しょにょじゅーく。
何処から現れたのかは問題ではない。どれだけの力を秘めているのか、其方の方が問題。
謙信は突然現れた四人の男女――白髪まじりの長髪の青年、赤みの強い髪を結い上げた妙齢の女性、涼しげな顔の少年と未だ幼さの残る少女――の力を量りきれないまま警戒を崩さずに出方を待った。
彼等は一様に現れたと同時に他の人間には目もくれず、
に膝を折って挨拶をした。得体の知れない力を秘めた存在に、全身総毛立つのが判る。
一方で政宗たちは四人のうちの一人がつい先日夜中に
の部屋を訪ねていた少年――青龍だと気がついた。先ほどの呼び掛けから判断すると他の三人も四神なのだろうか。それとも青龍の部下か。
そんな事を考えている所へ年嵩の青年が
に話しかける。
「よっ。影だけど問題無い?」
「無いですよ。それより相変わらずその姿になると軽いね……。」
「良いじゃねェか、見た目と中身を合わせるのも大事だろ?」
軽く笑うのは白虎。虎の姿の時とうって変わってかなり軽い調子で話す。
「風虎は軽過ぎるのよん、ねェ
ちゃん?」
に抱き付きながら言うのは朱雀。
「そう言う其方も軽過ぎるぞ南の鳥。」
「春はかたぶつ……。」
溜息を吐く青龍と後ろに隠れながら呟く玄武。
周囲を無視して
と会話を続ける四人を呆気に取られて見てしまう。
特に一度皆の前に姿を現した事の有る白虎の、人の姿と聖獣の姿とのギャップに戸惑う。
と挨拶を済ませた四神は漸く謙信を見た。その目には面白がっている様な相手を推し量っている様な奇妙な光が踊り、一筋縄ではいかない事を物語る。そして
が振り返り彼等を紹介した。
「タモちゃん、彼等が
を護る存在。四天の守護者たち。お見知り置き願います。」
「こまりましたね……そのかたがたとたたかえと?」
謙信の呟きに
がおや、と眉を上げる。
「してんのしゅごしゃということはかみにつらなるそんざいでしょう。わたくしのちからをもってしてもしょうさんはごぶかあるいは……。」
「五分でも有ると思う所が流石に軍神さんだね。でもこの人たちは
を護る存在、戦う相手じゃないから安心して下さい。」
「あら、戦っても良いのよ?
ちゃんが良いって言えば。」
「言いません。」
クスリと嗤いながら朱雀が言うが、
は即座に否定した。
卑怯結構、とは言ったものの流石に四神に全てを丸投げするのは憚られる。やはり天下統一する将たる者(一応自覚してはいる)として謙信とは直接戦わなくては、と思う。ただ何も手を打たずに戦ったら負けるだけなのは判っている。此処で彼等に協力してもらうのは、
と謙信の戦いを邪魔しないようにしてもらう事と、
が途中で力尽きない様にサポートしてもらう事だ。
力を使って戦えばもっと簡単なのは判っているが、それでは両者共倒れになる可能性が強い。直接剣を交えながら力を見せるのが対謙信戦においては有効だと
は考えていた。
「
、だっこ。」
玄武が手を差し伸べて
にねだる。言われるまま抱き上げると、
の肩に顔をうずめながら玄武は呟いた。
「わたしが力をあげる。
をまもるのは秋と夏にまかせればいいわ。」
「叔龍は良いの?」
「春はあのひとと比和だからだめ。」
「ああ、成る程ね。」
良くも悪くも青龍と謙信は似た様な属性の持ち主だから、互いの力を打ち消しあうか勢い付かせるかどちらかだろう。そう考えている間にも
の体に玄武からの力が流れ、麓から上ってくる間に少しづつ減っていた気力が満ちていくのが判る。力を分け与え眠くなったのか、玄武は青龍に預けた途端寝息を立てた。
力が漲った所で
は謙信と向き合った。
ここでの目的は謙信に勝つ事では無い。負けたと思わせる事、同盟を組む気にさせる事。それを間違ってはならない、と
は気を引き締めて筆を握り直した。
「謙信様一人に三人でかかるか?! 卑怯な。」
「かかるのは
一人。だけどまぁ確かに卑怯過ぎますから、はるひちゃんも参加する? ただしあくまで
の相手はタモちゃんであって、はるひちゃんじゃ無いからね。」
の言葉にかすがが謙信の顔を窺うと、謙信は頷いた。共に戦え、と言っているようだ。
その仕草にかすがも心を決め、謙信の傍で武器を構える。
「それでは上杉軍総大将、参りましょうか。…Are you ready?」
「謙信様は私が守る!」
真っ先に飛び出したのはかすが。輪宝を投げたがそれは僅かに届かず、逆に間合いを詰められる。
「可愛らしいお嬢さんね、一生懸命な女の子って好きよ。」
