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 phase13 リリス、再び
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■ノイズ
 ゼーレメンバーを表す漆黒の石版に囲まれ、ゲンドウは窮地に立たされていた。
「エヴァ初号機は、既に我らの手中にある。弐号機も、もうまもなくだ」
「マギ・オリジナルの方も、陥落はもはや時間の問題だな」
「君を失うのは、実に残念だよ、碇君」
「貴様が無謀な造反を企てなければ、我らの末席に加わり、新たな歴史を刻むことができたものを。バカなことをしたものだ」
「まあいずれにせよ、我らの新世紀を迎えれば、貴様の力はもはや必要ない」
「これまで、ご苦労だったな、碇君」
 
『状況は、いったい…?』
 ゲンドウは、一瞬、冬月にホットラインをつなごうかと迷った。だが結局、すぐにその考えを捨てた。
 ゼーレがこの会見を利用することは、既に計算済みだったはずだ。その上で、現場の指揮を冬月に任せ、こうして会見に臨んだのだ。このホットラインを手にすることは、冬月への信頼を否定し、自らの敗北を認めることと同義だった。
 それに何よりも、自分は今、ゼーレと戦うために、この席にいるのだ。
 
 その時、石版の映像のいくつかに、かすかにノイズが走った。
「!? …何だ?」
 その様子に、ゲンドウはニヤリと笑った。
 ついに、ゲンドウの反撃が始まった。
 
 
 
■はじめての再会
 L.C.Lの波打つ岸壁に、レイは立っていた。正面を見上げると、白い半身の巨人が、微動だにすることなく、真紅の十字架に張り付けにされていた。そして L.C.Lだけが、人間の足のような物が無数に生えた胴体の切れ目から、十字架の表面を静かに少しずつしたたり落ちていた。
 三人目のレイがその巨人を見るのは、これで二度目だった。最初は、渚カヲルを追って。そしてレイは、彼がリリスと呼んだこの巨人を、自分以前のレイがとてもよく知っていたことを感じとっていた。
 レイは、巨人の隠された顔をじっと見つめた。レイの心に、不思議な感情が湧き出してきた。
「悲しみ、痛み、苦しみ。認めあう心、戦う心、守りぬく心。やすらぎ、喜び、ときめき………。アナタは、私の大切な友達」
 レイは、白い巨人に向けて、穏やかな笑みを浮かべた。
「わたしは、レイ。………はじめまして、わたしのエヴァ」
 巨人が、ゆっくりと顔を上げた。
 
 
 
■生きる資格
 ミサトと日向は、リツコが幽閉される独房に着いた。
ミサトは、要領を得ない歩哨を当て身で眠らせると、拳銃とカードキーを奪い、薄暗い独房へと入っていった。
 
 赤木リツコは、独房の簡易ベッドに腰掛け、じっとうつむいていた。
「赤木博士。ご同行、願いましょうか」
だが、そんなミサトの問いかけにも、リツコはじっとうつむくままだった。そして、静かに口を開いた。
「ミサト……、私はもう…私には生きる権利はないわ…。人として、科学者として…、私はタブーを繰り返してきた。でも、結局、あの人は………。私はもう、女ですらないんだわ…」
--------ガシャ。
ミサトは、リツコの足元に拳銃を放った。
「そんなに死にたいなら、死になさい。なんなら友人のよしみで、私がアナタを殺してあげる」
「ミサト?」
「かっ、葛城さん!」
ミサトは、自分の銃の銃口を、振り向いたリツコの眉間に当てた。
「アナタが生きる希望を失おうが、罪にさいなまれようが、私たちの知った事じゃないわ。………でも、私たちまでアンタの巻き添えになるのはゴメンなの。アンタの力があれば、私たちは生き残れる。死ぬなら、その後にしてちょうだい」
「ミサト………。フッ…。ひどい友達もいたものね」
 リツコは、足元の銃を拾うと、立ち上がった。
 
 
 
