ナザルガザル村は、険しい谷間の僅かな平地を利用した天然の要害だ。川を下り西の峠を越えれば、街道沿いに乾いた砂原が広がっている。更にその先にはヴォイスの両親が命を落とした砂漠が続く。峠の手前から崖の上を上流へと進めば、渓流や森丘、渓谷といった地形が続き、その先には雪山や凍土、火山が広がる。一方、更に川下へと下れば沼地や密林が広がり、やがて海岸へと辿り着く。海の向こうには、微かに孤島を望むことも出来る。密林を東へ戻るとユグドラシルのある樹海が広がり、その北には古代の塔がそびえている。そしてそれら総ての土地で数多のモンスターが息づき、日夜縄張り争いを繰り広げている。ナザルガザル村は、まさにモンスターの坩堝の底に位置していた。
だが、このような変化に富んだ地形は、この世界ではそう珍しい事では無い。程度の差こそあれ、玩具箱をひっくり返したように、様々な地形が出鱈目に広がっている。それはまるで、自然を創った神々がやけ酒をあおったかの様に。
ヴォイス、サガ、ナツキの三人は、採取をしながら川縁を下流へと進み、村周辺の地形を巡った。ヴォイスは大型モンスターを回避しながら、二人を安全に案内した。小型モンスターの群相手には、風下に回り察知を防ぐ。ひとたび剣を抜く時はヴォイスが打撃技主体で怯ませ、ナツキのボウガンで急所を射貫く。血の臭いを最小限に、静かに狩り場を後にする。大型モンスターがエサに気づく頃には、彼らは遠くに消えている。手練れの狩人ならではの見事な踏査だ。サガは改めて、ふたりの技量に感心した。一行は、沼地の広大な葦原を進んだ。
「サガ。そういやアンタ、あたしの故郷に行ったって言ってたね。マリーベルって村は、まだ在ったかい?」
ナツキは昨夜の話を思い出し尋ねた。
「ああ、戦士の村だと聞いて訪れたよ。噂の割に酷く人が少なかったがいい村だった。隻腕の村長に、塔へのガイドを紹介してもらったんだ」
「そうかい……」
サガの答えに、ナツキは慈しむ瞳で空を見た。
「ナツキ……君は、マリーベルの出身なのか?」
ナツキは少し照れ臭そうに微笑むと、ぶっきらぼうに話した。
「村長はあたしのオヤジさ。あんたが聞いた噂話も、今じゃもう昔の話だ……」
ナツキは滅多に身の上話などしないのだが、どうやら気分がいいのだろう、故郷の話を始めた。
マリーベル村は、階段状になった崖の中腹にある村だ。耕地に恵まれず、村人は剣の技を鍛え、傭兵や雇われ狩人を生業にしていた。戦士の村としての実力は近隣の地方にまで轟き、最盛期には修行に訪れる若者で賑わっていたほどだ。だが、そんなマリーベル村を悲劇が襲った。
「老山龍(ラオシャンロン)って知ってるかい? その名の通り、山みたいにでっかい四つ足の古龍さ。うちの地方には昔っからいるんだけど、元々気性の荒い奴じゃないし、同じ場所をぐるぐる移動しているだけで害は無かったんだ」
それが二年前、折からの大干ばつの影響で、老山龍の巡回コースが大きく変化したのだ。そしてそのルート上に、タイザという貿易都市があった。
「タイザの豪商どもは、マリーベルのお得意様だからね。奴らは金すを山のように積み上げて、オヤジに老山龍の撃退を迫った」
ナツキの話にサガが驚いた。
「馬鹿な! 老山龍の巡行は歩く天災だ! 甲殻種シェンガレオン、砂漠の峯山龍ジエン・モーラン、大厳竜ラヴィエンテ。奴ら巨大モンスターの行く手を遮るなんて、出来る筈が無い!」
依頼を断れないナツキの父は、村総出で老山龍を迎撃し、そして全滅した。貿易都市タイザもまた、地図の上から永久に消えた。マリーベルの戦士で生き残ったのは、右腕を失った村長以下僅かに四名。後ろ盾を失ったマリーベル村に、もはや未来は無かった。
