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 モンスターハンター・ゼロ外伝 「黒き神の記憶」

 エピローグ 「黒き神の記憶」
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 数年後、ナツキは偶然エルサンドの街に立ち寄っていた。酒場で朝食を取り、次の行き先を考えていた。
「さーて、次はどこへ行こうかねぇ」
 その時、酒場へ神官風の男が飛び込んできた。男は店に入るやいなや店主を捜した。
「どこかに、ギャリアギャリアへ行く早足は無いか!?」
 店の女将がカウンターから出てくると、腰に手を当てながら男に応じた。
「いったい、どうしたんだい。生憎、ギャリアギャリアに行く馬車なら、昨日出ちまったばかりだよ」
 男は女将にすがるように尋ねた。
「五日後に出る船にどうしても乗らねばならんのだ! 何とか間に合う方法は無いか!?」
「次の馬車は三日後だからねえ。今から街道を歩いても、五日後じゃとても間に合わないよ……」
 その時、女将はふとある事を思い出した。
「そうだ。アンタが善人なら、何とか間に合う方法があるよ」
 女将は近くの村の話を始めた。

  * * *

 その小さな村は、大樹海の外れにあった。村には鮮やかな赤い髪をした幼い姉妹が住んでいた。一年ほど前、姉妹の母親が重い病気になった。治療をするには、貴重な薬草が必要だった。だが村に薬草の残りは無く、病を治す事が出来なかった。その薬草は、大樹海の中央にそびえている巨大な樹の跡の所に生えているという。だが、モンスターで溢れる大樹海に分け入り、巨大な樹の跡まで辿り着くなど、命が幾つあっても足りるものではない。村人たちには、弱っていく母親を見守る事しか出来なかった。
 その夜、幼い姉妹はふたりだけで村を抜け出し、薬草を摘むため大樹海へと入っていった。小さな木の洞で夜を明かし、恐ろしいモンスターに見つからぬよう必死に巨大樹の跡を目指した。梢の切れ間からようやく目的地の巨大樹跡が見えてきた。暫く進むと、妹が突然立ち止まり、辺りをキョロキョロと見回した。
「どうしたの? 早くいくよ!」
「う、うん。まって、おねえちゃん!」
 妹は何かに見られているような気がした。
 いよいよ巨大樹跡が見上げるほどに近付いてきた。辺りにはモンスターの声が溢れている。だが不思議なことに、幼い姉妹はモンスターにまったく襲われなかった。ランポスやジャギィの群れと出くわしても、モンスターたちはふたりを襲うどころか慌ててどこかへ逃げ去るのだった。
「助かったね」
「きっと、もりのかみさまが、まもってくれたのよ!」
 ふたりはついに巨大樹跡へと辿り着いた。巨大な洞の中へと入る。そこには、探していた薬草がびっしりと生えていた。ふたりは大喜びでポーチいっぱいに薬草を摘んだ。これでお母さんは助かるわ。ふたりは嬉しそうに微笑むと、巨大樹跡の洞から外へと飛び出した。だがそこに、桜色をした雌火竜・リオレイア亜種が舞い降りてきた。ふたりは恐怖のあまり動くことが出来ない。リオレイア亜種はふたりを睨むと特大の火球を放ってきた。
『もうダメ!』
 そう思った次の瞬間、ふたりの体はふわりと宙に浮かんだ。そのまま木の陰まであっという間に運ばれた。何が起きたのか分からず振り向くと、ふたりを守るように漆黒の大きな飛竜が立ちはだかっていた。黒い飛竜は瞳を赤く輝かせながら目にも留まらぬ早さでリオレイア亜種に襲い掛かった。リオレイア亜種は全く反撃できぬまま、あっという間にボロボロに打ちのめされた。慌てて飛び立ち、命からがら遠くの空へと逃げていく。黒い飛竜はリオレイア亜種が戻ってこない事を確認すると、瞳の赤い光を消した。穏やかな表情で赤い髪の姉妹を見る。
「ギャウ」
 黒い飛竜は少女が落とした薬草のポーチをそっと咥えると、彼女たちの元へと運び差し出した。
「あ、ありがとう」
 妹が恐る恐るポーチを受け取る。姉は慌てて荷物をあさり、お弁当代わりに持っていたケルビの干し肉を黒い飛竜に差し出した。黒い飛竜は美味しそうに干し肉を食べた。
「ギャウ」
 黒い飛竜は地面に這いつくばるように自分のうなじを近付けた。ふたりに乗れと言っているのだ。姉妹は黒い飛竜を怒らせぬよう、そっとうなじに跨った。黒い飛竜はふたりを落とさぬよう優しく飛び立つと、東に向けて飛んだ。
「おうちは、あっちなの!」
 妹が嬉しそうに指差した。黒い飛竜はふたりを村の近くまで運んでいった。
 姉妹は無事に家に帰り、彼女たちが採ってきた薬草のおかげで母親の命は救われた。
「ホントよ! 真っ黒な飛竜が私たちを助けてくれたの!」
「きっと、あれはもりのかみさまだったのよ!」
 ふたりはポーチ一杯に貴重な薬草を採ってきた。巨大樹の下に行かなければ、それは不可能だ。しかもふたりの足だけで往復するには明らかに帰りが早すぎる。村人たちは半信半疑ながらも、ふたりを守ってくれた黒い飛竜に感謝した。

