森羅はヴォイスたちの上空を太極殿の壁に沿ってゆっくり輪を描きながら漂っている。ヴォイスはその姿をじっと観察した。光の帯ではあるが、不思議と網膜に焼き付くような眩しさは無い。帯に見える体は、よく見ると小さな光球の集まりで、そのひとつひとつが分裂と結合を繰り返している。その様子は帯の隅々まで一様で、核と呼べそうな部分は何処にも無い。ナツキの閃刀鞭の軌跡から見ても、正真正銘光の集合体だ。
『気付いたか。如何にも我らは無数の光の集まりだ。個であり無数でもある』
再び森羅の声が響いた。こちらの考えまでも読まれている。これでは手の打ちようが無い。ヴォイスは閃刀鞭を構えるナツキに声を掛けた。ナツキは溜息を吐くと閃刀鞭を納めた。四人の脳裏に、緑溢れる太古の光景が浮かび上がった。
『どれほどの時が経つのか……我らはこの大地を愛した。白い雲、溢れる緑、地を駆ける動物たち。我らもこの世界と交わりたいと願った。緑に囁きユグドラシルを創り、獣に模して古龍を創った。世界を荒らさぬよう、ささやかに。我らはユグドラシルの頂に座し、いつまでも世界を眺め続けた。いつしか、広大な大地を統べる獣が現れた。お前たちの祖先だ。見る見る数を増やし巣を広げた。小さな体に牙さえ持たぬお前たちは、その小賢しき知恵を使い世界の覇者となっていった』
四人の脳裏に、繁栄する帝国が浮かぶ。だがその姿は、決して光ばかりではない。暗い影もまた伴っている。繁栄と疲弊、秩序と混沌。人の世とはそうしたものだ。帝国の錬金術師たちが古龍を調べている。
『赤の紋章を持つ者は古龍の血に宿る力を欲し、そしてラボレアスを創った』
羊水に満たされた水槽の中、ラボレアスが誕生しようとしている。古龍の血が巡り、心臓が鼓動を刻み始める。だがそこには、もう一つの血が流されようとしていた。水槽の隣では、大帝がベッドに体を横たえている。腕からチューブが伸び、大帝の血が採取される。大図はコックを開き、大帝の血をラボレアスの体内に注ぎ始めた。サガは青ざめて叫んだ。
「おい……ちょっと待て!」
大図は大帝を不死にする研究を行った。だが、古龍の血を直接大帝の体に流すわけにはいかない。そこで大図は、ラボレアスを創り試したのだ。ユグドラシルを焼く光景が浮かぶ。
『我はお前たちの蛮行への罰としてラボレアスを取り上げ、ミラボレアスへと変えた』
再びサガが叫ぶ。
「待て! それじゃ、ミラボレアスを倒す方法は!」
森羅が厳かに告げる。
『ミラボレアスには大帝の血が流れている。大帝の血族が生き続ける限り、ミラボレアスもまた死ぬ事は無い』
ヴォイス、ナツキ、サガの三人は、驚愕と共にリリルを見た。リリルの命がミラボレアスの命と繋がっている。
「ちょっと……冗談じゃないわよ!」
ナツキが叫ぶ。だが真実は変えられない。大図もこの事に気付いたはずだ。総ての真実を隠蔽し、帝国を滅亡へ導いた者として罪を一身に背負ったのだ。そして大帝もまたその事実が分かっていた。大帝の涙は、子孫を思い流した涙だ。ヴォイスたちは、突きつけられた現実を前に言葉を失った。
『その後についても、いま少し話しておこう』
森羅が再び話し始めた。大図はミラボレアスを倒すもう一つの可能性として、森羅に全面戦争を挑んだ。森羅を倒す事で、ミラボレアスに流れる古龍の血の力を絶とうと考えたのだ。だがそれは絶望的な戦いだった。総力を挙げて総てのユグドラシルを焼き払う。依り代を失った森羅は怒り、世界中に天変地異を引き起こした。夥しいモンスターの群れが街を都市を蹂躙する。
『この戦いで、我らもまた個としての調和を失ってしまった。そして我らの最も暗き部分が最悪の古龍を生み出した』
森羅の動揺が伝わってくる。焼け落ちたユグドラシルの映像が浮かぶ。黒こげの幹の上部から、巨大な海老のような古龍が甲殻を軋ませながら這い出し、ゆっくりと体を上下に波打たせ宙を舞った。
