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 モンスターハンター・ゼロ外伝 「黒き神の記憶」

 クエスト8 「その名はグリン」
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 ナツキはクロに怪我が無いことを確認すると、ドボルベルクがいた場所へ駆け寄った。
「何かがドボルベルクの頭に当たって奴を怯ませた。あれはいったい……」
 ドボルベルクのハンマーは確実にクロを叩きのめすタイミングだった。何者かがドボルベルクの邪魔をしクロを助けたのだ。ナツキはその痕跡を探すため、辺りを注意深く見回した。
「これは!」
 扇ほどの大きさがある矢尻のような鱗が落ちている。クロが尻尾から放つ鱗と同じ形だ。だが色は暗い草色で先端部分は赤銅色をしている。
「間違いない。クロの同族モンスターだわ。色が違う所を見ると、おそらく亜種モンスターだね」
 鱗の大きさもクロより一回り大きい。堂々たる大人のモンスターが放った物だろう。振り向くと、クロも一枚咥えながら近付いてきた。
「ギャウ」
 ナツキは受け取ると嘴を撫でてやった。クロが拾ってきた鱗は更に特徴が出ていた。赤銅色の切っ先が潰れている。おそらくドボルベルクの額に命中した鱗だろう。硬い部位に当たったため先端が潰れたのだ。赤銅色のエッジ部分は、クロの黒い鱗より潰れやすい構造をしているらしい。
「なるほどね……先が潰れることで、衝撃を敵の体内に叩き込むのか。これなら甲殻の硬い相手だろうと、脳しんとうを引き起こせるわね」
 クロの尻尾の鱗はナイフの様に鋭いが、当たる角度が浅かったり、より硬い甲殻の相手には弾かれてしまう。一方、この亜種の鱗は切れ味は劣るものの、先端が潰れる事で衝撃を相手に叩き込む。亜種モンスターはドボルベルクに眩暈を起こさせ、ハンマーの直撃からクロを救ったのだ。
 ナツキは鱗が飛んできた方向を割り出し、亜種モンスターがいた場所を特定しようとした。斜め上方からの狙撃だった。ナツキはその方角を見上げ息を呑んだ。高さが百メートルを超える巨樹が大きな枝をいっぱいに広げ、広場の上に張り出している。巨樹の枝からドボルベルクの頭まで軽く二百メートルはある。
「あんな木の上から正確に頭を撃ち抜いたっていうの!?」
 しかも鱗はドボルベルクの顔面から首筋へ縦一列に命中していた。クロの鱗飛ばしは通常横方向に拡散する。木の上にいた亜種は、頭部に全弾当てるため、尻尾をひねり変則的に鱗を放った事になる。
「こんな所に、とんでもない狙撃手モンスターがいたとはね」
 同じスナイパーとしてナツキの血が騒ぐ。こいつとは是が非でも会ってみたい。ナツキは痕跡を探すため改めて辺りを見回した。クルペッコがいた大岩が目に留まる。ナツキはこの広場へ来た時のことを思い出すと、噛み締めるように笑い出した。
「そうかい……そういう事かい」
「ギャウ?」
 クロが不思議そうにナツキを見ている。ナツキはクロの顎を撫でてやった。
「さっき見たクルペッコは、ドボルベルクの侵入を察知してお前の亜種モンスターを呼んだんだよ。そこにあたしたちは来ちまった。『お前なんか呼んでない!』とあのクルペッコは怒ってたんだ」
 おそらくクロの亜種モンスターはこの辺りの主だ。山からの侵入者をここで食い止めているのだ。クロが戦闘技術を学ぶには打って付けの相手だ。ナツキは両手を腰に当て、ニッコリとクロに微笑んだ。
「よし! あたしたちも暫くこの辺りに留まるよ。何とかアンタの師匠を見つけるんだ!」
 ナツキは逗留先に出来そうな仮住まいを探すため、クロを引き連れ樹海の中へと入っていった。

 翌日からナツキとクロは、境界の広場を中心に注意深く散策した。亜種モンスターが他のモンスターと戦う姿を見学したい。我々が敵でない事を理解させ、クロと亜種モンスターがやり合う事は避けねばならない。その為には奴の島を荒らさぬよう注意する必要がある。この辺りは、ケルビの数はそれほど豊富ではなかった。ナツキは亜種モンスターを刺激せぬ為にも、クロにケルビではなくアプトノスを食べるように命じた。