笑顔を絶やさずかすがの攻撃を尽くかわしながら朱雀が言う。ひらりひらりと絶妙の間合いで攻撃を避け、まるで舞っている様だと見ている誰もが思った。
「くっ……、何故攻撃しない!」
かわされるばかりで少しも攻撃しない朱雀に思わず叫ぶ。と、楽しげな笑い声が響く。
「あらん、だって言われて無いもの。言われた事以外をやったら
ちゃんに嫌われちゃうわん。それに貴女可愛いし。」
「な……?」
を護る為だけに戦いに参加している朱雀は、何時の間にかかすがを謙信から引き離していた。戻ろうとしても逆に周り込まれてますます遠ざけられる。
「妾は一生懸命な女の子は好きだけど、貴女は一生懸命過ぎて逆に不幸ね。一途なのはいじらしいけど周りを見る余裕も必要よん。」
「う、うるさい! 黙れ、黙れ、黙れっ!」
「うふふ、図星〜? そう言うの何て言うか知ってる? 自縄自縛って言うのよん。」
楽しげな朱雀と余裕の無いかすが。どちらに分が有るかは明らかだ。遠巻きに戦いを見守る佐助は時折聞こえる二人の会話に眉を寄せていた。
「…自分の言いたかった事を全て言われて腹が立つか。」
「んな訳無いッしょ。…誰かが言わないとね〜。」
才蔵の低い呟きに佐助も肩を竦めて呟いた。
謙信はと言えば刀に手を掛けたまま動きが無い。一瞬で勝負が決まると思っているのか、はたまた
の出方を待っているのか。動きの無いまま暫くして、謙信は
の構えが僅かに崩れたのを見逃さず、すかさず刀を抜いて前に踊り出た。
高い金属音が鳴ったと同時に謙信が後ろへ飛び退る。
「確かに速いな。迅き事風の如く、か? だが未だ神速とは言えんぞ。」
謙信の攻撃を防ぎ、杓杖を構える白虎は低く呟きニヤリと嗤った。
「毘沙門天を名乗るのなら、これくらいの攻撃は防いでくれよ。」
言うなり目にも止まらない速さで謙信の懐に詰め寄り、猛烈な勢いで杖を繰り出す。その全てを刀で防いだものの謙信はこれが元々武器を狙ったものと判っていた。
「おさすがです。ですがわたくしはまけませぬよ。」
「さいですか。でも
も負ける気は無いですよ……勝つ気も無いけどね。」
の返した言葉は謙信には聞こえなかったが、白虎は聞いてクスリと笑った。全く、
らしい。彼女にとって勝つ事が全てではない。負ける訳にはいかない戦いでも、勝たなくても良い場合も有る。
謙信が
の意図に気付いているかどうかはともかく、早めに
を認めさせる事が出来れば決着は早くつく。白虎は謙信の体力を削ぎ落とす事に専念しつつ、朱雀がかすがを引き止めている事を確認した。邪魔な人間が居なければ
も集中し易い。
「…凄いでござるな、白虎殿は。」
謙信との戦いぶりに素直に感嘆する幸村の隣で、信玄も同じ様に感嘆しつつこの戦いに加われない事にもどかしさを感じていた。いや、自分が謙信と戦いたいだけなのは判っていた。ただこれは
の力を見極める為の謙信との戦い。自分が手を出す訳には行かない、とぐっと手を握り締める。
当の
はと言えば時折繰り出される謙信の攻撃を防ぐ合間にひたすら願いを呟く。チャンスは一度きりと思い、なるべく自分の発する言葉に力を込める。
「蒼き龍、北の亀を暫し頼むぞ。」
「アン?」
いきなり眠る玄武を託され驚く政宗を無視して、青龍が立ちあがってふいと消えた。
突然どうしたんだと思う間も無く今度は
を伴って現れた。
「
、無事か。」
「
殿、御無事であったか!」
「私は大丈夫です、すみません御心配をおかけして。」
申し訳なさそうな
だが元気そうで安心する。
「アンタ無事に戻った割に表情が暗いな。上杉が気になるか。」
「それは……気になりますよ。私は別に何かされた訳でも無いし。」
「攫われたんだ、十分『何か』されただろう。」
「それはそうですけど、でもやっぱり……。」
拷問を受けたわけでも無いし待遇は寧ろ良かったし、そう思うと攫われた事はさておき、何となく客として滞在していたような錯覚を持ってしまう。そう
が呟くと周囲から苦笑が漏れる。
この平和で呑気な考え方は
ならではと思う。
の周囲に人が群がるのを
は目の端でとらえ、微笑んだ。既に戦う必要は無い。後は力を見せるのみ。
「タモちゃん、有難う。
ちゃん返してくれて。」
「おれいなど。わたくしはてきですよ。」
そう言いつつも謙信も苦笑する。
を人質にしていたとは言え、自分がこの場に伴って現れた時には既に解放していたも同然だった。
自身が走って逃げて行く事も出来たのだ。ただしなかっただけで。
「所でねェ、
