仮想心中
 

−3−

 俺は、ピザを摘みながらゲームの説明をした。
「アルトゥハンは、オンラインRPGって呼ばれるゲームでね。単体でも遊べるけど、本当に楽しむには、ネットワークにつなぐ必要があるんだ。ただ、通信のデータ量が大きいんで、最低でもISDNの環境が必要になる。今はパソコン版だけだが、年内には家庭用ゲーム機版も出る予定だ」
「通信で何をするの?」
彼女は、綺麗な顔に似合わず、パクパクとピザを食べ続けている。昼飯も抜きだったんだろうか?
「チャットとか知ってる? アルトゥハンは二つの大陸と大小の島々からなる仮想世界でね。プレイヤーは、その世界で生活するわけだ。あらかじめ世界のあちこちにクエストっていうシナリオが撒いてあって、プレイヤー達は、仲間を募ってパーティーを組んだり情報収集したりして、それを解いていくわけだ。もっとも、遊び方の基本は冒険だけど、別の遊び方も出来る。経済システムがしっかり作ってあるから行商人やブローカーも出来る。既に、名の知られた大金持ちのプレイヤーや、ギルドマスターとなってる有名プレイヤーもいる。また、データアップ機能を利用して、自分の描いたCGをアップして歩く放浪画家や、自作の曲を聴かせる吟遊詩人をやってるプレイヤーもいるんだ」
「へー。面白そう」
彼女は、食い入るように俺の話を聞きつつも、迷わず最後の一切れを口に運んだ。
「ゲーム画像も綺麗なんで、冒険よりアルトゥハンの世界をあちこち旅行するだけの人もいる。各地にある寺院を回る巡礼者プレイヤーや、当てもなく旅する放浪者、一つの村に定住する農民や漁師なんてのもいる。こういったのは最近増えてきたプレイパターンで、癒し系なんて呼ばれてる。…まあ、言葉の説明じゃ何だし、実際にやってみるといい」
俺は、ウェットティッシュで指を拭くと、壁際のパソコンデスクに並んだ三台のPCの電源を入れた。
「ちょっと待ってて。今、会社につないでIDを発行するから」
「ついでに、亡くなったユーザの情報は見れない?」
「残念ながら、既にシステム上から削除されてるよ。もっとも、仮にあったとしても、そういうのはちょっとまずいだろ」
「アラ、お堅いのね」
「当然だ。ネットワーク管理者ってのは、ネットワーク上の神様なんだ。他人のメールを読むことも、極秘ファイルにアクセスすることも、やろうと思えば簡単に出来るし、何なら、そういう不正行為の証拠を消去改竄することだって出来る。何せ、それを発見監視すべき立場の人間だからな。モラルの低い奴にはやらせられない仕事なのさ。今回は、本当に特別なんだぞ」
「多謝多謝」
俺は保守用回線を使い一番左のパソコンをアルトゥハンの管理システムにつなぐと、ID発行機能を呼び出した。こういう事が平然と出来てしまうのもネットワーク管理者の特権だが、そんな人間に声をかける彼女もなかなか運がいいと言えるだろう。彼女は、キレイにピザを平らげると、満足した表情でソファーベッドの背もたれに、ドッカリ体を預けていた。
 
「ほら、ここにハンドル名入れて。アルトゥハンで使う名前」
「んー」
彼女は、流れるような指使いでキーボードを押した。ライターと言うだけあって、キーボードの扱いには慣れているらしい。
「サマーミスト? まんまだな」
「ほっといて」
「次はパスワードを2回。一時的に使うだけだから、まあ何でもいいだろ」
「んー。945688っと。へへっ。サービス」
彼女がイタズラっぽく笑った。
「?」
 
 俺は彼女を、一番右の椅子に座らせた。
「これがコントローラー。手のひらの当たる所に金属の部分があるだろ。プレイ中に何か大きなダメージを受けると、ここが静電気でピリッとくる仕掛けになってる。改造コントローラーは、ここを改造して、刺激の強弱をつけたり、他のイベントでも反応したりするようにしてるらしい」
「エ…」
彼女は、コントローラーを恐る恐る握っている。
「大した刺激じゃない。爪で軽く引っ掻いた程度だ。それから、これがヘッドマウント・ディスプレイ。頭に被って使うんだ。やってみな。ちょっと重いけど、その分臨場感は段違いだ。目の下の部分、穴が空いてるだろ。そこから手元が見える。キーボードは、被ったまま使うことが出来るよ」
彼女は、一旦ヘッドマウント・ディスプレイを外すと、申し訳なさそうに訊ねた。
「これ…、電話代かかるでしょ」
「ああ、それなら心配無い。うちは通信にはケーブルテレビネットを使ってる。料金は固定だから、一日中使っても全然使わなくっても、同じなんだ」
「ホント?!」
パーッと彼女の顔が明るくなった。俺も彼女の反応パターンが、ようやく飲み込めて来た。
 
