜け目無いものよ。ほほ、ほほほ。」
 扇を口に当てて笑う義元は、そこでふと脇で俯いている元就に気がついた。
「ほ……? なんと、鄙には稀な美形でおじゃ。これ、其処の女。も少し近う寄れ。」
 元就は一瞬誰の事を言っているのか判らなかったが、自分の事だと気がつくとあからさまに厭そうな顔をしかけて に気がついた。何もするな、と合図されている気がして、信玄の後ろに隠れる。
「申し訳ございません、あの者は私のお目付け役ですが、見ての通り内気なもので。それに近々手代の助と祝言を挙げる予定です。ご容赦願います。」
「何、麿の言う事が聞けぬというでおじゃ?!」
  の言葉に義元が癇癪をおこしかけるが、 の後ろでは元親が笑いを噛み殺していた所へ新たな自分の役割分担を聞かされ焦る。
「何だ? 俺と元就が祝言?」
「良いじゃねぇか、祝言でも葬式でも勝手にあげとけよ。」
 小声で言い合う政宗と元親の前で、 は義元と睨み合う。
「ぬぬぬ?! 麿に逆らうか? 生意気な小僧めが、ささ早うその者を差し出すが良い!」
 憤る義元だが は相変わらず否の一点張りで、流石にそろそろ拙いのでは、と思う頃に が言った。
「どうしても、と仰るのなら已むを得ませんね。お銀、御前へ行ってご挨拶なさい。」
「ほ……?」
 いきなりの態度の軟化に戸惑う義元の前にお銀と呼ばれた元就が近付いた。
「さ、最初から素直に従えば良いのでおじゃ。ささ其処許、名は銀と申すか?」
 名を尋ねても目の前の女は高貴な自分に恐れ戦いているのか顔を伏せるばかりで何ともしおらしく見える。義元はそれが気に入り、何としても手に入れようと に向き直る。
「これ、先程の無礼は許してつかわす。その代わりと言ってはなんじゃが、この女、麿に譲ってたも。上洛の際良きに計らうと言う約束も忘れてないでおじゃ。」
 寛大な処置だと悦に入る義元だったが、 が溜息をつきながら立ち上がったのに驚く。
「やれやれ、幾らなんでも人を侮り過ぎですよ、おじゃる麿殿。 の祖父に見覚えありませんか?」
「何?」
 言われるまま、 の後ろで同じ様に立ち上がった3人の内、縮緬問屋の隠居と紹介された男の顔を見直す。
 がっしりとした体躯の、隠居と言うには余りにも堂々とした姿に見覚えがあり義元は焦る。そしてその脇にいる青年二人の容貌に覚えは無かったが、風の噂で聞いたある人物の特徴と合致するのに気がついた。
「ま、まままま、ましゃかっ?」
 そんな筈は無い、と焦る義元だったがやはり自分の傍で立ち上がった女が、女にしては背が高すぎる事に気付き、よくよく見れば男である事に漸く気付く。
「言われる前に気付けば、不利な状況にはなりませんでしたよ、今川義元殿。我が名は ……此方におわす御方を何方と心得る! 甲斐の虎武田が大将と奥州筆頭独眼竜、以下略なるぞ!」
「ひょえぇぇぇっ!?」
「こらこら! 俺たちは省略か!?」
  の紹介の仕方に思わず突っ込む元親。義元はと言えば武田の名を出された時点で既に狼狽えている。
「じゃあ自分で自己紹介してください。」
「ちっ、仕方ねぇなぁ。…鬼ヶ島の鬼てぇのはこの俺よ、長曾我部元親よ!」
「…我が名は毛利元就、日輪の申し子なり。」
「ぎょええぇ?! だっ、誰ぞ! 居らぬか!?」
 慌てふためき援けを求める義元の様子を、漸く側近が気付き近寄って来た。今まで雨の処理に追われ、しがない商人の事など気にも留めていなかったので、主の傍に立つ商人一行が何時の間にか商人でなくなっている事に気付き、此方も慌てる。
「よ、義元様!?」
「た、助けてたも! こ、ここ、この者たちをひ、ひっとらえて……。」
 逃げる義元を目で追いつつ、これから今川全軍と戦うのかそれとも義元のみを捕らえるのか、 は既に自分の武器を手にしていた。
「折角ですから、おじゃる麿様以外の相手をして下さい。 の言った事、忘れないで下さいね。倒すのは良いけど……。」
OK、We must not kill。
  に答えて政宗は陣幕から飛び出した。


