≪BACKMENUNEXT≫

しょにょじゅーしち。

 おもしろいうわさをききました。

 敬愛する上杉謙信が、そう言ったのはいつの事だったか。
かいのとらとおうしゅうのたかがどうめいをむすんだそうですね。
「はい、謙信様……。」
 遠い場所を見つめる目で謙信がそう問うとかすがは顔を伏せて答えた。だが続いた言葉に驚いて顔を上げる。
かじつのかっせんのおりたけだのじんにらんにゅうしたどくがんりゅうがひとめぼれしたひめをさらっておうしゅうへつれかえったのがほったんだとか。まことならばそのひめあってみたいものです。そうとうのちえしゃとのこと。
 武田信玄が伊達と同盟を組むほどに大切な姫君ならば、利用価値があるのかも知れない、と言外に匂わせて謙信はかすがに命令を下した。噂の確認をする為、奥州へ向かえ、と。
 信玄以外の人間に興味を持ったのか、と一瞬疑ったかすがだが利用価値の有無が知りたいと言うだけなら話は別だ。結局あの方には甲斐の虎しか目に入らないのか、とほんの少し感傷を胸に秘めてかすがは奥州へと向かった。
 そこでは初め収穫は無かった。件の姫君はどうやら伊達の居城にいる訳ではなく、どう言う訳か丁度甲斐と奥州の中間辺りの屋敷に居るらしい。度々政宗や伊達の武将が訪ねる辺り、余程入れ込んでいるようだとかすがは思った。直に行くしかないか、と何度目かの探索の時、たまたま最北端での一揆が起こりその対処がすんで帰還した所に出くわした。
 かすがの見る限り、伊達政宗が大事そうに馬から下ろした人物はとても高貴な姫君には見えなかった。寧ろ少年のようで人違いかと思ったのだが、その後その姫が突然倒れ、慌てた政宗やその他の人間のやり取りにやはりこれが武田の姫か、と確信した。政宗の慌てようは驚くほどで入れ込みようが半端ではない。しかも良く見れば一揆鎮圧に信玄も同行している。同盟は本当だったのだな、とかすがは更に調査を進めた。
 姫君――会話から判断すると、 姫は倒れて以降ずっと寝込んだままで、どうやら病弱のようだ。病弱な姫君を合戦にまで連れて行くとは、信玄や政宗の可愛がりようが窺えるし、また謙信の言った通り相当賢いのだろう。政宗が一目惚れしたと言うのは話半分として、姫の知恵者ぶりを気に入った、と言うのは十分有り得る話だ。
 探っている間、何回か気配を察せられて探索の中断を余儀なくされたが全く収穫が無かった訳ではない。新しい情報を仕入れる度に謙信に報告している内に、甲斐と奥州の同盟は西の三国も巻き込んで巨大化していった。そして今川までも降したとあってはこれ以上黙っている訳にはいかない。
 勢いづいた武田軍率いる連合国がいつ上杉に攻め入ってもおかしくは無い。それを防ぐ為に件の姫を利用しない手は無い。
 そして上杉忍軍率いるかすがが 姫が静養する為の屋敷に向かっている途中の政宗たちを足止めし、まんまと拉致する事に成功したのがつい昨日の事。
 当身の打ち所が悪かったのか、眠り続ける姫が漸く目覚める気配を見せたのを受け、かすがは謙信を呼びに行った。



「何を考えてるの、 サンは! 考え過ぎると碌な事が無いって言ったのは自分でしょうが!!」
「うっかり考えちゃったんですよ……。」
 佐助の説教は珍しい事ではないが、その相手が には逆らわない方が無難、と考えている佐助がその を相手に怒鳴るなど滅多に有るものではない。そしていつもなら庇う筈の幸村や政宗もこの件に関しては嘴を挟まない。尤も幸村は落ち込んで嘴を挟む余裕も無いだけなのだが。
「大体ね、かすがと戦って俺様が勝つ確率なんて判る訳無いでしょうが。その日その時の状況によって変わるんだからね。もし俺様が負けてたらどうするつもりだったの?」
「どうもしませんよ。『 』が攫われる位かな、程度です。」
「あのねーっ!?」
「それくらいにしとけ、猿。」
 二人のやり取りに政宗が割って入った。
が攫われたのはアンタの判断Missだ。だがそれ以外は予定通りって言うんなら、この先どうするか判ってるんだろうな。」
「…春日山へ行くよ。其処で ちゃんを取り戻す。」
「上杉の本拠に乗り込むってのか。」
 敵の本拠に乗り込むのは良い手ではない。攻め手より守り手の方が有利になる。それに気付かない では無い筈だが、やはり姉を攫われて動揺しているのだろうか。そんな事を考える政宗に、 は厳しい顔で言った。
「言っちゃ悪いけど、川中島で上杉と戦っても決着はつかないと思う。泥仕合になるならいっそ奇襲をかけた方がマシだ。」
「また奇襲か。だが今川と違って相手は軍神と呼ばれる奴だ。勝算は?」
ちゃんを取り戻すだけなら、勝てる。」
「自信満々だな。」
「そうでも無い。問題は、上杉と同盟を組むにしろ降すにしろ、どっちにしろ が軍神殿の相手にならなきゃいけない事だけど……そうするとかなり厳しい。」
 いつに無く弱気な発言に男二人が顔を見合わせる。
  は嘗て政宗達三人を手玉に取った上、信玄にも勝った程だ。幾ら軍神と呼ばれる男とは言え、厳しいと言うとは思わなかった。思わずそう言うと、 は苦笑して説明した。
「先ず条件が違うんですよ。軍神殿は の事を良く知らない。だから恐らく対峙したら遠慮はしないでしょう。独眼竜たちはね、なまじ の事を知ったが故に、何がしかの感情が影響した。思い当たる節、あるでしょう?」
 政宗は過去の記憶が、幸村と佐助は との戦いに影響を及ぼした。だが上杉謙信は違う。 の言う通り遠慮などしないだろう。たとえ女子供であろうとも、戦う相手と認識したら容赦など無く一武将として相手をして来る筈。
「だからあんまり戦いたくは無いんですけど……まぁ勝算があるとするなら、 ちゃんが向こうでどう行動するか、かな。」
「何か打ち合わせでもしたのか?」
「いや何も。ただ、 の一昨日の晩の振る舞いについての説明はしたから。」
 一昨日の晩、と言われて政宗は の袿姿を思い出した。姫君然とした振る舞いに何か理由があるのだろうと思っていたが、それがどんな理由なのかは思いつかない。そう言うと は困った顔で説明した。
「噂を利用しようと思ったんですよ。ホラ、伊達軍で面白い噂が流れたでしょう。」
「面白い噂?」
 佐助が訊き返す。政宗も咄嗟には思いつかなかったが、直ぐに気付いた。成実の流した噂だ。
「独眼竜が虎さんと同盟を組んだのは、武田の姫を気に入って合戦最中に強奪したのが始まりって言う話。姫も独眼竜を気に入ったので、虎さんに頼んで同盟を組む事にした、と言うのが噂で流れてるらしいんですよね。何か尾鰭がつきまくってるみたいですけどさ。」
「ああ、そう言えばそんな話も有ったねぇ……。確か成実殿が……。」
「良いだろ、そんな話はどうだって。」
 佐助が思い出して言うと、政宗が遮る。政宗としてはあまり話題にして欲しくない事だったので話を逸らす。
「それで何時行く。備は? 西国の連中も呼ぶのか?」
「今すぐ、と言いたい所だけど準備が必要。西国は呼ばない。その代わりルーシーさんとサイちゃんに連絡取って下さい。」
「ル……留守の叔父か。」「才蔵?」
 留守政景と霧隠才蔵の二人と連絡を取ると言う事の意味を考え、その共通点に気が付く。
「まともに軍神と戦って時間を潰す気は無い。その他大勢は忍に任せる。黒脛巾組と真田忍軍、頑張って貰いますよ。」
  はそう言うと隣の部屋に居る幸村の様子を窺った。
「…ダメだ、未だ落ち込んでるよ。仕方無い、発破かけてくるかぁ。」
 溜息交じりに呟くと、昏い顔でちんまりと正座をしている幸村に近付き、暫く背後に佇む。普段なら直ぐに気付く筈の幸村だが、落ち込みが過ぎて気が付かない様だ。再度溜息を吐いて、 は叫んだ。

