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 モンスターハンター・ゼロ外伝 「黒き神の記憶」

 クエスト2 「何とかなるさ」
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 ナルガクルガの子供は、舌を出しながら顔をナツキの背後へと向けた。ナツキも視線の先へと振り返る。原っぱの外れに、まだ十頭ほどの草食獣がいる。ケルビも数頭いるようだ。
「ギャウ」
 子供モンスターは舌を出し無邪気にナツキを見た。
「こいつ、あたしに狩ってくれってかい」
 ナツキがむかっ腹を立てると、子供モンスターは小さくうずくまり上目遣いにひもじさを訴えた。ナツキは直情型の性分だけに、モンスターにとっても感情が読みやすいようだ。ウルウルと訴える赤い瞳に、ナツキは言葉を返せず溜息を吐いた。
「分かったよ。狩りゃいいんだろ」
 こうなったら仕方がない。たらふく食わせて様子を見るしか無いだろう。ナツキは弐式弾をリロードすると子供モンスターを気配だけで補足しながら草食獣の群へと接近していった。量を食わせるならアプトノス一頭で充分だが、好き嫌いをされても困る。好物のケルビをあと二頭も食わせれば満腹になるだろう。鹿だけにケルビの動きは素早い。そのケルビを好物とする事からも、この黒いモンスターの能力が分かる。高度な潜伏能力と素早い運動能力こそが、このモンスターの武器だ。
『ま、あたしの敵じゃないけどね……ん?』
 ナツキが葦の茂みを利用し群れの方へ接近すると、子供モンスターの気配が突然停止した。振り向くとケルビの亡骸を物欲しそうに覗き込んでいる。もう内蔵と肉の欠片しか残っていない。
『そんな所にいたら、草食獣から丸見えじゃないか!』
 ナツキは舌打ちしキッと視線を飛ばした。モンスターはハッとなりナツキを見た。
『もっと川の方へ寄りな!』
 川の方へと大きく手を振る。子供モンスターは身をかがめ、そそくさと川岸の方へ移動した。葦原の影となり草食獣から見えにくくなった。ナツキは獲物への接近を再開した。子供モンスターも伏せたままモゾモゾとナツキの後に続く。だがナツキとの距離は詰めようとはしない。ナツキが止まれば自分も止まり、向きを変えれば自分も変える。ナツキは殺気のない真剣な眼差しを背中に感じた。
『へえ……なかなか賢いじゃないか』
 おそらく親が狩りをしていた時も、こうして邪魔にならぬよう距離を取りつつ後を付いて来たのだろう。親の背中を見ながら狩りのやり方を覚えるのだ。ナツキは何とも妙な感覚を覚えた。親モンスター扱いされるのは気に入らないが、真っ直ぐな瞳を背中に感じるのは悪くない。
『いいかい。よーく見てな』
 獲物は既に有効射程に捕らえているが、ナツキは更に接近した。気配の消し方、動きの盗み方を見せるためだ。ナツキは少し離れた二頭を標的に選んだ。近くには小山のようなアプトノスもおり、タイミングを誤ればアプトノスが邪魔になって逃げられてしまう。
「フン」
 ナツキは鼻で笑うと、察知されることなくスルリと草むらから外へ出た。林に近い方のケルビが向きを変えようとしたその瞬間、ナツキの放ったバレットが頭部を捉えそのまま地面を転がった。だがまだ死んではいない。襲撃に草食獣の群れが騒ぐ。もう一頭のケルビが林の中へと逃げようとする。だがナツキの正確な狙撃が後頭部を捉え、更に追撃しとどめを刺した。その間に傷付いた一頭目が起きあがり逃げようとする。銃口が未来を巻き戻すように動き、放たれたバレットの前にケルビの頭部が吸い寄せられた。ナツキに選ばれなかった草食獣たちが、地響きを立てながら樹林の奥へと逃げて行く。
 ナツキはライトボウガンを肩に担ぐと、仕留めた獲物に駆け寄り一カ所に集めた。振り向くと子供モンスターが目を丸くしてナツキを見ている。ナツキはフッと笑った。