■出来過ぎた状況
 ゼーレの計略は、あまりにも順調すぎた。そしてそのことが、第7ケージ制圧部隊の指揮官に迷いを生じさせていた。
 ゼーレの作戦は、2つの方針からなっていた。1つは、エヴァ初号機の強奪。そしてもう一つは、弐号機を活動不能とすることである。
第7ケージでは、かねてより準備しておいた工作が功を奏し、ほとんど何の抵抗も受けることもなく、その占拠に成功した。そして、弐号機の襲撃に向かった部隊からも、作戦が順調に進行しているとの連絡を受けている。当初一番簡単に運ぶと思われていた病院でのセカンドチルドレン抹殺こそ失敗したものの、そのロストしたはずのセカンドチルドレンは、確保が最も困難と予想されたサードチルドレンと共に、弐号機襲撃部隊の勢力圏内にいるのである。
 作戦計画では、最終的には、第7ケージと共に確保してあるエヴァ射出口より、脱出する手はずとなっていた。そして、計画がうまく行かなかった場合には、最悪、初号機だけでも射出せよとの指示を受けていたのだった。
 だが、実際には、計画は予想以上に順調に進んでいる。このまま行けば、サードチルドレンも捕獲できる。弐号機についても、セカンドチルドレンの抹殺と弐号機本体の強奪という本来二者択一でもいい目標を、両方とも達成することが出来るだろう。なんなら、そのまま弐号機を使い、発令所に侵攻することさえ可能かもしれない。現在、ネルフ本部側は混乱の極みにあり、驚異となるほどの組織的反撃も受けていない。
「いけるのか…?」
制圧部隊指揮官は、弐号機襲撃班の戦況が明らかになるまで、撤退準備を待つことにした。
 
 
 
■666プロテクト
「このままじゃ、マギが…マギが!!!」
既に、伊吹は泣きじゃくっていた。
「ちきしょう…ダメだ!! マギ、圧されています! あと10分しか保ちません!!」
青葉も必死にマギをサポートしたが、4機のマギタイプの前には、あまりにも無力だった。
伊吹は、意を決して、冬月に進言した。
「666プロテクトの展開を提案します!!」
 
 666プロテクト。それは、別名「自閉症モード」と呼ばれていた。確かに、このプロテクトを用いれば、マギをハッキングから守ることは出来る。だが同時に、マギの能力はすべて内側へと落ち込み、マギは、マギ自身の存在するこのドグマ以外の外界との関係を、完全に遮断してしまう。そして、このプロテクトを解除するには、666日間かかるのだ。
 
 今マギまで失えば、もはやゼーレの侵攻を止める手だてはない。冬月は、迷った。だが、他に手が有るとは思えなかった。
「やむを得んか…」
「666プロテクト、展開します!」
だが、その時!!
 
「ダメよ、マヤ!!」
その声に、プロテクトを実行しようとしていた伊吹の指が止まった。
「先輩!!!」
第一発令所に、赤木リツコと葛城ミサトが飛び込んできた。
「ダメよ、マヤ。そんなことをしたら、完全に反撃のチャンスを失うわ!」
「…やれるかね、赤木君?」
冬月の問いかけに、リツコは黙ってうなずいた。
 
 
 
■科学者として
「遅れてゴメン。状況は?」
ミサトは、慌てて青葉のモニターに目を走らせた。ミサトは、ここに来る途中、今回の襲撃について考え、一つの仮説を立てていた。そして、モニターに映る本部内の情報により、仮説は確信へと変わった。
「青葉君。モニターテーブルに、セントラルドグマ周辺の3次元マップを用意して。それから、敵の勢力分布と、こちらの部隊の展開状況を重ねといて」
「了解!」
「上部フロアのセンサーは回復してる? 向こう2時間以内、本部周辺にいた人員をリストアップ。死体と照合して、生存者人数を割り出して」
「え、えぇ!?」
これには、さすがに青葉もたじろいだ。マギのサポートが得られない現状では、すべての死体のチェックを自分が行わなければならないからである。
「敵の兵力を知るためよ! 日向君も来たら手伝わせるわ」
「死体を…全部ですか?」
「情けない声出すんじゃない。栄えある第一発令所主席オペレータでしょ! 根性見せなさい!!」
「りょ、了解!!」
青葉は、顔をひきつらせながら、本部内の検索を開始した。
 
