第31回定期
  J.S.バッハ/教会カンタータ全曲シリーズ
   〜ヴァイマール時代のカンタータ V〜


'97/7/18  19:00  紀尾井ホール 


J.S.バッハ/教会カンタータ

   《さあ来てください,異邦人の救い主よ》 BWV61
   《道を備え,大路を備えなさい》 BWV132
   《主を讃美せよ,私の魂よ》 BWV143
   《キリスト者よ,この日を刻み込め》 BWV63


指揮:鈴木雅明

独唱:イングリット・シュミットヒューゼン(S)、米良美一(A)、桜田亮(T)、ペーター・コーイ(B)

独奏:若松夏美(ヴァイオリン)、三宮正満(オーボエ)、島田俊雄(トランペット、コルノ・ダ・カッチャ) 他

合唱と器楽:バッハ・コレギウム・ジャパン

    コンサート・マスター:若松夏美

    通奏低音:鈴木秀美(チェロ)、櫻井茂(ヴィオローネ)、堂阪清高(ファゴット)、
           能登伊津子(オルガン)


【プログラム『巻頭言』
 
 時ならぬクリスマスおめでとうございます!! バッハコレギウムジャパンのワイマールカンタータの最終回は,南半球のように真夏にクリスマス気分を味わって頂くべく,待降節とクリスマスのカンタータを集めてお贈り致します。
 第61番が基づいている『いざ来ませ,異邦人の救い主』のコラールは,宗教改革時代の最初期を飾る代表的な作品です。これはカトリック教会の賛歌Veni, redemptor gentiumのドイツ語翻案ですが,ここでルターは,同じ宗教改革者であったミュンツァーなどの訳に比べ,遥かにドイツ語の正しい抑揚が音楽的に表現できるよう,言葉と音楽の両方を整えて,正しくドイツ語賛美歌としての彼の理想を示したのでした。バッハはこれを好み,カンタータばかりでなく,オルガン作品にもいくつかの重要な作品を残しています。現代の教会でもしばしば歌われるこの作品は,まさしく待降節の始まり,即ち教会歴の新年度を告げ,来るべきクリスマスに向けて胸がわくわくするような期待を含んだ季節感を伝えてくれる賛歌なのです。
 次の132番は61番の初演の1年後の待降節第4週に演奏されましたこれは目前に迫ったイエスの降誕に大路を備えること,即ち内なる自分の心の備えを説くのです。冒頭のソプラノと第5曲目のアルトが,非常に技巧的装飾的なアリアを歌いますが,第3曲めでバスが,Wer bist du?(汝は誰ぞ?)と問い詰める音型も忘れがたい印象的なカンタータです。
 さて3日間に渡って祝われたクリスマスの初日に,63番が演奏されました(1714年)。トランペット4本という異例の大編成を伴って,華麗なクリスマス祝日の幕開けを告げます。冒頭の華麗さもさることながら,クリスマスオラトリオを彷彿とさせる終曲もはちきれんばかりの喜びを表しているのです。
 ところで,先月と今月はトランペットの大活躍ですが,バロックのトランペットは決して一様の楽器であったわけではなく,同じ奏者が様々なスタイルの楽器を吹きこなしています。例えば,スライド・トランペットに持ち替えたり,またコルノ・ダ・カッチャなどのホルンも吹いていたのです。そこで我々のトランペット奏者も,様々な工夫に工夫を重ね,カンタータに必須のスライド・トランペットはもちろん,ついにコルノ・ダ・カッチャをも自ら製作してくれたのです。これでカンタータのレパートリーもぐっと広がりましたので,今夜は,同じくワイマール以前に作曲されたと思われる第143番『我が魂よ,主を頌めまつれ』Lobe den Herrn, meine Seeleをプログラムに加えることができました。 ただし,この曲はバッハの真作であるかどうか,議論の分かれるところですが,どちらにせよ,とても魅力的な作品であることには変わりがありません。
 かくして,若きバッハの最も華麗な音楽,常に内省的な面を含みながらも,これ以上は考えられないくらいの高らかな賛美の歌声を味わいながら,ワイマールを後にし,一路ライプツィヒへとカンタータの旅路を進めることに致しましょう。
バッハ・コレギウム・ジャパン音楽監督 鈴木雅明

【参考】 コルノ・ダ・カッチャについて

 BWV143で使用された金管楽器、コルノ・ダ・カッチャに関するBCJトランペット奏者島田俊雄氏のエッセイを、こちらに掲載いたしました。(BCJ第33回定期演奏会プログラムから転載) 是非ご一読を!
 実際の音はBCJカンタータCDの第5巻BWV143の演奏で耳にすることができます。

【コメント】

 今回の第31回定期(BWV61,132,143,63)を聴いて、「ついにヴァイマール時代ともお別れだなぁ」と感慨にふけってしまった。BCJのバッハ教会カンタータ全曲シリーズはバッハの創作順に、ミュールハウゼン、ヴァイマール、ライプチッヒと進んで来ているのだが、今までに取り上げられたライプチッヒ以前のカンタータの味わいのエッセンスが見事に盛り込まれた今回の4曲だったと思う。BWV61と132のしみじみとしたおもむきとBWV63の華やかさ。そして真作かどうか決着はついていないものの、私にはどこか初期の傑作のBWV71”神はわが王なり”を思い起こさせるところのあったBWV143と、興味の尽きない組み合わせであった。 
  演奏は、やや合唱がパワー不足を感じさせるものの、私としてはバスパートのがんばりをうれしく思った。しかしBWV63の終曲の合唱だけになる部分など、まだまだできるはず。テノールパートのもう一歩の安定が鍵を握っているのではないかと思う。ソリストでは、ソプラノのシュミットヒューゼンの歌いっぷりに魅了されてしまった。プログラムの彼女の紹介記事にある「(師のグレゴリー・フォレイとフィッシャー=ディースカウから学んだ)声の持つ表現の可能性のすべてを追求すること、オリジナリティを発見すること、そして新たな小道を歩むこと」を見事に実践されていて、聴いている私たちにも歌うことの喜びを感じさせてくれた。アルトの米良、バスのコーイのともにいつもながらのすばらしさはさすが。テノールの桜田にはテクストへのいっそう深いアプローチを期待したい。  アンコールにはBWV63の終曲が再び演奏された。 (矢口)

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