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 phase15 人類補完計画
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■星の営み・生物の営み
 冬月は、昔を懐かしむように話し始めた。
「セカンドインパクトが起きる以前、私は大学で、形而上生物学の研究をしていた。…ある日、宇宙物理学者の友人に、こんなことを聞かれたことがある」
 
 * * * * *
 
 その宇宙物理学者は、ビールを飲みながら、研究室の窓から満月を眺めていた。
「宇宙はいい。その営みは、雄大で、整然としている…。塵が集い、星になり、年老いた星は、また塵へと帰る。そしてそこには、生物の介在する余地はない。……なあ、冬月。なぜ俺たちは、こうしてここにいるんだろうな〜」
「人は、どこから来、どこへ行くのか…。そいつは、人間の…いや、生物すべての、永遠の謎だよ」
冬月は、フッと笑みを浮かべながら答えた。
「そうとも言っていられんのじゃないか? …人間はもうじき、宇宙へと乗り出す。人は、この地上を焼き尽くす術を手に入れた…。いずれは、あの月…いや、太陽さえも塵へと帰すことが出来るようになるかもしれん。そしてそれは、宇宙の営みには無い行為だ」
その宇宙物理学者は、イスを回し、冬月の目を食い入るように覗き込んだ。その目は、完全にしらふだった。
「無論、まだ、人間が宇宙へ乗り出せると決まった訳じゃない。もしかすると生物は、この地球から離れると、どんなに手を尽くそうと必ず死んじまう存在なのかもしれん。星の営みという掌の中でだけ、動き回ることを許された存在なのかもしれん」
彼は、缶に残ったビールを一気にあけると、話し続けた。
「俺はな、冬月…。人間が…いや生物が、あの宇宙へと乗り出していく時、その答えを見つけなければならないんじゃないかと思うんだ。宇宙へ出ていく。母なる地球を離れ、未知の空間へと乗り出す時…、俺たちは気付かなければならないんじゃないか? 俺たちは、何者なのかと」
 冬月の顔からも、笑みは消えていた。友人の投げかけた問いは、冬月自身が研究の最大のテーマとしている事だった。
「お前なら…、形而上生物学者・冬月コウゾウ先生なら…、もうその答えを見つけてるんじゃないのか?」
「………それがわかれば、苦労はせんよ」
冬月は、ビールをグッとあおった。
 
 もちろん、その答えは冬月にも見つかってはいない。だが、友人の懸念を裏付ける一つのヒントは、掴みかけていた。
 形而上生物学では、生物の営みを、文字通り個々の事象としてでなく、概念として扱っていく。そして、その符号化された生命の歴史を読み解くうちに、冬月は、一つの仮説に辿り着いていた。
『生物は、進化させられている』
だが、冬月をもってしても、その考えを受け入れることをためらっていた。それは、神と呼ぶべきものの存在を意味していたからだ。
 
 * * * * *
 
「君たち…。生物の進化はどのように起きるか、考えたことはあるかね?」
「変異体や、環境への適応力のふるい分けなんかで、起こるんでしょ?」
アスカが冬月の問いに答えた。
「そう…確かに間違いではないが、正解とも言えないね…。もし、環境変化への適応が必要なら、それは変化で十分だ。より高等なものへ進化する必要はない。逆に、進化したものは、たとえ適応の可能性があるとしても、退化はしない。海へと帰った哺乳類が、魚へと戻れないようにね」
冬月は話を続けた。
「私は、生命の歴史を眺めていて、そこに作為的な流れを感じるようになっていった。…生命の原型が誕生し、まず、膨大な試行錯誤が行われた。そして、地上へと進出する種が現れ、さらに進化は続いていった。……生命の歴史を見ると、時折、大量絶滅という現象が発生する。環境に適応した勝者が、地球の覇者となる度に、彼らは絶滅の憂き目にあっている。それはまるで、進化を休んだまま地球に君臨し続けることを、神が拒絶しているかのようにさえ見える」
「無論、それが荒唐無稽な発想であることは、私にもわかっていた。だが私には、ここにこそ、生物に負わされた根元的な存在理由の鍵が隠されているように思えてならなかった」
 
