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 phase14 真実の扉
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■やすらぎ
 ミサトは、子供たちを引き連れて第一発令所へと向かっていた。
『この子たちはみんな、私の後継者だったんだ…』
そう考えると、ミサトには、何だか不思議な気分だった。
『かつて巨人と出会った私が、今こうして新しい子供たちを導いている…。シンジくんとアスカは、人の作った巨人に乗り、その使命を果たしてくれた。…鈴原くんには、辛い思いばかりさせてしまったわね。相田くんは悔しがっていたけど、ヒカリちゃんや他のクラスメートの子供たちにとっては、巨人と関わらなかったことは、むしろ良いことだったわ。…そして、レイ』
ミサトは、隣を歩くレイを、やさしく見つめた。
『あなたは、私に代わり、巨人を引き継いでくれた』
レイは、ミサトの視線に気付き、ふと振り向いた。ミサトは空いているもう片方の手で、レイの頭をやさしく抱いてやった。
「ありがと…、レイ」
 レイは何のことかと戸惑い、ちょっと顔を赤らめた。でも、そうされたことは、レイにとって、とても気持ちよかった。レイは、おそるおそるミサトの背中に手をまわし、ミサトの抱擁に答えた。
「…あったかい」
レイは、素直に、うれしいと思った。
 
「何なの、あれ?」
アスカは、前を歩くミサトとレイの様子を見てつぶやいた。
「さあ…?」
シンジは、特に感慨もなく相槌を打った。
そんなシンジを見て、アスカは、自分もシンジの肩を借りて歩いていることを急に意識しだし、ちょっと赤面した。
「も〜。ひとりで歩けるわよ!」
「あ、ゴ、ゴメン…」
アスカは、気恥ずかしくなり、シンジの腕を振りほどいた。シンジは、そんなアスカに、ただオロオロするだけだった。
「…まったく、アンタは」
アスカは、相変わらずなシンジのそんな様子を見て、おかしく思った。アスカの心が、チョット軽くなった。
 
 
 …それは、選ばれし者たちに与えられた、ささやかな最後のやすらぎだった。
ミサトたちは、第一発令所に帰還した。
 
 
 
■疲労
 ミサトたちが発令所に戻ると、先に戻っていた日向が出迎えた。
「ごくろうさま。そっちもうまくいったみたいね。…悪いけど、イスを持ってきてくれる?」
ミサトは、モニターテーブルの横にイスを置くと、ヒカリをそこに座らせ、ケガの手当を始めた。
「ゴメンね。医療チームは、さっきの戦闘の後始末で全員出払ってるのよ」
「ミサトの治療じゃ、かえって悪くなるんじゃない?」
アスカは、横からミサトをからかった。
「作戦課を舐めんじゃないわよ。ちょっとした外科手術だって出来んだから」
ミサトは、得意げに自慢した。だが、シンジのつぶやきで、すぐに台無しにされてしまった。
「…お肉の区別もつかないのに?」
「グッ…、料理とこれとは関係ないッショ!」
発令所に、久しぶりに笑い声があふれた。
 
「青葉くん。上の様子は?」
ミサトは、話題を変えようとするかのように、横にいる青葉に状況報告をさせた。青葉は、モニターの最新情報をチェックしながら説明した。
「特に動きはありません。中央施設管制室は未だ敵の勢力下にあり、状況不明です。ただし、管制室の回線は総て切断してありますから、今のところ脅威にはならないと思います。現在、毒ガスの成分の解析と、中和剤の準備を始めています。準備が出来次第、空調システムと連動させて、駆除を開始します。ですが…」
「ガスがよどんでる所もあるでしょうから、復旧には相当時間がかかるわね」
ミサトはため息をついた。
「ま、その分向こうも第2次侵攻が出来ないわけだし、守りが固められたとでも思えばいいわ。前向きに考えましょ」
そう口にはしたものの、何かがミサトの勘に引っかかった。
『守りが固まる………籠城……、敵による封じ込め。……まさか、私たちを地下に足止めするために…』
その時、モニターテーブルの向こう側にある左の非常用昇降機が動き、リツコたちが現れた。ミサトのこの考えは、そこで中断されてしまった。
 
