仮想心中
 

−6−

 ネットワーク管理者というと聞こえはいいが、やらされることは雑用と大差ない。早い話が裏方仕事だ。IT発展途上国の日本では、なかなかネットワーク管理者の本領発揮というレベルにいかないのが実状だ。
「もっとも、仕事に事欠く訳じゃなし…。彼女に比べれば、随分楽な商売なのかもしれないな」
俺は、アルトゥハンのバックアップをチェックしながら、ふと彼女のことが気になった。
「今頃、どっか飛び回ってるんだろうなあ。まったく、まさに女盗賊って感じだったな」
俺は雑務を片付けると、夕暮れの商店街をぶらつき、家に帰った。
 
 部屋に戻り、ソファーベッドにドッカリと腰を落とした。
「あれ? 何だこりゃ?」
俺は脇に重ねられている見慣れないジーパンを摘み上げた。下には桜色のセーターもある。
「お帰り。ちょっとシャワー借りたね」
突然、バスルームからバスタオルを巻いた夏霧冴子が現れた。彼女はそのまま俺の前を横切ると、ショルダーボストンから換えのシャツと下着を出し、俺の手からジーンズを取った。
「いったい…、どうやって入ったんだ?」
「ヘッヘー」
彼女はテーブルの上から奇妙な形に曲がったヘアピンを手に取って見せた。
『この女盗賊っ!』
 
 彼女は、開け放ったバスルームのドアをついたて代わりに、その陰で体を拭いている。ドアの磨りガラスに、バスルームの明かりで照らされた彼女の肢体がユラユラと浮かぶ。俺は頬杖をつきながら、その揺れる影を眺めていた。
「やれやれ。どういうつもりなんだか」
「何か言った?」
「いや…。何でまた、戻ってきたんだ?」
「アラ。言わなかった? 亡くなった子の家に行って来たのよ」
「あー? 感電死したユーザーの?」
「そう。弓島悠也、十七歳。中学の頃まではサッカー好きの明るい少年だったそうよ。高校に入ると二ヶ月で中退。それ以降、段々外出が減っていったんですって」
「…『引きこもり』ってやつか?」
服を着終わった彼女が、タオルで髪を乾かしながら歩いてくる。
「そうみたい」
彼女は俺の隣に腰掛けると、説明を続けた。嗅ぎ慣れたシャンプーの香りが漂ってくる。
「自分の部屋で、何日もゲームをして過ごしたり…。ご両親は、少しでも外との接触をさせようと思って、パソコンを買い与えたりもしたそうよ。彼も、それでホームページを見たり、カウンセリングを受けたり、それなりに努力はしていたの」
「アルトゥハンも、その一つって訳か…」
彼女は、紙袋を一つ取り出した。
「これが、彼が亡くなったときに使っていたコントローラー」
「こんな物、よく借りられたな」
「お願い。これ、調べて欲しいの。…何だか、嫌な予感がして」
彼女が、俺の腕をヒシと掴んだ。
 俺は袋に手を合わせると、コントローラーを取り出した。それは、彼女が昨日調べたどの改造コントローラーとも異なっていた。細工から見ても、明らかな自作品だ。おそらく、ホームページ上で公開されている改造資料を元に作った物だろう。俺は、注意深くコントローラーを分解していった。
「何だこりゃ? 何で別系統の電源がいるんだ?」
基板の回路を追い、俺は背筋が寒くなった。
「これは…、いや、しかし…」
「どうしたの?」
「おそらく、こいつは事故じゃない」
「エ?」
「………自殺だ」
俺は立ち上がると、ハンガーからハーフコートを掴んだ。
「行こう」
「行こうって、どこへ?」
「ホシイのマシン室だ」
 

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