 一方、リツコもまた、マヤの端末でマギの状況にサッと目を通すと、すぐに行動に移った。
「マギだけでは、勝てないわね…。マヤ、アレを使うわよ!」
「え!?! でも…」
「今は、それしか方法が無いわ。急いで!」
「ハイ!」
伊吹は、自分の席の電源をすべて落とすと、リツコを追って発令所中央の非常用昇降機の所へ走った。
 
「遅くなりました!」
日向が発令所に戻ってきた。両手には自動小銃などの銃器と大きな袋を下げていた。
「ご苦労様。早速だけど、青葉君を手伝ってあげて!」
「了解!」
「ン? 何やってんの?」
 ミサトは、非常用昇降機で降りるリツコたちをのぞき見た。昇降機は、3メートルほど降りたところで止まり、リツコとマヤは、そこにある第一発令所基部の保守用ドアを開けて中に入っていったのだった。ミサトは、ふたりを追って飛び降りた。
 
 ピロロロロロ…。キュイーーーン。
マヤが電源を入れると、天井と言わず床と言わず、黒い壁面に所狭しと並べられたメーター群が、次々と点灯していった。
「ちょっと、何よこれ?!」
ミサトは、その光景に唖然とした。第一発令所の床下にこんな場所が作られていたなど、初耳であった。
「最近、実験用に作った物よ。場所的に、ここが一番使いやすかったから」
リツコは、辺りの計器を次々と操作しながら、そう答えた。
 その急造の部屋は、上のオペレータ席近辺より一回りから二回りほど狭かった。部屋の後方には、むき出しの配線やら部品やらに覆われた小高い台座状の固まりがあり、その中心部には様々なパネル類に囲まれたシートが一つはめ込まれていた。部品を流用でもしたのだろうか。ミサトには、そのシート周りがエントリープラグのそれに似ているような気がした。そして、そのシートの前方には、シートを囲むかのように大型パネルディスプレイが弧を描いて並び、その下に操作用の7つの操作卓が並んでいた。そして、それらを操作するためのシートが一つ、操作卓に沿って床に設置されたリニアレールの上に置かれていた。
 マヤは、リニアシートに座ると、左右のペダルを操り、シートを巧みに移動させながら、次々とシステムを立ち上げていった。リツコは、中央のシート周りのチェックをしながら、ミサトに説明した。
「これは、第8世代コンピュータ模索のための、実験インターフェイスよ」
「第8世代?」
「そう。マギの処理能力は、現在の技術力では頂点に達していると言えるわ。でも、いかに人格移植OSが優れていても、まだ人間にはかなわない部分がある」
「え?」
「創造力よ」
 リツコは、計器のチェックを終えると、中央のシートに滑り込み、透過式のヘッドマウントディスプレイをかぶった。
「これは、創造力を兼ね備えた新しいコンピュータを模索するための評価システムなの。マギに人間の脳を直接結ぶことで、擬似的に第8世代コンピュータをシミュレートするのよ。まだ実験段階だけどね」
 
 これこそまさに、赤木リツコの集大成とも言うべき研究だった。
 周囲は赤木博士のことを「ネルフの頭脳」と賞賛していたが、当のリツコは、そう呼ばれることを必ずしも喜んではいなかった。確かにリツコは、マギ及びエヴァ開発の第一人者である。しかし、マギの基礎は母ナオコの開発した物であり、エヴァもまた碇ユイや惣流・キョウコ・ツェッペリンの業績を継承したに過ぎなかった。
これに対し、ダミープラグをはじめとするリツコ・オリジナルの業績は、むしろ闇の技術と呼ぶべき物ばかりであった。リツコは、科学者としての自分を振り返ったとき、先人、特に赤木ナオコ博士に対するコンプレックスを感じずにはいられなかったのだ。
 だが、このシステムは違う。
エヴァの人格結合技術をヒントに模索したとはいえ、リツコが初めて世に示せる業績であった。赤木リツコは、今初めて、赤木ナオコを越えようとしていた。
 
