■最後の聖戦
エヴァ量産機達は、バラバラと展開していった。
トウジの乗るエヴァ六号機・贋ツァフキエルは、ゴルゴダの十字架を守ることに専念した。
伍号機・贋ラツィエル、七号機・贋ツァドキエル、八号機・贋カマエル、拾号機・贋ハニエルの四体は、十字架の後方へとまわり、十三体のJAシリーズと対峙した。
そして、残るエヴァ九号機・贋ミカエルは、アスカの駆る弐号機と。エヴァ拾壱号機・贋ラファエルは、シンジの乗る初号機と。エヴァ拾弐号機・贋ガブリエルは、レイの乗る零号機を模したリリスと対峙した。
王国のセフィラを司る贋サンダルフォン、エヴァ拾参号機は、ロンギヌスの槍を地面に突き立てると、ゴルゴダの十字架の前から動かず、戦場全体を静観していた。そしてそのダミープラグの中で、ケンスケは無表情のまま、黙って戦端が開かれるのを待っていた。
* * * * *
「何とか、もっと正確に状況を把握できないの?」
ミサトは、念を押すように日向に聞いた。
「…ダメです。地上部センサーの97%が破壊されています。ここから指揮するには、あまりにもデータが足りません」
「クッ…」
ミサトは、何もできない自分がもどかしかった。
「ジタバタしても仕方がないわ、ミサト。今は、あの子たちを信じましょう」
リツコは、ミサトの肩を叩いた。その時、マヤのモニターに変化が始まった。
「これは…。ATフィールド、減衰していきます。出力71%に低下。なお減少中!」
「始まったな」
加持は、スクリーンに映る戦場に注目した。
* * * * *
「案ずるより生むが易しってね。どうやら、あいつらを突破して、あの十字架をぶっ壊せばいいってわけね」
アスカは舌なめずりをすると、弐号機の右腕にくくり付けられたソードブレイカーを左手で抜いた。
「でも、黙って通してはくれないみたいだよ…。アスカも、あまり先行しすぎないで。ケーブル長には限りがあるし、背後に回られたらアウトだからね」
シンジは、二振りのプログレッシブ・ソードの最終安全装置を解除しながら、蛇足ながらアスカに釘をさした。
「わかってるわよ、そんなこと。アンタ達こそ、遅れを取らないでよね」
3人は、お互いに軽くフッと笑った。
「行くわよっ!」
弐号機、初号機、零号機が突撃を開始した。そして、それを合図に、総ての戦端が開かれた。
最後の聖戦が、ここに始まった。
■プレッシャー
カイィィィィーーーン!
シンジは、エヴァ拾壱号機の繰り出す槍を一太刀で捌くと、一気に懐に飛び込もうとした。だが、ロンギヌスの槍の長い間合いと、ダミープラグに囚われるクラスメートのため、十分に踏み込むことが出来なかった。
エヴァ量産機からは、ダミープラグ内の子供達の映像が絶えず送りつけられており、それがシンジ達にとってのプレッシャーとなっていた。だが、彼らを救わんとする以上、その映像を切るわけにはいかなかった。
* * * * *
間合いという点では、今のところ、レイが一番戦い易かった。
レイは、エヴァ拾弐号機の攻撃をかわすと、相手の脚部目掛けて、長刀を横一文字にないだ。拾弐号機の右大腿部から血が吹き出し、後方へよろけた。一気に畳み掛けるチャンスだ。だがその時、レイの目に、ダミープラグ内の少年の体が損傷のフィードバックによりビクンと震えた様子が映ってしまった。レイは一瞬躊躇し、その結果、追撃のタイミングを逸してしまった。
頭では理解していても、やはりこの状況は、不利と言わざるを得なかった。
* * * * *
制約という点では、シンジ達よりJAシリーズのパイロット達の方が有利と言えた。
囚われる子供達との面識が無い分、エヴァ量産機に対する攻撃にも手加減が無い。彼らにとっては、単純に、頸部に埋め込まれたダミープラグへの直接被害を避けるだけでよかった。
4対13。動きの悪いエヴァ量産機相手には、この戦力比は圧倒的だった。攻撃そのものは、ATフィールドの影響で、本来の威力の半分も出ていない。だが、3倍の戦力による波状攻撃により、量産機の反撃を喰らうことも無かった。
4機のエヴァ量産機は、JAシリーズによって、次第に切り刻まれていった。
* * * * *
ギンッ!!
