≪BACKMENUNEXT≫

しょにょじゅーろく。

「こにゃにゃちはー、伝令でーす。典厩公に書状をお持ちしました〜。」
「何だ、貴様は。ふざけているのか?」
 武田軍本拠地に突然現れた『少年』に門番は呆れて追い返そうとしたが、手には確かに武田信繁宛の書状が握られている。一応受け取り差出人を確認する。確認するなりぎょっとして目の前の少年と書かれた署名を交互に見直して、慌てて「そこで待っておれ!」と屋敷の中へ急ぐ。
「おやおや。門番がいなくなってどうするんですか、全く。ねぇ?」
 面白そうに門番の後姿を見送りつつ呟く。その背後には呆れた顔の佐助がいた。
サン、先に行くって言うから何をするのかと思ったら……あんまりウチの兵たちを苛めないでね。」
「苛めてないですよー。嘘は言ってないし。」
「そりゃそうだけどね……。」
 溜息をつく佐助だが、 は堪えていない様だ。やがて信繁を伴って先程の門番が慌てて戻ってくる。その頃には門前には と佐助のほか、幸村、政宗、 が到着していた。
「これは……。」
 驚く信繁に、先ず幸村が帰還を告げた。そして政宗が紹介され、続いて が挨拶する。
「初めまして、典厩公。 です。書状は読んでいただけましたか?」
「…初めまして、 殿。ざっとですが読みましたよ。ここで立ち話も宜しくない。中へどうぞ。」
 一瞬の間の後、卒なく会話を続ける信繁に は頷き、佐助と政宗は眉を上げた。
 後について行きながら、 に小声で訊ねる。
「初めましてじゃねぇだろ。何しらばっくれてるんだ。」
「その方が良いかなーと思いまして。お互いにね。」
 事も無げに答える に政宗は前方を幸村と並んで歩く を見比べる。
 以前 を亡き者にしようとした黒幕に釘を刺すと言って出かけた事があったが、その黒幕が信繁という事を と幸村には暫く秘密に、と は言っていた。暫くと言う事はその内打ち明けるという事だろうが今はまだその時では無いらしい。事情を知っている政宗と佐助は顔を見合わせ肩を竦めた。
  はと言えば、武田の本拠地に訪れたのは初めてだが、行き交う人の中には見知った顔も有り、時々軽く会釈する。中にはほんの僅かな期間ながら礼儀正しい に好感を持っていた人間もいるらしく嬉しそうに挨拶を返していた。そして の後ろで物珍しそうな顔でついていく の顔に驚いているようだ。

 まぁ同じ顔が並んでいれば驚くよな。

 政宗は の更に後ろを歩き、その様子を眺めていた。やがて信繁の案内で通された座敷に入ろうとして、廊下の向こうから駆け寄ってくる青年に気付く。
「叔父上、幸村が戻ったそうだな!? …何だ、その者たちは?」
「勝頼殿。客人の前ですよ。」
 やんわりと諌められたが勝頼と呼ばれた青年は、あからさまに不審そうな顔をした。
では無いか。それに其処に居るのは伊達の総大将だな。」
「勝頼殿。」
 再度、信繁が名前を呼ぶと勝頼は渋々二人に挨拶をした。幸村は勝頼に挨拶するものの、 と政宗に対しての態度に難色を示す。 は戸惑い、政宗は勝頼を小者と判断する。
  に気付いた勝頼が何か言おうとしたのだろう、口を開けた瞬間 が挨拶をした。
「ご嫡男、初めまして。なかなかどうしていい挨拶振りですね。流石に典厩公預かりにさせられるだけの事はある。」
「なにぃ? 貴様……!」
「勝頼!」
 莫迦にされていると判ったのだろう、勝頼が憤って に掴み掛かろうとした所へ信繁が一喝する。
「客人に無礼な事はなさいますな。 殿、御無礼仕った。非礼誠に申し訳ない。」
