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 モンスターハンター・ゼロ外伝 「黒き神の記憶」

 クエスト12 「あたしは何か見落としてる!」
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 クロはナツキを背に乗せ、力強くユグドラシルを目指した。高度は取らず、うねる緑の海原を滑走するように進んでいく。ナツキと出会って約半年、ナルガクルガのクロは堂々たる大型モンスターに成長した。ケルビ一匹狩れなかったチビ助が、並み居る強敵と渡り合えるG級モンスターになったのだ。大樹海に生まれた同世代モンスターと比べれば、クロは間違いなくトップクラス。大樹海での将来は約束されたようなものだ。ナツキの英才教育は大成功を収めたと言える。
 だが、クロのうなじに跨り心地よい風を受けながらも、ナツキの表情は険しかった。これから一戦交えるリオレウス希少種は、只の強豪モンスターとは訳が違う。奴はこの広い大樹海の頂点に君臨する飛竜なのだ。ナツキはこれまで、対銀レウス戦のシミュレーションを何度となく繰り返してきた。フル装備のナツキがサポートしても、勝率は五分五分。苦しい戦いとなるのは明らかだった。ユグドラシルにおける戦いは単なる遭遇戦ではない。大樹海の覇者に後退は無いのだ。たとえ銀レウスを追い詰めたとしても、息の根を止めぬ限り戦いは終わらない。覚悟を決めた手負いモンスターの恐ろしさは、ナツキも重々心得ていた。
 ナルガクルガはスピードこそ傑出しているが、軽量の分、全体的に攻撃力は低い。スピードで相手を翻弄しながら少しずつ体力を奪うほか無く、長期戦は避けられない。一方、リオレウス希少種には火炎を駆使した強烈な一撃がある。多少の負傷は覚悟の上だが、重い一発を喰らってしまえば勝機は完全に絶たれてしまう。体力、スタミナ、攻撃力、どれを取っても超一流の銀レウス相手に、綱渡りのような戦いをしなければならない。
『仮にあたしとグリンで戦っても結果はほとんど変わらない。デスマッチを挑むには、決定力が違い過ぎる』
 境界の広場を訪ねた事で、ナルガクルガの持つ能力は総て明らかとなった。あの巧手グリンをもってしても、形勢をひっくり返すほどの必殺技は持っていなかった。ナルガクルガの武器はあくまでもスピードを活かした攪乱と正確無比な攻撃。一撃必殺など望むべくも無い。
『分からない……クロのおっかさんは、いったいどうやってユグドラシルに君臨したんだい……』
 ユグドラシルの周辺には、銀レウス以外、飛竜種は見あたらず、草食獣も豊富だった。それはクロの母親があの一帯を完全に支配していた証拠でもある。ナツキはクロと寝食を共にし、黒い皮脂が甲冑を染め上げるほど過ごしてきたのだ。ナルガクルガにこれ以上、隠された能力があるとは考えられない。なぜクロの母は絶対覇者として君臨できたのか。この修行の旅によって、謎は解けるどころか益々深まってしまった。

 突然クロが低くうなり声を上げた。ナツキは我に返ると前方の空を見上げた。
「なんだい、ありゃ?」
 ナツキは双眼鏡を取りだした。樹海の上空、至る所で飛竜たちが争っている。リオレウス、リオレイア、エスピナス、見た事もない飛竜もいる。樹海から飛び立ち、再び突っ込んでいく者もいる。どうやらそこらじゅうで縄張り争いが起きているようだ。見たところ若い飛竜が目立つ。
「向こうに見えるのは、さっきのつがいのようだね。まいったね、こりゃ。そういう事か。あのつがいも、この乱戦を嫌って辺境まで流れてきた訳だ」
 樹海と言えど季節はある。季節は植物の生育を支配し、草食モンスターの繁殖に影響する。そしてそれを捕食する肉食モンスターもまた同様である。クロが独り立ち出来るようになったのと同じく、他のモンスターの新しい世代も次々と名乗りを上げ、各所で縄張りの引き直しが起こっているのだ。
