仮想心中
 

−8−

 俺達は、テストプレイルームに移動した。シートに座り、アルトゥハンにログインする準備をする。俺はマシン室から持ち出したフロッピーディスクを示した。
「こいつは、彼が最後にアクセスしたときのログデータだ。こいつを俺のパートナーにトレースさせれば、彼の最後の日の足取りを追う事が出来る。…始めるぞ」
「…ウン」
 
 煌びやかなオープニングとは裏腹に、それはとても淋しい旅だった。
町に入ると、俺のパートナーのカラスは人の多く集まる中央通りを避け、裏道を選んで移動していった。アイテムの換金と食料の調達。必要最小限の行動を済ますと、すぐに町を後にしてしまう。
 彼女の発案で、女盗賊サマーミストは、亡国の戦士ユーユーの顔CGを所持している。彼女は行く先々で、彼を知る者を探した。だが、誰一人いなかった。
 エルフの少年が、彼女を見上げている。
「お姉ちゃん、お話しようよ」
「サマーミストは疲れているんだ。静かにしてあげなさい」
「お姉ちゃん、疲れてるの?」
「大丈夫。先を急ぎましょ」
 
 彼女の口数は、明らかに少なくなった。旅の途中で出会うモンスターとの戦闘などは、昨日同様、管理システムを使って端折ることにした。
ユーユーの足跡をたどるカラスは、遺跡や景勝地に来ると、しばらく羽根を休めている。
「こういう場所では、町に比べ他のプレイヤーとの出会いが少ない。おそらく、精霊と話してたんじゃないかな。彼が亡くなる前の数週間は、こうやって全国を旅していたようだ」
「想い出でも語っていたっていうの? 精霊の女の子相手に?」
 
 俺達は、カラスを追って鬱蒼とした『セネミラの森』へと入った。俺は、旅が終わりに近付いていることを彼女に告げなかった。
 少し開けた場所でカラスが枝に留まった。
「ここも、そうなの?」
「わからん。だが、ここは早く移動した方がいい。PKゾーンだ」
「何なの、それ?」
「プレイヤーキル。プレイヤーがプレイヤーを倒すことが出来るエリアだ。しかもここでは、倒した相手の持っているアイテムを奪うことが出来る」
「アイテム目当てに、人が人を襲うの?」
「勿論、アイテムが盗まれるのを防ぐ手だてはある。ただそれには」
「お姉ちゃん、誰か来るよ!」
タイミングの悪いことに、俺達の前に三人の盗賊プレイヤーが現れた。
 
「パーティー見っけ。放浪者と女盗賊? 変わった組み合わせだな」
「ドモドモー。どんなアイテム持ってんのー?」
「オ! あの女盗賊、珍しい服着てるぜ」
やれやれ。どうやらプレイヤーを襲うことが好きなPKマニアのようだ。黙って通してはくれないだろう。
「この前みたいにアイテムいろいろ持ってたら、超ラッキーじゃん」
「この前? アンタ達、ここにはよく来るの?」
「オ! 女の声!」
「お嬢さーん。俺たちのパーティー入んない?」
「この戦士、見たこと無い?」
夏霧は、彼のCGを見せた。
「何だ? 人捜しのクエストか?」
「オー! こいつ先週のカモじゃん」
「そうそう。サンタさんだー!」
「まさか…。アンタ達、この子を襲ったの!?」
彼女の声のトーンが変わった。
「見てよー、この装備。全部そいつからゲットしたんだぜー」
「儲かったよなー。これなんか、烈界の剣だぜ! 見たことあるー?」
「変な野郎だったよな。さっさとログアウトすりゃいいのによー」
「…アンタ達っ!! エ? 冬河?」
「下がってろ」
俺は、彼女を遮り下がらせると、バトルモードに切り替えた。
「オ? こいつやる気だぜ」
「放浪者風情が〜」
「三対一で勝てると思ってんの〜?」
「アレ? 何だコイツ? 表示が変わったぜ」
「…放浪の拳士?」
「隠れキャラか? ビ〜ッグチャ〜ンス!」
盗賊どもが一斉に襲いかかってきた。だが、俺のキャラはかき消すように消え、次の瞬間、奴らの背後に立った。
「外道どもが!!」
連撃が盗賊どもを一瞬にして吹き飛ばし、奴らの装備が粉砕された。
「何だよ、今の? あんなのアリかよ?!」
「ゲー! 俺の装備がねえ〜!!」
「レベル1?? シャレんなんね〜ぞ! 何なんだよ、こりゃ〜よ〜!!」
「失せろ!」
俺は奴らの回線を強制切断した。
 
「まさか…。弓島くんは、ここで奴らに…?」
夏霧の声が震えている。
「いや、ここじゃない。ほら。カラスが移動を始めた」
カラスの向かう方向に、空色に輝く高い塔が見えてきた。
 

前へ メニューへ 次へ
 
For the best creative work