「しっかりしやがれっ! 真田幸村ァッ!!」

 叫ぶと同時に、幸村の後頭部に蹴りを入れた。勢いで幸村の身体が前のめりに転がる。
「お、おいっ?!」「旦那っ!?」
 ギョッとする二人を尻目に、 は倒れた幸村の襟を掴んで起こすと呆然としている顔を見据えて言った。
が攫われて落ち込むのはコッチだっつーの! 落ち込むより先にやる事は山ほど有るだろっ!」
「し、しかしっ。この幸村、力及ばず 殿を……むぐっ?!」
  を攫われて、と言おうとした幸村の鼻をつまんで上下左右に振って放す。
「あの時あれ以上の事がアンタに出来たのか? 出来ねぇんだったらそれ以上言うな。」
「ししししっ、しかしっ、お館様の御期待に添えず 殿を攫われたとあっては、真田幸村一生の不覚。死んでお詫びをっ!」
「迷惑だっつーの!」
 ぴしゃりと言い返されて二の句が継げない幸村に、 は畳み掛けるように続ける。
「死んで詫びられても を助ける算段をつけろっ! 詫びるなら生きて詫びやがれっ!」
サ〜ン、言葉遣い荒いよっ?」
 佐助が割って入ると、 もその事に気付いたのか苦笑した。幸村はと言えば暫くボンヤリしていたものの、ポツリと呟く。
「… 殿と同じ事を言うんでござるな。」
「ん? そりゃあったり前でしょうが。死なす為に動いてるんじゃ無いんですよ、 は。生かす為に、動いてるんだからね〜。」
 幸村の言葉に は落ち着いたのか普段の口調で返事をする。それには気付かず幸村は、つい先日の桶狭間での件を思い出していた。あの時は に死なれたら迷惑だと言われた。生きて欲しい、死ぬ為ではなく生きる為に戦って欲しいと言われた。それまで命を惜しまず戦う事が己の使命だと信じて疑わず、残された側の想いなど考えた事も無かったが、 に言われて初めてそれに思い至った。今また が同じ様に生きろと言う。
「死んで詫びられたってそりゃ自己満足でしょう。残された方は堪ったもんじゃない。相手が居なきゃ何も出来ないよ。…憎む事も、許す事も。」
 そう言った の表情は複雑だった。笑っているのか泣いているのか、怒っているのか困っているのか。 自身も判らなかったかも知れない。
 暫く沈黙が続き、全員が動けずに居る所で が溜息を吐く。それが合図の様に場の雰囲気がガラリと変わる。
「まっ、わんこちゃんが責任取るって言うなら、頑張って働いて貰いましょー! で、 ちゃん回収! ね?」
 にこりと笑う の頭を政宗が撫でる。
Take it easy。」
 一瞬不思議そうな顔をした が、困った様に笑って頷いた。



 真夜中だと言うのに外は月の光で明るい。そのせいで眠れないのだろうか、と政宗は冴えた頭で考えて直ぐに否定した。そうではなく、昼間の の様子が気になって眠れないだけだ。今、彼女がどうしているのか――一人で何を考えているのか気になる。
 以前、 にちらりと聞いた事があるが、 にしろ口調が荒い時は『余裕が無い』時だと言う。昼間、 の口調は相当荒れていた。景気付けの為と言うのも有るだろうが、それ以上に恐らく余裕が無かったのだろう。例え表面上はそう見えなくても、 が攫われて一番落ち込んでいるのは だ。
 寝ていても埒があかない、と政宗は上着を羽織ると の部屋に向かった。