「ダメだよ、クロ! 育ち盛りのお前がケルビを食い荒らしたら、亜種が出てきて追い出されちまう。贅沢言わないでお食べ!」
「ギャゥゥ……」
 仁王立ちするナツキを前に、クロは渋々アプトノスの肉を食べた。不味い訳ではないが、喜んで食べる味でもない。これまでクロはナツキのおかげで好物のケルビばかり腹一杯食べてきた。同じナルガクルガの中では相当な贅沢育ちだ。樹海の覇者の息子であるクロは、言ってみればお坊ちゃんのナルガクルガだ。奇妙な話だが、クロはようやく巷のナルガクルガの生活を経験する事になった。
 境界の広場には、例のクルペッコもちょくちょく顔を出した。川魚を食べに来るのだ。クロとナツキにも慣れたのか、近くにいてもお互いに干渉する事はない。クロはクルペッコを真似て魚を採ろうとした。浅瀬に来た魚を黒爪で捕まえようとする。だが、何度やっても上手くいかない。魚は黒爪が水を叩くより早く、大きな影を見て逃げていく。大型モンスターにとって魚は小さすぎた。ナツキは調合素材用の魚を釣り上げるついでに、食用に向く魚をクロのために釣ってやった。クロはナツキがくれた魚の臭いを嗅ぐと、パクパクと興味深そうに試食した。
「ギャウ!」
 どうやら美味しかったようだ。
「なんだい。お前、ケルビ以外にもいろいろ食べられるんじゃないか」
 ナツキは面白がって魚を釣ってやった。クルペッコが気にして近付いてきた。
「アンタも食べるかい?」
 クルペッコにも投げてやる。ナツキも焼き魚にして食べた。モンスターの地でありながら、なんとのどかで平和な事か。モンスターの世界にも殺戮はある。クロが食べるケルビも、今食べている魚も、捕食される側にとっては辛い現実だ。だがそもそもモンスター溢れる大自然では、生と死が極めて身近な存在なのだ。死を身近な物と出来なかった人間は、町を作り社会を作り自然から逃れた。そしてそんな人間社会を守るために、ナツキはハンターを生業としている。クロとの生活により、ナツキは人の業を感じずにはいられなかった。

 数日後、境界の広場を訪れたナツキは山に奇妙な気配を感じた。
「何だろう……山が騒がしいね」
 暫くすると、山に続く獣道から大熊アオアシラが次々と現れた。ナツキとクロはアオアシラの前に立ち塞がった。
「こっから先はあんたらの場所じゃないよ! 山へ帰んな!」
 クロも唸り声を上げて威嚇する。アオアシラたちはクロに怯みながらも、しきりに背後の山を気にしている。何かに怯えているのだ。その時、上空を飛んでいたクルペッコが大岩へと急降下し、突然オレンジの喉袋を大きく膨らませて雄叫びを上げた。
「ギャ――ゥ! ギャ――ゥ!」
 驚いたアオアシラたちが左右へ散りぢりに逃げていく。ナツキは理解した。
「山から何か降りてくる!」
 タイミングが悪い。クロがいたのでは、また亜種モンスターは現れないかもしれない。
「まてよ……妙だね。あのクルペッコはクロがいる事を知りながら亜種を呼んだ。ってことは、クロじゃ手に負えない敵が来るって事かい!」
 ナツキは雷神弩のバレルを直ぐに選択できるよう背嚢を降ろした。クロにも緊張が走る。その時、背後の樹海の奥から大型モンスターの気配が現れた。亜種モンスターが現れたのだ。薄暗い樹海の奥から暗い緑の巨体が現れる。予想通りクロの種族の亜種だ。
 ナルガクルガ亜種。勿論この当時全く知られていないモンスターだ。体はクロより一回り大きく、全長は二十メートル近くありそうだ。足音もなく真っ直ぐクロとナツキに近付いてくる。
「あんた……」
 現れたナルガクルガ亜種は隻眼だった。顔に斜めに大きな傷があり、左目が完全に潰れている。全身あちこちに古傷もある。筋肉はうねるように盛り上がり、全身から強者のオーラが迸っている。間違いなくこの地域最強のモンスターだ。亜種のナルガクルガは警戒することなくナツキたちの目の前までやって来た。