「私がその考えの前で足踏みをしていた頃、碇もまた、私と同じような研究をしていた。…もっとも、碇は、私ら研究仲間との交流は、ほとんど持たなかったが…。だが、彼の才能は、当時から感じていたよ。そして碇は独力で、その考えへの初めての決定的証拠となる『死海文書』の存在へと辿り着いていた」
 冬月は、思い出したように、ミサトや日向たちを見た。
「ああ…、死海文書といっても、君たちの知るベルリンレポートの内容とは異なる。あれは、世界中を欺くために、歪曲されたものだからね。ここで言う死海文書は、いわゆる原本、1947年にクムラン洞窟で発見され紛失した『禁典』と呼ばれる古文書のことだ」
冬月は、話を続けた。
 
 
 
■使徒
「死海文書は、単なる予言書ではない。神が…、そう、あえて『神』と呼ぼう。『神』が、生物に対して明かした答えでもあるのだ」
 
「生物は、進化と絶滅を繰り返し、そしてその度に、力の強いものが頂点に君臨してきた。だがそんな中、一つの変化が起こった。…知恵あるものの誕生だ」
「初め、その兆しは、恐竜の時代に起こった。恐竜の治世の末期、力の弱いものの中から、知恵を使い生き抜くものが現れた。だが、長く穏和な時代を生きてきた彼らでは、手にした知恵の実を成熟させることはなかった。『神』は、彼らに見切りをつけ、彼らの足元でしたたかに生き抜く哺乳類の祖先に目を付けた。そして長い年月の後、鋭い爪も牙も持たず、知恵の実だけを武器とする人猿が生まれた。人猿は、時に過分とも思えるほど大きな脳を獲得し、進化を続けていった。そして、今から一万年ほど前、凍ったベーリング海を渡った人類の祖先たちは、南極を除く最後の未踏の地アメリカ大陸で、大型動物たちを狩り尽くし、ついに地上の覇者となった」
「『神』は、人類のその旺盛な生命力に満足した。だが、同時に致命的な欠点にも気付いていた」
 
「それまで『神』は、生物を進化させるために二つの戒めを与えてきた。一つは、自身を守ること。そしてもう一つは、種を守ること。それらは、食欲と性欲といった形で具現化されてきた。そのため生物は、たとえ異なる種であっても、必要以上の殺戮を行うことは無かった。しかし人間は、知恵の実を得ることにより、同じ種である人間でさえ、自由に殺せる存在となってしまった」
 
「このことに、『神』はとても悩んだ。『神』の生命創造は、地球から月をもぎ取ること、すなわちファーストインパクトから始まった。月の生む潮汐力は海をかき混ぜ、やがて最初の生命が誕生した。そして、生命創造の開始から四十億年、その辿り着いた結末が、自ら滅びかねない不安定な生命体であることに、『神』は納得できなかったのだ」
「だが、そんな『神』の心配をよそに、人間はいっそう栄えていった。世界中に散った人類は、町を作り、社会を形成し、文明を育てていった。そしてその間も、私利私欲による人間同志の殺し合いは繰り返された。初めはごく少数の殺し合いでしかなかったが、文明の発達により、その規模は徐々に拡大していった。そして、このまま文明が進めば、人間は自ら絶滅しかねないことは容易に想像できた」
「そこで、『神』は思い立ったのだ。この愚かな人類を補完することを」
 
「…その話と使徒との戦いに、いったいどんな関係があるんですか?」
シンジは、おそるおそる聞いた。
冬月は、シンジに軽く微笑むと、答えた。
「わからんかね? 君たちが戦った十五の使徒とは、すなわち、『神』の生み出した補完された人間を表すのだよ」
 