「あれは、絶孤(ゼッコ)か!」
サガが叫んだ。
「絶孤?」
ナツキが聞き返す。
「ああ。奴は、自分以外一切の生物の存在を認めない究極の古龍だと聞いている。火だろうと氷だろうと物ともせず、人間だろうとモンスターだろうと目にした者は容赦なく殺す。普通のモンスターなら後れを取らぬ帝国軍は、奴によって壊滅的な損害を被ったんだ!」
燃えさかる炎と黒煙の中、絶孤が悠然と進んでいく。奴が通った跡には、骸と血の海しか残らない。森羅が再び語った。
『我らは、自らの力に恐怖した。このままでは世界から総ての生命が死に絶える。だが理である我らには、命を創る力はあっても、命を奪う術が無い。世界中のユグドラシルより湧き出した絶孤を、直接駆除する術を持たなかった』
森羅は天候を操り、大地をパズルのように作り替え、絶孤同士を鉢合わせさせ、共食いをするように仕向けていった。自然は千々に乱れ、美しかった大地はその秩序を失った。だがそれでも、生命の絶えた死の世界よりはましだ。
『もはや帝国への怒りなど失せた。我らは僅かに生き残った人々を一万年の未来へと逃がし、絶孤の根絶と大地の修復を図った』
ようやく自然が回復し、生命に満ち溢れた一万年後、今から273年前、人類はむせ返る自然の中へと放り出された。森羅が自戒の念を込めて告げる。
『我らの力は大きすぎる。ようやく調和を取り戻した我らは、この世界に干渉すべきではないと決めた。だが、気掛かりが残った。祖龍ミラボレアスだ』
ミラボレアスは森羅の力を用い、新たなモンスターを生み続ける。ミラボレアスを滅するには大帝の血を絶やさねばならない。森羅もまた、ミラボレアスを絶滅させるため、塔に古龍を配し罠を掛け、帝国に所縁ある者を狩っているのだ。
森羅は軽く身を翻すと、天井の方へと高度を上げた。
『ミラボレアスは責任を持って絶滅させよう。お前たちは安心して死を迎えよ。不本意だがその役は、彼の者に任せる』
太極殿の大扉がゆっくりと開く。凄まじい殺気が流れ込む。巨大な海老のような古龍が、空中を漂いながら入ってくる。ヴォイスは台所に残されたリリルの絵を思い出していた。
「やはりこいつか」
全長は三十メートルぐらいか。幾つもの節を持つ上下に平たい甲殻の体。足は無く、体の両端には半円状の硬いヒレが何枚も並び、そのまま尾びれまで続いている。頭部の前面には槍のような甲殻の触手が二本伸びている。腕の代わりに使うようだ。上側には甲殻の支柱を持った目玉が二つ、カタツムリのように飛び出している。最も近い生物を上げるならアノマロカリスだろう。頭部の下側には鋭い剣が円形に並んだような丸い口がある。剣の歯が開いたり閉じたりする度に、擦れるような音が不気味に響く。リリルの母親の腕は、あの剃刀のような歯によって切断されたのだ。リリルは恐怖の涙をいっぱいに溜ながらも、唇を噛み締めじっと古龍を睨んでいる。サガは真っ青になって尻餅をついた。
「そんな馬鹿な! 絶孤は死んだんじゃないのか?!」
再び森羅が答えた。
『共食いで数は減らせたが、最後の一匹だけは生き残ってしまった。たとえ一匹といえど、放てば大地は血の海となる。我はこの宮殿に留まり、此奴を繋ぎ止めているのだ』
ヴォイスは絶孤を見据えサガに近付くとリリルを託した。
「サガ、リリルを頼む」
「無茶だ、ヴォイス! 絶孤は帝国軍さえ破れた古龍だぞ! 急いでここから逃げるんだ!」
「逃げられるもんならね」
ナツキは親指を立て壁を指差した。周囲の壁には、パリパリと電気が走っている。壁際にうずくまる守護聖騎士に、放電の稲妻が伸びている。ナツキも絶孤を睨みながら閃刀鞭を抜いた。ヴォイスとナツキ、二人の顔には笑みさえ浮かんでいる。