 マヤは、昇降機を降りると、すぐにリツコのイスを用意した。
「お疲れさま。やったじゃない、リツコ」
リツコは、チラリとミサトの方を見ると、軽く笑って答えた。だが、その動作は、どこか人形のようだった。
リツコは、マヤが用意したイスに腰掛けた。リツコは、モニターテーブルを挟んで、ミサトと反対側の位置にいた。彼女の動きそのものは、特に肉体的疲労を感じさせるものではなかった。だが、その様子は、どこかぎこちなかった。ミサトは、ちょっと心配になった。
「ちょっと、リツコ…。大丈夫?」
「脳を急激に酷使したため、少し意識が朦朧としてるんです。なにしろ、マギの相手をしたんですから…。少し休めば、落ち着きます」
リツコに代わって、マヤが答えた。
マギとシンクロしていた時間自体は、それほど長くはなかった。だが、その短時間でも、リツコの脳は、これまで経験したことが無いほど激しく活動させられていた。そのため今のリツコは、体は元気だが、脳だけが極度に疲弊しきった状態になっていた。リツコの精神状態は、とりあえず平静を保ってはいるものの、小さな刺激一つで崩れ去るほどの不安定な状態にあった。
 
 事態は、小康状態を保っていた。発令所も、落ち着きを取り戻し、機能を再開していた。だが、そこに居合わせる者たちの心中は、必ずしも平静というわけではなかった。
 アスカは、発令所に戻ったら、赤木博士から弐号機と母のことについて真実を聞こうと思っていた。しかし、今の博士の状態を見て、それが困難であることを悟っていた。
このことについては、シンジも同様であった。そして、シンジは更に、綾波レイについても、その正体について知りたいと思っていた。
自分の正体については、レイ自身も知りたいと思っていた。しかし、それを聞き出すだけの勇気は、まだ無かった。
そしてミサトは、それらを含め、総ての真実を知りたいと切望していた。そして、それを聞き出す相手はリツコではなく、碇ゲンドウであることもわかっていた。
 
 そこへ、碇ゲンドウが戻ってきた。
 
 
 
■銃弾
「みんな、ご苦労だった」
碇ゲンドウは、右手のドアより入ってきた。ゲンドウの声に、リツコがピクリと反応した。だが、誰もそのことに気がつかなかった。
「ゼーレの老人たちは?」
冬月は、モニターテーブルから視線を上げ、発令所に入ってきたゲンドウを見た。
「ああ。手はず通りだ。問題ない。…後は、最後のシナリオを実行するだけだ」
 
 ゲンドウは、発令所を見渡した。モニターテーブルを囲むように、全員が集まっていた。
冬月はモニターテーブルの正面、2つの昇降機の中間に立っていた。その向こうのフェンスとテーブルの間の所では、イスに座った赤木博士がゲンドウを見ていた。左に視線を振ると、伊吹二尉が自席のシステムの再立ち上げを行っている。隣の日向、青葉は、いつも通りモニターの映し出す情報をチェックしていた。3つのオペレータ席の背後のスペースには、葛城ミサトと子供たちが陣取っていた。イスに見慣れない少女が腰掛けていたが、ゲンドウは彼女が適格者候補リストに載っている少女であることを思い出した。ヒカリの足の傷の応急処置は終わったらしく、ミサトはヒカリの隣にしゃがんで救急キットを片付けていた。ヒカリの前には、アスカとシンジがいた。アスカはモニターテーブルに腰掛けている。そして、青葉の席の脇、モニターテーブルの角の辺りには、レイが立っていた。
 
「レイ」
ゲンドウは、レイを呼んだ。レイは、ゆっくりとゲンドウの前に進み出た。
ゲンドウは、上着の内ポケットから銀色の小箱を取り出し、そのふたをゆっくりと開けた。小箱の中から、紅い輝きが現れた。
 
『あれは!!』
ミサトは、愕然とした。その小箱にある物は、15年前のあの日、途切れる意識の中、ミサトが最後に見た物と同じだった。小箱には、真紅の光球が入っていた。
 ミサトは、ゲンドウを問いただそうと立ち上がった。
だが、その時!
 