タモちゃんに一つ二つ言いたい事が有るんですけど。」
「なんでしょう。」
戦いながらも呑気な事だと謙信は思ったがそれは口にせずに
の攻撃を払う。
筆軸を払われてふらつくかと思いきや、その勢いでくるりと回転しながら再度攻撃をしかける。勢い力が増して
の攻撃を受けた謙信は、己の放った攻撃をそのまま返されその力と速さに防御するのがやっとだった。
「あいてのちからをりようしてはんげきするとはやりますね。」
「いえいえ、
は防御専門なんでね。これ以上は出来ませんよ。それで話の続きですけど、はるひちゃんの事を何で剣と呼ぶの?」
考えもしなかった質問に、謙信は一瞬隙が出来たが直ぐに修正した。隙を狙って攻撃しようとした白虎はチッと舌打ちする。
「うつくしきつるぎとよぶことになにかもんだいでも?」
「いえ、
は個人的に女の子は花だと思ってるので。剣呼ばわりはどうかと思ってね。はるひちゃんの事、可愛がってる?」
「きみょうなしつもんですね。つるぎはつるぎとしてうつくしい。はなよりもなおうつくしきつるぎをめでないとでも。」
「おや、そういう事? 愛でるだけの花は要らないって事ですか。」
「ともにたたかうつるぎはうつくしいですよ。」
謙信の返事に
はにこりと笑った。その笑顔に謙信の方が驚く。
「
は花として愛でたいけど、美しいだけの花よりも共に戦う剣の方が美しいと言うなら、それはそれで良いでしょ。」
は実を言うと、謙信がかすがの事を剣と呼ぶ事に蟠りがあった。須らく女の子は花、と思う
にとって謙信はかすがを利用しているだけにも見え、それがどうも気になっていたのだが、戦う事を愛する謙信が花よりも共に戦える剣を選ぶのは当然とも言えるので、彼等はそれで良いのだと思う事にした。かすが自身がそれで幸せだと感じている部分が有る事も大きいだろう。
だがそれでも。
「やっぱり
は女の子は花って主義なんで。花より剣が良いと言うなら剣を花にしましょうね。」
「なんと?!」
が大きく筆を振りまわして、謙信の刀を払った。と同時に謙信の手に持つ刀に変化が起きた。
「なんとめんような?!」
驚く謙信の手が握るのは花束だった。ひらりはらりと花弁が零れる。
呆然と手元の花束を見つめる謙信に
が言う。
「剣も花になり得るなら花として愛でるのも良いと思わない?」
「…まいりましたねあなたさまには。これではわたくしはたたかえませぬよ。」
「うん、だって戦うつもり
は無いし。」
花から零れる花弁を拾いながら
は言った。
「最初から言ってるでしょう、
は上杉軍と同盟を組みたい。その為の力も示した、さて返事は否? 是?」
真っ直ぐ見つめる
に謙信は花束を差し出した。
「これを。あなたさまにもはなはにあいますよ。」
「それはどうもありがとう、でもタモちゃんはもっと似合いますよ。」
返事を避ける謙信だが
はあまり気にしていない。
「おほめのことばとあずかりましょう。さてどうめいですがいますぐにはきめかねます。あなたさまのちからはわかりましたがそくどうめいをくむかいなかははなしあわなくてはなりませぬよ。」
「最初からそうしてくれれば話は早かったけど?」
「そういうわけにはまいりませぬよ。うろんなかたをそうそうしんじるわけにはまいりませぬ。たとえかいのとらとどくがんりゅうがついていたとしてもわたくしはじしんのはんだんをいたします。」
謙信の言葉に
は頷いて振り返る。
「はーい、終了! 話し合いしますよー。」
たちが殆ど戦闘をしなかった事も有り、上杉軍は負傷者こそ居たものの然程の被害も無く間も無く平時を取り戻した。兵糧なども被害は無く、攻め込まれたと言うより台風一過、と言う気分だった。
捕らえていた将たちも逃げる様子も無く謙信から何か指示でもあったのか抵抗する気配も無いので、解放する事にした。指導する立場にあるものが指導にあたる方が物事は早く進む。
「どうでも良いが、何だそいつ等は。用が済んだら帰るんじゃないのか。」
暫く待てと通された部屋で、政宗は
の前後左右に貼りついている四神を見て思わず呟いた。
「あらん、厭ね。良いじゃないの
ちゃんの回復のお手伝いよん。」
「男のしっとはみにくいわ。」
「儂等の事は気にするな。
の気が回復するまでの辛抱ぞ。」
「あの軍神とやらは卑怯な事はしないだろうが念の為、な?」
其々
の傍を離れず口々に好き勝手な事を言うが、最後の白虎の言葉にハッとする。
「不意打ちされるってェか?」
「そのような卑怯な真似はせぬであろう。」
