しょにょじゅーはち。
「さて、それではこれからの予定ですが。」
はそう言うとぐるりと一同を見渡した。その先が続かないので、政宗が言う。
「少数精鋭で殴り込みか。黒脛巾組と真田忍軍を使うって言ってたが。」
「あ、殴り込みは保留。一応先に話し合いをしたいんで。」
「話し合い?」
が攫われて話し合いも何も無いだろう、と思う中、
はゴソゴソと鞄の中から何かを取り出す。
「上杉軍とは同盟を組みたいんで出来れば兵力を温存したいんですよ。と言ったって向こうから仕掛けられたら応戦も吝かではないですが。で、言っときますが例の条件は今回も有効です。」
「まさか?
が攫われたってのに悠長に構えて『誰も殺さず』をやろうってか?!」
「Ye〜s。その為にコレ。ルーシーさんとサイちゃん、増産して春日山城に持ってきてください。」
留守政景と霧隠才蔵の其々に渡されたのは、長めの紐の両端に細長い石を括り付けたものだった。
「別にそれ石じゃ無くても良いんで〜、苦無なんかが適当かな。凧忍者対策なんで、沢山作って下さい。」
「…どうやって使うんだ?」
才蔵が渡された物をしげしげと見ながら訊ねる。何となく判るのだが、果たしてそれで効果があるのか疑問だ。同様にしげしげと検分していた佐助が
に訊く。
「珍しい紐だね。
サンが作ったの?」
「うん、まあ道中暇な時に。
の怨念が篭ってます。」
「お、怨念?」
「嘘です。リリアン無心になれて良いんだよ……
のねー、お願いが効き易くなってます。」
はそう言いながら庭に出ると佐助を手招きして屋根に上れと指示を出す。厭な予感がしつつも屋根に上がり、これからどうするのか尋ねると、そのまま鴉に掴まって下りてこいと言う。ますます厭な予感が募る中、言われた通り屋根から鴉に掴まり庭に下りようとすると、
が持っていた道具を佐助に向かって投げつけた。
驚いて弾き返そうとしたもののいきなりの事だったので対応しきれず、投げつけられた紐がそのまま佐助と鴉に絡まり落下する。何とか受身は取れたが、絡まった紐を取ろうにも取れない。四苦八苦して身動き取れなくなった佐助に、
が近寄り紐を取るとするりと解けた。
「とまぁこんな風に使うんですね。猿ちゃん痛かった?」
「危ないよ、コレ。凧忍者は爆弾持ちだからね、落ちたと同時に爆発したら共倒れになりかねないよ?」
「うーん、凧忍者ってさ、爆弾持つ量が限られてるじゃないですかさ。手持ちのが無くなったら逃げるか地上に降りるかしてくるでしょ? その機会を狙ってやれば大丈夫だと思うよ。一般兵にも流用できるしさ。」
何故そんな事を知っているんだ、と言う突っ込みはさておき、凧忍者に対しては確かに有効かも知れない。どうやら予め一旦絡まったら解けない様にお願いが込められていたらしく、以前最北端で『切れない糸』に難儀した佐助は紐の丈夫さを確かめ、才蔵に紐を渡しつつポンと肩を叩く。
「まっ、そう言う事だからさ。頼むわ。」
「…真田忍軍総出で内職か……。」
溜息をつく才蔵に佐助は苦笑した。
囚われの身とは言え、どう言うわけか上杉軍でもかなり厚待遇の
は、暇を持て余していた。
初日、二日目こそ取り調べまがいに同盟軍について詮索されたが、
はのらりくらりとかわしていた。
「それこそ関係各位来てから幾らでも判ります。私は殆ど蚊帳の外だったんで判る事は多分もう其方も御存知の事だと思います。」
「ささやかなことでもかまいませぬよ。」
「教えてあげられる事ならとっくに教えています。申し訳無いですけど、私は本当に判らないんです。」
知らないではなく判らない、と言った
に謙信は眉を上げたものの、これ以上追求しても無駄だろうと判断した。軒猿の報告によればどうやら武田も伊達も何か動きがあったらしいので、
の言う通り待っていれば向こうからやって来るだろう。それが早いか遅いかは判らないが、迎え撃つ準備をする余裕は十分に有る。
謙信はそれきり
から情報を聞き出す事は止め、その代わり時折訪ねて世間話をするようになった。
何だか武田軍の時とパターンが似てるなぁ、と
は思う。人質とは言えかなり厚待遇だし、
