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 phase3 加持リョウジからの贈り物
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■スイカ畑
 ネルフ本部を出た葛城ミサトは、加持の残したスイカ畑にいた。
 独自にネルフの調査を進めるミサトにとって、加持とつながるこの場所に通う事は、あまり好ましい事ではなかったが、今やミサトにとって、このスイカ畑が最も心落ち着く場所であった。
 ここでスイカに水をまきながら考えごとをするのが、最近の習慣となっていた。
 
 ミサトには、まだ真実が見えてこなかった。
「…あまりにも謎だらけだわ。いったい、いつになれば本当の事がわかるのか…」
「それに、真実を知ったとしても、何が出来るっていうの…? もう何もかもが、遅すぎるんじゃ…」
 ミサトは、焦りを覚えていた。
 加持の残した情報を合わせ、ある程度の事実にはたどり着いた。しかし、肝心の核心部分については、未だに多くの謎を残していた。
「ううん、まだよ! 必ず真実は見つかるわ! 必ず…!」
 ミサトは静かに自分を奮い立たせると、あらためて、これまでの情報を整理し始めた。
 
「もう一度初めから、整理してみよう…」
「まずは、公にされている情報から…」
 
「世間一般の人々は、セカンドインパクトが隕石の衝突だと知らされているぐらいで、ほとんどの情報は伏せられている…」
「使徒の襲来も、サードインパクトも…、第3新東京の住人を除けば、ほとんどの人には知らされていない。もちろんエヴァの存在も…。わずかに、噂話として流布しているだけ…」
 
「一方、ネルフやエヴァに関わる人々には、使徒の存在は知らされている…」
「そして、その元となる情報ソースは、死海文書の解読結果を記した『死海文書の記述に関する最終調査報告書』、通称『ベルリンレポート』…」
 
 無論、ネルフの作戦部長である葛城ミサトは、その内容をよく知っていた。にもかかわらず、ここ数日は、あらためてこのレポートを何度となく熟読していた。セカンドインパクトに始まる一連の事件の謎を解くためには、これが最初に与えられたヒントであるからである。
 ミサトはPDAを取り出すと、ベルリンレポート全文のデータを表示し、スクロールする文字を見つめた。
 
 
 
■ベルリンレポート
 このレポートが最初に国連に提示されたのは、1999年の暮れのことである。
『死海文書の記述に関する第1次中間調査報告書』
 このレポートが、どういう経緯でどんなルートから提出されたものかは、現在も謎のままだ。
 
 1947年春、死海北西部砂漠の丘陵地帯クムランで800点を越す古文書が発見され、これらを総称して死海文書、あるいは、死海写本と呼んだ。死海文書は、紀元前2世紀から紀元後2世紀ごろの宗教的文書がその構成の中心を成し、現在それらは、旧約聖書正典、偽典、外典などに分類されている。
 
 だが、この第1次中間調査報告書は、そのどれにも属さぬ『禁典』と称される部分に関するものであった。
 死海文書は、その数の膨大さゆえに発見当時より、一部文書の隠蔽が噂されており、この報告書の出現は、くしくもその事実を裏付ける結果となった。
 
 この報告書では、その禁典の中に巧妙に隠された予言解読の途中経過が記されていた。だが、その内容はわずかに、『南極の氷の神殿に太古の物体が眠っており、それが人類に対し、何らかの厄災となる』という部分だけであった。
 紀元前、中近東に住む人々が南極の存在を知るはずもなく、しかもそれが厄災を及ぼす太古の物体であるなどという内容は、到底受け入れられるものではなかった。事実、このレポートは常任理事国の間でも、荒唐無稽のものとして一笑に伏された。
 しかし、提出からわずか3日後、ドイツの南極調査チームが、奇妙な氷塊とその中に眠る謎の巨大物体の反応を捕らえた事により事態は一変する。
 
 
 その氷塊は、縦900m・横400m・深さ100mの直方体にくり貫かれた岩盤の中に埋め込まれる形で存在していた。しかもその氷塊を形成する氷は、それを覆い隠す上部氷層の氷とはまったく異なり、異常に高密度な、およそ天然物とは考えられない結晶構造をしていたのである。そして氷層部分の分析から、その氷塊が、数千年から1万年ほど前の間に、何者かの手で作られたものである事が判明したのである。
 
 事態を重く見た国連は、直ちにこの件に関する情報封鎖を行い、極秘の調査プロジェクトを設置した。そして、このプロジェクトチームが、後の人類補完委員会、及び、調査機関ゲヒルンの母体となったのである。
 
