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 モンスターハンター・ゼロ外伝 「黒き神の記憶」

 クエスト5 「いくよ相棒!」
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 ナツキはクロが仕掛けるより先に銀レウスの右側へ回り込み、奴の足へ壱式貫通弾を叩き込んだ。足にダメージを与え、少しでもクロの機動性を優位にするためだ。火竜は大きく発達した翼を持ち、飛行能力は飛竜種の中でも群を抜いている。だがその代償として、体重を軽くするため両足は比較的華奢な作りをしている。リオレウス・リオレイア戦において、足への攻撃はハンターの基本戦略のひとつだ。
 銀レウスはナツキに振り向き、鋭い眼光で睨んだ。クロはその隙を逃さず正面から飛び掛かった。だが銀レウスはそのまま体を回し、尻尾で飛び掛かるクロの黒爪をあっさりと弾いた。クロはいなされ、そのまま反対側に着地した。慌てて向き直り体勢を立て直す。ナツキはその間に更に二発のバレットを奴の足に叩き込み、すかさず次弾を装填した。確かに硬そうな鱗だが手応えはある。銀レウスはナツキをギロリと睨むと、炎を吐きながら突進し噛み付いてきた。間合いは充分ある。だが炎を吐いている分攻撃範囲が広く、予想以上に余裕が無い。ナツキが回転回避で躱す間に、クロは銀レウスの斜め後方へジャンプし、そこから刃翼で襲い掛かった。リオレウスのように翼が発達した飛竜種は、地上戦においてはどうしても自分の翼膜が死角を作る。クロはそこを突いたのだ。だが銀レウスもその程度の事は心得ている。クロの攻撃に翼を合わせて受け流す。僅かに傷付ける事しか出来なかった。クロがナツキのそばに着地する。その背中目掛け、銀レウスが口から火球を放った。クロからは完全に死角だ。
「クロ!」
 ナツキは腕を振り合図した。間一髪、クロは横っ飛びで回避した。火球が下草を焼き火柱が上がる。銀レウスの攻撃は余りにも重い。ここまで二人掛かりで優位に攻めてはいるものの、こちらの攻撃はさしたる効果を上げていない。ライトボウガンは攻撃力が小さく即効性に欠ける。クロの攻撃は当たれば大きいが、クリティカルヒットさせるには奴が対応できないほどの動きとテクニックが必要だ。だが今のクロではそのどちらも備えていない。ナツキにも、クロの誘導に専念するだけの余裕は無い。奴の攻撃を一発でも喰らえば、形勢はあっさりと逆転する。
「こりゃ、厳しいわね」
 ナツキはクロの動きを制限しない位置取りに気を付けながら、銀レウスの足を正確に攻撃し続けた。銀レウスがナツキに火球を放った。その隙にクロがジャンプし爪で襲う。銀レウスはすぐさま振り向き対応しようとした。だがナツキは火球をサイドステップで最小限に躱し、すれ違いざま壱式貫通弾を奴の頭に叩き込んだ。予期せぬ攻撃に銀レウスの注意が逸れる。クロの黒爪が奴の背中を捉えた。今度はしっかりと爪痕を残した。だが次の瞬間、銀レウスは大きく羽ばたき、後方へふわりと舞い上がった。風圧にクロの動きが固まる。銀レウスは高出力の火炎ブレスを一面に撒き散らした。爆炎が次々と炸裂する。直撃こそ避けたものの、クロは炎を浴びてしまった。出鱈目に連続ジャンプして慌てて炎を消す。火が消えクロの足が止まったその瞬間、空中から銀レウスが滑るように襲い掛かった。両足の鉤爪でクロの背中を鷲掴みにした。
「ギャゥ――ッ!」
 銀レウスはマウント状態のままクロを押さえつけ、口いっぱいに炎を溜めた。クロの後頭部目掛け大きく振りかぶる。
「クロ!!」
 足への執拗な攻撃がようやく功を奏した。火球を放つ直前、激痛に足がよろけ鉤爪を放した。銀レウスはそのまま落下し地面に倒れた。クロは慌ててジャンプして逃げた。だが着地の瞬間、足の踏ん張りが効かなかった。地面を滑り這いつくばる。毒を喰らったのだ。火竜の鉤爪には猛毒がある。足が震え、目が霞む。背中に打ち込まれた毒がクロの体を蝕んでいく。
 ナツキが援護射撃する。銀レウスは起き上がると構わずクロに火球を放った。クロはショートジャンプでかろうじて躱した。だが着地と同時に足がもつれ、その場に大きく倒れ込んだ。手足に力が入らない。ナツキはクロの元へと走った。銀レウスは、今度は外さぬとばかりに火球を口一杯に溜めた。クロは真っ赤な瞳で銀レウスを睨んだ。だが動く事が出来ない。火球がクロ目掛けて一直線に放たれた。やられる!