「いかん!!!」
ズダーーーーーン!!
一発の銃弾が、ゲンドウを襲った。だがその銃弾は、一瞬早く銃口に気付いた冬月の肩を貫き、ゲンドウをそれた。冬月はとっさに銃口の前に割って入ったのだ。
銃弾を受けた冬月は、崩れるようにモニターテーブルに倒れた。テーブル上に血が流れた。
「冬月!!」
ゲンドウが彼に近付こうとしたその時、再び銃口がゲンドウに向けられた。
「やめるんだ、赤木君!」
冬月は、激痛に顔を歪めながら、銃口の主を止めようとした。
「リツコ!」
「動かないで、ミサト」
赤木リツコは、スッと銃口をミサトの方に振った。
いつの間にか、リツコはイスから立ち上がっていた。手には、ミサトが独房で渡した銃が握られていた。
『しまった!』
ミサトは、銃を渡してしまったことを後悔し、歯ぎしりした。
 
「約束は…果たしたわよ、ミサト。私はもう、とても疲れたの…」
リツコは、発令所の左の出入口側の方にゆっくりと動き、全員を見渡せる位置を取った。ミサトたちの位置からでは、リツコを取り押さえることは不可能だった。
「バカなことはやめるんだ…赤木君。…君が碇を憎む気持ちはわかる。だが…こんなことをしたところで」
「憎む? いいえ、愛していますわ。心から。でも、それも叶わないなら…。いっしょに、死んでいただけますか?」
「…断る」
冬月たちは、ゲンドウの冷めた言葉にギクリとした。情緒不安定な状態にあるにもかかわらず、銃口には微かなブレもない。今、彼女を刺激することがどれほど危険かは、誰の目にも明らかだった。
ゲンドウは、更に続けた。
「私には、まだ、やらなければならないことがある。……総てが済んだ後は、…好きにすればいい」
ゲンドウは、自分に向けられた銃口が気にならないかのように、再びレイの方を向いた。
「結局、あなたは、その人形しか眼中に無かったのですね…。でも…だったらなぜ、私や母を抱いたんですか?!」
銃口が、ゲンドウの頭部にピタリと合わせられた。
ゲンドウは顔だけ振り向き、淡々と語った。
「それが君たちの糧だったからだ」
「!!」
アスカは思わず、目をつむった。だが、リツコは引き金を引かなかった。
「私には、シナリオの遂行こそ総てだ。そのためには、手段を選ぶつもりはない」
「フッ…。私や母を操り、奥様のレプリカを育てることが、それほど大事!?」
「----それは違うわ」
シンジは驚いてミサトを見た。ミサトは、ゲンドウとリツコの会話に割って入った。
「レイは、シンジくんのお母さんのレプリカなんかじゃない。もしそうなら、あの巨人は…光の巨人リリスは、レイに答えてはくれないわ」
ミサトは、スクリーンの一つに映し出されている半透明の零号機を指さした。
「……まさか…思い出したのか?!」
冬月は、驚きのまなざしをミサトに向けた。
「ええ。ついさっきね。…15年前、南極で、あなたが父を殺し、私の胸からそれを奪い取ったことも!」
ミサトは、ゲンドウの持つマインドコアを指さした。
「……何を言ってるの、ミサト?」
「リツコ…。アナタも私も…いいえ、ここにいるみんなが、ニセの真実に振り回されながら、ここまで戦ってきたのよ」
ゲンドウは、真っ直ぐにミサトを見た。その表情は、まるで、ミサトが何を語るのかを楽しみにしているかのようだった。
 
 
 
