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 クエスト4 「古龍」
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「老人に付き合わせてすまないね、お嬢ちゃん。狩人のお前さんには、こんな料理じゃ物足りなかろう。後で酒のつまみに干し肉でも出そう」
 野菜料理の並ぶ夕げを前に、村長は穏やかにナツキに告げた。ナツキは気にしていない素振りで応えた。
「お気遣い無く。それと、『お嬢ちゃん』と呼ばれるような柄じゃないわ。『ナツキ』って呼んで」
「おや。そいつはすまなかったね」
 村長が笑っている。確かに村長とナツキとでは孫ほどの歳の差がある。ナツキは辺りを見回した。ろうそくの薄明かりの中、食卓に着いているのはふたりだけだ。昨晩は歓迎の宴で気付かなかったが、この屋敷には他の者が住んでいる様子もない。ナツキはその事を尋ねた。
「連れは五年前に他界してね。息子と孫は、もう二十年も前に親子揃ってモンスターの腹の中さ」
 モンスターが悠然とばっこするこの時代、餌食となって命を落とす者は後を絶たない。ナザルガザル村の様な辺境ならば尚更だ。
「少し前までは、ヴォイスもここで暮らしておっての。あれも幼い時分に両親を亡くし、うちで引き取ったんじゃ。今では成人したので自分の家で暮らしておるが。跡継ぎもおらぬし、儂が死んだら、村はヴォイスに任せるかねえ」
 村長は穏やかな笑みを浮かべている。ナツキがすまない顔をすると、村長は話題を変えた。
「そう言えば、樹海へ行ったそうだね。塔とユグドラシルは見てきたかい?」
 古代の塔とユグドラシル。村長の頭上には白いクロスの紋章も飾られている。ナツキは塔とユグドラシルが自分の故郷にも有ることを話した。
「ユグドラシルは、世界樹とも呼ばれておる。昔、塔に人々の声が溢れていた頃、世界は一つの国に統べられ、ユグドラシルも豊かな枝葉を天高く広げておったそうじゃ。モンスターも古龍ぐらいしかおらず、今よりずっと少なかったという。このクロスの紋章は、その当時の国の旗印じゃったと聞いておる。お前さんは知らんのか?」
 ナツキは古老の昔語りに耳を傾ける質ではない。肩をすくめるナツキに、村長は楽しそうに笑った。
「それで良いさ。若い者は今を生き、未来を紡げばそれで良い。まあ、中には過去を知りたがる者もいるようじゃがな。お前さん、あのサガという若者と付き合いは長いのかい?」
「まだ半月よ。ロログルの街で路銀も乏しくなったところで、たまたま用心棒を募っている彼に会ったの。引き受ける者がいないとかで。正直、こんなに物騒な土地とは思わなかったわ」
 溜息を吐くナツキに、村長は楽しそうに笑った。ナツキはクロスの紋章を知っている。彼女が語ったのは真実の半分だけだ。村長はその事に気付いていた。だが、今は詮索する必要もない。
「この辺りのモンスターの多さは有名だからね。その分、珍しい品も手に入るが、業突な商人でさえ訪ねて来るのは満月の頃ぐらいじゃ。皆、命は惜しいからの」
 食卓を和やかな会話が彩る。ナツキはこれまで旅先で見聞きした話を語って聞かせた。楽しい夕げのひと時が、穏やかに流れた。

 ヴォイスの家でも夕飯が終わった。サガはオカワリが作った料理を存分に堪能した。
「ふう。ごちそうさま。こんなに美味しい料理は久しぶりだ」
「当然ニャ。メラルーはグルメなのニャ。明日は舌が蕩けるような魚料理を食わせるから覚悟するニャ」
 オカワリが空いた食器を片付ける。リリルもそれを手伝った。
「さて、それじゃボクは明日の仕込みでもするかニャ。リリルも手伝うニャ」
