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 モンスターハンター・ゼロ外伝 「黒き神の記憶」

 クエスト14 「お前は最高のモンスターだよ」
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 ユグドラシル。有史以前、森羅が依り代として生み出した超弩級の巨大樹。一万年前、帝国の滅亡と共に焼け落ちたその姿は、世界各地の樹海で生きとし生けるものを静かに見守り続けてきた。大空舞う飛竜たちは営巣地の最高峰としてその地を目指し、樹海をテリトリーとする迅竜ナルガクルガもまたそこを最高の住処とした。大空の覇王リオレウス希少種と樹海の暗殺者ナルガクルガの戦いは、自然の織りなす歯車の中、避けることの出来ない宿命なのだ。
 ユグドラシル前の広場に重い緑の風が流れる。銀レウスはゆっくり堂々とクロたちの方へ近付いてきた。クロは弧を描くように間合いを保ちながら右へ右へと回り込んだ。ナツキはクロと反対方向へ歩く。お互い動きこそ静かだが、頭の中では激しい初手の読みあいが繰り広げられていた。戦いは先手を取った者が有利とは限らない。達人クラスの戦いでは、後の先、先の先など当たり前だ。ましてや、一方的に畳みかけるなど、余程の条件が揃わぬ限り不可能だ。リオレウスは、重い一撃を加えることで一気に勝負を掛けてくる。一方、ナルガクルガの取るべき手段は。クロとナツキはその瞬間を待っていた。
 クロとナツキの位置取りが、銀レウスを挟む形に近付く。銀レウスはクロの歩を盗み、ノーアクションでフワリと軽く後方へジャンプし挟撃を避けた。その動きにクロが一瞬反応しそうになる。だがすぐに回り込む動きに修正した。反応し飛び出すところを銀レウスは狙っていた。いまやクロにも戦いの駆け引きぐらい読める。境界の広場でグリンに散々しごかれたのだ。このぐらい造作もない。
 こういう時、戦端を開くのは遠距離武器を持つガンナーの役目だ。ナツキは小走りに回り込むと、振り向きざま銀レウスの右顔面に雷撃弾を撃ち込んだ。僅かな放電が瞼を走り、銀レウスの注意が一瞬逸れた。クロはその瞬間を盗み、ジャンプで鋭く奴の左側面に滑り込んだ。銀レウスはクロの動きを読み、口に炎を溢れさせながら振り向きざま噛み付き攻撃を仕掛けてきた。左脚を軸に巨体を回し右脚を踏み込む。だが、軸足の膝裏を雷撃弾が立て続けに襲った。僅かに踏み込みが甘くなる。頭上に銀レウスの噛み付きを掠めながら、クロは地を這うように旋回し、尻尾を奴のふくらはぎに叩き込んだ。銀レウスは二、三歩よろけるように前進すると振り返った。追撃できるほどの隙ではない。クロもステップして間合いを稼いだ。
 銀レウスはギロリとナツキを睨んだ。攻撃的サポートの分、初手はクロが勝った。技量の不足をあの人間が補っている。味方を信じ、炎を恐れず懐へ飛び込む度胸。振り向き攻撃を読み、迷わず尻尾で下段攻撃を繰り出す判断力。ナルガクルガの小僧も、もはや紛う事なき一流の戦士だ。このふたりの連携は手強い。銀レウスは小さく吼えながら右脚でゆっくり地面を掻いた。
