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 phase5 エヴァ四号機
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■守護者たち
 西暦2000年9月15日。海上自衛隊所属の南極派遣艦隊は、つい一昨日まで氷の大陸のあった海域へ到着していた。
 
 2000年9月初旬、極秘裏に進められていた国連の南極調査の状況から、米英を中心とする先進各国は、南極への兵力の展開を指示。日本に対しても、出動要請が寄せられていた。
 今回の南極への派兵は、表向きには、南極条約更新条項に対する意見対立が原因で起きた、各国の領有権主張に対する牽制目的のPKF(国連平和維持軍)となっていた。
 これに対し、日本政府は、自衛隊の派遣に応じるかどうかで、国会が紛糾。派遣決定が遅れる結果となった。だが、そのことが幸いし、結果的に、海上自衛隊PKF南極派遣艦隊は、セカンドインパクトの直撃を、間一髪で免れることが出来たのである。
 
「ふどう」型新造イージス護衛艦・医務室。
 その若い情報将校は、一番奥のベッドでぐっすりと眠っている少女を、静かにジッと見つめていた。するとそこへ、一人の上級将校が入って来た。その上級将校は、若い将校に近づくと、声を抑えて話しかけてきた。
「具合は…、どうだ?」
「父さん…」
「バカもん。艦長と呼べ」
 若い将校は、そんな父親の様子に思わず吹き出した。
「こんな状況でも、動じることなくマイペースだなんて…。まったく父さんは大したもんだよ」
「指揮官たる者、そうでなくてどうする。…そんなことより、あの子の様子はどうだ?」
「今は、薬でぐっすり眠っています。発見も早かったし、ケガの治療も無事済みました。多少失血していますが、命に別状はありません」
「そうか、それはよかった。…で、情報将校のお前がここにいると言うことは、あの子について何かわかっとるんだろう?」
「……葛城ミサト…。父さんは、今回の作戦説明で知らされていましたよね。国連の極秘南極調査プロジェクト…。彼女は、その調査活動協力のために、6月から南極入りしていた葛城博士のお嬢さんです」
「あの子がか?!」
 艦長は、大きくなった声を慌てて抑えた。
「ええ。今月になって、あの子が父親を訪ねて南極入りしたことは確認済みです。南極駐在の日本人リストとも照合しましたが、間違いありません」
「う〜む。これは大変なことになるな…。南極で何があったのかを知る唯一の生き証人となれば…」
「彼女の発見についての報告は?」
「ああ。お前に言われた通り、彼女の発見については、一切伏せてある。心配するな。それに今、日本は、南極融解による水位の上昇でパニック状態にある。我々とまともに交信できるような状況ではないよ」
 艦長は、真剣な表情で息子の顔を覗き込んだ。
「…しかし、どうするつもりだ? お前が私の艦に乗り込んだのも、まさに南極で起きている事を調べるためだろう? あの消えた巨大なオレンジの柱といい、融解した赤い南極といい、不可解なことだらけだからな。この南極近海では、現在、数カ国の艦艇が救命活動を続けている。無論、調査活動も兼ねてな。連中にしてみれば、あの子は、のどから手が出るほど欲しい存在だ」
「他の船に探知された可能性は?」
 若い将校は、一瞬不安になり、聞いてみた。
「それはないな。この近辺に展開していたのは、我々だけだ。救命カプセルのビーコンも、このひどい電波障害の下では、ほとんど役にたたん。この下手な空母より高価な新造イージス艦でなければ、いかに近くにいた我々でも、あんなちっぽけな救命カプセルの発見は、まず不可能だったろうよ。今、この南極で装備が満足に整っているのは、我々だけだ。他国に感づかれることなど有りえんよ」
「それを聞いて安心したよ…」
 艦長の息子は、ホッと胸をなで下ろした。
 そして、ベッドで静かに眠る14才の少女をジッと見つめ、話し始めた。
 その眼差しに宿る強い意志が、これから話す事の重要性を物語っていた。
 
 
 