「軍神はしなくても家臣はするかも、だろ?」
謙信は毘沙門天を信仰し御仏の為に戦い、義将と称されるだけあって卑怯な戦術は自らは行わないが、家臣はその限りではない。謙信を守る為ならばどんな手を使ってもおかしくは無い。
白虎の言葉に忽ち警戒をする一同だったが、
が苦笑しながら四神たちを窘める。
「これこれ、あんまりからかっちゃいけませんよ。悪いねぇ、こいつ等
にくっついていたいだけなんだよ、色々理由をつけてるけどさ。」
「あら、ばらしちゃ厭ぁよ。」
「念の為ってのは本当だぞ。」
躍起になって弁明する二人を余所に、政宗をじっと見ていた玄武が呟いた。
「あのひと、知ってるわ。北のだいちで
とあそんでいたひと。赤いひともそうね。…たのしかった?」
「えっ? い、い、いやっ、遊んでいた訳ではっ……!」
「て事はこの小さい子が玄武?」
正式に紹介はされていなかった為確認のために佐助が問うと、玄武は僅かに身を引きながら頷いた。
遊んでいたと言われるのは心外だが、最北端では
と戦うというより鬼ごっこをしていたようにしか見えなかっただろうから言われても仕方ない。
玄武の言葉に朱雀が目を上げ、政宗に気付いて楽しそうに言った。
「妾はこちらの坊やを知ってるわ。
ちゃんに護られて泣きそうになっていた子よ。その後
ちゃんが居なくなって大泣きしてたけどね。うふふ。」
「なっ……!!」
昔の事を持ち出され焦る政宗だが、成実や景綱や延元等は当時の事を思い出し苦笑する。その笑いに気付き、政宗が睨みつける。朱雀に向き直り、余計な事を言うなと釘を刺そうとしたが続く言葉に黙り込む。
「
ちゃんには縁が有ればまた会えるわよって教えてあげたかったけど、妾が干渉するのは良くないし、
ちゃんに会う気が有るか判らなかったから、言うのは止めたの。…会えて良かったわね坊や。うふふ。」
「夏。おしゃべりがすぎるわ。」
「いやん、地亀ちゃん怒らないで。」
玄武が窘めると朱雀は肩を竦めた。政宗はと言えば朱雀の言葉が引っかかり、
に訊ねた。
「会う気が有るか判らなかった、ってのはどういう事だ?」
「んー……言葉通り、ですよ。前に言ったと思うけど、
が今こうやって皆と関わりあっているのって
ちゃんが居るからだからねェ。もし居なかったら、多分傍観者を決め込んでたと思うよ。…勝手に世界に関与しちゃいけないと概ね思ってるから。」
明後日の方向を見ながら答える
の頭を、白虎が撫でてその後を継いだ。
「つまりな、この世界の事はこの世界の人間に任せたかった、って事さ。だが幸いこの世界は割と融通の利く世界だから、
が関与してもまぁその後の事は幾らでも修正出来る。あんた達元々の住人が努力してくれれば本来のゲー……歴史の流れに戻せる。それが判ったから傍観者を決め込むのは止めて天下獲りに参戦してるのさ。」
「つまり
殿がいなければ
殿は我等と関わるつもりは無かったと?」
「そんな事は無いよ。
がこの世界に居るのは独眼竜やわんこちゃんや、虎さんとかまぁ各地の武将たちが好きだったからで、会う機会があったならそれは利用してたと思う。要は表舞台で活躍するか裏方で暗躍するかの違いくらいだよ。」
裏で暗躍する
、と言う姿を想像して一同何ともいえない気分になる。
に暗躍されたら勝てる戦も勝てなくなる、そんな気がするのは気のせいではないだろう。
今現在
は自分が天下統一する為に各地を攻略してはいるが、攻め込んで滅ぼしたりはしていない。結果兵糧や兵の数などほぼ無傷で残されており、各国の勢力はほぼ均衡している。その中心に
が居て各国を纏めているが、もしその
が何処かの国一つにのみ協力すると言うのであれば味方につければ心強いが敵に回ったら苦戦を強いられるだろう。そんな思いが頭を過り、思わず知らず溜息をつく。
その様子に
が苦笑していると、成実が思いついたように
に訊ねた。
「それじゃあもしも
様が傍観者を決め込む事にしていたとして、誰かが助けを求めて天下獲りに協力する事になったとしたら、何処の国でも協力するの? 所謂裏方で?」
「いやぁ、それはどうかな。暗躍って言ったでしょ、例えば伊達軍に協力するとしても独眼竜やナルちゃんには判らない方面で根回しする位だよ。そもそも
は普通の人のフリしてる筈だから、そっちから協力を願い出るなんて事思い付かないと思うし。」
時折見かける変わった娘に天下獲りに協力してくれ、等と言う訳が無い。そう言われても元々