 頭を下げる信繁に もそれ以上の事は言わなかった。不満顔の勝頼だが、これ以上争っても仕方ないと思ったのだろう、幸村に向き直り信玄の所在を尋ねる。
「父上は如何致した。まさか伊達軍の捕虜になっているのではあるまいな。」
「勝頼様、それは……。」
「まぁったく口の減らないBoyだねぇ。喧嘩の売り甲斐があるってもんだ。同盟国相手によくもそんな事を言えたもんだな。」
 流石にここまで無礼な事を言われると、怒るよりも呆れてしまう。思わず政宗がそう言うと が笑い出した。
「全くですね。教育し甲斐のありそうなお坊ちゃまだ。さぁ立ち話もなんですから部屋に入りましょう?」
 楽しげに言いながら は部屋へ入り、他の人間も顔を見合わせながらもそれに従う。憮然とした勝頼は廊下に残されそうになり慌てて後に続いた。


 さっさと部屋に入り腰掛ける場所を見つけた は勝頼に笑いかけた。
「それじゃさっさと用件を片付けてしまいましょう。先ず、ご嫡男の疑問ですがお父上なら多分半日遅れで此方に戻られるでしょう。事後処理をお願いしたので、もしかするともう少しかかるかも知れませんが。まぁあちらには雑務処理に長けた人が来てくれてますから、然程時間はかからないでしょう。」
「事後処理? 何の事だ、父上は何処にいらっしゃる。」
「あれ、言ってませんでしたっけ。駿府で今川の総大将の面倒を見て貰ってますよ。」
「今川……では書状に書かれていたのは真だったのですね、今川義元殿が武田に降った、と言うのは。」
 目をむく勝頼とは逆に眉を寄せて信繁が言うと、 は頷いた。
 書状は信玄からのもので、内容はと言えば今川軍を降したのでその事後処理にあたる為帰還が遅くなる、と言うものだった。そして戻るまで、 たち一行が先に武田の屋敷を訪れるので面倒を頼む、と認められていた。
 元親・元就・義弘の三人を本国に戻そうとした所、現れた船に乗っていたのは片倉景綱と鬼庭延元の二人の他、彼らの家臣数名だった。桶狭間で今川義元を降したのは良いものの、うっかり監視する人間の存在を忘れていた にとって渡りに船とはこの事で、手放しで喜んだ。まさか何時までも信玄を駿府に置いておく訳にも行かないし、かと言って義元を甲斐まで連れて行くのは面倒だ。少なからず事後処理を任せられる人間が現れた事で、 たちが先に甲斐に行き詳細を告げ、信玄の代わりになるような人物を駿府に送り景綱たちを奥州に戻らせる。その手筈を伝える為、甲斐までやって来たのだ。
 信玄からの書状を勝頼も目を通し確認する。何処にも不審な点は無く、有るとすれば唯一、目の前にいる が実は自分たちの総大将である、と言う事くらいか。勝頼は思いきり不審そうに に訊ねた。
「貴様、どういう手練手管を使って父上を篭絡した。…いや、真に我等武田軍の総大将としての器があるのか?」
「勝頼!」「勝頼殿!」「♪〜。」
 異口同音に勝頼を非難する声が上げられたが、言われた当の は盛大に吹き出した。
「手練手管! いや〜、それを言うなら逆エビ固めかな? … の器を問うのなら、貴方はどうです? 武田軍次期総大将としての器はお有りか、御嫡男。」
 訊き返されて当惑する勝頼に、畳み掛けるように が続けた。
「傍若無人も無礼も の得意とする所ですから、その辺は構いませんよ。だが他人にそれを問うのなら、その資格があるのか己が身を検める事もお忘れなく。貴方は既に資質を問われている。典厩公預かりで少しはマシにおなりか?」
「…………。」
 答えにつまる勝頼と楽しそうな 。対照的な二人を見比べ、政宗がこっそり幸村に訊く。
「おい、あの勝頼ってぇ奴はボンクラか? それとも大化けしそうなのか?」