■傷跡
「あの子の存在は、出来る限り伏せておきます」
「父さんも知ってるように、今回の我々の南極派遣については、初めから不可解な動きがあります。南極で得られた情報を総て提供するように、事前に要請…いや、命令と言えるほど強い指示が出ている。それも、米国と国連、それぞれから」
「もちろん、仮にもPKF派遣なわけだし、情報提供の指示があっても、なんらおかしくはないでしょう。でも、今回のは異常です。…まるで、米国と国連が、何かを争っているかのようだ」
 艦長は、腕組みをして唸った。
「だがまさか、それがあの子だとでも言うのか? 南極が消し飛んでしまうほどの爆発を生き抜き、このだだっ広い海で発見されるなど、まさに奇跡としか言えないことだぞ?」
「いや、情報提供を求めたのは、この爆発以前ですから、欲しいのは、おそらく南極での情報すべてでしょう。ほら、例の報告書に書いてあったという『2000年の厄災』…。その謎を解くために、躍起になっていたんだと思います」
「う〜む。特に国連については、ゼーレとか言う妙な組織の噂も聞くからなぁ…」
「とにかく、南極のこの状態を見れば、現地の生存者がいるとは、誰も考えないでしょう。我々としても、彼女を隠すメリットは十分あります」
「大災害で父親を亡くした少女でも、我々にとっては戦略の駒か…。あまり、関心せんな…」
「まあね…。それに、彼女からの情報入手はあまり期待できそうにありません」
「うん? 何故だ?」
 若い将校の表情が、一瞬曇った。
「…彼女は、おそらく何も覚えていないだろうということです」
「なに?」
「南極で、それだけの地獄を見たんでしょう。彼女には失語症の症状が出ているそうです。それも、ただ話せないのではなく、思考そのものが停止してしまうほど、ひどい症状がね…。こういう場合、人間の防衛機能として、過去のつらい記憶を厳重に封印してしまうケースが多いそうです。彼女も、たとえ失語症が治ったとしても、南極での記憶はおそらく戻らないだろうということです」
「痛ましいことだ…」
「無論、日本に戻ったら、催眠療法なり何なり、試すつもりですが、それ以上に心配なのは…」
「彼女の身柄の安全か…」
「ええ。おそらく、国連なり米国なり、彼女の引き渡しを要求してくるでしょう。彼女に何ら情報的価値が無いことが証明されない限り、どんな手を使ってでも、彼女を入手しようとするはずです」
「しかし、僕としても、やっと生き残った日本の少女を、みすみす連中の手に渡そうとは思いませんよ。戦略的にも、個人的にもね」
「だが、当面はこの混乱に乗じて隠せるにしても、日本に戻れば彼女の存在がバレるのは時間の問題だぞ? 特に、ゼーレとかいう連中…。国連にまではびこれるほどの怪しい連中だ。彼女を守るのは、容易ではないぞ?」
「隠せないなら、さらけ出すまでです。闇の届かない場所は、光の中ですよ」
「公表か…。まあ、マスコミ相手の方が、まだかわいげがあるのは確かだがな。私としては、彼女が何も覚えていないことを祈るばかりだな。お前は困るかもしれんが…」
 艦長の息子は、苦笑いした。
「やだなぁ。僕だって個人的にはそう思ってますよ。………それに、彼女のためにも隠しておいた方がいい情報が、もう一つあるんです」
「ん?」
「…彼女の…胸の傷です」
 
 艦長は、目を伏せ、軽く首を振った。。
「かわいそうに…。傷跡が残ってしまうそうだな。だがその割には、それほど深い傷ではなく、そのため出血も意外に少なかったと聞いたが…。それがどうかしたのか?」
「ええ。それが、災害によって出来たケガなら、問題は無いんですがね」
「違うのか?」
 若い将校は、傷の様子を思い出しながらつぶやいた。
「あれは、刃物で切り裂かれて出来た傷です」
 
「一見、一筋の大きな傷のように見えますが、実際には多数の切り傷が走っていました。その傷の走り方から見ても、おそらく無理矢理襲われたものと思います。激しく抵抗した様子も見て取れました」
「なんという事だ…。それでは、あの大災害の直前に、何者かに襲われていたというのか…」
「ええ…。ただ、彼女の傷は、あの胸の部分だけでした。他はまったくの無傷です。しかも、傷の中に、さらに切り裂いた跡がいくつも有りました。……そう、まるで、彼女の胸から何かをえぐり取ろうとでもしたかのような…」
 