『やっぱり。物陰からアタシたちを見てたんだね』
 正体不明のモンスターをいきなり探す事は難しい。ナツキはこの数日付近を散策することで、ナルガクルガ亜種にわざと自分たちの姿を見せていたのだ。
 ナルガクルガ亜種は、ナツキの顔をジッと睨んだ。ナツキもまた、超一流ハンターの面構えで睨み返す。ふたりの視線が火花を散らす。だが敵意はない。ナルガクルガ亜種はナツキの実力を計っているのだ。次にクロの顔を見る。ナルガクルガ亜種はいきなり口を大きく開きクロを威嚇した。
「ギャ――ゥ!」
 怯んだクロも口を開きやり返す。だが迫力の差は圧倒的だ。
「ギャ――ゥ!」
「ギャゥギャゥ!」
「ギャゥギャ――ゥ!!」
 ナツキにもナルガクルガの言葉は分からない。だが、亜種が何を言おうとしているのかは理解できた。山の方から禍々しい気配が近付いてくる。ナツキは厳しい表情でクロを一喝した。
「クロ! こいつはお前に歯が立つ相手じゃない。隠れてあたしたちの戦いを見てるんだよ!」
 ナツキは広場の外れにある茂みを指差した。クロは反論しようとしたが、ナツキの厳しい目を見るとすごすごと茂みの方へ歩いていった。ナツキはクロの背中を見送った。
『クロ。この戦いで何を掴むか。これはお前自身の問題だよ』
 ナツキは背嚢からバレルを選択した。
「こいつを使う時が来たようだね」
 雷撃榴弾のバレルを雷神弩に装着する。ナルガクルガ亜種が広場の中央へと歩いていく。ナツキは背中に叫んだ。
「グリン!」
 亜種がナツキへと振り返った。ナツキは雷撃弾を装填しながら話し掛けた。
「アンタの事はグリンと呼ばせて貰う。宜しく頼むよ!」
 ナツキもグリンに並ぶように広場の中央へ出た。クロが茂みの中からふたりの様子を覗いている。
 山から降りる獣道に、巨大なモンスターが現れた。全長は軽く二十五メートル以上あるだろう。先日のドボルベルクより大きい。頭から尻尾の先までがっしりと太く、巨大なヘチマかゴーヤーを彷彿させる。足は長く全高も高い。両手は小さく退化しほとんど機能しない。鋭い歯が何重にも生えた大きな口。顎にも歯のような突起がびっしりと生えている。空腹ともなれば大型モンスターだろうと食らいつき、共食いさえも厭わない。究極の肉食モンスター・恐暴竜イビルジョーだ。
 当時のハンターがイビルジョーに出会ってする事といえば只ひとつ。逃げるだけだ。だがナツキにはそんな考えはさらさら無かった。イビルジョーは体力も多く厄介な相手には違いない。だが巨獣故に動きも大きく、ライトボウガン使いにとっては扱いにくい相手では無い。しかもナツキが使う雷神弩はイビルジョーが苦手とする雷撃弾が使える。そして何より、実力派モンスターのグリンが相棒に付いているのだ。
 広場へ出るとイビルジョーが咆哮を上げた。
「こいつは山の連中のためにも生かして返す訳にはいかないね。やるよ、グリン!」
 ナツキはイビルジョー目掛け突進した。ガンナーの装備はバレットや弓の装填をやりやすくするため剣士に比べ軽装に出来ている。だがこの当時の装備では、たとえ剣士の装備でもイビルジョーのような攻撃的なモンスターに接敵するのは非常にリスクが高かった。モンスターの近接攻撃範囲ぎりぎりを立ち回るナツキの狩猟スタイルは、こういう場面では戦端を開くのに打って付けだ。雷神弩の先制攻撃でイビルジョーの注意を引き、グリンが飛び込むきっかけを作るのだ。これこそ前衛狙撃手の真骨頂だ。
 ナツキはイビルジョーの顔面に雷撃弾を撃ち込んだ。イビルジョーが巨体を突き出すように噛み付いてくる。ナツキは容易に回避し右側へ回り込んだ。イビルジョーがナツキを追うように振り向こうとする。その瞬間を逃さずグリンは死角を突いてジグザグにジャンプし、飛び越しざまイビルジョーの無防備な背中を後方から刃翼で切り裂いた。