 西暦2000年3月、南極の調査チームは氷塊の中央部に巨大な熱源反応を確認。そして、ほどなくそれが巨大な人型の物体である事を突き止めた。また、それを内包する氷塊は、2種類の密度の異なる氷から形成されている事が判明し、その一方を溶かす事により、巨大な氷の建造物となる事が明らかとなった。
 
 調査チームは直ちに、構造物の復元を開始した。建造物の壁面には、何かを物語るレリーフのような物が発見されたが、この資料はすべて即時回収され、死海文書解読チームへと回された。以後、このレリーフは行方不明だが、死海文書の最終調査報告書には、この内容が盛り込まれたものと思われる。
 
 南極の夏も終わり、極寒の季節が近づいてきたが、調査は最優先で継続された。
 この当時、調査プロジェクトの本部は、キール・ローレンツを委員長とし、ドイツのベルリンへ設置されていた。キール委員長は、例の第1次中間調査報告書提出の張本人である。しかも、いつしか調査プロジェクトの中心メンバーは、ゼーレと呼ばれる謎の組織との関連が噂される者で占められ、国連内における彼らの発言力も日に日に増大していった。
 
 6月になると、氷塊の80%の発掘が終わり、謎の巨人も完全にその姿を現した。
 その巨人の表面は、淡い光を放っていた。そして、分析結果より、光る巨人は、未知の物質より形成された、生物とも非生物とも判断のつかない物体である事、そして、内部は今も活動を続けており発光現象はその余剰エネルギーの放出であり、さらに、現在見られる巨人の形状は、ごく最近に形成されたものである事が判明したのである。
 すなわち、この光の巨人は、現在は眠っている状態で、いつ動き出したとしても不思議はないというのである。
 
 光の巨人は全てにおいて謎であったが、とりわけその動力系統に注目が集まった。
 丁度その頃、科学界においては、一つの特殊な仮説が話題となっていた。葛城博士の提唱する「スーパーソレノイド理論」である。
 調査プロジェクトは、光の巨人の調査に葛城博士を迎え、解析にあたった。そして、調査の結果、この巨人が同仮説に基づく動力機関「スーパー・ソレノイド・エンジン」、通称「S2機関」を備えていることが判明したのである。
 
 9月に入り、わずかだが巨人に変化が見え始めた。内部エネルギーの上昇が始まったのである。
 しかし、死海文書および氷塊のレリーフに関する調査報告は、未だに提出されていなかった。
 国連では、巨人の処置について紛糾していた。目覚める前に解体するか、再び氷の下に封じるか、それともこのまま様子をうかがうか…。
 結局、結論の出せぬまま、時間だけがいたずらに過ぎていった。米国をはじめとする先進各国は、不測の事態に備え、南極周辺に大規模な軍事力の展開を行った。そしてこれが結果的に、セカンドインパクト後の国力の低下を招く要因となったのである。
 
 葛城博士による懸命の調査が進む中、運命の日は訪れた。
 西暦2000年9月13日。セカンドインパクト、その日である。
 
 皮肉にも、『死海文書の記述に関する最終調査報告書』は、セカンドインパクトのわずか7時間前、ベルリンで非公式に開かれていた国連南極調査第13次中間報告会議の場に、緊急動議として提出された。
 その内容は、死海文書に記された予言の解読結果と、それに対する対策指針からなっていた。
 
 その要約は、こうである。
(なお、本報告書中における予言翻訳の記述には宗教用語が多々用いられているが、これは解読チームが死海文書そのものの宗教的価値に敬意を表し脚色したものであり、予言原文は非常に直接的な記述で、かつ、宗教的要素は皆無であったとも言われている。)
 
  * * * * *
 
『 死海文書の記述に関する最終調査報告書 −予言概略− 』
 
 ・西暦2000年、南極で光の巨人『第1使徒アダム』が出現する。
 ・アダムは、南極を死の海に変え、再び眠りにつくが、その結果、
  人類は未曾有の危機を迎える。
 ・15年ののち、新たな使徒が現われ、アダムを目覚めさせ、
  交わろうとする。
 ・アダムと新たな使徒の交わりは、地上をまばゆい光で覆い、
  その光の中、人類は死滅する。
 ・人類は新たな厄災を防ぐため、人の作りしアダム、すなわち、
  『第2使徒リリス』を産み出す。
 ・リリスは戦い、その新たな使徒は15に及ぶ。
 
『 −対策指針概略− 』
 
 ・アダムは絶対存在であり、その抑止・消去はかなわず、2000年の
  厄災は不可避である。
 ・2000年の厄災の後、新たな厄災に備え、リリスの建造に着手する。
 ・アダムを確保し、第3〜17使徒との接触を防ぐための防御施設を
  建設する。
 