 このまま南進するのはリスクが高い。無用な戦闘は極力避けたいし、そもそも有効な飛び道具のないナルガクルガでは空中戦には無理がある。
「しょうがないね。クロ、東に迂回するよ」
 大樹海は南北に長い構造をしている。いったん東に進み、外縁部を南下する方が得策だ。ナツキが左を指し示すと、クロは東に向けて転進した。
 大樹海の西側には海岸線が続き、ナツキが大樹海横断に出発した港町ギャリアギャリアがある。海からの湿った風が大樹海を潤し、巨樹の密集した深い原生林を生み出している。大樹海を東へ抜けると風は乾き、乾燥した岩砂漠となる。ナツキが本来目指していたエルサンドは、そんな乾燥地帯にある宿場町だ。大樹海の外縁部に近付くとナツキはクロを着陸させた。休憩を挟みながらここからは陸路南を目指す。ここまで来れば焦る必要は無い。途中、小規模な小競り合いはあったものの、大型モンスターとの本格的なバトルは回避して進んだ。

 数日後、そろそろユグドラシルの東側に出ようという所で、ふたりの目の前から突然樹海が途切れた。どうやらこの辺りは砂原と樹海が入り組んでいるらしい。草木のまばらな地形の向こうに再び樹海が続いている。陽もだいぶ傾き始めた。砂原を迂回すれば向かいの樹海に着く前に陽が落ちてしまうだろう。砂原を横断すれば陽が沈む前に着きそうだ。向かいの樹海には巨樹が多く、クロの寝床も探しやすそうだ。目の前の荒野は丁度気温も下がり始め、横断には都合がよい。
「クロ。ここを突っ切るよ」
 ナツキはクロを連れて真っ直ぐ砂原の横断を始めた。夕焼けが辺り一面をオレンジに染める。中間地点に差し掛かった所でナツキはクロをチラリと見た。
「お前も気付いたかい。誰かがあたしたちを見ているね」
 ナツキとクロは気付かないふりをして先を急いだ。辺りには小型モンスターも見あたらない。明らかに何者かがこっちを見ている。百メートル以上は離れているようだ。岩陰か、砂の中か。オレンジ一色の大地にそれらしい姿は見あたらない。乾いた風が音を立てて流れている。突然、ふたりの左手に竜巻が現れた。
「つむじ風?」
 竜巻の上部から巨大なオレンジの影が猛烈なスピードで襲ってきた。クロとナツキは二手に分かれ回避した。ふたりのいた場所に巨大な影が滑り込むように旋回着地した。辺りの砂を巻き上げる。
「こいつ、ベリオロスの亜種!」
 ナツキは素早く雷神弩を抜いた。全長はクロと同じくらいだ。砂と夕焼けのオレンジに溶け込み保護色になっている。体型はナルガクルガとよく似ているが、全体的にがっしりとしている。皮膚も硬く尻尾も太い。前脚は刃翼の代わりに細長い盾のようになっており、その上下にはスパイクのような棘が並んでいる。少し膨らみ先の割れた尻尾の先端部分にも、左右に棘が並んでいる。硬い皮膚は砂漠地帯の過酷な環境に耐え、棘は足場の悪い砂地をがっしりと捉える役目を持つ。上顎には巨大な牙が二本生え、面構えはまさにサーベルタイガーそのものだ。非常に発達した胸膜を持ち、肺に溜めた空気を気弾として放ち、竜巻を発生させる事が出来る。先ほどの竜巻もこいつが放った物だ。自ら作った大竜巻を足場に、旋回力を乗せた猛スピードで獲物を襲う。風を扱う行動パターンと特徴的な牙により、風牙竜の名で呼ばれている大型モンスターだ。
「なるほどね。ここはあんたの狩り場って訳だ」
 ナツキは眉をひそめ舌打ちした。おそらくこの場所は、樹海をはぐれ出たモンスターの通り道だろう。日中は熱く夜は寒い砂原も、日没前後は丁度良い気温となる。樹海の草食獣たちもこの時間を狙って反対側の樹海まで横断するのだろう。この風牙竜は夕焼けのオレンジに溶け込み、そんな獲物を狙っていたのだ。
「あたしらを襲おうなんて、いい度胸じゃないか!」
 ナツキは風牙竜の側面に弐式弾をお見舞いした。だが手応えが鈍い。前脚のスパイクが生えた部分は盾のように厚みがあり非常に硬いのだ。風牙竜はナツキに向きを変えると、真っ直ぐ連続ジャンプで襲ってきた。ベリオロス亜種も素早いモンスターではあるが、ナルガクルガほどではない。ナツキは左へ回転回避すると再び攻撃態勢を取った。