 突然銀レウスはノーアクションから弱い火球をクロに放った。虚を突かれたクロはジャンプで大きく回避してしまった。明らかにオーバーアクションだ。それを見て銀レウスはすかさずナツキに向かい突進した。雷撃弾をリロードしたナツキは一発放ち牽制すると、サイドステップですり抜けるように銀レウスを躱した。素早く振り向き照準を向ける。だが銀レウスも方向転換し、再び突進しようとしていた。ナツキは咄嗟に横っ飛びの回転回避に切り替え、二発目の突進も躱す。そこまでは銀レウスも読んでいた。ナツキが起きあがり体勢を立て直そうとしたその瞬間、唸りを上げる銀レウスの尻尾が真横からナツキを襲った。尻尾の先端がヒットしナツキの体を弾き飛ばした。連続突進から繰り出した旋回攻撃だけに威力はそれ程ではない。だが小さな人間を弾き飛ばすには充分だ。ナツキの体が地面を転がり体勢が大きく崩れた。銀レウスが首を小さく回し火球を放つ動作をする。一気に畳みかけるかに見えた次の瞬間、銀レウスは火球を放たず、代わりに筋肉を固めて背を丸め防御姿勢を取った。ギラギラと輝く銀レウスの背中を背後からクロの刃翼が襲った。クロは銀レウスがナツキを攻撃する間、奴の死角に潜み攻撃の機会を待っていたのだ。
 だが、それこそが銀レウスの本当の狙いだった。銀レウスはナツキへの攻撃を利用してクロが仕掛けるタイミングを制限したのだ。肉を切らせて骨を絶つ。筋肉の鎧で固めた銀レウスの背中はクロの刃翼に耐え、大きなダメージは受けていない。交差したクロの体が銀レウスの斜め前方に着地する。そこを狙い、銀レウスは特大の火球を放った。クロは着地から向き直った瞬間、猛烈な火球をまともに喰らってしまった。首から背中にかけて黒い体毛が劫火に燃える。怯んだクロの視界の端に、口から炎を溢れさせながら襲い掛かる銀レウスが映った。クロは慌てて横っ飛びして躱すと、迷わず近くの茂み目掛けて飛び込んだ。低木をなぎ倒しながらブッシュの中を連続ジャンプする。多少傷付くのは覚悟の上で、体を枝葉に擦り強引に炎を消した。銀レウスは荒れ狂う茂み目掛けて次々と火球を放った。三発目を放ったその瞬間、火球とすれ違うようにクロが茂みから飛び出した。地を這うように滑空したクロの黒爪が銀レウスの翼を切り裂いた。クロはそのままウィングターンで向き直り、銀レウスもまたクロの攻撃をいなして向きを変えた。両者が激しく睨み合う。お互い、連続攻撃に息が上がり膠着状態が生まれた。
 ナツキは間断なくバレットを放ちながら鳥肌立っていた。銀のリオレウスはさすがに強い。簡単に勝たせてくれる相手では無い。だがクロも決して負けてはいない。
『強くなったね、クロ!』
 ナツキのアドレナリンがマグマのように荒れ狂う。銀レウスに向かい突進し、雷撃弾で容赦なく左脚を削った。銀レウスはナツキへ反撃しようと上体を回した。だが左脚がついてこない。思った以上にダメージを受けている。一発一発の威力が小さいだけに、銀レウスはダメージの蓄積に気付けなかったのだ。
 ライトボウガンは、モンスターハンターが用いる武器の中でも一撃の威力が最も弱く、モンスターを狩るためには膨大な手数が必要となる。言い換えればそれは、最も運に頼らない武器だということだ。ナツキのように正確無比な狙撃能力を持つベテランハンターが扱えば、モンスターの体力を計ったように確実に削ることが出来る。
 クロはすかさず銀レウスの左側へ回り込み黒爪を浴びせた。僅かだが、銀レウスの対応が遅い。更にショートステップで回り込み追撃する。銀レウスの左の翼がきしみ、爪が砕けた。たまらず炎を撒き散らして応戦した。だが、雷撃弾の執拗な攻撃についに左脚が悲鳴を上げ、銀レウスの巨体が腰砕けに倒れた。クロは銀レウスの爪を避けるように回り込み、黒爪を浴びせ刃翼で切り裂いた。ナツキの雷撃弾が今度は右脚を削りだす。
 銀レウスは起き上がると、ふたりの間を割るように翼を広げて突進した。攻撃を当てるためではない。ふたりを遠ざけ距離を稼ぐためだ。銀レウスは振り向き歯ぎしりした。地上ではあの人間に弱点である脚を執拗に狙われてしまう。銀レウスはふたりを睨み大きく翼を広げた。舞い上がり空中から攻撃する気だ。
