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 モンスターハンター・ゼロ外伝 「黒き神の記憶」

 クエスト3 「大樹海デビューだよ!」
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 樹海の中、ポッカリ空いた原っぱで、ナツキはケルビに音もなく近づき真後ろに立った。ようやく気付いたケルビが逃げ出そうとしたその瞬間、ナツキはライトボウガンのストックでケルビの頭を強かに打った。ケルビは気絶し、力無く崩れた。ナツキはケルビをそのまま放置してスタスタと離れると、遠くで待つクロを見た。
「さあ。今度こそ仕留めてごらん!」
 ナツキは短く指笛を鳴らし合図した。
 ナツキはケルビを仕留めることをやめた。クロに狩りのやり方を教えるためだ。失神したケルビが起きるタイミングに合わせクロに襲わせる。初めはクロの近くまで運び、徐々にその距離を離していった。今日はジャンプだけでは届かない距離だ。今朝はまだ一頭も食べておらず、これが四頭目のチャレンジだ。一頭目は大ジャンプを試みたが全く届かず逃げられてしまった。二頭目は尻尾の鱗を飛ばしてみたが、使い慣れぬ飛び道具が当たるはずもなかった。三頭目は走って突進したが間に合わなかった。
 指笛を合図にクロは右前方にショートジャンプした。着地の反動をバネに獲物目掛けて大ジャンプする。目覚めたケルビが迫る。クロはケルビ目掛け右爪を思い切り振った。ケルビが逃げようとする一瞬にクロは届いた。だが届きすぎた。唸りを上げる爪はケルビの角をかすめ、勢い余ってケルビの向こう側に着地した。風圧にケルビがよろける。再び起き上がり逃げようとする。クロは慌てて腰を振り、長い尻尾で薙ぎ払った。漆黒の鞭が強かに捉える。ケルビの体が宙を舞い、そのまま地面に叩き付けられた。短くいななき動かなくなる。クロは警戒しながら近付くと、爪で軽く叩いた。まだ子供とはいえ大型モンスターの一撃だ。ケルビに耐えられるはずがない。クロは仕留めた事を確認すると、ケルビの前にチョコンと座りナツキを見た。ナツキが笑顔で手を叩いている。
「よーし。上出来だよ、クロ。さあ、お食べ」
「ギャウ!」
 クロは味わいながら食べ始めた。ナツキはクロの成長に満足していた。どうすれば獲物を仕留められるのか、自分で考えている事が分かる。ジャンプの精度も良くなってきた。ナツキはこの訓練で、基本となる自分の間合いを覚えさせた。相手との距離により行動を選択し、確実に攻撃を当てていく。賢いモンスターだろうと想像はしていたが、クロの上達はナツキの予想を上回った。
 空腹が満たされると、今度は接近の練習だ。初めはナツキが直接クロの顔を手で押さえ、接近するタイミングを教えた。慣れたら少し離れ、腕の動きで合図を送った。クロは徐々に自分でタイミングを計れるようになった。休憩しているときも、草食獣を見つけては近くまで接近し、驚かして遊ぶようになった。気配の消し方、動きの盗み方を覚えたようだ。
 更に数日後、ナツキはいよいよ標的を示すだけでクロに襲わせる訓練を始めた。数回の失敗を繰り返し、とうとうクロは自分の力だけでケルビを仕留めることに成功した。元々その資質を持つモンスターではあるが、クロの接敵能力はついに実戦レベルに到達した。自分で獲物を捕れるという実感に全身が震える。クロは自分で仕留めたケルビを歌うように食べた。ナツキはそんなクロを見ながら不敵な笑みを浮かべた。
「そろそろ大樹海デビューさせてもいい頃だね」

 ナツキはクロを連れ、樹林の奥へと分け入った。クロは周囲の気配が気になるようだ。
「お前にも分かるかい。これからが本番だよ」