の事をヒーロー扱いしている成実としては今ひとつ納得いかない。が、幸村たちは確かにその通り、と思う。
「でもさ、そうすると
サンが何時も言ってる不殺活戦て難しくない? 普通の合戦は死人が出て当たり前だからね。」
「傍観者を決め込むなら
が殺し合いを止める筋は無いでしょ。…辛かろうが悲しかろうが、流れに則って見ているだけだよ。今それをしないで殺し合いはいかんよ、って言ってるのは
が必要以上に関わってるからで、本来の世界の流れに則っていないからだよ。」
関わった以上は本来の流れを止める事はしたくない。だから
は兵力をなるべく残して無駄な死者が出ないようにして、自分が居なくなった後に直ぐに流れを修正出来る様にしているのだが、それに気付いているのは
くらいで、他の人間は単に
が人殺しが嫌いだと思っているに過ぎないだろう。実際、確かに嫌いではあるが止むを得ない場合、ゲームの進行上必要と思えば仕方ないと思っているがそれを一々説明するのも面倒臭い。
「ま、
と関わっちゃったのが不運と思って諦めて。天下統一に協力してくださいな。」
話はこれでお終い、と
が手を振ると同時に着替えを済ませた謙信が現われた。
部屋の外で聞くとは無しに聞いた話を頭の中で整理し、謙信は
に対する認識を改めた。
ただの理想主義を掲げる人間ではない。それは信玄や政宗、それに西の三国が協力している事から容易に想像出来るが、本人に確認しない以上は判断を下すべきではない。そう考えていた所に、件の話だ。
面白い娘だ、と思う。
西の三国同盟が甲斐・奥州とも手を組んだと言うのは耳に入っていた。その盟主がどの軍にも所属していないらしい、と言う事も軒猿たちから伝え聞いていたが、それがまさか甲斐の姫だと誤解して攫わせた
の妹だとは思ってもみなかった。関係者が揃ったら説明出来ると言われていたが確かに複雑な話になりそうだ。
「なにやらたのしそうですね。」
何食わぬ顔で部屋に入ると、寛いだ表情の
がにこりと笑って上座を空けた。それに対して謙信が首を振ると、
は苦笑しながらもう一度上座を勧める。
「下座、上座は別に
も気にはしないんですけどね。まぁ其方の直江ちゃんズが気にしそうなんで。それでも遠慮するって言うなら適当に座ってください。
も適当に寛いでますから。」
後ろに控える直江景綱・兼続がすかさず謙信の座る場所を作り、一同落ち着いた所で謙信が先ず口を開いた。
「さきにおわびしておくことがございます。あねぎみをさらったけんにかんしましてはこちらのふとくのいたすところかさねがさねおわびしてもあきたらない。どうかごようしゃを。」
「確認ですけどね、
ちゃんを攫ったのってとどのつまりはアレでしょ? 武田の姫が伊達に輿入れしたって噂。それを鵜呑みにしたって事で宜しいッスか?」
「そうです。どくがんりゅうがてばなさないほどのそしてかいのとらがめにいれてもいたくないほどめでているといううわさをききおよびあってみたいとおもいました。…べつによこれんぼしたわけではございませぬよ。」
「それくらい判ってますよ。まぁ此方は噂を利用してたんで、
ちゃんさえ無事に戻れば別に良いですよ。」
はそう言うとキョロキョロと辺りを見回した。何か気配を探っているようでもあるが、どうしたのかと思っていると「はるひちゃんは?」と訊いて来た。
「つるぎですか。……それがその……。」
珍しく語尾を濁す謙信の代わりに直江景綱が答えた。
「かすが殿なら体調を崩されて臥せっておられる。暫くして良くなれば参ろうと申しておられた。」
「体調崩した? 先刻まで元気に動いていたのに? 何処か怪我したのかしらん?? …朱妃お姐さん手加減しなかったの?」
目を丸くして朱雀に訊く
だが朱雀は即座に否定する。
「手加減も何も妾からは一切手を出して無くってよ。それは
ちゃんも見てたから判るでしょう?」
「夏にひはないわ。あるとしたら
よ。」
「
ちゃん?」「私?」
いきなり自分の名前を出されて驚く
だが、それは他の者も同様で先程の戦いの何処に
が関わるのかと玄武の言葉を待つ。
「氷のひともそうだけど、かすかにあまいにおいがするわ。秋、わかるでしょう?」
「…確かに、何やら甘い香りを二人とも漂わせていた。それのせいと言うか、黒冥。」
その言葉に
が即座に立ち上がり謙信の目の前に顔を寄せて残った匂いを確認する。その仕草を見て
がふと思い出して呟いた。
「甘い香りってもしかしてプリンの事かな……? え? それのせいで??」
「プリン?