 だが、その瞬間こそ、クロとナツキが待っていた瞬間だった。
「クロ!」
 ナツキが腕を振りクロに合図する。クロは舞い上がる銀レウスの目の前にショートジャンプで飛び込むと、ツイストターンを繰り出し断崖絶壁のようなユグドラシル目掛けてジャンプした。銀レウスの視界から一瞬にしてクロの姿が消える。ホバリングで空中に浮かび上がった銀レウスは、慌ててユグドラシルへと向きを変えた。既にクロの姿は無い。クロはユグドラシルの幹を蹴り、上空を覆う巨樹の枝へと跳んでいた。
『早い!』
 銀レウスがクロの姿を探した次の瞬間、斜め後方から黒い影が銀レウスの背中を切り裂いた。無警戒の死角からの攻撃。クロの刃翼はクリティカルヒットし、銀レウスの体勢が大きく崩れた。羽ばたき姿勢を立て直しクロが着地した方向を向く。だがクロは既に次の三角跳びを開始し姿は無い。ドームのように覆う巨樹の枝がざわめく。銀レウスがしきりにクロを探すと、今度は真横から黒爪を喰らった。またしてもクリティカルヒットだ。銀レウスは全くクロの姿を追えなくなった。
 『ナルガラッシュ』 ハンターズギルドのモンスター生態分析班の記録に数例の目撃情報が記されている。樹海の迅竜ナルガクルガが対大型モンスター戦に使用する無双の戦闘行動だ。樹海にはナルガクルガが寝床に出来るほど太くて丈夫な巨樹が群生している。その幹や縦横無尽に入り組んだ枝は、総て三角飛びの足場となる。黒い軽量の体も、自在に跳び回るスピードも、無音の翼膜や赤外線まで見られる赤い瞳も、総てが樹海に適応し獲得した進化なのだ。俊敏な立体機動により相手の死角を支配し、防御不可能な一撃を加える。その攻撃はことごとくクリティカルヒットとなり、軽量ゆえの攻撃力不足を帳消しにしてしまう。ナルガクルガの素材で作られた武器は、威力は低いがクリティカルヒットを生じる会心率が高いことで知られている。これもまた、強引にクリティカルヒットを当て続けるナルガクルガの特性が反映したものだと言われている。ナルガクルガはその容姿から物陰からの不意打ちを得意とするモンスターと考えられがちだが、その本質は防御不能の攻撃を浴びせ続ける所にある。暗殺者の称号は伊達ではないのだ。
 銀レウスの体が、見る見る血の赤に染まっていく。滞空位置を変えるため、滑空突進してナツキを襲う。ナツキはサイドステップで躱すと、すれ違う銀レウスの背中にバレットを叩き込んだ。既に雷撃弾は撃ち尽くし、壱式貫通弾の残弾も僅かだ。銀レウスは大きく羽ばたき向きを変えた。だがその瞬間、再びクロの黒爪が銀レウスの鱗を切り裂いた。
 リオレウスは飛行能力が極めて高く、まるでヘリコプターのように空中に静止することが出来る。このようなホバリングが出来る飛竜種はそう多くはない。空中からの多彩な攻撃は、リオレウスの特徴となっている。もしもここが草原のような開けた場所であったなら、リオレウスがナルガクルガに後れを取ることなど有り得ない。だがここは樹海なのだ。ジャングルジムのような空中の無数の足場を使えるナルガクルガにとっては、如何にリオレウス希少種といえど籠の鳥に過ぎない。ホバリング攻撃は地上の目標に対しては有効だが、過度に羽ばたく分動きは遅く、ナルガクルガの立体機動には到底太刀打ち出来ないのだ。
 だがそれでも銀レウスは舞うことに拘り必死に耐えた。大空の覇王のプライドが地を這うことを許さなかった。銀レウスは位置を変えず羽ばたきながら、残された体力、スタミナを圧縮していった。クロの動きは目では追えない。耳に頼ろうにも自分の翼の音が邪魔になる。銀レウスはゆっくり目を閉じると神経を研ぎ澄ました。クロが真後ろから襲い掛かった。
