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 phase16 ガイア
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■ゲンドウのシナリオ
 冬月は、カップに残ったコーヒーを飲み干すと、さらに話を続けた。
「ゼーレのシナリオは、何としても阻止しなければならなかった。だが、真実を白日の下へとさらせば、世界中が大混乱となることは目に見えている。そして、ゼーレのシナリオは既に動き出しており、リリスが再び目覚める日も迫っていた。我々には、あまりにも時間がなかった。結局我々は、表面上はゼーレに従い裏死海文書を実行しつつ、その裏で秘密裏に我々のシナリオを進めるしかなかった」
 
「我々の計画を遂行するにせよ、まずは、15体の使徒を倒さなければ意味がない。その点においては、我々とゼーレの利害は一致している。エヴァンゲリオンの開発、第三新東京市の建設など、使徒迎撃の準備はゼーレのシナリオ通りに遂行した」
「だが、エヴァをゼーレの意のままにするわけにはいかん。そこで我々は、パイロットに関する技術を独占した。ゼーレの人類補完計画を実行するには、最終的には、初号機及び量産機の計10体のエヴァをゼーレの意のままに操る必要がある。それには、ニセの約束の子、すなわちダミープラグが必要だ」
「ワタシの弐号機は?」
「トリオのエヴァは、対使徒戦専用だからね。ゼーレのシナリオでは、使徒を総て倒したら、パイロット共々処分する計画だった」
冬月は、アスカの疑問にあっさりと答えた。アスカは少しギクリとした。
「使徒は倒さねばならん。だが、エヴァをゼーレの自由にはさせられん。弐号機は、初号機の護衛の意味も兼ね、当初より本部への配備が決まっていた。だが、参号機、四号機については、その扱いが未定のままだった。使徒の発見・早期迎撃のため、先行・緊急展開用にドイツとアメリカに配備するという案もあった。我々としては、稼働状態のエヴァをゼーレの手元にだけは置きたくなかった」
「結局、我々は4人目以降のチルドレン決定を、わざと延ばすことにした。零号機を加えるとはいえ、投入するエヴァを3体に減らすということは、当然、対使徒戦のリスクを増すことになる。だが、やむを得なかった」
『…それで、参号機の本部配備が決まったタイミングで、鈴原くんが選ばれたのね』
ミサトは、子供達を刺激しないよう、心の中でつぶやいた。
 
「碇とユイ君の案で、零号機にはレイを、初号機にはシンジ君を起用することになった。我々も、出来ることなら犠牲者は最小限に抑えたかった。特にユイ君は、自分たち親子だけで事態を清算したかったようだ。そのため、我々の計画当初には、弐号機以降のエヴァは、レイのクローンをパイロットにする案も検討されていた。だが、残念ながら、エヴァの魂をどうするかという問題と、レイの持つ特異性の問題により、この案は実現出来なかった」
「…親子!?」
シンジとレイは、ハッとなった。
「そうだよ。君たちふたりは、兄妹なんだ。我々のシナリオでは、まず、ニセのリリスをユイ君とシンジ君で押さえてもらう。そして、レイをリリスと契約させ、ターミナルドグマに封印された本物のリリスを解放することにより、本物のリリスによる最後の審判という、『神』のシナリオに近い形での人類の補完を目指しているのだ」
 
 
 
■碇レイ
「でも…ボクが双子だったなんて、一度も聞いたこと…」
シンジは、冬月の言葉に驚きを隠せなかった。冬月はニッコリ微笑むと、シンジの疑問に答えた。
「驚くのは当然だ。確かに君は一人っ子だからね。…レイは、死すべき魂を持つ少女なのだ」
「死すべき魂?」
「ああ。レイは、『バニシング・ツイン』なのだ」
 
「人間の排卵は、常に一つというわけではない。そのため、人間の受精では、かなりの確率で複数の受精卵が出来る。だが、それらの受精卵は、胎児として成長するために、更にふるいにかけられる。受精卵に比べ、二卵性双生児の出生率が圧倒的に低いのは、そのためだ。そして、その成長することなく消えていく受精卵を『バニシング・ツイン』と言うんだよ。生き残る者のために、生まれてはすぐに消えていく双子の兄弟だ。中には、これを根拠に、人間はもう一つの魂によって見守られているという説を唱える者もいるようだ」
 確かに、レイの心の奥底には、ひとつの想いが刻まれていた。
『碇くんと一緒になりたい』
二人目のレイが、第16使徒アルミサエルと刺し違えてまでシンジを守ろうとした、あの衝動的な感情。もしかするとそれは、一度は生を受けながら、バニシング・ツインとしてその生をシンジへと譲ったあの時の繰り返しだったのかもしれない。
三人目のレイは、シンジに感じる不思議な感覚の理由が、少しわかったような気がした。
 