  * * * * *
 
 結局、死海文書の予言には、人類と使徒との戦いの結末は記されてはいなかったという。
 しかし、会議出席者の注意は、結末よりも、もうすぐ起こるという危機に集中した。
 この厄災は不可避であるとする解読チームに対し、米国代表を中心とする反ゼーレ派は巨人の殲滅を提案、会議は真っ二つに割れた。
 そしてそこへ、「光の巨人、立つ」の報が飛び込んできた。
 
 反ゼーレ派は、直ちに巨人への攻撃を指示、各国軍に臨戦体制を命じ、南極へ戦力を集結した。
 一方、現地では、巨人の巻き起こした爆発により調査施設は大破、通信も途絶していた。
 そして、調査チームの救出と巨人への先制攻撃が開始されようとしたまさにその時、それは起こった。
 
 
 
■加持リョウジからの贈り物
「…結局、このベルリンレポートに抗った結果、米国を初めとする先進国は、軍事力と共に、その発言力を急速に失い、世界のパワーバランスは、国連へと大きく傾く結果となった。そしてそれは、反ゼーレ派を中心とする旧勢力の衰退と、ゼーレによる世界支配の確立を意味していた…」
 ミサトは、PDAをしまうと、再びスイカに水をまき始めた。
 
「ゼーレの傀儡となった国連は、事態の収拾と共に、直ちにセカンドインパクトの情報操作を開始。南極調査プロジェクトチームを改編し、人類補完委員会、および、調査機関ゲヒルンを設立した…」
「そして、ベルリンレポートの対策指針を実行に移すべく行動を開始。再び眠りについたアダムを南極より回収して、新たな使徒との接触を防ぐために、要塞都市・第3新東京市を建設。そして、アダムのデータを基に人類のしもべたる第2使徒リリスを作るべく、アダム再生計画すなわちエヴァンゲリオン創造に着手した…」
 
「でも、それすらも嘘だった!」
 
「アダムは初めからここに有ったわけではなかった!」
「加持くんの記録では、アダムが本部に持ち込まれたのは、第6使徒ガギエル戦のとき。加持くん自身が、ドイツ第3支部から持ち込んでいる。…つまり、あの時まで、用意された要塞都市は空だった!」
 
「もちろん、使徒相手に情報操作が可能とは考えられないし、おそらく使徒は本能でアダムの居場所を嗅ぎ分けられるはず…。少なくとも、ドイツと日本を間違えるなんて事は、考えられないわ」
「つまり、最初の3体、第3使徒サキエル、第4使徒シャムシエル、第5使徒ラミエルは、ベルリンレポートの言うようにアダムを目指して第3新東京市に現われたわけではない、という事になる…」
 
「でも一方で、L.C.L.プラントに残されていた渚カヲルの音声記録からも、使徒がアダムを目指して活動しているということは、証明されている。現に少なくとも、第6使徒はアダムを直接狙ってきたと見てまず間違い無い…」
 
「…ということは、結局、使徒はアダムと接触しサードインパクトを引き起こすことを最終目標とはしているけれど…、その為には、ベルリンレポートには記されていない何か他の条件が存在するということ…?」
「それに、そもそも、なぜ使徒がサードインパクトを引き起こすのか、その理由自体が謎のままだわ…」
 
「もしかすると…、サードインパクトは使徒の目的そのものではなく、むしろ結果なんじゃないかしら…。何かの目的を果たすために行動し、その結果としてサードインパクトが引き起こされるんじゃ…?」
「つまり、使徒の行動の目的はもっと別のところにあり、一定の条件を満たしてアダムと接触することでその目的を達するんじゃないかしら…?」
 ジョウロの水は切れていた。ミサトは、水を汲みに歩いた。
 
「それに、ターミナルドグマに眠る、あの白い巨人…」
「加持くんは、あれを、自分がドイツから持ち込んだ第1使徒アダムだと言っている。…それに、あの感じ…。姿形は違うけど、あれは間違いなく、私が15年前南極で見た光の巨人だわ。…そしてベルリンレポートでも、南極にいた光の巨人は、第1使徒アダムだと記述されている」
 
「…でも、渚カヲルは、あれをアダムではなく、リリスだと言った!」
「彼は私たちの持つ情報を直接知る事が出来たから、おそらく、あそこにアダムがあると信じ、降りていった。でも、あれはアダムではなかった…」
「渚カヲルが、疑う事なくあそこに向かったという事は、おそらくターミナルドグマにアダムの気配を感じとってていたはず…。少なくとも、もしアダムが全然別の所に有るなら、あるいは存在しないのだとしたら、きっと事前に気が付いていたはずだわ」
「…おそらく、どんな形であるにせよ、アダムは、今もターミナルドグマのどこかにあるとみて、まず間違い無いわね」
「そして、南極で見た光の巨人…。あれはアダムではなかった!」
ミサトは、再び水をまき始めた。
 
