スタートして先頭は、ワイナイナ選手(スズキ)そして前日の1万で優勝しているエメレ選手(アラコ)、少し離れて松長選手(中電工)、カギカ選手(NKK)。注目の本田技研の選手は、池谷選手が「日本人選手」の前のほう、次いで小嶋選手、そして野田選手は最後尾にいた。最初の1周400mが64秒、2週が63秒というペースで始まった。トラックの場合、1周のタイムとキロごとのタイムと、どう計算していいのかレースをみながらではわからないが、1周65秒とすると13分32秒5、1キロ2分42秒で13分30秒ということが目安になる
レースの半分くらいまでは、先頭が外国人2人、2位集団が松長選手とカギカ選手、そして3位が大集団で、カネボウと本田技研の選手各3人と岩佐選手(大塚製薬)で、3位集団の順位は微妙に変化していた。野田選手が終始、最後尾を走っていたのが、気になっていた。
わたしたち、俄か本田技研応援団は選手が前を通るごとに、ガヤさんとぬまっちさんが「いけがや、ファイト!」「こじまさーん、がんばってぇー」と声を応援しまくる。ただ、これは何度も言われていることだが、とにかく観客が少ない。当然、声援も少ない。わたしたちの応援は選手に確実に届くのは嬉しい反面、突然、わけのわからないヤツらに応援されている選手のほうはどんな気持ちなんだろうと、そんなことまで気にしてしまう。それくらい応援が少ないってことなんだろうけど。これが応援のしかたとしていいのかどうかわからないけれど、わたしは応援するとき、できるだけ選手の名前を言うようにしている。選手は突然、名前を呼ばれるのは違和感があるのかなと思うこともあるが、今年の京都シティを走られた弘山晴美選手がインタビューで「みなさん顔を覚えていただいて、名前を呼んで応援してくださるのが嬉しかった」と言われていた。いろいろな意味で話題になった弘山選手ですら、「名前を呼ばれれば嬉しい」ということなので、やはり応援するなら個人名でと思っている。個人の応援が突出して聞こえるというこの状況が、へんなのだと思う。
3キロあたりで少しレースが動きはじめる。先頭がエメレ選手にかわり、2位集団は同じ、3位集団は入船、瀬戸、池谷、小嶋、野田、市之瀬、岩佐選手という順で、3位集団がペースをあげたのではと思われた。日本人1位を行く松長選手はB標準突破のペースであり、そのことがアナウンスされると場内はわっとなり、松長選手への声援が大きくなった。3600mでエメレ選手がさらに前にでた。昨日の1万の疲れを感じさせない走りに、強さをみせつけられたようだ。エメレ選手といえば、まだ日本にきて4ヶ月という。わたしがエメレ選手の存在を知ったのは、4月の兵庫リレーカーニバルでのこと。わたしが座っていた近くに、アラコの応援団(といっても数人)が座っていて、そのなかの1人の男性がすごくよく通る声で「エメレ!エメレ!」と応援している。「エメレ」というのが聞き取りにくくて、最初は「この人、誰応援しているのやろ」という感じで、プログラムをみてアラコにエメレという選手がいるというのがわかった。その応援がとにかく大きな声なので、わたしと一緒に応援していた走さんの頭のなかには、「エメレ」がインプットされて、マインドコントロール状態だった。28分13秒で7位という成績にも、それまで全く知らない選手だったので、正直驚いていた。エチオピア出身の19歳ということを知ったのは、今回の日本選手権の優勝記事をみてからだった。アラコをひっぱっていく選手として、活躍するのだろう。エチオピアといえばゲブルセラシェ選手が12分39秒36という世界記録をもっている。12分台とはなんと恐ろしいこと。
9〜10周くらいのときだろうか、相変わらず俄か本田技研応援団は、必死の応援を続けるが、3位集団の最後尾にいた小嶋選手が少し身体を前に出して前の選手につこうとしている様子が一瞬のことだが窺えた。「きついのかな」と思いつつ、「ついて〜」と願っていた。でも残念ながらそのあと、小嶋選手は遅れはじめて最後尾を走ることになる。遅れはじめるとどんどん差が開いていくのは、陸上競技のこわいところだと思う。400mの周回のラップの1秒以内のところで戦うとはこういうことなんだと改めて思う。