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 phase19 サードインパクト
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■終末の始まり
 カイーーーン…カイーーーン………
 トウジのエヴァ六号機が、初号機の両手両足を聖釘でゴルゴダの十字架に打ち付け、準備は完了した。
 
 9機のエヴァシリーズは、十字架を中心に、滑るように飛び立った。
十分に高度を取ると、贋のセフィロトの使徒達は、初号機を『生命の樹』の頂点となる位置に据えた。微かにゴルゴダの十字架が鳴動し、その能力を発揮し始めた。
 
「うっ…」
シンジの全身が、強烈な力で押さえつけられた。何かが頭の中を這いずり回り、シンジの思考を強引にせき止めた。
「…みん…な………」
もはや、シンジには、何も見えず、何も聞こえなかった。苦しみも、痛みも、喜びも、悲しみも、総てがシンジから奪い去られた。シンジは、生きたまま、その自我を失った。
 ゴルゴダの十字架は、シンジと共にユイの心も封印した。そして、空虚となった初号機の肉体に、キール・ローレンツの魂が覆い被せられていった。
 
 量産機達は、十字架を王冠のセフィラの位置に残し、次々と降下していった。そして、それぞれのセフィラの位置に付くと、両手を大きく左右に広げ、彼らもまた十字の形を作った。
 突然、総ての量産機の胸の装甲が吹き飛ぶ。露出したコアにタリスマンが浮かび、ギラギラと輝きを増した。
十個のコアは、空中に十のセフィラを示す円形の文様を描き出した。そして、十のセフィラを光の橋が結び、ついにゼーレの生命の樹が完成した。
 
 * * * * *
 
 ターミナルドグマ・L.C.L.プラント跡。先ほどまでリリスの封印されていたその場所は、シーンと静まり返っていた。
L.C.L.が干上がり露出された底の部分、崩れ去ったゴルゴダの十字架の根元に、小さな小箱が厳重に安置されていた。
 小箱の中で眠る小さな胎児の体が、一瞬震えた。その途端、胎児を包む硬化ベークライトは、粉々に砕け散った。
南極より拉致された胎児は、ゆっくりと浮かび上がると、急速に成長しながら出口へと向かった。
 
 * * * * *
 
 突然、巨大な地震が発令所を襲った。地中に残された球状の空間が、激しく共鳴していた。
「何?」
青葉は、必死に振動をこらえながら、モニターの情報を読みとった。
「これは…! ターミナルドグマに、これまでにない強力なATフィールドです!!」
「そんな生やさしいもんじゃないぞ、これは!!!」
あらゆる計器が振り切れている。日向は、必死に状況の把握に努めた。すると、突然、サブスクリーンにメインシャフトを現す表示が現れ、そこにATフィールドの主を示す表示が現れた。マギはそれを、第1使徒アダムと回答した。
「アダム?!」
「メインシャフトを上昇中! 地上に出ます!!」
「…生命の樹に呼応し、ついに目覚めたのだ。15年ぶりに…」
冬月は、静かに告げた。
 既にアダムの体は、エヴァの数倍の大きさに達し、メインシャフトを通るには窮屈になっていた。アダムは、メインシャフトの壁面を砕きながら、一直線に地上を目指した。
 
「終わった…。結局、我々はゼーレの企てを阻止することは出来なかった。………だが、それもよかろう」
冬月は、虚ろな表情にうっすらと笑みを浮かべ、話し続けた。
「かつてガイアは、地上を覆い始めた人類を憂いだ。そして、この地の土をすくい、新たな人類を生み出そうと試み、そして失敗した。策尽きたガイアは、我ら人類に証を求めた。生きぬくか。そして、何を望むか。………どんな形であるにせよ、今導かれたこの瞬間こそ、我ら人類の答えなのだ」
人々は、冬月の言葉に、無念の表情を浮かべながら沈黙した。
 
 
 
■選ばれし者
 アダムは、再び、その姿を地上に現した。
オレンジの光の羽根が、繭玉のようにアダムの全身を包んでいる。
アダムは、天空に描かれた生命の樹の前まで昇ると、体を包む十枚の大羽根を広げた。
生命の樹が、急速に輝きを増した。
 
 * * * * *
 
 キール・ローレンツは、一人、ゴルゴダの十字架の中心にいた。薄暗いその部屋で、無数の機械によって築かれた孤独な玉座に腰掛け、最後の、そして新たな始まりの時を迎えようとしていた。
スクリーンに、アダムののっぺりとした顔が大写しになった。キール・ローレンツは、その感動に打ち震えながら、両手を大きく広げ叫んだ。
「さあ、アダム!! 我が願い、叶えよ!!!」
 
