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 モンスターハンター・ゼロ外伝 「黒き神の記憶」

 クエスト7 「やるっきゃないね」
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 大怪鳥の丘を発ったナツキは、ひとまず大樹海の北限を目指す事にした。イャンガルルガ戦より一週間、今のところさしたる強敵に出会っていないがナツキは気にしなかった。今のクロに必要なのは経験を積む事だ。自分の能力を熟知させ戦いのコツを掴ませる。強敵とやる事は重要だが、連戦ともなれば疲労ばかりが蓄積し、かえって逆効果となる。その為にわざわざユグドラシルを離れたのだ。焦る必要は無い。むしろナツキはこの機を利用し、改めてクロの生態を分析しようと考えていた。
 クロの第二戦は再びババコンガだった。もはやクロはババコンガへの苦手意識を克服し、ナツキの手を借りることなくあっさりこれを撃退した。三戦目は甲殻を持つ大熊アオアシラとの遭遇戦だったが、全長七メートル程度の中型モンスターではクロの相手が務まるはずも無かった。クロはアオアシラの突進をブルファンゴ遊びの要領で軽くあしらい、モンスターとしての格の違いを見せつけた。
 そして昨日は、林の中で毒狗竜ドスフロギィ率いるフロギィの群れに遭遇した。フロギィの大きさはジャギィと同程度。全高は人間より低い。群れを率いるドスフロギィも、ドスジャギィと同じ大きさの中型モンスターだ。ただ、フロギィはジャギィと違い毒霧という武器を持つ。大きな喉袋に毒を溜め、口から霧状にして吐き出すのだ。特にリーダーのドスフロギィが吐く毒霧は、毒性も強く数秒間空中を漂う。只でさえ移動に制限のかかる林の中でフロギィの群れとやり合うのは、出来れば避けた方がいい。ナツキはそう考えた。だがナツキの予想に反し、クロはフロギィの毒を物ともせず林の中を飛び回った。
 モンスターとの戦いで毒を喰らうケースは大きく分けて三つある。ひとつは傷口から体内に直接打ち込まれるケース。リオレウスやイャンガルルガの攻撃がそれだ。二つ目は、呼吸など鼻や口から体内に取り込んでしまうケース。そして三つ目は皮膚に直接影響するケースだ。モンスターに対し体の小さいハンターが毒霧などを喰らった場合、小さいが故にどうしても毒を吸い込んでしまう。だが大型モンスターの場合は体自体が大きく、顔に喰らわない限り毒を吸い込むリスクは低い。強いびらん性の毒ならば話は別だが、フロギィの毒霧が体に触れた程度では、クロには全く効果が無かった。
「体毛と黒い皮脂のおかげかねえ。毒への耐性も付いてきてるのかしら」
 勿論クロも全く無警戒という訳ではない。特に滞留時間の長いドスフロギィの毒霧は、明らかに意識して回避していた。
「クロったら……遊んでやがるね!」
 林の中で毒霧が道を塞げば、ある意味それは迷路と同じだ。クロは木と毒霧が作り出す迷路を瞬時に判断しながら飛び回り、フロギィを一頭ずつ遊ぶかのように小突いていった。クロは自分の力と相手の能力を見切り、本気を出す必要の無い相手と判断したのだ。遊び相手となれば攻撃にも手心を加える。ドスフロギィが毒霧を吐くモーションを盗み、素早く背後に回り込む。
「ギャッギャッ」
 黒爪で背中を小突き、楽しそうに笑っている。
「ったく、ろくでもない遊びを覚えて、この子は!」
 結局、クロに散々弄ばれ、ドスフロギィ率いる群れはヘトヘトになって逃げていった。
 薄暗い林の中でも毒霧や樹木の位置を正確に把握し、瞬時に判断し行動する。広い視野と優れた暗視能力、高い空間認識力。ナルガクルガの高度な機動力はそれらに裏打ちされている事を、ナツキは改めて理解した。

