■足止め
第一宇宙港の到着ロビーは、相変わらず閑散としていた。港の中に突き出す形に設けられたこの建造物はデルタ9の正面玄関にあたる場所で、最盛期には千人以上の人々が行き交い賑わっていた。
ロアン達は、ロビー北側にある展望台から、静かな港の様子を眺めていた。
港の中は、大型艦でも入港出来る巨大な空間が広がっている。展望台正面には、管制指示を表示する中央信号塔が、ロビーを追突事故から守る形に張り出している。その向こうには、巨大なメインゲートが宇宙空間へと口を開き、回りには、船を受け入れる中央桟橋が歯のように並んでいる。左右に目を向けると、西ウィング,東ウィングへ続く巨大な連絡通路が見える。現在、東ウィングは宇宙船用、西ウィングはEVUや小型ボート用に用いられている。
見渡すと、中央桟橋に停泊する船は一隻も無かった。フライトボードには、到着便の予定が二便だけ掲示されていた。どちらもPEVUプロジェクトのチャーター便で、一隻はアダムとイブを搭載した輸送船、もう一隻はプロジェクト・スタッフを乗せた小型チャーター便である。
輸送船の案内表示には、『到着済み』のサインが出ている。桟橋に無いところを見ると、既に東ウィングのコンテナヤードにでも接舷しているのだろう。
一方、スタッフを乗せた便の方は、『到着時間未定』と表示されていた。
「未定ってのは、どういう事かな?」
ラジェスは、フェンスに腰掛ける格好で掴まりながら、誰とは無しに問いかけた。
「エンジントラブルか何かじゃね〜の? どうせ、地球製の船でもチャーターしたんだろ」
ケインが、あぐらをかいたままフワフワと漂いながら答えた。
地球製品が宇宙製に比べ品質で劣るという傾向は、確かに存在する。だが昨今、その事が実態以上に蔑視的表現で用いられる風潮が、市民の間に生まれていた。
「先生、まだかな……」
ロアンは、流されないようレノアと腕を組みながら、東ウィングに通ずる連絡通路をぼんやりと眺めていた。彼らの背後に見えるロビー中央の大時計は、11時30分を指していた。
* * *
一方、ロアン達を引率して来たエンデは、より詳しい情報を得る為に、第一宇宙港管制センターを訪れていた。教官のエンデは、EVU管制官の資格を持つ事から、港の準管制スタッフとして登録されており、こういう時には何かと都合がいい。
エンデとしては、プロジェクトメンバーが到着しない事には、アダムとイブの受領手続きは勿論、陸揚げ作業も始められない。当然、勝手にロアン達に見せる訳にもいかなかった。
「11時到着じゃなかったのか?」
エンデは、呆れ顔でフライト・スケジュールを見た。チャーター便はロウランからの直行便で、中継港は無い。
「どうも、航路局のコンピューターにトラブルが有ったようだ。あの船だけ、未だにロウランで足止めを食ってるらしい。まったく、珍しい事も有るもんだ」
当直のベテラン管制官は、肩をすくめた。
「これじゃ、今日中の到着は無理だな。せめて、陸揚げぐらいは見せてやれると思ったんだが……」
エンデは、縮れ毛の頭を掻いて、溜め息を吐いた。
「そうさな〜。陸揚げは無理でも、船への立ち入りぐらいなら許可してもいいぞ。どうせ、工科高への納品だしな」
そう言うと、管制官は、輸送船への乗船制限を解除する為、管理パネルの操作を始めた。
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