「そん時あたしは、たまたま商隊の護衛で村を離れててね。先のない村に留まるなって、そのまま追い出されたのさ」
ナツキは少し悲しげに笑うと、愛用のボウガンを肩に担ぎ歩を早めた。
「時化た話をしちまったね……」
充分な武器も装備もないこの時代、人々は皆多かれ少なかれモンスターに纏わる悲劇を背負っている。ましてや狩人ともなれば尚更だ。
ヴォイスは考えた。ナザルガザル村の周辺は、見本市と言えるほど様々なモンスターが徘徊している。だが世界は広く、知らないモンスターはナザルガザルの比では無い。モンスターに怯えず暮らせる時代は、永遠に訪れないのだろうか。
「俺も巨大なモンスターに出会ったことがある」
ヴォイスは、両親の命を奪った、あの白く輝く巨龍の話をした。
「光を喰うモンスター?」
ナツキには心当たりが無い。サガの顔が強張っている。ふたりはサガを見て立ち止まった。サガはヴォイスの顔をじっと見ると、重い口を開いた。
「ヴォイス。村長は教えてくれなかったのか? そのモンスターの名を」
村長は知らないと言っていた。ヴォイスはサガの次の言葉を待った。
「間違いない。そいつはこの世界をモンスターで満たした、総ての元凶の古龍……祖龍ミラボレアスだ」
ナツキが驚いて聞き返した。
「ミラボレアス? ミラボレアスって、童歌に出てくる伝説の龍?」
サガは拳を固く握りしめ、絞り出すように告げた。
「奴が……奴を一匹残らず倒さなければ、この世界からモンスターを消すことは出来ない。悲劇の歴史は永久に終わらない!」
「サガ……」
厳しい表情のサガの頬に汗が流れる。ヴォイスとナツキは、サガの旅がミラボレアスに関わっていることを否応なしに悟った。重苦しい空気が流れる。ヴォイスはゆっくりと口を開いた。
「残念だが、後にも先にも俺は奴を見ていない。塔の上にいるモンスターとも、声がまるで違う」
サガは我に返ると、ヴォイスを見た。
「村長は、君に敵討ちを考えさせないために、奴の名を教えなかったんだろう。残念だが、君にはミラボレアスは倒せない。……奴は不死なんだ」
「不死? 不死って、どういうことよ?」
ナツキが詰め寄った。
「例え倒せたにせよ、その結果どこかで新しい個体となって生まれ変わる。奴には……古龍には、僕たちのような命の概念は通用しないんだ」
そう告げると、サガは口を閉ざし、再び歩き始めた。
『ならば、追う事自体、無意味ではないか』
ヴォイスとナツキは、サガの旅の目的をはかりかねた。
『君には倒せない』
サガはミラボレアスを倒す方法を探しているのだろうか。そのヒントが古代の塔にある。ヴォイスは、サガの背中を見ながら、自分の取るべき道を考えた。
一行は沼地を抜け、密林へと入った。サガの自然素材に関する知識は恐ろしく豊富で、道中、ヴォイスとナツキに教えながら進んだ。野草の特色、鉱石の見分け方、昆虫の活用法。ふたりも素人ではないが、サガの知識には及ばない。
「僕の家系は工房付きの貿易商をしていてね。各地のいろんな素材を仕入れては、加工して売り捌いてるんだ」
「なるほどね。どうりで金回りがいい訳だ」
ナツキは呆れて肩をすくめた。
「鉱石や植物もいいが、本当に研究すべきはモンスター素材なんだ」
サガは立ち止まると、自分の盾を差し出した。
「こいつは、フレームも盤面も総てモンスター素材で作った物だ」
ふたりは順番に手に取り、防具としての性能を確かめた。大きさに比べ非常に軽い。だが強度は、鉄やマラカイト鉱石の盾より圧倒的に強い。
「モンスター素材は、大型の物であるほど素材としての性能がいい。大きな体を支えるために、構造的に優れているんだ」
サガは盾を受け取ると溜息を吐いた。
「だが、残念ながら、大型モンスターの素材は、手に入れるだけでも大変だ。武器も防具も、もっともっと進化させる必要がある」