「妊娠の事実を知った碇とユイ君は、直ちに精密検査を受けたそうだ。そしてその時、成長を始めたシンジ君の受精卵と共に、バニシング・ツイン、すなわちレイの受精卵の存在を確認した。そしてユイ君は、自ら死を選び死にかけていたその受精卵を、冷凍保存しておいたのだ」
「一度アポトーシス(細胞の自殺)を始めてしまった受精卵を成長させることは、通常では絶対に不可能だ。だがユイ君としては、そんな魂にさえも望みをかけたかったのだろう…。幸いにしてユイ君は、リリスより摘出した L.C.Lより、生体部品を作る技術を確立した。そしてユイ君は、その技術を、冷凍保存してつなぎ止めておいた魂へと応用することを思いついたのだ」
「努力の甲斐あって、バニシング・ツインの受精卵と L.C.Lの融合は成功した。受精卵の細胞自体はすぐに死滅してしまったが、L.C.Lで作られた代わりの体は、失われた細胞を引き継ぎ、何とか成長を続けることが出来た。…こうして、使徒達と同じ、L.C.Lで作られた体を持つ少女が誕生した。それが、碇レイ…君なのだよ」
 
 レイはついに、探し求めていた最後の答えを手に入れた。
一人目、二人目の心を引き継ぎ、自分という存在に目覚め、自分探しの果てにたどり着いたもの。
『私は、ここにいる…、ここにいていいのね』
レイは、苦しいほどに胸が熱くなるのを感じていた。
 
 
 
■三人のレイ
「 L.C.Lとの融合の成功により、レイの体は、L.C.Lで満たされた人工子宮の中で、順調に成長を続けた。やがて体を構成する L.C.Lも定着し、外見上は普通の子供と変わらないまでに成長していった。だが、L.C.Lの体と死すべき魂という二つの特長は、そのまま碇レイという少女の持つ特異性として色濃く現れる結果となった」
 
「 L.C.Lでは、人間の体は作れても、魂までは作れない。仮にシンジ君のゲノムを参考に L.C.Lを構成したとしても、出来上がるのはシンジ君そっくりの人形に過ぎない。魂のない泥人形では、すぐに崩れ去ってしまう。だが、魂の宿るレイなら、L.C.Lでクローンを生み出すことが可能なのではないか? ユイ君は、その可能性に賭けた。…だが、答えはノーだった。いくらクローニングを試みても、魂までは複製されなかった。しかし、作られたレイの複製は、L.C.Lから成形しただけの泥人形とは異なり、放置しても崩れ去るということはなかった。なぜなら、作られたダミーも総て、レイの体に他ならなかったからだ」
「あ!」
シンジは、赤木博士が言っていたことを思い出した。
「そう…君と葛城君は見たそうだね、レイのダミーの生産工場を。あのたくさんのダミーも、さっき君達が目撃したダミープラグの素も、総て等しくレイの体でもあったのだ」
 
「そして、さらに奇妙なことに、本体として生きている体が何らかの原因で破壊されると、他のダミーが新たな本体となるということが研究の末発見された。これを、L.C.L生体による魂の渡り歩きという。人格移植技術開発のきっかけともなった現象だ。そして後日、この現象を実証する事件が起きた」
「かつてレイは赤木ナオコ博士によって絞殺されたことがあるのだ。だが、体は死滅しても、レイの魂自体は他のダミーへと移り、そのまま生きながらえた。それが二つめの体。この間まで君達と一緒にいたレイだ。そしてさらに、先日の第16使徒との戦いで、その二つめの体もエヴァ零号機と共に消滅した」
「じゃあ、今ここにいるレイは…」
日向は息を呑んだ。皆の視線がレイに集まった。
「…そう。三つめの体のレイだ」
 
 
 
