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 モンスターハンター・ゼロ外伝 「黒き神の記憶」

 クエスト9 「お前の力を見せてご覧!」
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「ゲプッグル……」
 クロはアプトノスを二頭狩り、げっぷが出るのも構わず貪り食った。ケルビには目もくれず、ひたすら大量の生肉を胃袋に詰め込んでいる。ナツキはこんがり焼いた肉を食べながらクロの食事を見てクスクス笑った。テクニックではグリンに遠く及ばない。せめて体だけでも大きくしたいと考えているのだろう。
『イビルジョーとの戦いで味噌っかす扱いされたことが、よっぽど応えたんだね』
 あの日、イビルジョーを倒した直後、ナツキは傷の手当てをするためクロに近付いた。
「痛かっただろ。傷を見せてご覧」
 クロの体はあちこち傷だらけだった。擦り剥いて血が出ている場所もある。ナツキは背嚢から大きな二枚貝を取りだした。様々な薬草や回復薬を練って作ったクロ専用の塗り薬が詰めてある。貝殻を開け薬を塗ろうとすると、クロはきまりが悪そうにナツキから離れた。
「あれ? どうしたんだい、クロ?」
 ナツキから四、五メートル離れると、自分でペロペロと傷を舐めた。チラチラとグリンの視線を気にしている。驚いたナツキは思わず吹き出しそうになった。こんなかすり傷で世話される姿をグリンに見られたくない。子供なりのプライドと言ったところか。見た所、大した怪我も無いようだ。今のクロには、イビルジョーに受けたこの傷はむしろ勲章だろう。ナツキは笑いを堪えながら塗り薬を片付けた。グリンはふたりの様子をしばし黙って見ていると、山に背を向けゆっくり樹海の方へと帰って行った。クロは声を掛けることも出来ず、大きく逞しいグリンの背中をじっと見送った。
「ゲプッグルル」
 クロは二頭のアプトノスを無理矢理完食した。もうお腹一杯だ。仰向けに大の字になって寝転がる。お腹がはち切れんばかりに膨れている。食べなければ大きくはなれない。食事は強くなるための基本だ。境界の広場に真昼の日差しが照り付ける。ドボルベルク、イビルジョーと撃破し、ここ数日山からはアオアシラ一匹降りてこない。暫くはこの広場も平和だろう。とは言え、大型モンスターが身動きできぬほど餌を食べ、広場の真ん中で堂々と腹を出して寝ているというのは、何とも無警戒な光景だ。勿論クロも、ナツキが傍にいるからこそ、安心しきってこんな格好が出来る訳だが。
『まったく。やっぱりまだまだ子供だね〜』
 ナツキはそのまま昼寝を始めたクロに苦笑しながら、素材用の魚を釣り始めた。イビルジョーとの戦いで、クロはグリンのテクニックを知る事が出来た。だがそれ以上に収穫だったのは、クロが戦士としての自覚を持ち始めた事だろう。モンスターの世界は弱肉強食の世界だ。強い事は重要だが、強くなりたいと願う事はその何倍も価値がある。グリンという具体的な目標を持ち、与えられた能力に甘んずる事無く自らを鍛え始めている。無理をしてでも大きくなろうとするクロに、ナツキは大いに満足していた。
『クロ……お前は強くなるよ』
 サシミウオが釣れた。ナツキは釣り針を外すと、ポンとクルペッコに投げてやった。今ではクルペッコもナツキたちにすっかり慣れ、ナツキが釣りを始めるとちゃっかり傍でおこぼれを待つようになっていた。
「お前も図々しい奴だね〜」
 ナツキは笑いながら食用の魚を投げてやった。素材用の魚集めが終わると釣り竿を片付け、調合用に加工する。不用で捨てた身の部分を、クルペッコが選り好んでついばんでいる。満腹になるとクルペッコはスタスタとナツキから離れていった。グーグー寝ているクロが目に留まる。忍び足でクロに近付いていく。クロの脇まで来るとニヤリと笑った。しゃもじの様な大きな嘴を振り上げ、はち切れるほど膨らんだクロのお腹を思い切り突っついた。