 ごめん、 が我が儘なばかりに。要らぬ苦労をさせている。
 それは判ってるけど、でも。
 殺したくないんだよ、この愛すべき世界の人たちを。たとえ誰であろうとも。 の勝手で命を消したくないんだよ。
 奇襲に唖然としている義元の前で、 は筆に念を籠めた。


 逃げる者は追わない。かかってくる者は細心の注意で薙ぎ払う。
 結構難しいな、と誰もが思った。そんな中で政宗は新しい刀が直ぐ手に馴染んだ事にほっとする。今まで以上に使いやすい。それどころか、どうも固有技の威力が増しているのは気のせいでは無いだろう。
 先程、 に「独眼竜、HellDragon!」と言われるままに出したが、今まで以上に遠くまで届き周り中を巻き込んだのは自分でも驚いた。それだけでなく、刀に触れただけでバタバタと倒れる者がいる。どうやら刀についた属性が思わぬ効果を生み出しているようだ。
 次々と湧いてくる様に現れる敵兵は一瞬で倒せば被害はあまり出ない。それを念頭に置きつつ刀を振るい、時々 の傍では信玄と元就が近寄る敵兵を薙ぎ払っている。二人に任せておけば大丈夫だろう、と判断し政宗は本陣内の敵を片付けるのに専念する。何時の間にか元親はかなり遠くまで行った様だ。
 法螺貝兵が法螺貝を吹き鳴らす度に呼ばれて出てくる敵兵を片端から倒していくが、きりが無い。防衛地点を落とさないと、と奥に控える防衛隊長目指して進んでいると目端に弓矢を番える弓兵を捉え、その標的が である事に気付いたがこの距離では間に合わないと慌ててHellDragonで攻撃する。青い稲妻が走り抜け、あっと言う間に地面に転がる敵兵の山。
 息がある事を確認したもののこのまま放って置けば命に関わる。
「おい、さっさと転がってる奴等を回収して手当てしてやれよ。コッチは命だけは取らないって事にしてるんだからな。」
 政宗は動ける兵にそれだけ言うと、次の攻略地点へ向かう。残された兵は慌てて倒れている兵たちが生きている事を確認すると手当てをする為に急遽担架を作り運び始めた。止血さえ出来れば命は永らえる。いきなり現われた奇襲部隊が何処の軍か見当もつかない下級兵士はそれでも生きている事に感謝した。


 同じ頃桶狭間の入り口で待機していた たちは、本陣に向かった たちがどうしているのか気になっていたが、幸村が本陣の方向から狼煙が上がっているのを見つけ、程なく佐助が現われた。
「お待っとうさん、っと。 サンたちは今川軍に攻撃を始めたよ。そのうちこっちにも伝令が来て戦闘が始まる。準備は良いかい旦那。」
「うむ、佐助ご苦労! お館様はご無事か?」
「大将の事は心配ないよ。今は サンを守ってる。」
「腕がなっとぅ!」
 戦国武将の会話を不安な面持ちで聞いている に、幸村が声をかける。
殿、心配はご無用。この幸村が居る限り 殿には指一本触れさせはせぬ。命に代えてお守り致す所存!」
 その言葉に、 は思わず声を荒げた。
「幸村さんっ! 命に代えてなんて言わなくて良いです! 迷惑ですっ!」
殿??」
 いきなり に怒鳴られ幸村が目を白黒させる。迷惑とは何事だろう、と自分の言葉を反芻するが怒られるような事は言っていない筈。そう思った幸村だが続く の言葉に声を無くす。
「命に代えて守られても私は嬉しくないです! ちゃんと、お互い、無事で居ましょう、って言って下さい!」
「し、しかしお互い無事でいられるか……。」
「何の為に が本陣に行ってると思ってるんですか! それよりも、何故武田軍と同盟を組んだと思ってるんです! 誰も命を落とさない様にする為じゃないですか! …幸村さんが死んだら、 は悲しみます。私も悲しいです。ずっと、悲しいままです。幸村さんの命の重さを抱えたまま生きていかなきゃいけなくなるんです。それは、厭です。」
殿……。」
 今まで言われた事のない言葉に幸村は戸惑うが、言いたい事は判った。
 幸村は頷くと改めて言い直す。
「それでは 殿、この幸村死にはしませぬ。皆で生き抜いてお館様や 殿と再び見えましょうぞ。」
「はい、お願いします。」
 漸く笑った に安心し、幸村は槍を構える。遠くから、「敵だー、敵襲だー。」と言う叫びが聞こえ、やがて敵兵が押し寄せてきた。