「…お館様の御嫡男、間違っても無能ではござらぬ。ただ……。」
「あー、あー。みなまで言うな。あのオッサンの息子にしちゃあ、って事だな。」
 きっぱり頷けない幸村だが政宗はその表情で判断する。先程からの とのやり取りでも、信繁と比べて荒さが目立つ。未だ発展途上、と言う事だろう。
 政宗は既に彼を小者と判断したが、 は何を考えているのか面白そうな素振りを崩さない。彼をどう扱うか興味が湧き、やり取りを見守る事にした。
 一方勝頼の方はと言えば、目の前の をどう扱って良いのか判らず戸惑っていた。何しろ相手は嘗て自分が暗殺を企てた相手の妹。多少の恨みつらみは覚悟していたのに一向にそんな素振りは見せない。いや、確かに莫迦にされているのは判るのだが敵と思う人間に対する態度ではない。しかも伊達と同盟を組んだだけでなく、西国三国とも同盟を組んだと言う話は聞いたがその国々を纏める実質総大将が目の前の だと言う。俄かには信じられない。ちらりと叔父に目をやれば、彼は落ち着いたもので顔色ひとつ変えていない。
 勝頼の視線に気付き、信繁は微かに溜息をついて に向き直る。
殿、勝頼の非礼はこの信繁の不徳の致す所。不肖の預かりの身なればご容赦頂きたい。」
「お、叔父上。」
 信繁の謝罪に勝頼は慌てた。まさか敬愛する叔父が自分のせいで何度も頭を下げる羽目になるとは思いもよらず途方に暮れる。
  は信繁に頭を下げられ、溜息をついて何か言おうとしたがその前に後頭部を叩かれた。
。調子に乗るんじゃないの。お前も無礼だよ。」
  はそれだけ言うと膝を少し進めて信繁と勝頼に謝る。
「信繁さん、勝頼さん。妹が失礼な事を言ってすみません。その……アレは仕方の無い事だと思ってますから、気にしないで下さい。」
殿。」
 信繁も勝頼も の言わんとする事を理解する。以前殺されかかった事は仕方ない、と言っているのだ。それを聞いて の方は何故か微かに笑った。
ちゃんに怒られちゃったから、話を先に進めましょう。虎さん……お館様が駿府に居る話はしましたよね。」
 話を戻されはっとする一同に は続けて、信玄が駿府にずっと居るわけにはいかないので誰か代わりになる者が駿府に行く必要があると説明した。
「そこで からのお願いですが、御嫡男を今川に遣りませんか。勿論お一人じゃ何かと不都合もあるでしょうから典厩殿もご一緒に。良い勉強になると思いますよ、何かとね。」
「俺を駿府に?」
 意外な提案に勝頼は目を丸くした。信繁を信玄の名代に、と言うなら話は判る。既に信玄の代理として色々采配を揮う信繁ならば、今川に対抗しうる実力もあるだろう。だが勝頼はと言えば勝手に兵を動かした事で信玄から咎められ、信繁預かりとなっている身。自らの未熟さを露呈した結果ではあったが、それを知ってなお今川の元へ遣ると言う事はそれなりの評価をされていると言うことだろうか。勝頼は自問自答する。
「確かに今川の監理をするというのなら勝頼にとって良い経験となりましょうが……。兄はこの件を了承していますか。」
「虎さん? 何となくは話してあるけど詳しくは言ってないから、此方に戻った時にでも典厩殿を交えてお話しましょうか。まぁ厭だと言っても行って貰いますけどね。」
 にこやかに話す だが、政宗や幸村はそれを『怖い』と思う。 は何か考えていそうで何も考えていないし、逆に考え無しの様でいて深く裏まで考えている。一見何も無さそうだが、そういう時が一番何を考えているのか判らないと言うのを学習しているので、裏がありそうな方が余程安心できる。しかしそんな事を知らない勝頼は、額面通りに受け取って初めて に笑いかけた。