「何だそれは? まったく理解できんぞ。現地に変質者でもいたというのか?」
「あるいは、あそこにいた者すべてが、精神に異常をきたすような何かが起こったのか………。いずれにせよ、あの大爆発の直前、南極で何かが起きていたことは確かです」
「う〜ん。わけがわからんな………」
 ふと、艦長は、たばこが欲しくなり、ポケットを探ったが、あいにく空だった。
「あー、こんなところで長話もなんだ。私の部屋へ行こう。いずれにせよ、今後の手筈を考えにゃならん。我々とて、いつまでもここに止まれる訳ではないからな」
「そうですね。日本にいる母さんとリョウジが心配だ」
 二人は、医務室を後にすると、足早に艦長室へ移動した。
二人が入った艦長室のドアには、真新しいネームプレートがはめ込まれていた。『加持』…と。
 
 
 
■父の記憶
 重度の失語症に陥っていたミサトには、救出された自分をめぐって、背後でどのような攻防があったかなど、知る由も無かった。
 
 世の中がようやく混乱から抜け出し始めた頃、ミサトは「南極から生還した奇跡の少女」としてニュースとなった。何組もの医療チームがミサトを診察し、2002年の国連南極調査隊にも同行させられた。だが結局、ミサトからは、何一つ当時の手がかりは得られなかった。
 南極から戻ると、ミサトの感情の起伏も徐々に回復し、翌2003年には、言葉も取り戻し始めた。だが相変わらず南極の記憶は欠落し、人々の関心もミサトから離れていった。
 
 第2東京大学へと進み、赤木リツコと、そして加持リョウジと出会った頃から、断片的にではあるが、南極の記憶がよみがえり始めていた。
 あれほど父が嫌いだった自分が、何故あの時、南極の父の元に行こうと思ったのかは、未だに自分でも理解できなかった。だが、ただただ行きたい一心で、海を渡った事を思い出していた。
 そして、その大嫌いだった父が、自らも大怪我を負っていながらも、傷ついたミサトを抱きあげ、救命カプセルで命を救ってくれた事も思い出した。
 
 だが、ミサトは、南極に着いてから脱出させられるまでの間の記憶だけは、まったく思い出すことが出来なかった。わずかに、大破した施設の外に見える光る巨人の姿と、変わり果てた南極から空へと伸びるオレンジの柱だけを覚えていた。
 しかし、たとえそれだけとはいえ、思い出したその光景は、これまで聞かされてきたセカンドインパクトとは明らかに異なっていた。
 ミサトは、自分のこれまでの経緯から、この話は誰にも口外すべきではないと悟った。何よりも、この楽しい大学生活を壊したくはなかった。
 
 しかし、それも長くは続かなかった。
 父の最後の姿は、ミサトの中で、どんどん大きな位置を占めるようになっていった。そして、大学生活も残り少なくなってきたある日、ミサトは、不意に、自分が、加持リョウジの姿の向こうに父の姿を重ねていることに気付き、逃げるように加持と別れたのである。
 
 自分の中でグルグルと渦巻く想いに苦しんでいたミサトは、ある日、リツコがゲヒルンに入所する事を聞かされた。
 調査機関ゲヒルン。それは、セカンドインパクトの苦い経験を元に作られた超国家的防衛組織である。あのような大惨事が二度と無いよう、国家間の利害を超越し、人類のもてる知識すべてを結集して人類を守ることを目的とした科学防衛組織とうたわれていた。
 
 ミサトは、そんなゲヒルンの理念に何かを感じ、自分も身を投じる事を決めた。
 そして、ベルリンレポートにより使徒再来の予言を知り、その使徒を倒すためにエヴァンゲリオンが作られている事を知った頃には、自分の中のモヤモヤしたものが、使徒に対する父のための復讐心であることを理解していた。
 使徒を倒す。ミサトは、作戦部に、自分の居場所を見出していた。
 
 
 
■エヴァ四号機
 これまでミサトは、使徒を倒す事のみに集中し、走り続けてきた。しかし、最後の使徒が倒された今、ようやくミサトは、立ち止まり振り返ることが出来た。
 加持のくれた情報に触れ、ミサトは2つの過ちを犯したことに気付いていた。
 一つは、使徒との戦いに目を奪われ、真実に気付けなかったこと。そしてもう一つは、加持のくれた情報に、すぐ目を通さなかったことである。もっと早くから動いていれば、事態を変えられたのではないか。そんな後悔の念がミサトを苦しめていた。だが同時に、それが無理からぬことであることも十分わかっていた。
 ミサトは大きくため息をついた。ふと顔を上げると、日向マコトが足早に近づいてくるのが見えた。その表情から、何かが起きたことが見てとれた。
 
