緋田シェフの“カンタータ料理日記”(3)  

カンタータ料理日記 第8回 2005年4月22日〜25日 (BWV130、41、92)

 緋田シェフのカンタータ料理日記 (新装開店・再スタート!)

 矢口さんを始め、いろいろな方から、「更新ができてない」とお叱りを受けながらも、ほったらかしになっていたこのページですが、もちろん料理はきちんと続けておりました。料理メニューも「鯛めし」「蛸めし」「参鳥湯」などの定番ができたりしましたし、「参鳥湯」は、昨年5月の昇天祭オラトリオの時には、自ら演奏・録音に参加しながら、手に入るものはリハ期間に東京で買い求め、東京から神戸の鶏肉店に電話して食材を手配し、アルバイト・スタッフに指示して、コンサート受付・会場設営の合間に、チェックしながら、演奏会後には出来ているというような「離れ業」に近いようなこともやってもおりました。買出しに行く灘区の水道筋の市場では、普段使いの買物に行っても、領収書を書いてくれますし、お店の人からも半分「玄人」と見なされつつあるところです。
 録音が始まった1995年6月は、地震の傷跡も深く残る状況で、神戸人には「炊き出し」が日常的な光景であり、また、午後5時から録音を始めるというスケジュールでしたので、宗教センターという大学のオフィスの湯沸しのためのスモールキッチンで、「炊き出し」が始まったのは、ごく自然のなりゆきでした。それから早10年。東洋の片隅から始まった遠大なプロジェクトが世界中で認められ、バッハ演奏の中心の座を占めることとなったように、チャペルでの録音にまつわる状況も開始当時から大きく変化したことは皆様にも容易に想像していただけるのではないかと思います。
 宗教センターは、今年の3月開所以来始めてのリニューアル工事を行いました。学生と教職員・関係者が一緒に集う「コモンルーム」というコンセプトで、ミッションスクールである神戸松蔭女子学院大学・短期大学部の精神的支柱であるチャペル活動を学内外ともに活性化することを目的としています。
 宗教センターでの料理も、より適切な環境で行えるようにと、宗教センター内のキッチンは湯茶のみに使用し、料理は、宗教センター事務所の隣の学生食堂「ハナミズミ」の厨房をお借りして行うことになりました。草創期の「宗教センター」での店舗は閉店となりましたが、「ハナミズキ」にて新装開店と相成りましたので、お披露目かたがた、久々の料理日記をお届けいたします。(右の写真は「ハナミズキの厨房、お手伝いの石田絵美ちゃんと」です)

 

2005年 4月22日(金) 

 ・献立:ちぬ鯛めし、若竹汁
 今回の録音は、プロデューサーがインゴさん、エンジニアがイェンスさん。インゴさんは久しぶりの参加。お二人とも日本食がお好きなので、とてもやりやすい。トランペット3、ティンパニ、オーボエ3と大所帯なので、どうするかは買出しをしながら、食材と相談。いつもお世話になっている東畑原商店街の「大谷商店」で「チヌ」を大量に格安でゲット。きっぷのいいおっちゃんで、こちらがまとめ買いし、下処理もこちらでするため、かなり安くしてくれて、最後に「サンキュッ!」と言ってくれるのだが、内心こちらのほうが「サンキュッ!」なのである。「桜鯛」といって鯛が旬だが、別名「黒鯛」のチヌももちろん旬である。本鯛より磯臭さはあるものの、養殖でないのが良い。値段も安い。古の表現で大阪湾のことを「茅淳(ちぬ)の海」と言うが、もちろんこの黒鯛の地方名「ちぬ」の語源である。
 チヌはうろこを取り、内臓・エラを出す。米を洗い、普通に水加減する。炊飯器でもできなくはないが、最近の炊飯器は頭が良すぎて、具材が多いとうまくいかないことが多いので、鍋で炊くことに挑戦していただきたい。水加減は、炊飯器の目盛りに合わせて、そのまま鍋に移しかえる。炊く直前に調味する。私のやり方は、薄口醤油、みりん、酒、塩を直接入れて、味を見ながら、吸い物より少し塩辛いかなというところでとめる。そして、調味料の分だけ、増えた水を捨てる。昆布を敷いて鯛を乗せ、蓋をして炊く。最初は弱火で、沸騰すると火を強め、吹きこぼれないように注意しながら、火加減して炊き、水分が減ってきたら、火を弱める。鍋の蓋は開けないで、音、においや湯気で判断し、火を止める。ヒントとしては、水分がいよいよなくなってくると最後に湯気がもうもうと立ち上ってくる。そして鍋肌についた粘り気が乾燥してパリパリという音がしてくる。なべ底で、少しこげができてくるので、そのにおいが漂ってくる。それらで炊き上がりを判断して火を止めるのである。五感を集中させれば、必ずわかる。(「森のイスキア」主宰の佐藤初女さんも野菜の茹で上がるタイミングを「緑が一番濃くなる瞬間」と表現しておられた。)10分ほど蒸らして出来上がり。家庭では、そのまま食卓に出してもよいが、カンタータでは、鯛の奪い合いになるので、骨をはずし、身をほぐし、よく混ぜて、供している。鯛があれば年中している料理であるが、旬なのでやはり美味かった。   
 