「グエ!」
 クロがビックリして飛び起きる。クルペッコは翼を広げ左右に飛び跳ねながら大笑いした。
「グワッグワッグワ――!」
「ギャウギャウ!」
「アンタたち……」
 ナツキは思わず苦笑した。
 腹が落ち着くと今度はジャンプの練習だ。クロはひとりで広場を縦横無尽に飛び跳ね、翼膜を使うウィングターンの練習を始めた。ジャンプの瞬間は一秒にも満たない。その僅かな時間を使うのは想像以上に難しい。ジャンプ中に片翼を広げれば跳躍のバランスが乱れる。実際クロは何度も着地に失敗し横転している。だがそれは繰り返し練習する事で克服できるだろう。問題は実戦でどう活かすかだ。クロが連続ジャンプする時は、敵の位置と行動を予測しながら着地点と次のジャンプを組み立てる。だが従来のジャンプでは着地から次のジャンプに移る可動範囲は制限され、取り得る選択肢も自ずと限られた。しかしグリンの様にジャンプ後の制限が無くなれば、より高度な戦術が組み立てられる事になる。則ち、ウィングターンを真に活かすには、より高度な洞察力と卓越した知略が必要となる。
「賢いモンスターだろうとは思っていたけど、本当にセンスが優劣を分けるモンスターだったんだね。クロのおっかさんは樹海の覇者を張ったぐらいの才媛だ。お前はその血を受け継いでいるはずだよ」
 ナツキはバレットの調合を一区切り付けると雷神弩を取りだした。発煙弾を装填しながらクロへと近付く。
「よし、クロ! あたしも手伝ったげよう!」
 ナツキは発煙弾でクロに連続ジャンプの場所を指示した。所々ウィングターンでなければ切り返せないポイントを混ぜる。指示のタイミングもクロがジャンプする直前にその次のポイントに発煙弾を撃つ。常に周囲に目を配り、瞬時に判断する必要がある。勢いに任せたジャンプでは到底トレースできない。クロは何度も着地に失敗し体中にアザを作った。だがそれでも休む素振りは全く見せない。おかげで発煙弾の残弾の方が先に底を突いてしまった。
「やれやれ。クロ、少し休憩しよう」
 クロの全身から激しく湯気が上がっている。たらふく食べてこれだけ動くのだ。クロの体がめきめきと鍛えられていく事は疑う余地がない。クロは川に近付くと水を浴びる様に飲み始めた。ナツキは収納籠から調合用のツタの葉とカラの実を取りだし、急いで発煙弾の調合を始めた。
「他の弾の補充もしたいのに、こりゃまいったね……おや?」
 前触れもなく樹海の中からグリンが現れた。真っ直ぐクロとナツキの方へ歩いてくる。クロもグリンに気付きじっと見ている。少し緊張している様だ。グリンはと言うと表情に険しさは見られない。
「ギャウ」
 グリンがクロに一声掛けた。挨拶だろうか。ナツキは発煙弾の調合をしながらグリンの様子を観察した。グリンがゆっくりとクロの回りを回り始める。クロの体つきを調べている。一周するとグリンはクロの正面に立った。
「ギャウ」
 グリンはクロに見える様に尻尾の先を横に出し、パタパタと地面を叩いた。クロは不思議そうにしながらグリンを真似て、尻尾の先で地面を叩いた。グリンはゆっくりクロの尻尾に近付くと、前足でポンと尻尾を押さえた。
「ギャーウ」
 グリンは挑発的にクロに吠えると、ヒラリと後方に身を翻し身構えた。クロも理解し、尻尾で地面を叩きながら身構えた。
「こいつはどうやら離れていた方が良さそうだね」
 ナツキはクスッと笑うと道具を片し広場の外れへ移動した。グリンがこれ見よがしに尻尾を振っている。クロはグリンの隙を窺っている。だが、考えるだけ無駄だ。クロが左にジャンプする。グリンもそれに合わせる。今度は右にジャンプし、すかさず左に切り返した。だがグリンを抜く事は出来ない。それどころかグリンは切り返しのジャンプで両腕の翼膜でブレーキを掛け、あっさりクロの背後に着地した。グリンは易々とクロの尻尾を手で押さえた。