 クロはグリンの動きに釘付けになった。刃翼を浴びせたグリンは右の翼膜を広げエアブレーキにしながら空中で体を右旋回させ、イビルジョーを正面に捉える向きに着地したのだ。イビルジョーがグリンに標的を変え噛み付いてくる。グリンはやり過ごすように斜め前方にジャンプし、そのまま切り返して奴の背後に滑り込んだ。鋭く旋回し尻尾をイビルジョーのふくらはぎに叩き込む。イビルジョーは二、三歩よろけると背後へ振り返った。グリンはバックジャンプで間合いを取り、既に次の攻撃態勢を整えていた。
「強い……こいつ、強い!」
 ナツキはグリンの隙の無い動きに息を呑んだ。クロのジャンプ攻撃は、着地の後に敵に背中を曝してしまい、そこが大きな弱点となる。着地の際に片手を先に着き、着地と同時にある程度は体を旋回させるが、次の攻撃態勢が整うほどではない。ナツキは雷撃弾を撃ち込みながらグリンの能力を分析した。
「そうか! グリンは左目が見えないから」
 左目が見えないことで、どうしても視野は狭くなる。グリンは敵を常に視界に捉え続けるために、翼膜を積極的に活用したジャンプのテクニックを編み出したのだ。
「流石だね。素早い上に隙が少ないとあっちゃ、あんたを倒せるモンスターはざらにはいないよ!」
 ナツキの血が高ぶった。負ける訳にはいかない。ナツキは雷撃弾を次々とイビルジョーの体や頭に叩き込んだ。皮膚が裂け、ダメージが蓄積していく。ナツキが注意を引けばグリンがすかさず攻撃を浴びせ、グリンが引きつければナツキのバレットが容赦なく襲う。いいようにあしらわれ、イビルジョーが怒りの咆哮を上げた。血が沸騰し、まるで皮膚が裂けたかのようにオレンジの太い縦縞が全身を覆う。スタミナを爆発させ、更に勢いよく巨体を振り回す。一発でも喰らえば大ダメージは必至だ。だがナツキもグリンも無茶はしない。イビルジョーは大きく息を吸い込むと、赤い稲妻の走る黒い炎の様なブレスを吐き、辺り一面を薙ぎ払った。ふたりはブレスの射程外へと身を躱し、これを回避した。
 クロは茂みの中からグリンとナツキの戦いをじっと見ていた。巨大なイビルジョーの姿におののいている。やはり自分の力では戦えない相手なのか。飛竜としての自信が挫けそうになる。
 幾ら凶暴なモンスターであろうと、いつまでも怒りに身を任せられるものではない。イビルジョーの全身が緑色に戻り、攻撃の勢いが弱まった。ナツキは雷撃弾を全弾叩き込むと、壱式貫通弾へと切り換えた。ナツキの足が止まる。イビルジョーは巨体を大きく左右に振り回しながら、ナツキ目掛けてジグザグに噛み付き攻撃を仕掛けてきた。リロードの隙を狙ったのだ。攻撃範囲が広く、回避には微妙なタイミングだ。だがナツキは動じることなく、イビルジョーに向かい突進した。目の前を横切る大きな口をやり過ごし、イビルジョーの視界から消えるように奴の腹の下へと飛び込んだ。前転して大きな足の間を擦り抜ける。ナツキは真後ろを取った。起き上がると同時に振り向き、スコープを向ける。柔らかい下腹部目掛け、下から壱式貫通弾を叩き込んだ。
 クロは目を見開いてナツキの戦いぶりを見た。やられると思った瞬間、逆に優位に立ってしまった。クロの脳裏に、強かった母の姿が浮かび上がった。縦横無尽に切り裂き、相手を寄せ付けなかった母。ユグドラシルを住み家とし、周辺のモンスターに畏怖された母。安全な茂みの中で身を縮めている自分はいったい何だ。クロは悔しさに体を震わせ始めた。全身の筋肉に力がこもる。
「ギャ――――ゥ!!」
 クロは茂みを飛び出し、力一杯雄叫びを上げた。イビルジョー目掛け猛烈な勢いで突進する。瞳の光跡が赤い稲妻となって突き進む。新たな敵の出現に、イビルジョーが振り向いた。その大きな顎に、クロの黒爪がカウンターでヒットした。顎の突起が音を立てて砕け散る。イビルジョーは大きく仰け反るように怯んだ。
「やっぱり出てきたね。それでこそ覇者の息子だよ!」
 ナツキはニヤリと笑った。ナルガクルガは、鉄壁の防御も圧倒的な攻撃力も持っていない。その事はグリンの戦いぶりが証明している。唯一持っている能力はスピードだけ。クロが覇者を目指すために獲得すべき武器が他にあるなら、それは勇気だ。