2005年 4月23日(土) 

 ・献立:おにぎり
 演奏会の後すぐ食事休憩で録音開始というスケジュールなので、さすがに料理している余裕はない。宗教センターの非常勤職員も4月からの新任なのでなおさらである。新任は前述の出演しながら参鶏湯を作ったときに料理バイトをしてくれた可部まゆさんである。彼女はこの春、神戸松蔭を卒業したばかり。前宗教主事の勝村教授のゼミで、卒論は神戸の旧居留地の歴史について書き、論文のみならず、100年前の神戸オリエンタルホテルのメニュー再現と試食会までやってしまった人である。モダンだがヴァイオリンも弾く「美人」。可部さんには事務に集中していただき、料理バイトは卒業生でBCJの大ファン、オルガンの勉強を続けている石田絵美ちゃんにお願いした。演奏会後半に受付で待機していると、BCJマネージャーの深畑氏が呼びにきた。なにかと思ったら、おにぎりの具材の鮭を焼いてほしいとのこと。スーツ姿で、厨房に入り、鮭を焼いて受付に戻る。可部さんにそのことを話したら、「深畑さんには優しいんですねっ!」と誤解されてしまった。別に深畑氏を好きなのではなくて、料理を失敗することが嫌いなのである。音楽家が音をはずすことを嫌うように。深畑氏も鮭ぐらい焼けるだろうが、演奏家達が少しでも快適に演奏・録音できるようにとする心配りから、鮭の焼き具合まで最善にと考える「マネージャー」なのだ。絵美ちゃんと深畑氏の愛がこもったおにぎりを食べて録音が始まる。最近は予定より早く終わることのほうが多かったのであるが、今回は予定を1時間以上オーヴァーして終了。お疲れさまでした。
 

2005年 4月24日(日) 

 ・献立:鯛スープの春野菜カレー
今日の録音で大きな編成は終わりになる。休日なのでゆっくり買出しにいけるが、人数が多いので、品数の多いものはできない。天気もよく、春風で閃いた創作カレーにする。