「アレ?」
 ナツキは何か違和感を覚えた。頭の中で何かが引っかかる。風牙竜が振り返り、ナツキ目掛けて尻尾を薙ぎ払ってきた。ナツキは咄嗟に下がりそれを躱した。
「おっと、いけない。集中集中!」
 ナツキは尻尾を引くタイミングに合わせ奴の顔面に弐式弾を浴びせた。風牙竜の意識がナツキに集中したその瞬間、風牙竜の背中を黒い影が横切った。隙を突いたクロが刃翼を浴びせたのだ。だが、飛び掛かる際の踏み込みが甘かった。砂の多い地面では、ナルガクルガの脚力が活かし切れないのだ。風牙竜は樹海の側へ回り込むようにジャンプした。夕日を背にしてクロの視線を殺す。クロが夕日の眩しさに視線を切ったその瞬間、風牙竜は連続ジャンプで直進し噛み付き攻撃を仕掛けてきた。
「クロ!」
 ナツキは雷神弩を振り、回避を指示した。間一髪、クロは後方へ身を翻し、風牙竜の噛み付きを躱した。
「こいつ、強い!」
 小型モンスターならともかく、自分と同じ大きさのクロを襲ってきたのだ。風牙竜とて勝算も無しに仕掛けてくるはずがない。
「なるほど。今ここはあんたの世界ってわけかい!」
 ナツキが樹海側へ回り込もうとすると、風牙竜が風ブレスを放ってきた。着弾し小さな三つの竜巻に別れ、行く手を阻むように走り始める。風牙竜はナツキとクロを砂原の奥へと追い込もうとしているのだ。地の利を最大限に活かして攻撃する。強豪モンスターほどその事を充分心得ている。竜巻の一つがクロを襲う。躱せないスピードではないが、足場が悪く攻撃に転ずるまでの余裕がない。
「とにかく、奴の動きを封じないと!」
 ナツキは風牙竜を警戒しながら竜巻を躱すと雷撃弾に切り換えた。砂漠に住むモンスターでは暑い気候ゆえに氷属性に弱い者が多いが、雷属性も比較的有効な場合が多い。
「こいつにも確かいけたはず!」
 ナツキはシールドのような前脚の棘に雷撃弾を叩き込んだ。放電が走りダメージが加わる。手応えがあった。棘を破壊すれば、風牙竜も砂に脚を取られ動きが鈍る。ナツキは一刻も早く棘を破壊するため攻撃を集中した。
 風牙竜はいったん陽を背にするように下がると、大きく息を吸い込み大竜巻を作った。竜巻ダイブで一気に勝負を掛ける気だ。上空へ舞い上がり、竜巻の縁に翼膜を引っかけるように突っ込んでいく。竜巻に合わせベリオロス亜種の体が急旋回する。スピードが最大限に乗った所で襲い掛かる気だ。ナツキとクロは、今度は二手に分かれている。どちらを狙うのか。ナツキは細かく移動しながら警戒した。一方クロは全く動かず、ベリオロス亜種の動きをじっと見ていた。
「クロ!」
 ナツキの予感は的中した。ベリオロス亜種はクロ目掛けダイブしてきた。ほんの僅か、クロの対応が遅れる。旋回着地の瞬間、奴の尻尾の棘が回避するクロの体を掠めた。皮膚が裂け鮮血が飛び散る。
「何やってんだい!」
 ナツキは風牙竜の棘に雷撃弾を浴びせながら毒突いた。だが、負傷したクロの目は驚くほど冷静だった。クロは何かを考えている。ナツキは風牙竜に向かい突進した。早く棘を破壊しなければ。だが風牙竜は狙いをクロに絞った。クロの斜め後方へと回り込むようにジャンプし、ショートタックルを浴びせてくる。クロは冷静に回避した。傷の割にダメージはそれほど無いようだ。再び風牙竜が襲う。クロはあえて反撃せず、回避に専念した。
「クロ、お前、いったい何を……」
 風牙竜はナツキから離れるようにクロを追い込んでいく。クロもそれに逆らわず、回り込むように後退する。風牙竜が再びブレスを放ち大竜巻を作った。上空へ舞い上がり大竜巻に飛び込む。クロはそれを待っていた。上空へ舞い上がると、ベリオロス亜種を追うように大竜巻に飛び込んだ。
「まさか!」
 ナツキはその光景に息を呑んだ。クロも大竜巻で旋回を始めたのだ。ナルガクルガとベリオロスは、体型はほとんど同じだ。クロは奴の動きを観察し、大竜巻の使い方を盗んだのだ。