 この一週間で、他にも気付いた事があった。クロが木の上で寝る事だ。川沿いの住処にいた頃にも、クロが木の上で昼寝をする姿は何度か見掛けていた。ナツキはそれを、たまたま気に入った場所を見つけた程度に考えていた。武者修行に出てからというもの、寝床を探すとクロは決まって木の上を選んだ。
「このモンスターは、元々木の上を好むんだね」
 幾ら空を飛ぶとはいえ、飛竜の体は二十メートル近くもある。森丘や密林でよく見る普通の木では、寝床はおろか枝に留まることさえ難しい。クロが本能的に木の上を好むということは、樹海のような巨樹の豊富な土地に適応したモンスターだという事だ。
「本来、大型モンスターは食物連鎖の頂点に位置している。木の上なんかで寝なくたって、外敵に襲われる心配は無いのに……」
 クロが木の上を寝床に選ぶため、ナツキもそれに付き合わざるを得なかった。樹上で寝るだけあり、ナルガクルガは非常に寝相が良い。ナツキは旅の間、クロの腕や翼膜に寄りかかって寝る事になった。

 ナツキとクロは少し開けた場所に出た。小川が涼やかな水音を立てている。辺りには草食モンスターが数頭いるだけで、これといって危険は無い。ナツキはここで小休止することにした。クロはケルビを見つけると、気配を殺し近付いていった。
「やれやれ。クロといるせいで、だいぶ皮脂が付いちまったね」
 草色の甲冑の凹凸に黒い皮脂が染み込み、所々黒ずみ始めている。ナツキは小川に近付くと、甲冑も下着も総て脱いだ。クロの黒い皮脂は臭いも無くサラサラしている。ナツキはとりあえず下着だけ洗う事にした。白かった下着は既に漆黒に染まっている。ナツキは日の当たる岩の上に干すと、小川に入り体を洗った。遠くでクロが嘴を鳴らし歌うようにケルビを食べている。出会った頃ほどではないが、クロの体は未だに成長を続けている。十分な食事と適度な運動により、筋肉もどんどん太くなってきた。ナツキは逞しく成長するクロに目を細めると川から上がった。岩に腰掛け干し肉をかじる。
「クロの体は……あまり洗わない方がいいのかねえ……」
 クロが自分から水に入る事は滅多に無い。ナツキが体を洗ってやると、流れた皮脂を補うように皮脂の分泌が強まる。住処で生活していた頃は、総てナツキがお膳立てした環境だった。寝床も皮脂も今の状態こそがこのモンスター本来の姿だろう。クロの本当の力を引き出すには、クロの好きにさせる方が望ましい。
「モンスターの世話ってのも、なかなか難しいもんだね〜」
 少し早めの昼食を終え、ナツキは再び甲冑に身を包んだ。北の方角を見上げると、木々の間から高い峰が迫って見える。大樹海の北側には高地があり、そこが大樹海の北限となっている。この小川も、あの峰を水源としているのだろう。
 ナツキが北限を目指すのには理由があった。山が隣接する事により、そこに適応したモンスターが餌を求めて樹海まで降りてくるからだ。クロの能力を引き出すには、多種多様なモンスターと手合わせさせた方が良い。先日遭遇したアオアシラも、本来は渓流や山あいに多く見られるモンスターだ。地形が隣接する場所では縄張りを巡る小競り合いも増えてくる。ユグドラシルが樹海モンスターの頂点なら、ここのような隣接域は異種モンスターが群雄割拠する場所と言える。そこにはそこに相応しい強敵もいることだろう。クロの武者修行はこれからが本番だ。
 ナツキが出発の準備を整えるとクロが近付いてきた。クロも休憩に飽きたようだ。
「それじゃ、出発しようか」
 ナツキはクロの首を撫で手綱を持った。その時、突然聞き慣れたモンスターの遠吠えが聞こえてきた。
「ギャ──ゥ! ギャ──ゥ!」
