第62回定期
  J.S.バッハ/教会カンタータ全曲シリーズ Vol.38
   〜ライプツィヒ1724年- Xll 〜  


2004/ 3/21  15:00 東京オペラシティコンサートホール・タケミツメモリアル
*同一プロダクション
   2004/ 3/20 15:00 神戸松蔭女子学院大学チャペル(第169回神戸松蔭チャペルコンサート)


J.S.バッハ/コラール《ああ、いかにはかなく、いかに虚しきものよ》BWV644
       コラール《来たれ、異邦人の救い主》BWV659,660,661
                          (オルガン独奏:今井奈緒子)

J.S.バッハ/教会カンタータ 〔1724年のカンタータ 12〕
         《幸いなるかな、神に身を委ねる者》BWV139
        《ああいかにはかなく、ああいかに虚しきものよ》BWV26
        《汝、平和の君イエス・キリスト》BWV116
        《来たれ、異邦人の救い主》BWV62
 

(04/03/20)


《出演メンバー》  

指揮鈴木雅明

コーラス=独唱[コンチェルティスト])
  ソプラノ野々下由香里*、緋田 芳江、藤崎 美苗
  アルト  :ロビン・ブレイズ(CT)*、青木 洋也、鈴木 環
  テノール櫻田 亮谷口 洋介、水越 啓
  バス   :ペーター・コーイ*、浦野 智行、渡辺 祐介

オーケストラ
  コルノ:島田 俊雄
  フラウト・トラヴェルソ: 前田りり子
  オーボエ:三宮 正満、尾崎 温子、前橋ゆかり
  ヴァイオリン I 若松 夏美(コンサートミストレス)、パウル・エレラ、竹嶋 祐子
  ヴァイオリン II:高田あずみ、荒木 優子、山口 幸恵
  ヴィオラ:森田 芳子、渡部 安見子

 〔通奏低音〕
  チェロ:鈴木 秀美  コントラバス:西澤 誠治  ファゴット:堂阪清高
  オルガン:今井奈緒子

(04/03/02更新)


これぞ真骨頂、バッハのコラール・カンタータ

 今年度のバッハ・コレギウム・ジャパン定期演奏会も最終回となりました。キリスト教の暦は、クリスマスを待つ「待降節」で始まることになっていますが、今回とりあげる4曲のカンタータは、1724年度最後の3つの日曜日と続く新年度の待降節第1日曜日のためのものです。あらゆる手段を駆使して歌詞内容を音楽に表そうとするバッハの強烈な思いが、いたるところにひしひしと感じられる充実した作品群をお聴き頂きましょう。
 まず第139番『幸いなるかな、神に身を委ねる者』では、オーボエと弦楽器の絡み合う満ち足りたホ長調に前奏に導かれて穏やかにコラールが歌われ、これにテノールのアリアが続きます。第4曲のバス・アリアでは「重い枷」を表すかのようなオーボエの鋭いリズムが、「神の御手」が差し出されると突如軽やかな8分の6に転じ、さらに「慰めの光」によって消え去ってしまうのです。これは、バッハの絵画的な手法が、もはや瞬間的な表現手段としてではなく、音楽全体の形式へと昇華された決定的な例でしょう。
 続く第26番『ああ、いかにはかなく、ああいかに虚しきものよ」では、人生の「儚さ」と死の「素早さ」がテーマです。多くの駆け巡る音型と休符が、「素早い」ことと「虚しい」ことを表しているように思われます。その鋭い警告が、3本のオーボエとフルートが織り成す色彩感によって、美しいコラールと共に私たちの心の奥底に速やかに流れ込んでくる見事なカンタータです。
 さて、近づくクリスマスを意識してでしょうか、ここで視点が「イエス・キリスト」に向けられ、第116番『汝、平和の君イエス・キリスト』が続いて作曲されました。冒頭の確信に満ちたコラールや、F.ブルーメが「最高傑作」と評価した3重唱が、罪の告白と「平和の君」への信仰の決意を歌いあげます。
 最後に、ルターの有名なコラールに基づいた第62番『来たれ、異邦人の救い主』が1725年の教会暦の幕開けを告げます。冒頭合唱ではソプラノばかりでなく通奏低音にもコラールが鳴り響き、今天より来たる救い主の奇跡をテノールが歌うと、バスが強力な通奏低音に対抗しつつ、罪との戦いとその勝利を告げます。最後に、御子イエスとその父なる神への讃栄がカンタータを閉じます。
 みなさま、是非コラールカンタータの真骨頂をご堪能ください。

鈴木雅明 (バッハ・コレギウム・ジャパン音楽監督)
(04/01/06:チラシ掲載文)


第62回定期演奏会 巻頭言

O! Tag komm ofte noch
O! froher Tag!
an dem uns GOTT Dich gab,
O! theurer Bach!
Wir danken ihm fur Dich,
und flehen um Dein Leben
denn selten wird
der Welt ein solch Geschenk gegeben
             おお!この日が、さらに繁く来るように!
おお!喜びの日よ!
神は、私たちにあなたを与えられた、
おお!親愛なるバッハよ!
私たちは、あなたのゆえに神に感謝いたします、
そして願い求めます、あなたの命が永らえることを。
なぜなら、本当に稀有だからです、
この世がこれほどの贈物を賜ることは。
 
