まぁ、なんとキナくさいタイトルだろうか。『ランナーズ』のなかのアスリートニュースに上記のようなタイトルで、3人が1ページずつ書いている。「斬る!」というタイトルをつけるなら、斬るに価する内容でなければならないのに、これは看板に偽りありである。女性週刊誌や何とかスポーツならまだしも、わたしは『ランナーズ』でこのようなタイトルをつけることは、果たして読者をひきつけることになるのか、おおいに疑問である。
いきなりタイトルにつっかかっては、先へはすすめないので、概略を説明する。
全国高校駅伝については、城西国際大学女子陸上部監督の大塚正美さんが、自分と高校駅伝の25年の関わりに触れながら、現在は女子選手のスカウトとして京都入りをされている立場から、書かれている。高校駅伝が選手中心でなく、所属高校、主催者、メディア中心になりつつあるという問題点を踏まえて、「駅伝」という競技の役目を終焉させ、世界で戦え、社会人としても優れたスポーツマンが求められているという。
全日本実業団駅伝については、旭化成で活躍され、現在は東洋大学の陸上部監督の川嶋伸次さんが、「コニカの躍進は外国人選手を抱かえるチームの理想の姿」というタイトルで、実業団駅伝で外国人エースのガソ選手の欠場にもかかわらず2連覇したコニカチームについて書かれている。チームとしての駅伝と個人の世界大会や五輪などへの出場に関して、川嶋さんは実業団で活躍されたご経験から、バランスのとれた意見を書かれていて、好感のもてる内容だった。
箱根駅伝については「あっとランナー」の鈴木彰さんが「学生ランナーの『箱根以降』」というタイトルで書かれている。わたしは勉強不足で、「あっとランナー」がどういう団体で、鈴木彰さんがどういう方が存じていない。わたしが違和感を感じたのは、この鈴木彰さんの文章についてである。
ある文章に反論する場合、反論する側は、自分の都合のいいように引用してしまうということになりがちなので、できれば全文を紹介したい。しかし著作権もあるので、そういうわけにもいかないので、恣意的にならないように引用していきたい。
まず、箱根をめざす大学生ランナーを「箱根」をゴールとする者とステップとする者に分けて、後者について「箱根」の弊害を言っている。まず、わたしは「2つにわける」ということに疑問を感じる。AかBか、黒か白か、表か裏かというように、なにかと二項対立させて考えると、AでもBでもない、どちらともいえない、あるいはどちらともいえるところを見落としてしまうからだ。でもこれを考えていたら、先へ進めないので、この点に関しては深く考えないことにする。「関東の大学」をステップとして実業団、世界を目指していくランナーが存在することは事実なので、その点に絞りたいと思う。
鈴木さんは、「スピード駅伝と称される箱根」であり、28分台のタイムをもつ選手がたくさんいるのにもかかわらず1万メートルに関しては、26分台の世界とは戦えない。5000メートルは、さらに太刀打ちできない、といっている。それは、大学生がスピードを向上させずに圧倒的な練習量に裏打ちされるスタミナを向上させているからだ、という。それに対して、高岡選手や永田選手は、「関東」に所属していないので学生時代に20キロを越える距離を走る環境になく、中距離でスピード的な基礎を作ってきたから、今、国内屈指のスピードランナーであるということだ。さらに「高校時代に1500で活躍していた選手が数年後にスタミナだけを増した「普通の大学生」となって箱根の華を飾ることを一概に手放しで喜んでいいものなのだろうか」と書いている。そういうことでは、世界に通用するマラソンランナーの育成はできない、とも書いている。
高岡選手、永田選手がスピードランナーということは、否定しない。でもそれは1万での実績であり、そのスピードを生かしてマラソンで一定の記録を出したのであれば、「箱根」のための練習を学生のときにしなかったことが彼らを「スピードランナー」としたことにつながるのかもしれないが、まだ実績はないし、たとえ実績があったとしても、2人の成功ですべてを語れるほど、単純なものだろうかという疑問もある。また、藤田選手についてはどういう説明をするのだろうか。スピードランナーといえば高橋選手(富士通)の名前があがるが、高橋選手は、「箱根出身」である。この点についてもどう説明していくのか。