「おぬし、中々目端が利くようだな。確かに今は叔父上預かりの身で何かと勉強不足。先々の事を考えれば今川で経験を積むのも俺には良かろう。こうしてはおられぬ、早速準備をしなくては! 叔父上、勘助にも助力を仰いだ方が良いだろうか。」
「…山本殿は希代の軍師。学ぶ事も色々有るでしょうから、それも宜しいでしょう。」
 信繁の返事に勝頼は頷くと、挨拶もそこそこに部屋を出た。
Simpleな男だぜ……。」
 呆れて政宗が呟く。つい先程まで胡散臭さを前面に押し出して たちを警戒していたのに、そんな事は忘れたかのようだ。恐らく山本勘助に教えを乞う頃には此方の事など忘れているだろう。
「単純明快、良いじゃないですかさ。 は好きですよ?」
 にこにこ笑いながら が言い、信繁に向き直る。
「用件も終わったんで、も一つお願いがあるんですけど。」
「…なんでしょう。」
 これからが本題と思った信繁の背筋が自然に伸びる。だが の方は気楽な態度を崩さず苦笑する。
「そんなに構えなくても。単に一晩泊めてってだけなんで。確か温泉が近くにありましたよね? 若しかしてこの館に温泉引いてるって事は無いですか?」
「は? そ、それは勿論……湯村から引いていますから、お入りになるのでしたら湯殿に御案内致します。それだけ、ですか?」
「だけです。良し、許可取ったから早速行こう! わんこちゃん案内宜しく!」
 立ち上がって幸村と を急き立てる。成り行きを見ていた幸村は、いきなりの指名に驚いたものの頼まれたからには案内しなければ、と思ったのだろう。信繁に一礼して部屋を出る。 も逸れたら大変と、慌ててその後に続いた。
Well、いきなりもいいトコだぜ。」
 政宗はそう呟いたものの、 が部屋に残っているのを訝しむ。幸村も もとうに部屋を出て、湯殿に向かっている。追いかけなければ広い屋敷内、迷うのは目に見えているのでどうしたのかと の顔を窺う。
「典厩殿。駿府で御嫡男は色々苦労するかと思いますが、まぁ貴方が一緒なら大丈夫だと思いますよ。」
 微かに笑う の言葉に、先程のやり取りで拍子抜けしていた信繁がハッとする。
、実は未だ怒ってるんですよ。ですから存分に苦労していただこうと思いまして。良い考えでしょ? 一挙両得。 は憂さが晴らせるし、御嫡男は経験が積めるし。」
「私は苦労が絶えないし、ですか。…やはり怖い方ですね、 殿は。」
「あらら、心外。 ちゃんの方がよ〜っぽど怖いですよ。」
 苦笑する信繁に は笑って答えると幸村たちの後を追いかけた。


「おお、広い。良いね! 温泉!」
 湯殿に案内されて開口一番 はそう言うと、先に来ている筈の の姿を探す。既に湯に浸かっているらしく、湯気の向こうにぼんやりとシルエットが浮かんでいた。
 かけ湯をしてから の近くまで行き声をかける。
ちゃん、湯加減どう?」
「…気持ち良いよ。疲れが取れるよね。」
 考え事をしているような素振りに が不思議に思うと、 が徐に尋ねた。
「あのさ、一つだけ教えて。私を襲うように命令したのって……信繁さん?」
「……命令はしてないけど、示唆はしたから結果的にはそう。判っちゃった?」
  の答えに は溜息をついた。
「ヒントが沢山出たからね……。と言うか、信繁さんの官職と別名聞いたし……。」
 以前 が『釘を刺す』と言って夜中に出かけた時、てっきり勝頼の方に釘を刺しに行ったのだと思ったのだが、帰ってきてから政宗との会話で聖徳太子が黒幕だと耳に挟んだ。その時は珍粉漢粉だったが、色々な情報を繋ぎ合わせると聖徳太子=信繁となり、つまりは黒幕が信繁だった、と言う答を は導き出した。武田軍で世話になっている間信玄たち以外で何くれと無く世話をしてくれたのは信繁で、それを思うとやりきれない。落ち込んで鼻の下まで湯に浸かる。