 目が覚めた時、何時もの部屋で無い事に は直ぐに気がついた。和室の造りは似たり寄ったり、と思っていたがいい加減その造りしか無い生活を続けていれば、少しの違いも解かる様になる。
 さて此処は一体何処だろう、とゆっくり視線を巡らせてその色彩に気付く。白と金。
きがつかれましたか。
 柔らかな声に顔を向けると其処に居たのは上杉謙信とかすが。
 一瞬呆然とした は、次の瞬間吹きだした。
「貴様、何故笑うっ?!」
 莫迦にされたのかとかっとなりかすがが詰め寄ろうとしたが、謙信が制す。
なぜおわらいに? たけだのひめ。
 何故も何も、上杉謙信の容貌を一目見てうっかり吹いただけだ。 から、ウサギちゃんだの流氷の妖精クリオネだの薔薇製造機だのと禄でも無い事を吹き込まれていたので、見た瞬間それを思い出した。だがその事を本人には流石に言えない。
「すっ、すみませんっ……つい……って、武田の姫?」
 笑いそうになるのを堪えつつ、 は謙信の呼び掛けに疑問を返す。
かいのとらのごそくじょとはおもいませぬがいづこかのひめでしょう。かじつのかっせんのおりどくがんりゅうがひとめぼれをしておうしゅうにつれかえったとききました。
 謙信の抑揚の無い言葉を頭の中で変換し直し、その内容に思わずぽかんと口を開けた は、次の瞬間呆れた様に否定した。
「それ、人違いです。」
「そんな訳があるか! 私はちゃんと……。影武者かっ?」
 任務に失敗があってはならないかすがが反論する。だが人違いな事には変わりない。 は武田の姫では無いし、政宗の嫁でもない。何処からそんな話が出たんだと は思い返し、ああそう言えば、と成実の流した噂を思い出した。しかしそれでも人違いだな、と は思う。
 成実の噂を本気にしたのなら、その場合政宗の嫁に当るのは だ。少なくとも成実はそのつもりで噂を流した。
 噂の元となったのは確かに が武田・伊達両軍の人質として双方から扱われる様になったからだが、 が現れて以降は伊達軍の比重は に傾いている。しかしその事を上杉軍に伝えて良いものかどうなのか、 は迷った。下手に情報を流して の予定を狂わせるのもどうかと思うし、かと言って誤解されたままと言うのも居心地が悪い。
 どうしようかと考えて、 は噂の方を訂正する事にした。
「噂の方が間違ってます。私は武田の姫じゃ無いし、見初められてもいません。…人質なのは本当ですがそれは諸事情がありまして。」
しょじじょう?
「それは説明し辛いんで、関係各位揃ったら多分説明があるかと。」
かんけいかくいですか。…それはかいのとらとどくがんりゅうがわたくしのもとにじきじきにせつめいにくると?
「まぁ信玄公と政宗さんの他に多分もう一人程。」
 謙信が何処まで知っているかは知らないが、甲斐と奥州、それに西の三国が加わった同盟軍の盟主が だと言う事は言わないでおいた方が良さそうだ。それは恐らく 自身が説明する。
  は知らず眉を寄せて険しい顔をした。その表情に謙信が面白そうに言った。
そのようにけわしいかおをなさるとはよくよくのしんぱいごとがおありですか。ところであなたがたけだのひめではないとするとなんとおよびすればよろしいですか。どちらにしろかいとおうしゅうのひとじちというのならなにがしかのみのうえのかたでしょう。
「あ、えーと…… と言います。」
というのは?」
「妹です。…双子の。」
 謙信の問いに は素直に答えた。言って差し支えない事は言った方が良い。これまでの経験から、 は出来るだけ正直であろうと努力はしている。ただその努力を がぶち壊す事もあるが。
  の答に、謙信は漸く合点がいったと言う表情になった。双子ならばかすがが間違えても無理は無い。かすがの情報が間違いだとしても、 と言う娘に政宗が入れ込んでいたと言うのは本当だろう。とするとどういう身分の娘なのか大いに気になる所では有るが、 の様子を見る限りでは詳しい話は聞けそうに無い。恐らく本人が言った通り、信玄と政宗、それに『もう一人』が説明するまで口を噤むつもりだろう。
 さてそれではこの娘はどうしよう、と謙信は考えた。人質としての価値が無い訳では無さそうなので、このまま城に滞在させる事として、武田の姫では無いとするとどう言う扱いにすれば良いのか。軟禁するか監禁するか。牢に置くか室を設けるか。利用価値が無いのであれば捨て置けと言う意見も出るだろう。
 暫く考えて、謙信は に訊ねた。
あなたさまはじぶんがまちがえられたにんげんとしってそれでなおおちついておられるがわたくしががいをなすとはかんがえませぬか。
「え? あ、えーと……それほど酷い事にはならないんじゃないかなぁ、等と思ってます。甘いですか?」
あまいおかんがえですね。だがきらいではない。
 くすり、と笑って謙信はかすがに命じた。
わたくしのつるぎよ。このものをむかえにかいのとらとどくがんりゅうがまいります。それまでていちょうにあつかうようみなにめいじますがおまえはこのものががいされないようまもりなさい。
「はい、謙信様。」
 膝をつき頭を垂れるかすがから視線を に移して謙信は微笑んだ。
しばらくわたくしのもとでおくらしなさい。へやはここでよいでしょう。ふじゆうがあるようならこのものにいうように。
 そう言って立ち上がると謙信は部屋を出た。呆気なく処遇が決まった事に呆然とする と立ち去る謙信を見比べ、かすがは「少し待て。」と言って謙信を追いかけた。
「謙信様、お考えをお教え下さい。丁重に扱えとは一体……?」
 間違えて攫って来たとは言え が武田の姫で無い以上、単なる人質としての扱いとなる。その場合監禁するにしろ何にしろ今使っている部屋は姫君向けに誂えた部屋。もう少し簡素な部屋に移動して然るべきだとかすがは思う。だがそんなかすがの考えを謙信は訂正する。
きがつきませんでしたかつるぎ。あのむすめあのおかたのことはともかくとしてどくがんりゅうのことをなまえでよんでおりました。したしきなかにもれいぎあり。よほどのちかしいものでなければあのどくがんりゅうをなまえでよぶなどかんがえられぬこと。それなりのみぶんのものとおもってまちがいはないでしょう。よろしくたのみましたよつるぎ。
「は、はい。」
 思ってもみなかった事を指摘され、かすがは頷いた。
 立ち去る謙信を見送り部屋に戻ると、 が所在無さげにかすがを見上げた。凛々しい顔立ちの背ばかり高い少年が困っている様で、思わずかすがは苦笑する。間違って攫って来た以上、責任はとらねばならない。
  の傍に寄るとかすがは膝をついた。
殿と言ったか。勘違いとは言え人違いで手荒な真似をして済まなかった。私はかすが。あの方の剣として働いている忍びだ。」
「わわっ、頭を下げないで下さいかすがさん。そのー、あれは仕方無いというか、妹が悪いと思うので。それより私の事は呼び捨てで構わないですよ。別に高貴な身分と言う訳では無いですから。」
「そうか? だが甲斐と奥州の人質としての価値があるという話ならやはりそれなりの……まぁ良い。では 、私の事も敬称はつけなくて構わない。私は影だ、影に敬意を払うものは居ない。」
 かすがはそう言うと に部屋の事や行動制限について説明を始めた。