「まったくね」
ナツキは弾丸のように尖った骨を一つ、ポーチから取り出した。ボウガン使いの間でカラ骨と呼ばれる物だ。それも通常の物より一回り大きい。
「ここは素材の宝庫だね。こいつはさっき拾ったんだ。炸薬を詰めれば、相当威力のある弾が作れるだろうけど、こんな重い矢を放つには、あたしのボウガンじゃ全然射出力が足りない。まったく残念だよ」
ナツキが肩をすくめると、サガが申し出た。
「君のボウガンを、ちょっと見せてくれないか?」
手に取り、構造を観察する。
「なるほど。いいボウガンだが、射出力はここらが限界だな。これ以上強化しても、特に弦が保たないだろう。そうだな……火竜の腱でも手に入れば、強化出来るかもしれないがな」
サガがボウガンを返すと、ナツキは真剣な表情で問い返した。
「火竜の腱?」
「甲殻の裏側や翼膜から取れるらしい。もっとも、傷のない綺麗な腱を取るために何頭倒さなきゃならないか、見当もつかんがね」
サガは笑って答えた。リオレウス一頭倒すだけでも至難の業なのだ。ましてやそれが何頭もとなれば、現実的な話では無い。だがナツキは、真剣な表情で何かを考えていた。ナツキの様子に、サガが一つ付け加えた。
「変な気は起こさない方がいい。命が幾つ有っても足りないぞ。大型モンスターと渡り合える武器を手に入れる方法なら、他にも一つだけあるにはあるが……」
そう言うと、サガはチラリとヴォイスを見た。
三人は、周囲への警戒を怠る事なく、密林を抜けようとしていた。蔦や苔に覆われた石の柱の間を通る。
「古代の遺跡だな。ここに来る途中にも、山の中腹や洞窟など、それらしい物が幾つもあった。やはりこの辺りには、大昔に大きな街があったんだ」
サガは、剣で遺跡にまとわりつく蔦を払った。相当な年月の経った石組みが現れる。どうやらこの辺一体に、巨大な建造物が埋まっているようだ。サガは遺跡の上に根を張る一本の木に気付くと、その前に立ってふたりを見た。
「ヴォイス、ナツキ。君たちはこの遺跡がいつ頃の物か知ってるかい?」
ふたりは首を横に振った。サガはねじ曲がるように伸びる木の幹を手のひらで叩いた。幹の太さは一抱えほどしか無い。
「こいつは堅樫の木だ。ユクモという山間の村の辺りでよく採れる事から、ユクモの木とも呼ばれている。こいつは成長が異常に遅く、その分普通の木より丈夫でしなやかな木材が採れる。この木でもおそらく千年近く経っているだろう。僕はいろんな地方で遺跡の年代を調べて歩いたが、こういう痕跡から導き出した結果、これらの遺跡に人々が暮らしていたのは、およそ一万年近く昔だと分かった」
「一万年前?」
「見当もつかないね」
ヴォイスとナツキは顔を見合わせ、肩をすくめた。
「一万年前、想像もつかないほどの高度な文明社会が有ったんだ。各地にそびえる古代の塔。あんな物をどうやって作ったのか。少なくとも今の時代、あれと同じ物を作るのは絶対に不可能だ」
ナツキは何かを考えながら、真剣な表情でサガに尋ねた。
「あんたの目的は、その古代の技術を手に入れる事かい?」
サガはナツキと目を合わせると、フッと笑った。
「例え見つけても、僕ひとりで理解しきれる物じゃ無いさ。それにそんな高度な文明を持った帝国でさえも、モンスターによって滅ぼされたんだ。事はそう単純じゃ無い」
ヴォイスはふたりの意味深な会話を黙って聞いていた。サガは一万年前に栄えたという帝国の紋章を継いでいる。ナツキもまた、紋章と何か関わりを持っている。ヴォイスは口を挟むことなく、ふたりの様子に注意を払った。
三人は樹海に入った。遠くにユグドラシルが見えてくる。湖に面した場所へ足を踏み入れたとき、ヴォイスが何かの気配を察した。辺りを見回し、続いてナツキも警戒する。
「どうした、ふたりとも?」