■リリスの心
「 L.C.Lの体という点では、エヴァもまた同様だ。実験環境ならば、外部からの制御で L.C.Lを形状維持させることも出来るが、実戦配備となれば、そうもいかん。形状を維持するために、エヴァにも魂を与える必要があった。そして、ゼーレのシナリオでは、実戦配備するのは初号機以降で、零号機の稼働の予定は無かった」
 
「我々は、エヴァを完成させるにはエヴァに人の魂を与える必要があるという研究結果をゼーレに報告するにあたり、一つの策を講じることにした。それは、この研究成果が、一人の女性研究員の事故により発見されたものであるというニセの報告をすることだ。そして、その架空の女性研究員の子供として位置付けられたのが、『綾波レイ』だ。『綾波レイ』の母親のコア L.C.Lをエヴァ零号機に組み込む実験を行い、エヴァ建造の技術を確立したと、人類補完委員会には報告した」
 
「エ、どういうこと? それじゃあ、零号機の魂は?」
そのアスカの疑問に、ミサトが答える形となった。
「…零号機は、リリスのダミーだったんですね?」
「その通りだ。我々は、データサンプリング用の機体と偽りながら、実際には 、もう一つのリリスの体、リリスのダミーを作ったのだ」
 
「これは大きな賭だった。完成した零号機は、レイのレプリカ同様、リリスのもう一つの体となった。そしてリリスの魂は、初の起動実験で、ターミナルドグマに封印された本当の体ではなく、ダミーであるエヴァ零号機の中で、強制的に目覚めさせられたのだ」
「さすがに、これにはリリスも怒ったようだ。起動実験でリリスは我々の制御を振り切って暴れ始めた。それが、あのエヴァ零号機暴走の正体だ。レイのケガは計算外だったが、リリスが目覚めたことにより、眠りについていた15の使徒達にハルマゲドンの開始が告げられた。そして、初号機を稼働させるためにシンジ君をここへ呼び…。後は君達が経験してきた通りだ」
 
「機体互換試験の時の暴走は?」
ミサトは、その答えに薄々気付いたが、あえて冬月に尋ねた。
「あれもある意味、計算の範囲内の事態だった。我々の行為に対し一度は怒りを表したリリスも、レイを主として零号機の体で共に戦うことを受け入れてくれた。こうして、零号機も何とか稼働状態に入ったわけだ。だが、互換試験では、レイに代わりシンジ君が乗り込んだ。リリスはそれを、レイが裏切ったとでも感じたのだろう。いくらパーソナルデータの近い兄妹のシンジ君といえど、リリスには許せなかったようだ。それに対し、初号機のユイ君の方は、レイもまた認めてくれた。どうやらリリスは、少年のような純真な心を持っているようだね」
 やはりあの互換試験の時に振り上げられた零号機の拳は、レイに対する抗議だったのだ。そしてリリスは、自分の意志に反し契約者を取り替えられ、自由に動くことさえままならない体を嘆いたのだった。
 
 ミサトは、遠い目をしてスクリーンに映る半透明の零号機を見つめながらつぶやいた。
「第16使徒と刺し違えることにより、零号機の体は消滅。リリスの魂は、ターミナルドグマに眠る本当の体へと帰っていった。そして、封印から解放されたリリスは、レイとの絆であるエヴァ零号機の姿を模し、そして私たちを救ってくれた。……そういうことだったんですね」
エヴァに関わる者の悲劇。リリスもまた、その一人であることに、ミサトの心は痛んだ。
 
 
 
■マインドコア
「さて、最後に我々の幕引きについて語るとしよう。そのためには、約束の子とマインドコアの関係、そして、レイの持つもう一つの特異性について話さなければならない」
冬月の話も、いよいよ終わりを迎えようとしていた。
 
「リリスと共に戦う資格を持つ者、それが約束の子と呼ばれる者だということは話した通りだ。約束の子がリリスと出会い、人類の代表としてリリスの主となるとき、その子は胸に心の結晶・マインドコアを授かる。そして、リリスと共に戦い、生き抜きながら、人間の歩むべき道を悟り、その願いを少しずつマインドコアに刻んでいく」
 