「クロ! おいで!」
 ナツキはこの子供のナルガクルガを自然にそう名付けた。大きく手招きしてこっちへ呼ぶ。クロは殺気立つ様子も無く、嬉しそうにスルスルと近付いて来た。だがナツキから五メートルほど離れた所まで来ると、前足を揃えてチョコンと座った。
「へえ。母親はアンタをきっちり躾けてたようだね」
 獲物は親から子供へ分け与えられる。親が食べなければならない時は、子供は我慢しなければならない。ナツキは改めて自分の取り分を切り分けた。
「さあ。あとはお前が食べな」
 ナツキは一歩下がってやった。だがクロは動かない。舌を出しその場で切り分けて貰えるのを待っている。
「ったく、甘えんぼだね、お前は」
 ナツキはホワイトレバーを切り取ると、クロの頭上に放り投げてやった。上手にパクッと咥え、嘴を鳴らして美味しそうに食べた。ナツキは一頭目の肉をクロの前に投げた。一頭目を食う間に二頭目の皮を剥いでやる。
「ほら。こっちは自分で食いな」
 ナツキは二頭目のケルビから充分に離れた。今度はクロもケルビに近づき、自分で肉を食い始めた。ゆっくり味わうように食べている。三頭も食うのだ。さすがにもう充分だろう。ナツキは自分も切り取った肉を食べるため火をおこした。
「ギャウ!」
 突然、クロが火を見て驚いた。
「ん? なんだ、お前、火が苦手なのかい」
 ナツキは楽しそうに笑った。

 空がオレンジ色に輝いている。陽が落ちれば樹海の中は真っ暗だ。そろそろ今夜の寝床を探さねばならない。問題はクロの反応だ。このままどこかへ消えてくれれば有り難いが……。
「あ! バカ、寝るな!」
 満腹になったクロが眠りそうだ。残飯の転がる側で寝ていたら、他の肉食モンスターが来て襲われてしまう。ナツキは慌てて辺りを見回した。寝床に出来そうな場所は無い。川岸へと走る。クロは走るナツキに気付くと、眠そうに後に続いた。百メートルほど下流に川面に突き出た岩棚が見える。巨木が大きく斜めに枝を張り出し、上空から岩棚を隠している。あそこならクロも寝られそうだ。
「おいで、クロ!」
 ナツキは手招きし岩棚へと走った。クロも眠そうにしながら必死に付いてくる。岩棚に駆け上がる。予想通りそこは小さなテラス状になっていた。幸い、他のモンスターが使っている様子は無い。クロも岩棚に上がってきた。
「ギャウゥ」
 眠いと訴えているようだ。
「ここならいいだろう。ぐっすりお休み」
 ナツキは巨木を背に座って見せた。敵対心さえなければ、満腹になった猛獣は例え餌が目の前にいても襲ったりしない。少なくとも今の状態ならクロに危険は無い。ナツキが腰を落ち着けるのを見ると、クロはその場に体を丸めて横たわった。おそらくこの数日、空腹のうえ安心して眠る事も出来なかったのだろう。クロはあっという間に深い眠りに落ち、寝息を立て始めた。
「やれやれ。えらい事になったね」
 ナツキは溜め息を吐くと改めて辺りを見回した。場所的にはそれほど安全とは言えないが、クロがいることで他のモンスターも容易には近付かないだろう。このままクロを置いてエルサンドを目指す事も不可能ではないが、もう陽は沈もうとしている。万一クロが目覚めて追いかけてきたら元も子もない。ここで夜を明かした場合、一番のリスクはクロが目覚めたときの反応だ。天幕のように張り出した枝の付け根が僅かに身を守るスペースではあるが、その気になればクロの爪が届く位置だ。
「ま、何とかなるさ」
 ナツキはそこで一夜を明かす事に決めた。だがそれでも、やれる事はやっておく。ナツキは背嚢を幹に立てかけると、気配を殺し起き上がった。巨木の幹に沿って音も無くテラスを降りる。よく乾いた枯れ枝と蔦を集める。
「こんなもんでも、無いよりはマシだろ」