 ナツキは振り向きクロの目を見てニヤリと笑った。これまでナツキはクロを安全に育てるために徹底して肉食獣との接触を避けてきた。だがそれでは不十分だ。ひとりでこの大樹海を生き抜くには、餌場となる自分の縄張りを持たねばならない。そのためには、他の肉食モンスターと渡り合い、蹴散らして行く必要がある。ナツキは手始めに、小型モンスターの群から襲撃させることにした。
 前方に幾つもの影が見えてきた。鮮やかな青い皮膚を持つ二足歩行のトカゲ風モンスター。鳥竜種ランポスの群だ。ランポスの全長はせいぜい三メートル程度。爪と噛み付きが主な攻撃方法だが、大型モンスターのクロに比べれば取るに足らない雑魚だ。一番の問題は群を成して襲ってくる事だろう。始めてクロに出会った時、クロの体には幾つもの傷があった。おそらくランポスのような小型モンスターの群に襲われて出来た傷だ。狩猟技術のない子供では、たとえ大型モンスターといえど奴らの獲物として狙われてしまう。
 クロの動きがぎこちない。クロにとってはこれが始めての実戦だ。ナツキは右手にライトボウガンを掲げクロを手招きした。見慣れぬ侵入者に群れがざわめく。次々と甲高い遠吠えを上げる。ナツキはクロを引き連れ、堂々と群れの真ん中へと進んだ。あっと言う間にランポスの群れが取り囲む。十頭以上いるようだ。興奮したのか、クロはしきりに周囲を見回している。
「胸を張りな、クロ。もう以前のお前じゃない。あんたの力を見せつけな!」
 ナツキは最初に仕掛けてきたランポスの眉間にバレットを叩き込んだ。それを合図に一斉に群れが襲い掛かる。ナツキはクロが尻尾を使いやすいように少しだけ離れた。クロは襲い来るランポスを素早く躱すと、反動を使い尻尾で薙ぎ払った。三頭のランポスが吹き飛んだ。だが流石に一撃では死なない。
 このクロの初陣で、ナツキの役目はランポスを倒すことではない。戦闘に不慣れなクロを無傷で勝たせ、戦う自信を付けさせることだ。ナツキは、自身も攻撃を躱しながらクロの背中を完璧に守った。
「ギャ――ゥ!」
 クロが雄叫びを上げた。動きから硬さが取れ、攻撃に鋭さが増していく。肉食モンスターが本来備えている闘争本能に目覚めたのだ。赤い瞳に徐々に光が宿っていく。ジグザグにジャンプし、あっさり包囲網を食い破る。爪で切り裂き、尻尾で群れを吹き飛ばす。
「こりゃ凄い……」
 ナツキは驚いた。切れも威力も狩猟練習とは桁違いだ。目で追う事さえ難しい。視野も予想以上に広く、ナツキのサポートにも気付いたようだ。ナツキを攻撃に巻き込まぬよう飛び回り、一頭、また一頭と仕留めていく。流れる眼光が赤い糸となってランポスの群れを死へと誘う。五分と経たずして勝敗は決した。かろうじて生き残った数頭のランポスが一目散に逃げていく。
「ギャ――ゥ!」
 クロは勝ちどきの咆哮を上げた。瞳の真っ赤な輝きが薄れていく。全身からうっすらと湯気が立ち上る。初めての全力機動だ。無理もない。ナツキはクロの息が整うまで距離を保った。クロはモンスターなのだ。攻撃衝動をコントロール出来ない内は、迂闊に近付くのは危険だ。ナツキはライトボウガンを肩に担ぐと、腰に手を当てて微笑んだ。
「よくやったね。上出来だよ、クロ!」

 ナツキはふたりの住み家周辺を徘徊するランポスやジャギィの群れを次々と襲わせた。クロの示威行動は直ぐに効果を現し、彼らはクロを見かけると、刺激せぬよう遠巻きに様子を窺うようになった。クロは確実に自分のテリトリーを広げたのだ。