が絶対に来る事は判っているので危機感も無い。謙信とかすが以外の武将と会う時は流石に緊張するものの、やはり総大将が
をどう見ても『もてなして』いるのでこれと言って何かされる訳でもない。
かすがとは最初の内は緊張していたものの、あれだけの美人で何でも出来そうで近寄り難いと思っていたのに実は料理が苦手、と聞いて途端に親近感を覚え結構話すようになった。かすがの方も同様で敵軍の人間だからと警戒はしていたが、
の余りにも無防備で無頓着、そして女性には親切な態度にいつしか態度は軟化した。
が謙信に『判らない』と言ったのは嘘ではない。知っている事は山ほど有るが、
の考える事が判ってたまるか、と思う。あの素直なんだか複雑なんだか判らない思考回路を
は理解しようと思っていない。出来るものならとっくにしているし、そもそも
はゲームの世界に於いては幾つか感情が欠落しているせいか、現実世界より考え方が判りにくくなっている。それを理解しようと思う方が間違っている、と
は既に考える事を放棄している。
それにしても来るのが遅い、と
は少し怒っていた。早く迎えに来いと伝言を頼んだのだから、一両日中には来るかと思ったら中々来ない。暇を持て余して、思わず普段やらない事をやろうと考えるくらい暇だった。
「…匂いは良いな。」
かすがが
の作ったものを用心深く匂いを嗅ぐ。最初から作るのを見ていたが、毒を入れる気配も無かったし材料にも毒性のあるものは見当たらない。
「匂いが良くても味がね……。私も作れるのはこれくらいだし、しかも失敗率の方が高いんで……今日はどうなんだろう。」
蒸し器から布巾を使って盆に容器を移しながら
が言う。
因みに作っていたのはプリンで、
はどう言うわけかこれだけはレシピ無しで作れる。失敗率の方が高いと言う言葉通り、よく見ると鬆が立っているが見た所それ以外特に問題は無さそうだ。
匙を用意して部屋に戻ると、既に謙信が待っていた。
何やら珍しい食べ物を作ると聞いて、謙信も興味があったのかあっさり厨房を使う許可を出し、出来上がったら試食させるように言っていたので待っていた事自体には別に何とも思わなかった
だが、プリンを入れた茶碗を勧めた時に妙に嬉しそうだったのが可笑しい。
かすがにも勧めると一旦は辞退したが謙信からも勧められ、恐る恐るプリンを受け取る。
一口食べて、二人とも微妙な顔をした。
「………ざんしんなあじがしますね。」
微妙なコメントをされて
は自分でも食べてみて失敗に気付く。
「カラメルを煮詰め過ぎたみたいです……。済みません、ちょっと失敗しました。」
「失敗? いや、それ程酷くも無いぞ。」
肩を落とす
をかすがが慰める。実際、かすがも食べてみて焦げた味は気になったが初めて食べるものだったのでこういう味かと思っていた。そもそもの味が判らないので失敗か成功か判断は出来ない。好きか嫌いか、と言うのならば焦げていない場合だったら寧ろ好きかも知れないと思う。
かすがの慰めに
も気を取り直す。
「どうでも良い事ですが、食べさせて言うのも何ですけど謙信サマって出家されてるんですよ……ね?」
食べ終わってから
が訊ねる。語尾が疑問系なのは確信が持てないからだ。
「ほうごうはいただいておりますがみほとけにつかえるまでにはいたっておりません。それがどうかいたしましたか。」
「いえ、出家していて卵だの牛乳だの使った料理を食べても問題は無いんだろうか、とちょっと気になったものですから。」
確か肉や魚、乳製品は殺生に当たるので口にしてはならないという仏教の教えが有った気がする。その為に寺院を中心に精進料理が広まった、と聞いた気がすると
が考えていると謙信が口直しに白湯を飲みつつ答えた。
「おっしゃるとおりですがそもそもわたくしはごかいのうちふせっしょうふいんしゅをしゅかいしています。たしょうのもんだいはしかたありませぬよ。」
ふふふ、と笑って言われたが『しゅかい』が判らなくて一瞬考える。やや暫くしてから、『拾戒』と気付き手を打った。
「ああ、そうですね。合戦をしていて不殺生を守るのも難しいし、確かお酒がお好きなんですよね。」