 部屋にひとり残されて、 はやっと緊張を解いた。
 何故か上杉軍の二人と会っていると緊張する。今まで武田、伊達のかなり上の身分の人間と関わってきたがこれまでに無く緊張した。何故だろうと考えて、どうやら二人の持つ雰囲気と関係が有るのだろうと思った。
 何しろ二人ともやけにシリアスだ。しかもただ座っているだけでも妙に世界が輝いて見えたのは気のせいではない気がする。
 顔だけ見るなら武田軍も伊達軍もそれなりに、と言うかかなりレベルは高かったと思うがそれぞれ熱血ど根性、ヤンキー暴走族、と言うイメージが強くて別の意味で疲れたが緊張はしなかった。上杉軍は結構肩が凝りそう、と は微かに溜息をついた。
「誰だおぬしは。」
 いきなり声をかけられ は驚いて辺りを見回しギョッとした。
 床から上半身だけ子供の体が生えていた。…生えていたと言うのは適切では無いかも知れないが、そうとしか表現が出来ず、 は呆然としてその子供を見つめた。
「誰だと訊いている。… では無かろう。」
「…… の関係者ですか。」
  はやっと声が出た。余りにもはっきり見え過ぎるので幽霊の類では無いだろうがその可能性も捨てきれない、と思っていたので漸く安心した。
  の問いかけにその上半身だけの子供は頷いて、話し辛いと思ったのか徐に両手を床について体を持ち上げて全身を現した。
「あまり実体化はすべきでは無いが致し方ない。…何やら懐かしい気を辿って来てみれば顔だけ同じ別人が居る。微かに感じる気は のものと……主のものもあるようだが、若しやお前 の姉とか言う者か。」
「そうですけど……貴方は?」
 じろじろと見られて何だか落ち着かないが、相手が何者かは確認しないと判らない。 の再度の問いかけに漸く気付いて子供が名乗る。
「儂か。儂は四神の一つ、東天の守護者じゃ。」
「青龍……。」
  の呟きに、青龍はにこりと笑った。その笑顔がいかにも子供らしくて も微笑んだ。しかし直ぐに疑問を投げる。
「あのー、以前虎伯さんに会った事があるんですけど……青龍さんは人型なんですか?」
「これはおぬしと話す為に作った仮初の姿に過ぎぬ。本来の儂の姿だとこの部屋には入りきれぬわ。…西の虎は聖獣の姿であったか。では奴も少しは考えているらしいの。」
 独り言を呟く聖獣と言うのも滅多にお目にかかれるものではないなぁと は思いつつ、何故いきなり青龍が現れたのかを訊ねた。
「それは勿論、 の気を感じたからじゃ。おぬし龍の囚われ人ならば解放してやろうか。さすれば も喜ぶ……いや、駄目じゃな。元来世界に干渉するのは禁じられておる。今回は偶々 の気を感じてつい訪れてしまったが……うーむ、どうしたら良かろう。」
「どうしたも何も、別に駄目なら良いですよ。でも虎伯さんは に呼び出されてお手伝いしてましたけど、それは良いんですか?」
「勝手な干渉は拙いが、呼び出されてなら問題無い。そもそも我等四神、 を護る事も仕事の内じゃ。主にきつく言われておる。 も我等の力が大きい事は識っているから、そう頻繁に呼び出すことも無い。」
 言われて が四神を呼び出したのは、 が知っている限りでは3回だけだ。しかもここぞと言う時にしか呼び出していない。過去の奥州で一度朱雀を、最北端では玄武、そして再度奥州で白虎。因みに朱雀と玄武は最南端でも呼び出されているがそれは は把握していない。
 主と言うのは恐らく がいつも言う『PS2の神様』だろう。 から聞いた話ではゲームの世界の神様とは別に、彼等四神は存在しているらしい。尤もヨーロッパ調の世界では四神ではなく其々ウンディーネ・サラマンダー・シルフ・ノーム、つまり水・火・風・土の精霊として存在していると言う事だ。世界観を損ねないようにする為じゃない? と は言っていた。
「青龍さんはどうして呼ばれてないのに出てきたんですか?」
 何となく疑問に思って訊いてみる。すると僅かに顔を赤くして青龍は答えた。
「此処の地の主は龍の名に相応しい者として偶に様子を見に来るのじゃが、其処へ偶々おぬしが の気を纏ってやって来た。儂だけ未だ には会うて居ないから、序でに会おうと思うたのじゃ。」
「はぁ。」
 どうやら は四神にも好かれているようだ。 は気の抜けた返事をした。
 青龍は口調は一人前だが中身は外見と同じく子供の様だ。何だか面白くなって、他の四神が人型になった姿を見てみたいとぼんやり考えつつ、 は伝言を頼む事にした。どうしたら良いのか悩んでいた青龍は快諾したが呆れた様に言う。
「胆の据わった事じゃ。普通囚われの身となれば怯え心細くなるものじゃろう。」
「あんまり現実味が無いからですかねぇ。それに、上杉軍だからって言うのもあるかも知れないです。」
  が答えると、青龍は「そういうものか?」と不思議そうに訊き返し、伝言を預かり去っていった。
 攫われた割に に危機感が余り無いと言われて心外だったものの、実際その通りだから仕方無いと思い直す。上杉謙信と言う人物が実際どんな人間かはさっぱり判らないが、 が知る限りでのゲームにおける謙信は、公明正大・清廉潔白な人物と言う気がしてならない。そう言う人間が余り捕虜を手荒く扱うとは思えないので、何となく呑気に構えてしまっている節はある。此処が若しも織田軍か明智軍であれば話は違っただろう。利用価値が無いと判れば即座に断ぜられると怯えて過ごしていたかもしれない。そう考えると、攫われた先が上杉軍と言うのはラッキーだったかも、と思う。 が目指している全キャラ生存天下統一は当然上杉軍も含まれる訳で、自分が攫われた事で扱いが変わるとも思えないが、断言出来る訳でもない。 
「また禄でも無い事考えて無きゃ良いけど……。」
 月を見上げながら は呟いた。