「待っていろ、リリル。今、ママの仇を取ってやる」
ヴォイスとナツキは、絶孤に向かい突進した。
絶孤の甲殻は、総て横向きに並んでいる。前後の動きはともかく、左右への方向転換は苦手なはずだ。外見から、腹部の甲殻が一番弱そうだ。だが、一、二メートル浮かぶ奴の下に、迂闊に飛び込む事は出来ない。巨体で押し潰されれば、それこそ一溜まりもない。まずは体の側面にあるヒレから何とかしなければ。
ヴォイスとナツキは絶孤の右側面へと回り込んだ。絶孤が向きを変えようとする。ナツキは牽制のため長射程の突きを絶孤の目に放った。奴の動きが止まる。どんな生物だろうと、目を狙われれば反応せずにはいられない。ヴォイスは隙を逃がさず、絶孤のヒレ目掛け抜刀からエピタフイディオンを振り下ろした。衝撃音と共にヒレが僅かに欠ける。恐ろしく硬いが傷付けられぬ程ではない。このヒレを砕かなければ、本体にダメージを与えられない。ヴォイスは一点に集中し攻撃を続けた。
再び絶孤が向き直ろうとする。ナツキが頭部に牽制の斬撃を加えると、絶孤が目標をナツキに変えた。体を海老反らせ、頭部の槍のような触手をナツキ目掛けて叩き付けた。ナツキが難なく躱したその瞬間、体側のヒレが反動で浮かび上がった。ヴォイスは一気に踏み込み、下から思い切り斬り上げた。手応えがある。回転回避でヒレの下から滑り出す時、ヴォイスはヒレの付け根にある大きな古傷を見逃さなかった。数枚に渡り走っている。おそらく昔の戦いの跡だろう。ヴォイスの闘気が爆発した。
サガはリリルの手を握りながら戦いを見守っていた。二人の連携はまさに神業だ。今のところ一方的に攻撃している。それでも、与えられるダメージは少ない。
「あれは!」
サガはヴォイスの握るエピタフイディオンの異常に気付いた。エピタフイディオンの刀身には、古代の文字で書かれた碑文が刻まれている。今日においてもその正確な内容は不明だが、今、その碑文の文字が一文字ずつ光り始めたのだ。まるでヴォイスの闘気を吸い込むように次々と文字が光っていく。光が増えるにつれ、エピタフイディオンの斬撃力が目に見えて上昇していく。ヒレの先が見る見る刻まれ、絶孤の巨体が押し流される。ヴォイスは鬼神のごとき戦闘力で、エピタフイディオンを小枝のごとく振り回した。
「これが……近衛の力なのか?」
近衛衆は元々大帝を守護するために編成された特別な戦士たちだという。リリルを守り、その仇を討つために、近衛の血が呼び覚まされたのだろうか。だが同時に、サガは言い得ぬ胸騒ぎを覚えていた。今のところ絶孤の動きはのろく、さしたる反撃もない。しかしこの絶孤は、あの近衛衆の長さえ破っているのだ。こいつはまだ本当の実力を見せてはいない。サガは悪寒を堪えながら、座所に立つ近衛の長を見た。
絶孤が体をくの字に曲げ、一気にヴォイスの方へ向き直ろうとした。ナツキの攻撃を二本の触手でガードしつつ体を回す。だがヴォイスは、絶孤の行動を読み切っていた。浮き上がったヒレの下へと滑り込み全身に力を貯める。向き直りと共に降りてきたヒレの付け根目掛け、渾身の斬撃を加えた。碑文を総て輝かせたエピタフイディオンが、長い古傷を正確に切り裂いた。太極殿に甲高い破壊音が響く。右側面のヒレが、四、五枚まとめて砕け散った。絶叫を上げ絶孤の巨体が床に落ちた。
「よし!」
ヴォイスはすかさず追撃した。エピタフイディオンがついに絶孤の胴体を捕らえる。甲殻が裂け、青い体液が迸る。明らかにダメージを与えている。ナツキも休まず追撃する。
「ヴォイス!」
ナツキが警告した。絶孤がゆっくりと起き上がる。二つの目玉が真っ赤に光り輝いた。ついに怒ったのだ。ヴォイスは様子を見るため一旦後退した。激昂したモンスターは身体能力が跳ね上がる。絶孤はまだ実力を出していない。本当の戦いはここからだ。ベテランであるヴォイスもナツキも、その事を重々心得ていた。