アスカは、頭部目掛けて繰り出された槍を見切り最小の動作でかわすと、ソードブレイカーの櫛状の背でそれを捕らえた。
「さすがに、へし折るってわけにはいかないか…。それなら!」
アスカは、ソードブレイカーを咬ませたまま、ロンギヌスの槍をレール代わりに、そのまま一気に間合いを詰めた。目の前に白いエヴァの姿が大写しになる。アスカは、左腕に取り付けられた細身のプログナイフを居合い抜きした。エヴァ九号機の胸をクロスに切り裂くと、アスカはそこへ、右手のバーストナックルで渾身の一撃を加えた。
ガァーーーーン!!
エヴァ九号機は、もんどり打って地面に叩き付けられた。胸の拘束具は木っ端微塵に吹き飛び、むき出しになったコアに亀裂が走った。エヴァ九号機は、一瞬硬直した後、グッタリと動かなくなった。
* * * * *
シンジもレイも、エントリープラグに損傷を与えることなく、何とか量産機を倒しすことに成功した。
JAシリーズも、4体のエヴァを完全に沈黙させた。伍号機の頭部は跡形もなく消し飛び、拾号機の左腕は肩ごとバッサリと切り落とされている。
これで、残るは、トウジの六号機と、ケンスケの拾参号機の2体となった。
■うたかた
「霧島! 十字架だ!」
「了解!」
背中に6機のジェットエンジンを背負ったオオトカゲのようなシルエットのJAは、両足を大地にガッシリと踏ん張ると、背中に折り畳まれていた全長の倍近くもあるレールガンを展開し、発射態勢に入った。
* * * * *
「やった! やりましたね、葛城さん!」
日向たちは、興奮して背後にいるミサトの方を振り返った。
だが、ミサトも、リツコも、加持も、その表情は険しかった。
「脆すぎるわ」
「ええ」
「ゼーレの最後の切り札が、この程度のはずがない」
伊吹は、その悪い予感に、背筋が凍った。
「………まさか、…そんな!」
* * * * *
「…いくよ、ケンスケ!」
シンジ達が、残る2体に攻撃を開始しようとしたその時、ケンスケの声がそれを遮った。
「いや〜、強い強い。恐れ入ったよ。さすが、正規のエヴァパイロットだけのことはあるね」
「こうなったら、もはや多勢に無勢。シンジ達の勝ちさ。潔く降参するよ」
「----------なぁ〜んちゃって」
ケンスケが、おぞましい笑顔を見せた。
* * * * *
「発射!!」
JAシリーズ中、最大の火力を誇るレールガンが、ゴルゴダの十字架の中央目掛けて発射された。
キィィーーーーン!!!
だがそれは、着弾手前で、ATフィールドによって、あっさりと弾き返されてしまった。
それは、六号機の仕業だった。そのATフィールドは、あの空中要塞のような第5使徒ラミエルのそれさえも凌駕していた。
「そ…そんな!! ATフィールドは中和されているはずなのに?!!」
* * * * *
「クックックッ。アハハハハハ!!」
ケンスケが、人をバカにするように大声で笑い出した。その途端、ダミープラグ内の総ての子供達の首に、太い注射器が突き刺され、何かの薬品が注入される様子が映し出された。
ビキビキビキ!!