 * * * * *
 
 シンジの何も見えない瞳に、アダムの姿が映る。
何も聞こえない耳に、渡る風が響く。
何も答えない心に、アダムのため息が届く。
 
『………ヤレヤレ…、マッタク ニンゲントイウ セイメイハ……』
 
シンジの動かないはずの体が、ピクリと震えた。
 
 * * * * *
 
 その異変を最初に知ったのは、かつての約束の子・葛城ミサトだった。
「え? …なに?」
スクリーンに映るアダムが、両手の指を空に向けた。
その指先に、朝顔のつぼみのような真紅の膨らみが十個現れた。そしてそれは見る見る長くなり、エヴァの背丈ほどになった。
「あれは!」
「ロンギヌスの槍?!」
アダムの指先から、一つ、また一つと、槍がこぼれ、地表に落下した。そして、九つの槍が、所々に出来たL.C.L.の水たまりに突き立った。
その途端、槍に触れたL.C.L.がグッと盛り上がったかと思うと、辺りに飛び散っていたL.C.L.を吸い寄せ、見る見る大きな固まりへと変化していった。
「まさか……、あれは!!」
「セフィロトの使徒が、再生している?!」
 
 集まったL.C.L.は、再び元の姿へと還っていった。総てのL.C.L.が集まったとき、そこには真紅のロンギヌスの槍を手にする9体の真のセフィロトの使徒達が立っていた。
彼らは、オレンジに輝く7枚の羽根を広げると、悠然と飛び立った。純白の使徒達は、一直線にゼーレの生命の樹を目指すと、それぞれが本来着くべきセフィラの前で止まった。
 
 使徒達は、真のロンギヌスの槍を右手に構えると、生命の樹を成すエヴァシリーズのコアに突き刺した。
 
 * * * * *
 
 シンジの瞳に、その光景が映った。
 槍で貫かれたエヴァシリーズは、急速に光を失っていった。一つ、また一つとセフィラを成すサークルが崩壊し、セフィラをつなぐ光の架け橋も崩れていく。量産機達は、1体、また1体と、地上へ落下していった。
「…や…やめ…ろ………や…めてく…れ…!! トウ…ジ………ケン…スケ………みんな…!!!」
シンジは、自由の利かない体で、振り絞るような叫びを上げた。
 
『オソレルコトハナイ、ショウネンヨ』
 
 シンジの脳裏に、力強く、威厳に満ちた老婆の声が響いた。
 
 * * * * *
 
「フ、フフフ…。ハハハハ…。ハハハハハハ------」
キール・ローレンツは、総てを悟り、唯々笑い続けた。
 
 * * * * *
 
 アダムは、左手の人差し指に1本だけ残ったロンギヌスの槍をエヴァ初号機に向け、そのままゆっくりと貫いた。だが、不思議なことに、ロンギヌスの槍は、初号機の体をすり抜け、ゴルゴダの十字架へ突き刺さった。
キール・ローレンツは、その部屋ごと無に還った。
王冠のセフィラも消え、目的を終えた十字架は、キール・ローレンツの野望と共に、崩壊していった。
 
 
 
■最後の審判
 澄み切った青空に、エヴァンゲリオン初号機だけが残された。爽やかな風が、紫色の機体をやさしく撫でていく。
 その初号機の元へ、純白の使徒達が集まってきた。セフィロトの使徒達は、一人ずつエヴァ初号機の頬に口づけをすると、再び、自分の着くべき場所へと飛び去っていった。
シンジの心と体は、これまでに経験したことの無い深いやすらぎに包まれていった。
ふと、アダムが笑ったような気がした。
 
 9人のセフィロトの使徒が、それぞれの位置に着いた。そして再び、天空に生命の樹が描かれた。
『ラーーーラーラーーラーーーーーラーーララーーー』
大気が、やさしく震えた。
 
 * * * * *
 
「最後の…審判が…、始まる…」
冬月は、目を細めながら、つぶやいた。
「シンジくん………」
ミサトは、しっかりと加持に抱き留められながら、少し心配そうな表情を浮かべて、スクリーンを見つめた。
 
