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前頁 第3話 エデンの受難 目次
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■ツーリング
 冴子が学生寮に着いた時、ロアン達は既に出かけた後だった。あわよくば、今日一日付き合ってもらうつもりだったが、そうそう上手く事は運ばない。
「まあいいわ。二人のスカウトは、また今度にしましょ」
 サイドカーに戻り、メッシュキャップのヘルメットを被る。
「次は何処へ行くかノ?」
 カワウニは、サイドカーの船へ乗り込むと彼女を見上げて聞いた。
「今日は、一日走り込みよ。まずは、ここの土地勘を付けなきゃ」
 冴子はエンジンを吹かしサイドカーをターンさせると、取りあえず南に進路を取った。
 
 * * *
 
 コロニーでは、太陽の方角、すなわち、第二宇宙港側を、南と呼んでいる。そして、反対方向の第一宇宙港側を北とし、北を向いて右手方向を東(東回り)、左手方向を西(西回り)と定義している。ちなみに、コロニーの自転方向も、地球に合わせ東回りを採用しているのが一般的である。
 デルタ9の内部は、南北には約20キロメートルある。これに対し、陸地部分一つの東西幅は、わずか1.5キロメートルしかない。この為、谷(陸部)の湾曲は、想像以上にキツく感じられる。しかも、東西上方に見える谷(陸部)までの距離も、2.5キロメートル程度とかなり近い。晴れた日なら、肉眼でも車両の動きが見て取れる。
 フロンティア9の様に狭いコロニー内では、特に東西方向に移動する場合、人工重力による平衡感覚と視覚から得られる上下感覚のズレにより、しばしば悪心やめまい、平衡感覚の喪失を引き起こす場合がある。これが、いわゆるコロニー酔いである。直径が倍以上有る第二世代コロニーになってからはあまり見られなくなった症状だが、ここデルタ9においては、旅行者などの間に未だに見受けられる。
 
 * * *
 
 サイドカーを乗り回す冴子にも、コロニー酔いを起こす可能性は十分あった。しかし、そこは仮にもカメラマンである。ファインダー越しの映像を意識しながら走り回っている彼女にとって、この程度の錯覚は問題にならなかった。
「こんなに走りっぱなしで、目が回らんかノー?」
「何だってー?」
「いや、何でもないノ」
 心配はしたものの、カワウニのセンサーにも、彼女の体調不良を示す反応は出ていなかった。カワウニの心配を余所に、冴子は、流れる景色を目に焼き付けながら、ナビを頼りに走り続けた。
「後で第二宇宙港にも行くわよ。許可証でどの辺まで入れるの?」
「単独では、一般区画と港湾区画の見学コースだけノ。職員同伴なら、もっと見られるがノ〜」
 カワウニは、念の為、第二宇宙港に照会を取ってみた。
「ノ? これは珍しい事もあるものノ。何故か今日は、港に職員がいるノ〜」
「あら、ラッキー。行ってみましょ」
 冴子は、第二宇宙港に向かうため、第一宇宙港ふもとにある市民公園を大きく迂回した。公園の時計塔の針は、11時15分を少し回っていた。日差しに輝く新緑のアーチを見上げると、センターシャフトと二つの谷(陸)がハッキリと見える。冴子は、心地よい新緑の風を楽しみながら、サイドカーを南に進めた。

 
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