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 phase10 使徒.VS.リリス
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■使徒.VS.リリス
 ミサトは、甦った記憶の重さに圧倒され、林の中で立ちつくしていた。
 これまでミサトは、光の巨人こそが父のかたきであり、すべての使徒を倒すことこそ自分の使命と思いこんでいた。だがその思いは、今や根底から覆された。
 
 ミサトは、最後に父を見た直後、カプセルごと、すさまじい衝撃に見舞われた。おそらく、あれが父の最後の瞬間だろう。だが、父を死へ追いやった本当の原因は、あの凶弾に間違いない。あの男が…。あの男の部下の放った銃弾こそが…。
『そして、光の巨人は、仇なんかじゃなかった…。いいえ。あの巨人が…リリスが、人類の敵であったはずがないわ!』
『彼は、南極の氷の下でじっと私を待っていた。私が訪れるその日まで、静かにずっと待ち続けていたのよ』
『たとえ、セカンドインパクトを彼が引き起こしたとしても、彼自らが望んだものであるはずがないわ!』
ミサトの心の中に、巨人への絶対的信頼が甦っていた。
『私は、リリスとの出会いを邪魔された。きっとそれこそが、セカンドインパクトの引き金だったんだわ…』
『でも、なぜ? なんでセカンドインパクトが起きてしまったの? あの男は…碇ゲンドウは、そこまでわかっていたの?』
「あ〜ん、もう!」
ミサトは頭を掻きむしると、その場へ座り込み、自分の知識を総動員した。
 
『ベルリンレポートにも厄災は記されてるし、セカンドインパクトの直前まであそこにいたあの男が、現にこうして生きている。…おそらく死海文書には、セカンドインパクトの様子がかなり詳しく書かれていたはずだわ。そして、その引き起こし方も…』
『でも、20億もの人々を死に追いやってまで、私からリリスを取り上げたのはなぜ? リリスを手に入れることに、いったいどんな意味が………』
 途端、ミサトの顔から一気に血の気が引いた。頭の中で、エヴァや子供たちのイメージが重なった。
『……ちょっと、待ってよ。エヴァは、リリスを参考に作られているのよ?』
『ということは…、シンジくん達は…エヴァ適格者っていうのは…、あの時の私と同じ、リリスと出会う子供たちってこと?!』
 ミサトはついに理解した。
 セカンドインパクトは、リリスがミサトに代わる新たな子供を得るためのものだったのだ。そして、今度はより確実に出会うために、その対象となる子供を大勢生み出したのだ。
『私を捜し当てたあの男なら、新たな子供を見つけることも当然可能………。マルドゥック機関…、マルドゥックの報告書…、そして加持くんが突き止めた16年前の記録・マルドゥック計画……。すべてはそこから…私から始まってたんだわ!』
 
 ミサトは、確実に真実に近付いていることを実感した。
『私とリリスの出会いは、引き裂かれた。そして、新たな子供たちが仕組まれた…。子供たちはあの男の手で集められ、14才になり、リリスではなくリリスを模したエヴァに乗せられた。そして、時を同じくして、新たな使徒が現れた。…いいえ。そんなタイミングよく使徒たちが現れるはずがない。…使徒は、リリスと戦うために現れたんだわ。改めてリリスの準備が整う、15年後の今年に…』
 
 ミサトには、ようやく、ことの次第が見えてきた。
 
 まず、西暦2000年のあの日、死海文書(禁典)の予言に従い、リリスと一人の14才の子供が出会うはずだったのだ。
 そして、もしあの出会いが成就していたならば、ミサトはリリスと共に十五の使徒と戦わねばならなかったに違いない。
 だがそれを、ゼーレとゲンドウは阻止した。
 その結果、とりあえずリリスと使徒の戦いは先送りとなったが、その代償としてセカンドインパクトが起き、新たな子供たちが生まれることとなった。
 そして、その子供たちを集め、回収したリリスを元にエヴァを作り、2015年に改めて起きる使徒達との戦いに備えた。本物のリリスを、ターミナルドグマに封印して…。
 
『第3、第4、第5使徒が、アダムのいるドイツ支部ではなく、まっすぐネルフ本部を目指してきたのは、リリスと雌雄を決するのが目的だったからだわ…』
『でも、結果的に使徒たちは、ニセのリリスであるエヴァと戦い、そして敗れていった』
 ミサトの中で、これまでの筋書きが、ようやく一つにつながった。
 
 
 
■司令官
『もしも私だったら…、リリスと二人だけだったら………。はたして、あの使徒達に勝てただろうか…』
 ようやく落ち着きを取り戻したミサトを、もう一つの問いが苦しめた。
 
『シンジくん達は、たとえエヴァが不完全でも、仲間や私たちのバックアップがあったし、私より条件は遙かにいいはず…』
 使徒が勝ち、サードインパクトが起きれば、人間は滅びると言われている。
もし今の自分が、この2つの使徒戦を選択しうる立場にあったとしたら、はたしてどういう決断を下しただろうか。
 訳も分からぬまま、使徒たちとの戦いに身を投じさせられる少女に総てを託すか?
 それとも、たとえ少女を不幸のどん底に突き落とし、20億の人間を死に追いやったとしても、15年の猶予を手に入れるべきか?
 ネルフ作戦本部長としては、15年前の行為を一概に責めることは出来なかった。
 