 * * * * *
 
 気が付くと、シンジは真っ白な大広間にいた。着なれた学生服姿で、どこまでも続く大広間に立っていた。広間のずーっと奥に、暖かい光が見える。シンジは、その光に向かって、ゆっくりと歩き始めた。
 
 歩き続けるシンジの両側に、様々な思い出が浮かんでは消えていく。
嬉しかったこと。悲しかったこと。楽しかったこと。苦しかったこと。
「嫌なことの方が…、多かったかな…」
シンジは、笑みを浮かべ、穏やかな気持ちでそうつぶやき、歩を進めた。
 
 いつの間にか、シンジの両側には、これまでに出会ってきた様々な人たちが並んでいた。皆、笑顔でシンジを見ていた。
そして、人々の列が終わるところで、シンジは大きな光の前に立った。シンジは、光の中に、先ほど語りかけてきた老婆の影を見た。
 
『ショウネンヨ………。ナニヲ…ノゾム?』
 
 シンジは、ふと周りを見回した。そこには、馴染みの顔ぶれが立っていた。
 
 父・碇ゲンドウが、シンジを真っ直ぐに見ている。
「人は、不完全な生き物だ。総てを受け入れるには、その器は、あまりにも脆く、弱い。それ故、人は、思い出を忘れることで、生き続ける。…だか、決して忘れてはならないこともある」
 父の隣に、母・ユイの姿があった。
「人は、大切なものを守ろうと、ときに傷つき、ときに傷つける…。その欠けた心故に」
 突然、目の前にアスカが現れた。
「ねえ、シンジ。ワタシと一つにならない? 心も体も一つにならない? それは、すばらしいことなのよ」
「一人は、淋しいでしょ? 心が痛いでしょ?」
アスカの後ろから、レイが現れ、シンジを見た。
「わしはシンジを殴った。妹を傷つけた奴が許せんかった。…けど、わしには、シンジが苦しんどることがわからんかったんや。わかっとれば、あんなこと…」
「そりゃ、シンジにはシンジの苦労はあるだろうさ…。でも、ボクのエヴァへのあこがれも、みんなに理解して欲しかった。もっとみんなに、わかって欲しかった」
シンジの横で、トウジとケンスケがこっちを見ていた。
 シンジは、ふと後ろを振り返った。少し離れたところに、渚カヲルが立っていた。
「人の歴史は、悲しみにつづられている。僕達は、君達を正し、その欠けた心を補うために生み出され、そして捨てられた。でも、ボクには、生まれたことへの後悔など無いさ。ボクは、君と出会えたのだから」
カヲルは、笑顔をシンジに向けた。
「カヲルくん……」
シンジも、カヲルに笑顔で答えた。心の中で、『ありがとう』とつぶやきながら。
 シンジの正面に、葛城ミサトと加持リョウジが立っていた。二人は真っ直ぐにシンジの目を見つめた。
「シンジくん…。あなたは、とうとう自分でここまでたどり着いたのよ…。自分の足でネルフを訪れ、自分からエヴァンゲリオン初号機に乗り込み…、自分で幾多の使徒と戦い、自分で運命を切り開いてきた…。これまでの自分も、そしてこれからの自分も、あなたは決して否定することは出来ないわ」
「人間は弱い生き物さ。…けれど、弱いからこそ、人を思いやり、人に優しく出来る。……シンジくん。誰も君に強要はしない。自分で考え、自分で決めろ」
 
「ありがとう、父さん。ありがとう、母さん」
「ありがとう、アスカ。ありがとう、レイ。ありがとう、トウジ。ありがとう、ケンスケ」
「ありがとう、リツコさん。ありがとう、冬月副司令。ありがとう、日向さん。ありがとう、青葉さん。ありがとう、伊吹さん」
「………ありがとう、カヲルくん」
「そして…、ありがとう、加持さん、ミサトさん」
シンジは、心からの感謝を述べた。大切な人たちの姿が、シンジの周りから消えた。
 シンジは、まばゆい光に正面から向き合った。光に映る影が、シンジの口が答えを告げるのを待っていた。シンジは、ゆっくりとうつむき、目を閉じた。
「ボクは、昔から知っていた。…でも、本当に知ってはいなかった」
シンジは、答えを得た。
シンジは、目を開くと、力強い眼差しで光を見つめ、ハッキリと答えた!
 