「クロ!」
 ナツキが叫んだ次の瞬間、銀レウスは味噌すり回転のサマーソルトキックを繰り出した。銀の巨体が空間を球形に切り取るように旋回する。交差したクロの腹部が切り裂かれ鮮血が噴き出した。クロは地面を滑るように不時着した。
 クロは傷こそ負ったものの、毒爪までは喰らわなかった。銀レウスに襲い掛かる直前、ナツキの回避の合図に気付き、片翼を広げ軌道を変えたのだ。
「そう。アンタにはその対空迎撃がある!」
 ナツキは肝を冷やした。銀のリオレウスはクロの母親と戦っており、立体機動は身をもって経験済みのはずだ。ナツキは銀レウスがサマーソルトキックで迎撃してくることを予め読んでいた。もしも毒爪を喰らっていたならば、クロの動きは鈍り、ナルガラッシュは封殺されたに違いない。
「惜しかったね、銀レウス。所詮その対空迎撃は奇襲技だ。二度目は通用しないよ!」
 銀レウスは歯ぎしりすると、ホバリングしたまま雄叫びを上げた。
 対空サマーソルトを覚えたクロは、フェイントや軌道を変える攻撃を取り入れ、銀レウスの迎撃を無力化した。だが、ナルガラッシュも無限に続けられる訳ではない。ナツキの残弾も残り少なくなってきた。それでも、如何に圧倒的な体力・スタミナを誇るリオレウス希少種といえど、とうとう限界が訪れた。ついに銀の翼は折れ、巨体が音を立てて大地へ墜ちた。銀レウスの瞳に死の影が映る。銀レウスは慌てて起きあがると、体を回しながら自分の周囲にありったけの炎を撒き散らした。炎の壁で身を守り、クロの攻撃を防ぐのだ。
 ナルガラッシュが止んだ。これで小休止できる。銀レウスは肩で大きく息を吐いた。ふと顔を上げると、背筋が凍り付いた。炎の壁の向こうに、雷神弩をピタリと構えたナツキが立っていた。
「終わりだよ、銀レウス」
 雷神弩のグレネードバレルが青い閃光を放った。炎の壁を突き破り、雷撃榴弾が銀レウスの眉間に突き刺さる。耳をつんざく雷鳴が轟き、無数の雷撃が銀レウスの頭部に叩き込まれた。衝撃波が一瞬にして炎の壁を吹き飛ばした。銀レウスは白目を剥き、意識を根こそぎ刈り取られた。よろよろと、一歩、また一歩と前に進む。ナツキの目の前まで来たところで、神速のクロが刃翼で銀レウスの延髄を断ち切った。
「グ、グオォ──────ン!」
 銀レウスは無念の大空を仰ぐと、ついに力尽き崩れるように大地に倒れた。

 ナツキとクロは、横たわる銀レウスの前に立った。銀レウスはもはや爪ひとつ動かすことは出来ず、その命を閉じようとしていた。ナツキは旅立とうとする偉大な戦士に言葉を掛けた。
「すまなかったね、助太刀なんてしちまって。クロだけだったら、アンタには敵わなかっただろうよ」
 その時、ほんの小さな奇跡が起こった。ナツキとクロの脳裏に、銀レウスの意識が流れこんだ。
『なあに……気にするな』
 銀レウスは瞳だけを動かしクロを見た。
『小僧、もっともっと強くなれ! お前の母の強さは、こんなものではなかったぞ』
 そう告げると、銀レウスはゆっくり目を閉じ、穏やかな表情で息を引き取った。ナツキとクロは、偉大な覇者に別れを告げ、祈りを捧げた。
 クロは僅かに残った母の遺骸の前にたたずみ、仇を討ったことを報告した。ナツキは大きく成長したクロの背中をじっと見詰めた。
「もう……ひとりで立派に生きていけるね」

