ボリショイ劇場の舞台裏 その7


ことしのロシアはモスクワでテロが相次いだり、オセチアで学校占拠事件があったりで、入国審査が厳重、街にはさぞかし多くの警官がいるのではと思っていた。
しかしそうした予想は大ハズレ。今回はモスクワに旅行者として8泊しただけだけれど、年を追うごとに明るくなり、生活しやすくなっている。
ボリショイ劇場近くのソ連的大ホテル「モスクワ」が取り壊されていたり、子供用品店「ジェーツキー・ミール」の近くにまた新しくアメリカ資本の高額ホテルが建っていたりという変化はあるが、物価は一年前と変わらず人々の表情は明るい。
テロ関連で気づいたことといえば、地下鉄のエスカレーターで「不審物や不審者をみつけたら係員に連絡を」というアナウンスがあったことくらいであった。

さて、今回は3回のバレエ公演を鑑賞し、3回ボリショイ劇場のレッスンを見学した。滞在中にバランシンの夕べや「明るい小川」公演もあったが仕事の関係で泣く泣く断念。

来年(2005年)5月、ボリショイ劇場本館は長年の懸案であった大改築に入る予定(2007年まで)。その関係か、はたまたテロ予防の関係か、劇場内がすでに少し改築されていた。
正面入口は閉ざされ、観客は左右いずれかの入口から入ることになっていた。ビュッフェもロージャ・ベヌアーラのものをのぞき場所が変わっていた。以前あった一階両側のものはあとかたもない。そこが現在の入場口になっている。また二階の「白の間」はスペースのおよそ半分があらたに作られた壁で入れなった代わりに左部分が大ビュッフェとなっている。

15番扉にあった「関係者入口」との文字は消されている。で、現在は本館と新館を結ぶ緑色の建物(オペレッタ劇場の後ろ部分)のNo.3が関係者の出入り口となっている。または本館左側のNo.1扉を利用する。ただこれは左側舞台下につながっているところで、本番用の男性楽屋には近いけれど、レッスン用の控え室やスタジオへ上がるエレヴェーターには遠い。
というわけで、現在はNo.3から入って二階へ上がり、右へ曲がって連絡通路を通ることで本館(4階)へ行くのが普通のようだ。

全体レッスンは通常10時からと11時からの2種類あるが、今回はアメリカ公演との関係で11時からだけであった。
その上アキーモフ前バレエ監督は日本に出張中ということでクラスも多少イレギュラー。私が見せてもらったのは初日がV.L.ニーコノフ、あと二回はV.N.バルィキンのもの。
二人ともソ連的なやや冷たい表情に冷たい風貌。だけどレッスンがはじまるとインスピレーションが湧き、魂を吹きかけられたように急に生き生きと表情豊かになる。

特にニーコノフ先生はこの文を書くにあたって調べてはじめてわかったことだけれどなんと66歳!ヴァシーリエフより年長のメッセレル門下。往年のジークフリート(白鳥の湖)、アルベルト(ジゼル)、バジル(ドンキホーテ)と王子様役を総なめした人民芸術家(人間国宝)であった。
このレッスンに参加していたのは18人。主なところではベロガロフツェフ、クレフツォフ、岩田、バローティン、スクヴォルツォフとプリンシパルが3人もいた。だけど前の3人は約30分のバーレッスンが終わると、先生とピアニストに「ありがとうございました」といってぞろぞろと退出。
対角線や円弧を描いて動くレッスンは2−3人あるいはひとりずつおこなうため、先生はひとりひとりに「よく出来た」「左腰が遅れている」「後ろ足がまっすぐだったら完璧だったのに」などと簡単なコメントをつける。
プリンシパルがこれを欠かすのは、舞台のための個人レッスンがあるからでもあるが、もしかしたら先生にたいして若手がアピールしやすいようにとの配慮からかもしれない。
逆に自分の番がこない人同士はにこやかに雑談したりしている。岩田さんがクレフツォフに何かしゃべりかけていたので後で聞くと「スパルタクスを踊るのと新作の『6号室』のような現代的で小さな役をするのとどっちが好き 」と聞いたら「それぞれ違うジャンルのバレエだからどちらの方が好きとはいえない」という優等生的回答だったとのことである。
レッスンはその日によってバランス、回転、ジャンプなど重点項目があるようで、この日は回転系のものが多かった。岩田さんが最後にみごとなグラン・フエテを決めるとバローティンが思わず拍手していた。

バルィキンのレッスンはさらに多くの人が参加していて26人(男14人、女12人)。中央にはルニキナペレトーキンニパロージニー、ケルン、ルィフロフといった主役級が並ぶ。ソリストでは他にシプーリナ、ツヴェトニスカヤ、ティグレヴァなどもいた。トレーナーであるボロホプコもバーレッスンには参加していた。

二日目には先生がやや遅刻したためペレトーキンの合図でレッスンがはじまった。彼は鋭い目をもち背が高いだけでなく恰幅もよくとても迫力あった。スパルタクスの悪役クラスがはまり役なだけある。
この日一番頑張っていたのはルニキナである。彼女はバレエ学校を卒業しボリショイに入団したその年にジゼルの主役に抜擢され、その後も主役をたくさん与えられていたけれど舞台上ではぎこちなく、まだまだ主役の器ではなかった。正直なところなんらかの理由で特別扱いされていることは内輪で有名な話であった。
その後彼女は未婚のまま妊娠、出産。この日は復帰初日で夜にジゼルを踊ることになっていた。久しぶりにみると小ぶりではあるがさすがに華があり、レッスンでは断トツにうまかったし、途中でぱらぱらと人が抜けていくなか最後まで手を抜かなかったことには驚いた。
レッスンは予定を過ぎてもしばらく続き、12時からスタジオを使うことになっていたマクシーモヴァが登場。教え子のレッスンをじっと見ていた。

それから驚いたのは昨年「肥満で退団」ということで話題となったヴォロチコヴァが途中からレッスン室に顔をのぞかせたこと。バーレッスンが終わる頃に隣のレッスン室から黄色のトレーナーを来て突然現れ、ジャンプ系の練習に加わるとまた退出。
話を聞いてみるとその後裁判には勝ったが、現在はクラスノダールバレエ団(グリゴローヴィチ団長)のプリマ。だけどボリショイにも籍が回復され、近々ジゼルのミルタ役で復帰とのことであった。太っているようには全く見えず、あいかわらずのロシア美人であった。
(2004年10月17日)

2005年いっぱいは大劇場を閉鎖しないという情報をえました(2005年1月)
2005年7月から2008年(予定)まで閉鎖になりました。(2005年7月)


レッスン風景1
ヴラディーミル・ニーコノフ
ウォーミングアップ
レッスン風景2
ルニキナ、ペレトーキン
ニパロージニー
ボロホプコ他
レッスン風景3
バローティン他
ルニキナ他
レッスン風景4
ルニキナ他
レッスンを見つめるマクシーモヴァ

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