 テラスへ戻り、自分の寝床とクロとの間に枯れ枝を撒き、その上に境界を示すかのように蔦を並べる。簡単な結界だ。踏めば枯れ枝が折れ音がする。頭上の枝にも何本か蔦を掛ける。気休め程度だが、頭上から来た場合の保険だ。準備を済ますと、ナツキは間近でクロを観察した。クロは泥のように眠り、ナツキが作業する間も全く起きる気配は無かった。
『よっぽど疲れてたんだろうねえ』
 黒い体毛のせいで分かりにくかったが、間近に見るとかなり痩せている事が分かる。数日どころか、一週間以上ろくに食べていなかったのだろう。翼や胴体に血糊が乾いた跡がある。爪や牙を受けた傷のようだ。幸い重傷となるような傷ではない。腰の辺りには広範囲に体毛が焼け焦げた跡がある。火竜の火炎でも喰らったのだろうか。子供だけあり、火傷はもう治りかけている。
『もしクロが懐くんなら、体でも洗ってやるか……なんてね』
 ナツキは冗談交じりに空想し、思わず自分を笑った。だが、ナツキの認識は少々甘かったかもしれない。クロにとってナツキの存在は、自分の生死を分ける切実なものだ。親を亡くした子供が全く異なる生き物に庇護を求めるのは、別に珍しい事ではない。例えモンスターであろうと同じだ。クロにとって、この大樹海に住む生き物は総て自分の敵であり、ナツキは自分を守ってくれる唯一無二の存在となったのだ。クロにとってナツキは、もはや親同然の存在だった。
 空が濃い紫へと変わる。一つ、またひとつ、星が瞬く。ナツキはクロが見える位置で巨木の幹に背を預け、ライトボウガンを抱えながら眠りについた。
「お休み、クロ」

 空が明るくなる。太陽が地平の彼方から顔を出し、日差しが大樹海を撫でていく。ナツキは殊の外ぐっすりと眠った。
「ん……朝か……」
 目覚めるとナツキは驚いた。クロは理解したのだろうか。ナツキが作った結界には踏み込まず、その手前で大人しくナツキが起きるのを待っていた。
「ギャウ」
「おはよう、クロ」
 ナツキは理解した。よほどの事がない限り、クロは自分を襲わない。こうなったら暫くの間、付き合ってやろう。本来なら今日中にエルサンドに着く予定だが、別に約束があるわけでもない。この大樹海でしばしクロの相手をするのも悪くない。ナツキは立ち上がると、大きく伸びをした。
「お腹が空いたかい? あんたのご飯を狩りに行くよ」
 ナツキとクロは、ふたりの住み家を出発した。

 ナツキのおかげでクロの胃袋が空になることは無くなった。野生動物の子供にとって、如何に腹を満たすかは生死を分ける問題だ。詰め込めるだけ詰め込んだ子供は、大きく丈夫な体へと成長する。数日も経つと、痩せていたクロの体は見違えるほど回復した。
「ほら、クロ! 大人しくしてな!」
 ナツキはクロを川岸の浅瀬に座らせ、蔦を丸めて作った即席ブラシで体を丁寧に洗ってやった。下着一枚でクロの背中に乗り、首筋から両肩、背中へと毛繕いをするように手入れをする。クロは岩に顎を乗せて腹ばいになり、気持ちよさそうに目を細めている。ナツキは体を洗ってやる事で、クロの成長を実感した。色のせいで小ぶりに見えるが、クロの全長は既に十三メートルはある。ナルガクルガの成体など知りはしないが、爪や嘴、翼膜の発達具合から見て、独り立ち出来る日は近い。もう一回りも成長すれば、立派に大型モンスターの仲間入りだ。
「ほら。翼を広げて!」
 クロはされるがままに翼を広げた。前足が完全に翼となっている飛竜、例えばリオレウスやディアブロスなどは、鳥と同じように人間の人差し指、中指に相当する第二指、第三指が長く伸び、翼を支える骨格となっている。一方、前足が手としての機能を残す飛竜種は、手首から逆向きに伸びた第六指が発達した骨格を持っている。ナルガクルガの翼もこの発達した第六指が翼膜を支えているが、更に特徴的なのが第六指骨格自体が太刀のようになっている点だ。手首から翼の先端に向けて外縁部分に鋭利な角質が備わっている。樹上から音もなく接近し、飛び掛かると同時にこの刃翼で獲物を切り裂く。モンスターでありながら、ナツキはその姿を想像しワクワクした。