 モンスターの縄張りといっても、明確に区分けされている訳ではない。対象とする餌事情など、利害の衝突が無ければ、たとえ縄張りが重なろうと基本的には問題無い。飛竜種のように空を飛べる者では、そもそも縄張りが広範囲となるため、複数の個体で重なるのが普通だ。大抵の肉食モンスターは、アプトノスやアプケロスなど体も大きく動きも遅い草食獣を主食とする。一方ナルガクルガは、同じ肉食モンスターでもケルビを主食としており、他の種との間での獲物の奪い合いが起こりにくい。競合するのは、ランポスなど小型の雑食モンスターが中心となる。その意味では、クロがこの大樹海で生きていく事は、それ程難しい事ではない。
「火もダメ、雷もダメ、寒いのも苦手で、一時はどうなるかと思ったけど……どうやら案外早く独り立ち出来そうだね」
 いつもの川辺の原っぱで、ナツキは木に登り枝の上でくつろいでいた。クロは皮のボールで遊んでいる。突然、クロは耳をそばだてた。原っぱに遊び相手がやってきたのだ。自分の力に目覚めたクロは、最近新しい遊びを覚えた。猪のブルファンゴをからかう遊びだ。クロはブルファンゴに近付くと、尻尾の先でちょっかいを出した。小突かれたブルファンゴが怒ってクロに突進する。クロはギリギリまで引きつけるとサッと身を躱し、すれ違うブルファンゴのお尻を尻尾の先で突っついた。勢い余ったブルファンゴはバランスを崩し、地面をゴロゴロと転がった。
「ギャッギャッ」
 クロが笑っている。仲間のブルファンゴが加勢した。クロは最小の動きで巧みに躱し、ブルファンゴのお尻を叩く。ナツキはクロの遊びに苦笑した。だがこれはボール遊びなどより遙かに実践的で効果的だ。
 攻撃の回避行動は出来るだけ小さい方がいい。小さい回避なら隙も少なく、直ぐに反撃に転ずる事が出来るからだ。ライトボウガンの立ち回りにおいても、モンスターの攻撃を回転回避して大きく避けるより、サイドステップやバックステップで小さく回避した方が反撃に繋ぎやすい。クロが回避したブルファンゴのお尻を突くには、大きく避けたのでは間に合わない。元々この遊びが、ナルガクルガが本能的に知っている遊びかどうかは分からない。だがこの遊びによって、クロの戦闘技量が自然に向上する事は明らかだ。
 ブルファンゴが三頭になり、さすがにお尻を突くのが難しくなってきた。どこからともなく、更に二頭現れ加勢する。もはや余裕は無い。一頭のブルファンゴの牙が、クロのお尻を突っついた。
「ギャウ!」
 たまらずクロは素早く旋回して尻尾で薙ぎ払った。カウンターを喰らったブルファンゴたちがクロの周囲でひっくり返り、足を痙攣させてのびている。ブルファンゴにとっては全くもって迷惑な遊びだ。
「ん?」
 ナツキは樹林の奥から迫る気配に気付き、クスクスと笑った。
「おやおや、クロ。どうやらオイタが過ぎたようだよ」
 茂みが大きく揺れている。数頭のブルファンゴと共に、小山のように大きな猪が現れた。ブルファンゴの群れを束ねる大猪、ドスファンゴだ。弓なりに大きく伸びた太い牙。頬と背には威厳溢れる白い剛毛を生やしている。ナツキはその大きさに息を呑んだ。体長が十メートル近くもある。紛れもなくキングサイズだ。こんなに大きな奴は見た事がない。それだけこの大樹海が豊かな証だ。
 ドスファンゴが悠然と茂みから出てくる。体のあちこちに経験を物語る大きな傷が幾つもある。明らかに大型モンスターとやり合った傷だ。ドスファンゴには突進以外に攻撃方法は無いが、決して侮れる物ではない。陸の女王と呼ばれる雌火竜リオレイアでさえ、その突進を華奢な脚に喰らえば、たちまち地面に這いつくばる事になる。歴戦の勇士の風格が漂っている。明らかにこの辺りの顔役モンスターだ。
「道理でこの辺りの草食獣が豊富だった訳だ」
 ファンゴはキノコなどを主食とする。捕食される事もあるが、本来ならば肉食モンスターとは縄張りは競合しない。だが、肉食モンスターに島を荒らされ仲間の数を減らされれば、縄張りの縮小を余儀なくされる。クロは知らず知らずの内に奴の舎弟をボコっていたのだ。只で済む道理がない。