■ミサトの推理
「最後の使徒・渚カヲルは教えてくれたわ。地下に眠る巨人が、実は第一使徒アダムではなく、存在しないはずの第二使徒リリスだということを。そしてターミナルドグマの L.C.Lプラントに封印されていた彼は、確かにあのセカンドインパクトを引き起こした存在に間違いない。…つまり、光の巨人は、第一使徒アダムではなく、第二使徒リリスだった。そしてあの時、南極にはアダムとリリス、ふたつの使徒がいたのよ!」
「なんで、わかるの?」
アスカは、思わずミサトに尋ねた。
「それはね…、私もあなたたちと同じ存在…、いいえ、正確には、あなたたちチルドレンは、十五年前の私と同じ存在だからよ」
 
「十五年前、私はリリスに誘われ南極へと渡った。でもその出会いを、碇司令、あなたが阻止した。その小さな玉を私から奪って」
一同は、ミサトの話に集中した。
「もし、私とリリスが出会っていたら、おそらく私はリリスとふたりだけで、あの十五の使徒と戦わなければならなかったはず…。そしてもし私たちが敗れるようなことがあれば、おそらくサードインパクト…正確に言うなら、より大きなセカンドインパクトが起きて人類は滅亡していた」
「そこであなたは、私とリリスの出会いを阻止し、十五使徒との戦いを防いだ。…でも、その戦いそのものは、もともと避けることが出来ないものだった。私との出会いに失敗したリリスは、おそらく、新たな出会うべき子供を得るために、セカンドインパクトを引き起こしたんだわ。私と出会えなかったことを嘆き、約束の出会いを阻止した人間たちを憎み、そして、新たな子供…今度はより確実に出会えるよう、何人もの新しい子供たちを、あの年に生を受けた子供たちの中に求めた。……そうして生まれてきたのが、あなたたちチルドレンなのよ」
 
 アスカは、以前、温泉で見た記憶を思い出した。
「じゃあ、ミサトの胸の傷は…」
「そう。その時つけられたもの」
 
 ミサトは、更に話を続けた。
「十五年が過ぎ、再び使徒たちとの戦いが迫ってきた。…でも、今度はその役目を、敗れることの許されないリリスに代わり、リリスを模したエヴァにさせることにした。第三新東京市を作り、本物のリリスを守りながら、十五の使徒に勝利するために。…あなたたちは、そのために集められ、戦っていたのよ」
ミサトは、子供たちを見た。ミサトの視線の先には、ヒカリも含まれていた。ヒカリは、なぜ自分まで見られたのか、不思議に思った。
「つまり、あのセカンドインパクトの年に生を受けたあなたたちは、リリスに呼ばれ生まれてきた存在なのよ。そしてレイ、その中で、あなたが私の後継者、リリスの新しいパートナーに選ばれた。…だから、生い立ちはともかく、あなたは、シンジくんのお母さんのレプリカなんかじゃないわ」
 
 
 
■リツコの真実
「フ…ハハ…アハハハハハ」
「リツコ?」
赤木リツコは、急に笑い出した。虚しく見開かれた瞳からは、涙が止めどなく流れていた。
 リツコの脳は、依然、活性状態にあった。そして、プラズマのように漂っていた膨大な知識と経験が、ミサトの言葉に吸い寄せられ、真実を形作っていった。そして、総てを理解するに従い、自分がただゲンドウだけを盲信し、真実を何も見ていなかったという事実を突きつけられたのだった。
『私は、真実に最も近い立場にいた…。それなのに、私は何も見てはいなかった。…碇司令が、何を求め、何を悩み、何を守ろうとしたのか、私はまるで理解していなかった。そんな私に、あの人の横に並び立つ資格なんて、あるはずが無かったんだわ。失望されて当然よ!』
リツコは、自分がみじめだった。途方もなく、みじめだった。
『ハハ…、これが赤木ナオコの娘!?…これがネルフ最高の頭脳!? 恋に恋した小娘以下よ!!』
 
 虚しい笑いがおさまると、リツコは、悲しげに微笑みながらゲンドウを見た。
「最後に一つだけ…教えていただけますか? ……やはり、母はあなたが?」
「………赤木博士は、レイの死体のあとを、見てはいない」
 あの時、赤木ナオコ博士が一人目のレイを絞殺してしまったまさにその時、ゲンドウはその現場に現れたのだった。そして、ゲンドウに気付いた彼女は、ゲンドウが声を発する間もなく、発令所から身を踊らせてしまったのだった。崩れ始めるレイの死体に気付かずに。
 