ちゃん特製カスタードプリン? それを食べたんですか? 出陣前に?」
は叫ぶと
と謙信の顔を交互に見た。頷く二人を見て一瞬の沈黙後、腹を抱えて笑い出す。
「す、凄いや
ちゃん! 想像以上のグッジョブ!! それに加えてタモちゃんの強靭さ、素晴らしい! ブラボー。」
「き・貴様、謙信様を愚弄するか!!」
余りの大笑い振りに直江兼続が腰を浮かせながら抗議するが、謙信がそれを手で制する。
「それはどういういみでしょう。たしかにかのじょのつくったぷりんとやらはしょくしましたが……なかなかざんしんなちんみでした。」
「いや〜、
ちゃんの手料理に与れるなんて早々ない事ですけどね。食べ慣れていないモノ食べてあれだけ動き回って平気なタモちゃん、何て素晴らしいんだろう。…はるひちゃんは無理しないで良いですよ、タモちゃんが後で説明してくれれば。」
涙を流しつつ言う
の言葉に、
が「あ。」とその理由に思い当たり頭を抱えた。
としては単なる暇つぶしで作ったプリンだったが、出陣前だったのが問題だ。普段乳製品を食べ慣れていない人間が食べた直後に運動したらどうなるか。体質にも因るだろうが、十中八九腹痛を起こす。どうやらかすがは体質に合わなかったらしい。
一頻り笑いが収まると
は謙信にその事を説明した。既に半ば予期していた説明だったので苦笑するだけに止めたが、一応確認する。
「わたくしにどくをもったとかんがえてよろしいか?」
「良薬口に苦しとか酒は百薬の長とか言いますけど、そっちの方ですよ。過ぎたるは及ばざるが如し。薬だって処方次第で毒にもなるでしょ? プリン自体は毒どころか滋養に良い食べ物で、食べ時が悪かっただけですよ。」
「…あなたさまはわがぐんにとってどくかくすりかおこたえねがいたい。」
漸く本題に入った、と
は座り直して謙信を見据えた。
部屋の中は今までの遣り取りから一変して緊張した雰囲気に包まれ、
の言葉を待つ。
「
が薬か毒かは
が決める事じゃない。ただ、毒にも薬にもならない存在にはなりませんよ。」
「わたくしがきめることでもありますまいよ。どちらにもならないということはどちらにもなりうるということ。わたくしはそのようなふたしかなそんざいにてをかすつもりはありませぬよ。」
「元々存在自体不確かですからねェ、
は。それも良いですけど、それならタモちゃんは何の為に戦をしてます? 民の為? 自分の為? 神仏が囁いたから?」
の問いに謙信は沈黙した。はっきり民の為と言いたい所だが、
の方はその答えを聞いても納得しないだろう、それが感じられるのでやや暫く考えてから答えた。
「すべてです。」
短い答えだったが
は頷いた。
「正直ですね。これで『民の為』なんて言ったらぶっ飛ばす所です。自分の趣味に民を巻き込んでるって自覚はあります?」
「しゅみでいくさはおこしませぬよ。そのような……。」
「いや、趣味だね。タモちゃんはね、義将だの聖将だのと言われてますけど
から見れば自分の趣味に家臣や領民を巻き込んでる単なる戦好きな人ですよ。」
の言葉に全員が目を剥いた。主君を侮辱されたとばかりに直江たちが腰を浮かせかけたが、謙信がそれを手で制する。
「…いかようなりゆうでそのようにおもわれますか。いや、あなたさまのたたかうりゆうもうかがいたい。なぜたたかわれる?」
「
が戦う理由はそれが一番手っ取り早く家に帰る方法だから。それとみんな仲良く手を取り合う世界が見てみたいってのも有りますか。」
以前見た夢の事を思い出しつつ
が答える。その答えに僅かながら謙信が微笑む。
家に帰る、と
が言った事で政宗達は改めて
の立場を思い出す。うっかり忘れそうになるが、
が表舞台に出ないまでも天下獲りを始めたのは自分たちの世界に帰る為だ。元々天下に興味の無い
が元親たちに誘われたからとは言え簡単に誘いに乗る筈が無い。
は時が来れば自分の世界に帰ります。
そう言った
だが、
は違うかもしれない、とも言っていた。確実に
が帰れる保証が無い以上、出来る事はしなければ、と天下獲りに参戦しているのだ。それを忘れてはいけない、と政宗達は四神に囲まれた
を見つめた。その視線に気付いたのか、朱雀が軽く笑い
に耳打ちすると、