「まぁ憂さは晴らしたから機嫌直して。折角の温泉楽しみましょう?」
「それは良いけど……なに? この竹筒。」
 話しながら が持ち込んだ物が気になって訊いて見る。良く考えてみれば道中 が休憩中にゴソゴソと竹で何やら作っていたが、それではなかろうか。
 形状に見覚えがあるのでそれが何であるかは判るのだが、一応訊いてみると は湯の噴き出し口から竹筒に湯を移していた。
「見ての通り、水鉄砲。これ、あの木に向かって撃ってみて。」
「撃てって、これ源泉じゃん。熱いよ。」
 渡された水鉄砲は中の熱湯で熱くなっていたが、言われた通り の指差す方向に勢い良く湯を押し出す。と。
「あちちっ!!」
「えっ?」
「何事でござるか!? …っとととと、し、失礼!」
 木から叫び声と共に何か――と言うより人間が――落ちてきた。その物音に驚いて外に控えていた幸村が飛び込んで来たが、二人の姿を見るなり慌てて踵を返す。だが続けて入ってきた政宗に押し返される。
「何やってんだ幸村。曲者か?」
「ままっ、政宗殿!」
 焦る幸村と対照的に政宗は落ち着いて周囲を見回す。その姿を見て今度は が慌てて岩陰に隠れた。
「なっ、なな何で脱いでるんですか、政宗さんっ!?」
Oh〜? そりゃあ風呂に入ろうとしてたからに決まってンだろ。で、曲者は何処だ?」
 言いながらずんずん奥に進む政宗に、 が言った。
「曲者っつーか今、落ちたのは多分猿ちゃんか虎さんの配下でしょ。…もう居ないよ。それより独眼竜も入るの?」
「いけねェか?」
 ダメだと言われるのを覚悟で訊いてみる。 は岩陰で首を横に振っているが自分も疲れているし風呂には入りたいし、折角の機会を活用しない手は無いと思う。寧ろダメだと言われても入る気は満々なのだが。
 訊かれた は特に隠れるでもなく、作った水鉄砲を弄びながら答える。
「いけなかないですけどね。どうせ此処、男風呂だし。」
「え? そうなの? 男湯?」
 驚いて が訊く。
 元々男所帯の武田軍に女風呂・男風呂の区別がある訳が無い。しかも案内したのは幸村だ。彼は自分が使っていて、尚且つ温泉が引かれている湯に案内した。それはつまり武田軍でも武将クラスの人間が使う風呂であって、下級兵士や下働きの女たちが入る湯は別にある。
 そう説明する に、幸村の方がうっと唸る。折角だから二人には存分に温泉を楽しんで貰おうと案内した湯殿であったが、男湯か女湯かと言う事には思い至らなかった。
「いけなくは無いけど、 ちゃんが厭がっているから離れた所にお願いしますね、政宗さん。」
「…I see。」
 軽く舌打ちしながらも完璧に拒否された訳ではない事にホッとする。 が許可した事に驚く。
「何で私を引き合いに出すのっ? お前は?」
 恥ずかしくないのか、と暗に伝えてみたが気にしていないようだ。
「まぁ郷に入っては郷に従えと言うじゃないですかさ。それにちょっと訊きたい事があってさー。こういう機会でもないと話を振れないんで。」
「訊きたい事?」
 わざわざ機会を選んで、と言うのが気にかかり の言葉に耳を傾ける。もの凄く下らない事なんだけど常日頃思ってたので、と前置きする に「下らない話以外した事があるのか。」と が突っ込む。
「男同士で風呂に入った場合、お互いのふぐりの見せ合いっことか比べっことかしないの?」
「…………What?
