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前頁 第2話 ストレンジャー 目次
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■デルタ9工科高等学校
 デルタ9工科高等学校は、大学並の広いキャンパスを有していた。建物こそ古いものの、EVUや宇宙艇の訓練に必要なあらゆる施設が、キャンパス内の至る所に建っている。工科高は全寮制で、学生寮も校内の一角にある。生徒達は、この設備の整ったキャンパスに缶詰となり、さながら牧畜プラントの家畜のように健康管理され、宇宙技術者としての知識・技術を叩き込まれるのである。
 
 冴子とカワウニは、移動用にレンタルしたサイドカーを工科高の来客用駐車場に停めると、真っ直ぐに本館を目指した。前庭には立派な石碑が立っていた。石碑には、1967年に発行された宇宙憲章の四大基本原則が記されている。
 学校側の対応は、非常に好意的だった。
 元々、コロニーに暮らす住人は、友好的な傾向が強い。力を合わせなければ生きられない事を、暮らしの中で実感しているからだ。ましてや今のデルタ9では住民同士知らない顔は無く、長年住み慣れたコロニー自体ももうすぐ消えて無くなる運命にある。そこへ、昔話を聞きたいという珍しい来訪者が現れたのだ。上げ膳据え膳となるのも無理からぬ話だ。冴子とカワウニは、校長自らの案内で、校内に残る様々なエピソードを聞かされるハメになった。
 
 校舎をまだ半分も回らない内に、日が暮れてきた。授業もとうに終わり、生徒の姿も疎らになっている。冴子の取材メモは、途中幾人もの教師達の協力もあり、既に相当な量になっていた。校長はすっかり上機嫌で、この後一席設けると申し出た。校長にしてみれば、冴子と昔話を肴に宴会を開くいい口実であったが、冴子にとっても情報収集には好都合の話だ。それに何より、一食浮く。
「あ〜、宿泊先は港町の方ですかな?」
「いえ……、実はまだ決めていないんです」
 冴子は、ちょっと困った笑みを浮かべ、淑やかに答えた。その後の校長の申し出は、冴子の期待を裏切らなかった。
「おお。それならば、近くに我が校の契約ホテルがあるから、そこをお使いなさい。早速手配させましょう」
 冴子は、すかさず驚いてみせる。
「そこまでして頂く訳には──」
「なーに、構いませんよ。どうせ来客用にリザーブしてあるんです。たまには使わないと、契約料がもったいない。ハッハッハッ」
 入れ食いである。冴子は、すまなそうにお礼を述べながら、心の中でガッツポーズをした。
 
 冴子達が本館に戻る途中、パイロットスーツを着た二人の生徒とすれ違った。
「校長先生、こんばんは」
「やあ、レノア、ロアン、今晩は。こんな時間まで自主練習かね。関心関心」
 二人は、体にフィットした細身のパイロットスーツを着ていた。S字に裁断された前身頃が左右逆になっているペアルックである。ロアンの胸には「ADAM」、レノアの胸には「EVE」とロゴが入っていた。
 レノアは、ロアンが校長の横に立っている女を見ている事に気が付いた。背はロアンより少し低いぐらいか。顔は……胸が……スタイルも……。レノアはロアンの手を握り、口を尖らせ、ちょっとすねながら体を寄せた。
「ああ、紹介しましょう。この二人は、ロアン・ブレイドとレノア・リー・ルージュ。うちのEVUパイロット・コースのエースです」
 校長が得意気に冴子に言った。
『ロアン・ブレイド、レノア・リー・ルージュ……。どっかで聞いたような?』
 二人の名前が、冴子の記憶の片隅に引っかかった。
「こちらは、サエコ・ナツキさん。デルタ9の取材にいらしてるんだ。そうそう、二人とも、もし空いてる時間があったら、ナツキさんを手伝ってあげなさい。この二人なら、そこらのスペースボートを雇うより遙かに上手いですぞ」
 校長は、ニコニコしながら冴子を二人に引き合わせた。
 
「取材?」
 一瞬、ロアンの顔がこわばった。
 レノアはハッとなり、落ち着かせようとロアンの腕を優しくギュッと抱いた。ロアンもそれに気付き、平静を装おうと笑顔を作りながらレノアを見た。
 冴子は、気が付いたそぶりを全く見せずに、そんな二人の一瞬のやり取りを正確に読み取っていた。
 
 * * *
 
 その夜、学園近くのドイツ風ビアホールで、冴子を歓迎する宴席が設けられた。校長以下数十人の教師を始め、町内会の名士なども集まり、昔話で大いに盛り上がった。冴子はホロ酔い気分を巧みに演じながら酒宴の中を精力的に歩き回り、それとは悟られぬよう嬉々として取材活動を行った。

 
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