も振り返ってニヤリと笑った。何時もの何か企んでいるような笑顔だが、却って安心するのは何故だろうと政宗は苦笑した。
「
の戦う理由はそういう事。夢想だとか言わないで下さいね、やろうと思えばできる事なんですからさ。特にタモちゃんみたいにカリスマ……人を魅了して指導する立場にある人だったら出来る筈ですよ。」
「わたくしのどりょくがたりないとおっしゃるのですね。」
「努力と言うより趣味を優先させてるのが問題と言ってるだけです。あのね? 言っちゃ悪いですがタモちゃんは虎さんと何回川中島で対戦しました? 何回引き分けて、その度にどれだけの兵が犠牲になってます?」
「しんせいなたたかいにかいすうなどもんだいでは……。」
「大有りでしょうが。いや、タモちゃんと虎さんだけが戦ってるって言うなら良いですよ。双方戦いたくて戦ってる訳ですから。ただねー、それに兵って言うか、領民を巻き込んでるのに気付いてます?」
言いながら
はちらりと信玄を見た。この話は信玄にとっても耳の痛い話だ。それに気付いているのか、渋い表情の信玄と謙信を見比べながら
は続けて言う。
「お二方の家臣は良いんですよ、主君に仕えてその責を全うするのが使命ですから。戦に出るのもタモちゃんに仕えるのも自分の意思。でもね〜その下の方で戦う事になる兵達の殆どは農民でしょ。戦いたくないのに戦わざるを得ない状況になってるかもしれない、そこの所考えた事あります?」
一揆衆のように圧政に耐え兼ねて蜂起した農民と違って、兵として徴収された農民の中には戦う覚悟の無い者も無くはない。実際の戦の現場で恐怖に耐えかね逃げ出す者も少なくない。初めの内こそ半農半士として戦になれば兵士として参加する者が殆どだったろうが、何回もの合戦で兵の数が少なくなれば新たに徴兵しなくてはならない。そしてそれが度重なれば殆ど戦った事の無い農民としてしか生きた事の無い人間も兵となる。
「こう申し上げては失礼ですが? 魔王と呼ばれる人が殺戮した数とタモちゃんが引き分けにする度に犠牲になった兵とどちらが多いか判ります?」
「あちらのほうが……といいたいところですがあなたさまのくちぶりではおなじかわたくしのほうがそれよりも、というところですか。」
「まぁね。ただ一度に犠牲になる数があちらの方が多いんで、比べるのもどうかとは思いますけど。それにタモちゃんの軍は皆タモちゃんに心酔してるだけあって我が身を顧みずってのもあると思うんですよ。でもその辺を考慮してもやっぱりそろそろ無益な殺生は止めません? と
は言いたい。」
「むえきなせっしょうはみほとけのゆるさざること。わたくしとておもいはおなじ。」
静かに答える謙信の表情は穏やかで、それこそ菩薩か如来かと思う程であったがそれは謙信自身も感じていた。戦いの前に湖水に投じられた石が漣を立てたが、
と話している間にそれは穏やかな揺らぎとなり、いつの間にか湖面に波紋は無くなっている。
そう言う力の持ち主なのだ、と謙信は穏やかになった心で思う。
確かに
の言う通り合戦が引き分ける度に兵が少なくなり、また集めて、の繰り返しでは不毛な事この上ない。魔王と同じ、と言われるのは心外ではあるが事実でもある。このまま幾度も引き分けを重ねていたら、領内は疲弊し自滅するだろう。それは既に感じていた事で、改めて指摘されるまでも無い。ただそろそろ気付かないふりは止めねばならないだろう。
「…あなたさまとどうめいをくんでわたくしにえきはありますか。」
かなりストレートに訊いてきたな、と
は思ったがその方が話が早い。にこりと笑って答える。
「益は無いかも知れません。ただ、皆が仲良く手を取り合う世界を見る事が出来るかも知れない、ってそれだけです。…だけどそれ以外に何を望む事があります? 皆が手を取り合う平和な世界って、タモちゃんが目指すものと違いますか?」
「ちがいませぬよ。わたくしとてたいへいなよをのぞんでおります。うえにたつものがだれであろうとよのたいへいこそがみほとけのいし。わたくしはそうしんじております。」
静かに答える謙信に全員の注目が集まる。既に答えは出ているも同然だが、はっきりとした言葉で謙信が答えるのを待つ。と、