「初めは葛城君唯一人が、その資格を持っていた。南極でリリスと出会ったことにより、彼女の胸に最初のマインドコアが発現した。そしてそのマインドコアを奪うことにより、2000年に起きようとしていた使徒達との戦いは回避された。チャイルドが失われたことにより、その代償としてセカンドインパクトが起きた。そして、新たな資格者、君達チルドレンが生まれた」
「もしも君達の内の誰かがリリスと出会い、リリスに主と認められていたなら、その者は、胸にマインドコアを授かっていただろう。だがそれでは、人類の未来を保証することはできない。リリスをターミナルドグマに隠したことには、使徒から隠すと共に、チルドレンとの接触を防ぐという意味もあったのだ」
「でも、綾…レイはリリスと会ったことになるんじゃないんですか?」
たとえ零号機の体とはいえ、リリスはレイを認めたことになる。シンジは素直にその疑問を冬月にぶつけた。
「そうとも。レイはチルドレンとして唯一リリスとの接触を許された。そればかりか、レイについては、幼い頃からリリスとの接触を何度となくテストしてきた。だが、レイにはマインドコアが無い。レイには、心の結晶が発現しないのだ。それがレイのもう一つの特異性、死すべき魂の影響だ」
 
「バニシング・ツインと L.C.Lの融合に成功した我々は、レイについてあらゆる検査を行った。レイの体については、我々が想像した以上に安定していた。だが、心の方は、そうはいかなかった。精密検査の結果、自我や感情といった神経内科領域において、通常の子供に比べ、明らかな欠落や発育不良が認められたのだ。L.C.Lで肉体はつなぎ止めることが出来ても、心はあくまでも死すべき魂のものだった」
「我々は、レイに心の結晶が生じ得るかどうか、テストを繰り返した。心の結晶は、それを授かった者の心を刻む物だ。そのため、他人の物を移植することはまず不可能だ。拒絶反応が起きる恐れがあるからね」
「だが、葛城君より摘出したマインドコアを参考にレイをテストしたところ、レイには目立った拒否反応は現れなかった。そしてそれは、レイにはマインドコアが出現し得ないことを意味する。おそらく、死すべき魂の欠けた心では、人の願いを刻むことが出来ないのだろう」
 
「この事実は、我々にはむしろ好都合だった。レイが持つべきマインドコアを、我々が用意してやればいいのだからね。我々は、人の理想の姿を模索した。『神』が満足しうる、望むべき人の未来を。そしてそれを、碇の持っているあの紅球へと刻み、今日という日を待ったのだ。あとは、あれをレイに与え、最後の審判に臨むだけだ」
 
「君達にはこれまで、サードインパクトを防ぐためにネルフがあると教えてきた。だが実際には、サードインパクトそのものは、不可避なのだ」
「もしも仮に、審判の結果が否決なら、サードインパクトの後、総ての生命は無へと還り、『神』の生命創造のシナリオは、再び一からやり直される。だが、審判が是とされるなら、サードインパクトにより我ら人類の体は一旦 L.C.Lへと還元され、その後我らの願う新たな人の姿へと再構成され、人類の補完が完成する。これが、サードインパクトの正体であり、我らの人類補完計画だ」
 
 冬月の話が終わりにさしかかる頃、突然それは始まった。
 
 
 
■セフィロトの使徒
「冬月、時間だ!」
 外の景色を眺めていたゲンドウの視界に、彼らは忽然とその姿を現した。
発令所には警報が鳴り響き、オペレータ達は我に返った。モニター上に次々と未知の情報が現れた。
「本部周辺に高エネルギー反応! その数、九つ!」
「パターン青!? 使徒です! 本部を包囲しながら接近してきます!」
「変です。マギは使徒としての識別を保留しています!」
青葉、日向、伊吹が一斉に状況分析を開始した。ゲンドウと冬月には、彼らが何者か既にわかっていた。二人は、動じることなく、モニターに映る状況を見つめていた。
 
 メインスクリーンに、その者達の姿が映し出された。
9体の使徒は、皆同じ姿をしていた。大きさはエヴァと同じぐらいだろう。人型をしたその全身は、純白に輝いている。それはまるで、細身のシルクのドレスをまとっているかのようだった。体の線は華奢で、顔の部分には墨でスッと線を引いたかのような切れ長の目だけが見て取れる。そして背中からは昆虫の羽根にも似たオレンジに光る編み目で形作られた7枚の羽根がスラリと伸び、胸にはコアが紅く輝いていた。
 9体の白い使徒は、7枚の羽根を広げたままの姿で、空中を滑るようにゆっくりと本部上空に近付いて来た。
「キレイ--------」
ヒカリは、思わずそうつぶやいた。
だが、そのことに異議を唱える者などいなかった。それほどまでにその使徒達の姿は、神々しく、美しかった。
 