 所詮NPCで『倒される』事が決まっている今川義元が たちに勝てる筈もなく、勝敗は呆気なくついた。僅かな人数で数万の今川軍に勝利した事で相手は戦意喪失し、交渉は滞りなく進み、一通り終わった所で が「ちょっとその辺散歩。」と言って姿を消した。
 まだ今川残党が居るかも知れないとこっそり佐助が の後を追う。その姿を見送り は溜息をついた。耳聡くそれに気付いた政宗が に尋ねる。
「アンタもアイツも様子がおかしいが……やっぱり例え死人が出なくても戦は厭か。」
「それはそうですよ、諍い事は嫌いです。でも私は ほどではないかな。殆ど蚊帳の外で実感がないせいもありますけど。」
はそんなにShockだったか?」
 自分からやると言ったのだから、覚悟は出来ていた筈なのだが。そう思って訊くと、 は複雑な表情をした。
「私は じゃないので何とも言えませんけど……戦そのものは は覚悟は出来てましたよ。多分それ以外の所で何か思う所あったと思います。まぁそのうち折り合いをつけて戻ってくると思いますから、気にしないであげてください。」
 気にするな、と言われて気にしないでいる方が無理がある。だが はそれで話はお終いとばかりに口を噤むので、仕方なく政宗は を待つ事にした。本当は探しに行きたい所だが、そうすると恐らく元親もついてくるだろうし、それならばとその他大勢ついてきて結局全員が探しに行く事になりかねない。一人になりたくて出て行ったのだから、戻ってくるまでは放っておいた方が良い。残念ではあるが佐助が護衛について行っている事だし身の危険はあまり無いだろう。待つのが一番だ。
Be impatient。」
 独り言ちて政宗は が早く折り合いをつけて戻る事を祈った。


 桶狭間に降っていた雨はすっかり止んで、月が出ていた。
  を追いかけて来たものの、声をかけるかどうか悩んだ佐助は結局いつも通り陰から見守る事にした。木にしがみ付いて何やら呟いている に、一体何をしているんだろうと思っているといきなり声をかけられる。
「猿ちゃん、潜んでないで良いですよ。もう、折り合いついたから。」
 軽く笑う だが、いつもの何かを楽しんでいる様な笑顔ではない。
「……えー、と。何、してたの?」
 言うべき言葉が見つからず佐助は当たり障りの無い質問をしてみた。
「気を貰ってました。…虎伯も言ってたでしょう、気は森羅に宿る、と。お誂え向きにお月様も出てたんで、まぁボチボチ。倒れない程度には回復させて頂きました。」
「月?」
 仰いで見れば確かに煌々と月が辺りを照らしていた。何故お誂え向き、と言う質問はしないでおいた。今訊いたところではぐらかされる気がするし、説明するつもりなら最初からしているだろう。それよりも がわざわざ一人になりたかった理由が知りたい。
サン、悩んでいるんだったら言っちゃった方が良いんじゃない? 少なくとも俺は愚痴ぐらい聞くし、旦那たちだってそうだと思うよ。」
「うーん、猿ちゃんは鋭いですねぇ。愚痴りたいのは山々ですが……聞き流してくれるなら言おうかな。」
「聞き流すかどうかは内容次第……あっ、ウソウソ、冗談。聞き流すから、捌け口にして良いって。」
 話の途中で立ち去ろうとする を慌てて呼び止める。佐助が本気で心配しているのが判っているので、 も苦笑しつつ仕方ないなぁとばかりに一気に捲し立てた。
の我儘で皆に余計な苦労をさせて悪いなぁ、と思いつつでも誰も死なせたくないし、と言って出会う人全てを助けられるかは微妙、みたいな。ちょっと余計な事に首を突っ込みすぎたかなぁと思いつつ、出来る事があるならやって見ないとダメでしょう、とか。色々考える事があり過ぎてやる事なす事後手後手に回ってないと良いなぁ、と思ってたり。まぁそんな事を色々と考えていました。」
「我儘って、それはでも……。」
「うん、みんな納得してくれたけどそれって結局 がそうして欲しい、と願った結果であって皆の意思では無いし。姫親さんなんか戦好きって言ってたのに、誰も殺さず、なんて条件付けられて面白くないんじゃないかなー、等と思ってみたり。まぁその件に関しては、良い解決法を思いついたので気にしない事にしようと思うけど。」
 でもやっぱり気にはなりますよ、と苦笑いする に佐助も苦笑する。
「だったら最初から一戦交えようなんて考えなければ良いのに、何でしようと思ったのさ。大体今川と同盟を組むかと思ったら、武田に降れなんて言っちゃうし。滅茶苦茶だって判ってる?」
「判ってますよ。ちょっと の目論見違いで、おじゃる麿様が思っていた通りの人でしかなくて期待外れだった、って事です。…もうちょっと骨のある人だと良いなぁと思ってたんですけどね。」
  は溜息をついて義元の事を説明した。