 政宗が の部屋の近くまで行くと先客が居た。廊下に座って中の様子を窺っているのだが、何故部屋に入らないのかが判らない。まぁ夜中に婦女子の部屋を訪ねるものではない、と言うかも知れないが表で中を覗う方が余程怪しい。
「お前等何やってんだァ?」
 小さな声で訊いたが驚いて叫ぼうとするので慌てて口を押さえる。
「まっ、政宗殿っ。こんな夜更けに……。」
「お前等だってそうだろうが。廊下に並んで何やってんだ。」
 小声で言い合う幸村と政宗に、佐助が「しっ。」と口に指を当てる。
「旦那も大方 サンが心配で来たんでしょ。生憎、客が居るみたいなんだよね。」
「客ぅ?」
 こんな時間に一体誰が、と言おうとして気付く。今此処に自分と幸村・佐助が居るという事は、館の滞在者で残るのは鬼庭良直だけだ。だが彼が政宗を差し置いて と話すとは思えない。となると残るは館で下働きや警護にあたっている者だが、それも考えにくい。元親や義弘の事も頭の片隅を過ったが西に戻ったばかりで早々此方に戻る事は無いだろう。
 とすると一体誰が尋ねて来ているのか。漸く政宗は二人のとった行動に納得した。彼らも恐らく政宗同様、誰が訪ねて来たのか気になるのだろう。
 障子が閉め切られていないのを良い事に室内を窺うと、衝立の向こうでなにやら話している声が聞こえるがはっきり聞き取れない。いっそこのまま知らぬふりで部屋に入っていこうか考えているといきなり障子が全開した。
「何やってるんですか、三人とも。」
「……覘きに来ただけだ。じゃあな。」
「これこれ、待ちなさい。素直じゃ無いなぁ……。じゃあ叔龍、有難う。またね。」
 立ち去ろうとする政宗の襟首を掴まえながら は背後に声をかける。退室するらしい客の顔を見ようと振り返った政宗は視界に客の姿が見えず、目を瞬かせた。次の瞬間、視界の下の方から声が聞こえた。
「龍を名乗りし者が逃げるか、嘆かわしい。 、この者は未だ滝壺の鯉じゃな。早う龍門を目指せや、蒼き龍よ。」
 未だ少年にしか見えないが、客人は彼だったらしい。一端の口をききやがる、と政宗が思っている間に目の前を通り過ぎて表に出ると、少年は振り返って に挨拶をしていきなり消えた。
「なっ……?!」
 驚く三人を放って は少年が消えた方向に手を振っていた。佐助が恐る恐る に訊ねる。
「今の子……若しかして?」
「うん、東天の守護者。伝言を預かってきてくれたでぃすよ。」
「伝言?」
 東天の守護者と言えば青龍の事だ。四神を使い走りにするとは随分とちゃっかりしている。
ちゃんがね、待遇は悪くないから心配するなって。でもさっさと迎えに来いってさ。」
殿が!? …ご無事だったかっ。」
 幸村が の名前に反応して感極まって声を詰まらせる。 はそんな幸村に「だから早く迎えに行こうね。」と笑いかけた。
「それで三人とも何の用?」
 改まって訊かれ一瞬答えに詰まったが、続けて が苦笑して言う。
「まぁ の事を心配してくれたんだろうと思いますが。有難う、大丈夫。ちょいと落ち込みはしましたが、ただいま絶賛浮上中ですからご心配なく。… ちゃんの無事も確認出来たしね。」
「アンタなぁ、そういう風に突き放すから逆に心配なんだって判ってンのか?」
 呆れて政宗が小突くと幸村も頷き に言う。
殿は余り他者に胸の内を明かす事をなさらぬ。それでは判るものも判らない事がある。偶には某たちにも頼られよ。」
「そうそう、言ったでしょー? 愚痴なら何時でも聞くってさ。」
「そう言われてもコレばっかりは性分だしねぇ……。」
 困り果てた顔で は腕組みをして唸っていたが、やがてポンと手を打つ。
「それじゃあこうしよう。明日になったら全て忘れてくれるなら、誰か一人愚痴に付き合って。」
「俺が。」「付き合いますぞ。」「良いよ。」
 三人同時に言って顔を見合す。誰も一歩も引く様子が無いので は肩を竦める。
「…ちょっと背中貸して欲しいんだけど?」
「背中?」
 訊き返した途端、幸村の背中に が寄り添う。腹部に腕が回されて身体が密着しているのに気付き、幸村は真っ赤になって叫んだ。
殿っ?! ううう腕がっせせっ背中がっ! …ご、御免!!」
 言うなり一目散に走り出し、部屋から出て行ってしまう。その背中を見送りつつ は「やっぱりわんこちゃんは無理か。」と呟いた。
 政宗と佐助、どちらに頼もうかと振り向いた瞬間、 は政宗に引き摺られる様に歩かされた。どうやら政宗の部屋に向かっているらしい。
「ちょ、ちょっと?」
「背中ぐらい幾らでも貸すから、愚痴るなら俺に愚痴れ。他の奴に頼もうとするんじゃねぇ。」
「何ですかさ、ソレ。」
 呆れた様に訊き返す と政宗の背後から佐助が声をかける。
「ちょいと、旦那っ。抜け駆けはずるいんじゃない? 俺様だっているでしょうが。」
「お前はこの前コイツの愚痴に付き合ってただろ。今度は俺の番だ。」
 桶狭間での事を指摘され、佐助は「そりゃないよ〜。」と言いながらも引き下がった。
 早足で歩くのであっという間に政宗の部屋に着き、中に入って座ると同時に政宗が酒を勧める。
「これくらい平気だろう。酒と言うほど強くも無ぇ。」
「…甘酒? なら少しは良いかな。」
 出された湯呑の中身の色と臭いを確認し、 は少し舐めてみた。ほのかな甘味に糀の味がしたが厭な味でもないのでそのまま掌で湯呑を抱える。何時頃用意したのか知らないが、良い具合に温かい。
 湯呑に目を落としている間に、気がつくと政宗が前に座っていた。
「…正面向かれて背中も何も無いと思うけど。」
「向かい合ってちゃ拙いのか。」
「あんまりね。別に は宥められたい訳でも慰められたい訳でも無くて、黙って聞いてもらえればそれで良いの。」
 そう言って政宗の後ろに移動して、そのまま背中合わせに寄りかかる。
「…おい。縋りつくんじゃなかったのか。」
「寄りかかるの好きなんだよね。…縋りつくのは後でも出来るから暫く我慢してて。」
  はそう言って楽な体勢を取ると、独り言の様に視線を泳がせながら話し始めた。