 ナツキとクロは、久しぶりに川辺の広場へ戻った。ナツキはクロを休ませ、代わりにケルビを狩ってやった。空が茜色に染まっている。少し離れたところでは、草食獣たちが草をはんでいる。ナツキとクロは穏やかな夕食を過ごした。その夜は懐かしい岩棚の上で眠った。いまではクロの体も大きくなり、岩棚の寝床も少し狭い。ナツキはクロの翼膜の上で最後の夜を過ごした。
 翌朝、ナツキは収納籠を処分し、岩棚の上を片付けた。もう二度と、ここを訪れることは無いだろう。ナツキは完全武装すると、川辺の広場へ出た。
 広場ではクロがファンゴたちと遊んでいた。クロはナツキに気が付くと、飛び跳ねて近付いてきた。
「ギャウ!」
 ナツキの姿に、またどこかへ出掛けると思ったのだろう。クロはナツキを乗せるため、嬉しそうにうなじを差し出してきた。ナツキはクロの顎を優しく撫でるとうなじに手を伸ばした。ツタで作った首輪を外してやると、川に向かって放り投げた。使い込まれた首輪がゆっくり水面を流れていく。クロは驚いた顔をしながら、流れていく首輪をじっと見た。
「クロ」
 ナツキはクロの正面に立つと、鋭い嘴を両手で撫でた。クロは戸惑いながらナツキを見ている。ナツキは真剣な眼差しをクロに向けた。
「クロ。お前はもう一人前のモンスターだ。ひとりで立派に生きていける。アタシが保証するよ」
 ナツキはクロに語りかけた。クロには人間の言葉は分からない。だがナツキの眼差しから彼女の思いは伝わる。クロはナツキが語る言葉を理解した。総ての子供がそうであるように、自分にも巣立ちの時が来たのだ。それはナツキとの別れを意味する。
「お前に話しておく事がある。アタシがお前に教えられる最後の事だ。心してお聴き」
 ナツキは一旦瞳を閉じると、鋭いハンターの目でクロの瞳を射貫いた。クロが不安げな表情を浮かべる。
「クロ。お前は絶対に人間に見つかるんじゃないよ。特にアタシらハンターにはね。アタシたちモンスターハンターにとって、モンスターであるお前は敵なんだ。もし次にお前に会う事があったら、アタシはこいつでお前を殺さなきゃならない」
 ナツキは雷神弩をクロに示した。ナツキの厳しい表情にクロが怯んだ。ナツキは穏やかな表情に戻ると雷神弩を肩に担いだ。
「わかったね、クロ。それじゃあ、これでお別れだ。達者で暮らしな」
 ナツキは後ろを向くと、クロを残して東へと歩き始めた。
「ギャ……ギャウギャウ!」
 いたたまれずクロはナツキを追い始めた。
「ギャウギャウ! ギャウギャウ!」
 行かないでくれと、すがるように鳴いた。だがそれは許されない事なのだ。ナツキは唇を噛むと、素早く振り向き雷神弩を抜いた。
「クロ!!」
 ふたりの間に雷撃榴弾を叩き込んだ。雷鳴と共に巨大な青い火柱がふたりを分かつ。クロは怯み、悟った。もう追ってはいけないのだ。クロはどうする事も出来ず、その場に立ち尽くした。ナツキは構えを解き雷神弩を肩に掛けた。
「お前は最高のモンスターだよ」
 ナツキは片手を挙げて別れを告げると、再び東に向けて歩いていった。樹林に分け入り、ナツキの姿がだんだん見えなくなっていく。クロは慌てて辺りを見回すと、一際高い巨樹を見つけて登っていった。一番高い梢にしがみつきナツキを捜す。枝葉の隙間にナツキの影が見え隠れする。クロはありったけの力を込めて叫んだ。
「ギャウゥゥゥゥゥゥ! ギャウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!」
 大樹海中に響き渡る声で、ナツキに聞こえるよう何度も何度も吠え続けた。
『ありがとう!』
 その声は、深い悲しみと感謝に彩られていた。

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