「はんにゃとうですよ。ごしゅではありませぬ。」
やはりふふふと笑いながら言う謙信は
との会話が楽しいらしい。自分からは余り話さないが
の言葉の端々を良く聞いている。尤もそれは情報を与えない
から少しでも引き出そうとしているからとも言える。
その様子をかすがは不思議な気持ちで眺めていた。普段なら謙信の傍に誰かいようものなら嫉妬で胸を焦がす筈なのだが
の場合は少しも気にならない。寧ろ謙信の為に色々話をして欲しいと思う。…それがひいては上杉の為になるので有れば。
今のところ有益な情報は無いが
の話を興味深げに聞き入る謙信は、知識を欲しているようにしか見えないし
も謙信に興味が無さそうなのでそう思うのかもしれない。そんな事を考えていると、何やら遠くから足音が聞こえてきた。この足音は直江殿だろうか、と考えていると思った通りの人物が現れて謙信に報告をした。
報告を受け謙信は軽く笑い立ち上がる。
「まいりましたか。つるぎいきなさい。きゃくじんをおもてなしするのです。」
春日山城を目前にして
は各自に件の忍者用投擲具を渡す。
を迎えに来るのに時間がかかったのはそれを量産するのに思いの外時間がかかったからだが、待っている間に各自の行動について彼是支持が出来たから可しとした。
長い道のりを考えて
はどうしたものかと思案する。
このまま何事も無く謙信の元まで行きたいのだが、ザビー城攻略の時と違ってどうも謙信の方も此方を迎える準備をしている様で、そうすると鍵付き門は各錠前武将を倒さない限り開かないだろう。とすると最初の関門はかすがになる。第一の門までは何事も無く敵をスルー出来ると思うのだが、かすがはどうしようか、と考える。交渉で門を開けてもらえればそれで良いのだが戦わないといけないとなると厄介だ。彼女の周りには忍者が待ち構えている。それの相手をしているうちに一般兵にも気付かれかねない。済崩しに敵兵が増えるのは勘弁して欲しい。
「美人とは戦いたく無いしなぁ。」
ポツリと呟き、既にお決まりとなったお願いを口にして入り口へ向かう。
途中の防衛地点は何とかスルー出来たが、遠くからコッソリ門を見るとやはりかすがが立っていた。正面から正攻法で行っても良いのだがそれでは延々戦う事になりかねないので、ここはやはり奇を衒うべきだろう。そう考えて
は政宗たちに静かに待機をする様に伝えると、そっとかすがに近付いた。
「ちゅっす。」
背後からいきなり声を掛けられ、かすがは驚いて飛び退った。全く気配を感じさせず、相当の手練れと思ったが相手の顔を見て驚く。
「
?」
同じ顔だが此方が妹か、とかすがが思っていると
がかすがに話しかけた。
「オネーサマは元気ですかしら? 迷惑かけてないですかねェ。あの人はものぐさな割に暇を持て余すと碌な事しないんだけど。」
「そ、そういう言い方は無いだろう。」
言いながらかすがは困惑する。どう見ても敵意が無いので、落ち着かない。かすがの周囲で待ち構えていた配下の忍者もいきなりの事に行動が遅れた。それを見逃さず佐助と才蔵が
の作った道具で彼等を身動き出来ない状態にする。
あっと言う間に縛られる味方を見てかすがは慌てた。何もしない内に倒されるのは御免だ。輪宝を構え臨戦態勢を取ろうとしたが、その前に
が話しかけた。
「戦う気は無いよ〜。軍神殿と話し合いに来ただけなんだけどさ。案内する、しない、どっち?」
「話し合い?」
罠なのか本気なのか判らずかすがが問い直すと、目の前に居た筈の
が背後に居てかすがの耳元で囁く。
「案内しなくても勝手に行きます。だから鍵を開けてください、かすが。」
「はっああっ……?」
手に持つ輪宝を取り落とし、かすがの膝が崩れる。何故突然力が入らなくなったのか判らないが、それでも何とか持ちこたえて叫んだ。
「鍵を開けて欲しくば私から奪え!」
「Oh〜、おっかない姉ちゃんだぜ。」
政宗が茶化す様に言うと、かすががキッと睨む。ヒュウと口笛を吹いて肩を竦めて政宗は
にどうするのか訊ねた。
は政宗ではなくかすがの方に答える。
「じゃあ鍵は勝手に貰っちゃうよ。所で一つ質問。