 腰から後ろ足を綺麗にする。腰に受けた火傷の跡はまだ少し残っている。完全に消えるにはもう少しかかるだろう。最後に長くしなやかな尻尾を洗う。全長の半分もある長い尾を鞭のように振るう事は容易に想像できた。閃刀鞭を扱っていたナツキにとっては尚更だ。
「おや? こいつは……」
 尻尾の真ん中辺りの鱗が付け根や先端と異なる。矢尻のような鱗がびっしりと並び、その下から新しい鱗が生え始めている。
「へ――、なるほどなるほど。尻尾を振ってこいつを飛ばすんだね。暗闇からこいつが飛んできたら相当厄介だね」
 ハンターにも様々な狩猟スタイルがある。軽弩使いのナツキの真骨頂は攪乱と狙撃だ。軽快な動きで相手にロックオンさせず、動きを盗み死角から急所へバレットを叩き込む。一撃必殺の力は無くとも、相手を思い通りに翻弄し確実に死へといざなう。ナツキはクロの能力に通じる物を覚え、にやついていた。
「ほら、終わったよ!」
 ナツキはクロの腿をパシリと叩いた。クロはゆっくり起き上がると原っぱへと上がり、体を震わせて水を払った。そのまま柔らかい草の上にだらしなく腹ばいになり甲羅干しする。
「やれやれ。すっかりお前の油が付いちまったよ」
 クロの羽毛を覆う黒い皮脂がナツキの下着にしっかりと染み付いてしまった。不意打ちを得意とするモンスターだけに、体臭はほとんど無い。ナツキは下着を脱いで洗うと大きな岩の上に干した。ラディアンレッドの長い髪にもグリースのように付いている。ナツキは体を洗うついでに川の中へと飛び込んだ。
 豊かな裸身を清流が洗う。力強い日差し。涼やかな川音。のんびりと昼寝をするクロ。人魚のように水面を舞うナツキ。あまりにも平和な光景だ。だが、例え全裸を曝そうと、ナツキの背中には常に愛用のライトボウガンが背負われている。子供が親の苦労を知らぬように、この平和な風景はナツキによってお膳立てされたものだ。他の大型モンスターの徘徊コースを察知しながら出会う事がないようにクロを誘導し、この安らぐ空間を維持しているのだ。のんびりと満ち足りたクロとは対称的に、ナツキの意識は厳しい物になっていった。食っちゃ寝を繰り返すだけではブタになる。自分で餌を採り、縄張りを主張出来なければ、この大樹海では生きられない。
 ナツキは川の水に曝しておいたアプトノスの皮を手に川から上がった。草色の甲冑を着ると、二頭分の大きな皮を蔦で作ったロープで縫い合わせ、巨大な革袋にした。乾いた骨を組み合わせ芯を作り、大量の葦を巻き付けロープで縛る。だんだん大きな草玉になっていく。目を覚ましたクロが興味深げにナツキの作業を見ている。革袋に草玉を入れ、隙間を埋めるように草を詰める。革袋の口をロープで縫い付け全体の形を整える。軽く一メートルを越える皮のボールが出来上がった。クロが目を輝かせて近付いて来る。
「ほら、これで遊びな!」
 ナツキは巨大な皮ボールをクロの方へと思い切り蹴った。クロは皮ボールをパッと避けるとすかさず右手で弾いた。ボールが向こうへと転がっていく。
「ギャウギャウ!」
 クロはジグザグにジャンプし先回りすると、旋回して尻尾で弾いた。ボールがポーンと放り上がる。クロは興奮してボールを追いかけ回した。ナツキは原っぱの片隅に腰掛けると、嬉嬉と遊ぶクロを眺めた。
「少しは運動の足しになりゃいいけど……そろそろ狩りを教える頃だね」
 飢えた野生動物に餌付けをして狩りの本能を奪う事は、放置するよりも遙かに残酷な行為だ。クロに餌を与えてしまった事で、ナツキは既に責任を負う腹をくくっていた。
 クロが狭い原っぱを縦横無尽に飛び跳ねている。ナツキは両膝をポンと叩いて立ち上がった。
「ま、何とかなるさ」

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For the best creative work