「正直な所、 ちゃんが攫われた事は余り心配はしていない。伝言を貰った事もそうだけど行き先が上杉軍ならそうそう待遇が悪いとも思えないし……逆に気に入られるんじゃ無いかと、そっちの方が心配かも。」
「まぁアイツは人当たり『だけ』は良いからな。」
 政宗が相槌を打つと は苦笑しながら続ける。
「心配なのはね、実は が暴走しちゃわないかなー、と。それが心配。」
「……勝手な行動は何時もだろ?」
「それはそうなんだけどね。何時もより、それ以上に、って事。今までは ちゃんが歯止めになってくれてたんだけど、居ないとなると何処で線引きをすれば良いのか判らなくなりかねない。」
「線引き?」
 政宗が訊き返すと、暫く沈黙が続く。言いたくないのか、と思っていると溜息が聞こえた。
「この世界、 にとって都合が良過ぎてね。力を使えば使っただけ、確かに体力も消耗が激しいんだけどさ、それにしても力の効きが良過ぎるし、好かれ過ぎる。それはちょっと拙いんで線引きが必要。」
Why?
が調子に乗って、世界に干渉し過ぎる危険が有る。…関係の無い人間が干渉し過ぎるのは、拙い。」
 天下統一を目指してはいるものの、 は建前上権限を政宗と信玄に預けて有る。いつか自分が元の世界に戻る時、その方が都合が良いからだ。政宗たちにとって同盟軍の総大将であっても、一般兵から見た の位置付けはあくまでも一武将――武将ですらないかもしれない――に過ぎない。
「今まで他の世界に居た時は、ここまで力は強くなかったから多少調子に乗ったとしてもたかが知れてた。だけど、この世界だと……余り調子に乗って力を揮い過ぎて、 がこの世界に必要な人間になったら困る。だって はいつか必ず居なくなるんだから。この世界に、残りたくても残れないんだから。」
「………残れよ。居たいんだったら。」
 政宗にとって既に は『必要な』人間で、傍に居て欲しかった。残る事が許されるなら残って欲しい、そんな願いも込めて低く呟くと は即座に否定した。
「無理。本来 は世界に干渉する事無く、独眼竜たちが天下獲りをするのを眺めている筈だったんだよ。誰かが天下を治めたら、自分の世界に戻る。 の意志に関係なく、戻る条件は決められている。それを成り行きとは言えかなり世界に関わる事になっちゃって、下手に力が有る分抜け出しにくい状況になりつつある。… が羽目を外し過ぎないように止めてくれる人だから。 が本来この世界に関係の無い人間だと思い出させてくれる人だから。いないと困る。」
 尤も力全てを使ったら、自分も倒れる両刃の剣だ。そうなる前に回避はするだろうが、そうならない為にも が己を確認する為に必要だ。
 いつの間にか は寄りかかるのを止めて政宗にしがみ付いていた。振り返って抱きしめたい衝動に駆られたが、それは の望む事では無いので止めた。
  の話に政宗はそう言えば、と思い当たる事があった。 に怒られたり窘められた時に時々 は僅かに顔を綻ばせる。怒られて喜ぶとは妙な事だと思ったが、あれは が調子に乗り過ぎない様にするのを思い出させるからなのだと、やっと納得した。
「俺じゃ駄目なのか。」
「ダメ。 たちが違う世界の人間だと判らせてくれる人じゃないと。 と違って何も力を貰ってないけど、それが にとっては力なの。普通に振る舞っていられる理性の欠片みたいなものかなぁ。」
 自分が特殊な存在だと、異端であると判らせてくれる存在。同じ世界から来た、普通の人間。
 背中でくぐもった声で呟く の言葉を反芻し、政宗は溜息をついた。
「…それならさっさと迎えに行くぞ。朝には恐らく景綱たちが来る。準備を整え次第出発して上杉を叩くぞ。」
「叩く、ね。うん、まぁ軍神殿にはちょっと言いたい事もあるし。早く寝よう。」
  はそう言ったものの一向に立つ気配が無い。不審に思う政宗に が眠そうな様子で声をかける。
「話してたら疲れた……此処で寝ちゃダメかな。」
「アンタ……なに言ってるんだ?」
 驚いて訊き返す政宗に は「大丈夫、襲わないから。」と暢気に言う。政宗はその言葉に思わずブチ切れた。
「アンタなっ! そりゃ俺の台詞だろう!! …俺に襲われるとか考えないのか?!」
「襲う? 何で?」
 キョトンと訊き返す に政宗の勢いが殺がれかけたが、半ばやけくそになって を床に押し倒す。
「男と女が一緒に寝るって言ったらやる事は一つだろうが! …俺が、そういう事をする人間だと思わねぇのか?」
「うーん、思わない訳でも無いけど、対象が ってのもあんまり思いつかないし、出来ないと思う。」
 緊張感の欠片も無く が言うので、政宗も冷静になり、どういう事か、と訊ねる。
「いえね、其処の天井裏に猿ちゃんが潜んでるし多分四神の誰かが見張ってるだろうし。 の意思に反してそういう振る舞いをすると先ず間違い無く邪魔が入るよ。」
「…んだとぉ?」
 言われて上を見上げる政宗の視界に、苦笑いする佐助の顔が見えた。思わず手近にあった湯呑を腹立ち紛れに投げつけると、ぶつかる前に顔が引っ込む。
 その間に は起き上がったが眠そうな様子は変わらない。
「合意の上なら邪魔も入らないだろうけど、生憎そういうつもりは無いし。…独眼竜って の事好きなの?」
「…………悪いか。」
「悪くは無いよ、全然。ただ、 の方でその気持ちは返せないし、明日になったら多分 はそれを忘れてる。」
「どういう事だ。」
 苛立った声で問い質す政宗に、 は暫く考えてから説明した。