「人類の欠陥性に不安を抱いた『神』は、より望ましい人間創りに着手した。…だが、それは想像以上に難しいことだったようだ。一つ目に失敗し、二つ目に納得がいかず、三つ目、四つ目と、補完された人間創りは続いていった。だが結局、満足のいくものは生まれなかった。そして十五番目には、とうとう『神』に等しい力を持つものを創った。ところが、それはあまりにも万能な力を持ってしまったが故に、種に対する寛容さを取り戻した代わりに、今度は皮肉にも、自身の生に対する執着が欠落してしまう結果となった」
「…カヲルくん!?」
シンジのつぶやきに、冬月がうなずいた。
「彼は、死海文書では、『完璧なる欠陥者』と呼ばれている」
「結局、『神』は、人間に代わる者を創り出すことが出来なかった。そこで、ファーストインパクト以来四十億年かけた高等生命体創造のシナリオの決着を、出来損ないの者たち自らに決めさせることにしたのだ」
 
「人間と、『神』が創った十五種類の補完された人間。彼らを戦わせ、その勝利者によって、生命創造のシナリオを決着させること。それがこのハルマゲドンの…人類と使徒たちの戦いの正体だ」
 
「君たちも、使徒の分析結果を見たことがあるだろう。使徒の解析データが人間と酷似しているのは当然だ。元々人間をベースにしているのだからね。だがもちろん、あんな大きなものが新しい人間というわけではないぞ。あの姿は、戦機なのだ。エヴァと同じように」
「エヴァと同じ…。じゃあ、あのリリスは!」
ミサトは、つい、声をあげた。冬月は、そんなミサトを見てうなづいた。
「そう。リリスは、この戦いのために『神』が用意した人類のための戦機なのだ」
 
「『神』は、16種の人間を戦わせるために、その下僕となる生きた戦機を用意した。戦いに公正を期するために、戦機の原型には同じものが用意された。それぞれがS2機関による無限のエネルギーを持つのもそのためだ。ATフィールドは、使徒同志の戦いから、人類の余計な干渉を排除する役目を果たしている。そしてコアは、戦機の魂の宿る場所であると共に、エントリーされた人間を受け入れ保存する部位でもあるのだ。補完された人間と融合を果たした戦機には、エントリーされた人間の特長…主にその精神構造が拡大投影され、最終的な戦機の特長となって現れる。使徒たちの形状や行動様式が様々だったのは、そのためだ」
 冬月は、シンジを見た。
「ただし、最後の使徒だけは、戦機に頼らなかった。彼にはそれだけの能力が与えられていたからね。あの渚カヲルという少年だけは、『神』が補完した人間そのものだったのだ。我々も、まさかあそこまで人間そっくりとは思いもしなかったが…」
 
「ハルマゲドンの準備が整っても、『神』はその戦いをすぐには行わなかった」
「『神』が準備を進める傍ら、『神』の心配をよそに、人類は着実にその数を増やしていった。おびただしい血が流されはしたが、人間総てが殺し合いに酔いしれているわけではなかった。殺戮を憎み、平和に生きようとする者も大勢いた。『神』は、人類そのものの中にも、可能性を見い出していたんだ。だが、人類の存亡は、人類全体の総意によって決まるものではない。人間は常に、一部の者の判断に頼って繁栄してきた。そしてその行動様式こそが、人類滅亡の引き金となってしまう。『神』は、人間の中に、繁栄と絶滅の両方を見出していたのだ」
「そこで『神』は、文明の進歩により人類が自ら絶滅する危険性が迫る頃まで、ハルマゲドンの開始を待つことにしたのだ。そして、リリスと使徒たちは、その時が訪れるまで、長い眠りについた」
 
 
 