『でも、ゼーレが善意で行動してきたなんて、お世辞にも考えられないわ。だいいち、まだすべてが終わったわけじゃない。人類補完計画もある』
『使徒との戦いが人類の存亡を賭けたものであったにせよ、その原因は何なのか? そもそも使徒とは何だったのか? それに、こっちに向かっている9体のエヴァの目的も…、今のこの襲撃だって…』
 
「ハッ! しまった! 日向くん!?」
 ミサトは、ようやく我に返った。
 襲撃を退けたとはいえ、状況確認もせずその場でほうけているなど愚の骨頂だ。ミサトは、慌てて銃を拾うと、日向を捜した。
 
 すぐに日向が小走りに近付いてくるのが見えた。
 日向は、伊達でミサトの補佐をしているわけではない。日向は、考えに集中するミサトに代わり、周辺の状況確認を済ませていた。
 二人は、茂みの陰に身を隠した。
「ゴメン。状況は?」
「今のところは安全です。でも、すぐにここを離れた方がいいですね。予想通り、我々のガードは向こうで殺されてました。襲ってきた奴らも、正真正銘、本部職員です」
「まさか、データベースに照会したの?」
「やだな〜。そんなドジ踏みませんよ。一人は見覚えのある奴でした。所持品にも不審な点はありません。ただ、少々やっかいな事実もあります。襲撃犯の中に、警備部の人間がいたんです」
「まさか! それじゃ、本部は…」
 日向は自分の通信機をミサトに示した。通信回線は完全にシールドされていた。そしてそれは、既に中央施設管制室が敵の手に落ち、少なくともセントラルドグマとターミナルドグマ以外の全本部施設の主導権を握られていることを意味していた。
 ネルフ本部の目と鼻の先で発令所スタッフが公然と襲われたことから考えても、今本部内で何が起きているかは火を見るよりも明らかだった。
「これじゃ、メインシャフトを強行突破でもしない限り、発令所には戻れませんね」
「………あきらめるのは、まだ早いわ」
 ミサトは、周囲を見回し方向を確認すると、本部とはまるで異なる方向へ走り出した。
「こっちよ! 急がないと発令所が危ないわ」
 
 
 
■逆走
 ミサトは、走りながら考えた。
『まったく………今まで、よく生きていられたもんだわ』
 ミサトは、これまでの自分の立場を考え、ゾッとした。
 
 ミサトは、ゲヒルンに入所するとドイツ支部へ配属された。当時ミサトも、なぜドイツ支部なのか不思議には思ったが、加持と別れた直後ということもあり、日本を離れることをむしろ好意的に受け取った。
『でもあれは、私をゼーレの直接監視下におくためだったのね…』
 その後ミサトは、復讐のため、文字通り血を吐く努力を重ね、ついには作戦本部長の地位まで上り詰めた。
『無論、今の地位は、実力で勝ち得たものだという自信はある。…でも同時に、今度はよりにもよって、碇司令の監視下に置かれた。私が、かつてシンジくん達と同類の人間だったことに、何かを期待されたとしても不思議はないか…』
ミサトは、少しプライドを傷つけられた気がした。
『いずれにせよ、もっと早く南極の記憶を思い出していたら、間違いなく殺されていたわね…』
『とにかく今はまだ私が記憶を取り戻したことは気付かれてないし、碇司令がゼーレを裏切った真意も掴めていない。復讐を遂げるかどうかは、それからでも遅くはないわね。いずれにせよ、これが私の最後の切り札…』
 
「葛城さん…、ここは?」
 ミサト達は、破棄された坑道の前に着いた。
「本部建設時に掘られた作業坑の一つよ。それもかなり古いやつ。…停電の時のこと、覚えてる? あの時私はエレベーターに閉じ込められてたから直接は知らないんだけど、シンジくん達は、地上からセントラルドグマまで独力でたどり着いてるでしょ」
「ああ…第9使徒の時ですね?」
「あの時、シンジくん達は、緊急マニュアルだけじゃ対処出来なくなり、途中からレイが道案内をしたそうなの」
「ファーストチルドレンが?」
「考えてもご覧なさい。このネルフ本部の古参は誰? レイは、ゲヒルンの頃からここにいるのよ。これらの作業坑は、当然、工事終了時に閉鎖されたんだけど、すべてが埋め戻されたわけじゃないわ。…おそらくレイは、当時の記憶からターミナルドグマへの抜け道を探し出したのよ。もっとも、あの時レイの使ったルートは、あの後封鎖されたから使えないけどね」
 
 このルートこそ、加持がミサトに残してくれた贈り物の一つだった。
 あの日、日本国政府は停電を起こし、ネルフ本部内の構造に関する情報収集を行った。そしてあのとき加持は、ミサトの安全と、ミサトが面倒を起こさないよう監視する意味から、ミサトを探し行動を共にしたのだった。そしてその後、レイの行動を知り、シンジやアスカなどから情報を集め、この進入ルートを探し出したのだった。
 この道は、加持にとっては使われることのない逃走ルートであったが、後に残すミサトへのささやかな贈り物とすることが出来たのだった。
 そして今ミサトは、加持が安全のために残してくれた道を、危機の迫った発令所へ向けて逆走するのだった。
 

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For the best creative work