 クロの同族だ。ナツキとクロは顔を見合わせた。クロの本来の能力を知るには又と無いチャンスだ。
「ギャウ!」
 クロは急いで首を下げナツキを乗せると、指示されるまでもなく声の方角へと飛び立った。そう遠くはない。前方に開けた場所が見えてきた。
「あの辺りだね!」
 広場の隅に着地する。ナツキはクロから飛び降りると急いで辺りを見回した。北側に大岩が並ぶ数百メートルの幅を持つ広場だ。岩盤質の地面と流れの定まらぬ浅い川が流れている。水や下草を求め草食獣が集まり、ジャギィやランポスの姿も見える。だが、小型モンスターは数十頭いるものの、クロと同じ大型モンスターの姿は何処にも無い。
「この辺りだと思うけど……それとも向こうの山の中か?」
 その時、再び声が響いた。
「ギャ──ゥ!」
 ナツキとクロは声の方へと走った。
「ありゃりゃ?」
 ふたりは岩の上にいる声の主を見て唖然とした。ナルガクルガなどではない。靴べらのような嘴、緑色の羽根に大きなオレンジの喉袋、団扇のような尻尾。声真似が得意な鳥竜種モンスター、クルペッコだった。
 クルペッコは驚いた表情でクロを見下ろすと、突然ギャーギャー騒ぎ出し飛び跳ねた。クロを見て怒っているようだ。
「自分で呼んどいて、なに逆ギレしてんだい! 降りといで、この悪戯者が!」
「ギャ――!」
 クルペッコはアカンベーでもするかのようにふたりに吼えると、岩から飛び立ち樹海の方へと飛んでいった。
「まったく。とんだ骨折り損だったね」
「ギャウゥ」
 クロも何とも所在なさそうにしている。ナツキは腰に手を当て大きく溜息を吐いた。その時、突然悪寒が走った。山の方から何か来る。ジャギィやランポスが山の方を向いて騒ぎ始める。クロも気配に気が付いた。地響きを立てる重い足音。木々の間から小山のような大きな影が現れる。
「ゲ! あれは、ドボルベルク!」
 草食の重量級モンスター、獣竜種ドボルベルクだった。頭の両側には大きな巻き角、背中にはラクダのようなこぶが二つ。短めの尻尾の先端は握り拳のようなこぶ状になっており、それをハンマーのように叩き付け巨木さえも一撃でへし折る。全長は二十メートルを軽く超え、背中のこぶまでの全高も十メートル近い。重量級だけに普段の動きは遅いが、その分体力は無闇にある。
「また面倒な相手がお出ましだね〜」
 ナツキは、マリーベル時代にはよく商隊の護衛で世界各地を渡り歩いた。フリーランスとなった現在は、更に見知らぬ土地を巡っている。彼女が知っているモンスターの種類は、この当時のハンターの中でも断トツに多い。そんな中でも、ドボルベルクはナツキにとって相手をしたくないモンスターのひとつだった。
 ライトボウガンは遠距離武器ではあるが、軽量なぶん射出力が低く、同じ遠距離武器であるヘビィボウガンに比べても射程は短く威力も小さい。ナツキの狩猟スタイルは、モンスターの尻尾が届くか届かないかの中間距離を基本とする。剣士より少しだけ外側から弱点をピンポイントに狙撃する。彼女は自身の立ち回りを前衛狙撃手と呼んでいる程だ。だが、如何に弱点へ集弾しようと非力であることに変わりはない。ナツキにとって最も苦手なモンスターは、ゴリ押ししてくる体力バカのタイプだった。目の前に現れたドボルベルクもそんなモンスターのひとつだ。
 ドボルベルクは飛び道具を持たないため、大きな体を活かした旋回系の攻撃を多用する。そのためどうしても間合いが開き、弱点部位も狙いにくい。オマケに使用するバレットによって攻撃ポイントも変わってくる。火炎弾なら角を、弐式弾なら尻尾の中間部分や角を避けて頭部を、貫通弾なら真後ろから尻尾を串刺しするように撃つのが効果的だ。廃熱器官である背中のこぶを破壊すれば大きな傷口が最大の弱点となるのだが、ナツキの立ち位置からでは高い背のこぶは仰角がきつく照準を合わせにくい。結果として、立ち位置や状況に合わせ頻繁に戦術を組み直す必要がある。そして最大の泣き所が、その大きな図体に裏打ちされたやたらとタフな体力だ。当時のライトボウガンの火力では撃退するのが精一杯で、討伐する事はまず不可能だった。