ちゃんを攫ったのは何故?」
「何故? 勿論武田の姫を手元に置けば有利になると……。」
「あ、ゴメン。質問の仕方を間違えた。
ちゃんを選んだのは何故?」
かすがが
たちの前に現われた時、『武田の姫』を攫うのであれば
か二人のうちどちらかだが、忍たちは迷う事無く
を攫った。迷わなかった理由を教えろ、と言われかすがは戸惑う。
確かにあの時二人同じ顔が見えたので、どちらかが本物の姫で片方は影武者だろうと思ったのだが……。
「
ちゃんが姫君よろしく護られていたから?」
の言葉にうっと詰まる。
実はその通りで、配下の者達が政宗と幸村を相手に戦う中護っていたのは
は二人同様に戦っていた。その様子を見て
の方を武田の姫と判断したのだ。
かすがの返事は無かったものの、無言を肯定と受け取り
は笑った。
「まぁそんな所でしょうね。そいじゃ鍵貰いまーす。」
「あ、ああっ?! い、いつの間に!!」
自分が持っていた筈の鍵を
が指に引っ掛けているのを見て、かすがは慌てて鍵を確認する。が、鍵は未だ自分が持っている。とすると。
「た、謀ったな!」
「いや、だって普通何処に隠してあるかなんて判らないでしょーが。其処、ね。猿ちゃん宜しく!」
「はいはいっと。」
に気を取られて佐助の存在を忘れていた。それを見逃す佐助ではない。あっと言う間に鍵を奪い、
に渡す。鍵に口付けして
は言った。
「では確かに貰いました。言っておきますが、
たちは話し合いに来たのであって戦をしに来た訳じゃないです。だから道は開けておいてくれるのが望ましいけど、其方から仕掛けると言うなら応戦も吝かではないです。そう、軍神殿にお伝えください。」
「…我ら上杉軍を嘗めているのか。」
「ご冗談でしょ。認めてるからこそ言うんですよ。無駄な血を流してどうする? 話し合いで済むならそれに越した事は無い筈ですよ。」
「……っ、伝えるっ!」
言うなりかすがが消えた。
その姿を見送って、
は鍵を開けるとそのまま暫く門の前に佇む。門の向こうに人の気配を感じ、景綱と成実を呼ぶ。
「門の向こうに兵が待ち構えてる。今の遣り取りでこっちが居るのはバレバレだから、門を開けたと同時に走って突破したい。で、二人には猪突猛進してく人の巻き添えになった兵を保護して欲しいんですけど? 出来る?」
「元よりそのつもりです。
様も政宗様も此方の事はお気になさらず存分にお往き下さい。」
「本当はオレも行きたいんだけどさ〜。後始末する人間も必要だからね。」
二人の返事に
はにこりと笑った。
「まぁ恐らくこの辺を抜けたら後は隠形の効果が続いている筈なんで、直ぐ追い付けると思います。ではよろしく。」
「Yes、Sir。」
第一の門を開けて直ぐ、待ち構えていた兵たちを蹴散らして脇目も振らず左の道を進む。目の前に門があるのだが、そこを避けて敢えて遠回りでも違う道を選んだのは、第二の門も開けると目の前に弓兵が待ち構えているのが判っているからだ。
予め気配を消すように願っていても、目の前でいきなり門が開けば幾らなんでも気付かれる。敵の被害を少なくしようと思うのなら、戦闘は避けるべきだ。この事をしっかり打ち合わせしているので、政宗たちも追ってくる兵以外は相手にせず駆けて行く。時折弓兵が矢を放つが刀で弾き返したり避けて凌ぎ、一先ず兵の見当たらない地点で止まった。
「門を抜ける時の騒ぎは此処で一旦収まったかな。これから先は隠形が効いてる筈なんで、黙って静かに通り抜ければ先へ進めると思う。」
の言葉通り、目と鼻の先を通っているのにも関わらず誰も襲って来ない。妙な感覚に
以外全員戸惑うが、物音を立てないよう静かに進む。やや暫くして開けた場所に出ると
が口に指をあてたまま全員を一箇所に集める。
「何とか三の門まで来ましたけど、この鍵で開くと思う?」
かすがから奪った鍵が合えば良いが、合わないと門を守る錠前武将からまた鍵を奪わなければならない。彼等は前方しか見ていないので、後ろで門が少し開いても気付かないだろう。出来ればかすがの持っていた鍵が使えれば良いのだが。