「どうしたの? そんなに慌てて」
 ミサトは、水撒きの手を止めて、日向を見た。
「エヴァシリーズの様子を調べてたら、とんでもないものが出てきたんですよ」
 日向は、いったん息を整えると、話し始めた。
「葛城さんに言われて、各基地の量産機の開発状況を調べてみたんですが、伍号機から拾参号機まで、既に開発は完了していました」
「計画では、そろそろだったわね…。でも、それがどうかしたの?」
「それが、量産機全機にS2機関の搭載指示が出たらしいんですが、各基地とも、難色を示したらしいんですよ。なにせ四号機の搭載実験では、基地ごと消滅してますからね。そこで、S2機関の搭載は、ドイツ第3支部が一手に引き受けることとなったらしいんです」
「なるほど。わからない話ではないわね…」
「ところがですよ。実はどうも、ドイツで作られた伍号機、六号機は、とっくにS2機関搭載に成功していたらしいんです。しかも、その時期は、四号機消滅の直後だっていうんですよ」
「おかしいと思いませんか。普通、四号機の事故のようなことがあれば、すぐに搭載実験を、しかも2機同時に行うなんて考えられません。しかも、この伍、六号機へのS2機関搭載成功の事実は、ずっと厳重に隠されていたんです」
「…どういうこと?」
 ミサトの表情が険しくなった。
「僕も、おかしいと思ったので、四号機の事故の記録から調べ直してみたんですが…」
「あの実験は確か、量産機が完成していないから、急遽、四号機で行うことになったんだったわよね」
「ええ。そのため、ドイツ支部のスタッフがS2機関を持ち込んで実験を行ったわけですが、実はどうもあの事故は、実験中に起きたわけではないらしいんです。スケジュールでは、稼動テスト前の予備状態のはずらしくて…。しかも、奇妙なことに、その時参加していたドイツスタッフは、事故の時、全員第2支部から離れており、運良く事故に会わなかったらしいんです」
「…まさか、故意に事故を起こしたって言うんじゃないでしょうね。あの事故では、千屋キミオ特別顧問以下、第2支部メインスタッフ全員が死亡しているのよ?」
「しかし、この状況からは、そうとしか考えられません。おそらく、予備状態と偽って、S2機関を臨界出力で動かし、米国第2支部ごとディラックの海に飲み込ませたんじゃないでしょうか。現に、今回の量産機のドイツ移送についても、一部の基地ではドイツでの搭載実験の様子を見てから判断しようとしたところもあったようですが、結局、人類補完委員会の命令で、半ば強制的に、ドイツ移送が決まったそうです」
「そんな…。それじゃ、量産機を全部ドイツ支部に集めるために四号機を基地ごと消滅させたっていうの? そんなことのために…?」
ミサトは、いま一つふに落ちなかった。
「それで、今エヴァシリーズはどうなってるの?」
「S2機関の搭載は、既に完了したらしいのですが、どうも昨夜、全機ドイツ支部を発ったしたらしいんです。行き先は不明ですが………」
「………ここに来るわね。…間違い無く」
 いよいよ何かが始まるのだ。ミサトは、ただならぬ気配を感じた。
「でも、何のために? 使徒はすべて倒したんですよ? それに、9機もエヴァを追加したって、肝心のパイロットがいないじゃないですか。マルドゥックの報告書が出たという情報は聞いてませんよ?」
 確かに、日向の指摘には一理ある。
 マルドゥック機関が存在しないことは、加持が調べてくれた。ダミープラグも、リツコがレイのパーツを破壊したことにより作られていない。それにだいいち、使徒はすべて倒したのだ。
『このことは、碇司令は知っているのだろうか…?』
 伍号機、六号機が完成していたのなら、当然、対使徒戦に投入してしかるべきところだ。ましてや、S2機関搭載型なら、非常に強力な戦力となったはずである。それが、その存在すらも隠されていたとすると、故意に知らせなかった可能性が高い。そうなると、こちらに向かっている9体のエヴァも、本部の戦力とするためのものでは無いだろう。
『碇司令とゼーレとの間に亀裂があることは、副司令拉致事件をはじめとする加持くんのくれた情報からも明らかだわ。…まさか、碇司令を排除するために? …でも、どうやって?』
 日向が心配そうな表情を浮かべ、ミサトの方を見ている。
 
 そんな日向の方を見て、ミサトは、もはや考えている時間も無いことに気が付いた。
 

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For the best creative work