材料 スープ:鯛のアラ(養殖でOK、4人分で1匹見当)、昆布、長ネギ。
具材 新たまねぎ、新じゃがいも、たけのこ(水煮でOK)、蓮根、オクラ、かぼちゃ、トマト、なすび、うすいえんどう、トマト水煮缶など。季節の野菜で自由にアレンジ可。
調味料 カレー粉、薄口醤油、みりん、酒、塩、オリーブオイル。
作り方 鯛のスープを作る。鯛のアラがかぶるぐらいの水に昆布をいれ、火にかける。沸騰したら、鯛のアラ、長ネギを入れ、酒を振りかけ、煮出す。
30分ぐらい煮て、アラを鍋に押し付けるようにして、ほぐしながら、ダシがよくでるようにする。潮汁ではないので、白濁するようにしっかり煮出して、ザルなどで濾して濃い目の「フュメ・ド・ポワソン(魚の出し汁)」を作る。
このスープにトマト水煮をほぐして入れ、適当な大きさに切った、たけのこ水煮、新たまねぎ、新じゃがいも、カボチャ、なすびを入れていく。野菜の種類によって煮える順番を考えて入れていくこと。蓮根はすりおろして、オクラも小口切にして入れるとスープに粘りがでる。
魚のスープと野菜から出汁で、繊細な春野菜の持ち味を殺さないことがポイントというかコンセプトなので、煮込みすぎないこと。一般的なカレーのコクだとかドロドロで濃厚な味とは対極にある。
薄口醤油、塩、オリーブオイル、隠し味でみりんを入れ、調味する。カレー粉は、フライパンで乾煎りして香りを出し、スープで伸ばしてから、鍋に混ぜる。1センチ角に切った生のトマトを入れてさっと火を通し、最後に味を調える。
皿にご飯を盛り、カレーをかけて、トッピングに、ウスイエンドウの塩茹をふりかけ、今回は鯛の身を、塩・胡椒し、オリーブオイルでポワレした(焼いた)ものをのせた。鯛のアラがない場合は、アサリやハマグリの出汁などでも応用できる。ニンニクやショウガも使わずに、あっさりとしながら野菜の歯ごたえ、滋味が感じられるようにする。

 思いつきが、すんなり形になったのは、小山裕久氏の野菜カレーのレシピが頭の片隅にあったからかもしれない。小山氏のレシピは野菜のみで出汁は一切使わないという精進であるが、カンタータ録音は非日常の場であり、経験上、料理にはもうちょっとパンチがあった方が良いと考えた。なかなか好評であった。調律の林さんからもレシピを所望された。 
 

2000年 4月25日(月) 

 ・献立:ちぬ、ひらめ刺身、姫貝と分葱のぬた、菜っ葉の炊いたん、姫貝酒蒸し、天然鯛白子の吸い物(作り方は省略)
 バスのドミニクさんが頑張ってソロを全部録音し、今日中に録音を終了させるということになった。食事時間がいつになるのか定かではないが、人数も10名程度なので、夕方に買出しにでかける。「大谷商店」で再びチヌとひらめと蛸を買う。灘中央市場の「えび芳」で、姫貝(あおやぎ)と「美味しんぼ」でも取り上げられた「亀の手」を発見。話のネタになるだろう。「明石屋」では、天然明石鯛の白子を買う。買出しから帰り、すぐ調理に取りかかる。調律の林さんが既にたけのこを茹でて冷ましている。録音終了してからの食事だと遅くなりすぎるので、結局、途中休憩となり「刺身定食」として食べていただく。インゴさん、イェンスさんも大満足の様子だった。皆、食べ過ぎて録音できなくならないように未練を残しながら再び録音に向かう。まかないの食事時間となって、遅くまで大学に残っていた聖歌隊の学生がいたので、特別に「カンタータ料理・ソリスト・ヴァージョン」のまかないを振舞うことにする。
 全て録音が終了し、林さん作の「若竹煮」が完成して供された。録音中に調律と調理を交互にやる人は世界広しといえどもこの人ぐらいであろう。美味しかったのか、すぐになくなってしまったので味見できずじまい。秀美さん差し入れの「すずき」(共食い?)を洗いと肝和えにし、スズキのカマ塩焼き、蛸の刺身、亀の手塩茹、鯛の真子と白子煮、ひらめ昆布〆、そらまめ、「下村の穴子」などで、録音終了を祝った。料理を終えて、厨房から皆が歓談している食堂に出て行くと拍手で迎えられた。なんだか本物のシェフになったような気分である。食事も一段落した頃、ドミニクさんは、オルガニストとしてもディプロマを持つ腕前だそうであるが、チャペルのオルガンをデモンストレーションしてくれることになった。鈴木親子がアシスタントとなって左右に控え、オルガンのスタイルにふさわしくフレンチスタイルのデモンストレーションを見事に披露。こういう貴重な体験ができるのもシェフの特権か。

本日の刺身定食でございます! 次々とアーティストの皆さまの胃袋におさまり・・・シェフへの感謝が残りました。
 
(BCJ・緋田吉也様:文&写真) (05/05/17) (00/06/07UP)

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