 義元との対決の折、 は彼と2〜3言葉を交わした。最初は同盟を組むのも良いかと思っていたのだが、彼との会話でその案は忽ち凋んだ。
 義元の攻撃を数回躱し、隙を窺い機を計ると義元の喉元に筆軸を押し付けて押し倒す。その頃には既に本陣内に兵の姿は殆ど無く、義元は自分の負けを悟る。このまま討ち取られるのだろうか、と半ば観念していると意外な事に武田に降れと言われて一も二も無く飛びついた。
「ま、麿の身の安全は保障するであろうな?」
 白塗りの顔ではっきりとした顔色は判らないが恐らく青くなっているのだろう。義元の言葉に は顔を顰めた。
「ご自身だけ、ですか? それは……期待外れ。」
 せめて自分の身はどうでも兵たちを助けてくれ、と言う様であれば良かったのに。ゲームの中で小者扱いされていた者はやはり小者でしかないと言う事か。小さく溜息をついて は周囲の敵が一掃されたのを確認してから立ち上がる。
「身の安全は勿論保障しますよ。それどころか駿府に居て下さるなら行動の自由もお約束します。ただし天下は諦めていただきます。良いですね、今川……義元殿。」
 呆然としている義元を信玄に引渡した所で桶狭間の戦いは幕を下ろした。


「まぁね? 思い通りにならないから楽しいのであって、だから勝手に期待していた が莫迦だっただけ、と言うだけの話。やっぱり行き当たりばったりの方が向いてるようですよ、 。」
「考え過ぎると碌な事がないって事?」
Ye〜s! じゃあ戻ろう?」
 晴れ晴れとした顔になった に安心して、佐助は差し出された手を取った。
 戻る道すがら、今後の事を に訊ねる。
「一旦解散しようかと思ってます。実はサツキさんに頼んで、伊達領に停泊してる姫親さんの船を駿府に動かす様に手配して貰ってる筈なんで、3人はこのまま帰途について貰おうかと。」
「うわ、計画的……卒がないね サン。」
「どうだか。 たちは拠点の屋敷に戻って、虎さんは甲斐に、独眼竜は奥州に戻ってもらいます。…一先ず今回はこれで一区切り。後はまたそのうちね。」
「はいはい。どうせ俺様連絡係に扱き使う気でしょ?」
「サイちゃん貸してくれても良いですよ。……おや、独眼竜が睨んでる。」
 話している内に皆が待機している場所に着いていたようで、佐助は慌てて繋いでいた手を放した。残った温もりが何故か寂しい。
  の元へ駆け寄って抱きついた。 の方も半ば予想していたようで、諦め顔で抱き返す。目を丸くしてみている一同を無視して、 が呟いた。
ちゃんじゃやっぱり寂しいなぁ……。」
「寂しい? 大丈夫?」
 ぼそりと呟いた内容に驚いて訊き返すと、 は溜息をつきつつ答える。
「どっかに可愛い女の子居ないかなぁ……。癒されたい……。」
「……お前はっ!!」
 怒鳴ると同時に の頭を殴りつける。内心で拍手喝采した者と、宥める者と、溜息をつく者と反応は其々だったが、変わりない の様子には誰もが安心した。
 頭をさすりながらぼやく に政宗が言った。
「アンタにSeriousは似合わねぇよ。」
「… もそう思う。」
 ニヤリと嗤って が答えると、二人で顔を見合わせてもう一度笑った。



≪BACKMENUNEXT≫

実はかなり端折ってます。が、こんなものでしょう。(苦笑)

----------

何故か桶狭間奇襲戦です。今更ながらですが、この話『伝説の1作目』がベースです。だから長曾我部&毛利はNPC扱い。
どうしても助さん、格さんの仮の立場が思い出せない…。番頭だったか手代だったか……。うっかり八兵衛は丁稚か下男か。
どうでも良い話ですが、今川義元って武田信玄の義兄(姉の夫)の筈……。まぁその辺はスルーで。