 次の瞬間、クロの前にナツキが飛び出した。全身で火球を受け止める。炎に包まれたナツキの体が衝撃でクロの前に飛ばされた。ナツキはそのまま地面を転がり急いで火を消した。クロの網膜に、盾となって死んだ母の姿がフラッシュバックする。クロは目を見開いて吼えた。
「ギャウギャウギャウ――!!」
 ナツキはよろけながら起き上がると、クロの嘴に捉まった。
「慌てなさんな。まだ死んじゃいないよ。もっとも、受けきる覚悟が無けりゃ危なかったけどね」
 ナツキの草色の甲冑には雌火竜リオレイアの素材も使われている。多少なりとも火耐性を備えていた事が幸いした。だが重傷を負った事に変わりはない。二発目は到底耐えられない。クロもまだ起き上がる事が出来ない。万事休すだ。
 一瞬、静寂が訪れる。何故か銀レウスはそれ以上攻撃してこなかった。離れたままその場を動かず、じっとクロとナツキを見ている。
「ギャ――」
 短く吼えるとゆっくり後ろを向き、ふたりから離れていった。勝敗は決したという事なのか? ナツキはクロに手を貸し立ち上がらせた。
「クロ、今の内に逃げるよ!」
 クロを押し、広場の外へと誘導する。今度はさすがにクロも黙ってナツキに従った。広場を出る時、ナツキは銀レウスに振り返った。銀レウスはクロの母親の所まで来ると、その上にゆっくりと腰を下ろした。
『あの野郎! クロの母親を玉座代わりに!』
 ナツキは血が滲むほど唇を噛み、怒りを堪えながらユグドラシルの前広場を脱出した。

 付近にモンスターがいない事を確認すると、ナツキは回復薬をあおり、クロを茂みの影に座らせた。急いで背中へ駆け上がり兜を取る。口を爪痕に突っ込み毒を吸い出す。出血は思ったほどではない。体毛と太い筋肉が鉤爪から急所を守ったようだ。総ての傷跡から毒を吸い出すと、クロも少しは楽になったようだ。ナツキはクロを立たせ、ふたりの河原に向けて敗走した。
 ようやく原っぱに辿り着く。水辺まで来ると、クロは崩れるように倒れた。ナツキは急いで薬草と解毒草を掻き集めた。揉み合わせ傷口に摘める。シダの葉で覆いネンチャク草で固定する。包帯の代わりだ。余った薬草と解毒草をクロに食べさせる。ナツキは改めてクロの全身を確認した。火傷の跡はそれ程ではない。シダの葉を水で濡らし火傷の跡に貼っていく。治療を総て終えると、疲れ切ったナツキはクロの前にへたり込んだ。
「ギャゥゥ?」
 クロがナツキを不安げに見ている。ナツキは疲れた笑みを返した。
「ヘッ。アタシなら心配要らないよ。アタシにはこいつがあるからね」
 ポーチからゴルフボール大の黄色い丸薬を取り出した。
「こいつはマリーベルの秘薬でね。故郷の薬ジジイが作った、唯一役に立つ薬だ。どんな傷でも一晩でケロリと直っちまう」
 ナツキは苦い丸薬にかじり付き、水筒の水で飲み下した。
「お前も咽が渇いただろ」
 ナツキは水筒の水をクロに飲ませた。クロは咽を鳴らして美味しそうに飲んだ。ナツキは空の水筒に水を汲み、クロが欲しがるだけ飲ませた。回りではケルビやアプトノスが遠巻きに見ている。あいつらが騒がない限り安全だ。ナツキは大の字に横たわり空を仰いだ。白い雲がゆっくりと流れていく。
 ナツキは先の戦いを振り返り落ち込んでいた。ライトボウガンで足を攻める場合、壱式貫通弾を使うケースは少ない。ダメージが足から体幹へと抜けて蓄積の効率が悪いからだ。スナイパーのナツキは、普段は弐式弾を使い、右か左どちらか片方の足だけを狙い撃つ。ダメージを早く蓄積させ、転倒させる方向までもコントロールする。
「あたしゃ、びびっちまってたんだね……」
 まるで鎧のように光る銀レウスの姿に、弐式弾が通用するか不安を覚えたのだ。ナツキはクロとの生活によって、腕がなまっていることを痛感した。足への攻撃があと少し遅れていれば、銀レウスはマウント状態のまま火炎を浴びせ、クロは死んでいた。弐式弾で攻撃していれば、難度は高いが銀レウスを撃墜し、クロを毒爪から守れたはずだ。だが、それも所詮は結果論に過ぎない。他の選択肢でも、生きて帰れた保証は無い。運が良かったのだ。
「あの銀のリオレウス……強かったね……」
 自身の攻撃の隙さえも活かし、二手先、三手先まで読んでいた。状況に合わせ攻撃を繰り出すだけのクロとは雲泥の差だ。堂々たる体躯、圧倒的な攻撃力、老練な戦術、どれを取ってもクロでは遠く及ばない。だが、それだけにナツキには理解できなかった。クロの母親がこの大樹海の覇者として君臨した事実が。