子供達の全身が、まるで万力で締め上げられたかのように硬直した。盛り上がる全身に、緊縛するドス黒いベルトはきしみ、子供達の血管が音を立てて浮き立っていく。
『キシャーーーーッ!!』
突然、倒されたはずのエヴァシリーズが、奇怪な雄叫びをあげて、再起動した。
無数に受けた傷口が一瞬にして復元していった。伍号機の千切れた首が泡立ち、そこから新しい頭が生えていく。拾号機は、千切れた左腕を拾い、切り口に押しあてた。その途端、腕は、何事も無かったかのように、元に戻った。
* * * * *
「そんな…、そんな……!!」
伊吹マヤは、涙を流しながらスクリーンを見つめていた。
「S2機関…。たとえATフィールドを封じても、S2機関の無尽蔵のエネルギーの前には、何の役にも立たないわ」
赤木リツコは、重苦しく吐き捨てた。
■地獄絵
「シンジ。遊びは終わりだよ」
ケンスケは、地面に突き立てたロンギヌスの槍を引き抜き、歩き始めた。倒されたはずの量産機達は、不気味にその場に立ち上がった。
* * * * *
「しまった!」
弐号機の背後で、倒したはずのエヴァ九号機が立ち上がった。九号機のロンギヌスの槍の二股の切っ先の間に、弐号機のケーブルが捕らえられている。九号機は、ロンギヌスの槍を一振りし、あっさりとケーブルを切断した。
バッテリー残量のカウントダウンがスタートした。
* * * * *
「アスカ!」
シンジは、アスカの援護に回ろうとしたが、拾壱号機がそれを阻んだ。
「行かせはしないよ、シンジ」
ケンスケの拾参号機が、エヴァ拾壱号機の肩を叩いた。
「シンジの相手は、ボクがやらせてもらうよ」
ケンスケの言葉を合図に、量産機達の配置が変わっていった。
拾壱号機と伍号機は、アスカと対峙する九号機の援護に。七号機と八号機は、レイと対峙する拾弐号機の援護に回った。この結果、アスカとレイは、同時に3体の量産機の相手をしなければならなくなった。
* * * * *
一方、JAシリーズの相手は、エヴァ拾号機だけとなった。だが、再起動した量産機の動きは、さっきとはまるで別人だった。
拾号機は、両手を頭上に構えると、地面を叩き付けるように左右に振り下ろした。その途端、板状に展開されたATフィールドが、まるでハエ叩きのように3体のJAをペシャンコに叩き潰した。勝利のセフィラを冠するエヴァ拾号機は、ゆっくりとロンギヌスの槍を拾うと、まるで豹のような俊敏な動きで、無慈悲な狩りを開始した。
* * * * *
「大人しくしてもらうよ、シンジ。すぐに邪魔者は片付くから」
「ケンスケーーー!!」
技量では初号機が上回っていたが、パワーでは拾参号機も引けを取らなかった。シンジは、何とかケンスケを振り切ろうとしたが、そう易々と抜くことは出来ない。それでも、少しずつシンジはケンスケを圧倒していった。
突然、ケンスケは、拾参号機の右足で初号機の左足を踏みつけると、自分の足ごとロンギヌスの槍で深々と地面に縫いつけた。
「行かせやしないよ、シンジ!!」
血走った狂気の目で、ケンスケが叫んだ。
この間合いでは、もはや刀は使えない。かといってプログナイフを抜く隙も無い。シンジは、刀を捨てると、拾参号機とガッシリと組み合った。もはや、力で相手をねじ伏せるしか無かった。
* * * * *
アンチゼーレの部隊には、もはや勝利の可能性は全く無かった。
ATフィールド中和装置は、既にほとんど破壊されている。まだ数体のJAシリーズが生き残り、戦ってはいたが、その攻撃は、もはやエヴァ拾号機には全く効果が無かった。
「クッ!」
霧島という名の少女は、隙を突いてJAを転進させると、最大出力でゴルゴダの十字架へ向かった。レールガンを至近距離から打ち込もうというのだ。
だが、十字架の真正面に立ち、JAシリーズの誇りを賭けた一撃を放とうとした瞬間、残り総てを始末したエヴァ拾号機が襲いかかった。拾号機は、砲身もろとも少女の乗るJAの首をロンギヌスの槍で切り落とした。
健闘虚しく、JA部隊はここに壊滅した。
* * * * *
レイもまた、窮地に立たされていた。
三方を囲まれた状態では、長刀の長い間合いは、かえって不利に働いた。半透明の零号機の体は、3本のロンギヌスの槍によって、徐々に削られていった。
「クッ!」
レイは、繰り出される拾弐号機の槍を長刀で思い切り弾き上げると、そのまま下ろす刃で袈裟切りにした。ひるがえり、今度は、背後に迫る七号機の槍を長刀で叩き落とす。
だがその時、抵抗虚しく、ついにリリスの長刀がへし折れ、軌道のそれた七号機の槍が、リリスの右太股を貫いた。そして更に、動きを止められたリリスの腹部を、正面から八号機の槍が深々と貫いた。
「ウグッ!!!」
レイの口から血煙が上がる。
反撃を試みたリリスの手刀が、青い軌跡を描きながら虚しく空を切った。レイは、ヨロヨロと後ずさった。
2本の槍に貫かれた青い機体を、3本目の槍が襲った。
* * * * *
アスカは、何とか自分の間合いで戦おうと奮戦していた。弐号機は、対使徒戦専用に作られただけのことはあり、その運動性能では量産機に引けを取らない。アスカは、次々に繰り出される槍の切っ先を巧みなフットワークでかわすと、九号機の懐に飛び込んだ。
「コノーーー!!」
弐号機のプログナイフが、九号機のコアをとらえようとした。だがその時、九号機に囚われる少女の口を塞ぐ器具が突然外れ、絞り出すような絶叫を上げた!