 リツコは満足し、フーッと大きくため息をついた。そして、ためらうことなく笑顔で、銃口を自分のこめかみにあてた。
「さようなら、孤独なおバカさん」
「リツコーーーーー!!!」
ミサトはもちろん、その場の誰にもリツコを止めることは出来なかった。
銃声が、再び、発令所にこだました。
 
 
 
■安堵
 居合わせた者たちは、その光景に目を疑った。
リツコの放った弾丸は、彼女の背後に立つその男によって、間一髪のところで天井へとそらされた。
「やれやれ。ホントはもう少し隠れていたかったんだが…。目の前で綺麗なご婦人に死なれたとあっちゃ、寝覚めが悪いからな」
「------加持さん!!」
アスカは、思わず歓喜の声をあげた。
「ヨゥ。元気にしてたか?」
加持リョウジは、やさしくリツコの手から銃を外した。リツコは、その場に崩れるように座り込んだ。
「先輩!!」
マヤは、リツコに駆け寄ると、思い切り抱きしめ、泣き出した。
 
 ようやく、発令所を支配した緊張が解けた。青葉は、冬月の治療のために、直ちに医療班を手配した。
 冬月は、床に腰を下ろし、ようやく楽な姿勢をとることが出来た。どうやら肩の傷は、急所をそれているらしい。鈍い痛みはあるが、我慢できないほどではなかった。冬月は、予期せぬ客人を見上げた。
「よく生きていたものだ…」
「悪運は強い方なんでね…。おっと、また殺さないで下さいよ。僕は、ジェームズ・ボンドじゃない」
 アスカは、思わず加持の所に行こうとした。だが、目の前をミサトが横切り、ハッとなった。
 ミサトは、無言で加持に近付いていった。加持もまた、近付いてくるミサトに気が付いた。
「葛城……」
ミサトは無言で、加持と目を合わせた。
バチーーーーーン!!
ミサトの平手打ちが、加持の頬をしたたかに打った。ミサトは、加持を怒鳴りつけようとしたが、言葉が出なかった。ミサトの震える頬に、涙が止めどなく流れていた。
「葛城…スマン……」
加持は、ミサトを思い切り抱きしめた。

 アスカは、そんなふたりを正視できず、クルリと背中を向けた。
すると、アスカの目の前に、意を決した表情でゲンドウを見ているシンジがいた。シンジは、モニターテーブルの前まで進むと、力強い口調でゲンドウに尋ねた。
「父さん。聞きたいことがあるんだ」
 
 
 
■説得
 ゲンドウは、シンジを見た。シンジは、気後れすることなく、しっかりとゲンドウの目を見て話し始めた。
「母さんは事故でエヴァの中に消えてしまった。そしてボクは、今までに何度も、エヴァの中で母さんを感じてきた」
「そうよ。さっきも弐号機は、ワタシの呼びかけに反応してくれたわ」
ハッとなり、アスカもシンジに続いた。
「ウン。それに、トウジも参号機の中で、トウジのお母さんを見たって言ってる。…父さん。エヴァって何なんだ? 何でボクたちの母さんが、エヴァの中にいるんだ? 母さんは、死んだんじゃなかったの!?」
 
 加持はシンジの様子に気付くと、ミサトを抱きしめた両腕を外し、小声で囁いた。
「すまんが葛城、今は感傷に浸ってる場合じゃない」
「ゴメン、そうだった!」
ミサトは、涙を拭うとシンジの言葉に集中した。
 
 シンジは、レイを見た。レイも、シンジを見ていた。
「それに、綾波は……。綾波は、確かにボクたちとは違うけど…、でも、何かボクと近いものを感じる…。何か、母さんと通じるような…よくわからないけど……。エヴァに、母さんに、綾波…、それに、ボク…。いったい、父さんは、何をやっているんだ?  答えてよ!!」
 ゲンドウは、ヤレヤレといった表情でため息をついた。
「聞いて、どうする?」
「やっぱりママの魂がいるのね!? だったら、助け出して! あの時のシンジみたいに!」
アスカは、すがるような口調でゲンドウに訴えた。だが、ゲンドウの答えは、あくまでも冷たかった。
「それは無理だ。…それに、まだ、総てが終わったわけではない」
「そう。まだ何も終わっちゃいないわ!」
ミサトは、強い口調でゲンドウに迫った。
 