「こりゃ、加勢しないと駄目なようだね」
 ナルガクルガも動きに特化したモンスターだ。刺しの勝負なら、ドスファンゴに後れを取る事は無い。だが、少々手下が多すぎる。奴が連れているブルファンゴたちも、普通の奴より一回り大きい。ナツキは樹上からライトボウガンを構えた。
 一番槍のブルファンゴがクロに突進する。だがクロに届く前に、ナツキの放ったバレットがブルファンゴの顔を直撃した。ナツキはクロに向かい叫んだ。
「クロ! 雑魚は任せな! 思いっきりやっておしまい!」
 ナツキの放つバレットが次々とブルファンゴを排除する。クロはドスファンゴを睨み、雄叫びを上げた。ドスファンゴもまたクロを睨み付け、土煙を上げて蹄を掻いた。地響きを立て大砲のような突進が襲う。クロが大きく身を躱すとドスファンゴは急カーブし再びクロを襲った。身を翻し初手を躱した。だがクロもまた、反撃する事が出来ない。ドスファンゴはクロに向きを変え、蹄を掻くことなくいきなり突進した。クロは動体視力、運動能力を駆使し回避する。
「これじゃ防戦一方だね……やはり手伝ってやるかな?」
 ナツキはブルファンゴを仕留めながら迷った。クロが大きく身を翻す。背後を取ったブルファンゴがクロを襲った。ナツキの位置からではクロが邪魔になり射線が取れない。
「クロ!」
 ナツキが叫んだ。クロは振り返ることなく尻尾を振り、背後のブルファンゴを吹き飛ばした。クロの目は驚くほど澄んでいた。
「お前……」
 クロは反撃のチャンスを窺っている。ナツキはクロに任せる事にした。ドスファンゴが誘導ミサイルのようにクロを襲う。クロは奴の動きを読み、積極的にジグザグジャンプを続けている。奴との距離を一定に保つように回避しているのだ。疲れたドスファンゴの足が止まる。クロの脚力が勝った。最後のジャンプで襲いかかる。斜め後方から爪を思い切り浴びせた。剛毛ごと皮膚を裂き、鮮血が飛び散る。一瞬よろけると、ドスファンゴはクロから距離を取った。クロへと向き直ると、鋭い眼光で睨み付けた。奴が本気になったのだ。体を左右に揺らし、蹄で何度も地面を掻く。勝負を掛ける気だ。クロもいつでも動けるよう身構えている。大きく地面を掻き、ドスファンゴが突進した。体を左右交互に傾けながら蛇行して突進してくる。クロは大きくジャンプして回避した。
「どうやら勝負あったね。その技はクロには通用しないよ」
 ナツキは勝敗を見切った。蛇行突進は、敵に捕捉させずに体当たりする技だ。火球を放つリオレイアなどには確かに有効な戦法だが、脚力に上回るナルガクルガ相手では通用するはずもない。二発目の蛇行突進を、クロは更にその外側へジグザグにジャンプしドスファンゴを追い詰めた。足が止まった瞬間、クロの刃翼がすれ違いざま奴の背中を襲った。クロは反対側へ着地すると素早く向きを変えた。間近に二頭が睨み合う。ドスファンゴの背中が裂け、鮮血が噴き上がった。体が傾く。だが奴は前足の膝を地面に突くと、そこで堪えた。そのまま暫く睨み合うと、奴の目から闘気が消えた。クロに背を向け樹林の奥へと帰って行く。舎弟のブルファンゴたちも後を追う。この原っぱ近辺の新しい序列が決まったのだ。
「ギャウゥ」
 クロはナツキを見上げた。ナツキは枝から飛び降りるとクロに駆け寄り、優しく頭を撫でてやった。
「今度からファンゴと遊ぶ時は、怪我させない程度にしてやりな」
「ギャウ」
「おや。お前わかったのかい?」
 ナツキは笑いながらクロの頭を抱きしめてやった。

 クロの訓練もいよいよ大詰めだ。独り立ち出来る日は近い。ナツキは散策する範囲を更に広げた。果樹の多い樹林へ足を踏み入れる。どこからか甘い香りが漂ってくる。ナツキが上機嫌にしていると、クロの足が鈍り始めた。
「どうしたの、クロ? ほら、行くよ」