「ギャーウ」
 驚くクロに向かい、グリンが挑発的に吠える。グリンが手を放すとクロは身を翻して仕切り直し、再びジャンプした。右に左に揺さぶりを掛けるがグリンは確実にクロの正面に立ちはだかる。クロは右前方にジャンプした。グリンも素早く振り向き後を追う様にジャンプする。クロはグリンが背後を取ると考えウィングターンで後ろ向きに着地した。会心の着地だ。だがその瞬間、グリンは両手を広げ滑空してジャンプの距離を伸ばしてクロを飛び越え、クロの背後に着地した。
 ポン。
 またしてもグリンはあっさりクロの尻尾を押さえた。クロの頭に血が上る。クロは意地になってグリンの尻尾を押さえようと飛び跳ねた。
「ギャウギャウギャウ!」
「おやおや、こいつは」
 ナツキはクスクスと笑った。相手の尻尾を押さえる鬼ごっこだ。おそらくナルガクルガの子供たちがやる遊びだろう。俊敏な機動力を養うにはうってつけの遊びだ。グリンはそれを大人の脚力で相手をしてくれるのだ。子供同士ならじゃれ合いと大差ないかもしれないが、成体のナルガクルガの体力でとなれば下手な実戦よりも実践的だ。グリンはクロの訓練を買って出てくれたのだ。
 グリンは左目が見えない。クロは何とか右側に回り込もうとフェイントをかける。だがその程度の事はグリンはお見通しだ。バックジャンプを織り交ぜ前後に揺さぶりを掛けてみる。だがグリンはクロとの間合いを正確に維持してクロの動きを封じた。少しでも反応が遅れればこんな芸当は無理だ。グリンの反射神経はクロを圧倒している。
「こりゃダメだ、クロ。お前は一度も勝たせてもらえないよ」
 十回戦程度まで見物すると、ナツキは後はグリンに任せバレットの調合に戻った。
 どれぐらい経っただろう。クロの四肢は悲鳴を上げ、まともに立つことも出来ない。グリンは無駄のない動きでクロを完封し、まだスタミナを切らしていない。力の差は圧倒的だ。クロは悔しさに体を震わせ泣きそうな顔をしている。グリンはただ穏やかにクロを見ている。
「ギャーウ」
 グリンはクロに近付き声を掛けると、ゆっくり樹海の奥へと帰って行った。

 次の日も、その次の日も、グリンは広場に現れた。
「それじゃあ、クロを頼んだよ」
 グリンがクロの教官を務めてくれたおかげで、ナツキは素材採取に専念できるようになった。ボウガンはハンターの武器の中でも最も運用コストがかかる武器だ。一度の戦闘で二、三百発のバレットを消費する事も珍しくない。調合素材の確保は、ボウガン使いにとっては文字通り生命線と言える。クロの武者修行に出てから既に数百発のバレットを消費している。人里なら畑や商人からまとまった数の調合素材を入手できるが、フィールドの採取だけで賄うのは想像以上に難しい。何処にでも生えているカラの実でさえ、採取でこれだけの消費を維持するのはとても困難なのだ。武者修行のために作った収納籠にはまだ三戦程度は戦える分量の調合素材が入っているが、少なくなるとどうにも落ち着かないのがボウガン使いの性だ。所持するアイテムを最小限に、ナツキは素材集めの為に樹海の中を駆け巡った。
 数日後、ナツキが両手に収穫を持って採取から戻ると、グリンとクロは相変わらず鬼ごっこ訓練をやっていた。
「さてと。これでだいぶ素材の方は補充できたはずだけど……おや?」
 ナツキはグリンの様子が違っている事に気が付いた。表情が険しい。クロの動きを封じる余裕が無いのだ。お互いにバラバラにジャンプし、優位なポジションの奪い合いをしている。ナツキはクロの動きに注目した。僅かだが、クロのジャンプの初速がグリンのスピードを上回っている。暴食の成果が現れ始めたのか。しかもクロは、ウィングターンをあまり使わなくなっていた。ウィングターンはごく僅かだが跳躍スピードが減速する。クロはグリンのテクニックにスピードで対抗する策を選んだのだ。