の力はタダで貰ってる訳じゃ無いって事です。幾つかのものと引き換えに授かった力なんで、異世界に居る限り は何処かが欠けてるの。多分 が元の世界と違う事に気付いてる。」
 元々好きなキャラクターたちなので、好感度自体はかなり高い。ただ、それを相手から示されても の方はそれ以上返せない。今政宗に好きと言われても、嬉しい事は嬉しいがだからと言ってそれで自分の『好き』が恋愛感情に発展するかと言えば甚だ疑問だ。『今』以上の『好き』にはならない。
ね、実年齢は17歳だけど経験は豊富だよ? それこそ100年くらい生きてる感じ。だけど成長しないから、幾ら経験を積んでも頭の中身は変わらないの。判る?」
「成長しない? それは異世界では、って事か?」
「素晴らしい。勿論自分の世界では日々成長してるけど、異世界に居る間は全く成長しません。下手すると本当に10年、 ちゃんを探してさ迷ってたかもね。」
 説明しながらも瞼が下がり気味の の様子に、政宗は疑問を挟んだ。
「何か力を使ってるのか? アンタ酷く眠そうだぞ。」
「ああ、うん。余計な事を喋るなって警告。でもも少し説明出来るからちょっと聞いてて。」
 ウトウトとしながら は自分に課せられた制約について説明した。
 異世界で暮らす間に成長してしまうと元の世界に戻った時に必ず違和感が残る。本人は普通に振舞っているつもりでも、考え方が変わっている場合があるし、何年も経っていた場合見かけすら変わっている可能性がある。そうならない為に、成長する事を止められている。見かけも、感情も。
 昨日も、今日も、明日も、 は何も成長しない。例えどんな経験を積もうと何も変わらない。
「経験を積めば変わるんじゃないか、と思うだろうけど然に非ず。経験を積んだ所でそれを身につけないと何も変わらないんですよ。」
 経験値は高いがスキルが全く身についていない状態だ、と は説明した。政宗はスキルと言う言葉が何を指しているのか判らなかったが、剣術の訓練は積んでいるのに固有技を全く覚えていない状態だと言われて何となくだが理解した。
 同じ間違いを繰り返す事は流石に無いが、出て来た選択肢が自分の納得いかないものだったら次に同じ選択肢が出た場合、選ぶ事は無いだろう。例えそれが先々最良の事で有っても、だ。『今』の自分が納得出来ない以上、例え最善の策であっても選ぶ事は出来ない。 が納得出来る説明を誰かがすればまた話は違うのかも知れないが、自分一人の判断では恐らくそれは無いだろう。
「中身が成長しないって事はね、感情が育たないって事なんだよ。…誰かに好きと言われればそれは嬉しいけど、でもそれで の方が今よりもっと好きになるかと言えば、ならないし。気持ちを返せないって言うのはそういう事。」
「…今のアンタはどうなんだ。好きな奴は居ないのか。」
「皆好きだよ。好きだからこの世界に来ちゃった訳だし。…ただ、特定の誰かをとても好き、となると……恋愛感情を抜きにするなら独眼竜はとても好きだよ。」
「……男女の仲では考えられないってか?」
 政宗の問いに は頷く。
 勿体無いなぁ、と思うがこればかりはどうしようもない。元々縁の無かった感情なので、PS2の神様に力の代価を説明された時二つ返事でOKを出した。今までそれで世界を渡り歩いてきたがまさかBASARA界で恋愛感情に悩む事になるとは思わなかった。 が睡魔の中でそんな事を考えている間、政宗は今までの の言動を思い返し溜息をついた。
「…ひょっとして『引き換えにした幾つかのもの』の中に羞恥心とか入ってるんじゃねぇか?」
「当たり。ぶっちゃけ、元の世界だったら 絶対お年頃の男の子と混浴なんてしないよ。同衾なんて以ての外だね。」
 言いながら はそろそろ限界だと思い、政宗を見上げて言った。
「そんな訳で の説明は終わり。理解して頂けましたか政宗くん。」
「…理解はしたが納得は出来ねぇな。」
「納得出来なくても良いですよ。コレばっかりは にもどうにも出来ないしね。…まぁ愚痴に付き合ってくれて有難う。明日になったら忘れてね。…ふりでも良いからさ。」
「厭だといったらどうする?」
「忘れて、って言ったからね。政宗氏。」
Shit……。」
 言いながら崩れるように目を閉じた の頭を膝に乗せて、政宗は溜息をついた。忘れたくは無いが、眠ったら今の話を忘れてしまうのだろうか。出来れば覚えていたいと思いつつ、ふと目の前に誰かが立ったのに気付いた。
「大変な話聞いちゃったね。」
「……狡いぞ。結局全部聞いていやがったな。」
 肩を竦める佐助にそう言いながら布団を出すように頼む。 が目を覚ます様子は無いが下手に動いて起こすのも癪なので の言葉を逆手にとって開き直って一緒に寝ようと思う。
サン驚くんじゃないの?」
「偶には困れって言うんだ。先に一緒に寝ようって言ったのはコイツだからな、俺じゃ無ェ。」
 不機嫌に言いながら政宗は が起きない様に静かに布団に運ぶ。
 佐助や四神に見張られて何が出来る訳でも無いが、せめて一緒の布団で眠るくらいの役得は必要だ。そう思い布団を掛けると、佐助が「ちゃんと見張ってるからね〜。」と苦笑しながら天井裏に消えた。
 しっかり を抱き寄せて目を瞑ると二人分の体温で温かいのか睡魔がやって来た。
「眠れねぇかと思ったが……。」
 低く呟くと、 も呟いた。
「サドかと思ったらマゾでしたか……。独眼竜マゾムネくんだね……。」
 半分意識が有ったらしいが起きる気配は全く無い。政宗も の呟きに突っ込む気力も無く、眠りに落ちた。