「ゲームのセットが二つもあるなんて、スゴイわね。誰とやるの?」
「彼女、と言いたいところだが、生憎会社の同僚連中が使うんだ。一台は会社からの借り物。時には、ゲームを盛り上げるため、サクラをやったりしなきゃならないから、結構厄介なもんなんだぜ。…それじゃあ、ちょっと練習しよう。コントローラーだけで、大抵の操作は出来る。他のプレイヤーなんかとの会話ではキーボードが基本だけど、そのヘッドマウント・ディスプレイにはマイクが付いてるから、相手が受信OKなら、直接会話してもいい。…アルトゥハンの操作で特徴的なのが、バトルビートシステムだ。両手の中指の所に大きめのボタンがあるだろ。その二つのボタンを使って、画面に表示されるリズムを刻むんだ。そのリズムの上手下手によって、キャラクターの技や防御が自動的に行われる。もともと動作ってのは、リズムがあるものだからね。だから、反射神経が良ければ勝てるって訳でもないし、同じ攻撃でも、その日の調子によって威力も変わる。これもリアリティーを出そうとした仕掛けの一つだ」
 まず始めに彼女は、三十問のアンケートに答えさせられた。そしてログイン画面が過ぎ、彼女のキャラクターデータが表示された。職業は女盗賊。極端に裾の短いヘソ出しジャケットを羽織っている。彼女は人差し指でヘッドマウント・ディスプレイをチョコンと押し上げ、こっちをしげしげと見ている。
「あ、ああ、キャラクターデータは適当に作っておいたよ。盗賊だと、治安レベルの低い地区なら、他のプレイヤーの会話を盗み聞きすることも出来るし、情報屋やブローカーとも接触しやすい。このジャケットは、南のンディール島の大深海蛇の皮で作った物で、今週リリースされたばかりのアイテムなんだ。目立つし珍しいから、他のプレイヤーが話しかけてくるはずだ。プレイヤーレベルは40。世界中を旅できるレベルにしてある。アイテムは一通り揃えてあるから、特に困ることは無いだろう。お金も多めに持たせてある」
彼女は再び、ポコンとディスプレイを被った。
 
「それからもう一つ特徴的なのが、このパートナーシステムだ」
ディスプレイにキャラクターの選択画面が現れた。
「いざ冒険といっても、仲間が集まらない場合もあるだろうし、クエストに行き詰まったり、時間を潰さなきゃならない時もある。そんな場合のために、各プレイヤーには、パートナーのノンプレイヤー・キャラクターが設定できるんだ。まあ、サポート用のコンピューター・キャラだね。どれか一つ選んで」
彼女は少年を選んだ。
「エルフの子供だね。特徴的なのは、コンピューター・キャラの会話が非常に柔軟で豊富な事なんだ。さっきアンケートに答えたろ。あれは性格診断のアンケートで、その結果を元に、君と会話が合うようにキャラの性格設定がされるんだ。初めは君のことを知らないから質問主体の会話になるけど、データが蓄積されていく内に、会話の幅がどんどん広がっていく。しかも単なるオーム返しじゃない。君の性格に近い他のプレイヤーの蓄積情報を使って、会話の内容に幅を持たせるようになっている。つまり、データが貯まれば貯まるほど、会話もリアルになっていく訳だ」
「へー」
「さて、それじゃそろそろ冒険に行きますか」
俺は自分のディスプレイを被ると、ゲームをスタートさせた。
 
「ワ!」
彼女の視界が、林の中になった。
「チョット、何これ。酔いそー」
「君は今、女盗賊サマーミストの目で物を見ているんだ。まあ、すぐに慣れるよ。それより、君は既にレベル40だってことを忘れないでくれ。まずは動く練習をしよう。町に入ると、すぐにいろんな連中が話しかけてくるからね」
「チョット、ねえねえ。目の前に変なオヤジが立ってる」
「それは俺だ! パーティーって表示があるだろ」
俺は彼女の方へ振り返って見せた。
「…放浪者トーガ? アー、自分だってまんまじゃない。それにチョット何よ、その汚い格好。ボロ切れ被って、肩にカラスなんか乗せちゃってー」
ヘッドマウント・ディスプレイのヘッドホンから、彼女のケラケラ笑いが聞こえてくる。
「いいんだよ、これが気にいってんだから。ほら、行くぞ。歩きもろくに出来ないんじゃ、取材なんて出来ないぞ」
「あ、チョット待ってよー」
「お姉ちゃん、歩くの下手クソだね」
「なに〜?」
「おいおい。パートナーは音声認識出来ないんだ。キーボードで答えてやれよ」
彼女は木にぶつかりながら、俺の後を付いてきた。
 

前へ メニューへ 次へ
 
For the best creative work