 ベリオロス亜種は愕然とした。竜巻の反対側に黒い影が旋回している。竜巻に飛び込んだ相手を追う『竜巻返し』は、同族同士の争いではそれ程珍しい技ではない。だが大抵の場合は力量が上の者が下の者を追い詰め、一気に勝負を付ける際に用いるもので、異なる種族に仕掛けられるなど聞いた事がない。既に遠心力は極大化しつつある。体も重く先に飛び込んだ自分が先に飛び出さねばならない。地上の目標は人間のみ。だがそこを狙うのは余りにもあからさま過ぎる。着地の瞬間を逆に狙われてしまう。風牙竜は何もない場所へとダイブした。次の瞬間、クロは明後日の方向へ飛び出した。実はクロには着地場所を指定する事など出来なかった。いくら覇者の息子でも、他のモンスターの技を一発で盗める訳がない。要するにはったりを噛ましたのだ。クロは何とか着地すると、目を回している事を気取られぬようゆっくりと歩いた。
 一方、ベリオロス亜種の動揺は尋常ではなかった。技の精度の問題ではない。自分の必殺技を完全に封殺されたのだ。もはや大竜巻を作るわけにはいかない。パニックを起こし動きの止まったベリオロス亜種を、ナツキの雷撃弾が襲った。ついに右前脚の棘が音を立てて砕け散った。衝撃に砂色の巨体が倒れ込む。ナツキは反対側へと回り込み、更に左前脚の棘も破壊した。ようやく風牙竜が起き上がったその瞬間、クロの刃翼が風牙竜の顔を襲った。自慢の牙が僅かに欠けた。踏み込みが甘い分、へし折るまでには至らない。だが、ベリオロス亜種は既に戦意を喪失していた。必殺技を封じられ、両前脚のスパイクまで失ったのだ。陽もだいぶ傾き、辺りもオレンジから紫へと変わり始めている。闇が近付けば、今度はナルガクルガの世界になる。引き際を弁えている事も、強豪モンスターの特長だ。風牙竜は後方へ身を翻すと、悔しそうにクロとナツキを睨みながら空高く舞い上がっていった。ナツキとクロは彼方へと飛び去るベリオロス亜種をじっと見送った。
「ギャウ」
 クロがナツキの側に近付いてきた。
「よくやったね、クロ」
 ナツキはクロの頭を抱きしめ撫でてやると、傷に薬を塗り応急処置をした。
「さあ。先を急ごう」
 陽は樹海の奥へ隠れようとしている。陽が沈めば砂原は急速に冷えていく。夜になれば、夜を縄張りとするモンスターの世界へ変わる。不慣れな土地に長居は無用だ。ナツキはクロを引き連れ南側の樹海へと急いだ。
『夕日の砂原はベリオロス亜種の世界だった。あいつのお株を奪ったクロも凄いけど、撃退できたのは運が良かったと言うべきだろうね』
 ナツキはクロの応用力に感心しながらも、テリトリーの重要性を再認識するのだった。

 翌朝、ナツキはいよいよ進路を東へ向けた。目指すユグドラシルは近い。一気に飛んでいける距離だが、ナツキはあえてゆっくり陸路を進む事を選んだ。大した傷ではないが、昨日クロが受けた傷は完治させておきたい。それにあのベリオロス亜種戦で感じた違和感。あれはいったい何だったのか。クロが寝た後も、ナツキはずっとその事を考えていた。喉元まで出かかっているのに分からない。
『何か……とても大事な事のような気がする。あたしは何か重要な事実を見落としている!』
 ハンターの勘が『まだ戦うな』と告げている。おそらくそれはクロの母親の謎に繋がる事だ。答えを見つけるためにも、今は先を急ぐわけにはいかない。
 ふたりの行く手が窪地へと変わった。ゴツゴツした黒い岩が露出し、ひんやりとした霧が静かに流れている。巨樹に光を遮られ、薄暗い沼地のようになっているのだ。足下も僅かにぬかるみだした。ナツキはこのまま進むべきか迷った。クロは濡れることを好まない。それほど広い湿地帯ではなさそうだが、今なら引き返して迂回することも出来る。
 ナツキが歩を緩めると、クロも振り返るように止まった。
「ギャウ?」
 クロが小首をかしげたその時、真下の地面から鋭い鋏のような物が突き出し、クロのお腹を突っついた。
「ギャッ!?」
 驚いたクロがその場から飛び退き身構える。クロのいた場所から人間ほどの大きさのヤドカリのような小型モンスターが現れた。茶色の甲羅を背負った紺色の甲殻種モンスター・ガミザミだ。