「なるほど。元々スピードが取り柄のモンスターだ。お前にしちゃ上出来だね。でもそれだけじゃグリンに勝てない事は、お前にも分かってるはずだよ」
 ナツキはクロたちの邪魔にならぬよう鼻歌を歌いながら広場の外れに置いてある収納籠へと歩いていった。クロとグリンが実戦さながらに飛び回っている。そして、それは突然起こった。グリンのジャンプを追うようにクロもジャンプする。死角を取るためグリンの左側面へ出るようジャンプを交差させた。グリンはクロを視界に捉えるためウィングターンで反時計回りに方向転換して着地する。後を追ったクロもグリンと同時に着地。だが次の瞬間、クロは着地に失敗し、勢いよく後ろ向きに吹っ飛んだ。ナツキはクロの動きに目を奪われ、両手の収穫を落とした。
「お前、今……いったい何をしたんだい?!」
 着地した瞬間、クロの体は完全に後ろ向きになっていた。高速ジャンプのまま、グリンとは全く異なる方法で方向転換したのだ。グリンにもクロが何をしたのか見えていない。予期せぬ出来事が起きた。グリンも目を見開いてクロを見ている。クロは慌てて起き上がった。グリンの動きが止まっている。クロはグリンの死角に滑り込むようにジャンプした。我に返ったグリンが慌てて向きを変える。クロは死角を回り込み、ついにグリンの尻尾を押さえた。
 ポンッ!
 初めてグリンの尻尾を捕まえた。
「ギャウギャウギャウギャウギャウギャウギャウ――!」
 クロは飛び跳ねて喜んだ。グリンとナツキは唖然としながらクロを見た。尻尾を押さえた事はこの際問題ではない。クロは何かを掴みかけている。ふたりの興味はその一点に集中した。
「クロ……お前の力をもう一度見せてご覧」
 再び仕切直す。グリンは力をセーブし視線を切らないことに集中しながら、クロの背後を追い立てるようにジャンプした。執拗な追跡を嫌いクロが大きくジャンプする。着地姿勢に入る直前、クロは両手を地面に向けず、逆に上体を引き起こした。素早く両手を広げたかと思うと体の前後に振り回すように引き寄せ、強引に体を後ろ向きにひねる。後ろ足だけで踏ん張るように着地する。そのまま前掲し体を折り曲げ、黒爪で地面を掴みながら両足に溜まった爆発力でターンジャンプした。追走するグリンとすれ違う。クロは再びターンし、旋回するグリンの背後を取った。グリンも慌てて向きを変える。だが一瞬早く、クロの黒爪がグリンの尻尾を押さえた。
 ポンッ!!
 体を伸ばし尻尾を押さえるクロと振り向いたグリンの目が合った。二頭の動きが止まる。ナツキは全身鳥肌立った。飛竜種は二足歩行する時でも基本的に体幹は地面に水平を維持する。それはジャンプにおいても同様だ。直立歩行する人間ならともかく、翼を持つ飛竜種にとって背骨を軸とした回転運動は基本的にあり得ない。クロはここ数日グリンに勝つ方法を必死に考え、本来飛竜種は行わない動きへと辿り着いたのだ。
「いったい何処でそんな動きを覚えて……あ、そうか!」
 ナツキは突然笑い出した。ここ数日クロはウィングターンの練習を続け、数えきれぬほど転倒している。仰向けになれば飛竜種といえど体をひねる動きで姿勢を戻す。クロのツイストターンは自ら仰向けに近い状態を生み出しそれを応用した物だ。正統派のグリンには想像も付かなかった動きに違いない。ナツキは拳を握りしめ武者震いした。
「強敵を前にしてもなお自らを進化させる発想力……お前は間違いなく覇者の息子だよ!」
 ナツキはクロに無限の可能性を感じた。
 クロはグリンの尻尾を見た。僅かだが血が流れている。必死に押さえたため、黒爪で傷付けてしまったのだ。クロはそっと手をどけると、グリンの傷をペロペロと舐めた。グリンはとても穏やかな表情でじっとクロを見ている。
「ギャウギャーゥ」
 グリンはクロに声を掛けると、満足そうに樹海の奥へと帰って行った。