の言葉に、佐助が試しに鍵を開けてみると言ってそっと門に近寄った。
音を立てないように錠前に鍵を差し込んで何回か回してみるが、鍵が開いた気配は無い。遠くで見守る
に首を振って駄目だと伝えながら戻る。
「何処か隠していそうな所、判らない? そしたらちょっとちょろまかすんだけど。」
「ちょ……。まぁ懐が無難な線だとは思うけど、早々抜き取ったりは出来ないと思うよ。あそこにいるの、直江景綱殿じゃない? 武勇に長けているって噂は聞かないけど要所を任される程の方だ。生半な相手じゃないと思うよ。」
「うーん、軍神殿が凄過ぎて気付かれないけど実は智勇兼備の将、って事も有るだろうしねェ。」
どうしようかと考える
に信玄が言った。
「被害を気にしても仕方ない事は有る。此処は正面から向かった方が良かろう。」
「ですかねぇ。そしたらわんこちゃんに先陣切って貰おうかな。なるべく素早く被害は最小限に。出来る?」
「やって見せましょうぞ。うぉ……!!」
叫ぼうとした所で口を塞がれた。
「そんなに張り切らなくても良いって。それより敵兵を素早く昏倒させる事、及び爆弾兵には気をつけて。気付かれる前に倒せば爆発はしない……筈。」
「承知!」
先陣を任された幸村が勇んで走り出すとその後を佐助、才蔵が追う。
いきなり現れた敵に驚いたのか、上杉軍は忽ち布陣が崩れる。
の指示により、先ず法螺貝兵、防衛隊長が倒されると一般兵には逃げ惑う者も出始める。殴られ昏倒した兵をすかさず延元たちが縛り上げて動けない様にし、次第に兵の数が減ってくる。
門を任された直江景綱は最後まで踏み止まったが、幸村の攻撃にあっさりと武器を取られ丸腰になると観念したのかどっかりと地面に座った。
「首でも何でも取るが良い! だが某の首を取ったとて謙信様には敵うまい。」
そう叫んで覚悟を決めて目を瞑るが、一向に刃を向けられる様子が無い。その代わり、何処かで聞いた覚えのある声がした。
「首なんか取りませんよ。欲しいのは鍵。」
「
殿? いや、其方が妹君、か。」
「おや、
ちゃんたら上杉軍でも人気者? やったね。」
つい先日人質になった娘と同じ顔の人間が目の前にいた。聞いた話の通りであるなら此方が妹の
だろう、と直江が考えていると脇から迷彩の忍が手を懐に差し入れ、鍵を抜き取った。その鍵を受け取った
は直江に頭を下げる。
「鍵をどうも有難う。申し訳無いけど軍神殿との話し合いが終わるまでは拘束させて頂きます。よろしい?」
「…何を話し合う。」
「それはヒミツ。ああ、それと
ちゃんに親切にしてくれたみたいで。それも有難う。」
礼を言われて戸惑う直江だが、
は特に気にするでもなく鍵を開けに門へ向かった。
縛られている間、その姿を眺めていた直江がポツリと呟く。
「不思議な娘だ。全く敵意を感じさせない……なのに何故戦う?」
「それはアイツの事情ってヤツだ。アンタが気にする事じゃ無ェ。」
政宗はそう言って
の後を追った。
直江の言葉を思い返し、政宗も気がついた。
は不思議と相手の戦意を喪失させる。自分が
と戦った時も、最初の内こそ本気で倒そうと思っていた筈だが、何故か途中で遊び半分の子供の喧嘩のようになり、終いには呆気なく決着がついたせいで戦う気が無くなった。今川義元も桶狭間にて
と対峙し負けてから敵愾心を抱いていた筈だが、後始末をするまでの短い間に何故かその事を忘れたかのように
に対して普通に接していた。隙を窺うとか油断させようと考えての行動ではなく、それが当然と言う振る舞いを
も気にするでもない。その事を思い出して政宗はこれも
の力の一つか、と考えた。
「確かに調子に乗るかも知れねェな。…だから
が必要、か。」
自分に都合が良過ぎて調子に乗らない様にする為に、普通の感覚を持ちつづける為に
が必要と言った夜中の告白を思い出し政宗が呟く。それを耳にしたのか
が振り向き人差し指を口に当ててウインクした。
四の門も同様にと思ったら此方はかすがの持っていた鍵で開いた。どうやら共有の錠前が幾つかあるらしい。次の門も手持ちの分で開くと良いが、と思いながら慎重に進む。