が思い出したように口を挟む。
「そうそう、メリットっつーかタモちゃんにとってお得な事、ひとつ有ったわ。
、同盟軍同士の合戦は禁じますけど個人戦はその範疇じゃないですから、ご自由に。死なない程度に何度でも虎さんと対決するのは構いませんよ。お館様だってその方が楽しいでしょ? 戦うのが大好きな人に戦うなってのも酷ですからねェ。」
謙信と信玄、そして政宗と幸村に目を走らせてニヤリと
が笑う。一瞬の間の後、楽しげな笑い声が響いた。
「ははははは、なんとまぁ。そこまでおかんがえですか。」
「
よ、私闘を禁じるのが世の常じゃぞ。お主はその反対を勧めるか。」
信玄は苦言を呈している風だが口ぶりと表情がそれを裏切って楽しそうだ。
「私闘は
だって禁じますよ。でも虎さんとタモちゃんの場合って禍根は残さなそうだし、他に被害が出なければ寧ろ二人とも思う存分相手の力を試せて良いんじゃないかと思うんですけどね。」
戦う際に被害を最小限に抑える様にお願いしているが、それでは戦う方はストレスが溜まる。解消するには実力が均衡する者同士が思い切り戦った方が他に被害も出ないし一石二鳥、と
は続けた。
「まぁ一騎打ちって言うか試合みたいなものですか。とどのつまり戦いが好きな人って相手が居なくなった途端抜け殻になるか次の相手を求めるかどっちかでしょ。最高の相手が最初からいるんだったら、その人と心置きなく戦った方が良いですよ。まぁ勿論止めまで刺したら『次』もないんで、本当の真剣勝負、一騎打ちとは違うと思いますけどね。」
の発言を真っ先に笑ったのは成実だ。けらけらと楽しそうに笑う成実につられてか、周りも次第に口元が緩み、笑いが零れ始める。一頻りの笑いの後、成実が政宗に言う。
「殿、良いじゃん。殿の終生のRivalの真田殿とずっと戦っていられるって、なんかそれスッゲー良くない?」
「な〜るほどね。以前
サンが『良い案を思い付いた』って言ってたのってこの事?」
佐助が桶狭間で
から聞いた話を思い出し、問いかけると
は笑って頷いた。
「どうしても止めを刺さないと気が済まないって言われると問題だけど、生きてれば負けてもまた次に挑戦出来るじゃないですかさ。若しかしてもっと強くなって対戦出来るかもですし? 敵対しているならともかく同盟を組むなら命まで取る必要は無いでしょ。…で、どうです?」
最後の問い掛けは謙信に向けられていた。一同の視線が集まる中、謙信は
を真っ直ぐ見つめ緩く微笑んだ。
「あなたさまがめざすよとわたくしがめざすよとちがいはあれどこんかんはおなじ。あなたさまがつくろうとしているたいへいのよはたのしげでわたくしはきらいではありませぬ。」
そこまで言って暫く沈黙すると、謙信は直江景綱と兼続に目を走らせる。二人とも謙信の言わんとする事を察し頷き合うと謙信と
に向かって深く頭を垂れた。二人の態度に謙信は頷くと、再度
に向き合って言った。
「わたくしいかうえすぎぜんぐんあなたさまにしたがいましょう。わたくしがくむあいてはあなたさま。かいのとらとどくがんりゅうはたいとうのたちばのどうほうとかんがえてよろしいか。」
「宜しゅうございますよ。対等の立場で何でも率直に言い合ってください。その方が後々良い事がある……かもしれないから。」
謙信の出した回答に
も笑いながら手を差し出す。一瞬戸惑ったものの、謙信はその手を取ってゆるりと微笑む。
「では、そう言う事で。宜しくねタモちゃん。」
「あなたさまのつくられるたいへいのよたのしみにしておりますよ。」
微笑む謙信に
は肩を竦めて「皆様のご協力次第。」と答えて笑った。
頭の中では出来ている話もいざ文章にしようとするとなかなか思うように進まないもので。説明不足だったり余計な話が入ってたり色々です。
四神が冒頭で出張ってます。皆が皆好き勝手に呼び合ってるのでちょっと混乱気味かも(笑)
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そんな訳で上杉軍とも同盟組みました。
…すみません、話の流れは自分では出来てたんですけど細部で物凄く手間取りました。もうちょっと端折れば良かったんですが何か端折れませんでした。