「それに、リリスという名前…。ベルリンレポートに記されている、本来存在しないはずの第2使徒…」
 
「ゲヒルンは、死海文書のこの予言を受け、人類のための第2使徒たるリリス、すなわちエヴァンゲリオンを作るべく、『アダム再生計画』…『E計画』をスタートさせた」
 
「でもこれも、ゼーレが巧みに用意した偽の情報だったということね…」
「本来実在しないはずの第2使徒リリスが、実は存在し、第1使徒アダムだと教えられていた光の巨人が、実はリリスそのものだった!」
 
「おそらく、セカンドインパクトの時、南極にはアダムとリリスがいたんだわ…。ゼーレは、当時の人々の注意を巨大なリリスに引きつけ、その裏で、本物のアダムの存在を隠したんだわ。加持くんの残してくれた資料を見ても、眠るアダムの大きさは、トランクに収まるほどの小さなもの…。もし、このサイズであったとすれば、そのくらい造作も無いことだわ」
「そしておそらく、セカンドインパクトの後、アダムとリリスを回収し、アダムをドイツへ、リリスをここへと運び込んだ…」
「そして、リリスを元に、この地でエヴァの開発が開始された…」
「考えてみれば、南極での調査記録を元に自力で作ったという割には、エヴァは謎だらけだものね。おかしなはずだわ」
 ミサトは、フッと笑った。
 
「…あれ?…何か変だわ………」
 ミサトは、急に何か引っ掛かるものを感じた。
 
「アダムは、当時あそこにあり、そしてセカンドインパクトも起きた。結局、隠せたのはアダムの実体だけで、存在そのものは、ちっとも隠していない。これじゃ、隠す意味が無いわ。…むしろ、隠されたのはリリスのほう…」
 
「そうか! むしろ、リリスこそが鍵なのかも…」
「存在は示し実体を隠したアダム…。実体は隠せなくとも存在を隠したリリス…。本物のアダムを隠すためにリリスの名を偽ったんじゃない。リリスをアダムと偽るために本物のアダムを隠したんだわ!」
「ご丁寧に、ベルリンレポートまで用意してアダムの名を語り、隠さなければならない何かが、リリスにはあるんだわ!」
「そういえば、ターミナルドクマで渚カヲルが見せた、あのリリスの存在に対する反応…。おそらく彼も、リリスがあそこにあるとは思わなかった…。そして何か…、おそらくはゼーレの仕組んだ本当の目的に気が付いたんだわ」
 
「ゼーレはおそらく、死海文書の予言から何かを掴み、リリスの持つ何かを利用しようとしている…」
「そして、その目的達成のために、死海文書の予言をゼーレの都合のいいようにつなぎあわせてベルリンレポートを作り、そして国連を操った…」
「光の巨人発見も、セカンドインパクトも、ネルフも、そしてエヴァも。すべて、そのゼーレのシナリオに組み込まれているんだわ」
 
「そしておそらく、その最終目的こそが人類補完計画の正体!」
 ミサトは、空になったジョウロをギュッと握りしめた。
「リリス…。光の巨人…。私は確かにあれを見ている…。何か…思い出すことが出来れば…」
 ミサトには、当時の南極の記憶が無かった。
 
 当時、救命カプセルにより一命をとり止めたミサトは、集結の遅れにより辛うじて難を逃れた残存艦隊による生存者捜索により発見され、運よく救出された。
 胸の傷も、直ちに応急処置が施され、生命の危険は免れた。しかし、受けた心の傷はひどく、重度の失語症となってしまった。そして、その回復と引替えに、あの南極での記憶の大半を失っていたのである。
 
 父を追い南極を訪れたことまでは覚えている。そしてそこから、父の手で救命カプセルに入れられるまでの記憶、南極で起きたであろう重大な何かを、ミサトはまったく覚えていなかった。
 ミサトが唯一覚えていたのは、吹き荒れる吹雪の中うごめく光の巨人と、傷つきながらもミサトを救おうとする父の姿、そして、セカンドインパクト直後に救命カプセルより見上げた4つのオレンジの柱(羽根)だけだった。胸の傷も、自分がどこでどのように負ったのかも、まったく覚えていなかった。
 
 …だが、その『まったく覚えていない』という事実が、結果的にミサト自身の命を救ったということにも、ミサトはまだ気付いてはいなかった。
 

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