「この雷神弩なら何とかなるかね〜」
 ナツキは参式徹甲榴弾のバレルを装着した。しかし、徹甲榴弾は着弾から爆発までタイムラグがある。クロを爆発に巻き込まない為には使い処が難しい。クロは暗闇を得意とするモンスターだけに音に敏感で大きな音を嫌う。たとえ爆発に巻き込まれなくても、音で失神してしまう可能性もある。ナツキはチラリとクロを見た。
「ん? どうしたんだい、クロ?」
 ナツキはクロの様子に驚いた。全身の毛は逆立ち、瞳は既に真っ赤に燃え上がっている。ドボルベルクを見るなり、いきなり怒りの炎を上げたのだ。
「ギャゥ――!」
 唸り声を上げながら、尻尾を威嚇するように地面に叩き付けている。
「いったい何を怒って……あ、そういうことか!」
 ドボルベルクは大型モンスターとしては珍しい草食モンスターだ。その餌は樹木で、自慢の尻尾のハンマーで巨木をへし折って食べる。苔むすほどの巨体を維持するために食欲も旺盛で、群れで押し寄せて森を禿げ山にした例もある。一方、ナルガクルガは木の上を寝床にするモンスターだ。クロの種族にしてみれば、これほど迷惑なモンスターはない。

 ドボルベルクが広場へ降り立った。明らかに樹海の樹木を食べに来たのだ。ジャギィたちがギャーギャー吼えながら取り囲む。樹林の植生を荒らされるのは、彼らも勿論、餌である小型の草食獣にとっても迷惑だ。ドボルベルクは大きく咆哮を上げると、まるで蠅でも払うかのように緑に苔むした茶色の巨体を振り回した。尻尾のハンマーが小石を弾くようにジャギィやランポスを吹き飛ばす。小型モンスターが束になろうと追い払える相手ではない。草食獣たちも慌てて樹海の中へと逃げていく。ドボルベルクは巨体を揺らし、広場を横断しようとした。だがそこへ、行く手を阻むようにクロが躍り出た。
「ギャ――ゥ!」
 クロがドボルベルクを睨み咆哮を上げた。クロのスピードを持ってすれば、回避の難しい相手では無い。だが、奴とクロとでは優に倍以上の体格差がある。ナルガクルガの攻撃には決定力のある一撃が無いのに対し、ドボルベルクの力任せの一撃は当たれば大ダメージは必至だ。体の小さいハンターなら弾き飛ばされる事で力をいなせるが、大型モンスターが尻尾のハンマーをまともに喰らえば致命傷を負いかねない。
「ったく! やるっきゃないね!」
 ナツキは赤と白の発煙弾を装填するとクロの元へと走った。
「クロ! 尻尾はアタシがやる。アンタは背中をやりな!」
 ナツキはクロに見えるように、赤の発煙弾をハンマーに、白の発煙弾を背中のこぶに当てた。ドボルベルクはクルリと後ろを向くと、思い切り尻尾を振り上げた。唸りを上げ尻尾のハンマーがクロを襲う。クロはショートジャンプで下がりながらあっさりと躱した。ナツキは弐式弾でハンマーを狙った。ハンマーを破壊し、クロのリスクを少しでも減らす必要がある。ドボルベルクは向きを変えると角を低く構え、ナツキに向かい突進した。ナツキは反時計回りにこれを回避し、再びハンマーに攻撃した。
 クロはなかなか攻撃できずにいた。回避は問題ないのだが、相手の体が大きいため飛び込むタイミングが取れないのだ。重量級モンスターだけにぶつかるだけで軽量のクロでは弾き飛ばされてしまう。背中のこぶは高さがあり、ジャンプを合わせるのが難しい。小刻みに移動し間合いを計る。手をこまねいてはいられない。ドボルベルクがナツキへと向き直る。クロが側面を取った。ジャンプ一閃、クロは奴の背中を飛び越しざま、刃翼でこぶを切り裂いた。着地と同時に向き直る。ドボルベルクはクロ目掛けハンマーを振り上げた。