『いける!』
ミサトは、そう確信した。
「そっちは頼んだわよ!」
ミサトの声に、リツコは、シートの中から軽く手を挙げて答えた。ミサトは昇降機へと走っていった。
ミサトが出ていくと同時に、マギのハッキングに対する抵抗が、限界点に達した!
「マヤ!」
「いけます! シンクロスタート!!」
「いくわよ、母さんっ!!!」
 
 
 
■リリス、再び
 レイは、岸壁から足を踏み出した。レイの体はスーッと浮き上がり、そのままリリスの顔の方へと近付いていった。
 レイは右手をスッと伸ばし、リリスの左手を貫く聖釘を指さした。その途端、聖釘は塵となり消滅した。レイは、今度は左手でもう片方の聖釘を指さし、それを消し去った。
リリスの両手の戒めが消えた途端、L.C.Lが大きく波立った。L.C.Lがリリスの下で渦巻き、リリスの千切れた胴へと吸い上げられていった。L.C.Lは、見る見るリリスに吸収され、失われていた下肢を形作った。そして、すべての L.C.Lがリリスに戻ったとき、リリスの姿は、15年前のあの日、約束の子・葛城ミサトが見たあの白い巨人へと戻っていた。
レイは、広げた両腕を、そのまま正面へ揃えた。その途端、リリスを縛る真紅の十字に亀裂が走り、音を立てて崩れ始めた。
リリスの体が、急激に光を帯び始めた。L.C.Lプラント内部が、真っ白な光で満たされていった。
 視界が徐々にホワイトアウトしていく中、レイは微笑みながら、七つ目の仮面を着けたリリスの顔を見つめていた。
リリスの体に、急速な変化が始まった。リリスは、レイとの契約に従い、ふたりの絆であるその姿へと変貌していった。
リリスの顔から、ゼーレの紋章の仮面が外れた。
 
 
 
■反撃開始
「青葉君、日向君!」
ミサトは、非常用昇降機から飛び出すと、必死に集計を続けるふたりを呼んだ。モニターテーブルの前に立つと、セントラルドグマの全体図を表示し、一望した。テーブルの周りに、ミサト、冬月、青葉、日向の四人が集まった。ミサトは冬月を見た。
「よろしいですね」
「かまわん。始めてくれ」
 ミサトは、テーブルに表示された敵の勢力地図を指し示し、説明を始めた。ミサトには、シンジたちの様子が気がかりでならなかったが、今は指揮官として徹することに腹をくくっていた。
「現在、敵は2機のエヴァを押さえるべく展開しています。そして問題はこの第7ケージ。ここからなら、発令所は目と鼻の先です。しかし、敵は完全に籠城を決め込んでいます」
「仕掛けるタイミングを計っているんじゃないかね?」
「いいえ。…私が外に出てから約1時間。ジオフロント内に、特に変わった様子はありませんでした。私と日向君は、敵の襲撃を受けましたが、その人数はわずかに4名。増援も無しです。仮に外部からジオフロント内に増援を送り込んで来たとしても、タイミング的に遅すぎます。それに、彼らが撒いたガス自体が、その侵攻の妨げになってしまいます。青葉君、集計の方は?」
「生存者…57名。誤差+−12名です」
青葉は、その予想以上の少なさに困惑していた。だがミサトは、その報告にニヤリと笑った。
「OK。仮にすべて敵だったとしても、70人ってとこね」
ミサトは、テーブルに向き直ると、敵の予想人数を配置していった。
「敵がエヴァを抑えようとしているなら、当然、子供たちも狙われる。アスカの病室にも部隊を割いてるはずです。それに、私たちを襲った部隊を合わせて、約10名。中央施設管制室の占拠とフェイク展開のサポート、ガスの散布に15名。弐号機の強襲に30名として、第7ケージに割けるのは、15名ってとこね」
「たったそれだけかね?」
「敵はこれまで、こちらに多大な損害を与えているため、私たちも敵の規模を過大評価してしまっています。その結果、私たちは、想像上の敵のために必要以上に兵力を分散してしまい、効果的な反撃が出来なくなっています。そして、それこそが敵の思う壺だということです。敵はこちらに正確な状況把握をさせないうちに、作戦を終わらせるつもりです。おそらく敵の目的は、エヴァを押さえることのみにあり、ドグマへの侵攻はありません!」
 ミサトの状況判断は、実に見事だった。実際には、敵はこれより少なかったのだ。
「これに対し、こちらの配置はこうします」
 ネルフ本部側に残された部隊の数も、決して多いわけではなかった。しかもこれまでに取っていた配置は、ケージ、発令所、メインシャフトなど、敵の流入を考慮してターミナルドグマ全体に分散していた。ミサトは思い切って、敵の確認されている2カ所に部隊を集中した。
「青葉君。第7ケージの動力は?」
「はい。正・副・予備すべてカットしてあります。しかし、内部には未だ電源の供給が確認されています」
「おそらく、ここよ」
ミサトは、確認不能と表示されている1本のエヴァ射出口を指し示した。
「ここが奴らの生命線よ」
ミサトはそう断言すると、毅然とした態度で命令を伝えた。
「兵站の十分でない敵の方針が、タッチ&アウェイなのは明らかです。現状では、持久戦に持ち込むことは不可能でしょう。そこで、ここは多少の損害は無視し、あえて一気に決着を着けます」
「私は弐号機方面を指揮します。日向君は、初号機をお願い。ポイントは、27番通路のここ。ここがこの射出ダクトに一番接近しているポイントよ」
ミサトは、日向の持ってきた袋をテーブルに乗せた。袋の口からプラスチック爆弾がゴロゴロと転がり出た。
「ここをダクトごと思いきり吹き飛ばして。爆破を合図に各班は第7ケージへ突入開始。配置は、ここと、ここと、ここ。敵をコントロール室に釘付けにするの。そして日向君は別働隊を率いて……」
 
