■夏霧冴子
西暦2111年5月15日、金曜日。定期連絡船123便は、巨大なミラーの付け根側にあるデルタ9第一宇宙港へ、定刻通り入港した。
女は、数えるほどしかいない乗客に続いて古ぼけた連絡船を降りると、入港審査のカウンターに進み、係官に自分のパスポートを提示した。
「えーと、サエコ・ナツキさん……、日本からですか。デルタ9へようこそ。観光ですか? それともお仕事で?」
人の良さそうな白髪の出入港係官は、お決まりの質問を笑顔で尋ねた。
「このコロニーの取材に来ました。フォト・ジャーナリストです。滞在は、そうね……、十日ぐらいかな」
「こんな廃棄前のコロニーを? 別段、面白い物も有りませんよ、お嬢さん」
夏霧冴子は、カウンターに腕を乗せ、そのまま上体を係官に近付けた。彼女の大きな胸が腕を枕に係官の目の前に突き出される。
「解体前に記録を取りたいっていう依頼なの。それで、有能なガイド・ロボットを雇いたいんだけど、どこかいいところ紹介してもらえないかしら?」
冴子は、品の良い笑顔を浮かべ、語尾をほんの少しだけ絡めた。係官は、年甲斐もなく顔を赤らめた。
「それならここで承りますよ。何しろ今じゃ、町の旅行屋も有りませんでね〜。ご覧の通り利用者も無いし、斡旋の仕事も、ここで掛け持ちなんですよ」
早速、男は端末を叩き、検索画面を呼び出した。
「さてと……。人間様に比べてロボットは十分余ってますから、人型でも車両型でも、お望みのタイプを直ぐに手配できますよ。勿論、お値段もお安くしときましょう」
「だったら、とにかく安い奴。で、ここに一番詳しいのをお願い」
冴子は、間髪入れずにケロリと答えた。
「エヘ。あまり持ち合わせに余裕が無いのよ。余計な機能はいらないし、見て呉れもオンボロで沢山。とにかく安くて有能な奴をお願い」
ニコニコしながら堂々と言い切った。係官は一瞬呆気に取られた。改めてよく見ると、彼女のジャケットの痛み方も、古着と言うよりは、明らかに自分で着潰したものだ。バッグも、丈夫な物をかなりしつこく使い込んでいる。勿論、身なりをどうこう言われるような服装ではないが、ブランド物で着飾っている訳でもない。むしろ、彼女の見事なスタイルとルックスが、何を着ててもスタイリストのあつらえのように見せてしまうのだった。
そんな事より、旅支度としての彼女の出で立ちの方がよほど奇異に思える。今更気が付くのもおかしな話だが、はるばる地球から来た旅行者としては、明らかに軽装だ。もし日本から真っ直ぐに来たのなら、太平洋上の軌道エレベータ・スポーク1を登り、軌道連絡便を乗り継いで来たことになり、一週間はかかる行程を旅してきた事になる。
『こりゃ、顔に似合わず、相当旅慣れてるのかもしれんな……』
係官は、小さくため息をつくと、端末を操作した。程なく、条件に合うロボットのリストが表示された。
「ああ、丁度いいのが有りますよ。なりは小さいが、一応身辺警護も出来る汎用ロボットです。もっとも、ここじゃ犯罪なんて有りませんがね。え〜と……、デルタ9開設時からいる最古参のロボットですよ。人工知能も当時からリセットされていませんから、経験値はかなりの物です。もっとも、その分、性格の方はだいぶ癖が付いちまってるようですが。これなら相当お安く出来ますけど……、いいんですか、こんなので?」
「それでいいわ。どーせ最後は自分の足が頼りなんだから」
冴子の口座から、貸し自転車程度の契約料が引き落とされた。
「えーと、今いるとこからだと……そうだな……、30分もすれば来ると思いますよ。待ち合わせ場所は、どこにしますか?」
係官は、冴子のパスポートを返しながら尋ねた。
「昼食を取りたいんだけど、近くに何かない?」
「ここを出て右の通路を進むと、港湾部の独立重力区画に出ます。あそこへ行けば、レストランが有りますよ。それじゃあ、こいつも、そこに行かせましょう」
「アリガト」
冴子は、カッと床を擦るように蹴ると、無重力慣れした身のこなしで入港審査所を後にした。
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