やや暫く進むとまたもや門が聳えるがこれも幸い鍵が合った。門を開ける前に
は深呼吸して次に備えた。
次はかすがとの再戦。1回目は戦っていたと言う訳でもないので初戦と言っても良いかもしれないが、どうすれば一番被害が少ないかを考える。凧忍者は連れて来た忍者軍団に任せるとして、かすがとは一対一で戦った方が良いのか、それとも戦わずして勝つ方法を考えるか。
かすがは良くも悪くも一途なので、相当上手く言いくるめない限りは説得に応じない気がする。謙信を巧く味方に引き入れられたら芋蔓式にかすがも懐柔出来る筈。今の時点では説得は諦めて門を開ける事に集中しようと考える。
「ま、為る様にしかならんわな。」
小さく呟いて
は門を細めに開けて素早く中に滑り込む様に入った。
入った途端、待ち構えていた下忍たちから手裏剣の洗礼を受けたが、信玄の軍配の一振りで手裏剣は当たる前に次々と撥ね返った。周囲に凧忍者が爆弾を落とし始めたが、其方は佐助たちに任せて
はかすがと向き合う。
「軍神殿に伝言はしてくれた? はるひちゃん。」
「は、はるひ?」
「諸事情によりお名前呼ぶのは憚られますので、愛称で。美しき剣でも良いんだけどさ、長いし実はそれ程好きじゃないし。こっちの方が響きが柔らかくて良くない?」
「か、勝手に人の名前を決めるな……。」
何と言って良いのか判らず、かすがは力無く反論する。
どうもこの
という娘は調子が狂う、とかすがは初めの遣り取りからそう思う。飄々として考えが読めない。
のほうが自然な反応でまだ理解できる。
「謙信様に会いたくば私を倒せ。それが返事だ。」
「あっそ。まぁ兵を下げなかったってのがそもそもの返事だしね。」
肩を竦めて
は筆を握り締めた。
会話の間に周囲の凧忍者は一掃された様で、一所にまとめて縛り上げられていた。それを目の端で確認して
は叫ぶ。
「ちりりん部隊出動! 動き回ってくださーい!」
「その名前止めねぇか?」
苦笑しながら政宗たちが予てより用意してあったモノを取り出して、かすがと
の周りに散った。突然の事に驚くかすがだが、それ以上に彼等が身につけたものに意識が乱される。
紙に包んで音が出ないようにしてあった大量の鈴を政宗たちの他、真田忍軍と黒脛巾組が身に着けて動き回るので、リンリンと音が上下左右から聞こえ集中出来ない。そして彼等は何故かかすがに手は出さないが、かすがが
に手を出そうとするとすかさず反撃し引き下がる。
術を使うには集中力が欠かせないが、その集中力を掻き乱されてかすがは
よりも先に周囲から攻めた方が良いだろうかと考えたが直ぐに却下した。多勢に無勢のこの状況では誰を狙ったとしても一人を相手にしている間に他から反撃される。目標は一つに絞った方が良い、と思いつつも
の顔を見ると戦う気が萎えてくる。
「…くっ。」
投げる手裏剣、苦無全てを弾き返されてかすがは少し距離を取った。そこへ
が水を向ける。
「だからさー、話し合いに来たんだからそうさせてよー。何で無益な戦いをしようと思うのさ。」
「だっ、黙れ! 謙信様のお考えに間違いは無い! 戦うと決めたのならば確かな理由が有るからだ!」
の言葉に動揺しながらもかすがは反論した。だが確かに話し合いをしに来た相手と問答無用で戦うのは得策ではない。謙信の狙いが何か判らず、かすがは戸惑っていた。そこへ突然涼しい声が響く。
「つるぎおさがりなさい。ここからさきはわたくしが。」
「ヌッ!」
信玄が声の主を確かめ、
も呟く。
「おや御大将登場。」
かすがの背後から
を伴い、謙信が現れた。
の無事な姿に胸を撫で下ろす一同だが、未だ上杉側に囚われているのは変わりない。早く決着をつけなければ、と気だけ急く幸村を制止するように
が謙信に話しかけた。
「思っていた以上に麗しいお姿で。
オドロイチャッター。」
「? なにかおふざけです……?!」
謙信の問いの途中で、
の顔面に草履が飛んできた。すかさず避ける
が叫ぶ。
「
っ! 遊ぶのもいい加減にしなさい!」
「いや〜ん、
ちゃん怒っちゃ厭だってばさー。」
二人のやりとりに一同目を丸くしたものの、気を取り直して謙信が問いかけた。