 冬月たちは、ミサトの指揮ぶりに舌を巻いた。だが、ミサトにとってみれば、今こそが、本来の力を発揮できる瞬間だった。
 ミサトは、ゲヒルンの士官教習時代も、作戦課の演習においても、常にダントツの成績を収めていた。しかし対使徒戦では、前線指揮に立つとはいえ実際の戦闘を行うのはエヴァと子供たちであり、ミサトは自分の指揮の限界を常に感じていたのだった。そんなミサトにとって、今のこの状況は、まさに水を得た魚だった。
 
 ミサトは、日向の持ってきた銃器の中からマシンピストルとマガジンを掴んだ。
「行くわよ、日向君! 青葉君、全員に伝えて!『ゼーレに兵無し!』」
 
 
 
■ダミー
 ついにそれは始まった。突然、アスカたちのすぐ横で、エヴァ弐号機の頭部が前傾し頸部が開いた。そしてそこへゆっくりと、エントリープラグが挿入されていく。
「なに?」
「ウソ! 誰が乗ってるの!?」
「………まさか! ダミープラグ?!」
三人の目の前で、最後のダミープラグが挿入されていった。
「そんな…! 嫌よ!! やめて!!!」
「アスカ!!」
錯乱し弐号機に飛び移ろうとするアスカを、ヒカリとシンジは必死に抑えた。
 
 * * * * *
 
 コントロール室では、松代のマギ2号の全面的なサポートを受けながら、弐号機を操ろうと必死に作業を続けていた。
「エントリープラグ固定完了。第一次接続に移ります。ダミーシステム起動!」
 
 * * * * *
 
「!」
レイはハッとした。レイは、自分の一部が、自分とは異なる意志で動かされたことに気付いた。そして今やそれは、二人目のレイの時とは異なり、とても不快な感触となっていた。
「…アナタは、ワタシじゃない!」
レイは、ダミーを見据えるかのように、キッと L.C.Lプラントの天井を見上げた。
 
 * * * * *
 
「エヴァ弐号機、起動フェーズに入りました!」
「始まったか!」
冬月と青葉も、その状況に気が付いた。発令所に残った青葉たちは、前線の部隊に適時情報を流す後方支援を受け持っていた。この情報もすぐさま、現場へと集結しつつあるミサトたちへと伝えられた。冬月は、作戦の成功を祈ることしかできない自分が、もどかしかった。
「間に合ってくれ…」
「…待って下さい……何だこりゃ? ターミナルドグマにATフィールド発生!!」
「なに!?」
冬月は、反射的にリリスのことを思い浮かべた。
『まさか…、始まったのか!? レイ!』
 
