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前頁 第2話 ストレンジャー 目次
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■宇宙時代の到来
 21世紀は、20世紀に劣らず、激動の世紀だった。
 21世紀の幕開けは、民族主義とグローバリズムの軋轢によるテロや民族対立,地球規模から遺伝子レベルにまで至る環境異常など、幾多の解決困難な負の部分と、そして、生活の高度情報化やロボットの社会普及,国際宇宙ステーションや火星有人飛行など新しい時代の到来を告げる華やかな部分とに彩られていた。
 だがそれも中盤に差し掛かると、世界情勢は一気に混迷の度合いを深めていった。かねてより懸念されていた地下資源の枯渇がいよいよ始まり、世界は資源恐慌へと雪崩れ込んでいった。まずは、金,銀,銅,すず,亜鉛などの金属資源から枯渇は始まり、続いて、石油,天然ガス,ウランなど埋蔵エネルギー資源の枯渇も秒読み段階に入った。残り少ない資源を巡り、各国の思惑は入り乱れ、内戦や地域戦争、資源テロなど、世界情勢は大いに乱れていった。
 人々は、もはや地球には人類を養う力が無いことを痛感した。そして必然的に、人々の目は宇宙へと向けられていった。
 
 一方、宇宙開発では、遠心力による初の人工重力ブロックを持つ国際宇宙ステーション・ベータの稼働実績を元に、初の円盤形スペースコロニー・ガンマ1、通称ストーンマネーの建設が開始され、スペースコロニー計画がスタートした。
 ストーンマネーは、シリンダー型コロニー建設のための基礎データ収集を目的とした実験コロニーである。丁度、シリンダーを輪切りにした状態に等しく、シリンダー型コロニー建設時の単位ユニットに相当し、その基本構造は現在のコロニーにおいても生かされている。そして、ガンマ1,ガンマ2の連結実験(現在のガンマガンマ)を経て本格的なコロニー建設の可能性を実証した後、スペースコロニー計画はフロンティア9建設へと移行。資源恐慌による宇宙開発機運と重なり計画は一気に加速し、21世紀後半、ついに本格的な人類の宇宙進出が始まった。
 それから約半世紀が過ぎ、国際太陽発電衛星による無尽蔵のエネルギー供給や、月資源開発、無重力を利用した新素材開発ラッシュなど様々な新技術の登場により、それまでの問題は次々と解決されていった。そして今日では、宇宙人口は世界人口の17%までに達し、人類総生産の実に60%を宇宙社会が担う時代となったのである。
 
 * * *
 
 冴子とカワウニは、港湾部の独立重力区画を出ると、コロニー基幹ブロックに隣接する内壁側大展望室を訪れた。展望室では、コロニーの自転軸に近いとはいえ、微弱ながら重さを感じることが出来る。室内は、団体の見学者を受け入れるために、想像以上に広く作られている。だが今は、そのだだっ広い部屋にいるのは、冴子とカワウニだけであった。
 カワウニは、近くの観光説明用パネルに信号を送り、デルタ9の構造図を表示させた。
「ところで、お嬢さんは、コロニーに来るのは何度目ノ?」
「冴子でいいわよ。ここのタイプは初めてね。長期滞在した事は無いけど、普通のなら、十ヶ所ぐらい行ったことがあるわ」
「やはりノ〜。地球の住人としては、物腰がコロニー慣れしてると思ったノ。まあ、コロニーの構造は、雄株と雌株の直列構造を除けば、今も昔も基本的にはおんなじノ」
 カワウニの胴体右側に隙間が現れ、そこを押し広げるようにハマグリの足のようなノッペリとした短い手が出てきた。その先には、棒状のレーザーポインタを持っている。カワウニは、レーザーポインタの赤い指示光線で説明図を指し示し、デルタ9の説明を始めた。
 
 * * *
 
 デルタ9の構造は、1974年にG・K・オニールが提唱したシリンダー型スペースコロニーをモデルに設計されている。外形的な大きな違いと言えば、円筒部の両端が半球状でないことと、円筒中心の自転軸位置に気象制御などの機能を持つセンターシャフトが存在する事ぐらいである。
 