サガには分からない。モンスターは何処にも見えない。ヴォイスとナツキは、各々足下を注意深く観察している。
「モンスターじゃない。誰かがここを通った」
ヴォイスに続きナツキも告げる。
「ああ、間違いないね。それも大人数だ」
サガも注意深く足下を観察した。踏み折られたような草があちこちにある。ヴォイスが地面を指差した。乾いたぬかるみの跡に複数の足跡が付いている。
「村人は今日は樹海に入っていない。それにこいつは甲冑の足跡だ」
足跡の数と範囲から、おそらく十人程度だろう。痕跡から見ると、既にかなりの時間が経過している。ヴォイスはふたりを見て、視線で心当たりを尋ねた。ナツキは当然のように首を横に振った。
「僕にも心当たりは……待てよ。リリルの母親は何者かに追われている様だった。もしかすると……」
サガは少し緊張した面もちで答えた。ヴォイスはサガの目を見ると、再び周囲を見回した。
「もうこの辺りにはいないかもしれないが、注意した方が良さそうだな」
村にも立ち寄らず樹海を徘徊している。リリルの母親と同じだ。只の旅行者の訳がない。ナツキがボウガンを腰貯めに構えた。
「手分けして探してみるかい? あたしは向こうを見てくる。この間の丘の上で落ち合うってのでどう?」
ニヤリと告げると、ナツキは別の方角へと音を立てずに走り去った。
「気を付けろ!」
ナツキの背に言葉を掛けると、ヴォイスはサガとふたりで樹海を更に分け入った。
ヴォイスとサガは先に樹海の外れの丘に辿り着いた。侵入者もどうやらこの丘を通ったらしい。ヴォイスが周囲を調べる間、サガは丘の頂上から古代の塔をじっと見ていた。
「連中はどうやらここから塔を目指して、命辛々引き返した様だな。向こうに血痕が有った。まったく無茶な連中だ」
ヴォイスはゆっくりと丘を登り告げた。丘から塔の方へ下ると木々がまばらになり、代わりに大きな岩が幾つも転がっている。大型モンスターも見あたらず、サガにはそこが危険な場所であるとは思えなかった。サガの疑問にヴォイスがフッと笑った。
「よく見ろ、サガ」
ヴォイスは一つの岩を指差した。サガは双眼鏡を取り出すと、その岩をじっくりと観察した。
「あれは……まさか、バサルモスか!」
それは岩に擬態し休んでいる岩竜バサルモスの背中だった。一体だけでは無い。他にも二、三体はいるようだ。奥の方で砂塵が噴水のように舞い上がった。双眼鏡を向けると、地中から立派な二本の角を生やした角竜ディアブロスが次々と姿を現した。砂色の奴、黒い奴もいる。次々と咆吼をあげ、大地を揺らす。驚いたバサルモスが地中から起きあがる。岩原があっと言う間にモンスターの集会場と化した。
「な、何て場所だ!」
青ざめるサガにヴォイスが笑った。
「ここだけじゃない。向こう側の林を見てみろ」
ヴォイスも望遠鏡を取り出していた。木々の間を悠然とリオレイアが歩いている。
「珍しいな。桃毛獣がいるぞ」
ヴォイスが指差す方向を見る。桃色の体毛をした大猿ババコンガが、体をふらつかせながら歩いている。よく見ると、右脚が大きく裂け、血を流している。
「おそらく縄張り争いに負けて追い出されたんだろう。あそこは桃毛獣のテリトリーじゃない。あの傷では早晩飛竜の餌食だ」
そうヴォイスが予言した途端、茂みの影から何かが桃毛獣の腰に噛み付いた。大きく発達した顎。黄土色の皮膚に青みがかった縞模様。
「何だ、あれは!」
サガは食らい付いたモンスターを何とか識別しようとした。だが暗くて正体が分からない。強靱な顎を持つモンスターが、桃毛獣を強引に林の奥へと引きずり込む。茂みの奥から桃毛獣の断末魔が響き、それも直ぐに止んだ。一頭のモンスターが肉塊と化したのだ。ヴォイスは望遠鏡をしまうとサガに告げた。