(J.G.ワルターからH.ボーケマイヤーに宛てた手紙より1735年(?)3月21日)


 春分の日は毎年微妙に入れ替わります。しかし、3月21日がわれらがバッハの誕生日であることは、毎年変わりません。そう、今年の3月21日は319回目の誕生日なのです。春の訪れと共にバッハが生まれた、という事実は、何と象徴的なことでしょう。バッハは一体どんな誕生日を過ごしたのでしょうか。ライプツィヒの神学者兼バッハ学者であるマルティン・ペツォルトは、1745年3月21日に60歳の誕生日を祝うバッハ家の空想物語を書いています。この日は、ちょうどオクリ Oculi と呼ばれる復活祭前第4週の日曜日にあたっていました。朝7時から始まった礼拝がお昼前に終わると、ドリア調にあやかって“ドーリ”と呼ばれた頼もしいドロテア・アウグスタとアンナ・マグダレーナが整えた、さぞ豪勢な食事が待っていたことでしょう。何しろこのバッハ家は当時9人の大家族なのです。まずは、まだ幼い娘たち。7歳のヨハンナ・カロリーナと3歳になったばかりのレギーナ・ズザンナ。それに9歳のやんちゃ盛りヨハン・クリスティアンと12歳のヨハン・クリストフ・フリードリヒ。ゴットフリート・ハインリヒは21歳になっていましたが、知恵遅れであったため、バッハがいつも世話をしてやらなくてはなりませんでした。また、花も恥らう19歳の“リースヒェン”、ことエリザベト・ユリアナ・フレーデリカ。それに、いずれ彼女と結婚することになるヨハン・クリストフ・アルトニコルもきっと姿を見せていたでしょう。(彼は後にナウムブルクのオルガニストになった人ですが、ヨハン・セバスティアンの死後ゴットフリート・ハインリヒを引き取って世話をしたのでした。) さらに、ドレスデンにいたヴィルヘルム・フリーデマンと、ベルリンにいたカール・フィリップ・エマヌエルもその若い奥さんヨハンナ・マリーアとともに駆けつけてお父さんを驚かせ、盛大なお誕生日が祝われたのかもしれません。
 さて、私たちBCJは、7月28日の命日を記念してヨハネ受難曲を演奏したことはありますが、誕生日を祝って演奏したことは一度もありません。そこで今日は盛大なるHappy Birthdayをお届けし……たいところですが、残念ながら今日のプログラムは誕生日にはあまりふさわしいとは言えません。それどころかカンタータ第26番では、この世の人生が如何に儚く、如何に虚しい煙の如き存在であるかを歌います。これほどお誕生日に不似合いな作品があるでしょうか。
 もっとも18世紀における子供の誕生は、決して手放しで喜べるものではありませんでした。何しろ子供の命は本当に儚いのです。バッハは結局、マリア・バルバラに6人、アンナ・マグダレーナに13人の子供をもうけたわけですが、それぞれ2人と7人を生後まもなく葬ることになりました。それを思うと、「喜びは悲しみに変わり……ついには墓によって無に帰せられる」(BWV26/3)ことはわかっているので、むしろ「虚しきものよ、人の人生とは」(BWV26/1)と思い定めておく方がよいのかもしれません。そして、そのように儚いものであるからこそ、「子供のごとく、神に身を委ねる者」(BWV139/1)だけが、たとえどのような重荷の中にあっても「安息が与えられる」(BWV139/5)のです。そのような人をこそ「幸いなるかな」(BWV139/1)と呼ぶべきでしょう。
 人の誕生と死は、神の手のうちにあります。ですから私たちは誕生日ごとに、まさしくその1年も命が永らえた奇跡を感謝して、おおいに祝うべきでしょう。その後、いつの日か必ずやその命は取り去られ、「神が与え、神が取られたのだ。主の名はほむべきかな。」(ヨブ1:21)と言うべき時が来ます。まさに誕生と死は表裏一体であり、そのことを18世紀の人々は今よりももっと厳しく認識していたでしょう。
 しかし、「神を友とする者」(BWV139/6)には、魂の救いという希望があります。そして、「おおイエス・キリストよ、ただあなただけが、このことを成し遂げられるのです。」(BWV116/6) 期せずして今回のプログラムは、三位一体節の最後から次年度の待降節に至ります。イエス・キリストの特別な誕生と特別な死を経て、私たちの死が新たなる誕生へと変貌したことが、この一連のカンタータで歌われるわけですから、バッハならば冒頭の詩をきっと次のように歌ったことでしょう。

O! Tag komm ofte noch
O! froher Tag!
an dem uns GOTT Dich gab,
O! theurer Jesu!
             おお!この日が、さらに繁く来るように!
おお!喜びの日よ!
神は、私たちにあなたを与えられた、
おお!親愛なるイエスよ! 

バッハ・コレギウム・ジャパン
音楽監督 鈴木雅明


(04/03/16、BCJ事務局提供)


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