■人類補完計画
「月日は流れ、ハルマゲドン開始の時を迎えた。西暦2000年9月13日。セカンドインパクトの起きた、あの日だ」
 
「あの日、リリスは一人の子供と出会うことになっていた。そう。葛城君、君だ」
「死海文書では、その『神』によって選ばれた子供を、『約束の子』と呼んでいる。ゼーレでは、『チャイルド』と呼んでいた」
「実は、この出会いには、選択肢が用意されていたのだ。それは、約束の子そのものも人間に選ぶチャンスを与えるというものだった」
「死海文書を通じて、リリスと約束の子の出会いは、人類に知らされている。あの時、リリスと出会った葛城君が共に戦うことを断れば、新たな約束の子を大勢作る儀式は、あのような大惨事を伴うことなく行われたはずだったのだ。そして人類は、大勢の新たな約束の子供たち『チルドレン』の中から、人類の代表を選ぶことになっていた」
「だが現実には、死海文書はゼーレによって隠匿され、人々には、光の巨人の正体さえ知らされなかった。そして、何も知らずリリスと出会い、いきなり真実を知らされた葛城君が、もし戦うことを選べば、いかにゼーレといえど『神』のシナリオを利用することは不可能になる」
「きっと戦ってたわね、ミサトの性格からして。人任せになんて、出来るわけ無いじゃん」
アスカが突っ込みを入れた。自分もそう思ったらしく、ミサトは苦笑した。
「人類の代表を選ぶということだけで、ゼーレが乗り出したとは思えない…。『約束の子』には、何か重要な意味が有るんですね?」
加持が尋ねた。
「ああ、その通りだ」
冬月の表情が、一瞬暗くなった。
 
「死海文書を牛耳っていたゼーレは、このハルマゲドンを利用するシナリオを作った。それを『裏死海文書』と言う。死海文書の存在を知りゼーレに接触していた碇も、この計画の立案に参加していた」
「ゼーレとは元々、歴史の暗部で蠢いては悦にいるくだらない連中だった。その者たちが、世界の表舞台に立ってまで遂行したシナリオだ。当然、それだけのメリットがあった」
「さっき、『神』が人類に可能性を見い出したと言ったが、人間の危険性を危惧していること自体には変わりはない。ハルマゲドンで使徒が勝ち残った場合は、サードインパクトの後、勝ち残った補完された人間が我々人類に取って代わることになっていた。だが、我々人間が勝った場合は、単に我々が生き残るというだけでは済まないのだ」
 
「『神』はこの戦いを通じて、人間に、滅びることなく生きていくための証を求めているのだよ。そして人間に、自らあるべき姿を示させ、16番目の補完された人間を創ろうとしているのだ」
「それじゃあ、人類補完計画っていうのは!」
日向は、思わず身を乗り出した。
「そう。この『神』のシナリオを利用して、人類総てをゼーレの望む姿に変えてしまう計画だった!」
 
 聴衆は、これまでの戦いの背後に潜む真実に驚愕し、動揺していた。ざわめきが治まりだすと、加持がみんなを代表する形で、その質問を冬月へぶつけた。
「人間を…どうしようというんです?」
一瞬にして、発令所がシンと静まった。冬月は、おぞましいものでも見たかのような嫌な表情を浮かべると、その答えを口にした。
「人類を2種類の種に分ける計画だった。ゼーレと彼らに協力的な一部の人間を支配種に、そして残りの大多数を支配種に絶対服従する奴隷種に補完する。思想や権力ではなく、生態系的にゼーレが人類を支配する計画だ」
「そんなこと!?!」
「冗談じゃないわ!!」
発令所は騒然とした。
 
「到底、認められる計画ではない。だが、約束の子を制すれば、それは可能なのだ」
冬月は、重苦しくため息をついた。
「なるほど…。こりゃ確かに、約束の子は天地創造神の名で呼ぶにふさわしい」
「何のこと?」
ミサトは、加持に尋ねた。
「マルドゥックさ。マルドゥック機関、マルドゥックの報告書。そして、1999年に京都で始まったマルドゥック計画。約束の子に関わるもの総てが、その名で呼ばれてきた」
冬月は、加持を見てフッと微笑んだ。
「マルドゥック計画を知っていたか。ゼーレのシナリオでは、約束の子の確保に関する計画をそう呼んでいた。マルドゥック機関もその計画の一部にすぎん。そして、その計画を任され、実行していたのが碇だ」
聴衆は皆、複雑な思いで碇ゲンドウを見た。ゲンドウは相変わらず、スクリーンに映る景色を見ていた。
 