「よくぞここまでたどりつきました。ひがいをさいしょうげんにおさえたしゅわんみごとというしかありませぬ。しかしかんけいかくいというのはこれですべてですか。」
「そうです、信玄公と政宗さん、それと……
が色々説明すると思います。」
謙信の問いにハッと気付いて
が答えた。自分の名前が出たので信玄と政宗が前へ進む。
「お手並み拝見、て事ですか。余裕ッスね軍神殿は。」
何故か不機嫌に言う
に、謙信が答えた。
「よゆうなどとてもとても。てきをしらねばたたかえませぬ。あなたさまがたのおちからしかとみとどけました。」
「戦う気満々? はるひちゃんから聞かなかったかしら、ワタクシ同盟を結びたいんですけど。」
「はるひ? つるぎのことですか。」
「剣なんて物騒なものより良いじゃないですかさ。で、返事は?」
普段と違い不機嫌なままの
が居るのに傍に寄れないからだろうかと周囲が考える中、謙信は涼やかに言う。
「どうめいはむすびませぬよ。わたくしのさいだいにしてさいこうのてきかいのとらとたたかうきかいをのがすわけにはまいりませぬ。」
「武田と同盟を組めって言ってるんじゃないよ。
と同盟を組んでって言ってるの。」
「なおさらのこと。あなたさまのちからがどうあれわたくしはおのれのめでたしかめたい。たたかいもまたそのひとつ。」
「
は認めない?」
「みとめるにあたいするものをあなたはおもちですか。」
謙信が見る限り
は己の力を出し切っていない。山城の麓から信玄たちを率いて殆ど負傷者を出さずに頂上近くまで上って来られたのは見事だが、それは信玄や政宗たちの力があってこそ、とも見える。
自身は殆ど戦ってはいないのだから力量を計り様も無い。
がどう答えるか待っていると、突然
は不機嫌さから一転し、晴れやかな表情で手を打った。
「お試しってのはどう? それでタモちゃんが
の事を判断出来るんだったらね。」
「た……?」
「タモリかっ!?」
戸惑う謙信とすかさず突っ込みを入れる
。
「いや、軍神殿って言いにくくてさ。何かいい呼び方無いかなぁと思いまして。多聞さんの略でタモちゃん、ね?」
どうやら謙信の呼び方に悩んで不機嫌だったらしい、と気付き
が溜息をつく。何処から多聞などと言う名前が出たんだと考えていると謙信が笑って言った。
「びしゃもんてんのべつめいですね。りゃくさないほうがこのましいですがかまいませぬよそれでなにがかわるというわけでもない。」
「それがそうでも無いんだな〜。軍神と戦うより多聞って名前の人と戦う方がマシなんですよ。」
にこりと笑って
が筆を構えた。だが動く気配は無い。
の後ろでやはり政宗たちが戦闘態勢を取るが、それに謙信は待ったをかけた。
「いっきうちをしてあなたがわたくしにかてますか。」
「勝てないでしょうね、
は戦う人間じゃないですから。…負ける気も無いですが。」
「それをむぼうとよばずしてなんといいますか。しかしこのばにあなたさまごじしんのぐんはないようにみえます。でしたらおひとりでたたかうのもいたしかたないこと。」
「俺達がいるだろう。」
政宗が口を挟むと謙信は首を振る。
「あなたさまはだてぐんのそうだいしょう。そしてかいのとらはたけだぐん。ここにいるものはみなそのふたつのぐんのしょぞくであってそのむすめにつかえているのではないでしょう。」
「我等同盟軍の総大将は
じゃ。担ぐ相手を護らずして何とするか。」
信玄の言葉にも謙信は首を振った。
謙信の言う事を総合するなら、
自身の軍と戦う、と言っているようだ。
「要するに独眼竜と虎さんは其々の軍の総大将だから手出し無用、わんこちゃんたちも其々の軍の所属だから出しゃばるな、って事ですかね。」
軍を持っているのは政宗と信玄だ。
は彼等の協力のもと、軍を率いているがそれは
自身の軍では無い。だから彼等の協力を仰がずに戦うとなると、
は一人になってしまう。それは拙いな、と
は考えた。
謙信との一騎打ちも勿論拙いが――何せ軍神と称されるだけの人物だ。例え