「あれは…いったい……」
ミサトがそうつぶやいたとき、オペレータ達の端末に変化が現れた。
「これは…。マギに侵入してくる回線があります!」
「またハッキング!?」
「いえ。…ターミナルドグマ・旧中央大電算室からです。第六世代コンピュータ15機全機、再起動。マギにシェルがロードされます!」
伊吹がそう答えた途端、彼らの端末や各スクリーンの表示が一斉に書き換えられていった。どことなく古めかしいデザインの画面レイアウトに切り替わると、識別不能と表示されていた使徒達に、新たな呼称が与えられた。
「これは…。最後の審判モード、起動しました。マギ、使徒を識別確認。スクリーンに出ます!」
 ミサトは、スクリーンに映る新たな使徒達の情報ウィンドウを見た。そこには、これまでの ANGEL の表記に代わり、SEPHIRAH と記されていた。
 
「セフィラ?」
「そうだ。勝者と共に生命の樹を成す、セフィロトの天使達だ」
ミサトの疑問に答えたのは、ゲンドウだった。
「生命の樹を成すセフィロト、すなわち、十のセフィラの内、その第弐セフィラ・コクマから第拾セフィラ・マルクトまでを司る9体の使徒。そして、その頂に位置する第一セフィラ・ケテル。その王冠のセフィラを受け継ぐ者こそ、このハルマゲドンの勝利者であり、最後の審判に臨むことを許された者だ」
ミサトは改めてスクリーンの表示を見た。

『第1セフィラ・ケテル(王冠)   :− 不在 − 
『第2セフィラ・コクマー(叡知)  :ラツィエル  
『第3セフィラ・ビナー(理解)   :ツァフキエル 
『第4セフィラ・ケセド(慈悲)   :ツァドキエル 
『第5セフィラ・ゲブラー(峻厳)  :カマエル   
『第6セフィラ・ティファレト(美) :ミカエル   
『第7セフィラ・ネツァク(勝利)  :ハニエル   
『第8セフィラ・ホド(栄光)    :ラファエル  
『第9セフィラ・イェソド(基盤)  :ガブリエル  
『第10セフィラ・マルクト(王国)  :サンダルフォン

 ミサトは、最後のセフィラに記された名前に気が付いた。
「サンダルフォン? サンダルフォンは、確か第8使徒の…?」
「ゼーレの早とちりだよ」
冬月が笑いながら答えた。
「アダム、リリスも合わせると、使徒は全部で26体いたんだ。第8使徒は胎児の形で発見された。そのため、我々にはそれが敵である使徒か、セフィロトの使徒か、区別が付かなかった。敵なら倒すだけだが、もしセフィロトの使徒ならアダム計画にとって貴重な研究材料となる。そのためゼーレは、発見された使徒に、末席のセフィラの大天使、サンダルフォンの名を付け、捕獲を許可したというわけだ」
 
 冬月がそう説明していたとき、碇ゲンドウは、最後の仕事に取りかかった。ゲンドウは、再び銀色の小箱を取り出した。
「レイ」
その一言で、全員の視線が、ゲンドウに集中した。
ゲンドウの呼びかけを受け、レイはゆっくりと立ち上がると、ゲンドウの前に進んだ。
「ついに、時は来た……。レイ。人類の願いを携え、リリスと共に行くがいい。そして、我々を導いてくれ」
ゲンドウのシナリオが、いよいよ終局を迎えようとしていた。ユイと出会い、共に人の道を正すことを誓ったあの日より15年。二人の約束は、今ようやく遂げられようとしていた。
 
 その場に居合わせる者たちは、ゲンドウとレイの様子を、だたジッと見ていた。
もはや、最後の審判は目前に迫っている。ゲンドウ達の描いた人類の補完後の姿は、まだ語られてはいない。だが、今更それを聞いたところで、もはやどうすることも出来ないだろう。
『我々を、信じてくれ!』
ゲンドウと冬月に、全幅の信頼をおけるというわけではない。だが、シンジも、アスカも、日向達も、『信じよう』と心に決めた。
「やれやれ…。こいつは、どうしようもないな」
加持は、あきらめ顔でフッと笑うと、隣のミサトを見た。
「………これでいいのよ、…これで」
ミサトは、自分に言い聞かせるように、そうつぶやいた。だが、そんな言葉とは裏腹に、ミサトの心は、悪い胸騒ぎであふれていた。そしてそれが、ゲンドウ達への不信などではなく、何かもっと別のことへの不安であることに戸惑っていた。
 
