ボリショイ劇場の舞台裏 その6


ボリショイ劇場の建物の中では他にオーケストラボックス、地下のサウナ、そして新館のリハーサル風景を見た。

サウナはどうやって辿り着いたか覚えていないけれど、オーケストラボックス近くの階段から地下へ降りたような気がする。 特に立派なものというわけではなく、男女兼用。というのはいいすぎだけど、時間帯をくぎって男性と女性が交互に利用することになっている。

本館から新館への通路もどういったのか忘れてしまった。
バヤデルカのソロ(黄金の偶像)のリハーサルをおえたあと、「いきましょう」ということで4階か5階から岩田さんの後をついていくと、知らぬ間にオペレッタ劇場の建物に移っていた。ここは1924年から(正式には1930年から)ボリショイの第2劇場だったので本館と新館の結び目になるのも道理があるのであろう。外をみると正面に新館前の噴水が見え、左手に本館、右手に新館があった。稽古場がひとつあり、そこに敷いてあるリノリウムは、9月に「太りすぎ」とのことで劇場を解雇されたボロチコワが寄付したものだという。
地下へと降りていくつかのドアを通過すると真新しい建物に来ていた。床には足跡シールが貼ってあり、新館の方向が示されている。
さらに進むと知らぬ間に新館のステージに出た。10月初演のオペラ「マクベス」の新演出リハーサル中で、舞台裏には衣装を着た歌手たちがぞろぞろと控えていて、舞台上ではソリストたちの動きを演出家が指示していた。

再び本館に戻り、オーケストラボックスを見せてもらうことにする。
ボリショイ劇場内部は、昼に何もないときには廊下は電気がついているが、客席は非常灯を除いてほとんど真っ暗。オーケストラボックスもほぼ真っ暗。
でもせっかくだからオケボックスへ入ってみた。所狭しと並んでいる楽員の椅子の間を通り抜けて、めざすはもちろん指揮台。

誰もいないので、指揮台に上ってみた。ホールは超満員のつもりになって、まずは客席へあいさつ(?)。舞台と客席の間の「穴」の中にもぐり、首だけが上にでている感じである。平土間はほとんど目にはいらないのに対し、視界にばっちりくるのが正面の皇帝席であった。
くるりと廻って舞台の方へ身体をむけると、舞台がちょうどよく傾斜していて思いのほか手前も奥もよくみえる。
指揮者ごっこの次にオーケストラのいろんな席に座ってみた。するとこれまた意外なことに、客席はほとんどみえないのに対し(3階以上は別)、舞台がよく見える。もちろんコンサートマスターなどヴァイオリンの席からは舞台奥は視界外だが、オケボックス後方からは見上げる形にはなるけれど舞台全体がはっきりみえるようになっていた。

そこで思い出したのが、指揮者が立つ位置。指揮者がオーケストラの客席よりのところに立つようになったのはマーラーがヴィーンの歌劇場の監督をしていた時代、ほぼ20世紀初頭以降で、それ以前にはオーケストラと舞台の間に指揮者はたっていたという。
今あるボリショイ劇場は1856年に建て直されたものであり、当時の絵を見ると確かに指揮者はオーケストラの舞台に一番近いところにたっている。だけど楽員は指揮者を背中からみることになるので演奏には不都合であり、客席寄りの位置の方がオケも舞台も両方がみえてよりよいということに気づいたのであろう。

ネタもそろそろ尽きてきたので、最後に今回見た「舞台本番の舞台裏」について。

前にも書いたように15番入口(楽屋口)から入ると、まずは入館証をチェックされるが、その左手に担当者の控え室がある。 で、実はその先が客席と舞台裏との連絡通路になっている。

つまり、客席側から楽屋に行く時には、わざわざ一度外にでて15番入口に廻らないでも、一階右側のビュッフェのはじにあるドアをあけると、15番入口の入館証チェックポイントにつながっているのである。
だからこのビュッフェには、休憩時間に飲食するためにやってくる本番を舞台の袖で見学している団員や関係者がよくやってくる。
団員たちは入館証をもっているので15番入口から建物に入るが、客席から見たい時にはこのビュッフェを通る。席さえ空いていれば客席にすわって舞台を見ることが許されているのである。
幕があく直前くらいに平土間の正面入り口付近では、ボリショイのソリストが空いている席を館内案内の係に尋ねている光景をよくみかける。