が『お願い』をした所で勝つのは難しいだろう。下手に力を使い過ぎて双方共倒れにもなりかねない。団体戦でなら混戦状態の中であわよくば、とも思ったのだがさてどうしよう、と考える。
「
殿、出しゃばるなとは一体……? この幸村誠心誠意
殿もお護り致しますぞ。」
「ありがとう、でも虎さん放ってはいられないでしょ? だからやっぱり良いよ。」
幸村の申し出を
は一蹴した。断られて戸惑う幸村に、佐助が耳打ちする。
「旦那は大将が危機になったらそっちを優先するでしょ。
サンが言ってるのはそういう事。」
幸村の中での優先順位は信玄の方が上だ。例え
を護ると言っても、信玄の身に危険が及べば馳せ参ずるだろう。その事を指摘され、幸村は反論しようとしたが出来なかった。そしてその言葉に、幸村以外も唇を噛む。自分が真実護るべき相手が危機に陥れば我が身を省みず助けるだろう。
を護れと命令されていたとして、果たして本当に護れるのか。そして護ったとしても主人が若し倒された場合、
を恨まずに居られるのか。更に言うなら
は誰かと引き換えに護られる事をよしとしていない。其処までされてまで護られるくらいなら、そうならない方法を選ぶだろう。
「かんがえはまとまりましたか。」
一人で自分と立ち向かうと言うなら
という娘は無謀と言うしかない。そして同盟軍を率いて戦うと言うのなら――叩きのめすまで。何かもっと良い手立て提案してくるのか、降参するか。
謙信は
がどう答えるか待った。
やや暫くして
は困った様に言った。
「
自身の軍、て言うのは無いんで、一戦交えて力量を見たいって言うなら、一騎打ちするしか無いんだけどさー。」
「むぼうですね。」
買い被り過ぎたかと謙信が少し顔を顰めて言うと
は申し訳無さそうに続けた。
「他に主が居るんだけど、
を護ることを至上の喜びと思っている連中に協力してもらう、って言うのは駄目ですかね。」
「ほかにあるじがいてあなたさまをまもる? あるじにききがおよんでもですか?」
「アレに勝てるのは
以外居ないんで問題無いから。と言うかあいつ等主を護る気なんて更々無いし。」
「ふちゅうなかしんですね。」
「それがそうでも無いんだなー。自分たちに護られるような主なら仕えない、って連中なんで。寧ろそう言ってるのに仕えてるんだからかなりの忠義者ですよ。…卑怯なのは判ってるんだけどこれ以外でタモちゃんに勝つ状況考えつかないんで、どうかしらん?」
の提案を謙信は受け入れた。誰が来ても勝つ自信が有ったからだが、それは謙信の致命的なミスだった。
謙信の同意を得た所で
が『自分を護る者たち』を呼び出そうとした所で政宗が呆れた様に呟いた。
「アンタ、卑怯も良い所だぞ。」
「だから言ったじゃん、卑怯なのは判ってるって。卑怯結構、手段は選びませんよ〜。」
が何を呼び出すか薄々気付いた政宗達は、数歩後ろへ下がった。どんな姿で現れるかは知らないが巻き込まれるのは御免だ。
政宗たちの行動を謙信が不審に思う間も無く
が叫ぶ。
「虎伯、朱妃、叔龍、玄姫! 誰でも良いけど来れるんだったらHelp me!」
その言葉が終わるか終わらないかの内に
の周りに風が吹き抜け渦が巻き起こり、中心部に人影が現れた。
目を見張る謙信たちを無視して
は苦笑いして『お願い』した。
「そう言う事なんで、悪いけどちょっと協力してくれる?」
にこやかに見目麗しい男女四人が頷いた。
漸く上杉軍本格始動ですが、どうなのかなぁ。またかなりオリキャラ出し過ぎてると思いますが……まぁ主人公も言ってますが正攻法では謙信にはなかなか勝てないと思いますので。
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はい、まだ続きます。主人公卑怯技大好きですね。一応次はさらっと流したいんですけど、どうなるやら。
実はちょっと勘違いしていて、春日山攻城戦は沢山忍者が出ると思ってました。いや、沢山出るのは2の方です。でもまぁ一応謙信とかかすがの周りは忍者沢山出るんで、見た目より多く居ると言う事にしております。
所で般若湯云々の所で謙信が法号は名乗ってるけど出家していないと言ってますが……どうなんですかね。