 
 
■生誕
 ゲンドウは、レイのブラウスのボタンを外すと、左右に少し開いた。そして、小箱から真紅に輝くマインドコアを取り出し、ゆっくりとレイの胸に押しあてた。
マインドコアは、ゲンドウの指ごと、少しずつレイの胸の中へと沈んでいった。
「…ウッ…」
レイは苦悶の表情を浮かべ、思わずうつむいた。ゲンドウは、構わずそのままゆっくりと指を押し入れた。
そして、マインドコアがレイの胸の奥へと消え、ゲンドウの手が止まったその時!
 
「!?!」
パーーーーーッ!!
一瞬、レイの胸で紅い閃光が爆発した。
「グアッ!!」
ゲンドウは、レイの胸に差し込んでいた手を、思わず引き抜き、跪いた。マインドコアを掴んでいた指が、跡形もなく消し飛んでいた。
「…ッ、レイッ」
ゲンドウは、一瞬、何が起きたのか理解できなかった。傷ついた手を押さえながらレイを見た。
レイの胸から、粉々に砕け光を失ったマインドコアのかけらが、次々と浮かび上がっては、そのままポロポロと床に落ちていった。そして、マインドコアを授けるはずだったレイの胸から、新たな紅い輝きが射し始めたのだった。
 
「そ…、そんなバカな!!! 今頃になって、魂が目覚めたというのか??!」
冬月は、ケガをしていることも忘れ、イスからヨロヨロと立ち上がった。
 
 レイは、ゆっくりと顔を上げると、真っ直ぐにゲンドウを見た。瞳からは涙がハラハラと流れていた。
「………おとうさん」
記憶はなくとも一人目,二人目とその心を受け継ぎ、自分というものに目覚めその総てを知った今、レイはようやくゲンドウとユイの娘としての生を受けたのだった。
レイの発したその言葉は、ゲンドウにとって、求めることを許されない言葉だった。そしてそれは、ゲンドウにとって喜ばしいことであったが、喜ぶわけにはいかなかった。
「レイ…!! レイッ……!!!」
ゲンドウは、レイにすがりつき、その場へうずくまった。
もはや、碇ゲンドウには、何もすることが出来なかった。
 
 そんな二人を見て、冬月もまた、ガックリと膝を折った。
「………終わった。…何もかも」
冬月の顔には、深い絶望の色が浮かんでいた。
 
 
 
■ガイア
「チョット…、どういうことなの…?」
アスカは、誰に聞くともなく、そうつぶやいた。アスカも含め、真実を知った者たちは皆、目の前の光景が容易ならざる事態であることを痛いほど理解していた。
 ついに、いや、今頃になって、レイの魂は目覚めてしまった。そして、シンジ達と等しくなってしまったがために、今頃になってレイ自身のマインドコアが発現してしまったのだ。ゲンドウ達のこれまでの努力は、あっけなく、終わりを告げた。
 
「……レイに…託すしか無いんですよ…ね?」
伊吹は、青ざめた表情でその答えを求めた。だが冬月は、苦々しくその問いかけを否定した。
「…空っぽの結晶に、何を求めるというんだ」
冬月は、喉から絞り出すように、そう答えた。
「所詮は、人間の浅知恵か…」
冬月の目には、もはや滅び行く人類の姿しか、映っていなかった。
居合わせた者は皆、言葉を失った。
 