「初めは、碇もゼーレに与し、裏死海文書の遂行に荷担した。そして南極で巨人と葛城君の出会いを妨げ、彼女から約束の子の秘密を奪い取った」
「…さっきの紅い玉ですね?」
ミサトは、冬月の言葉に合わせた。
「そうだ。あれは『心の結晶』、あるいは、『マインドコア』と呼ばれている。人間が『神』に『生きていく証』を示すためのもので、約束の子にしか生じ得ないものだ。マインドコアの仕組みを調べ、補完したい姿をそこへ刻む。そのために、君からあれを奪った」
「……………」
ミサトは、黙っていた。冬月は、再び話し始めた。
「リリスとチャイルドの出会いを引き裂くこの行為は、当然、『神』の怒りを買い、そして、セカンドインパクトという『神』の鉄槌が下された。…そして、碇にも変化の時が訪れた。シンジ君。君の誕生だ」
「君が新たな約束の子のひとり、チルドレンであることは、容易に想像できた。碇は、『神』の下した罰を受け、ユイ君と共にゼーレと戦う道を選んだのだ。そして、程なく私も、その戦いに加わった」
 
「もっと早くゼーレのたくらみを暴けなかったんですか?」
「アンタ、バカァ? そうすれば、私たちの秘密もバラすことになるじゃない」
シンジは、ゲンドウに対し、セカンドインパクト以前にゼーレに与したことを責める意味で言ったつもりだったが、アスカの発言で論旨がずれてしまった。
「もしチルドレンの秘密が公になってたら…」
「チルドレンを巡って世界戦争が起きてただろうね。…おそらく、使徒が現れる以前に、人類は滅んでたかもしれない」
青葉と日向が付け加えた。その言葉に、異議を唱える者はいなかった。
 
 
 
■マルドゥック計画
「セカンドインパクトの後、ゼーレのシナリオは、新たな段階を迎えた。情報操作により世界の主導権は、人類補完委員会へと移行した。ゼーレは委員会を通じて世界を掌握することに成功した。そして、南極跡より、眠りについたアダムとリリスを運び出した。アダムはドイツへと運ばれ、来るべき最後の審判のために調査された。いわゆるアダム計画のスタートだ。一方リリスは、ここへと運ばれ、エヴァンゲリオンの開発が始まった。それがE計画だ。そしてもう一つ、チャイルドの捜索に始まったマルドゥック計画も次の段階に入ることとなった」
 
「『神』の用意した戦機は、無限のエネルギーを持つと共に、無限の質量をも持ち得る存在だった。そして、それまでの研究から、リリスが L.C.L と呼ばれる物質で構成されていることがわかっていた。リリスはターミナルドグマへ安置され、L.C.L の抽出作業が始まった。L.C.L から新たな戦機、人造人間エヴァンゲリオンを造るためだ。エヴァの建造は着々と進んだが、一つ大きな問題があった」
 
「リリスに有ってエヴァに無い物が二つ有った。一つは、S2機関。だがこれは、アンビリカルケーブルを用いることで、とりあえず間に合わせることが出来る。問題なのは、ニセのリリスたちの魂をどうするかだ」
アスカとシンジの顔に、緊張が走った。
 
「リリスを模したエヴァのパイロットには、当然のごとく、新たな約束の子供たち、チルドレンを採用すると決まっていた。問題は、チルドレンとペアを組むためのエヴァの魂をどうするかだった」
「リリスは、約束の子であれば誰とでもシンクロすることが出来る。だが、エヴァにそんな魂を与えることは、残念ながら不可能だった。幸い、我々は、研究結果から、エヴァに魂を与える方法自体は掴んでいた。我々は、エヴァの魂として、チルドレンと最もシンクロが期待できる人間の魂を使うことにした。…チルドレンの母親だ」
「!!」
アスカは思わず立ち上がりそうになった。だが、その手をシンジが抑えた。キッとシンジをにらみ付けると、シンジもまた唇を噛み締め、必死の形相で冬月の話を黙って聞こうとしていることがわかった。アスカは、ドッカリと床に腰を下ろした。冬月は、そんな子供たちの様子を理解しつつも、構わず話を続けた。
 