「何だ?」
突然、絶孤の体から骨の山を踏み砕く様な乾いた弾ける音が響き始めた。ヒレの輪郭が霞んで見える。ヴォイス目掛け、尾びれが襲う。ヴォイスは後方へ回転回避しこれを躱した。起き上がったところへ、絶孤はそのまま体を泳がせ、左側面のヒレで体当たりを仕掛けてきた。ヴォイスはエピタフイディオンで弾き返しながら後退しようとした。切っ先が触れた瞬間、凄まじい衝撃が襲った。ヴォイスの体が思い切り吹き飛ばされる。エピタフイディオンを握る両手が痺れている。
「何が起こった?!」
エピタフイディオンが刃こぼれしている。絶孤のヒレがエピタフイディオンの斬撃力を圧倒したのだ。再びヒレが迫る。応戦する度に凄まじい衝撃が走り、エピタフイディオンがボロボロになっていく。ナツキが閃刀鞭を放ち援護しようとする。慌ててヴォイスは叫んだ。
「ヒレを攻撃するな!」
だが遅かった。ナツキは手首を返し閃刀鞭の軌道を変えようとしたが、絶孤は体を捻りヒレの隙間で櫛のように閃刀鞭を受け止めた。引っかかった閃刀鞭が甲高い悲鳴を上げ火花を散らす。ナツキが閃刀鞭を引き戻そうとしたその瞬間、閃刀鞭の刀身が真っ二つに切断された。
「そんな……武器破壊属性だと!?」
サガも絶孤の特性を理解した。全身を取り囲むヒレが超高速で振動し、相手の装備を破壊するのだ。絶孤の体はまさに、切断できぬ物のない巨大な剣そのものだ。あらゆる属性攻撃を跳ね返し、体当たりするだけで相手をなますの様に斬り刻む。リオレウスが何匹束になろうと敵う相手ではない。
「ナツキ、下がれ!」
ヴォイスはナツキに命じ身構えた。半分に切断された閃刀鞭では、もはや戦力にならない。ナツキは悔しさに唇を噛み後退した。無傷の左側面のヒレがヴォイスを襲う。巨体を相手に回避しきれる物ではない。エピタフイディオンが悲鳴を上げる。絶孤は俊敏な動きなどせずとも、堂々と体を浴びせ付ければ充分なのだ。もはや打つ手はない。ヒレを受け止めたエピタフイディオンが、ついに粉々に砕け散った。衝撃でヴォイスの体が床に叩き付けられた。
絶孤はゆっくりと体を回し、ヴォイスを正面に捕らえた。悠然と覆い被さるように近付く。ヒレで切り刻むには人間は小さすぎる。ヴォイスを丸飲みにするつもりだ。円形に並んだ剣の歯が花びらのように開いていく。ヴォイスは痺れる体でゆっくりと起きあがった。頭上に死への入り口が開いている。だがヴォイスの目は死んではいない。体内からでも貴様を食い破ってやる。ヴォイスは睨み返した。絶孤の口がせり出しヴォイスに狙いを定めた。
「ヴォイス!」
リリルの絶叫が木霊する。耳をつんざく激突音が太極殿を震わせた。ヴォイスの目の前に、漆黒の壁が立ち塞がっていた。
「何だ?」
ヴォイスは壁を見上げ、後ろを振り向いた。うずくまっていた守護聖騎士が、漆黒の巨剣でヴォイスを守ったのだ。守護聖騎士の腹部が白く渦巻いている。サガがヴォイスに叫んだ。
「ヴォイス、飛び込め!」
ヴォイスは白い渦の中心に体を踊らせた。吸い込まれ、白い闇が手に足に絡み付く。何も見えず、何も聞こえない。体に上下の感覚が戻り始める。五感が総て戻った時、ヴォイスの意識は守護聖騎士に宿っていた。漆黒の巨剣で絶孤を押し留めている。ヴォイスは全身に力を込め、巨剣を一気に跳ね上げた。絶孤の巨体が裏返った。守護聖騎士の全高は十五メートル程度。だがその力は、絶孤に引けを取ってはいない。ヴォイスは一気に踏み込み、露わになった絶孤の腹部に思い切り漆黒の巨剣を振り下ろした。甲殻が裂け、青い体液が噴き上がる。絶孤はのたうつように逃げると体を起こした。
「あの巨人像……まだ動くの?!」
ナツキは目を見開いて守護聖騎士を見ていた。サガは手を繋ぐリリルを見た。リリルもヴォイスの戦いをじっと見詰めている。その表情はどこか大人びてさえ見える。