 「逃げちゃダメだ!」
 
 
 
■サードインパクト
 それは、突然訪れた。
アダムの体が、爆発的に成長した。両足は、大地に突き刺さり、根となった。両手を大きく広げると、思い切り生命の樹を抱きしめ、そのまま背中を丸めた。
アダムの体は、奇妙な形をした巨大な樹木となった。大地からガッシリとした幹が伸び、その先には、生命の樹を内に秘めた丸い球体が掲げられている。そして、球体の表面からは、オレンジの十枚の大羽根が、枝葉のように伸び、空を貫いている。そして、その大羽根の表面に、まるで鱗粉のように、小さな赤い蕾がビッシリと現れた。
 
『サア、オユキナサイ。イトシキワガコヨ』
 
 * * * * *
 
 発令所は、騒然としていた。
「何なの、あれ?」
「ロンギヌスの槍じゃないのか? 人のサイズの…!」
「あんなに沢山!? それじゃあ、俺達人類は…??」
冬月が、ゆっくりと口を開いた。
「さあ、審判が下る。再び無に還るか、あるいは、新たな姿となるか………。ありがとう、諸君。これでお別れだ。もし、明日があるなら、また会おう」
 
 冬月がそう告げたとき、大羽根を覆った小さなロンギヌスの槍が、総ての人間に向けて、一斉に放たれた。
「ウワーーー!!!」
日向が、青葉が、槍に貫かれた。その途端、二人の体は、L.C.L.へと還元され、床にこぼれた。
「先輩!!!」
伊吹マヤは、赤木リツコにしがみついた。その途端、二人もまた槍に貫かれ、床を濡らした。
「碇…」
「ああ。今、人類の補完成る!」
冬月コウゾウと碇ゲンドウも、L.C.L.へと還っていった。
「加持君!!!」
「葛城!!!」
抱きしめ合うふたりを、槍が貫いた。
 
 放たれた無数のロンギヌスの槍は、紅い波紋となって地球全土に広がっていった。
人類は、L.C.L.へと還った。
 
 
 
■補完
 永遠にして一瞬の時が流れた。
 シンジは、薄暗いエントリープラグの中で目覚めた。気が付くと、プラグを満たしていたはずのL.C.L.は、腰の辺りまで減っている。
…いや、L.C.L.ではない。足を濡らしているのは、ただの水だ。プラグ内には、血の臭いはもはや無かった。
 シンジは、微かに点滅するプラグのイジェクトボタンを押した。ガタガタときしみながらプラグが排出されていく。プラグが外に出ると、総ての計器は永遠にその機能を失った。
 
 シンジは、プラグをこじ開け、外へ出た。エヴァンゲリオン初号機は、クレーターの斜面に、崩れるように腰掛けていた。L.C.L.で作られたエヴァの内部組織は、土くれとなって崩れ落ち、全身を覆う拘束具だけが、まるで化石のように初号機の存在を示していた。
 
 シンジは、初号機の肩の部分によじ登ると、辺りを見渡した。
向こうの方に、朽ち果てた大樹の幹のような固まりが見える。その根本に、人型の白い固まりがいくつも見えた。あれは、エヴァシリーズのものだろう。その手前に見える赤いのは、弐号機のものだ。どれも皆、初号機同様、ボロボロに崩れている。
 赤い固まりの所に、動く赤い人影があった。
「よかった…。無事だったんだね、アスカ…」
シンジは、その隣の土くれの人影にも気が付いた。その白い人影が、こっちを見ている気がした。
「レイ…」
よく見ると、エヴァシリーズの跡にも次々に人影が現れている。
「みんな…。よかった……」
シンジは、目を細めながら、仲間達の無事を喜んだ。
巨大なアダムの跡のところに、一人の少年が立っていた。その少年は、ズボンのポケットに両手を突っ込み、髪を風になびかせながら、静かにシンジを見ていた。
「…カヲルくん」
 
「…シンジ」
突然、背後から、優しくシンジの名を呼ぶ声がした。
シンジは、ゆっくりと振り返った。そこには、母・碇ユイが立っていた。
「………お母さん」
シンジは、あふれる涙を、恥ずかしそうに慌てて拭った。ユイは、そんなシンジを、優しく抱きしめてやった。
 
 弐号機でも、エヴァシリーズのところでも、同じ再会の涙が流れていた。L.C.L.と共に総てのエヴァンゲリオンは永遠に失われた。そして、L.C.L.に捕らわれていた魂は、皆、この大地へと帰ってきた。
 
 本部の方から、1台のジープがものすごい勢いでシンジの方に走ってくる。きっとあれはミサトさんだ。シンジは、笑顔で大きく手を振って応えた。
 

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