「エヴァの開発には、碇ユイ博士、惣流・キョウコ・ツェッペリン博士の貢献が大きい。そして二人とも、自分の子供がチルドレンだった。二人は、危険を承知で、エヴァに自分の魂をコピーする実験に望んだ。そしてその結果は、君達の知っている通りだ。残念ながら、魂そのものを複製することは出来なかった。初号機の誕生と引き替えに、ユイ君の魂は完全に取り込まれてしまった。そして弐号機では、無理な安全策により、惣流君の魂は体とエヴァの二つに千切れてしまい、彼女の肉体の死によって、ようやく弐号機の中で魂は一つになり、エヴァ弐号機が誕生した」
「…え……ウソ…、まさか、ママの自殺は……」
アスカは、呆然と立ち上がった。
「……弐号機を完成させるには、そうするよりなかった」
「ヒッ!!!」
アスカは、冬月に殴りかかろうとした。だが、それを、ミサトが飛び出し、抑えた。
「人でなし!! ママを…ママを返して!!!」
「アスカッ!」
アスカは、大粒の涙を流しながら、崩れるように座り込んだ。ミサトには、アスカをギュッと抱きしめてやることしか出来なかった。
 
「…そして、チルドレンは他にも大勢いた」
加持リョウジは、冷酷に告げた。ミサトはハッとなり、振り返った。
「子供たちは、周囲に悟られぬよう、碇所長の手で、この第三新東京市に集められた」
「加持くん、止めて!!」
だが、加持はミサトの制止に構わず続けた。
「マルドゥック機関という架空の組織をでっち上げ情報の漏洩を防ぐ一方で、チルドレンをシンジくんたちのいたあのクラスに集め、保護していた」
「え!?」
洞木ヒカリは、その言葉に呆然とした。
「そしてその陰では、エヴァ開発のために、他のチルドレンの母親たちも拉致され、エヴァの開発に利用されてきたんですね?」
「……碇くんのクラスって……アスカがいて…鈴原くんも………。私のお母さん…、小学生の時、重い病気になって…こっちの病院じゃないと直らないって…でも結局………」
ヒカリの両の目からも涙があふれ出していた。
「!!!」
ミサトは、ヒカリもアスカと共に抱きしめた。抱きしめ、共に泣くことしか、ミサトには出来なかった。
 
「弁解はしないよ。私も碇も、覚悟は出来ている。ユイ君や惣流君が最初の被験者を志願したのも、その覚悟ゆえだ」
冬月は、たとえこの身が八つ裂きにされようと、それをいとわぬ覚悟だった。発令所は、重苦しい空気に包まれた。
「その母親たちは…、今はどうしているんですか?」
シンジは、思い切って聞いてみた。だが、その答えをくれたのは、背後で伊吹マヤに付き添われて座っている赤木リツコだった。
「…エヴァの予備のコアとして、今もこの地下に眠っているわ」
「コアとして? ボクみたいに、人間に戻れないんですか?」
シンジは立ち上がり振り向くと、リツコに尋ねた。
「今の技術では、どうすることもできないわ。アナタが助かったのは、おそらく初号機のコアに残るアナタの母親が、アナタを返してくれたからよ。ミサトに答えて…」
 
「…もうすぐ最後の審判が始まる。そして、総てが終わった後は、全力で君たちの母親を救うことを約束する。我々の命に代えても」
冬月には、それしか言えなかった。
 
 
 
