仮想心中
 

−5−

 俺達は、アルトゥハンを終了した。隣では、ヘッドマウント・ディスプレイを外した彼女が、首をグルグル回している。
「さてと。あまり収穫は無かったようだな、サマーミスト」
「あら。これはこれで大収穫よ。ありがとう、トーガ」
彼女は早速、ノートにビッシリと書き込んだメモの整理を始めた。あれだけゲームの中で馬鹿騒ぎをしていながら、これだけ大量にメモを取っていたとは。俺は彼女のプロ根性に敬服した。
「何か飲むかい? のど渇いただろ」
「じゃあ、コーヒー下さる?」
「コーヒー? ビールもあるけど?」
「忘れない内に、取材の整理をしたいのよ。それにまだ、調べたい所もあるし。改造関係のホームページ、教えてもらったから…。ア! 出来たらコーヒー付き合ってくれないかしら?」
「あー?」
彼女は、俺が缶ビールを開けようとするのを制した。
「お酒が入ると性格が変わる人っているじゃない?」
「おいおい、これ一本で性格変わったりしないぜ。酒が入ると身の危険を感じるとでも…、待てよ…、オイ、そういうことなのか?」
彼女は、首をすくめると、猫なで声で答えた。
「ウフ。ゴメンね〜。あたしも、トラブルはゴメンだし…。人を見る目はあるつもりなんだ」
「ハッ、なるほど。俺は人畜無害のいいカモに見えた訳だ!」
「そんなこと言わないで。あなたが情欲に身を任せるタイプに見えなかっただけ。こんな仕事してると危険なことだってあるのよ。だから、ホラ」
彼女はセーターをめくり小型のスタンガンを取り出して見せた。
「こんな物も持ち歩かなきゃならないの。でも、これは奥の手。本当は、人には見せないのよ。あなたを信用したから見せたの」
「その代わり、でっかい釘が刺されたってわけだ。やれやれ、それでは親切で理性的なおじさんは、コーヒーでも買いに行ってきますか…って、オイ?!」
財布を持ってドアの方に行こうとした俺の目に、時計の針が飛び込んできた。既に午前一時を回っている。振り返ると、彼女が両手を合わせ上目遣いにこちらを見ていた。
「何てこった!」
 
 その後、彼女は改造コントローラー関係のホームページや掲示板を読み漁った。俺もまさか、これほど沢山の情報ソースがあるとは思わなかった。だが、結局、死亡事故につながるような有力な情報は、何一つ得られなかった。
「やっぱり、偶発的に起きた事故じゃないのか? 格闘ゲームみたいなオーバーな話じゃない」
「まだ、そうと決まった訳じゃないわ」
彼女は椅子を回し、反論した。
「だけど、警察も単純な事故死として扱ってるんだろ?」
俺は時計を見た。既に四時を回っている。
「さて、俺は先に寝るよ。午後にはメンテナンスで二、三時間ばっか休日出勤しなきゃなんないんだ。寝るときは、このソファーベッドを使うといい」
俺はソファーベッドの背もたれを倒し彼女の毛布を用意してやると、彼女を気にせず寝間着に着替え、さっさと自分のベッドに入った。
 
 朝遅く目覚めると、彼女の姿は無かった。
ソファーベッドはきちんと片付けられ、テーブルには食事が用意してある。ベーコンに目玉焼き、レタスのスープ。そして、メモが一枚。
『昨日は本当にアリガト。助かったわ』
「ハハ…」
俺はゆっくり食事をとると、虚脱感をシャワーで流し、会社に向かった。
 

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