 イビルジョーが激昂し咆哮を上げる。耳をつんざく大音響にナツキたちの足が止まる。イビルジョーは思い切り踏み込むと、三人目がけ黒いブレスを薙ぎ払った。グリンとナツキが射程圏外へ脱出する。クロは一瞬反応が遅れ、ブレスが翼膜を掠めた。
「クロ!」
 だがクロは怯むことなく体勢を立て直し、イビルジョーを睨みつけた。イビルジョーが体を大きく左右に振りながらクロ目掛け突進してきた。クロが躱し突進が止まった瞬間、いつの間にかイビルジョーの足下にグリンが滑り込んでいた。右に左に旋回し尻尾をイビルジョーの足に叩き付ける。たまらずイビルジョーが横転した。グリンはそのまま刃翼で棍棒のような尻尾を斬りつけた。クロも飛び越しざまイビルジョーの体に黒爪を浴びせた。折り返し再び黒爪を浴びせようとした次の瞬間、イビルジョーが起き上がり距離感が狂った。クロはイビルジョーを飛び越せず、そのまま大きな体に激突した。イビルジョーの体重はクロの倍以上ある。クロの体は跳ね返され、ふわりと浮き上がってしまった。そのままイビルジョーのそばに落下する。イビルジョーは体を回し、尻尾で思い切りクロを打ち返した。
「ギャウ!」
 クロの体が吹き飛ばされ、激しく地面を転がった。さすがにダメージが大きく直ぐには起き上がれない。イビルジョーが追撃しようと身構える。その時、グリンがクロを守るように立ちはだかってイビルジョーを威嚇した。イビルジョーの足が一瞬止まる。だが、直ぐに突進して噛み付いてきた。グリンが作った僅かな隙のおかげで、クロはイビルジョーの突進を回避した。クロにはまだダメージが残っている。グリンは一瞬クロと目を合わせると、単身イビルジョーに突進した。噛み付きをステップで躱し大きな体に激突するようにジャンプする。緑の爪をイビルジョーの体に突き立てると、へばり付くように後ろ足をイビルジョーの巨体につき、蹴り飛ばして離脱した。イビルジョーの巨体が揺らぎグリンは易々と距離を取った。グリンが再びクロの目を見る。クロはグリンの動きを頭に刻みつけた。
「ありがたい。やっぱり餅は餅屋だね」
 ナツキがクロに教えられる事には限界がある。特に体の使い方は、ナツキにはどうする事も出来ない。
 ナツキは壱式貫通弾を使い切った。イビルジョーは滝のようによだれを垂らしている。いかに恐暴竜といえど、そろそろ体力も限界のはずだ。ナツキは弐式弾をリロードせず、雷神弩の制御をグレネードバレルへ切り換えた。ナツキはイビルジョーの正面付近を陣取った。雷撃榴弾は一発しかない。確実に最も効果的に使う必要がある。しかもクロやグリンを巻き込む訳にはいかない。
『グリン。あんたなら気付くはずだ』
 ナツキはイビルジョーに接敵しながら全く攻撃していない。クロやグリンが近付くと銃口を地面に向ける。
「ギャウ!」
 グリンはクロに近付くと一声かけた。二頭が目標をイビルジョーの尻尾に絞る。イビルジョーが一瞬ナツキに気を取られた隙に、二頭がジャンプして左右から刃翼で切り裂いた。胴回りほどもある尻尾が切断された。衝撃にイビルジョーが前のめりに倒れ込む。向きを変えグリンたちに向かい咆哮を上げる。
「ゴァ――!」
 一瞬大きく口を開いたまま動きが止まる。ナツキはイビルジョーの喉目掛け、雷撃榴弾を叩き込んだ。巨大なバレットが青い曳光を引きながら口の中へと消えていく。イビルジョーが立ち上がった次の瞬間、雷鳴と共に稲妻が四方八方頭部を貫いた。イビルジョーは白目を剥き、そのままよろよろと進む。完全な無防備状態だ。グリンとクロは一気に攻勢に出た。緑の巨体が血の赤に染まる。クロの渾身の黒爪がイビルジョーの顔面を捉えた。ザックリと裂け鮮血が迸る。断末魔の絶叫を上げ天を仰ぐと、そのままゆっくりと崩れるように地面に倒れた。山を恐怖に染めていた恐暴竜イビルジョーは、グリン、クロ、ナツキの混成チームによって倒された。

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