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前頁 第3話 エデンの受難 目次
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■ライバル
 ブリーフィングが終わり、パイロット達が持ち場へと戻っていく。バウアーは、ダレル少佐の肩を叩き、声を掛けた。
「JJ。そうカリカリする事も無かろう」
 彼女は、その手を払い、振り返った。
「お前はいいだろうさ。どうせ、あの新品の人形をテストするのが目的だ」
 彼女の碧い瞳には、敵意さえ宿っていた。バウアーはため息を吐いた。
 
 元々、彼女もバウアーも『再生の光』作戦へ参加する為、宇宙へ登って来た。それが僅か三日前、急遽デルタ9接収部隊に転属となったのである。そもそも、この作戦の決行自体、最近決まったばかりであった。
 リアアイランズに対し『再生の光』作戦を決行する上で、フロントアイランズの動向は、極めて重要な問題である。穏健派と言われるフロントアイランズ首脳部が、リアアイランズと共闘し戦線の拡大を招く可能性は、今のところ少ない。だが、表面上中立に立っても、水面下でリアアイランズ支援に回る可能性までは否定できなかった。デルタ9の占拠によりフロントアイランズを刺激する事は得策ではないが、何も手を打たずにおく訳にもいかない。結局、本作戦の決定については、穏健派,強硬派の激しい意見対立により、『再生の光』作戦決行の直前までもつれる事となったのである。
 作戦決行の最終的な決め手となったのは、デルタ9の立地条件であった。デルタ9は、フロントアイランズで最も月側の、少し外れた出島のような位置にある。ここを軍の橋頭堡として抑えた場合、仮にフロントアイランズがリアアイランズ支援への実力行使に移ったとしても、直ちに察知する事が出来る。しかもデルタ9の人口はごく僅かなので、住民への被害を最小限に抑え、フロントアイランズとの関係悪化を回避する事も可能なように思われた。
 
「突然、楽な支援作戦に回されて、面白くないのは分かる。だが、司令の言うように、この作戦の重要度は決して低くはない。いい加減、機嫌を直したらどうだ?」
 バウアーは、いつもの様に静かな口調で告げた。
 デルタ9に投入された部隊は、戦力規模的には揃っている。だが、部隊編成は『再生の光』作戦から人員,艦艇をやりくりした急造で、特に指揮系統については必ずしも満足のいく状態とは言えなかった。比較的楽な作戦と考えられたからこそ、このような編成が組まれたとも言える。そして、そんな不完全な部隊の前線指揮を任されたのが、ジェニファー・J・ダレル少佐だった。
 彼女は、EVUパイロットとしても優秀なエリート士官である。そして、その容姿の美しさから、軍の広告塔的な任務に就くケースも多かった。今回の作戦は、打撃力より心理効果を重視した内容であり、彼女の美貌と実力を考えれば、この人選は当然と言えよう。だが、当の彼女は、実力のみによる評価に固執し、こういった起用には辟易していた。
 一方、ゲルト・バウアー少佐は、軍のEVU戦術研究部隊に所属するエースパイロットである。本作戦では、最新鋭の人型EVU『エリオス』の実戦テストと、ダレル少佐の補佐を兼ねての参加である。
 
 バウアーは、何故か彼女とは縁があった。初めての出会いは士官候補生の頃まで遡り、以来、所属、任地が異なるものの、不思議と度々顔を合わせている。
 ダレルは、昔から、バウアーに強いライバル意識を持っていた。訓練一つ取っても、テンションを高め果敢に取り組む彼女に対し、同じ物を飄々とこなして行く彼のスタイルは、何かと彼女の感に障るのだった。
 一方その為、バウアーから見た彼女の印象は、いつも眉間にシワを寄せツンツンしたイメージが強かった。プレス相手に、にこやかに振る舞う彼女を見るにつけ、普段の彼女とのギャップに笑いを堪えていた。
 
 バウアーは、腰に付けていた艦内移動用グリップを外した。
「いずれにせよ、もうすぐ作戦宙域だ。お手柔らかにたのみますよ、ダレル隊長」
 軽く敬礼すると、操縦桿に似たグリップを、ピアーへ向かう壁面のリニアラインへ近付けた。グリップが、集束磁場の流れを捕らえる。トリガーを握り込むと、移動用グリップは壁から少し浮いたままバウアーの体を引っ張っていった。

 
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