 低音の猿の声が響く。向こうの樹上に桃色の影が見えた。どうやらこの辺りは、ピンクの大猿、コンガのテリトリーのようだ。コンガは桃色の体毛をしたデブのゴリラのようなモンスターである。背丈は人間と同じくらいだ。鋭く長い爪を持ち、分類上は牙獣種モンスターに属する。キノコや果実、肉さえも食べる大食らいの雑食で、かなり好戦的な小型モンスターだ。猿だけにそれなりに頭も良く、集団行動を得意とする。奴らの最も厄介な点は、攻撃に利用するオナラだ。粘着性のあるオナラは一度付着するとなかなか取れず、強烈な刺激臭によって口を開ける事すら困難になる。
 樹上の一頭が警戒の声を上げる。なんとも人を小馬鹿にしたような鳴き声だ。枝葉や草の間から沸くように、次々とコンガが現れる。ナツキとクロを取り囲み、こちらの様子を窺っている。樹上の一頭がナツキに木の実を投げてきた。ナツキは気配だけでそれを躱すといつの間にかライトボウガンを抜き、実を投げてきたコンガの足を撃ち抜いた。枝から足を滑らせ、地面に叩き付けられて死んだ。仲間の死に群れが一斉に騒ぎ出す。
「鬱陶しいエテ公どもだね」
 数が多い。追い払うにも、もう少し広い場所に出た方がいい。前方に緑の大屋根を持つ開けたスペースが見えてきた。ナツキは歩を早めた。
「行くよ、クロ!」
 ナツキはクロを振り返った。そわそわと回りを気にしている。明らかに様子がおかしい。興奮、いや、怯えているのか。
「クロ!」
 ナツキは一喝すると広場へと走った。我に返ったクロも慌てて後に続く。興奮したコンガたちも一斉にふたりを追いかけた。広場へ飛び出る直前、ナツキは小さく吐き捨てた。
「チッ。いやがったか!」
 広場へ飛び出すと、反対側の奥にピンクの大仏が座っている。頭には先端が尖った黄緑のトサカ。尻尾で大きなキノコを掴み、口まで運んでモシャモシャとかぶりついている。コンガたちのリーダー、ババコンガだ。全高は六メートル程度、尻尾までの全長は軽く十メートルを超える。コンガたちが退路を塞ぐようにナツキとクロを包囲する。クロはババコンガに気付くと小さく身を縮め震えだした。ババコンガはクロを一瞥すると、まるでくだらない物でも見たかのように無視して、その場にゴロンと横になった。
 ナツキはようやく理解した。初めてクロと出会ったあの日、クロの全身にあった傷はランポスやジャギィの物じゃない。こいつらにいいように嬲られたのだ。既にクロの体は目の前のババコンガより大きいというのに、ひとりで逃げ惑っていた時の記憶がクロの脳裏に焼き付いているのだ。ナツキのアドレナリンがいっぺんに沸騰した。
「怯える事なんて無いんだよ、クロ! 今のお前は、こんな桃猿どもの何倍も強いんだ!」
 ナツキはそれと気付かぬほど素早く銃口を向け、クロを爪に掛けようとしたコンガをヘッドショットした。
「戦いな、クロ!」
 爪や尻尾で応戦する。だが、動きにまるで精彩が無い。記憶がクロを縛り付けているのだ。ナルガクルガから動きを取ったら、只の大きなぬいぐるみだ。コンガたちは次々とクロに噛み付き、爪を立てた。
「クロ!」
 クロがまともに動けないのでは援護のしようがない。
「チイッ!」
 ナツキは壱式貫通弾(現在の貫通弾1)を装填した。素早い動きでコンガが複数重なる位置に射線を取った。一発の貫通バレットがコンガを次々と貫いていく。威力効果は弐式弾の半分しか出せないので簡単には倒せないが、クロをコンガの攻撃から守る分には有効だ。ボウガン使いの間で俗に言う『二頭撃ち』の応用である。それでも総ての攻撃を防ぐ事は出来ない。一つ、またひとつと攻撃される。
 だが、クロの意識は同じでも、体格は当時とは違っている。分厚い筋肉、丈夫な皮膚、しなやかな体毛。コンガの攻撃は以前ほど痛みを伴わない。もはや以前の自分ではない!