「うん!」
 ふたりがキッチンへと向かうと、入れ替わりに、干し肉の束と酒を抱えたナツキがやって来た。ヴォイス、サガ、ナツキの三人は、和やかに杯を交わした。ナザルガザルの酒は、若干甘いが口当たりがよい。二杯目が空く頃、ヴォイスが本題を切り出した。
「塔に登るそうだな。村長から聞いた」
 ヴォイスは静かに尋ねた。サガはフッと笑った。
「君に手伝って貰えれば心強いが、そう言う訳にはいかないんだろ? ナツキ、君は来てくれるな?」
 一瞬ナツキが言葉を選ぶ間に、ヴォイスが口を挟んだ。
「止めておけ。これは俺自身からの忠告だ。あそこは人が踏み込める場所じゃない」
 ヴォイスは村長から二つの命令を受けていた。一つは塔へ登らぬ事。そしてもう一つは、当たり前すぎて意図が理解できない内容だった。
「ヴォイス。君は登ったことがあるのかい?」
 登ったからこそ忠告が出来る。ヴォイスは一瞬沈黙した後、口を開いた。
「ああ。途中の翼塔までだがな。塔の基部までなら、今でも時々珍しい品を探しに通っている」
 村人でも塔に行く者はほとんどいない。樹海や塔の周辺はモンスターが特に多いという事情もある。だが何よりも、塔そのものが、人を寄せ付ける場所では無かった。塔の内部は常に得体の知れない殺気に満ち満ちており、とても長居出来る雰囲気では無いのだ。ヴォイスの狩人としての勘が、上層は絶対不可侵の領域である事を告げていた。
「あの塔の頂上には何かが住んでいる。そう、あれは半年ほど前の事だ。基部で採取をしていると、螺旋回廊の遙か上から、何かを擦るような奇妙な音が響いてきた。気になった俺は、行けるところまで登ってみることにした」

 塔の内部は、筒状になった壁面に沿って長い螺旋状の回廊が上へ上へと続いている。吹き抜けになった塔の内部には、トカゲのような小型の飛竜ガブラスが常に夥しい数舞っていた。ガブラスは獲物に対し毒液攻撃を仕掛けてくる。数匹の内はまだ良いが、大挙して襲われると始末が悪い。ヴォイスはガブラスを刺激せぬよう、慎重に登っていった。
 しばらくすると、火竜の声が聞こえてきた。一頭、二頭、どんどん数が増えていく。ヴォイスは擦るような奇妙な音が未知のモンスターの声である事を悟った。
『リオレウスどもが何かを取り囲んでいるのか』
 少なくとも六、七頭は集まったようだ。火竜どもの咆哮が頭上に響く。戦いが始まったのだ。火球の炸裂音が間断無く轟く。擦れるような声が大きくなる。骨の山を踏み砕く様な乾いた弾ける音が聞こえてくる。
『奴の動く音か?』
 猛り狂う火竜どもの声が、次々と絶叫に変わっていく。リオレウスの群れが、為す術もなく蹂躙されているのだ。
 むせ返る血の臭いが、壁面の出口から流れてきた。ヴォイスは重い血の臭いを掻き分け、塔の中間に張り出した翼塔へ出た。鮮血が土砂降りとなって降り注ぎ、翼塔の広大なテラスが一面真っ赤に染まっている。見上げると、塔の頂上は分厚い黒雲の中だ。いつしか断末魔の叫びが消えた。火竜の群れが文字通り血祭りにされたのだ。黒雲の中におぞましい気配が蠢いている。
『奴がこっちを見る!』
 ヴォイスの背骨に稲妻のような悪寒が走った。見つかれば確実に死ぬ。狩人の本能が絶対的な危険を察知する。ヴォイスは元来た入り口から螺旋回廊へと飛び込んだ。壁面にへばりつき、息を殺して気配を探る。擦れるような声がゆっくりと遠ざかる。どうやら気付かれなかったようだ。
『……なんて奴だ!』
 ヴォイスは警戒を怠ることなく、慎重に塔を後にした。

「古龍だな。間違い無い。だが……」
