TOP メニュー 目次

 phase9 セカンドインパクト(後編)
前へ 次へ

 
■出会い
 ミサトは、六分儀達と共に、発掘現場最下層に降り立った。
「好きにするといい」
六分儀は、何一つ制約を与える事無く、ミサトを自由に行動させた。
 
 エレベータを下りると、程なく巨大な空間が現れた。照明と氷の壁面による反射で、中は十分に明るかった。そして、それが照明の光ばかりによるものでは無いことに、すぐに気が付いた。この空間の中央にある、巨大な白く光り輝く物体が、ミサトの目に映った。
 どうやら、人のような形をしているらしい。
 ミサトは、その物体の足元らしきところへ近付き、見上げた。その光る巨人は、少し高い台座状の氷の上に横たわっていた。
『どこか…、全体を見下ろせる場所は……?』
ミサトは、辺りを見回した。
少し行った所…、そう、巨人の腰の近くであろうか、巨大な氷の柱に張り付くように建っている最も高い建造物が見えた。昔の戦艦の艦橋を思わせるそれは、中央解析室のある建物だった。ミサトは、巨人の姿を見上げながら、その建物の方へ近付いていった。六分儀達は、無言のまま、ミサトの後に付き従った。
 
 建物の前へ来ると、六分儀が入り口を示した。
 ミサト達が中へ入ると、一人の男が近付いてきた。どうやら、当直で残っていた研究員のようだ。
 六分儀は、かまわずミサトとエレベーターに乗り、一瞬その男の方に視線を飛ばした。サングラスの男の一人が、穏やかな物腰でその研究員に近付き、行く手を遮った。エレベーターが上がると、サングラスの男は、その研究員を殺し、死体を物陰に隠した。
 
 * * * * *
 
「!………」
ミサトは、声にならない声を上げた。
 その窓からは、巨人の全身を見ることが出来た。
 ミサトは、ここが父の仕事場であることには気が付かなかった。ミサトの意識は、この白く光り輝く巨人のみに集中していた。
 その表面はまぶしく、細部がどのようになっているのかは見て取れない。だが、まだ、形がわからないほどではなかった。
全身は、のっぺりしていた。胸にある紅い玉と、両肩の上に張り出す板状のものを除けば、ほとんど特長らしい特長が無い。目鼻立ちもほとんど無く、まるで出来の悪いゴム人形のようだった。
『……形が…?』
 巨人は、まだ、微動だにしていなかったが、ミサトにはその形が、何だかとても不安定なものに感じられた。白く光り輝く表面が、まるでサナギの殻のように感じられたのだ。
『あなたは、今、生まれようとしているの?』
 
 一方、六分儀は、中央解析室に入るなり、サングラスの男達に小さく合図した。男達は、ミサトに気取られぬよう、静かに作業を行った。男達は、この発掘現場にある数千の監視観測装置の中から、目や耳となる物を、手際よく注意深く潰していった。
 
「あ!」
 ミサトは、それに気付き、小さく声を上げた。
白く輝く巨人の唯一輝かない場所、胸の紅い玉が、ゆっくりと明滅を始めたのだ。それはまるで心臓の鼓動のように思えた。
 同い年の子供なら、その光景をどう感じただろう。不安、あるいは、好奇? ミサトの胸にこみ上げる思いは、そのどちらでも無かった。何だか、とても懐かしい感じ…。初めて見るはずなのに、ずーっと昔から知っているような感覚…。そんな相手への思慕の念が、心の奥から静かにわき出して来るのだった。
 ミサトは、もっとそばに行きたくなり、出口へと向かった。六分儀達は道を開け、黙ってミサトの後に続いた。
 
 
 