『ヴォイスの名前を初めて正確に呼んだ。大帝の血族としての自覚に目覚めたのか?』
絶孤が槍のような触手で襲いかかる。守護聖騎士も漆黒の巨剣で応戦する。一進一退を繰り返し、双方の体が見る見る傷付いていく。絶孤が再び体を回した。守護聖騎士が後退する。絶孤はそのまま超振動の尾びれで横一文字に斬りつけた。守護聖騎士もこれだけの巨体となると回避は難しい。尾びれの先端が腿を掠めた。足の装甲が火花を散らし破壊された。守護聖騎士の動きが鈍る。絶孤が体を横に向け、ヒレで体当たりを仕掛けてくる。ヴォイスは漆黒の巨剣で弾き返した。刃が破裂し、刃こぼれを起こした。破片がサガたちの所まで降ってきた。ナツキが毒突く。
「ちきしょう! やはりあのヒレを何とかしなきゃダメなのかい!」
「いや、待て。あれを見ろ!」
サガが漆黒の巨剣を指差した。刃こぼれした部分が見る見る再生していく。サガは足下の黒い欠片を拾った。
「こいつは黒龍の欠片……そうか、あの巨剣はミラボレアスから作った剣だ!」
「え? どういうこと?」
ナツキが聞き返す。
「ミラボレアスの再生能力を備えた剣という事さ。あれなら絶孤の武器破壊に耐えられる!」
守護聖騎士が迫るヒレに合わせ、大上段から斬撃を叩き込んだ。巨剣のリーチなら背の甲殻まで充分に届く。渾身の一撃で絶孤の巨体が床に叩き付けられた。背の甲殻が裂け、ヒレの一枚が砕け散った。だが絶孤もまた振動するヒレで床を素早く滑り体を跳ね上げ、尾びれを守護聖騎士に浴びせてきた。咄嗟に装甲の厚い左腕で受ける。腕に付いた盾が火花を散らし砕け散った。衝撃で守護聖騎士が床に倒れる。絶孤はヒレを床に押し当て振動を利用し、滑るように体を回した。左側面のヒレで襲いかかる。守護聖騎士は漆黒の巨剣でガードしつつ起き上がった。絶孤は再びヒレを使い、まるで氷の上を滑るかのように回り込む。振り向いた守護聖騎士を触手の突きが嵐となって襲う。巨剣で応戦するが絶孤は軽快に身を躱した。守護聖騎士の倍以上もある絶孤が動きで圧倒している。だが守護聖騎士の巨剣も、確実にダメージを与え続けた。双方、満身創痍と化していく。
絶孤は自らヒレを床に叩き付け、衝撃の反動を利用して旋回斬りを浴びせてきた。上段に迫る尾びれを漆黒の巨剣で薙ぎ払う。絶孤はいなされた尾びれでそのまま床を叩き、飛び跳ねるように右半身で体当たりしてきた。躱す暇は無い。守護聖騎士は体を回し、左脇腹で受け止めた。腹部の装甲が火花を散らす。
「ヴォイス!」
ナツキたちが叫んだ。絶孤のヒレが守護聖騎士の腹部を切り裂いたかに見えた。守護聖騎士はがっしりと体当たりを受け止めていた。エピタフイディオンでヒレを砕いた部分に体を滑り込ませたのだ。守護聖騎士は絶孤の背中に左腕で抜き手を叩き込んだ。突き刺さった指で、そのまま背中の甲殻を鷲掴む。絶孤の動きを封じると、右手の巨剣を高々と掲げた。藻掻く絶孤の頭部目掛け渾身の斬撃を加えた。漆黒の刃が右目を根本から斬り跳ばし、左目の根本をもへし折った。断末魔の絶叫と共に、絶孤は床を跳ね回った。反動で守護聖騎士の巨体も床に叩き付けられた。
体勢を立て直した絶孤は、霞む左目で守護聖騎士を捕らえた。守護聖騎士はなかなか起き上がる事が出来ない。明らかに動きがおかしい。
「まずい! もうとっくに五分以上経ってるぞ。ヴォイスの体は限界を超えちまってる!」
サガが青ざめて叫んだ。守護聖騎士がやっと起き上がる。絶孤は二本の触手を真っ直ぐに構えた。体を折り曲げると、尾びれで思い切り床を蹴り、巨大な矢となって守護聖騎士に突進した。
「よけて!」
ナツキの絶叫が木霊する。装甲をぶち抜く音と共に、触手の槍が守護聖騎士の腹部を完璧に貫き、そのまま電撃の壁に激突した。
|