「おっと。やはり面倒くさい連中が住んでたか」
 ナツキは雷神弩を抜いた。ガミザミは外見そのままのヤドカリ・モンスターで、個体によっては毒も吐く。だが一番厄介なのは、足の速さだった。特に非力なライトボウガンにとっては、至近距離から高速の蟹走りで弧を描くように接近されるのが一番困る。狙撃もしにくく、一発で仕留められないとそのまま反撃を喰らってしまうからだ。ガミザミは鋭い鋏で薙ぎ払ってくるため、喰らうとその場で尻餅をついてしまう。大型モンスターを前にしている時にこれをやられると、命取りになる事さえある。
 ナツキは素早く雷神弩を構えた。ガミザミは高速蟹走りでクロの足下に滑り込んだ。鋏を振り、クロの足を攻撃する。クロはサッと躱すと、黒爪で叩き潰した。ガミザミは大きく喘いで死んだ。背中の甲羅が砕けている。
「ガミザミは群れで住むからね。こりゃ、引き返した方が良さそうだ。クロ、戻る……よ……何してんだい?」
 クロは砕けたガミザミの甲羅の中をしきりに覗いている。黒爪でこじ開け臭いを嗅ぐ。突然クロはクリクリと目を輝かせた。嘴を突っ込み内蔵を咥える。嘴を鳴らしながら、目を閉じじっくりと味わう。どうやら味に感動しているようだ。
「お前、ザザミソも好物なのかい」
 ガミザミやヤオザミといったヤドカリのような甲殻種モンスターからは、ザザミソと呼ばれる内臓が採れ、人間世界でも珍味として珍重される。ナツキは嫌な予感を覚えた。仲間の断末魔を聞き、周囲の地面から次々とガミザミが現れた。クロは嬉嬉として赤い瞳を爛々と輝かせた。疾風のように次々とガミザミを襲っては、甲羅を剥がしザザミソを食い漁る。体が泥んこになろうが関係ない。
「ギャウギャウギャウギャウ!」
「あちゃ〜」
 ナツキは頭を抱えた。体こそ大きくなったが、まだ子供だ。クロはガミザミを片っ端から食い荒らすと、ジグザグに飛び跳ねながらどんどん湿地帯の奥へと進んでいった。ナツキも仕方なく後を追う。
「そんなに食べて、腹でも壊したらどうする……」
 突然、ナツキの脳裏に昨日のベリオロス亜種が浮かんだ。
「まてよ? そうだ。こんな単純な事、今までどうして気が付かなかったんだろ!」
 ベリオロス亜種は、直線的に連続ジャンプして襲い掛かってきた。獲物を襲うならごく当たり前の動きだ。だがクロは、ケルビに接近する時でさえ、わざわざジグザグに連続ジャンプする。四つ足で走る時も、まったくもって格好がつかない。おそらくナルガクルガの股関節は、真っ直ぐ進むより自由な方向へ跳ぶ事に適した構造をしているのだ。
「でもいったいどういう事? 何でそんな能力を身に着ける必要があるんだろう?」
 ナルガクルガは俊敏な動きをするモンスターだ。もしも直線的に連続ジャンプしたなら、相当な間合いを一気に詰める事が出来るはずだ。だがナルガクルガは、そんな動きをそもそも必要としていないのだ。
「木が多い樹海に住んでるから?」
 以前、クロがフロギィの群をからかった時も、木々が密集する林の中を自由自在に跳び回っていた。あんな真似は他の大型モンスターには絶対出来ない。
「でも、そんな能力が何に役立つっていうの? 逃げるためならともかく、攻撃の役に立つとは思えない」
 通常、モンスターは、炎やパワーを獲得するか、防御力を増すような進化を遂げている。だがナルガクルガは、そのどちらも選ばなかった。重い甲殻を捨て、軽量化により攻撃力までも犠牲にしている。代償として唯一手に入れたスピードも、直進力には活かすこと無く、まともに走る事も出来ない不思議な股関節を獲得している。だが、この一見無意味な符合が集まった先には、数多の飛竜をことごとく撃退する絶対覇者の境地が確実に存在するのだ。ナツキはクロの背中を追いながら、隠された真実が目前まで迫っていると予感するのだった。

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