 
 
■叫び
「主電源回路接続。稼働電圧臨界点突破」
「第二次接続開始」
「第二次接続、開始します。パルス送信。A10神経接続開始。…全回路正常」
「ダミープラグ、安定しています」
「第三次接続開始。チェックリスト、2580までクリア。絶対境界線…、突破!」
 
 * * * * *
 
 エヴァ弐号機の発進が秒読み段階となった頃、ようやくミサトが到着した。
「A班はそのままブリッジ入り口を確保。B班はそちら側からコントロール室に圧力をかけて。E班は13番通路へ侵入、C,D班がもう片方のブリッジ入り口を奪回するまで、敵後方より牽制して」
増援と指揮系統の回復により、形勢はネルフ本部側へと傾いていった。しかし、いかに敵が少数とはいえ、ゼーレの送り込んできた部隊もまた、精鋭揃いである。
ミサトたちは、アンビリカル・ブリッジの解放に手こずってしまった。
 
 * * * * *
 
「ハーモニクス正常。シンクロ率、63%……いや、61、58、どんどん下がっています!」
「サードチルドレンを確保するまでの間、動けばいい。発進準備!」
「第一ロックボルト解除。アンビリカル・ブリッジ移動開始!」
 
 * * * * *
 
「キャア!」
アンビリカル・ブリッジが大きく揺れ、弐号機が見るまにアスカたちから離れていった。弐号機頭部に掛けられた足場が崩れ、落下していく。
「イヤー! ママを連れてかないで!!」
「危ない、アスカ!」
 
 * * * * *
 
「しまった!!」
ミサトたちがようやく敵を排除したときには、既にアンビリカル・ブリッジは移動を開始していた。
「チィ。コントロール室に行くわよ!」
ミサトは、弐号機を止めるために、コントロール室への突撃命令を下した。
 
 * * * * *
 
「最終安全装置解除!」
「エヴァ弐号機、リフトオフ!」
「よし。サードチルドレンを捕獲させろ!」
弐号機の巨大な右手が、シンジたちの方に迫っていった。
 
 * * * * *
 
「逃げるんだ!」
「早く、アスカ!」
だが、シンジやヒカリの声に反し、アスカは立ち上がると弐号機に向かって叫んだ。
「お願いよ、ママ!! 私を見て!!!」
弐号機の手がビクリと震え、急に止まった。一瞬の硬直の後、弐号機は両手で頭を抱え、もがき始めた。
「グ…グオォォ…ォオオーーーーー」
 
 
 
■エヴァ零号機
「どうした!!?」
「シンクロ率、なお低下中! 47、44、42、…」
「命令を繰り返せ! 何としてもサードチルドレンを第7ケージに連れて行くんだ! そしてセカンドは殺せ!!」
 弐号機の動作には、完全に迷いが生じていた。襲撃部隊は、弐号機を屈服させようと最大出力でコマンドを送り込んだ。だが、その結果、エヴァ弐号機の心理グラフは一気に崩壊し、暴走を始めた!
「ウオォォォォォォォーーーーーー!!!」
弐号機は、雄叫びをあげて両手を高々とかかげた。そしてその手を、アスカたち目掛けて振り下ろした!
 
 * * * * *
 
「!!!」
だが弐号機の両腕は、アスカたちには届かなかった。
 シンジたちが目を開けると、蒼い影が弐号機の赤い両腕を背後から羽交い締めにして抑えていた。
「まさか! 零号機!?」
 
 シンジたちは、一瞬自分の目を疑った。その姿は、エヴァ零号機そのものだった。しかし、その材質は、まるで異なっていた。その零号機によく似たものは、全身が半透明の青いクリスタルのようなもので出来ていた。その青はまるで、海の底を思わせる色だった。そして胸の部分には、真っ赤なコアが、ギラギラと輝いていた。
「見て! あそこ!」
ヒカリは、思わず指さした。半透明の零号機の肩に、レイが立っていた。
 
 * * * * *
 
 予期せぬ巨人の出現に、弐号機襲撃部隊の反応が一瞬弱まった。
「!」
ミサトは、その一瞬を逃さず、一気にコントロール室に突撃した。反応の遅れた敵兵を撃ち抜くと、そのまま室内になだれ込み弐号機のコントロール卓へと飛びかかった。
「コノー!!」
コントロール卓に座る技術者を銃でなぎ払うと、ミサトはエントリープラグの強制射出ボタンを押した!!
 