ちなみにこのビュッフェの楽屋口につながっているドアの左隣には上り階段があって、それはロージャ・ベヌアーラ(一階両脇のボックス席)へとつながっている。
ロージャ・ベヌアーラには専用のビュッフェ、クロークがついていて独特の雰囲気があるが、さらに奥に進んで舞台寄りのドアをぬけると赤い絨毯の敷きつめられた階段の踊り場があり、まさに別空間。その階には劇場総裁の秘書の部屋が、その上には総裁の部屋がある。
支配人秘書の部屋の正面には、ロージャAという舞台に一番近い貴賓席があり、初演や新演出があると劇場の指導部がここに集い、終演後には出演者がそちらに挨拶をするのが恒例となっている。
各ボックス席には裏に質素で小さな控え室があるが、ロージャAやその真上にあるロージャBの控えの間は豪華さがそれらと較べものにならないほどで、金箔をふんだんに使った椅子やテーブル、そして真紅の椅子が置かれていて、貴族の生活がどんなものであったのかを思わせる。

また秘書の部屋から階段を降りると16番入口につながっていて、それは貴賓席への招待者受付場所となっている。
ちょっと自慢になるが1989-1991年、1998-200年に住んでいた時には劇場の正面入口ではなく、いつも建物右横の16番入口から入り、下で招待状をうけとって豪華な階段をのぼり、ロージャ・ベヌアーラで観劇するというのが日課になっていた。

さて今回の滞在中にはドンキホーテ、バヤデルカ、白鳥の湖の舞台裏を見学した。
何度も書いているが15番から入ってつきあたりを右にいくと、まずはオーケストラボックスがある。その先をちょい進むと舞台の下になっていて、階段をあがるとそこはもう舞台袖である。終演後に指揮者はこの道を通って舞台へと登場する。

そこは舞台右側なので女性側楽屋が近い。そこらへんをうろうろしているのは気まずいので、私の場合は左側に行くことになる。
だけど本番前にずかずか舞台の上を通るのはさすがにはばかられるので、たいてい舞台の真下を通って左側へいき、階段を上って舞台左側に出ることにしていた。
舞台下の天井は約180センチくらいと低く、ややかがみ気味に進む。真上ではバレリーナたちがウオーミングアップをしているのでバタバタ、ミシミシという音が聞こえる。
また、そこには舞台を支える柱の他にせりあがり装置がいくつかあるので結構ごちゃごちゃしている。

舞台袖には楽屋へ通じるドアが二つあり、舞台の奥の方にあるドアを開けると廊下になっていて、その正面に201番という岩田さんが本番時に使う楽屋がある。ちなみにそこから窓をのぞくと、新館前の階段が見える。
廊下沿いにソリスト用の楽屋が並んでおり、一番奥がプリンシパルの使う部屋のようである。部屋の外にはバーがあって白鳥の日にはフィリンがひとり黙々とウオーミングアップをしていた。
楽屋部屋のはずれにはトイレとシャワー室がある。

本番前の舞台裏の雰囲気であるが、30分くらい前にはすでに舞台はセットされているが人も少なく、緊張感は感じられない。
白鳥の湖だと舞台上にファンファーレのラッパや、正面テーブルの上にグラスなどが置かれているので、ちょっとさわってみた。
あたりまえだけど金属製でも木製でもなく紙製で、とても軽くつくられている。ラッパをもちあげて記念撮影なんかをしていたら、他の団員たちや、舞台を見にきていた団員の子供(小学生くらい)が集まってきて、みんなラッパで遊びはじめた。
舞台の両脇には歩哨のようなセットがあるので、登ってみた。なんとハジゴでのぼるのである。10メートルくらいの高さがあるので、のぼり始めるときには通りかかった舞台係のおばちゃんに「保険はかけてあるの?」と聞かれてしまった。
上は櫓という感じで狭く、ぐらぐらする感じがする。本番では衣装をつけ、長いファンファーレのラッパをそこで構えるので、高所恐怖症の人にはムリだろうなと思った。
20分くらい前になると群舞の人たちがちらほら集まってきて思い思いに身体を暖める。
そして10分くらい前になりようやくプリマが登場。その時にはさすがに緊張感が漂ってくるし、知らぬ間に舞台の前方は彼女が練習しやすいように場所があけてあった。