 そんな静まりかえった発令所を、アスカが一喝した。
「モー、何だってのよ! こうなったら、アイツらもアダムも、全部倒しちゃえばいいんでしょ?! だいたい『神』だなんて、何様のつもりよ! まとめてアタシがやっつけてやるわよ!!」
「フッ。それが出来るくらいなら、とうにやってたさ。…そうでしょう、副司令?」
相変わらすなアスカの反応を見て、加持はフッと笑った。加持には、事態の黒幕が漠然と見えてきていた。そして、それはミサトも同様だった。
「その『神』と呼ばれるものは…、まさか…」
「ああ………。地球そのものだ」
「ッ、ガイア仮説?!」
冬月の答えに、日向は思わずイスから立ち上がった。
「そうだ。もっとも、既に仮説ではない…。生態系総てを司り、壮大な生命創造の実験を繰り返してきた者。自立した生命体を自認する我ら人類でさえ、実際には、地球圏という巨大な生命活動の中の一細胞にしか過ぎない。…もしかすると地球が生まれたことも、太陽系の誕生でさえも、我々の想像を超えた未知の力、宇宙の法則の中に折り込み済みなのかもしれん…。瓦礫と灼熱と極寒に満たされたこの大宇宙に、我々生物は産み落とされた。荒涼とした宇宙の片隅で、自ら穏和なゆりかごとなり、生命を生み育んだ星、地球…。その母なる星の加護の元生まれた我ら人類に、与えられた試練を回避する術など、初めから有るはずが無いのだ」
冬月は、両手をつき、ガックリと肩を落として、その場に座り込んでしまった。
 
 一同が青ざめた表情をする中、加持は一つの案を思いついていた。だが、その案を口にすることは出来なかった。ところがその案を、当事者のレイ自身が切り出した。
「私が死ねば…、みんなが助かるんですか?」
「な?! 何バカなこと言ってるの!!」
ミサトは、思わずレイを叱った。一瞬、負の心が、発令所を覆いそうになった。
たとえ再びセカンドインパクトを引き起こすことになっても、事態を更に15年先に延ばせるのではないか?
だが、その考えを、冬月はキッパリと否定した。
「延期に2度目は無い。審判を迎える者がいなければ、総てが無に還るだけだ」
 
 
 
■回天
 レイの決意と冬月の答えにより、ミサトは、スパッと覚悟を決めた。
「みんなでレイを送り出してあげましょう。それが、私たちに出来る最後のことよ。…レイ。行って来なさい。そしてアダムにキッパリと言ってあげなさい。私たちは、生きるのだということを」
ミサトのその一言が、発令所の空気を一瞬にして塗り替えた。
「…そうだな。せめて盛大に送り出してやろう」
「レイ、負けるな」
「アダムの横っ面の一つも、ひっぱたいてやんなさいよ、レイ」
「しっかりな」
「大丈夫。なるようになるさ」
「がんばってね」
みんなが、レイを暖かく送り出そうとしていた。
「……ありがとう」
レイは、精一杯の笑みで答えた。
 
「セフィロトの使徒、本部上空に集結しました!」
使徒達は、第三新東京市跡を取り囲むように、円形に集結した。1体、また1体と、両手を広げていった。
『ラーーーラーーラーーーーーラーーー』
空気が不思議な鳴動を始めた。リリスもまたそれに気付き、発令所につながっているモニターカメラの方を向いた。
「さあ、リリスも呼んでるわ。行って来なさい」
ミサトは、レイの背中をやさしく押した。レイは、振り返り、みんなの顔を見た。
「行って来ます」
レイがリリスの所へと走りだそうとしたその時!!
 
「ミサイル多数接近! こいつは…N2弾道弾です!!」
「何ですって!?!」
「目標、本部直上!! 使徒に着弾します!!!」
それは、一瞬の出来事だった。
おびただしい数のN2弾道弾が、本部上空の天使達を直撃した。灼熱の火球は、ジオフロントの天井部を、一瞬にして焼失させた。
すさまじい衝撃が、ネルフ本部を直撃した。日向達は、必死に状況確認を行った。
 
 映像が徐々に回復していった。
セフィロトの使徒達は、まだ、かろうじてその場に浮かんでいたが、その体は焼けただれ半壊していた。
灼熱地獄に揺らめく本部上空部を見つめながら、ミサトは何が始まったのかと、必死に考えようとした。
「まさか…アンタがやったんじゃないでしょうね?!」
「バカな! 俺達じゃない!!」
加持は、関与を真っ向から否定した。
「じゃあ!」
「ゼーレかっ!!」
「エヴァ輸送機接近!! 機影、十機!!」
「来た!!!」
ミサト達は、スクリーンに映るその光景に釘付けになった。
 
 飛来した巨大な漆黒の輸送機から、真っ白な邪悪の天使達が飛び立った。
 

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