  * * *

「飛竜が子供たちを村まで送っただって!?」
「ハハハ、そんなことあるはずがないだろう!」
 女将の話に興味を持った他の客たちが笑いだす。
「あたしだって信じられないさ。でもね、その村じゃ今でも時々その姉妹を連れて薬草を採りに巨大樹跡まで行くんだよ。不思議な事にその姉妹と一緒だと、道中まったくモンスターに出くわさないんだとさ。巨大樹跡の傍にケルビの肉を供えて薬草摘みをしていると、いつの間にか肉が無くなるらしいんだ。姉妹は黒い飛竜が持って行ったと言うんだけど、村人は誰ひとり見てないんだ。今では村人たちは、大樹海の黒き神と呼んで崇拝してるんだよ」
 神官風の男が不安げに女将に尋ねた。
「それじゃあ、その姉妹に送ってもらえば、モンスターだらけの大樹海を無事に横断できるというのか?」
 女将は自信満々に大きく頷いた。
「本当にそんな飛竜がいるのか?」
「見えない真っ黒な飛竜だって?」
「あの凶暴な桜レイアをあっという間に倒しちまうほど強いのかよ!」
 客たちは半信半疑だ。女将は自慢げに答えた。
「ひと月ほど前になるかね。腕に自信のあるハンターが、黒き神の正体を暴こうと大樹海に入ったんだ。シビレ肉を置いて様子を窺ってると、どこからともなく大きな黒い矢尻のような物が飛んできて、ハンターの武器を弾き飛ばしたそうだよ。辺りを見回してもモンスターなんてどこにもいないのに、次々に矢尻が飛んできて武器を弾き飛ばすんだ。右かと思えば左から。左かと思えば後ろから。そのハンターは真っ青になって命からがら逃げ帰ったんだよ」
 客たちは女将の話に唸った。女将は神官風の男に告げた。
「村に行って頼むんだね。その姉妹は鮮やかな赤い髪をしているからすぐ分かるよ。あんたが善人なら、きっと黒き神は大樹海を無事に通してくれるだろうさ」
 客のひとりが食い入るように女将に尋ねた。
「他にそのモンスターの特徴は無いのかい?」
 女将はしばし考えると、何かを思い出し答えた。
「そういえば、その姉妹が言うには、何故だか黒き神は首にツタを巻いてるそうだよ。ふたりはそのツタにしがみついて村まで帰ったっていう話さ」
「ツタを巻いてる?」
「家畜の手綱みたいにか?」
 客たちは女将が話す不思議な話に思い思いの想像を巡らせた。女将の話を背中越しに聞いていたナツキは、鮮やかな赤い髪に兜をかぶると、席を立って女将の傍に金を置いた。
「お勘定、ここ置くわよ」
「あ。ありがとうございましたぁ」
 ナツキは酒場を跡にした。外に出ると、ナツキは西の空を見上げた。ここからではユグドラシルは見えない。懐かしい目で青い空を見上げながら呟いた。
「おめでとう、クロ。とうとう大樹海の覇者になったんだね」
 足が西へと向きかける。だがナツキは、フッと笑って立ち止まると、反対の方角へと歩き出した。
 世界は広く、多くの謎に満ちている。未知のモンスターも星の数ほどいるだろう。
「さ〜て、今度はどこへ行こうかねえ」
 ライトボウガンを担ぎ直すと、ナツキはまだ見ぬ世界を目指し旅を続けた。

 迅竜ナルガクルガ。ポッケ村のハンターが初めて討伐し、その強く美しい飛竜の存在が広く世に知られるようになったのは、ナツキがクロと別れてから二百年後のことであった。




      ***** 出演 *****

大樹海のクロ ・・・・・・・・ナルガクルガ(幼体〜G級)
軽弩使いのナツキ ・・・・・・G級モンスターハンター
覇者の銀レウス ・・・・・・・リオレウス希少種(G級)
境界の広場のグリン ・・・・・ナルガクルガ亜種(G級)
クロの母 ・・・・・・・・・・ナルガクルガ(G級)

剛毛の大猪 ・・・・・・・・・ドスファンゴ(G級)
果樹林のババコンガ ・・・・・ババコンガ(上位)
鳥竜種の丘の黒狼鳥 ・・・・・イャンガルルガ(G級)
フロギィ一家の頭 ・・・・・・ドスフロギィ(上位)
境界の広場のクルペッコ ・・・クルペッコ(上位)
山からのはぐれ尾槌竜 ・・・・ドボルベルク(G級)
山荒らしの恐暴竜 ・・・・・・イビルジョー(G級)
グリンの宿敵雷狼竜 ・・・・・ジンオウガ(G級)
無頼のクシャルダオラ ・・・・クシャルダオラ(G級)
つがいの火竜 ・・・・・・・・リオレウス(上位)
               リオレイア(上位)
夕焼けの狩人 ・・・・・・・・ベリオロス亜種(G級)
洞窟のヌシ ・・・・・・・・・ショウグンギザミ(G級)
食事中の蒼火竜 ・・・・・・・リオレウス亜種(G級)
姉妹を襲った桜火竜 ・・・・・リオレイア亜種(G級)
その他エキストラモンスターの皆さん

特別出演
ナザルのヴォイス ・・・・・・ギルドナイツ始祖
ハンターズギルドのサガ ・・・ハンターズギルド創始者



モンスターハンター・ゼロ外伝「黒き神の記憶」
終わり

※次のページにはオマケの話を掲載しています。

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