 やたら温かい、と思い目覚めると自分の腕の中に が眠っていて政宗はギョッとした。
 慌てた瞬間、昨夜の事を思い出す。 の様子を窺いに行き愚痴に付き合ったのは覚えていた。愚痴の内容は忘れる約束なので、詳細は思い出さない事にしたが一応全て覚えていた。どうして今のような状況になったのか、も思い出したが詳細は覚えていない。
「固有技がどうこう……言ってた気がするなァ。」
 呟きながら着替えようと立とうとして、腰に の腕が回されているのに気付いた。自分もしっかり抱きかかえていたが の方もしがみ付いていたようだ。道理で温かかった訳だ。
 この状況を壊すのに忍びなく、政宗は再度布団に潜り込み の身体に腕を回す。そのまま何もしない訳も無く、そっと の顔に自分の顔を近付けた途端、目の前に苦無が刺さる。
「見張ってるって言ったでしょうが〜。」
「……この猿ッ!」
 天井を見上げて佐助に小さく文句を言う。怒鳴りつけたいのは山々だが、それで が起きたら折角の役得が無くなってしまう。佐助もそれは判っているのか、ニヤニヤと天井裏で笑っている。
 見せ付けてやる、と政宗が を再び抱き直した時に、廊下から声がかかる。
「政宗様、遅参申し訳御座いませぬ。御召喚により馳せ参じました。」
「殿、起きてるんだろ? 入るよ。」
 片倉景綱、伊達成実の声の後に鬼庭延元と留守政景が同様に呼びかける。
「ま、待て!」
 慌てた政宗が起き上がったのと障子が開いたのは同時だった。
「待てとは………ままま、政宗様っ!?」
「ありゃ。やったね、殿。」
「おやまぁ。これはこれは。」
「何と!?」
 4人が見たのは、上半身肌蹴かけた政宗とその腰に腕を回して眠っている だった。どう見ても一夜を共にしたようにしか見えない。実際言葉通り一夜を過ごしてはいるが、意味が違う。
 政宗の上半身が肌蹴かけているのは慌てて起き上がった為 の腕が引っ掛かった為だし、 も単に眠っているだけで別に一夜の秘め事に疲れている訳ではない。だがそんな事は知らない4人――特に景綱――は慌てふためいて叫んだ。
「まま、政宗様っ! 何という事を!!  様を、て、手篭めにするとはっ!!」
「落ち着け景綱、そんなんじゃ無ェ。」
 耳を押さえつつ慌てる景綱に説明しようとするが、景綱は聞いていない。
「政宗様をそのような無体な振る舞いに及ぶ人間に育てた覚えはありませんっ!! あああ、 様に何とお詫びを申し上げればっ!」
「だから違うって言ってるだろうが。」
 聞く耳持たない人間にどう説明しようかと頭を抱える政宗に、延元が言う。
「この状況で違うと言われてもねぇ。そうとしか見えないですよね、景綱。」
「ど、どうしましょう。そうだ御赤飯を炊かなくてはっ。」
「景綱〜、本音がダダ漏れしてるよ。」
 オロオロする景綱に成実が呆れて言う。
 周囲の騒ぎを余所に眠ったままの が起きたのは、甲斐から信玄一行が着く直前だった。

≪BACKMENUNEXT≫

あんまり難産過ぎて今ひとつ説明不足と言うか消化不良な話だなぁと思いつつ、変に修正するのも何だなぁと思い今回は敢えてそのままで。

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す、すみません。何か物凄く悩んでました、色々と。最後のとこだけ決まってたので其処にどう落ち着かせようかと。
主人公の秘密告白。報われない男性陣です。(ゴメン)