 サガは冷静に告げた。古龍は、飛竜種や牙獣種などのモンスターとは全く異質な生き物で、奇妙な能力と圧倒的な生命力を有している。
「だが……そんな凶暴な奴は聞いた事が無い」
 古龍は他のモンスターに比べ個体数が圧倒的に少ない。そのため、実際に目にする機会は少ないのだが、何故か古代の塔の頂上にはよく現れる。まるでそこが古龍の縄張りであると主張するかのように。サガはナツキにも塔の経験を尋ねた。
「あたしも故郷の塔には登ったことがあるよ。村の男達と度胸試しをしてね。塔の頂上は、だだっ広い広場になっていた。あたしはそこで青い獅子のような古龍に出くわしちまってね」
「青獅子……炎妃龍ナナ・テスカトリか」
 ナツキは肩をすくめた。
「あん時はあたしも死ぬかと思ったよ。奴は辺り一面火の海に変えるからね。運良く回廊の入り口の方に回り込めたんで、何とか命辛々逃げ延びたってわけさ」
 そう言うと、ナツキはシャツの襟を開き、胸元からペンダントを取り出した。鎖の先には、燃えるように青く輝く大きな鱗がぶら下がっている。
「こいつは、そん時偶然拾った奴の鱗さ」
 自慢げに鱗を揺らしてみせる。サガはホッとため息を吐いた。
「ぼくも去年、君の故郷の塔には登ってるんだ。その時は何もいなかったけど、どうやら運が良かったようだな」
 二人の会話を冷静に聞いていたヴォイスは、真剣な表情でナツキに質問した。
「それで、そのナナ・テスカトリという奴に、君のボウガンは通用したのか?」
 ナツキは呆れ顔で大きく首を横に振った。
「まさか。毛ほども効きやしなかったよ」
 この時代の武器では、飛竜の相手さえ難しいのだ。ましてや古龍相手に刃が立つ道理が無い。
「ナナ・テスカトリと、ここの塔にいるモンスター。どちらが強いか……。サガ。仮に俺が手伝ったとして、どうにか出来る相手と思うか?」
 サガは肩をすくめた。
「古龍の相手なんかする気は毛頭無いよ。僕は塔を調べたいだけだ。そいつはいつも塔の上にいるのかい?」
「奴の気配は、塔以外で感じた事は無い。奴はいつもあそこにいる」
「そいつはまいったな……」
 ヴォイスの言葉に嘘は無い。サガは大きく溜息を吐いた。その時、ナツキが何かを思い出したように尋ねた。
「ねえ。まさか、リリルの母親を食い殺したのも」
「シッ!」
 ヴォイスが咄嗟にナツキの言葉を遮った。台所の方からリリルとオカワリが歩いてくる。
「手伝ってくれてありがとニャ。リリルはもう、おねむの時間ニャ」
「ン――」
 オカワリが眠そうなリリルを部屋へと連れて行く。ヴォイス達は黙ってふたりをやり過ごした。リリルをベッドへ寝かせると、オカワリは再びキッチンへと戻って行った。ヴォイスはナツキの問い掛けに静かに答えた。
「リリルが奴から逃げられる筈が無い。奴が塔を降りたとは思えんし、塔で襲われるにしても、そもそもリリルと母親だけで塔に辿り着く事自体不可能だ」
「それもそうね……」
 あの辺りの危険度は、昼に見てきたばかりだ。樹海の中で助けられた事自体、奇跡と言える。ナツキはヴォイスの答えに酷く納得した。サガは黙って何かを考えていた。そして一つだけヴォイスに質問した。
「ヴォイス。君がリリルを助けた時、リリルは母親の腕以外に何か持っていなかったか?」
「……いいや」
 予想外の質問に、ヴォイスは少し戸惑った。
「サガ……やはり君は、リリルを知っていたのか」
「たまたまだ。ひと月ほど前、旅先であの子の母親と一、二度話をしただけさ」
 そう言うと、サガは黙って酒を飲んだ。ヴォイスの脳裏に、村長から告げられたもう一つの命令がよぎった。
『リリルを守れ』
