1999年9月9日(木)

遅まきながら、ドゥニャンたちは8月26日から31日まで、花のパリへ行って来た。
今年の夏はモスクワ近郊の諸都市を巡り歩き、後顧の憂いのないようにロシアの夏を堪能しようとしたのだが、8月中旬の長雨に嫌気をさして、突然

「ドゥニャンはパリへ行く!!それとも絶対に日本へ帰る!!」
と、いう鶴の一声でパリ行きが決定したのだった。

パリのハナシをする前に、なぜモスクワというところはこんなに退屈な町なのだろうか。
オブニンスクに住む南アフリカのスーザンに「夏の間にもう一度おいで!」なんて、誘われていたのだが、あの退屈極まりないおんなじ風景に嫌になって、とうから行く気はなし。
オブニンスクの町の近くにある貧しい村を見に行こうと誘われて、少しは気持ちは動いたのだが、10キロも歩かなければならない。
偏平足のべた足を持つドゥニャンとしては、そんなに歩かされてはたまらない。

かといって家で終日家にいると、8月中旬の長雨はこたえる。
なんせまわりじゅうが泥だらけで、水びたしになるんだから。靴のことを考えたら、外へも行けやしない。(なんて嘘で、結局、雨が降ったら、足場がとても悪くなるので外へ出る気がしなくなるのだ。)

ドゥニャンの心の中には退屈という二文字でいっぱいになる。
そして、ガマンできな〜〜〜〜い!!もう、これ以上!!!

って、ことになって、

ロシアの都市以外ならどこでもいい。
出たい。ああ〜〜出たい!!


のがれた〜〜い。


ということになる。

航空券やホテルの予約のために、一日中電話を掛け捲る。

ヘンヘンはドゥニャンが本当にパリに行くとは思ってはいなかったらしい。
またいつもの談で、結局、ゴンタ(関西弁です。ごめんね。ごねている人のことをさすのかなぁ)を言っているとタカをくくっていた。

ところが、ところがである。

航空券の予約までしっかりした時になって始めてこれは本気らしいということになってしまった。
そこで、へんへんは突如忙しくなった。
なんせミシュランの3つ星レストランに予約を入れなくてはならないから。
フランスはパリ〜に行くのに、どうしてこのチャンスを逃せようか。

ところが、タイユバン、ピエール・ガニエールに何度電話をかけても、ヴァカンス中でお休み。
アラン・デュカスも2・3日後にしかやってないらしい。

困ったのはヘンヘン。


それでもしつこく毎日電話に向かう。
とうとう、3つ星5つフォーク(つまり最高点)のアラン・デュカスに予約が出来た。


ヘンヘンはもう舞い上がってしまった。念願のパリ〜の3つ星レストラン。(パリに行く前10日間くらい、それしか頭にない。)
ところが、ここまで熱心にレストランに行くことばかりを考える夫を見て、ドゥニャンが面白いはずがない。

なんの為にパリにいくのだ。
ドゥニャンのこのモスクワにいて砕けそうになる気持ちをねぎらいに行くのである。
それなのに・・ヘンヘンと来たら、自分のために行くような気持ちになっている。

悔しいドゥニャン。


「3つ星行くんなら、もうパリへは行かない!!」

ヴィザ(フランスへ行くには日本人はヴィザが要らないが、モスクワへ帰ってくる時のためにロシア入りのヴィザが必要なのである。)も航空券もそろったパリ行きの前日、大喧嘩。
「日本に子ども連れて帰るから。そんなに自分の好きなことばかり追い求めるんだったら、ドゥニャンたちがいてもいなくてもいっしょでしょ!!!ドゥニャンはレストランなんかでお金なんか使いたくないの!!」

「だから、お小遣いで行くって言ってるじゃない。」

「だって、それって来年の暮れのボーナスの小遣いのことでしょ??」

「あんたの小遣いはここでは月に1万5千円なんだから・・・。」

「そうだけど、小遣いの前借りって言うのはつまりボーナスの時、お小遣いをくれなくって良いってことだから、結局得するわけよ。」

ドゥニャンの頭の中は一瞬ハテナマークでいっぱいになる。

「何が得するって??おんなじことじゃぁない!!怪しいったら、ありゃしない。」 ハっとトリックに気が付いたドゥニャン。

「とにかく、そこまでして行きたいレストランなら、一人で行けば。ドゥニャンたちは日本に帰ります!!」
パリ行きの前日、旅行準備にかかっていたドゥニャンの用意は日本帰国準備となった。

「ぼくが行かなければ、ドゥニャンはパリを楽しめるんだ。だからパリへ子どもたちと3人で行ってきてください。それだとレストランも行かなくって済む。」
とってもしおらしげにまことしやかに言うヘンヘン。

「なゎあああにぃ?!」
ドゥニャンの言いたいのはそこではない!