「分かったろう? ここを通って塔に辿り着くのは不可能だ。何人いようともな」
リリルはこの丘の方角から逃げているところを発見された。リリルの母親はここを突破しようとして未知のモンスターに襲われ、奇跡的にリリルだけが助かった。それがヴォイスが導き出した結論だ。だが、この圧倒的な暴虐の大地を目の当たりにしてもなお、サガは別の可能性を考えていた。親子はモンスターに見つかる事無くここを渡り、塔の頂に辿り着いたと。
「それにしても遅いな」
ヴォイスが樹海の方を見渡しながら呟いた。ナツキと別れてから二時間近く経過している。サガは緊張した面持ちでヴォイスのそばに来た。
「何かあったんだろうか?」
「いや、無事なようだ」
丘の下にナツキの姿が現れた。ふたりを見つけると、大きく手を振り走ってくる。ふたりも小走りに丘を降りた。
「ふたりとも来とくれ! いいもん見つけたよ。火竜の死体だ!」
ナツキが先導し、三人は現場へ走った。
「おい、ここは!」
「こん中さ」
そこはユグドラシルの洞の中だった。ホールのような広い空間のほぼ中央に、リオレウスの死体が横たわっていた。血の臭いが重く立ちこめている。
「他の奴が来る前に、早いとこ素材を取っちまおうよ!」
ナツキはナイフを抜き、嬉しそうにリオレウスの体に突き立てた。ヴォイスとサガは、それに倣いつつもリオレウスの死体を観察した。まだ暖かい。差し込むナイフに、僅かだが脊椎反射もある。死んでからそう時間は経っていない。いったい何に襲われたのか。体表面には、異様に長い傷が縦横無尽に走っている。モンスター同士争った跡にしては不自然だが、剣でやられたようにも見えない。足跡の主がやったものか。それとも、リリル達を襲ったモンスターか。ナツキのボウガンで無い事は明らかだ。
「他には何も見なかったよ。リオレウスの絶叫を聞いて駆けつけたら、こいつが転がってたんだ。それより、これであたしのボウガンを強化出来ないかね〜?」
ナツキは嬉嬉として甲殻を剥いでいる。殺したての火竜の死体にありつくなどという事が、そう都合良く起こるものだろうか。ヴォイスとサガには、どうにも腑に落ちなかった。だが、これ以上調べる時間も無くなった。
「お客さんだ」
ヴォイスは斬馬刀に手を掛け、ふたりに警告した。頭上から翼の音が降りてくる。三人は慌ててリオレウスから離れると、岩陰へ隠れた。砂埃を上げ、黄緑色の飛竜が舞い降りた。
「リオレイア……じゃない! なんだ、あの棘だらけの飛竜は?」
サガとナツキには初めて見る飛竜だった。
「棘竜エスピナスだ。あの棘は猛毒だから気をつけろよ。異常に鈍感な奴だが、ひとたび怒ると手に負えない。今の内に逃げるぞ」
ヴォイスは静かに最短コースで出口に向かった。エスピナスと呼ばれる飛竜も三人に気付いたようだが、関心を示すことなくリオレウスの死体の方へと歩いていった。三人は無事にユグドラシルを脱出した。
「畜生! もっと素材を集めたかったのに!」
悔しがるナツキをサガが笑った。
「そいつは欲が深いってもんだ。手に入っただけでも有り難いと思えよ」
すっかり話が逸れてしまったが、結局足跡の主達の消息も分からずじまいだった。そろそろ陽も傾き出す。
「それじゃ、最後に塔へ行ってみるか?」
ヴォイスは、にやついた目でサガを見た。サガは驚いて聞き返した。
「塔には登らないんじゃないのか? それにあそこを越えて行くのは……」
「塔の基部までなら問題ない。少々厄介な場所だが、塔に辿り着く抜け道があるんだ。どうする?」
返事は聞くまでも無い。
「勿論、行こう!」
ヴォイスはふたりを、村人しか知らない抜け道へと案内した。
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