 一瞬何を言われたのか理解出来ず、聞き返す。岩陰に隠れていた は思わず湯に突っ伏して、幸村は危うく転びかけた。
! 何て事訊くの!!」
 湯から顔を上げるなり が叫び、政宗は自分の聞いた事が間違いでない事を理解する。 は意外そうに話を続けた。
「だって女同士の場合はさ、自分と違う大きさの胸は触って比べたりするじゃん。形とか柔らかさとか、大きさとか触り心地とか〜。」
「そうなのか?」
「直接はしないけど。」
「だからって、ふっふぐりって……。」
殿、破廉恥でござる!」
 真っ赤になって泣きそうな顔で異を唱える と幸村。政宗はと言えば、質問の内容に真面目に答えようかはぐらかそうか悩んでいた。
「…連れションの時なら見比べ位はするけどな……。流石に触って比べるってのは……俺はやった事無ェなぁ。」
「ふ〜ん。触り合いなんかすると、その先に事が及んじゃうからかねぇ?」
「そういう趣味が有ればな。」
 真面目な顔で会話している内容はかなり下らない。耳まで赤くなった は堪らなくなって、「もう出る!」と叫んだ。
も出るよ。二人とも後ろ向いてね。これ、あげるから。後は宜しく。」
  が後を追いながら二人に竹筒ならぬ水鉄砲を投げ渡す。受け取るのに気を取られ、気付くと たちは洗い場を抜けて脱衣所へ戻っていた。
「…こんなモノ貰ってもなぁ。これで遊べってかァ?」
 言いながら水鉄砲を弄り始めた政宗に、幸村が小声で答える。
「そうではありますまい。気付いておいでか政宗殿。」
Off course。」
 言うなり政宗は筒の湯を噴射させた。目標は奥の植え込み。小さな叫び声と同時に、植え込みから黒い影が飛び出て竹垣の向こうに消えた。それを追う様に幾つか黒い影も現われ消える。
Hmm〜、やっぱり居やがったか、何処の手の者だ?」
『今、落ちたのは』と言った の言葉に政宗たちは引っかかりを感じたが、やはり言外に『他にも潜んでいる』と含みを持たせていたようだ。
「何を探りに来ていたのか……佐助、判るか?」
 幸村の呼びかけと同時に佐助が現れ、返事をする。
「追っ手が戻ってくればはっきりするけど……断言は出来ないけど上杉の間者じゃないかな。」
「上杉……。よもやお館様をどうこうしようと言うのではあるまいな。」
「さてね、単に探りに来ただけかもしれないからね。まっ、用心に越した事は無いか。」
「そうだな。」
 こくりと頷き、幸村は脱衣所へと向かいピタリと止まる。どうしたのかと思う間も無く見る見る頬が朱に染まっていき、急いで政宗の居る場所まで戻ってきた。
「ど、どどっ、どうしたら良いんでござるかっ? 湯殿から出られぬ!」
「アァン? 莫迦な事……ああ、アイツ等か。」
 先程出たばかりの二人は恐らく未だ着替えの最中だろう。その事を言っているのは判るのだが、ここまで困惑する事は無い。着替えが終わる頃を見計らって声をかければ良いだけの話なのに、と政宗は呆れた。しかし純情一直線の幸村は其処まで考えが及ばないらしい。
「…あのな、ちーっと待って声掛けりゃ良い話だろう。何だったらアンタも一風呂浴びて時間潰せばどうだ?」
「いや、この幸村 殿をお守りする任をお館様から仰せ付かっている。おちおちと風呂になどっ。」
 力説する幸村に脱衣所から声がかかる。僅かに笑いを含んだ声からすると、政宗と幸村の会話を聞いていたらしい。
「わんこちゃん、其処まで気張らなくても宜しいですよ。着替え終わったから、安心して下さい。」
「そ、そうであったか。然らば御免。」
 幸村が出て行くと、佐助も消えた。見送り政宗は暫く一人で温泉を愉しんだ。