「セカンドインパクトの原因もわかる。この子たちと、そしてエヴァが作られた経緯も、見当がついたわ。…でもまだ、肝心のことがわからない」
ミサトは、ゲンドウを見据えた。
「そもそも、使徒とは何だったのか。なぜリリスは、私たちを待ち、闘わなければならなかったのか。そして、この戦いの果てにあるもの…、その小さな玉と、人類補完計画とは何なのか??」
 だが、ゲンドウは、淡々と答えた。
「知らない方がいい現実もある」
「少なくとも、ワタシや子供たちには、知る権利がある。…いいえ。この戦いに巻き込まれた人々総てに、その権利があるわ。そして、たとえそれがどんなものであろうと、ワタシはそれが知りたい!」
ミサトは、おもむろに銃を抜くと、ゲンドウに照準を合わせた。
「幸い、ネルフは解散されました。もう、司令でも部下でもない。ワタシもアナタも、ここにいるみんなが、もはや対等の立場。…総てを知るまでは、力ずくでもアナタを止める!」
 
 ゲンドウは、ミサトの目をジッと見つめた。ミサトの目には、強い決意がみなぎっていた。
「撃ちたければ撃ちたまえ。君にはその権利がある。だがそれは、人類の終わりを意味する。…察しの通り、このマインドコアは、我らのシナリオの総てだ。そして、人類に残された未来は、もはやこれしか無いのだ」
ゲンドウはそう告げると、再びレイの方を向いた。
「待って!!」
ミサトは両手で銃を構えた。だが、威嚇の効く相手ではない。
『どうする?!』
そう思ったその時。
 
「待て、碇」
声の主は、冬月だった。冬月は、苦痛に顔を歪ませながら、ゲンドウを制止した。
「これまで彼らは十分に働いてくれた。確かに、彼らには聞く権利がある。……幸い、まだ審判の時には至らないようだ。それくらいの時間はあるだろう」
 ゲンドウは、冬月をジッと見た。だが、結局、ゲンドウは折れた。
「変わらんな、お前は…。好きにすればいい」
碇ゲンドウは、ため息をつくと、小箱を再び上着の内ポケットにしまった。
 
 
 
■真実の扉
 医療班は、冬月に応急処置を施した。医療班が出ていくと、冬月はイスのリクライニングを起こした。
「これから話す真実は、君たちにとって…、いや、人類にとって、とてもつらい話となるだろう。もし、聞きたくなければ、席を外してくれて構わんよ」
 だが、誰一人として、退出する者はいなかった。
中央に置かれていたモニターテーブルは片付けられていた。それぞれが、思い思いの格好で、冬月の話が始まるのを待っていた。
子供たちは、冬月の正面を陣取り、床に腰掛けていた。ヒカリは退出しようと思ったのだが、アスカが手を離さないので、いっしょにいることにした。ミサトを見ると、ミサトもヒカリにうなずいてくれた。ヒカリはまだ、自分が部外者ではないことに気付いてはいなかった。
そして、碇ゲンドウは、フェンスのところで、一人だけ冬月に背中を向けて立ち、壁面のモニターに映る外の景色を見ていた。
 
『まるで、お話おじさんだな』
冬月は、自分の置かれた状態を見て、おかしくなった。だが、これから話すことが、この者たちを喜ばせるものなどではないことを十分承知していた。冬月は、話を始めた。
 
「これから話す真実は、決して楽しい話ではない。おそらく君たちは、我々を恨み、憎むだろう。だが、それでもあえて、私からお願いする。…我々を、信じてくれ! ………それでは、…始めよう」
 
 ついに、真実の扉が開かれた。
 

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