 何かおかしい。この地を訪れ命を落としたリリルの母親。塔を目指すサガ。そして村長。金、赤、白の三つの紋章。だいたい、リリルと母親は、近隣唯一の人里であるナザルガザル村にも立ち寄っていないのだ。街道を来れば、村に気付かぬ筈がない。それが何故、村にも立ち寄らず樹海の辺りを彷徨っていたのか。そして塔を目指すサガも、リリルの母親がこの地へ向かったことを知っていたらしい。
『塔に……何があるんだ?』
 熟知しているはずのナザルガザル村とこの辺境の地。黙って酒を飲むサガを見ながら、ヴォイスはこの地に蠢く何かを感じるのだった。

 翌朝、ヴォイスが家を出ると、村の広場に人だかりが出来ていた。サガと鍛冶屋が地面に座り何か話している。ナツキも二人を覗き込むように立っていた。ヴォイスが近付くと、サガがそれに気付いた。サガの傷はだいぶ癒えていた。
「やあ、ヴォイス。今、閃光玉の作り方を教えている所だ。君も覚えるといい」
 サガはネンチャク草と石ころを潰しながらこねている。素材玉を作っているのだ。ペースト状になった物を延ばし袋を作る。サガは傍らから、石ころほどの大きさの甲虫を取り出した。
「光蟲は知ってるな? こいつはさっき河原で採ってきたものだ。光蟲は死ぬときや逃げるときに眩しく光るだろう」
「ああ。子供達がよく捕まえて遊んでいる」
 ヴォイスもサガの前にしゃがんだ。サガはナイフを取り出した。
「こいつは光る物質を持っている。死ぬとき吐き出すから、まず吐き出さないように素早く殺しておく」
 サガはナイフの切っ先を光蟲の頭と胴の隙間に突き立て、首を一気に切り落とした。足と堅い羽根をむしり取る。尻からナイフを刺し、薄皮を剥ぐ。腹の中にある白い袋を取り出した。続いて胴の甲殻を剥がし、裏側にへばりついている黒い袋をこそぎ取る。
「このふたつを混ぜると、強い光が出るんだ」
 小石の欠片を白と黒の袋の間に挟み、素材玉の中に入れる。これで閃光玉の完成だ。
「使うときは、軽く握りつぶして二つの袋を破ってから投げる。反応するまでタイムラグがあるから、感覚は自分で覚えてくれ」
 そう言うと、サガは閃光玉を軽く握り、広場の隅にポーンと放り投げた。取り巻く村人や子供達は、放物線を目で追った。閃光玉が爆発するように輝いた。
「ウヒャ──!」
 辺りが一瞬真っ白になる。子供達は、しょぼしょぼする目を必死に擦っている。サガは楽しそうに笑った。
「こいつは凄いな」
「毒怪鳥ゲリョスの閃光並みの眩しさだね!」
 ヴォイスとナツキは閃光玉の威力に驚いた。
「旅先の村で教わったんだ。こいつでモンスターに眩暈を起こさせるのさ。先日の雷神のような光に耐性がある奴には効かないが、モンスターに襲われた時には重宝するぞ」
 鍛冶屋が興奮しながら話した。
「光蟲ならこの辺にゃウジャウジャいる。沢山作れば、行商人に売れるかもしれないな!」
「光蟲は珍しくない虫だから、あまり商売になるとも思えんが……。ヴォイス。君の使う油玉には着火能力が無いから、使うタイミングが難しい。その点、閃光玉は扱いが簡単だ。うっかり潰すと暴発するから、あまり数は持ち歩けないが、狩りの助けになるはずだ」
 サガは立ち上がると腰を伸ばした。
「他にも役立つ素材探しをしたい。ヴォイス。すまないが散策に付き合ってくれないか?」
 サガの言葉に、ヴォイスは呆れた笑みを浮かべ、立ち上がった。
「いいとも。だが、塔には登らないぞ」
「分かってるよ」
 ヴォイス、サガ、ナツキの三人は、装備を調えナザルガザル村を出発した。

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For the best creative work