 その夜、巨樹の寝床に戻るやいなや、クロは泥のように眠りについた。毎日動けなくなるまで自分を鍛えているのだ。無理もない。ナツキはクロの体を優しく撫でてやった。厚い体毛の下に太く逞しい筋肉が隠されている。
「出会った頃はガリガリのやせっぽちだったのに……いつの間にかこんなに逞しくなったんだね……」
 風に巨樹の葉がざわめく。ナツキの頬にポツリと雨が当たった。見上げるとツタで掛けた即席の屋根がゆがんでいる。寝ているクロを雨に当てないためにナツキが作った物だ。ナツキは腰に下げた鞭を手に取った。先日倒したイビルジョーの皮から作った丈夫な鞭だ。鞭の先端を上の枝に絡め、幹を蹴りながら飛び跳ねるように登っていく。かつて閃刀鞭の使い手だったナツキには、この程度の鞭捌きは造作もない。手際よくツタの配置を直す。どうやら本降りの雨ではない。風に雨粒が混じっているようだ。枝の隙間から空を望む。千切れた雲の隙間には星が輝いている。ナツキは妙な胸騒ぎを覚えた。更に上の枝へと駆け上る。空には満月が輝いていた。頭上の一角だけ、幾つもの低い雲が蠢いている。
「嫌な雲だね。バラバラに動いてやがる」
 強さも方向も安定しない奇妙な風に、樹海の木々がざわめいている。ナツキは近くの別の巨樹に気配を感じた。グリンだ。グリンも空が気になり見に来たのだ。ナツキの視線にグリンも気が付いた。ふたりは息を殺して雲を見上げた。
「あれは!」
 雲の切れ間に巨大なシルエットが現れた。コウモリのような大きな翼、尖った長い尻尾。僅かに四肢の影も見える。飛竜種は前足が翼を兼ねるため、あのシルエットはあり得ない。
「この風、この雨……間違いない! 鋼の古龍、クシャルダオラ!」
 古龍種は自然の理を操る。クシャルダオラは全身に風を纏う。奴の風に吸い寄せられた水蒸気が、あの奇妙な雲を作っているのだ。クシャルダオラは悠然と羽ばたきながら南に向かいゆっくりと移動している。その方角にはあのユグドラシルがそびえている。
「奴がユグドラシルに立ち寄るのは間違いないね。そしてあそこにはあの銀レウスがいる」
 古龍の生命力は火竜の比ではない。だがユグドラシルを支配するのは火竜の中の火竜、銀のリオレウスだ。如何に古龍といえど、軽々にあしらえる相手では無い。ナツキは不敵な笑みを浮かべた。
「銀レウス、クシャルダオラなんかに負けんじゃないよ。アンタはクロが倒すんだからね!」
 ナツキは南の方角を睨み付けた。グリンはナツキの気配に何かを感じ取っていた。

 次の日も、クロとグリンはトレーニングを続けていた。グリンもクロが力を付けてきた事を認め、いよいよ本気で相手をし始めた。クロがグリンの尻尾を押さえられるのは、まだ十にひとつといった所だ。ナツキはクロたちを見ながら集めた素材でバレットの調合を進めた。収納籠もほぼ満タンになったが、最後にひとつだけ問題が残った。雷撃榴弾の調合に使う雷光虫が足りないのだ。
 雷撃榴弾のショットシェルは、参式拡散弾に使う大型のカラ骨より何倍も大きい。ショットシェルの素材は、先日倒したイビルジョーの骨から削りだし、非常に高品質な物を用意する事が出来た。問題は凄まじい雷撃を放つ炸薬素材だ。バクレツアロワナやカクサンデメキンは釣りで十分な量を確保できた。だが雷撃の元となる肝心の雷光虫が、この近辺の樹海には全く見あたらないのだ。これにはさすがにナツキも頭を抱えた。もともと雷光虫は数を集めるのが難しい虫で、比較的高値で取引される。ストックを使えば何とかあと一発は調合できるが、それでは何とも心許ない。
「そうだ。山なら採れるかもしれないね」
 ナツキは採取用の装備を調えると、クロをグリンに任せ、単身山へと続く獣道を上っていった。