「ギャ――ゥ!」
 クロは自分を奮い立たせるように雄叫びを上げた。旋回し周囲を薙ぎ払う。何頭かは弾き飛ばしたが、飛び跳ねて躱す者もいた。まだ動きが硬いのだ。それでもクロは少しずつ確実に反撃した。爪を浴びせ、刃翼で切り裂き、尻尾を豪快に叩き付ける。コンガたちは徐々にその数を減らしていった。
 寝転がっていたババコンガが異変に気付き、ムックリと起き上がった。ギロリとクロを睨み、堂々とクロに近付いてくる。
「格好つけてんじゃないよ、このウ○コ猿が!」
 ナツキはクロの前に割って入り、ババコンガの顔面に弐式弾をお見舞いした。ババコンガは予期せぬ攻撃に顔を掻いて怯んだ。ナツキはターゲットをババコンガへ絞った。こいつは、こいつだけは倒さなければならない。それがクロが大樹海で生きていく絶対条件だ。ナツキはババコンガの頭を集中的に狙った。リロードの隙を横からコンガが襲う。バックステップで躱すとゼロ距離射撃でコンガの脇腹へバレットを叩き込んだ。
「邪魔だ――!」
 赤い髪を振り乱しナツキが猛る。ババコンガの突進をサイドステップで紙一重で躱し、振り向きざま大きなケツをしばく。ババコンガが顔を真っ赤にして吠える。右に、左に、長い爪がナツキを襲う。ナツキはあざ笑うかのようにステップで躱しきった。動きの止まった頭部へ確実に攻撃を当てていく。ナツキは常に戦闘をリードした。
 クロはババコンガ相手に一歩も引かぬナツキに目を奪われた。
「ギャ――ゥ!!」
 戦え。戦え! クロは自分を鼓舞した。硬さがだんだん取れていく。長い尾で周囲を刈り取る。ピンクの毛玉が放物線を描いて撒き散らされる。ナツキとババコンガが対峙している。クロは大きなピンクの背中目掛け突進した。だが、ババコンガはクロの動きに気づいていた。
「よけて!!」
 ナツキが叫んだが遅かった。ババコンガはクロの突進に、特大のカウンターオナラを浴びせた。
「ギャゥ――!」
 強烈な臭いに目眩を起こし、クロの闘気が根こそぎにされた。ババコンガはそのまま後ろ向きにジャンプし、デカイお尻でクロの頭を踏みつけた。たまらずクロがダウンする。コンガたちが寄ってたかって追い打ちする。
「クロ!」
 ナツキがコンガたちを弾き飛ばす。クロが震えながら起き上がる。その目はもはや負け犬の目だった。慌てて飛び立つと、緑のドームを突き破り逃げていった。ババコンガは勝ち誇った笑みを浮かべ、クロの背中をあざ笑うように吠えた。
「図に乗るな!」
 ナツキのバレットがババコンガの眉間に炸裂した。おでこが裂け、自慢のトサカが破裂した。ひっくり返り地面に這いつくばる。そのままナツキを睨む。ナツキは夜叉の形相で睨み返した。ババコンガは怯むと身を翻し、慌てて広場から逃げていった。残りのコンガたちも慌てて後を追う。
 土煙が総て治まると、広場にはひとりナツキだけが残された。たった今の戦闘が嘘のように樹林に静寂が訪れる。ナツキはライトボウガンを手にしたまま、ゆっくりとクロが飛び去った辺りを見上げた。
「クロ……」
 ナツキは大きく溜息を吐いた。

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