 
 
■サイバースペース
 リツコ=マギの瞳に、真っ白な世界が広がっていた。足元からは、オレンジに光る糸が無数に広がり、更にそれが網の目のように繋がっているのが見えた。
リツコ=マギには、それは無限の彼方へと連なる光の網の目にも見えたが、同時に掌の上のことのようにも思えた。オレンジの光の網は、とても大きな球体を成していた。糸のつなぎ目の所々に、塚のように盛り上がった大小の輝きが見える。その中でも、ひときわ大きな塔が5つほど見えた。
「あれが、マギね」
 
 マギたちからは、リツコ=マギに向けて、盛んにベクトルが送り込まれていた。だが、リツコ=マギにとって、それはもはや小さなさざ波ほどの意味も持たなかった。
 量産型のマギは、オリジナルから余計なロジックボードを削り、処理の高速化を図った分、確かにその処理パワーはオリジナルを凌駕した。しかしその分、処理の奥行き、柔軟さでは、オリジナルには遠く及ばなかった。そして、第7世代の呪縛を越え、新たなステージを迎えるリツコ=マギにとっては、そんなマギタイプは、もはや過去の遺物でしかなかった。
 リツコ=マギは、足を濡らす飛沫を払うかのように、マギタイプの攻撃を軽くないだ。その途端、光の塔たちはパニックを起こした。マギタイプたちには、何が起こったのかまったく理解できず、慌てふためいていた。
リツコ=マギには、マギたちのその仕草が、なんだかとても可愛く見えた。
 
 リツコ=マギにとって、マギタイプたちを退けることなど取るに足らないことだった。リツコ=マギは、ちょっと悪戯を思いついた。
 リツコ=マギは、必死に攻撃を続けるマギたちのカーネルに、優しくほんの少しだけ干渉した。そして、その耳元に、そっと囁いた。
「 Cogito ergo sum. (我思う、故に我あり。)」
 その途端、本来、無我状態に在ったはずのマギタイプのOS人格に自我境界線が引かれ、自我の固執観念へと陥ってしまった。そして、それぞれのマギタイプの攻撃先は、同じ「我」を主張するマギシリーズへと向けられていった。光の塔たちは、お互いを潰し合い、その断末魔がオレンジの煌めきとなって輝いていた。
 
 これ以上手を下さなくとも、光の塔たちの灯が消えるのは、もはや時間の問題だった。
 リツコ=マギは、ゆっくりとこの白い世界を見渡し、微笑みながらつぶやいた。
「…ネットは広大だわ」
 
 
 
■継ぎし者
 パシューーーーーー!!
突然、弐号機の頸部が開き、エントリープラグが飛び出してきた。だが、レイはそれを逃がさなかった。半透明の零号機は主の意に従い、飛び出したエントリープラグを素早くつかみ、握りつぶした!
 ブシャァッ!!
その途端、エントリープラグはひしゃげ、L.C.Lと「それ」が飛び出した。「それ」は、放物線を描くと、シンジたちのすぐそばへグシャリと落下した。
 
 
 勝敗は決した。
 第7ケージでは、敵制圧部隊をコントロール室に釘付けにしたところを、日向率いる別働隊が対戦車ミサイルを撃ち込み、これを殲滅した。
 弐号機は、クリアブルーの零号機の力を借り、定位置に戻された。アンビリカル・ブリッジが、ゆっくりと元の位置に戻されると、すぐにミサトが飛び込んできた。
「みんな、大丈夫!?」
「ミサトさん…」
だが、シンジたちの表情は、助かった安堵感より、目の前に横たわるダミープラグの元への動揺を表していた。
 