 暫く上ると、小川が幾つも流れる渓流地帯へと入った。少し開けた林に出る。木漏れ日の下に幾つも動く影がある。足の短い太ったダチョウのような鳥竜種モンスター、ガーグァだ。小型モンスターとは言っても性格は臆病で大人しく、家畜としてもよく利用される。ガーグァたちはしきりに下草をついばんでいる。好物の昆虫を食べているのだ。ガーグァの回りを青白い光が無数に舞っている。雷光虫だ。
「キャ――、いるいる!」
 ナツキは虫網を取り出すと、ガーグァを刺激せぬよう近付いた。素材として使うには、十分に成長した大きい成虫が良い。ナツキは嬉嬉として虫網を振った。
「うわ――、凄い凄い! いい型の雷光虫がいっぱいいるじゃない!」
 次々と捕まえては革袋に詰める。この調子なら直ぐに充分な量が集まるだろう。背嚢を満たし更に集める。ナツキは雷光虫の群に釣られて奥へ奥へと進んでいった。大きな雷光虫がやけに多い。雷光虫の放電が腕を掠めた。
「イタッ! なによこれ。数が多すぎ……」
 背筋が凍り付いた。目の前で巨大なモンスターがナツキを見下ろしている。採取に夢中になるあまり、接近に気付けなかったのだ。慌てて雷神弩に手を掛ける。だが次の瞬間、大型モンスターがナツキ目掛けて前足で力一杯踏み付けてきた。咄嗟に回避に切り換える。直撃こそ避けたもののナツキの体が大きく吹き飛ばされた。
「クッ、しくじった!」
 ダメージは大きいが動けない程ではない。森の暗がりの中、大型モンスターがゆっくりとナツキに近付いてくる。全身青白く輝いている。放電の輝きだ。周囲には輝きを増した雷光虫が舞っている。木漏れ日が当たり大型モンスターの姿が浮かぶ。滑らかな碧の鱗、太く強靱な四肢、異常に発達した胸板、狼を思わせる顔と前に突き出た山吹色の二本の角。胸元から両肩を越え背中、尻尾へと続くのこぎりの刃のような突起。その背中の部分には異常発達した雷光虫が巣くい、過剰な放電を撒き散らしている。
「こいつ……聞いた事がある……山深い場所に住む牙竜種、雷狼竜ジンオウガ!」
 おそらくはイビルジョーを倒した事で、山のモンスターのパワーバランスが崩れたのだ。雷属性を嫌うイビルジョーは本来ジンオウガを苦手とする。先日倒したイビルジョーは、こいつがいるため山奥へは入れず、代わりに樹海へと降りてきた。だがそのイビルジョーがいなくなり、今度はジンオウガが餌場の縄張りを広げて来たのだ。
 ジンオウガがナツキ目掛け突進してきた。空を飛ばぬ分、牙竜種は圧倒的な脚力を持つ。だが、軽快なフットワークが信条の軽弩使いを凌駕するほどではない。突進をやり過ごし振り返ったその時、急停止したジンオウガが空中を舞った。
「なにっ!?」
 巨体を勢いよく後方に宙返りさせ、太い尾をナツキ目掛けて叩き付けた。かろうじて回避したが、インパクトの瞬間放電が撒き散らされナツキの甲冑を襲った。ナツキの甲冑バトルシリーズ・プロトタイプは、リオレイアの素材も用いているため雷属性に対する耐性が若干弱い。
「クッ! あんなの喰らったら、一溜まりもないわ!」
 採取装備で来たためバレットの予備も無い。ここは何とか振り切って逃げるしかない。ナツキはジンオウガから距離を取った。追っては来ない。勢いよく背中を振るような動作をして雷光虫の塊を飛ばしてきた。大した速度は無い。ナツキは横へ避けるように移動し木の後ろへ隠れた。この隙にポーチに仕込んだ道具を漁る。その時、余裕で回避したはずの雷光虫の塊が弧を描きながら唸りを上げて加速し、木の後ろへ隠れたナツキを襲った。
「キャ――ッ!」
 雷球の直撃を受け、ナツキの体が吹っ飛ばされた。地面に叩き付けられ這いつくばる。
「ちきしょう……こんなところで!」
 体中が痺れて起き上がれない。ジンオウガはとどめを刺すため、山岳の王者の風格を漂わせながらゆっくり堂々とナツキに迫った。

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