■原罪
 ミサトは、横たわる巨人の顔のそばに来た。
 巨人の紅い光球の明滅は、いよいよ力強いものとなり、その光が天井部の氷にキラキラと乱反射した。
「ウゥ…ウ・ウウウ……」
腹に響く低いうなり声が、広い空間にこだました。
巨人の体に、時折、かすかな振動が走るのがわかる。
 巨人が動き始めている!!
 ミサトの背後に立つサングラスの男達は、動揺を隠せなかった。だが、六分儀ゲンドウだけは、動じることなくミサトの様子をジッと見つめていた。
 そして、当のミサトに至っては、不安を感じるどころか、穏やかな笑みさえ浮かべていた。ミサトには、何の不安も、何の恐怖感も無かった。
 
 ミサトは、巨人の顔のすぐ脇に立った。
『………わたし、…あなたにアイに来たんだね』
 瞳を閉じ、ゆっくりと両手を差し出す。
ミサトは、巨人の存在を全身で感じていた。
『……こっちを見てる! あなたは、私の言葉を待っている!!』
 ミサトの胸に、小さく、しかし力強い、紅い光が輝き始めた。
 瞳を開くと、ミサトは満面の笑みを浮かべ、巨人に語りかけた!
「はじめまして! わたし、葛城ミサト。あなたの名----」
 その瞬間、六分儀ゲンドウは、ミサトを仰向けに引き倒した!!
六分儀の罵声が飛び、慌ててサングラスの男達も六分儀に従った。ミサトの体は、屈強な男達に大の字に押さえつけられ、六分儀が胴に馬乗りになってきた。
 
 ミサトは、一瞬、何が起こったのか理解できなかった。
 六分儀は、ミサトの防寒服の前を開き、力任せに胸を覆う衣類をはぎ取った。身を切るような冷気が、ミサトの若い膨らみを襲った。
「イヤーーーーー!!!」
 我に返ったミサトは、逃げだそうと必死にもがいたが、体はがっちり固定され、身動き出来ない。見上げると、六分儀が古びた短剣を取り出していた。
「ウゥウ…オオォォ…ォオオオオオオオオオオオオ------」
 巨人の振動が激しくなり、ミサトを押さえつける男達にも揺れが伝わってきた。巨人の光球が、激しく点滅している。
 サングラスの男達は、今にも起き上がりそうな巨人のすぐ脇で、必死に恐怖と戦いながら、六分儀の命令に従っていた。
六分儀もまた、必死の形相で、紅く輝くミサトの胸を切り裂こうとしていた。
 
「やめて!! イヤーーーーーー!!!」
 短剣がミサトの胸を切り裂こうとしたその時!
「ミサトーーー!!!」
 銃を手に、葛城博士が、六分儀達の前に躍り出た。
 葛城博士が銃口を六分儀の方に向けたその瞬間、サングラスの男の一人が、顔をひきつらせながら、反射的に銃を抜いた。
「! オイ!!」
 バスバスッ・・バン!
 とっさに発した六分儀の言葉は、その部下には永久に届かなかった。男の放った銃弾は、葛城博士の頭部をかすめ、腹部を貫通した。そして、その反動で放たれた博士の銃弾もまた、男の頭部を撃ち抜いていた。葛城博士は、崩れるように倒れた。
「お父さん!!! お父さーーーーーん!!!」
 動かない父に向かい絶叫するミサトの胸に、六分儀はかまわず短剣を突き立てた。
「ギャーーーーーーーーーーー!!!」
 六分儀は、必死の形相で、ミサトの胸を切り裂いていった。倒れた父の姿に釘付けとなったミサトの目は、大きく見開かれ、止めどなく涙が流れていた。断末魔にも似た声にならない叫びが、ミサトの喉から絞り出されている。
 六分儀は、ミサトを殺さぬよう、少しずつ胸を切り裂いていった。ピンクの裂け目は、鮮血にまみれながら、徐々に大きく、深くなっていった。
 そしてついに、紅い輝きの中心が、その姿を現した!
 