 そこへ、レイがゆっくりと降りてきた。レイは自分のレプリカの脇に降り立つと、泥人形のように崩れ始めたそれをジッと見つめた。
『……わたしは、ここにいる』
 
 ミサトもシンジも、その様子を黙って見ていることしか出来なかった。ヒカリは、ただただ、その異様な光景に驚いていた。そんな中、アスカだけは、レイに向かって口を開いた。
「…アンタ、いったい…何者なの?!」
その言葉に振り向いたレイの表情は、どこか少し淋しげに見えた。
 
「さあ。とにかくみんな、発令所に戻りましょ。ヒカリちゃんの治療もしなきゃ。あなたも来るのよ、レイ」
ミサトは、ヒカリの体を支えてやると、全員を発令所へ向かうよう促した。
「ちょっと、ミサト。アレはどうするのよ?!」
アスカが、半透明の零号機を指さした。
「彼? 彼なら心配ないわ。そうでしょう、レイ」
レイは、そんなすべてを見透かすようなミサトの態度に一瞬驚いたが、すぐに黙ってうなづいた。
 
 ミサトは、彼の顔を見つめた。彼もまた、ミサトの方をジッと見ていた。たとえ姿形が変わっても、ミサトには、彼が誰なのか、よくわかっていた。
『…もう私には、あなたの声は聞こえないのね』
 ミサトは、そっと胸の傷の辺りをさすると、発令所へ向かって歩き始めた。
 
 
 
■勝者
 ゲンドウを囲むゼーレのホログラムは、ノイズにより激しく乱れていた。
「これはいったい…?」
「碇、貴様何をした!」
ゲンドウはニヤリと笑った。
「簡単なことです。あなた方の『敵』に教えてやったのですよ。使徒はすべて倒した、とね」
ゲンドウは、脇にある投射ディスプレイの電源を入れると、国連に関するニュースソースを表示した。
 
「…国連は、臨時国連総会を招集。特務機関ネルフ及び人類補完委員会の解散と全資産凍結を、全会一致で可決しました。この決定により国連軍は、駐屯各国国軍の協力の下、各ネルフ支部の制圧を開始……」
 
「碇! 貴様〜!!」
「やはりあなた方は、陰から出るべきではなかったようですね。陽の下では、もっと自らの手足を使うべきでした」
暗い通信室の内部を、ホログラムのノイズが激しくスパークしていた。通信の向こうでは、旧勢力によるネルフ支部の接収が始まっていた。そして、ネルフを隠れ蓑にしていたゼーレのメンバーたちもまた、その攻撃にさらされていた。ホログラムの向こうからは、喧噪があふれ、満足に話を出来る者は、もはやいなかった。
 碇ゲンドウは、勝利を確信すると席を立ち上がった。そして、一つだけ付け加えた。
「そう…、レイのことをお尋ねでしたね。…あの子は、私とユイの娘です。そして、エヴァ零号機…。あなた方は、もっと状況を疑うべきでした」
ゲンドウは、スッと眼鏡の位置を直すと、毅然とした態度で告げた。
「あの日…、15年延ばされたハルマゲドン最初の日。私は息子シンジを使い、最初の挑戦者を退けた。なぜあの日に、シンジを呼び寄せることが出来たのか。…それは、私がハルマゲドン開始の笛を吹いたからですよ。エヴァ零号機の起動実験によって」
ゲンドウは、ニヤリと笑った。一つ、また一つ、ホログラムが消えていった。
「これまでのご協力、感謝します」
そう言い残すと、ゲンドウは通信室を後にした。
 
 通信室には、ノイズだけが響いていた。
ゲンドウは、ゼーレの最後を確信し、退出した。だが、そこには、大きな見落としがあった。ホログラムの数が残り少なくなり、通信室の中がようやく静かになってきた頃、それは明確となった。
通信室の一番奥、キール・ローレンツのモノリスだけは、微塵も揺るぐことなく、未だ、そこにそびえていた。
 
「それが貴様のシナリオか…、碇ゲンドウ」
キール・ローレンツは、ひとりつぶやいた。
 

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