レストランやワイン抜きで、パリで楽しみたいのだ。
レストランに行ったり、ワインを買ったりしたら、ヘンヘンのための旅行になるではないか。
日ごろ、ヘンヘンの仕事のためにここでの退屈を忍びに忍んでいるドゥニャンにとってくそ面白くもない。


ヘンヘンがドゥニャンや子どもたちのためにサービスしてこその慰安旅行なのだ。それなのにヘンヘンの頭の中は、フランスのワイン屋さんやレストランのことでいっぱい。

朝から、レストランへ電話を掛け捲っているかと思いきやインターネットでレストランのことを載せているHPを調べまくって、それが終わったと思ったら、ワインのページを念入りに読んでいる。
結局、彼は自分さえ楽しければいいという夫なのだ。

ドゥニャンや子どもたちのことは、ほんのちょっぴりしか考えていない。
(妻や子どもたちの喜ぶ顔を見たい一心で、仕事も放って調べているつもりなのに−へんへん)

自分のやりたいことをやるためには、弱腰でちょっと下手に出る。
そしてドゥニャンの歓心を買おうとする。

そしてちょっとでもドゥニャンが
「えっ、それでそのレストラン、ホテルから近いの?」
とでも言おうものなら、シメタ!!

心の中でほくそえむ。

「だからね。ここはメトロで1回乗り換えるだけなんだよ。駅でいうとたったの7つ。あっという間なんだ。メトロからは歩いて5分かな。」

「その長さヒールでは歩けないわね。ドゥニャン、ヒールが苦手だから。」

「いいよ。持って行ってあげるよ。」

「いいわよ。そこまでしてくれなくても。」
「いや、別にいいんだよ。ドゥニャンについてきてもらうだけで、ボクは幸せなんだから。お願いです。付いてきてください。」

いつかどっかで聞いたことがあるセリフ。こんな甘い言葉に騙されるドゥニャンではない。
しかし、いつものこと、相手もサルモノ、次々と出てくる。

「ねえ、ドゥニャン。3ツ星ってどれくらいのものなのか見てみないと、他がどんなレベルか分からないよ。最高のものを知るって言うのは、他のレストランがどんな風かわかる一つの試金石になる。なんだかだ言っても駄目なんだよ。要するに分かってないといけないことってあるんだなぁ。」
「ふむふむ。そうかもしれない。そうだよね。一番いいっていうお茶を飲むと、他のがドンナか分かるもんね。」
「そうでしょ???デショ。だから・・・。今回はドゥニャンにとっても必要なことなんだよ。日本のフレンチのレベルがどれくらいか知るためには、本場で味わってみないと・・ね。ッネ。」


どんなに日ごろクヤシイ思いを重ねて結婚生活を続けて来たか。いつもいつもヘンヘンの思うつぼにはまるドゥニャンって馬鹿なんでしょうか。

結局、今回も来年のボーナスの小遣い前借りということで、アラン・デュカスへ行って来たのだった。


ただ一つ、ドゥニャンにとって胸がすく思いがしたのは・・・。

アラン・デュカスには3つの部屋がある。全体の中心にあり窓も部屋も大きな書斎風の間、調度が上品な応接間風の部屋、そして裏通りに面した狭い個室風、でも個室ではない部屋。通常日本人その他の外国人はその狭い部屋に「押し込められる」と聞いていた。三つ星ともなるとそこはヨーロッパの社交界。見栄えのいい女性! が一番めだつ席に案内されるのはまぁ常識。(だから他のお客さんから見えるよう、女性が窓側や壁際席に座るのが慣習になっている。)

ところが驚くことなかれ!!!

ドゥニャンは、そのほとんど座れない黄金の席、アラン・デュカスが広告用の写真に使っている場所でもある大きな部屋の窓側の正面一等席に通されたのだ(ヒッヒヒヒ、ドゥニャンはそんなに格好イイノカナぁ。鼻の下が一段と伸びますなぁ。)
その上その玉座でメインディッシュを食べた後、寝てしまったのだ!!
この席からはレストラン全体がみわたせる。
ということは、レストラン全体から見られるということでもある。

ザマアミロ!!

ヘンヘン!!

ドゥニャンの恐ろしさが分かったか。


お蔭でドゥニャンはチーズが食べられなかったけれど、起きた後、復活が素晴らしかった。デザートをペロリと2人前食べてしまったのだ。

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