■E計画
 冬月は、一旦そこで話を切った。みんなには、心を静めるだけの時間が必要だった。
 ミサトは、子供たちにコーヒーでも入れようと、涙を拭きながらマヤの冷蔵庫の所に近付いた。
「あ…、私やります」
マヤは、慌ててその役目を買って出た。だが、マヤの手は小刻みに震えていた。自分の関わってきた仕事の意味とその重圧が、今頃になって押し寄せてきていたのだった。
「…俺がやろう」
加持は、マヤの手からポットを受け取ると、手際よくコーヒーをいれ、全員に配った。
一人として言葉を交わす者はいなかった。みんなが、自分のこれまでの体験と、明かされた真実とを重ね合わせていた。
 
 冬月は、一同が落ち着きを取り戻したことを見計らうと、話を切りだした。
「さて、話を続けるとしよう。君たちには、E計画は、対使徒用兵器エヴァンゲリオンの開発計画とだけしか伝えていないが、実際にはもっと複雑な意味がある。そして、E計画とアダム計画、人類補完計画は、三つで一つの計画を成している」
「さっき述べたように、死海文書のシナリオを利用するために、人類補完計画が立案された。そして、その実現のために、ニセのリリスを作るという目的がE計画には含まれている。さらに、そのニセのリリスを用いて最後の審判を成功させるために、『神』の審問官たる第一使徒アダムをあざむく計画、アダム計画が存在する」
 
「E計画では、当初、零号機はデータサンプリング目的の機体で、稼働させる予定はなかった。零号機の話は後でまた触れるとしよう。ゼーレのシナリオでは、このハルマゲドンを戦い抜くために、4体のエヴァを準備することにしていた。初号機と弐、参、四号機だ。エヴァはどれも基本的には同じ構造をしているが、弐号機から四号機までのプロダクションモデルは、戦機としての能力のみを強化した作りとなっている。文字通り、対使徒戦用の兵器だ。ゼーレでは、この3体をトリオのエヴァと呼んでいた。そして、エヴァ初号機こそが、ゼーレにとってのリリスだった。ゼーレは、初号機を使って、最後の審判を迎えようとしていたのだ」
「それでいつも初号機の機体確保を最優先にしてきたのね」
ミサトが、ポツリとつぶやいた。
「魂を持つリリス相手では、ゼーレのくわだてを成功させることは出来ない。ゼーレは、リリスを封印し、代わりに初号機をリリスに仕立てようと考えたのだ」
「それじゃあ、伍号機以降の機体は?」
「あれは対使徒戦用の機体ではない。最後の審判のための機体だ。死海文書の予言によると、最後の審判では、勝ち残った者を核として生命の樹を成すとある。9機の量産機はそのためのもので、アダム計画の成果を実現するための機体だと言える」
「もし、第一使徒アダムをあざむけなかったら、いったいどうなるんですか?」
今度は、日向が尋ねた。
「その時は、審判は否決となり、人類は滅亡するだろうね」
「そんな勝手なことって!」
マヤが怒った。
「ハハ…。ゼーレには、計画の成功しか興味が無いんだよ。計画が失敗するくらいなら、人類が滅んだっていいと思っているのだ。だが、もはやそのゼーレも崩壊した。既に無用の心配だ」
「しかし、量産機はこっちに向かっているらしい形跡も…」
ミサトは、まだ残されている不安を口にした。
「らしいな。だが、既にゼーレの拠点は、一つ残らず抑えられている。初号機の奪取にも失敗した。それに、裏死海文書を実現するためには、初号機はもちろん、量産機も総てゼーレの意のままに操る必要がある。そのためには、ダミープラグが必要不可欠なのだ。だが、そのダミープラグは、もはや一つも残されてはいない。ゼーレの打つ手は、既に無いよ」
冬月は、自信を持って答えた。だが、ミサトの不安感は拭えなかった。その時、ミサトの隣に立つ加持が、小さな声でミサトに告げた。
「エヴァ輸送機は、依然こっちに向かっている。ゼーレの息の根は、まだ止められちゃいない」
「エッ!?」
「ロシアと中国の部隊が輸送機の迎撃に上がったまま、全機消息を絶った。事がこのまま終わるはずがない」
ミサトは、加持の言葉に、背筋が寒くなるのを感じた。
 

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