 それは、小さなビー玉ほどの、真紅の光球だった。
「ハ……ハハハ。ハハハハハ! とうとう見つけたぞ! 心の結晶を!! マインド・コアを!!!」
 六分儀は、ピンクの筋繊維に絡まれた輝く光球を指でつかむと、ミサトの胸の中から一気に引きちぎった!
 その瞬間、ミサトの体は弓なりに大きくはぜ、そして気を失った。一方、小さな光球は、六分儀の手の中でパン!と弾けるような光を放った。その光は、六分儀の全身を貫いた。
「グワーーーーー!!!」
 急に六分儀は、光球を握りしめたまま顔を押さえ、もがき始めた。全身を強烈な痛みが駆け巡った。六分儀の手の中で、光球の紅い輝きは、徐々に薄らいでいった。
 そして、巨人の光球もまた、一瞬爆発するような光を放つと、二度と明滅をしなくなった。
 
 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ………
 急に、遺跡全体が揺れ始めた。サングラスの男達は、苦しむ六分儀の両脇を抱えると、ミサトたち親子を置き去りにしたまま、一目散に遺跡から逃げ出した。
 
 
 
■光輪
 一方、ミサトに悲劇が訪れていた頃、中央解析室スタッフは、旧解析室をよみがえらせようと必死に作業を続けていた。
 
「おい。そっちはどうだ?」
「すまん。あと5分くれ」
「よし。こっちはOKだ。エネルギー分布、S2機関トレス開始……クソッ、ゲージが振り切れた。何てエネルギーだ!」
「そう言えば、葛城博士は?」
「変だな…。すぐ来るとおっしゃってたんだが…」
「7番…22番…54番……。おい、変だぞ。映像回線に応答が……。272,306,310、…どうしたってんだ、いったい? 全部死んでる!」
「オイ、衛星回線はまだ開かないのか!? ここのシステムだけじゃ、解析処理が追いつかないぞ!」
「今、やってる! ……エイ、クソッ! 衛星が捕まらない! 磁気嵐でも起きてるってのか?」
「そんな話は聞いてないわ! 磁気圏の異常だって………何よ…これ! 空に何かある!」
その女性研究員のモニターには、基地をスッポリ覆い隠す異常に強力な磁場の存在が映し出された。
窓のそばにいた研究員が、夜空を見上げ、叫んだ。
「な、何だ、ありゃ?!」
 
 基地上空には、直径が数十キロはある光の輪が浮かんでいた。そして、オーロラがその輪に巻き込まれていくように激しく渦巻いていた。
 光の輪の分析結果を見て、全員の顔から血の気が引いた。
「おい! こりゃ、トカマク型核融合炉そのものじゃないか!!」
「中心温度、四千…七百万度…」
「冗談じゃない! 点火温度目前だぞ! なんとかLモードに移行しないのか? あんな物が臨界を越えたら、南極は…いや、この地球は!」
「だいたい何で大気中に、そんなに強力な磁場があるんだ!?」
「………まさか、これも巨人のS2機関が?」
全員、言葉を失った。
 
 * * * * *
 
 サングラスの男達は、地上へ出ると、わき目も振らず空港施設を目指した。
 
 六分儀は、男達に両脇を抱えられたまま、未だにもがき苦しんでいた。
 六分儀の体を、1万年の時が駆け抜けていった。喜び、悲しみ、怒り、やすらぎ、…。人の営みの総てが、六分儀の体を通り過ぎていった。ミサトから奪い取った紅い玉は、彼の手の中で、チロチロとか細く瞬いていた。
 
 男達は、資料を満載して待機していた輸送機に転がり込むと、管制塔の制止も聞かず、夜空に飛び立っていった。
 空には、不気味な光輪が輝いていた。
 
 
 
■悲愴
 どれくらい時が経ったのだろう。
 葛城博士は、ようやく意識を取り戻した。
 
「………ミサト!」
 博士は何とか起きあがると、よろけながら、仰向けに横たわる娘の方へ近付いた。
 ミサトの胸に作られた傷跡の周囲には、霜が付き始めていた。どうやら冷気が、傷口の止血をしてくれたらしい。
「…まだ、息はある」
 博士は、ミサトの防寒服の前を閉じると、ミサトに呼びかけた。
「ミサト。目を覚ますんだ、ミサト!」
ミサトは完全に気を失っていた。
「…とにかく、…ここから逃げなければ」
朦朧とした意識で周囲を見回した。博士は、ようやく、辺りの様子に気が付いた。二人の周囲は、真っ白に輝いていた。
「ウウウウウウ------」
二人の頭上から、低い声が響いてきた。
「!!!」
博士は、思わず息をのんだ。そこには、巨人が、二人を覆い隠すようにひざまづいていたのだった。両膝をつき、両肩を落とした姿で、巨人は二人を見ていた。その目は、とても悲しげに見えた。
 
「ウウゥ…ォオオオオオオオオ---------」
巨人は、天井を向き、咆哮を放った!
 
