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前頁 第2話 ストレンジャー 目次
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■ガイド
「田舎の物価が安いってのは、地球も宇宙もおんなじなのね。ここんとこ、ろくな実入りが無かったから助かるわ〜」
 冴子は、ニコニコしながら焼きたてのナンを口に運んだ。レストランのメニューは自動化店舗にありがちなごく有り触れた物だったが、その値段はどれも他のコロニーの半額以下だった。そのくせ店内には客はほとんど見当たらず、デルタ9の食料事情が完全なデフレ状態に有ることを、容易に想像できた。冴子は、大満足だった。
 現在のデルタ9の人口は、収容能力の1パーセントにも満たない。そのため、食料プラントの稼働状態が、たとえ生産規制をかけていても、過剰気味になってしまうのだろう。無論、何から何まで自給自足という訳は無いが、余剰生産品による交易を考えれば、他の生活物資についてもほとんど不自由する事は無いはずだ。
 冴子は、食後の紅茶を楽しみながら、オンラインペーパーでニュースに目を通していた。
 トップニュースは、リア・アイランズ司政局総会に対する国連安保理の不信任決議案の記事だった。
 リア・アイランズは、ここから月を挟んで向こう側、ラグランジュ・ポイント5に位置するコロニー群である。フロント・アイランズは、最初のコロニー群のため、国連組織や企業、大学関係など、様々な研究施設が多数設置され、学術都市的色彩が強くなっている。一方、リア・アイランズは、フロント・アイランズの開拓が一段落した後、本格的な宇宙産業拡大を目的に建設されたコロニー群で、宇宙産業の中核拠点となっている。今日では、既にその経済規模は地球圏最大となっており、当然その社会構成も、労働者が大半を占めている。
 資本、物資、労働力。それらが大量集中する地域が周辺社会に与える影響力は、人類が文明を築いて以来いつの時代も変わる事はない。
 
「ったく。特ダネ撮るなら向こうなんだけど……。背に腹は代えられないもんね〜」
 ジャーナリストとしてはまだまだ駆け出しの冴子にとって、地球との関係が日に日に悪化しているリア・アイランズこそ、名前を売り出すチャンスに満ちた絶好のフィールドだった。事実、多くの仕事仲間たちが、大挙してリア・アイランズの各コロニーへ乗り込んでいった。
 ところが当の冴子は、ここしばらく大したネタにも恵まれず、僅かばかりの蓄えも既に底をつき、乗り込もうにも先立つ物が無いのであった。如何に手堅く収入が得られるとはいえ、廃棄間近のコロニーの記録映像を撮るような地味な仕事は、冴子としても本意ではない。だが、背に腹は代えられない。
「フン。仕事は仕事、実績は実績よ。これもアタシの作品になるんだから、気合い入れてイイ物撮らなきゃ」
 冴子は、自分に活を入れ、背筋を正した。
 
「アンタが、夏霧冴子さんかノ?」
 不意の呼び掛けに、冴子は振り向いた。が、誰もいない。そのまま視線を落とすと、椅子ぐらいの高さの黄ばみ切った白い物体がいた。頭でっかちにした日本の雪だるまに似た形をしている。金属やプラスチックのような光沢も無く、外見からは、硬いのか柔らかいのか、よくわからない。丸い頭の真ん中に、黒い縦棒が2本描かれている。どうやらそれが、目を表している様だ。専用の部品という訳ではなく、この丸い頭自体に表示能力があり、その目を描いているらしい。目が冴子の方を向いているということは、きっと今は前を向いているのだろう。収納でもされているのか、手も足も見当たらず、前後を見分ける模様らしい模様もない。何とも、とことんシンプルなデザインのロボットである。
「ワシがガイドを仰せつかった汎サポートロボットですノ。こんな綺麗なご婦人のガイドを務める事になるとは、光栄の至りノ。よろしくお願いするノ」
 縦棒2本の顔が、ニコニコマークになった。
『うわ〜。こりゃホントにガイドしか出来そうもないわね〜。まあ、格安で借りたんだから文句は言えないけど』
 気を取り直し、冴子はロボットに話し掛けた。
「よろしくね。えーと、名前は何て言うの?」
「これは申し遅れたノ。ワシは、カワゴエ重工製悠長三型汎サポートロボット・UNI0142H3Cという者ノ」
「カワゴエ重工……UNI……何だって?」
 縦棒2本の顔の横に、汗マークが現れる。
「いや、まあ、全部呼ぶことはないノ。適当に詰めて結構ノ」
「じゃ……、アンタの名前は、カワウニね」
「それは詰め過ぎノー」
「とにかく、さっそく撮影計画を立てたいから、このコロニーについて説明してちょうだい」
「わ、わかったノ。それじゃ、まず展望室に行くノ」
 冴子は、荷物を手に取り、席を立った。タイヤでも付いているのか、カワウニはポテッとした体をスススと進ませ、冴子の道案内を始めた。

 
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