  の言った通り半日遅れで信玄が館へ戻り、久し振りの帰還という事で宴会が催されたが、実際はこれからの方針を打ち合わせる、といった所だ。
 何しろ伊達と同盟を結んだかと思えば続けて西国とも同盟を結び、しかも盟主は各地の総大将から選ばれた人間ではない。どう見ても戦とは縁の無さそうな異世界からの訪問者である事に、説明を受けた一部の人間はかなり疑わしい目で を見ていた。だが彼らの盟主である信玄が を認めているし、 が居なければ西国との同盟は果たせなかったと聞いて不承不承納得はした。
 翌朝武田軍からの好意で馬を借りると信玄に見送られて たちは館へ戻る事になった。政宗もどうせ奥州へ帰る途中だからと同行する。
「それにしてもアンタ昨夜はどういう了見だったんだ? あれじゃまるで深窓の姫君じゃねぇか。」
「良いじゃないですかさ。偶には猫も被らないとねぇ。」
 昨夜の宴を思い出し、政宗は今の と昨夜の を比べてみる。
 どういう考えがあったのか、 は珍しく用意されていた袿を着て髪を下ろしていた。しかも何故か言葉少なに控えめな楚々とした振舞い。本人曰く『女装』との事だが、見慣れぬ姿に一番戸惑ったのは政宗だった。昼間はともかく夜は着物を着ている事が多いので、見慣れている幸村はそれ程でもない。が、やはり艶やかで鮮やかな色彩の袿姿には聊か驚いていた。
 そして今、 はいつも通りの服装だ。青いジャケットにジーンズ、黒いハイネックのシャツ。相変わらずの飄々とした雰囲気。いつも通りでホッとするが、若干残念な気もする。
 宴の間、大人しく振る舞う は「また何か企んでる……。」と呟いた。それには政宗も同意し、この先どうなる事やらと考えて止めた。 の口癖ではないが、なるようにしかならない。
 特に急ぐでもなく馬を歩かせていたので、途中昼飯時となり適当な場所に馬を繋いで食事をする事にした。持たされた握り飯を頬張りつつ、何となく和やかに世間話が進む。
「それにしても 殿も物知りでござるな! お二人の世界の人間は皆そうなのであろうか?」
「人其々ですかねぇ。 も興味の対象外の事は全く知りませんから。」
「そうだね。でも知りたい事は何時でも調べられるから、その辺は便利かな?」
「何時でもってのは確かに便利だな。」
 話している内に食事も終わり、それではそろそろ出発しようか、と立ち上がりかけて突然幸村と政宗が身構えた。剣呑な雰囲気に が驚いて二人を見るが、前方を見据えたまま動きが無い。其々の武器に手をかけて臨戦態勢をとっていると、頭上で金属音と葉擦れの音がし始めた。
 剣戟の音が徐々に移動し、ひときわ大きな音と共に迷彩と黒が上から落ちて離れた。
「♪〜……痛ッ?!」
 佐助が何者かと戦っているのは直ぐに判ったが、その相手を見て口笛を吹いた政宗はいきなり背中を叩かれた。誰だいきなり、と思い振り返ると が俯いて政宗の背中を尚も叩き、いきなり叫んだ。
「…ッダメだ! 直球ストレートどんピシャ!」
「アァ?」
「何じゃあの殺人的なスタイル! 襲ってくれと言わんばかりじゃないのさ!! 良過ぎるッ!!」
「…………。」
 一瞬でも が妬いたと思った俺がバカだった。そんな事を思いつつ背中を叩かれながら政宗は佐助と対峙する忍――かすがを見た。金の髪に体の線も露な黒い装束は白い肌に良く映える。政宗が思わず口笛を吹くのも無理は無いが、 がここまで興奮するとは誰も思わなかった。尚も政宗の背中を叩き続ける に、いい加減にしろと怒鳴ろうとした時、 が叫んだ。
「此処で会ったが年貢の納め時! 猿ちゃん、捕縛〜っ!!」