 * * * * *
 
 地上施設では、警報が鳴り響いていた。
 旧解析室の研究員達は、本部と連絡を取ろうと必死になっていた。
「オイ。遺跡の振動が大きくなってきたぞ!」
「…こりゃ、崩落が始まってるんだ!」
観測装置の反応も、次々と途切れていった。
「ねえ…、まさか、巨人が動き始めたんじゃ」
 その時、凄まじい振動と爆音が、旧解析室を襲った。
 
 ドォォーーーーーーーー!!!
 
「何が起こった!?」
「オイ! 外を見ろ!!」
 そこでは、地表を覆っていたはずの氷が、巨大な瀑布のように粉々になって空高く吹き上がっていた。その規模は、遺跡直上の直径数百メートルに及び、発電施設、空港施設など、地上施設の半数以上が氷と共に消滅した。
 
 * * * * *
 
 吹き上げられた氷が、強風にあおられながら、みぞれとなって辺りに降り注いだ。
 そんな中、遺跡から地上へと開けた巨大な空洞を、白い光がゆっくりと上昇してきた。
 
 光の巨人は、地上に出ると、近くの崩壊した建物に近付き、ひざまづいた。そして、両手で包んでいたものを、そっと地面に降ろした。手の中からは、ミサトを抱きかかえる葛城博士の姿が現れた。
 巨人は、悲しそうに二人を見つめると、フラフラと立ち上がり、あてもなく歩き始めた。
 主を失った巨人の体は、既に制御が効かなくなっていた。S2機関は、いよいよ暴走を始め、巨人の体は、もはやシルエットしかわからないほどまでに激しく発光している。
 よろけた巨人が、近くの建物に触れた。その途端、巨人の触れた部分からエネルギーがほとばしり、その建物を粉々に吹き飛ばした。巨人は、二人から離れるようにヨロヨロと歩いていっては、時折、ミサトを残した方を振り返るのだった。
 
 * * * * *
 
「きょ…、巨人が……」
様子を見に、旧解析室を飛び出した研究員達は、その光景に唖然とした。
 もはや彼らには為す術がない。
「とにかく、この事を本部に伝えるんだ!」
彼らは巨人の映像を納めると、旧解析室に引き返した。
 予備電源総てを通信の回復に回した。
「クソーッ。ダメだ! つながらない!!」
「あきらめるな! もう一度だ!」
「オイ! 巨人が、こっちに来るぞ!」
巨人の眩しい光が、旧解析室の中に差し込んできた。
「1分でも、1秒でもいい! つながってくれ!!!」
その時、「DISCONNECT」の赤い文字が、緑の「CONNECT」へと変わった。
「やった!」
 データ転送が始まった次の瞬間、旧解析室は、衝撃波と共に消滅した。
 しかしそれでも、1枚の巨人の映像と「光の巨人、立つ」のメッセージだけは、本部へと届き、彼らの努力は報われたのだった。
 
 * * * * *
 
 緊急退避室も既に全壊していた。
 葛城博士は、唯一無傷で残った救命カプセルを見つけると、最後の力を振り絞ってミサトを運んだ。博士には、死が近いことがわかっていた。
 カプセルへ入れ、ふたを閉じようとしたとき、ようやくミサトの意識が戻った。
「お父さん…?」
 そして、カプセルのふたが閉じた。
 博士は、最後に娘の声を聞けた幸運に感謝し、息を引き取った。
 衝撃波が、二人をかき消していった。
 