 火竜リオレウスは空の王者と呼ばれている。それはその姿に負う所もあるが、何よりも行動そのものに王者の風格がある事が大きい。モンスターの行動にはそれぞれ特徴があり、掟や誇りも存在する。あの銀のリオレウスは同じ火竜の中でも頂点に位置する存在だ。まさに王者の中の王者だ。その奴が、クロの母を倒すため、卑劣にも幼いクロを襲った。王者のプライドを捨て、子供を囮にしなければ倒す事が出来なかった。
 ナツキはクロを見た。クロは体を癒すために眠っている。クロの母親は、体格ではあの銀レウスに引けを取らなかっただろう。戦術では勝ったかもしれない。だがこのモンスターはそもそも火を苦手としている。大樹海の頂点に君臨するからには、火炎を操る火竜の挑戦を幾度となく受けたはずだ。そしてそれを総てことごとく退けた。ナツキが見る限り、このモンスターの基本戦術は奇襲だ。初手でダメージを与え動きで翻弄する。暗殺者こそがこのモンスターの称号に相応しい。だが、暗殺者では王にはなれない。王者は挑戦を受ける側で、そもそも奇襲が成立しない。にもかかわらず、クロの母は長期に渡り、この大樹海の覇者として君臨した。
「いったい、この子のどこにそんな能力が隠されてるってんだい……」
 その夜、ナツキはケルビの毛布にくるまりながら夢の中でうなされた。
 ここは荘厳なナルガクルガの王宮。ナツキとクロは、赤い絨毯の上を真っ直ぐに進んでいる。両脇には堂々たる体格のナルガクルガが何十頭も整然と並んでいる。ナツキとクロは一際高い玉座の前に立った。見上げると、凛として座すクロの母の姿があった。煌めく王冠を戴き、真っ赤なケープを羽織っている。ナツキはクロを示し訴えた。
「ほら、ご覧よ。クロはこんなに立派に成長したよ!」
 だが、クロの母は、嘆きさげすむ目でナツキとクロを睨んだ。
「我が子はそのような腑抜けではない!」
 ナツキは愕然として、両手を付いてへたり込んだ。
「そ、そんな〜!」
 母の冷たい視線にクロがウルウルと泣いている。
「ウ──ン、ウ──ン!」
 ナツキは悪夢に藻掻きうなされながら朝を迎えた。

 ナツキはクロを住み家で休ませた。薬草を換え、餌を運ぶ。クロの回復は思ったより早かった。あと二、三日もすれば傷は完全に消えるだろう。
 ナツキは素材の採取をしながら今後の事を考えた。クロに何とか仇を討たせたい。だが今のままではダメだ。クロが一人前の戦士となるよう、もっと鍛える必要がある。そのためには、様々な大型モンスターと渡り合い、自分の技を磨かねばならない。そして、ナルガクルガの持つ本当の力に目覚めさせるのだ。
 ナツキは長く丈夫な蔦を何本も集めた。バレットを大量に調合し、予備の調合素材を集める。干し肉を作り、回復薬などのアイテムを揃える。思いつくままに、クロのための丸薬を調合する。手製の収納籠に詰め、旅支度を調える。防具を補修し、ライトボウガンをオーバーホールする。数日後、総ての準備が整った。クロの傷もすっかり回復した。朝食のケルビを自分で狩り、原っぱで元気に遊んでいる。
「クロ! おいで!」
 完全武装したナツキはクロを呼んだ。蔦を編んだ首輪をクロの首に取り付ける。その回りに、丈夫な手綱を何重にも巻いた。クロが首輪を気にしている。ナツキは手綱をツンツンと引き、首輪を弄らぬようクロの注意を引いた。
「クロ。これからあたしたちは修行の旅に出るよ。アタシはもうあんたの保護者じゃない。相棒だ。武者修行で力を付けて、おっかさんの仇を討つんだ! アタシも最後まで付き合う!」
 超一流ハンターの厳しい表情を向ける。クロの顔に緊張が走った。
「背中を借りるよ」
 ナツキはクロの背中に登るとうなじに跨った。クロは顔だけ振り返りナツキを確認した。
「ギャウ?」
 クロも満更ではないようだ。ナツキは手綱の一本を腰に結ぶと、クロの首を優しく叩き、空を指差した。
「よし。それじゃ、出発だよ!」
 クロはナツキを落とさぬよう羽ばたくと、住み慣れた河原を飛び立った。
 大樹海は広い。数多の大型モンスターが、日夜縄張り争いを続けている。クロより強いモンスターは星の数ほどいるだろう。強い奴に会いに行く。そしてふたりでユグドラシルを目指すのだ。
「待っていろ、銀のリオレウス!」
 クロとナツキは、緑の海原へと乗り出した。

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For the best creative work