 円筒両端のうちミラーが取り付けられている側には、コロニー本体から独立した小規模なドーナツ型人工重力区画があり、約1Gの重力環境を作り出している。この港湾部独立重力区画の存在は、当時のコロニー建設事情が元となっている。
 現在では、月周回軌道上に大規模なコロニー工廠が完備され、コロニー建設に従事する人々は、工廠ステーションを生活拠点に作業を行っている。だがフロンティア9建設当時にはそれだけの設備もなく、建設作業者は、コロニー建設現場そのものに居住して作業を行う必要があった。このため当時のコロニー建設は、まず作業者自身のための重力区画、宇宙港から建設し、続いて円筒部分,ミラー部分を徐々に長くするという建築手順を採っていたのである。ちなみに、ミラー基部側宇宙港を第一宇宙港と呼ぶ習慣も、この工事手順がその由来である。
 コロニー工廠の充実している現在では、このような独立重力区画を建設する必要性は全く無い。だが、この港に隣接する小さな重力区画の存在は、特にパイロットや港湾部、基幹ブロック勤務者によって熱烈に支持された。昼休みを過ごすために、わざわざ数キロ離れた下界(港湾部勤務者は谷(コロニー内壁陸部)をこう呼んでいる)に降りたがる者もいないからだ。結果として、この一見無意味な重力区画は、現在の第2世代コロニーでも、第一,第二,両宇宙港の正式採用施設となっている。
 
 一方、センターシャフトについては、コロニー運用上の問題により設けられている施設である。
 コロニーの気象管理は、河(窓部)からの採光が基本になっている。日中、取り入れられた太陽光は、対面の谷を照らし、その地表温度を上昇させる。この結果、谷と河の気温に温度差が生じ、谷に上昇気流が発生、隣接する河から空気が流れ込む。これがいわゆる「河風」である。
 上昇した暖かい空気はコロニーの中心部分の空気と混ざり冷やされる。だが、中心部は重力がほとんど無いため、コロニー内の大気を撹拌するだけの下降気流が生じず、結果として中心部分に熱量の集中現象が発生する。センターシャフトは、この中心部分の大気を廃熱処理し、コロニー内に適正な空気の対流を生み出すことを目的に設置されている。また、この他に、谷に雨を降らせたり、雲を作る事などもセンターシャフトの機能である。
 
 センターシャフトからは、谷と直接連絡するためのエレベータ・スポークが伸びている。デルタ9の場合、円筒部分を四等分する位置に3カ所設けられている。
 この巨大な三つ又の塔は、一見コロニー外壁を内部から支える支柱の様に見えるが、実際には円筒部と同時に自転しているだけで、谷との接合部分に荷重はほとんど掛かっていない。スポークはこの他に、廃熱や通信、エネルギー供給などにも利用されている。
 
 * * *
 
 カワウニは、パネルに観光ガイドを表示した。
「このコロニーには、名所旧跡と呼べるような場所はほとんど無いノ〜。もっとも、フロンティア9で名所旧跡というと、テロや大惨事といった記録の方が多いからノ。あまり楽しい物ではないノ〜」
 カワウニは、ニッコリ笑い振り向いた。
「そこへいくと、ここは平和なものノ。事件らしい事件に会ったことが無いからノ〜。これは、フロンティア9の中でも、ここぐらいのものノ」
 カワウニは、得意げに胸を張っている。だが、冴子にとっては、これはむしろ頭の痛い問題だった。撮影する上でのポイントが無いという事だからだ。冴子は、頭を抱え唸ると、おもむろに切り出した。
「しょうがない。とりあえず出来るだけ多くの場所の撮影許可をもらっときましょ。明日は窓口も休みでしょうから、今日中に手続きしとかなきゃ」
 カワウニは真顔に戻った。(といっても縦棒2本だが)
「オー、それは大変ノ。早速、庁舎の方へ行くノ。……もっとも、ほとんどフリーパスだと思うがノ。今、人が住んでいるのは、港町と工科高前ぐらいで、後はゴーストタウンじゃからノ〜」
「工科高前?」
「ホレ、あそこノ」
 カワウニは地図を指した。中央より少し第二宇宙港側の位置に、その学園街はあった。
「デルタ9工科高等学校ノ。その世界では有名な名門校ノ。あそこは引っ越しが遅れててノー。出入りの商店や修理工場も付き合って残っているから、町もまだ機能しているノ」
 冴子にひらめく物があった。名門校なら著名なOBやエピソードもあるだろう。
「よし。行ってみましょ。使えるかもしれないわ」
 冴子はニヤリと笑った。カワウニは汗マークと共に後ずさりした。
「何? どうしたの?」
「あ、あそこは苦手ノ。以前、酔ったバカ生徒に酒を飲まされて、壊れかけた事があるノ」
 
 二人は、大展望室を後にした。

 
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