 
 
■眠り
 調査基地は、完全に廃墟と化した。
 天空に浮かぶ光輪と、もはやシルエットすらわからぬほどに輝く巨人のため、辺りはほのかに明るかった。
 
「うう……」
 その研究員は、がれきの中で意識を取り戻した。
 どうやら、まだ生きているらしいが、それも後僅かの間だろう。足はつぶれ、起き上がることすらかなわない。辺りには、共に旧解析室にいた同僚の姿が見えたが、誰一人、動いてはいない。
「ゥウウオオオオオーーーーー」
 巨人が空に向かい、悲しげな咆哮を上げている。
 
 その時、大地が激しく揺れ始めた。
巨人が開けた穴より少し外れた場所で、氷の大地が隆起し、轟音と共に亀裂が走った。
「何だ…、あれは……」
 それは、氷を突き破ると、ゆるりと浮かび上がった。全身が、オレンジの光の網で包まれている。
 いや、羽根だ。昆虫の羽根のように、透き通ったオレンジの光の羽根だ。ここからだと、十枚はあるのが見える。その光の羽根で全身を覆い隠している。2枚が足を、2枚が肩から上半身を覆うように隠し、さらに腰から首の後ろあたりにかけて少なくとも4対の羽根が見える。顔は丸くノッペリとしており、上半身を覆う羽根の隙間から、胸に輝く大きな紅い光球が見える。
「……2体…あったのか…」
 だが、その姿は、巨人より遙かに大きかった。
 
 巨人は、羽根ある者の前に進み、ひざまづいた。それは、救いを求める姿だった。
 羽根ある者は、総ての羽根を大きく広げた。そして、左手の指を1本、空へと向けた。指の先に、朝顔のつぼみのような深紅の膨らみが現れた。そしてそれは見る見る長くなり、巨人の背丈ほどになった。
「…槍だ……」
 つぼみは、半ばまでスルスルと解け、二つに割れた。
 天空の光輪が、輝きを増し、無限のエネルギーを生み出した。そして、輪は急速に縮まり、エネルギーの奔流が羽根ある者へと降り注いだ。
 羽根ある者は、深紅の槍を、哀れな巨人の胸に突き立てた。
「ウオオオオオオーーーーーーーーー」
 光の巨人は、何かを求めるように大きな遠吠えをあげた。その声は、槍を通じて羽根ある者へと伝わり、その総ての羽根を一斉に震わせた。その途端、巨人の光は一瞬にして失われ、羽根ある者から目に見えぬ波紋が地球を覆うべく放たれた。そして、総ては閃光の中に消えた。
 
 * * * * *
 
 南極と呼ばれていた大陸は、消滅した。
 融解した氷の大地は、巨大な津波となり、世界中を洗い流そうとしている。
 南極の海は赤く染まり、かつての大地の名残が、塩の柱となって点在した。
 そんな中にある塩の小島に、彼はいた。猫背になって、塩の大地に立ちつくしていた。背中にある羽根のうち、4枚だけが不釣り合いに大きく輝き、空を貫いていた。
 
 何を思うのだろう。荒れ狂う天候とは対照的に、羽根ある者、後にアダムと呼ばれる者は、ただ、静かにうつむき、たたずんでいた。
 手にした槍の先には、巨人が小さな胎児の形となり張り付いている。
 新たな主人を求め「胚胎の声」をあげた巨人は、再び眠りへとついた。だが、リリスの眠りが安らかなものとならないことをアダムは知っていた。
 
 リリスの胎児は、ゆっくりと槍の先からはがれ、塩の大地に落ちた。
 深紅の槍もまた、羽根ある者の手から滑り落ち、塩の大地に横たえられた。
 羽根ある者は、極大化した4枚の羽根を縮めると、再び全身を羽根で覆った。そして、自らもまた、収縮し胎児の姿に戻り、深い眠りについた。
 もう一つの賭の待つ、15年後のその日まで………。
 

前へ 次へ
 
TOP メニュー 目次
 
For the best creative work