第6回神奈川芸術フェスティバル 響きのルネサンス 響きが耳をやしなう〜音律再考
 モンテヴェルディの再生 《聖母マリアの夕べの祈り》音楽堂オリジナル・ヴァージョン


'99/12/11  18:00  神奈川県立音楽堂


モンテヴェルディ作曲/《聖母マリアの夕べの祈り−Vespro Della Beata Vergine》 (1610)
藤枝守作曲(委嘱初演)/《響きの交唱−Antiphon Resounded》 (1999)


《聖母マリアの夕べの祈り−Vespro》 (1610)
   鈴木雅明(指揮) バッハ・コレギウム・ジャパン(管弦楽と合唱 ・コンサートマスター:若松夏美
   鈴木美登里、緋田芳江(ソプラノ)、波多野睦美(ソプラノ・アルト)
   ゲルト・テュルク、シュテファン・ファン・ダイク、谷口洋介(テノール)
   ステファン・マクラウド、小笠原美敬(バス)
   コンチェルト・パラティーノ(バロック・ブラスバンド)
  
《響きの交唱−Antiphon Resounded》 (1999)
   大谷研二(指揮)
   野々下由香里(メゾソプラノ)、辻裕久(テノール)
   小田原少年少女合唱隊(合唱)
   モノフォニー・コンソート(箏、笙)
   岩淵恵美子(ポジティヴ・オルガン)、石川かおり(ヴィオラ・・ダ・ガンバ)、近藤郁夫(ダルシマー)

  ※中世ピタゴラス音律に基づく新作アンティフォナが、
    舞台上のBCJミーントーン音律)と対置して演奏されました。
  ※《響きの交唱》演奏曲目の詳細についてはこちらをご覧ください!


響きのルネサンス 響きが耳をやしなう〜音律再考

 音楽がもっている多様な響き。その響きをじかに肌で感じ、あらためて聴き入る場。それが「響きのルネサンス」です。われわれの周りには、趣向をこらした演奏スタイルや、作曲家たちの思索に満ちたさまざまな音楽があふれています。ところが、音楽そのものがもつ響きについて忘れがちなのではないでしょうか。時代や地域を超えて、さまざまな響きに彩られた音楽を体験すること。それは、耳にあらたな喜びを与え、そして聴く感性をやしなうことにつながるでしょう。そして、その響きの背後にひそむ「音律」という古来から受け継がれてきた「音の作法」に目を向けることによって、これからの音楽の行方をさぐるきっかけとなるかもしれません。
 「響きのルネサンス」では、音律という視点を含みながら、モンテヴェルディの「聖母マリアの夕べの祈り」のあらたなヴァージョンのなかに西欧音楽における響きの変遷を聴きとり、そして、箏や笙などの日本の伝統楽器からグローバルな響きを引き出しています。(後略)
 モンテヴェルディは、ヴェネチアが生み出した真に天才的な芸術家でした。
 当時はもちろん、「芸術」などという概念はまだなかったでしょうが、彼の宗教音楽は、キリスト教の典礼に属していながら、遙かにその典礼的実用性を超えて、《響きの芸術》としての独立性を得てしまったのです。もちろん、ヴェネチアの聖マルコ教会に一歩足を踏み入れるなら、モンテヴェルディが決してただ一人の巨匠なのではなく、彼のようなとんでもなく突き抜けた才能がヴェネチアには何代にもわたっていたからこそ、あのすさまじい教会建築が可能であったのだ、と気づかされます。しかし、モンテヴェルディが他の音楽家に与えた影響力、つまりは音楽史における威光は想像を遙かに超え、そして現代の私たちでさえ、彼の楽譜をほんのわずかでも音にしてみるなら、たちどころに、まさに現代の響きとも言うべき新鮮な驚きがよみがえるのです。この斬新さフレッシュな息吹は、歴史の流れの中で、世紀の変わり目に必ず立ち現れる狼煙のような存在に思えてなりません。
 今回、《響きのルネサンス》として、モンテヴェルディの「聖母マリアのタベの祈り」を再び演奏できることは、この上ない喜びです。しかも、藤枝さんの作品によって、アンティフォナにあたる部分が演奏されることは、単にモンテヴェルディの受容という受動的な側面だけでなく、17世紀から現代へのメッセージにこちらからも積極的に反応する、という画期的な試みであり、常に新しい試みを模索し続けたモンテヴェルディに相応しいもの、と確信しています。21世紀を目前にして、皆様が《響きのルネサンス》で、ほんの一瞬でも、真に革命的で、新鮮な響きを感じられれば、それに過ぎる幸いはありません。 (鈴木雅明)