「アスカーーーーー!!!」
その声に、アスカの動きが一瞬固まってしまった。エヴァ九号機には、それだけで十分だった。九号機は、ガッシリとエヴァ弐号機に抱きついた。そして、両手でエヴァ弐号機のパイロンに取り付けられた予備バッテリーを鷲掴みにすると、力任せに引きちぎった。ダミープラグの少女の口元が、いやらしくニヤリと笑った。
「しまっ------」
ズ、キョンッ!!
背後から突進してきたエヴァ伍号機のロンギヌスの槍が、抱き付く九号機もろとも、エヴァ弐号機を背中から串刺しにした。
「グゥッ!!!」
アスカの口から、血が吹き出した。
アスカは、体を貫く激痛に耐えながらもなお、その体勢から左手の裏拳を伍号機の頭部に入れた。バーストナックルが炸裂し、伍号機の頭部が吹き飛ばされた。だが、その損傷もまた、すぐに再生していった。
エヴァ九号機は、抱き付いていた弐号機の体を突き飛ばし、その反動でズルリと自分に突き刺さる槍を抜いた。傷口が、何事も無かったかのように一瞬にしてふさがった。
アスカは、串刺しにされよろめく弐号機を必死に立て直すと、ファイティングポーズを取った。血で汚れたL.C.L.の向こうで、電源の残量表示が、ゼロを指そうとしていた。
「ママ………」
立ちつくす赤い機体を、2本の槍が左右から貫いた。
■取引
シンジは、何とかケンスケをねじ伏せることに成功した。
「アスカ! レイ!」
シンジは、地面に縫いつけられた足を槍から無理矢理引き千切ると、二人の姿を探した。
「もう遅いよ」
初号機の足元で、機体をグシャグシャにされたケンスケが、笑いながらうめいた。
シンジは、その光景に愕然とした。
赤と青のエヴァは、上空で無惨な姿をさらしていた。量産機達は、二機の腕を左右から引っ張り、吊り下げながら空中に浮かんでいた。槍が無惨に突き刺さったその機体は、もはや微動だにしていない。
* * * * *
「二人は?」
「僅かですが、まだ生命反応はあります。………」
だが、その報告は、もはや気休めにもならなかった。ミサトたちは、悲痛な表情でスクリーンを見つめた。
* * * * *
九号機と拾弐号機が、死刑執行人として二人に近付いた。九号機は、弐号機の背後にフワリと回ると、首の付け根のエントリープラグに向けて手刀を構えた。拾弐号機は、リリスの正面に飛来すると、そのコアを鷲掴みにした。
「ヤメローーーーー!!!」
シンジの絶叫と共に、初号機の背中の装甲が吹き飛び、そこから十二枚のオレンジに輝く光の羽根が広がった。急激な浮力を得て、エヴァ初号機の機体が浮かび上がった。
だが、二人を救うため飛び立とうとした初号機の足を、エヴァ拾参号機が掴んだ。
「ケンスケーーー!!!」
「無駄だと言っただろ?」
エヴァ拾参号機は、グシャグシャにねじ曲げられた体を元に戻しながら、初号機の足をガッシリと掴み、放さなかった。
「クッ!!」
シンジは、突然、初号機の胸の拘束具を引き剥がした。そして、地面に突き立ったロンギヌスの槍を引き抜くと、逆手に持ち、自ら露出した初号機のコアに突き付けた。
「二人を放せ!!」
エヴァ拾参号機は、ゆっくりと立ち上がると、黙ってゴルゴダの十字架を指さした。
「………わかった」
シンジは、地面に降り羽根を消した。
拾参号機がスッと手を振って合図すると、量産機達は、弐号機とリリスの腕を放した。赤と青の機体は、地響きを立てて地面に落下した。
二人の無事を確認すると、シンジは槍をケンスケに手渡し、トウジの守るゴルゴダの十字架に向けて歩き始めた。紫の機体を白い機体が取り囲み、真紅の十字架へと近付いていった。
* * * * *
「……シンジくん」
ミサトは、全身から血の気が引き、その場に倒れそうになった。だが、その体を、加持が支えてくれた。
「葛城………。目を逸らすな。俺達には、最後まで見届ける責任がある」
「加持くん…」
ミサトは震える両足に力を込め、加持に支えられながら立った。そして、涙を流しながら、スクリーンに映る初号機の姿を追った。
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