「はいよっと。」
 突然の指示にも全く動じない佐助。即座に行動に移し、かすがとの間合いを詰める。
「何故貴様ほどの忍が主以外の命令に簡単に従うっ!?」
「ゴメンねぇ、俺様あの子にはちょっと逆らえないのよ。昔の誼みとは言え遠慮はしないよ?」
 戸惑うかすがとは逆に落ち着いて術を繰り出す佐助は押し気味だ。苦無や手裏剣を投げる合間に体術でも攻めて、次々と移動を重ねる。忍同士の戦いは上下左右に自在に動く為迂闊に手を出せない。手を拱いて見るしか無いのか、と武器を握りしめる政宗たちの前に、新手が現われた。
「しまった!?」
 一瞬佐助が其方に気を取られた瞬間、かすがが離れる。舌打ちして追う佐助が振り返ると、幸村が二人ほど撃退している最中だった。
 幸村と政宗に守られつつ邪魔にならないようにするのは至難の技だ、と は逃げつつ思った。こう言う時に自分に力が無いのが恨めしい。足手まといにならない程度に、護身術でも身につけた方が良いのかもしれない等と考えている間にも次々と新手が現われる。倒しても倒しても限が無いとはこの事だろうか。
 一方で はと言えば次々現われる忍を遇いつつ、自分の目論み違いに内心で舌打ちしていた。かすがは単独行動が多いと踏んでいたのだが、どうやらそうでも無いらしい。奥州や他の場所で隠密行動をとっていたのはかすが一人だろうが、流石に信玄の本拠地躑躅ヶ崎館でまで一人では来なかったらしい。何か密命を帯びていると厄介だな、と思う。
 かすが一人なら、佐助に任せておけば捕らえるのは割合簡単だった筈だ。捕らえたら伝言を頼もうと思っていたのだが、この状況では取り逃がす可能性の方が高い。いや、それよりもかすが以外の忍が居るのが問題だ。動きが読めない。
  の目論み違いは戦いにも影響が出た。双方の疲れが出始めた頃、好機を得たのは上杉側だった。しまったと思う間もなく囲まれて、政宗たちが気付いた時は既に遅かった。守っている筈の人間を連れ去られた事に気付き慌てたが、既に離れた場所に退かれていた。そして佐助を撒いて仲間と合流したかすがが消える間際に伝える。
「武田の智慧姫、貰い受けた。返して欲しくば上杉に降れ、と甲斐の虎に伝えよ。では。」
What's? 智慧姫?」
 問い返す間もなく次々と忍が消える中、 が叫んだ。
ちゃあんっ!! しまったぁぁぁぁっ!!」
 当て身を食らって気を失っているのか、 の反応は無く数人の忍に抱えられてそのまま消えた。残された は頭を抱えて蹲る。
「失敗したぁぁ……。計算違い……。」
「何ィ? どういう事だ?」
 政宗の問いかけに答えず は暫く唸っていたが、気を取り直したのか立ち上がると難しい顔で言った。
ちゃんを迎えに行かないと。…春日山に。」

≪BACKMENUNEXT≫

主人公にしようか、姉にしようかかなり迷いました。で、姉の方を攫わせる事に。
躑躅ヶ崎館は甲府にある信玄の居館ですね。湯村温泉と言う信玄の隠し湯が地図上では直ぐ近くにあるのですが実際に確認してないので本当は違うかも。
実は割と信繁は主人公の事が気に入ってます。(笑)

----------

定番の攫われたヒロイン、て奴ですね。ヒロインじゃないですけど。
信繁、苦労性と言う事で。勝頼は此処での設定年齢は15〜16歳です。背伸びをしたくて仕方ない時期ですね!本当はこんなに無礼千万じゃないとは思うのですが、まぁ……。
陰嚢と書いてふぐりと読みます。長さはともかく硬さを比べると言うのは聞いた事が無いです。やった事ある人、いたら挙手願います(笑)