幕間には舞台から楽屋へ向かうドアのところに数人分の水が用意してあった。去年ジゼルを見た時には主役のニパロージニーは自分の楽屋でティーバックのお茶を飲んでいたが。
雰囲気は第1幕の前と同じ感じであるが、バヤデルカの時には第2幕のあとに、「影」たちが舞台奥からおりてくる傾斜のある装置を組み立てなければならないのでちょっとした工事現場のようにクレーン車よろしく装置を持ち上げたり、人が集まってドンドンとかなづちで木を叩いていたりした。

舞台の右側の袖には客席が移っているモニターがあり、舞台装置組み立ての監督とおぼしき人はその前にすわり舞台と客席を相互にみて開演前のベルをならす指示をしていた。

さて、ここで問題です。この写真はどうやって撮ったのでしょうか?
客席はほぼ埋めつくされており、オーケストラボックスを見るとコンサートマスターほか、楽団員がすでに着席してます。
明らかに舞台上から撮ったとしか思えない構図だけど、バレエとは縁遠い風貌の私が舞台にあがって写真を撮ろうものなら、大騒ぎになるでしょう。

答えを明かすと舞台上の幕には直接客席の様子を知ることができるように小さな穴があいており、そこにレンズをあてて撮ったものなのです。
実はその時、開幕前のベルが聞こえずにゆっくり舞台裏を見学していたのだけれど、写真を撮ったあとに舞台の上で長話をしていたアキーモフとヴォロホプコ(キャラクターダンスのトレーナー)が急にいなくなったのを見て、私もあわてて客席に戻ったのでした。
時間がないので舞台上を横切り、階段をおりるとオーケストラボックスの脇を過ぎたところで三回目のベルがなり、真っ暗のビュッフェを手探り状態で小走りに客席に向かい、開幕にはなんとか間に合いました。

最後に舞台裏で聞いた意外な情報を少々。

ボリショイのバレリーナはいうまでもなくプロ中のプロ。だけど表現の場は劇場であり、そこで一般のお客さんにみてもらうべく毎日精進を重ねている。
だからブラボー屋さんは別としても、劇場での拍手やファンからの応援の言葉がとても嬉しいという。
信じられないことに、あんなにきれいなのに自分がきれいであると思われているかどうかをとても気にしていて、ある意味自信がないそうです(自分こそ絶世の美女と自信を思って信じている人もなかにはいるが、それは例外)。
というわけで、踊りに感銘をうけたら拍手やブラボーを、きれいだと思ったら「素敵!」と会った時に表現すると喜ばれます。

同じく、自分がどれだけ評価されているのか、知られているのかということも気にする点とのことで、サインや写真をお願いすることは躊躇すべきことではなく、むしろ喜ばれることなのです。
これまた「自分の芸術は素人にわかるまい」と考えている人もいるようなので、そういう人は別。
少なくともボリショイの場合、頂点にたつ人ほど−アナニアシヴィリもプリセツカヤもラヴロフスキーもアキーモフも−人柄は謙虚で、ファンを大事にしてくれます。


劇場の舞台裏
リハーサル中の岩田さん
せりあがり装置
本番前の舞台裏
バヤデルカ本番30分前
プリマ登場
幕のこちら側とあちら側
舞台裏からみた幕
客席側からみた幕
客席
左側ボックス席をみる
舞台裏からみた客席

「ボリショイ劇場の舞台裏 その7」はこちら

「2005年のボリショイ劇場」はこちら

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