「クロ!」
 打ち下ろされたハンマーが岩盤質の地面を砕き地響きを上げる。間一髪クロは横っ飛びで回避した。戦闘中のドボルベルクは思ったよりも動きが速い。如何に機動性で勝るとはいえ、クロにとっても気を抜ける相手では無い。一方ナツキも、なかなかハンマーへ集弾できずにいた。ドボルベルクは大きい体のくせにクルクルと向きを変える。こっちを向けば頭を、横を向けばこぶを、目標を常に切り換えねばならない。二対一であるが故に奴も頻繁に標的を変える。
「えーい、じれったいね!」
 意地になって弐式弾を叩き込む。ようやくハンマーの一部が欠けた。衝撃に怯むと、ドボルベルクは大きく雄叫びを上げた。あまりの声の大きさにクロもナツキも身を縮めた。こぶから湯気が噴き上がる。奴が怒ったのだ。ドボルベルクは突然尻尾を振り回し旋回を始めた。独楽のように回転しながら少しずつ接近してくる。ナツキもクロも振り回されるハンマーに当たることは無いが、有効な攻撃も出来ない。ドボルベルクはそのまま尻尾を振り上げ体ごと上空へジャンプした。巨体が旋回しながら宙を舞う。何とも非常識なモンスターだ。全身が巨大なハンマーとなり、地響きを立て地面にめり込むように落下した。勿論クロもナツキもそんな攻撃を喰らいはしない。ふたりはこの機を逃さず反撃に転じた。ナツキがハンマーへバレットを叩き込む。クロは連続ジャンプで一気に間合いを詰めるとこぶへ黒爪を浴びせ、そのまま奴の背中に取り付いた。噛み付き、黒爪を叩き付ける。たまらずドボルベルクは起き上がると、クロを振り落とそうと左右に大きく体を振った。クロは必至にしがみつき、こぶに黒爪を突き立てた。攻撃に耐えきれず、熱を帯びたドボルベルクのこぶが破裂するように砕け散った。だが同時に、足場を失ったクロの体も奴の背中から吹き飛ばされた。一瞬失神し背中から地面に叩き付けられる。
「ギャウ!」
 クロが頭を振りながら起き上がる。クロの頭上に、怒り狂ったドボルベルクのハンマーが力一杯振り上げられた。
「クロ!!」
 ナツキが叫ぶ。だが彼女にはどうすることも出来ない。渾身の一撃がクロに襲い掛かろうとした正にその瞬間、どこからともなく手裏剣のような攻撃がドボルベルクの頭部を襲った。顔面から首筋にかけ続けざま命中する。一瞬ドボルベルクは目眩を起こし、振り上げた尻尾のハンマーが勢いを失った。間一髪、クロはハンマーの真下から脱出した。中途半端に叩き付けられたハンマーが地面で跳ねる。ナツキは参式徹甲榴弾を打ち込んだ。クロが下がり再び体勢を立て直したその瞬間、ハンマーに打ち込まれた参式徹甲榴弾が炸裂した。巨大なハンマーが音を立てて砕け散る。衝撃にドボルベルクは前のめりに倒れた。起き上がって向きを変えると、ナツキとクロを睨み咆哮を上げた。だが、背のこぶとハンマーを破壊され、もはや闘気も折れていた。ドボルベルクは悔しそうにふたりを見ると、山の方へと向きを変え足早に引き上げていった。
「フ〜。危なかったね、クロ。怪我は無いかい?」
「ギャウ」
 ナツキはクロに駆け寄ると、背中や黒爪などクロの体を確認した。
 広場を見下ろす巨樹の樹上に、生い茂る木の葉の隙間から一つの赤い輝きがクロとナツキを見ていた。手酷い傷を負ったドボルベルクは、足音を響かせながら山の奥へと帰って行く。これで当分奴は現れないだろう。赤い輝きは音も立てず、樹海の奥へと消えていった。

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