 聖務日課の典礼にしたがう「聖母マリアのタベの祈り」では、詩編やマニフィカトの前後にアンティフォナとよばれる古い聖歌が挿入されます。モンテヴェルディによって作曲された詩編やマニフィカトは、その時代の音律である「ミーントーン(中全音律)」によって演奏されますが、アンティフォナは中世の音楽を支配したピタゴラス音律に基づいて唱えられます。このオリジナル・ヴァージョンでは、この音律の歴史的な変化に着目しながら、独唱や少年少女合唱、それに箏や笙を含む特異な楽器編成でピタゴラス音律を復活させたさせた《響きの交唱〜Antiphon Resounded》が、「聖母マリアのタベの祈り」のあらたなアンティフォナとなります。
 このあらたなアンティフォナは、舞台上で演奏するバッハ・コレギウム・ジャパンと響きを呼び交わすように異なる場所で演奏されます。
 また、そのテキストも、本来の聖歌集によるのではなく、ネイティヴ・アメリカンの儀礼歌に基づく音響詩や、マリアにちなんだ植物の学名によるものなどが使われています。 (藤枝守)
 
(チラシ掲載文より:太字は当HP編集者によるものです)
《「聖母マリアのタベの祈り」終盤の2曲のピッチについて》

 ・・・なお、ヴェネツィアなど北イタリアのピッチは一般に高めだったので、今日は a=465 と 現代より約半音高いピッチで演奏されます。輝かしいひびきが期待できるでしょう。また、高い音部記号で書かれた第5詩編《イエルサレムよ、主をたたえよ》と《マニフィカト》は、当時の慣習にしたがって4度下に移調されます(さもないとこの2曲だけ声域や音域が不自然に高くなり、ヴァイオリンやコルネットが悲鳴のようになってしまうのです)。この点でも画期的な演奏となるでしょう。 
(よしむらこう。[音楽ライター] :コンサートのパンフレットより)

  *『聖母マリアの夕べの祈り』入門には
   「京都クラウディオ・モンテヴェルディ合唱団」HP内のこちらをご覧下さい
"Vespro"って何?
  こちらにも「聖母マリアの夕べの祈り」の解説があります!


【コメント】
 2種類の音律が時間と空間を越えて呼び交わす、未知の体験を与えてくれたコンサート。音律による音楽の色合いの違いを体感できたことが大きな収穫であった。新作のアンティフォンの新しいのにアルカイックな響きが、マリアへの賛歌を熱く歌い上げるモンテヴェルディの合間に置かれ、音のタイムマシンに乗った気分を味わった。 欲を言えば、アンティフォンとそれに続くモンテヴェルディの演奏の間をもう少し短くしてみたらもっと“響きの違い”衝撃を受けたのではないか、と感じた場面もあったことを付記しておく。
 開演前、チェンバロの弦が切れ、開演が20分ほど遅れるというアクシデントもあったが、会場のロビーに配置された“香り”を活かしたアートの展示なども含め、様々な趣向の凝らされた一夜を存分に楽しむことができた。
 終演後、この有意義な企画を実現してくださった出演者、関係者に大きな喝采がおくられていた。またこのようなアートの新しい息吹を採り入れた企画を立てていただきたいと願う。  (00/01/03)


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